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2018年6月23日 土曜日
第178回(2018年6月) 「咳止めが効かない」ならどうすればいいのか
「長引く咳」は太融寺町谷口医院を受診する患者さんの訴えで最も多いもののひとつであり、ドクターショッピングを繰り返している人も少なくありません。「何種類もの咳止めを使ったけれども効かなくて・・・」と訴える人は大勢います。
一方、インターネットのヘビーユーザーの中には、どこで情報を仕入れたのか「咳止めは飲んでも意味がないんですよね・・・」と診察室で話す人もいます。たしかに、この情報は1年くらい前からメディアで何度か流れたようで、「咳止めは効かない」は少しずつ人口に膾炙しているような感じがします。
そこで今回は「咳止め」は本当に効かないのか、民間療法としてもてはやされているハチミツやチキンスープは有効なのか、咳止めが効かないなら何をすればいいのか、といったことについてまとめてみたいと思います。
およそ1年前から「咳止めは危険」と言われだした発端は(私の見解では)2017年4月20日のFDA(米国食品医薬品局)の発表です。咳止めとしてよく使われるコデインリン酸塩及びジヒドロコデインリン酸塩(長いので以下「コデイン」とします)を含む医療用医薬品の12歳未満の小児への使用を禁忌(要するに禁止)とすることを発表しました。
(おそらく)これを受けて、日本の厚労省は米国と同様12歳未満へのコデインの処方をおこなわないよう通知をおこないました。
しかし、大人でも夜間の咳はつらいものですが、咳で眠れない子供をみると、薬を使って咳を鎮めてあげたいと誰もが思うはずです。ではどうすればいいか。医学誌『CHEST』2017年11月号(オンライン版)に興味深い論文が掲載されました。
この論文では、市販の咳止めや民間療法としてのチキンスープなども含めて、咳を止める効果についてこれまで発表された論文を総合的に解析しています。その結果、「咳に効果がある」というエビデンス(科学的確証)のある治療法はひとつもない、ということが分かりました。
風邪の民間療法というのはどこの国にもあり、米国ではチキンスープが主流のようですが、日本ではハチミツがよく使われます。この論文ではハチミツの効果も検討されています。ハチミツは、ある程度効果があるとする研究がいくつかあるようですが、強いエビデンスがある、とまでは言えないようです。
また、この論文では、風邪によく使う痛み止め(NSAIDs)や鼻水をおさえる抗ヒスタミン薬も咳の治療として効果はない、という結論がでています。(これらは薬理学的にみても咳に効くとは思えません)
さらに興味深いのはコデインについてです。論文の著者らはFDAの勧告の12歳ではなく、副作用のリスクから18歳未満にコデインを使うべきではないと結論づけています・
なんだか「夢のない」研究、というか、これまで世界中でおこなわれていた咳の治療は何だったのでしょう。我々はハチミツに劣る咳止めを求めて薬局や病院を巡っているということなのでしょうか。
ではハチミツはどの程度効果があるのでしょうか。違う研究をみてみましょう。過去にも紹介したことのある「コクラン・ライブラリー」というエビデンスを集めたサイトがあります。そのなかに「小児の急性咳嗽に対するハチミツ(Honey for acute cough in children)」というタイトルの論文があります。
これによれば、エビデンスのレベルは高くないもののハチミツはある程度有効のようです。しかし、その効果も3日までで、それ以降は効果がありません。他の薬とも比較されていて日本でもよく使われるデキストロメトルファン(商品名は「メジコン」など)と同じ程度効果があるとされています。(ということはデキストロメトルファンも少しは有効ということになります)
ここまでを(少し強引ですが)まとめてみたいと思います。
・咳に有効な治療:何もないとする研究もある。ハチミツは少し効果あり、デキストロメトルファンも多少効果があるとするデータもある。
・咳に効果がないもの:NSAIDs(ロキソニンやイブ、ボルタレンなど)などの鎮痛剤、ほとんどの抗ヒスタミン薬
・危険で使いにくいもの:コデイン(FDAは12歳未満、上記論文では18歳未満は使わないよう注意勧告)、デキストロメトルファン(下記参照)
さて、では実際にはどうすればいいのでしょう。また、コデインは18歳以上なら使ってもいいのでしょうか。それを知るには「咳止めがなぜ効くか」を考えるのが適切です。デキストロメトルファン、コデインを含む”普通の”咳止めのほとんどは「中枢性鎮咳薬」といって、脳の咳中枢を抑えるものです。咳は出そうと思って出るものではなく、脳の「咳担当の部分」があなたの意思に関係なく「咳をせよ」と身体に”命令”するわけです。つまり、中枢性鎮咳薬はこの咳中枢を一時的に麻痺させるのです。では、なぜ中枢性鎮咳薬は危険なのか。大きな理由は2つあります。ひとつは「眠気」です。程度の差はありますが、中枢性鎮咳薬は多かれ少なかれ眠気がきます。部分的にとはいえ、脳を麻痺させるわけですから当然といえば当然です。
もうひとつの問題は「依存性」です。コデインはモルヒネに似た麻薬です。またエフェドリンというやはり中枢性鎮咳薬は覚醒剤の一種です。コデインやエフェドリンを含む咳止めや風邪薬や薬局で簡単に買えますから容易に依存症をつくりだします。特にこれら2種の双方が入っているものはダウン系(コデイン)とアップ系(エフェドリン)が同時に体内に入りますから、大量摂取すれば、いわば「スピードボール」と同じように危険なものですし、簡単に依存症になってしまいます。(デキストロメトルファンには依存性がないと言われています)
では、困った咳にはどのように対処すればいいのでしょう。当たり前ですが、その「原因」を突き止めることが重要です。百日咳やマイコプラズマ、クラミジア(クラミドフィラ)肺炎のように細菌感染が原因になっている場合は抗菌薬が有効ですし、アレルギー関与の咳であればアレルギーを抑える方法を検討すべきです。長引く咳の原因が逆流性食道炎ということは珍しくなく、この場合胃薬を使います。
その逆に、原因を究明しないまま、漠然とコデインやデキストロメトルファンを飲むなどということは18歳以上であっても眠気やそれ以外の副作用のリスクを背負うだけです。しかし、こういった咳止めはまったくの「悪」ではなく、期間限定(長くても1週間以内)であれば、咳中枢を一時的に麻痺させてでも夜間の咳をとりぐっすり眠れるようにするのが効果的な場合もあります。また、一部の漢方薬はいくつかのタイプの咳に有効なことがあります。
以上をまとめると、咳にとって重要なのは、①まず咳の原因をはっきりさせる、②それぞれの咳止めの特徴を理解し副作用に注意する、③自分の判断で漠然と咳止めを飲み続けない、ということになります。
参考:はやりの病気
第110回(2012年10月)「長引く咳(前編)」
第111回(2012年11月)「長引く咳(中編)」
第112回(2012年12月)「長引く咳(後編)」
第82回(2010年6月)「熱のない長引く咳は百日咳かも・・・」
第19回(2005年10月)「咳」
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2018年6月10日 日曜日
2018年6月10日 スマホ依存でうつ病、不安症
スマホの便利さをいったん知ってしまうと、もはや後には戻れない、と感じている人が大半だと思います。私もそのひとりで、スマホの恩恵を被っていることを日々実感しています。
ですが、一方では「スマホ依存症」なる疾患が確立されるようになり、一部の医療機関では「スマホ依存症専用外来」まであるとか・・・。では、スマホ依存症はどれくらい危険なのでしょう。サンフランシスコ州立大学が興味深い報告をしています。
サンフランシスコ州立大学の135人の学生を調査した結果、スマホを使用しすぎると、「孤立感(isolated)」「寂しさ(lonely)」「抑うつ(depressed)「不安(anxious)」などが生じることが分かったそうです。こういった感情が起こるメカニズムは、他の物質乱用と同じであると同大学の研究者らは主張しています。
しかも、研究者らによると、オピオイド(麻薬)依存が成立するのと同じような脳内の作用がゆっくりと起こっているというのです。
もうひとつ、研究者らが指摘する興味深いポイントがあります。依存症になるのはユーザーのせいではなく、利益を追求するハイテク産業の欲望の結果であると主張しています。
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「あっ、この人、スマホ依存症だ!」と思えるシーンにときどき遭遇します。カフェなどでスマホをテーブルの上に置いて、チャイムやバイブレーションにすぐに反応して中身をチェックする様子はまさにスマホ依存症です。私には、チャイムやバイブレーションがサンフランシスコ州立大学の研究者らがいう「ハイテク産業の欲望」そのものに感じられます。
私自身はスマホ依存症に詳しくなく、また効果的なスマホ依存症外来を実施している医療機関もあまり知らないので、患者さんから相談されたときに困ることがあります。ですが、とりあえず患者さんにいつも助言することがあります。それは、「SNSは1日1回にする」ということです。それができないから依存症になるんだ…、という反論があるでしょうが、まずはLINEもFacebookもその他のSNSもチェックするのは通学前(通勤前)だけにする、というルールをつくるのです。
私自身はもともとSNSは読むだけで発信することはほとんどありませんが、LINEは1日1回、Face bookは週に1回をルールにしています。ちなみに、私がスマホで最も使用頻度が多いのが「Voice of America Learning English」という英語学習のウェブサイトです。スマホ依存症の人には失礼ですが、私の場合、スマホ依存になればなるほど英語が上達するのかな、と思っています・・・。
参考:メディカルエッセイ第184回(2018年5月)「英語ができなければ本当にマズイことに」
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2018年6月10日 日曜日
2018年6月9日 「座りっぱなし」は認知症のリスクか
「座りっぱなし」が生活習慣病やがんのリスクになるという話はこのサイトでこれまで何度もしてきました。運動で帳消しになるのでは、という声もないわけではありませんが、その逆に、「運動しても危険性は減らず」、「座りっぱなしは喫煙と同等のリスク」とする厳しい意見もあります。
今回はその「座りっぱなし」が認知症のリスクになるという話です。
医学誌『PLOS ONE』2018年4月12日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によると、座っている時間が長い人は内側側頭葉が薄いことがわかったと言います。
ここは脳の解剖を整理しながらみていきましょう。脳をおおざっぱに分類すると、大脳、脳幹、小脳の3つになります。大脳と小脳があるなら中脳もあるわけですが、これは脳幹の中にあります。脳幹は、間脳、中脳、橋、延髄の4つからなります。「のうかん」の中に「かんのう」がある…、これだけでややこしくて投げ出したくなりますが、脳を理解するには、まだまだ序の口です。
内側側頭葉は大脳の一部ですから、今回は脳幹と小脳の話はしません。大脳は外から「大脳皮質」「白質」「大脳基底核」に分類できます。つまり、大脳基底核が大脳の一番奥深い部分です。ややこしいことに、似た名前の「大脳辺縁系」と呼ばれるものがあります。これがどこかというと、部位としては、だいたい大脳基底核の外側あたりに位置するのですが、今でてきた「白質」を指すわけではなく、また、視床や視床下部と呼ばれる間脳(脳幹を構成するひとつでしたね)の一部も含みます。このあたりで脳の解剖がイヤになってくる人も多いのですが、とりあえずは大脳辺縁系というのは「解剖」よりも「機能」を重視すべきものと考えて、重要な部分に「扁桃体」と「海馬」があると覚えておけばいいと思います。扁桃体は人間の情動を司っていて、海馬は記憶に関係しています。
ややこしい話はまだ続きます。人間の記憶は海馬だけが関連しているわけではなく、大脳皮質が委縮すると記憶力が低下します。大脳皮質は、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉の4つに分類できます。これらのなかで記憶に最も関連があるのが側頭葉で、その内側は内側側頭葉(medial temporal lobe、以下「MTL」)と呼ばれます。ここまできてやっと最初の地点に戻ることができました。しかし、あと1点重要なことを補足しておきましょう。MTLのさらに内側に海馬があります。ですから、海馬が人間の記憶で最も重要な部位で、そのすぐ外側に海馬の次に重要なMTLがあると考えればとりあえず前に進めます。
ようやく今回紹介したい論文のポイントにうつれます。研究の対象者は認知機能が正常な45~75歳の男女35人。「座っている時間」と「運動量」が調べられ、脳のMRIを撮影しMTLの厚さとの相関関係が検討されています。
結果、MTLの厚さは座りっぱなしの時間と逆相関、つまり、座りっぱなしの時間が長ければ長いほどMTLが薄くなっていることが分かりました。MTLをさらに細かくみると、海馬傍回(parahippocampal)(文字通り、海馬の横に位置する)で最も強い関係があり、嗅内野(entorhinal)、皮質(cortical)、海馬台(subiculum)(海馬の下に位置する)でも薄くなっていたのです。
興味深いことに、運動量とMTLの薄さには相関関係が認められませんでした。
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この研究は「運動は座りっぱなしのリスクを帳消しにできない」とする説を支持することになるかもしれません。生活習慣病やがんのみならず、認知症のリスクにもなるなら、座りっぱなしの危険性はもっと注目されるべきかもしれません。ただし、だからといって、最近一部の企業が取り入れている「スタンディング・ディスク」はかえって有害だとする指摘(注2)もあります。
注1:この論文のタイトルは「Sedentary behavior associated with reduced medial temporal lobe thickness in middle-aged and older adults」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0195549
注2:The Washington Postに興味深い記事があります。タイトルは「Study: Standing desks could be harmful to your productivity . . . and your health」で、下記URLで閲覧できます。
参考:
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
医療ニュース
2016年2月27日 「座りっぱなし」はやはり危険
医療ニュース
2015年5月29日「座りっぱなしの危険性は1時間に2分の歩行で解消?」
2014年8月22日「運動で「座りっぱなし」のリスクが減少する可能性」
2014年2月28日「高齢女性の座りっぱなし、死亡リスクが上昇」
2013年4月2日「座りっぱなしの生活がガンや糖尿病のリスク」
2015年9月5日「立ちっぱなしも健康にNG?」
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2018年6月4日 月曜日
2018年6月 己の身体で勝負するということ~その2~
日本大学アメリカンフットボール部の選手がおこした反則行為が連日メディアを賑わせています。私はこの事件の世間の捉え方に大きな”違和感”を覚えます。私には、なぜ怪我を負わせた日大の選手をかばうような発言をする意見が多いのかが理解できないのです。こんな私は「異端児」かもしれませんが、私のような考えを持った方が、人生が「ラク」になる、ということを示したいと思います。尚、私のひとつめの大学は関西学院大学(以下「関学」)ですが、卒業生だから関学をひいきにみているわけではないことをお断りしておきます。
まずは事件を簡単に振り返ってみましょう。2018年5月6日、東京で開催された関学と日大のアメリカンフットボールの定期戦。パスを投げ終えたばかりで無防備の関学のクオーターバック(QB)の選手に日大のディフェンシブライン(DL)のM選手が後からタックル。M選手はその後もラフプレーを続けて退場させられました。負傷退場した関学のQBの選手は全治3週間の怪我を負いました。
この事件を受け日大の監督とコーチが除名されることになりました。これは当然でしょうが、世間のM選手に対する「声」は軒並み”優しいもの”です。なかには、「厳しい処分をしないで」という署名も集まっているとか…。しかし、これはおかしくないでしょうか。アメリカンフットボールというスポーツは、ルールを順守していてもときに生死にかかわる重大な事故が起こりえます。詳細は述べませんが、ほとんどの関学卒業生が知っている不幸な事故の歴史もあります(注1)。M選手は問題のタックルの後もラフプレーを繰り返し退場させられているのです。
監督やコーチの指示なら他人を怪我させてもいいという理屈は私には到底理解できません。例えば、上司と一緒に酒場にいるときに、上司から「あいつムカつくから殴ってこい」と言われて、そこにいた客を殴ればこれは有罪ではなかったでしょうか。
日大M選手が世間からバッシングされないことから2つの「事件」を思い出しました。
ひとつは「オリンパス巨額粉飾事件」です。巨額の損失を「飛ばし」という手の込んだ方法を使って巨額の損益を10年以上にわたり隠し続けた挙句、その負債を粉飾決算で処理した事件です。2011年に、社長に就任したイギリス人のマイケル・ウッドフォード氏は、問題を調査し、会社と株主に損害を与えたという理由で菊川剛会長と森久志副社長の引責辞任を促しました。しかし、その直後に開かれた取締役会議でウッドフォード氏は社長職を解任されることになります。
要するに、オリンパスは「組織の理屈」を重視したわけです。よそ者のお前が正論を押し付けるな!という理屈です。最近、この事件がウッドフォード氏の語りが中心のドキュメンタリー映画となり海外で高い評価を得ています。監督は日本人の山本兵衛監督でタイトルは『サムライと愚か者─オリンパス事件の全貌─』です。外国人には日本人の意味不明の組織の理屈が興味深くみえることでしょう。
もうひとつ私が思い出した事件は病院でおこったものです。「千葉不正告発後解雇事件」とでも命名しておきましょう。この事件が起こったのは2010年。千葉県がんセンターで相次いでいた死亡に至る医療ミスや不正麻酔を看過できないと判断したひとりの麻酔科医が同院長に内部告発した直後に退職を命じられた事件です。
日大M選手事件、オリンパス巨額粉飾事件、千葉不正告発後解雇事件の3つに共通するもの。それは「良心が組織の理屈に負ける」ということです。M選手は「悪」に加担したのにも関わらず擁護する意見が多いのは「組織に屈するのはやむを得ない」と多くの人が考えるからに他なりません。M選手を助けるよう署名までする人は、「自分も同じ立場だったら自分の良心を犠牲にして同じことをするだろう」と考えているわけです。
しかし、そろそろこんな考えをやめて自分の「良心」を大切にしてみればどうでしょう。つまり、組織のなかで生きていくために逆らわない、ではなく、良心に基づき「組織に頼らず生きていく」つまり「己の身体で勝負する」を実践するのです。
私が2年前に書いたコラム「己の身体で勝負するということ」は意外にも「賛同します」という声を多数いただきました。そのコラムで私が述べたことは、魅力ある先輩たちから学ばせてもらった結果、学歴に頼るのではなく自分の力で生きていくべきことが分かった、というものです。当時18歳の私は、肩書がなければ何もできない人間にならないことを誓いました。ひとつめの大学(関学)を卒業するとき、「(大企業の)〇〇社 谷口恭」という名刺を持ちたくないという理由で、大企業への就職は一切考えませんでした。
私のこの考えに対し「大きな組織の一員になれば組織に守ってもらえるから安心できる」と言う人がいます。しかし、果たして本当にそうでしょうか。私なら、不条理な理屈や学歴以外にとりえのない上司の命令に従わなければならないような組織に所属することは安心ではなく”不快”ですし、私の「良心」がそんなことを許しません。そんな組織はとっとと去って己の身体で生きていく方法を考えます。
M選手に話を戻します。日本のメディアをみていると、問題のタックルを「危険なタックル」「悪質なタックル」などと表現していますが、これは「全滅」を「玉砕」と言い換えるようなものであり、例えば「The New York Times」は「違法タックル(illegal tackle)」という厳しい表現をとっています。日本の報道では監督とコーチが前面にでてきますが、同紙の報道では、まずM選手の謝罪の写真と”違法タックル”のビデオがファーストビューで見られるように構成されています。M選手がパワハラを受けたことも書かれ、監督の写真も記事の下の方に掲載されていますが、日本のメディアのようにすべて監督とコーチが悪いんだという書き方ではありません。記事の最後はM選手の「私にはアメリカンフットボールを続ける権利はなく、またそのつもりもありません」という言葉で締められています。
この言葉がM選手の本心なら、この次同じような局面に立った時、それはスポーツ以外のことであったとしても、おそらく自分の「良心」に従って行動するでしょう。もしも、そのとき上司の信頼を失ったとしても「良心」は守ることはできます。そして「良心」に従って行動したことで結果的により多い賛同を得られるはずです。実際、世間のM選手に対する視線が”優しい”のは彼が良心を取り戻したからでしょう。
今回の事件に関する何人かの識者のコメントを読んで、私が最も共感できたのは三浦知良選手の次のものです。
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僕も監督に言い返し、口論し、刃向かってもきた。監督と選手は五分だと思ってきた。理不尽な要求をする監督、上級生が下級生に説教をたれる上下関係。少年時代はそんなものがまかり通ることに納得ができず、外でプロの世界に身を置きたかった。(日経新聞2018年5月25日)
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今回のこのコラムでは「己の身体で勝負」の具体的事項を述べていません。口で言うのは簡単だけど、誰もが自分の実力だけで食べていけるわけではない、という反論もあるでしょう。私が述べたことが「きれいごと」にしか聞こえない人もいるかもしれません。
それに、私は当時の先輩たちの影響を受けて18歳の頃から同じことを言い続けていますが、確かにこういったことが言えるのは自分自身の身体と精神が健康であり、サポートしてくれる家族や友人がいるからです。身体に障害を負うようなことがあれば、己の身体だけでは生きていけなくなるでしょう。ですが、私ならいかなるときも組織に頼ることは考えず、可能な限り己の身体を頼りにします。
次回は、「己の身体で勝負」にはどのような方法があるのか、その具体的な事例を私の体験を振り返り紹介したいと思います。
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注1(2018年7月7日追記):複数の人から詳細を教えてほしいとのリクエストがあったために付記しておきます。「ほとんどの関学卒業生が知っている不幸な事故の歴史」は1978年に起こりました。当時の関学アメリカンフットボールの名手であった猿木唯資選手(今回の被害者と同様QBでした)が試合中に相手チームにアタックされ脊髄損傷の大事故となり選手生命を絶たれたのです。私が関学に入学したのは1987年、事故から9年後でしたが何度かキャンパス内で聞きました。
ちなみに猿木選手が入院しリハビリを受けていたのが大阪府枚方市にある星ヶ丘厚生年金病院です。四半世紀後の2003年、私は「研修医」として同院に就職しました。同院のリハビリ病棟は非常に有名で、他にも有名なスポーツ選手が何人も治療を受けられています。尚、猿木選手は現在、車椅子の生活ながら税理士として活躍されているそうです。
関学のアメリカンフットボールの事故は比較的最近も起こっています。2016年、関学高等部の選手が試合中に相手選手と接触し頭部を損傷。硬膜外血種を起こし4日後に他界されました。
我々(OB・OGも含めた)関学の者はアメリカンフットボールの危険性を軽視できないのです。
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2018年5月28日 月曜日
2018年5月29日 スタチンは認知症の予防になるか
スタチンと言えば世界中で最も使われている悪玉コレステロール(LDL)を下げる薬ですが、コレステロール以外にも様々な効用があるのではないかと言われています。一方、糖尿病のリスクを上げることも指摘されています。
今回お伝えしたいのは、「スタチンが認知症のリスクを下げる」とする研究です。医学誌『Scientific reports』2018年4月11日号に掲載されています(注1)。この研究は、新たに対象者を探したのではなく、既存の研究25個を総合的に分析しなおす、いわゆる「メタアナリシス」でおこなわれています。結果は下記の通りです。
すべての認知症:相対リスク0.849(認知症のリスクを15%下げる)
アルツハイマー型認知症:相対リスク0.719(28%下げる)
軽度認知障害:相対リスク0.737(26%下げる)
脳血管性認知症:相対リスクは認められず
さらに本研究ではスタチンの種類でリスク低下が検討されています。スタチンは水溶性(hydrophilic statin)と脂溶性(lipophilic statin)に分類することができます(注2)。認知症リスク低下について次のような結果となりました。
水溶性スタチン:すべての認知症のリスクを下げる(相対リスク0.877)、
アルツハイマー型認知症のリスクを下げる(相対リスク:0.619)
脂溶性スタチン:すべての認知症のリスクを下げない
アルツハイマー型認知症のリスクを下げる(相対リスク:0.639)
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今回の研究はメタアナリシスですからエビデンスレベルは高いと考えていいと思います。しかし、一方ではエビデンスに基づいた検証をおこなうCochrane Libraryでは否定的な見解が示されています(注3)。
過剰な期待は禁物ですが、特にアルツハイマー型認知症のリスクのある人には可能なら脂溶性よりも水溶性スタチンを選択する方がいいかもしれません。この論文を意識しているわけではありませんが、現在(医)太融寺町谷口医院で処方しているスタチンの95%以上が水溶性のものです。
注1:この論文のタイトルは「Use of statins and the risk of dementia and mild cognitive impairment: A systematic review and meta-analysis」で、下記URLで全文を読むことができます。
https://www.nature.com/articles/s41598-018-24248-8
注2:水溶性スタチンは「プラバスタチン」(先発品はメバロチン)と「ロスバスタチン」(クレストール)で、残りのスタチン(シンバスタチン、フルバスタチン、アトルバスタチン、ピタバスタチン)は脂溶性です。
注3:Cochrane Libraryのウェブサイトを参照ください。タイトルは「Statins for the prevention of dementia」です。下記のURLで閲覧することができます。
http://cochranelibrary-wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD003160.pub3/full
参考:メディカルエッセイ
第133回(2014年2月)「スタチンの功罪とリンゴのことわざ」
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2018年5月28日 月曜日
2018年5月28日 避妊用ピルは自殺のリスクを上昇させるのか?
避妊用ピル(以下「ピル」)が自殺のリスクになるとする意見は昔からあったものの、それを検証したエビデンスの高いデータはなく、また、その逆にピルを使用することでイライラや不安感などが解消されることが多いことから、ピルは精神状態を安定させると言われています。
ところが、「ピルは自殺のリスクを上げる」という大規模調査が報告されました。
医学誌『The American Journal of Psychiatry』2017年11月17日に掲載された論文(注1)を紹介します。
研究の対象者はデンマークの女性約50万人で平均年齢は21歳。調査期間の1996年から2013年の間に15歳となった女性がその後自殺を試みたかどうかが調べられています。追跡期間は平均8.3年です。
全女性の初回の自殺未遂(注2)が6,999例、自殺既遂(注2)が71例です。ピルを含む避妊用薬剤の自殺のリスクは、すべてのピルを合わせて推計すると、自殺未遂が1.97倍、自殺既遂はなんと3.08倍に上昇していました。ピルの種類ごとの自殺未遂のリスクは次のようになります。
通常のピル:1.91倍
プロゲスチン単独ピル(注3):2.29倍
避妊リング(ホルモン剤が膣内に放出されるタイプ):2.58倍
避妊パッチ(注4): 3.28倍
興味深いデータがもうひとつあります。自殺未遂が最も増えるのはピルを開始して2カ月の時点であることが分かったというのです。
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衝撃的な結果だと思います。私がこの論文を目にしたのは公表されてから5カ月以上たってからだったので、きっと(日本では無関心でも)世界中で話題になっているに違いないと思ってネット検索してみたのですが、意外なことに世界のメディアもあまり取り上げていません。
この研究は「前向き研究」であり、対象者が50万人と大規模ですからエビデンスレベルは高いと言えます。さらに興味深いのは、通常のピルよりも「安全」と考えられている他の3種のホルモン剤の方が、リスクが上昇していることです。
私自身の実感としては、冒頭で述べたように、ピルを用いることで精神状態が安定するケースを数多く診てきていますから俄かには信じがたい結果です。ですが、これからは処方前に自殺のリスクがないかどうか検討すべきだと考えています。そして、少なくとも内服開始2カ月は注意を払わなければなりません。
注1:この論文のタイトルは「Association of Hormonal Contraception With Suicide Attempts and Suicides」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://ajp.psychiatryonline.org/doi/full/10.1176/appi.ajp.2017.17060616
注2:原文のsuicide attemptを「自殺未遂」、suicideを「自殺既遂」と訳しています。自殺未遂は何らかのアクションを起こしたものの結果的に死に至らなかったケース、自殺既遂は死亡した例です。
注3:海外ではPOP(Progestin-only Pill)と呼ばれているもので、日本では「ミニピル」と言われることがありますが、認可されていません。
注4:ホルモン剤の貼付薬です。海外では使用者が増えていますが日本では未認可です。
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2018年5月25日 金曜日
2018年5月25日 日焼け止めが禁止されてもサプリメントはNG
南の島は心も身体も癒してくれますが、紫外線には注意しなければなりません。したがって南のリゾート地に行くときにはサンスクリーン(日焼け止め)(と虫よけ)は忘れてはいけません。
ですが、ハワイのビーチではサンスクリーンの使用が禁止されるかもしれません。
2018年5月3日の「The New York Times」によれば、5月1日、ハワイ州は一部のサンスクリーンの販売を禁止することを決めました。
サンスクリーンに含まれる化学物質オキシベンゾン(oxybenzone)とオクティノクセイト(Octinoxate)がサンゴを漂白するというのが禁止にする理由で、この規則が実行されるのは2021年1月1日の予定です。
「The New York Times」によれば、世界中で毎年14,000トンのサンスクリーンが海洋に蓄積され、ハワイやカリブ海のサンゴ礁を傷つけています。2015年に非営利組織のHaereticus Environmental Laboratoryが調査したところ、毎日平均2,600人が訪れるオアフ島のハナウマ・ベイではサンゴ礁に毎日平均412ポンド(187キログラム)のサンスクリーンが沈着していたそうです。
こうなると、サンスクリーン以外に紫外線をカットする方法はないのかと考えたくなり、一部のサプリメントはそれを謳っています。しかし、2018年5月22日、米FDAはこういった製品に対して「警告」を発しました。
FDAは、はっきりと「サンスクリーンに置き換わる錠剤やカプセルはない」(There’s no pill or capsule that can replace your sunscreen.)と断言し、消費者に誤った情報を与え、効果のないサプリメントを売りつけている業者に警告文(warning letters)を発送しました。該当する製品名は、「Advanced Skin Brightening Formula」、「Sunsafe Rx」、「Solaricare」、「Sunergetic」などです。
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皮膚がんの発症率が高い米国では紫外線カットやサンスクリーンの話がよく取り上げられます。日本では皮膚がんがさほど多くないことと、ビタミンDの体内合成に紫外線が必要なことから、むしろ日光浴が推奨されることもあります。ですが、ビタミンDは魚介類やきのこなどから摂れますから極端なベジタリアン(ヴィーガンと呼ばれる人たち)以外はあまり心配する必要はありません。
さて、これからの紫外線対策を考えましょう。ハワイで法案が可決されたことは大きな意味を持ちます。ハワイに行かないという人は関係ないとも言い切れず、他のリゾート地が追随する可能性もあります。法が実行される2021年までに「使えるサンスクリーン」を探しておく必要があります。
しかし、日本人はあまり心配ないかもしれません。太融寺町谷口医院でサンスクリーンの相談をされる人はたいてい敏感肌で、そういった人たちには紫外線吸収剤が含まれていないもの(紫外線散乱剤だけでできているもの)を勧めています。禁止されるオキシベンゾンもオクティノクセイトも共に紫外線吸収剤ですから、心配不要というわけです。
参考:
アトピー性皮膚炎 塗り薬の使い方Q&A
Q7:サンスクリーン(日焼け止め)はどのようなものを選べばいいのでしょうか。
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2018年5月21日 月曜日
第184回(2018年5月) 英語ができなければ本当にマズイことに
英語の勉強についてのコラムを書くと感想を寄せてくれる人が多い、という話を以前しました。今回は、そういった感想を募集しているから、というわけではないのですが、どうしても再び英語の勉強について言わねばならない2つの理由ができたために、これを書くこととしました。
ひとつめの理由は、第180回(2018年1月)「私の英語勉強法(2018年版)」で私が推薦したNHKのテレビの英語教育プログラム「ニュースで英会話」が2018年3月で終了し、さらに絶賛した同番組の会員制ウェブサイトも4月末で終わってしまったからです。私のコラムを読んだ方から「早速会員になりました」と連絡をいただいていたので、私としても責任を感じてしまいます。
もうひとつの英語の勉強について書こうと思った理由は私のゴールデンウイークの個人的体験です。第180回で述べたように、マンツーマンのレッスンで現在最もお勧めなのはフィリピンの(超)短期留学(長期で行ける人は長期の方がいいですが)です。私自身も今年の連休を利用してセブ島に飛び、5日間のレッスンを受けてきました。
レッスンは朝8時から5時まで、1コマ50分のレッスンが8つです。その上大量の宿題が出ますからゆっくりできる時間はほとんどありません。たかが英語だからそう疲れないだろう、と高を括っていた私は早くも2日目あたりから疲労感を自覚するようになってきました。それでもマンツーマンのレッスンは実りのあるものですから休むわけにはいきません。特に私の場合、へたくそな発音を矯正してもらえますからとても貴重な時間となりました。
レッスンはテキストやCNNのビデオを使うものもあるのですが、たいていは事実上フリートークになります。そこで、メディアやネットからはうかがい知ることのできない話をフィリピン人の講師から聞くのが楽しみとなります。実は私が以前からフィリピン人に対して抱いていた大きな疑問があります。それは、「英語はあなたたちの母国語じゃないのになぜそんなに上手なの?」という疑問です。
私が初めてフィリピン人と接したのは医学部入学前の会社員時代です。といってもビジネスパーソンとの会話ではなく、西日本のある地方都市に出張に行ったときにそこの支店長に連れていかれた(連れていってもらった)フィリピンパブです。そこには美しく着飾った大勢のフィリピーナ(注1)がいましたが、堪能な英語を話していた女性は皆無でした。日本人よりは少し上手な程度でした。また、その頃フィリピーナに”ハマっていた”私の知人はタガログ語の勉強を始めた、と言ってましたから、当時(90年代前半)の私のフィリピン人のイメージは「さほど英語はできない」でした。
ところが今はまったく異なります。スーパー、コンビニ、カフェなどセブ中のどこに行っても英語がごく普通に使われています。今回の渡航中、レッスンが始まる前の早朝ランニングを日課にしていたために、一度早朝からスラム街に行ってみました。さすがに、そこで遊んでいた子供たちは英語を話していませんでしたし、英語で話しかけても英語が返ってきません。しかし、英語のレッスンをしてくれる先生(といっても20代そこそこの男女が多い)たちの英語は驚くほど上手なのです。特に発音が素晴らしくアメリカ人と何ら変わりはありません。
英語が比較的できる国民、例えば、マレーシア人やインド人の英語はこんなに発音がうまくありませんし、公用語が英語のシンガポール人でさえ、ネイティブに近い英語とは言えません。
フィリピン人の英語能力はスピーキングだけではありません。私の知る限り、英語がかなりできる日本人でも、映画を字幕なしでほぼ100%理解できるという人にはあまりお目にかかったことがありません。また、英語の曲を一度聞けばほぼ100%理解できるという日本人もほとんど知りません。ですが、フィリピンの彼(女)らにとっては当然のことだと言うのです。
読解力も際立っています。私はリスニングとスピーキングは苦手ですが、リーディングはさほど苦痛ではありません。ですが、彼(女)らにはとうていかなわないのです。彼(女)らは、例えば雑誌「TIME」を数ページ読んで知らない単語が1つあるかどうか、というレベルです。要するに完全にバイリンガルなのです。
ここで日本の教育者がよく言うお決まりのセリフを紹介しておきます。それは「日本人は日本人の英語をしゃべればよい。発音ではなく内容が重要だ。そして内容のある発言をするにはまず国語(日本語)が重要だ。だから英語、英語という前に日本語をしっかりと勉強しろ」というものです。
たしかにこれは一理あると私も思います。私の塾講師や家庭教師の経験から言って、英語が苦手であっても国語が得意な生徒は、勉強のコツを教えてあげればこちらが驚くほど英語力が伸びます。そして、英語だけでなく理科系の科目も伸びます。逆に、他の科目はできるけれど国語が苦手という人は他の科目も結局あまり伸びません。ですから私自身も最も重要な科目は「国語」だと考えています。
もうひとつ、私がこの意見にこれまで同調していたのは、「どうせネイティブのようには話せないだろう」と漠然と思い込んでいたからです。ですが、この考えは今では間違っていると認めざるをえません。2つ例をあげましょう。
私が今回フィリピンで学んだ講師のひとりは3歳の息子をもつ母親です。私が何度注意されても上手に発音できないのに対し、その3歳の息子は完全な発音で英語を話すそうです。しかも、父親との会話は現地の言葉で、その母親(講師)も英語で話しかけるようにはするものの、きちんと教えたことはないというから驚かされます。その3歳児の「教師」は何とyoutubeだと言うのです。幼少時からスマホを眺めているだけで私の何十倍もきれいな英語を話すというのです。
もうひとつの例は日本人です。その講師によれば「若い日本人は発音が上手い」そうです。その学校には10代後半の日本の大学生もマンツーマンのレッスンを受けにきており、若い日本人はリスニングとスピーキングに関してはかなりできるそうなのです。つまり、日本人は発音が下手と思っていたのは私の”幻想”であり、いつの間にか日本の英語教育も大きく変わっていたのです。
しかし、このような「カルチャーショック」を受けるのは私だけではないはずです。現在20歳前後の若者が(全員でないにしても)ネイティブに近い発音で英語を話せるということを知れば、今の30代以降、あるいは20代半ば以降の多くの人も驚くのではないでしょうか。
先述したように、日本人は日本人の英語を話せばいいのは事実です。例えば会議の場面などではそれでいいでしょう。ですが、流暢に話せず聞き取りが苦手では、仕事場を離れた場面でのコミュニケーションがうまくいかないこともあるでしょうし、自分自身が楽しめません。パーティで誰かがジョークを言ったときに自分だけが理解できず気の利いたセリフが出てこない、というのはとても辛いものです。
さて、ここからは前向きな話をしましょう。日本人が英語を苦手とする最大の理由は(私も含めて)幼少時(もしくは10代の頃)にリスニングとスピーキングをなおざりにしてきたからです。これらは早くから実践した方がうまくなるのは事実ですが、今からでも間に合わなくはありません。そもそも「英語が苦手でやっても伸びない」という人は、本当は「やっていない」ことが多いのです。(私自身はこれまでそれなりに時間をとって勉強してきましたが、リスニングやスピーキング、特にスピーキングについては充分にやったとは言えません)
一般に、日本語と英語のようにまったく異なる語学をマスターするのには最低でも2,400から2,800時間くらいが必要だと言われています。これだけの時間を”集中して”勉強した人がどれだけいるでしょうか。近い言語、例えばドイツ人が英語をマスターするのには400時間でOKと言われています。ですから、まずは何とかして勉強時間を確保することが大切です。
次に、すぐれた教材を選ぶことになります。時間とお金に余裕があればフィリピン留学がお勧めですが、忙しくてもオンラインでマンツーマンのレッスンを受けることはできます。私の場合、日ごろそういう時間の捻出が困難なこともあり、少しでも時間があれば以前も推薦した「Voice of America」の「Learning English」を利用するようにしています。先述したようにNHKの「ニュースで英会話」が終了したため、私が使っているネット上の英語教材は現在9割がこれになっています。
日本語だけでも生きていける、という意見もありそれは事実でしょう。ですが、ますます日本を訪れる外国人が増え、世界を駆け巡る重要な情報はすべて英語です。それに、全員ではないとは言え、若者がネイティブに近い英語を話すようになってきているのです。今のままのあなたの英語力ではどんどん生活が不自由になってくる、なんてこともあり得るかもしれません。
************
注1:英語でフィリピン人女性はFilipina(フィリピーナ)、男性はFilipino(フィリピーノ)と言いますが、公的文書などでは女性もFilipinoと呼ばれることもあります。Filipinaは年齢に関係なく、また未婚・既婚に関係なく使われます。国を示すときはThe Philippinesとなります。つまり、Theがついて、FがPに変わりpが2つになります。この形容詞はPhilippineです。私はこのあたりを混乱していたのですが、今回の超短期留学できちんと教えてもらいました。
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2018年5月21日 月曜日
第177回(2018年5月) アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか
アトピー性皮膚炎(以下「アトピー」)で太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に通院している患者さんがもしもどこかに集まる機会があるとすれば、おそらく私は「しつこいくらいにプロアクティブ療法の話をする医師」と言われていると思います。
「ステロイドは短期間たっぷりと」「痒みがとれればタクロリムスでプロアクティブ療法」「身体はタクロリムスでうまくいかなければステロイドでプロアクティブ療法」…、こういったことを何度も聞かされた、という患者さんは数百人以上に上るはずです。実際、プロアクティブ療法をきちんと理解できれば、「もうステロイドを一切使わなくなって2年以上たつ」という患者さんも少なくありません。
ですが、一方で、ステロイドのプロアクティブ療法を実施しても、しばらくすると痒みが再発するという患者さんもいないわけではありません。そういった重症の患者さんに対しておこなわれてきた治療がシクロスポリン(商品名は「ネオーラル」など)と呼ばれる免疫抑制剤の内服薬です。しかし、これは全身の免疫力を下げますし、他にも副作用が少なくありませんから、なかなか使いにくい薬です。もちろん、ステロイド内服についてはよほどのことがない限り用いるべきではありませんし、使ったとしても最小限(数日以内)にとどめなければばなりません。
2018年4月、アトピーの歴史を塗り替える(と考えられている)画期的な薬剤が発売されました。その名はデュピルマブ(商品名は「デュピクセント」)。これまで伝わってきた情報(注1)によると、「効果はバツグンで副作用もほとんどなし」です。
今回は、この薬が今後どれだけ普及していくかについて考えてみたいと思います。まずは、この薬がなぜ効くかについて述べていきますが、これを理解するには免疫学の少し詳しい知識が必要になります。このあたりの説明は免疫学に興味のない人には複雑怪奇に見えるでしょうから、できるだけ分かりやすく解説したいと思います。
免疫を司る白血球は、好中球、好酸球、リンパ球、単球、好塩基球の5種類に分類できます。アトピーの人は好酸球の数値が高い人が多いのですが、ここでは好酸球ではなくリンパ球の話になります。リンパ球には、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)、T細胞、B細胞の3種があります。そして、今回の話はT細胞のなかの1種です。T細胞は骨髄のなかで誕生したばかりのときはみんな同じようなものですが、それが成長するにつれていろんなタイプに分かれていきます。
「CD4」というとHIVを思い出す人が多いと思います。HIVに感染するとCD4が次第に低下していきエイズを発症、とよく言われます。では、そのCD4とは何かというとT細胞の表面に存在する糖タンパクの一種です。こう言われると突然難しくなると感じる人もいるようですが、ほぼすべてのT細胞にはCD4かCD8のどちらかがあると考えてもらってOKです。CD4があればCD4陽性細胞、CD8ならCD8陽性細胞と呼ばれます。
T細胞の話になると触れておかなければならないのは、最近メディアでよく取り上げられる「Tレグ」です。正式には「制御性T細胞」と呼ばれるTレグもT細胞の1種です。Tレグは大阪大学の坂口志文教授が発見され、教授はこの功績により2015年にガードナー国際賞を受賞されています。Tレグの働きを一言で言えば「過剰な免疫応答の抑制」です。ややこしいのは、T細胞がCD4陽性細胞、CD8陽性細胞、Tレグの3種類に分類できる、という単純な話ではなく、TレグもCD4、CD8のどちらかを持っています。
CD4陽性細胞に話を戻します。大まかに言えばCD4陽性細胞の大半は「ヘルパーT細胞」と呼ばれるものです。そしてヘルパーT細胞は「Th1細胞」「Th2細胞」「Th17細胞」の3種に分類できます。
さらに細かい話に入るとついていくのが大変になってきますので、ここまでの話をまとめておきます。
好中球
好酸球
白血球 単球
好塩基球
リンパ球 NK細胞
B細胞
T細胞 CD8陽性細胞
CD4陽性細胞(≒ヘルパーT細胞)Th1細胞
Th2細胞→IL-4産生
Th17細胞
こまかいことを言い出せばこの分類は完璧なものではないのですが、大まかな理解としてはこれでOKです。ここからは上の図の右端のTh1,2,17細胞の話になります。医学部の学生に対してならこれらをひとつずつ解説していきますが、どんどん複雑な話に入っていくことになりますから、ここではアトピーに関わるTh2細胞の話のみをします。
アトピーの皮膚病変にはTh2細胞が過剰に存在していることがわかっています。ならばそのTh2細胞を取り除く薬があればいいということになりますが、そんな都合のいい薬は今のところ存在しません。そこでTh2細胞がつくられるメカニズムに注目することになります。ヘルパーT細胞がTh2細胞になるには「IL-4(インターロイキン-4)」と呼ばれるサイトカインが必要です。(サイトカインというのは、とりあえず血中や皮膚組織に存在する小さな物質と考えてOKです)そして、IL-4によってヘルパーT細胞がTh2細胞となり、今度はTh2細胞がIL-4をつくりだすことがわかっています。
ここまでくれば”ゴール”はもうすぐです。Th2細胞がヘルパーT細胞から誕生するにはIL-4がヘルパーT細胞に「結合」する必要があります。この結合はヘルパーT細胞の表面にある「受容体(レセプター)」と呼ばれる部分にIL-4がはまり込むと考えてください。ならば、IL-4よりも先回りしてT細胞の受容体の表面にフタをしてしまえばIL-4がくっつけなくなります。そして、この”フタ”こそがアトピーの新薬デュピルマブというわけです。つまり、デュピルマブによりヘルパーT細胞のIL-4がくっつく部分が塞がれてしまい、その結果ヘルパーT細胞は残りの2つ、Th1細胞かTh17細胞にならざるを得ない。そしてTh2細胞が激減するわけだからIL-4がつくられなくなり、ますますTh2細胞は減少する、というわけです。(ここまで理解できれば、免疫学が少し身近に感じられるのではないでしょうか)
アトピーから少し話がそれますが、Th1,2,17は免疫を語る上でけっこう重要なポイントなどで少しまとめておきます。上記の図の右端をもう少し細かくみてみましょう。
ヘルパーT細胞 →(IL-12があれば)→ Th1細胞 → IFN-γ(インターフェロンγ)産生
→(IL-4があれば) → Th2細胞 → IL-4産生
→(IL-6 + TGF-βがあれば) → Th17細胞 → IL-17産生
先述したように、IL-4があればヘルパーT細胞からTh2細胞ができてTh2細胞はIL-4を産生します。同様に、IL-12があればヘルパーT細胞はTh1細胞になりTh1細胞はIFN-γを産生します。IL-6とTGF-βがあればTh17細胞になりこれはIL-17を産生します。これ以上詳しく述べるとさらに複雑になってしまいますからこのあたりでやめておきますが、ここで紹介したIL-12、IL-17、IFN-γなどもいくつかの病気を考える上で重要な要素です。
デュピルマブについてもう少し詳しく述べると、阻害するサイトカインはIL-4だけではなくIL-13(今出てきたIL-12ではありません)も阻害します。しかし現時点では、アトピーに効果があるのはIL-4の方だろうと言われています。また、デュピルマブの効果が期待できるのはアトピーだけではなく、喘息や副鼻腔炎にも有効であるとする報告(注2)もあります。
先述したように現在までに私が入手した国内外の情報ではデュピルマブは「抜群にいい薬」のようです。ですがこの費用を捻出できる人がどれだけいるのかが疑問です。なにしろ1本81,640円もするのです(注3)。3割負担の場合、1本24,500円ほどで、初回だけ2本注射、その後は2週間に1本のペースで続けていきます。これに診察代と定期的な採血(副作用の確認に必要になります)が加わりますから、(3割負担で)年間70万くらいはかかるでしょう。
これまでの「薬の歴史」を振り返ると、発売してから重篤な副作用の報告が相次いだり、効果はそれほどでもなかったことが判明したりして消失していったものがたくさんあります。谷口医院ではほぼすべての薬は発売直後には処方をおこなわないポリシーです。デュプリマブも同様で、しばらく様子をみたいと考えています。
それに冒頭で述べたように、よほどの重症にならない限り、アトピーの大半はタクロリムスのプロアクティブ療法、もしくは少量ステロイドのプロアクティブ療法だけで充分コントロールできるのです。
************
注1:例えば、下記の論文はデュピルマブの有効性と安全性を示しています。論文のタイトルは「Two Phase 3 Trials of Dupilumab versus Placebo in Atopic Dermatitis」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1610020
注2:この論文のタイトルは「Effect of Subcutaneous Dupilumab on Nasal Polyp Burden in Patients With Chronic Sinusitis and Nasal PolyposisA Randomized Clinical Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2484681
尚、デュピルマブはその後、喘息と副鼻腔炎に対しても保険診療で使用できるようになりました。
注3(2020年4月1日付記):2020年4月1日、デュピクセントの薬価が1本81,640円から66,562円に下がりました。これにより(3割負担で)年間50万円ほどで治療が受けられるようになりました。
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2018年5月14日 月曜日
2018年5月14日 PPI使用で脳梗塞のリスク認められず
これまで安全で有効と考えられていた胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が最近になり副作用の報告が相次いでいるということをこれまで何度かお伝えしてきました(下記「医療ニュース」参照)。
今回お伝えしたい研究はその”逆”で、「PPIは脳梗塞のリスクにならない」とするものです。
医学誌『Gastroenterology』2018年4月号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。研究の対象は、「Nurses’ Health Study」と呼ばれるデータベースに登録された女性68,514人(平均年齢65歳)と「Health Professionals Follow-up Study」というデータベースに登録された男性28,989例(平均年齢69歳)です。
調査期間の12年間で合計2,599例(女性2,037例、男性562例)が脳卒中を発症(初発)しています。脳卒中の危険因子を考慮して、PPIと脳梗塞との関係を調べるとリスクが18%上昇していることが判りました。
しかし、PPI使用の「適応」、具体的には、消化性潰瘍、胃食道逆流症、消化管出血の既往歴、H2ブロッカーの使用歴などを考慮して再度、関係を算出するとリスクは8%の上昇のみで、これは統計学的に有意にはならなかったということです。
************
この結果は少しわかりにくいです。PPIの「適応」(原文は「potential indications for PPI use」)を考慮した結果(原文は「after accounting for indications」)、リスク増加に有意差はなかった、ということです。
ということは、「適応」(そもそもこれがこの論文では分かりにくい)を考慮しなければ、脳卒中の危険因子だけを考えて比較すると、有意差をもってPPIは脳梗塞のリスクになるということですから、やはりPPIは可能な限り避けるべき、ということになります。
現在PPIは世界中で物議を醸しています。太融寺町谷口医院でも処方していますが、症状が改善すればH2ブロッカーなど他の薬剤に積極的に変更するようにしています。ですが、どうしてもPPIが必要という人もいます。PPIは、脳梗塞だけでなく認知症や骨粗しょう症のリスクも指摘されているわけですから、今後のさらなる研究結果を待ちたいと思います。
注1:この論文のタイトルは「No Significant Association Between Proton Pump Inhibitor Use and Risk of Stroke After Adjustment for Lifestyle Factors and Indication」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://www.gastrojournal.org/article/S0016-5085(17)36710-0/fulltext
参考:医療ニュース
2017年4月28日 胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク
2017年11月15日 ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇
2018年4月6日 胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに
2017年1月25日 胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる
2016年8月29日 胃薬PPIが血管の老化を早める可能性
2017年1月23日 胃薬PPIは精子の数を減らす
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