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2018年4月13日 金曜日

2018年4月 生活保護受給者のパチンコを禁止すべきでない理由

 先月のマンスリーレポートのなかで、「生活保護にかかる費用を削減すべきでない」という自説を述べたところ、「生活保護を受給するにふさわしくない者もいるのでは?」という意見が複数届きました。たしかに、不正受給はときどき問題になりますし、受給者のなかにはパチンコで貴重な生活費を浪費している事態があるのも事実です。

 それでも全体の生活保護費は削減すべきでなく、受給者がパチンコを含むギャンブルにお金を費やすのはやむを得ない、というのが今回言いたいことです。生活保護については、過去にも擁護する意見(メディカルエッセイ第112回「生活保護に伴う誤解」及び第113回「生活保護の解決法」 )を述べましたので、今回はギャンブルに焦点をあてて論じてみたいと思います。

 2015年10月、大分県別府市は生活保護受給者がパチンコ店及び市営競輪場に出入りしていないかを調査し、立ち入り禁止の「指導」に応じない受給者には生活保護を減額する措置を取っていたことが明らかになりました。報道によれば、別府市は過去25年間にわたり同様の「指導」をおこなっていたそうです。

 この報道に対し「人権侵害だ」と批判が上がった一方で、「生活保護受給者がパチンコだなんて何を考えてるんだ! 別府市の対処は当然だ!」と、生活保護受給者(長いのでここからは「生保者」とします)を非難する意見も多かったと聞きます。前回のマンスリーレポートの流れで言えば、このように生保者をバッシングするのは「保守=右派」となります。

 この「指導」が避難を浴びたことで厚労省と大分県が協議をおこなうことになりました。結果、別府市がおこなっていた「指導」は不適切であると判断され、2016年以降はこういった調査や処分はなくなりました。

 厚労省と大分県のこの判断は当然であり、生保者を含めてすべての人にギャンブルを禁じるようなことはできません。これについて「人権」の観点から主張する人がいますが、私の立場は異なります。なぜ、ギャンブルを禁じることができないのか。それは、多くの人が「依存症」という”病”に侵されているからです。

 2011年、大王製紙の前会長、井川意高氏がカジノで借金をつくり合計106億8000万円の負債を追ったことが週刊誌に大きく報じられました。氏は大王製紙の関連会社などから不当に融資を受けていたことが社内メールなどから発覚し、会社法違反(特別背任)で執行猶予なしの実刑4年の判決を受けました。

 この事件が白日の下に晒されたとき、各週刊誌は、井川氏が毎晩高級店で芸能人と飲み明かすなど派手な生活をし、あたかも人格が破綻しているかのようなことを書いていました。週刊誌によっては、大王製紙自体も悪徳企業のような扱いをしていました。私はこういった報道に強い違和感を覚えました。

 なぜか。「バカラという運だけで勝敗が決まるようなギャンブルに大金をつぎ込むことが合理的でないことが理屈で分かっていても嵌ってしまうのが依存症だから」という点には言及せずに、単に井川氏を悪者に見立てているだけだからです。この点が、麻雀や賭け将棋は好きだけどカジノには興味がないという人たちとの違いです。麻雀や将棋は運よりも実力で決まるのに対し、バカラは運のみで勝負が決まります。ですが、バカラに嵌る人は、例えば「プレイヤー側が5回続けて勝てば、次回はバンカー側が勝つ確率が高い。だから自分はどちらかが5回連続で勝つか負けるかしなければ賭けにでない。これは合理的だ」というようなことを本気で言います。

 東大卒の井川氏が単純な確率論を理解していないはずがないのですが、バカラにのめりこみ理性を失っていったのでしょう。それが依存症の恐ろしいところです。氏は著作『熔ける』のなかで、次のように述べています。

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地獄の釜の蓋が開いた瀬戸際で味わう、ジリジリと焼け焦げるような感覚がたまらない。このヒリヒリ感がギャンブルの本当の恐ろしさなのだと思う。脳内に特別な快感物質があふれ返っているせいだろう、バカラに興じていると食欲は消え失せ、丸一日半何も食事を口にしなくても腹が減らない。
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 これは医学的にも理にかなっていて、ドーパミンやノルアドレナリンといった興奮系の神経伝達物質が脳を”麻痺”させているのでしょう。その結果、交感神経が興奮した状態が継続しますから食欲が出ないのは当然です。

 依存症が分かりにくいという人は、「井川氏は東大卒で勉強はできるとはいえ、忍耐力がなく計画が立てられないんじゃないの。自分の周りにも学歴は高いけどそういうダメな人もいるし…」と感じる人がいるかもしれません。私はそうは思いません。たしかに高学歴者が優秀とは言えませんが、井川氏は大勢の人たちと良好な人間関係を維持し、そして会社の運営に成功していたのです。私は会ったことはありませんが、おそらく数分間話せば魅力が伝わってくるタイプではないかと推測します。氏は『溶ける』の中で次のように述べています。

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一体、何が私自身を狂わせてしまったのだろうか。大王製紙に入社してからというもの、私はビジネスマンとして仕事で手を抜いたことは一度もない。経営者の立場になってからも、仕事には常に全力投球してきた。
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 これは事実だと思います。こういった「成功者」も狂わせるもの。それがギャンブル依存を含む「依存症」の正体なのです。

 話を生保者のパチンコに戻します。いずれどこかで述べたいと思いますが、日本はパチンコ店のせいで世界一の「ギャンブル王国」となっています。現在議論されているカジノ法案をさめた目で見てしまうのは私だけではないはずです。パチンコを放置したままカジノの危険性を議論するなどということは「木をみて森をみず」以外の何ものでもありません。

 井川氏はカジノを求めてマカオやシンガポールに渡航していましたが、パチンコ店はたいてい駅前にあります。パチンコ依存症の人も、パチンコをやらないという意思があったとしても、買い物などで駅前を通ることもあるでしょう。そんなときパチンコ店が視界に入ったときに抑えがたい衝動に駆られることになります。この衝動に抗える自信のある人がどれだけいるでしょうか。自分は依存症でないから分からない、という人は、ダイエット中の空腹時においしそうなすき焼きが目の前にある状況を想像してみてください。

 生活保護を受給していてもしていなくても依存症の苦しみは変わりません。そして、この苦しみに対し医療や保健サービスを含めた支援がなされなければならないことに反対する人はほとんどいないでしょう。そういった「支援」をすることなく、そして駅前のパチンコ店を放置したまま、生保者にだけパチンコを禁じるなどということは、生保者の人権侵害というよりも、生保者に対する「嫌がらせ」ではないかと私には思えます。

 生保者のパチンコがけしからん!と感じたことのある人は、パチンコ店が放置されている現状に対して一度考えてもらえればと思います。

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2018年4月6日 金曜日

2018年4月6日 胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに

 このサイトで何度も指摘している胃薬PPIの危険性については、ときおりマスコミでも報道されているようで、ここ1~2年でみれば、太融寺町谷口医院で「前の医療機関で処方されたんですけど大丈夫ですか?」と患者さんから質問される薬のナンバー1です。

 特に「PPI使用が胃がんのリスク」という報道は大変物議を醸しています。胃がん以外にも、認知症のリスクを上げる、血管の老化を早める、腸炎や肺炎にかかりやすくなる、精子の数が減る、など次々と否定的な見解が発表されています。

 今回は「PPIが骨粗鬆症のリスク」という報告です。

 医学誌『Current Opinion in Rheumatology』2016年7月号に掲載された論文(注1)に報告されています。この研究では、過去18カ月以内に公表されたPPIと骨粗鬆症リスクについての文献が分析(これを「メタ分析」と呼びます)することにより、より客観的な事実を導こうとしています。

 結果、たとえ短期間であってもPPIを使用すれば、骨粗鬆症および骨粗鬆症性骨折のリスクが高まることが判った、とされています。

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 PPIは胃炎や逆流性食道炎に対しては確かによく効く薬剤です。ですが、これまでは安全性が担保されていると考えられていたこともあり、あまりにも簡単に処方されすぎているように思えます。

 冒頭で述べたような「前の医療機関で処方されたんですけど…」と患者さんから相談されたとき、もちろん症状にもよりますが、H2ブロッカーに切り替えてもらうことがよくあります。それで(全例とはいいませんが)大部分は改善します。もしも、漠然とPPIを長い間飲んでいる人がいれば、一度他の薬剤への変更を検討してみるべきかもしれません。

注1:この論文のタイトルは「Proton pump inhibitors and osteoporosis」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://journals.lww.com/co-rheumatology/Abstract/2016/07000/Proton_pump_inhibitors_and_osteoporosis.13.aspx

参考:医療ニュース
2017年11月15日 ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇
2017年4月28日 胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク

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2018年4月6日 金曜日

2018年4月5日 コーヒーの発がん性をLA高等裁判所が認定

 コーヒーについて米国で驚くべきニュースが報じられました。

 米国ロサンゼルス高等裁判所がコーヒーの発がん性を認め、スターバックスなどコーヒーの販売業者に、「コーヒーには発がん性物質が含まれている」という警告を店内に表示するよう義務付けるというのです。2018年3月30日のAP通信が報道しています。

 この判決が下されたのは地方裁判所ではなく高等裁判所(Los Angeles Superior Court )です。スターバックスなど販売側は最高裁判所に上告することはできますが、この時点で相当大きな問題となっていると思われます。

 AP通信によると、原告側はコーヒーの焙煎過程で生じるアクリルアミドを取り除くか、警告の表示をするよう求めていました。これに対し、被告側(販売側)は、健康に影響が及ぶほどではなく健康上の利点が上回ることを主張していました。

 裁判所の判決は、「原告側は主張を裏付ける証拠を提出したのに対し、被告側の主張は根拠が不十分であった」、と同通信は報じています。

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 コーヒーはかつてはWHOも発がん性を指摘していました。しかし、2016年6月15日、WHOの下部組織であるIARC(International Agency for Research on Cancer、国際がん研究機関)は「発がん性を示す決定的な証拠はない」として、事実上「安全」であると公表しています。

 このニュース、日本ではあまり報道されていないようですが、もしも米国のスターバックスで「警告」が表示されるようになれば、おそらく日本の消費者団体も何らかの行動をおこすのではないでしょうか。

 コーヒーについてはこのサイトで何度も述べているように健康に寄与するエビデンス(科学的確証)がいくつもあります。カリフォルニアのこの判決には惑わされない方がいいのでは、というのが私の意見です。

参考:医療ニュース
2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない

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2018年3月30日 金曜日

2018年3月30日 3月24日は「世界の8つの記念日」のひとつ~結核~

 先日、3月21日は「世界ダウン症の日」であることをお伝えし、英国発の4分半の画像が世界中を感動の渦に巻き込んだ、というニュースを紹介しました。

 世界ダウン症の日は、健康に関する記念日のなかでは比較的有名な方ですが、全体からみたときにはマイナーです。では、もっと有名というか世界的に重要と考えられているのはどのような疾患かというと、WHO(世界保健機関)が公式に認定している記念日が合計8つあります(注1)。今回はそれらを紹介し、3月24日が記念日の「結核」について述べたいと思います。8つの記念日は以下の通りです。尚、日本語表記について、ここでは「~の日」という表現にしましたが、「~デイ」あるいは「~デー」と呼ばれることもあります。

3月24日   世界結核の日
4月7日    世界健康の日
4月の最終週  世界ワクチン週間
4月25日   世界マラリアの日
5月31日   世界禁煙の日
6月14日   世界献血の日
7月28日   世界肝炎の日
12月1日   世界エイズの日

 このように記念日は春に集中しています。結核の日が3月24日に定められたのは、結核菌を発見したドイツのロベルト・コッホが結核についての演説をおこなった日だからと言われています。

 世界結核の日は日本ではさほど盛り上がりません。世界マラリアの日が日本であまり(というかほとんど)取り上げられないのは日本にはマラリアがないからだと思いますが、結核は世界で最も死亡者の多い感染症ですし(注2)、日本でも少なくありません。たしかにピーク時からは大きく減少していますが、今も先進国のなかではかかり多いのです。

 WHOの2017年のレポートから少し抜粋してみます。まず、結核は世界で9番目に多い死因で、感染症では2位のHIV/AIDSを引き離し第1位です。(このレポートには記載はありませんが第3位はマラリアです) 

 2016年の結核による死亡者はHIV陰性者で130万人、HIV陽性者で37万4千人。2016年に新たなに結核を発症したのは合計で1,040万人。そのうち90%が成人。男性が65%。10%はHIV陽性者です。全体の56%が5つの国(インド、インドネシア、中国、フィリピン、パキスタン)で発症しています。

 日本では毎年約18,000人が新たに結核を発症し、約1,900人が結核で死亡しています(注3)。

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 このサイトは(ありがたいことに)関西以外の人にもご覧いただいているようなので、少し解説しておきます。関西(というか大阪の一部の地域)では、結核が珍しくない感染症であることが広く知られていますが、関西以外の地域では「過去の病気」と思われているようです。たしかに、昔の小説のような主人公が結核で他界するような話は現在の日本では現実味がありませんが、関西では長引く咳の患者さんをみたときには必ず結核を鑑別に入れます。また、結核は肺結核とは限りません。たとえば、膀胱炎が治らないと思っていたら、それは結核性膀胱炎だったということもしばしばあります。

 また、結核は世界のなかでも特にアフリカに多いと思っている人が多いようですが、これも上述したWHOのレポートにあるように、アフリカよりもアジアに多い感染症です。(ただしWHOのレポートによると、HIVと結核を合併している人の74%はアフリカです)

 アジアから帰国後、体調が悪い、咳が続くという人は、結核感染の有無を調べた方がいいかもしれません。発症者が多い関西でも、結核の診断にいたるまでにいくつもの医療機関を受診していることが少なくありません。

注1:詳しくはWHOの下記ページを参照ください。

http://www.who.int/mediacentre/events/official_days/en/

注2:詳しくはWHOの「Global tuberculosis report 2017」を参照ください。

注3:公益財団法人結核予防会のサイトを参照ください。

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2018年3月28日 水曜日

2018年3月28日 世界中を感動させたダウン症の動画

 3月21日は「世界ダウン症の日」です。そして、この日世界中で話題となり多くの涙を誘った動画があります。2018年3月16日、その動画がアップロードされると、一瞬で世界中を駆け巡り、ユーチューブで10万回以上、フェイスブックで100万回以上閲覧されました。翌日のBBCが報道しています(注1)。(12日後の3月28日時点でユーチューブの再生回数はすでに350万回を超えています)

 この動画は、イギリスのダウン症支援グループに所属する49人の母親たちが作成したものです。クリスティーナ・ペリー(Christina Perri)の2011年の名曲「A Thousand Years」のカラオケを車の中にいる母親とダウン症の子供が手話で歌っています。BBCによれば、「James Corden’s Carpool Karaoke」という(おそらく)テレビの企画があり、その方式で母親とダウン症の子供が歌い、それを父親のひとりが編集したようです。

 BBCの報道から、ひとりの母親のコメントを紹介しておきます。

「私たちは普通の母親で、子供たちを愛しています。子供たちもまた私たちを愛しています。子供たちは他の4歳の子たちと変わりありませんし、私たちは子供たちを変えようとも思いません。そういう思いでビデオを作成しました」(The idea is, we are just normal mums, we love our kids, they love us, and they are just like other four-year-olds, we wouldn’t change them)

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 ダウン症の患者数は日本・英国とも約5万人と言われています。染色体異常のなかで最も多い疾患で、一般的な発生頻度は0.1%程度ですが、高齢出産でリスクが上がることが知られています。40歳以上の初産婦では1%になると言われています。

 ダウン症を知るには映画がお勧めです。ダウン症の子供が登場する映画はいくつかありますが、私が最も推薦したいのは『チョコレート・ドーナツ』です。母親から育児放棄されたダウン症の少年をゲイのカップルが育てようとする、というストーリーです。この映画はハンカチなしでは観られません。すべての人に推薦したい映画です。

注1:BBCの記事のタイトルは「カルプール式のカラオケ、母親とダウン症の子供の画像が拡散される」(Carpool karaoke mums’ Down’s syndrome video goes viral)で、下記URLで読むことができます。

http://www.bbc.com/news/uk-england-coventry-warwickshire-43443510

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2018年3月18日 日曜日

第182回(2018年3月) 時代に逆行する診療報酬制度

 世間は好景気に浮かれているようですが、日本の社会保障、なかでも医療にかかる費用は増加の一途をたどっており破綻寸前です。すでに破綻している、とみる向きもあるほどです。それに”好景気”といっても、それは株価が上昇していることと新卒の求人倍率が高いことからの判断であり(これらは素晴らしいことですが)、例えば40代以降の人が仕事を探すのは簡単ではありませんし、株を持っていない庶民は好景気と言われてもピンとこないと思います。

 実際、私が日々診ている患者さんのなかにも仕事がなく生活が苦しいと訴える人は少なくありません。そういう人達からかかった医療費の3割をいただくわけですから、医療費が上がるのは避けてほしいというのが現場を見る私の意見です。私が以前から「検査や薬は最小限に」と言い「choosing wisely」の重要性を訴えている最大の理由は、目の前の患者さんの出費を減らしたいからです。

 患者さんが3割を負担する診療報酬の細かい取り決めは2年に一度改定されます。行政側としてはできるだけ医療費の上昇を抑えたいと考える一方で、医療者側(日本医師会など)はある程度の増加を求めます。一応、私も日本医師会に加入していますが、私個人の意見としては診療報酬の増額を求めるその姿勢に疑問を持っています。

 たしかに過疎地域など人口が少ないところで医療機関を運営するのは大変ですから、人件費をきちんと確保できる程度の利益が出るような計らいは必要になります。したがって、極端に診療報酬を下げるとやっていけない医療機関が出てくるとは思います。ですが、医師全体でみたときには高い報酬をもらっている者も少なくありませんから、まずはそこにメスを入れるべきではないか、というのが私の個人的意見です。

 医師の求人サイトをみてみると、なかには年収3千万円というものもちらほらあります。診療報酬増額を求めるだと!その前にもらいすぎている医師の収入を削減させろ! と考えるのが普通の感覚ではないでしょうか。私が役人で会議に出席したとすれば、診療報酬増額を訴える日本医師会などに対し、医師の求人サイトのコピーを配って、「よくこれで増額希望などと言えますね」とまずはイヤミを言ってやりたくなります。

 膨大し続ける医療費を抑制するには医師の収入を減らすことが不可避だ、というのが私の意見ですが、その前にすべきことがあります。「診療報酬制度」の見直しです。

 そもそも診療報酬制度が複雑怪奇であるが故に、多額の人件費が使われることになり、これが患者さんの負担にもなるわけです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんに対しても、です。谷口医院では電子カルテを使っていますが、会計時にいつも正確に医療費が算出できているとは限りません。あとからカルテを見直して、徴収したお金が20円足りなかったとか、10円もらいすぎた、ということがしばしばあります。お金のことは大切ですからこれを放置しておくわけにはいきません。ですが、わざわざ翌日に忙しい患者さんに電話をして仕事の手をとめてもらい「すみません。昨日10円もらいすぎました」と伝えるのも現実的ではありません。そこで次回受診時に差額を返金(徴収)することになります。

 なぜこのような未収(過徴収)が起こるかというと、診療報酬の内訳にはやたらと「○○加算」とか「〇〇料」いうものがあり、それが診察時には入力されていなかったり、あるいは誤入力されていたりすることがあるからです。さらに、△△加算が算定されれば□□加算は外さねばならない、などの決まりもあり、ものすごく複雑なのです。いっそのこと○○加算などややこしい項目をすべて無視(放棄)して谷口医院は他院よりも安くしようと考えたこともあるのですが、医療費は全国どこを受診しても同じというのが原則ですから、そういったことは許されず国の決めたことには従うしかありません。

 未収(過徴収)を減らすにはどうすればいいか。一番ありがたいのは診療報酬制度をシンプルなものにしてもらうことです。つまり、ルールを簡単なものにし〇〇加算などはできるだけ減らしてもらうのが一番いいのです。ところが、実情はその「逆」です。この制度は2年に1回改訂されます。そしてこの改訂がどんどん複雑になっていくのです。例をあげると、2014年の改定時にはその資料が266ページで、これでもすべて理解するのは大変です。それが、2016年時には380ページに増え、なんと今回の2018年版では492ページにも及んでいるのです。

 もちろんこのすべてを一字一句丁寧に読んでいく時間はほとんどの医師にはありませんし、たとえ目を通せたとしても内容が難関すぎて理解できません。そこで、行政側としては診療報酬改定の度に講習会を開いて、我々医師のみならず医療事務の職員も参加することになります。すると休日出勤もしくは通常の業務を犠牲にして参加しなければなりませんし、内容を理解するのに自習をしなければなりません。

 これ、かなりの時間とお金のムダではないでしょうか。行政側も医療機関側も新たな複雑怪奇な決まり事の理解のために労力を費やすことになります。新しい決まりが素晴らしいものなら納得できるかもしれませんが、実際はそうではありません。

 一例をあげると、2018年版の323ページに新たに設定される「抗菌薬適正使用支援加算」の説明があります(またもや・・・加算です)。文書にはむつかしい言葉で書かれていますが、要するに「ムダな抗菌薬投与をやめれば医療機関に加算としてのお金が入りますよ」ということです。そんなこと言われなくても我々医師は「抗生物質ください」という患者さんに「このケースは不要です」ということを日々伝えています。医師の仕事は薬を処方することではなく、いかに薬や検査を減らすかが重要なのです。このようなムダな「加算」はただでさえややこしいルールをさらに複雑にするだけですから即効廃止してもらいたいものです。

 実は、診療報酬の支払いをドラスティックに改善できる簡単な方法があります。医療機関がレセプト(医療機関が診療報酬を請求するときの請求書のようなもの)を適切に作成しているかどうかをすべてコンピュータに調べさせればいいのです。社会保険支払基金によると、少し古いデータですが、職員が4,934人、審査委員と呼ばれる医師と歯科医師からなる委員が4,500人もいます。同基金の主な業務はレセプトのチェックです。これらをすべてコンピュータにやらせれば何千億という費用が不要になるはずです。実際、韓国ではすでにコンピュータに全面的に頼り人件費が大きく削減できたと聞きます。まさか、日本では4,934人の職員の雇用確保のために古い体制を維持しているということではないと思いますが、なぜすべてコンピュータ審査に替えられないのか、私には疑問です。

 ひとつ可能性があるとするなら、コンピュータだけにやらせると医療機関の”巧妙な”不正が見抜けないということがあるのかもしれません。私自身の周囲には不正を働くような医師は見当たりませんし、ときおり報道される医師の「不正請求」というのは、過去にも述べたように医師が必要と考えておこなった医療行為が支払基金で認められなかったというもので理不尽なものが大半です。ですが、悪意のある不正請求が存在するのも事実のようです。

 ならば私が以前から主張しているように、医師の年収の上限(及び下限)を決めて、お金が好きな人は初めから他の職業を選んでください、としてしまえばいいのです。そもそも医師会の倫理要綱には「医師は医業にあたって営利を目的としない」とあります。医学部入学時に「私は営利を求めません」という宣誓文を書いてもらうのも有効でしょう。

 もっといいのは中学や高校の進路指導のときに「お金儲けをしたい人は医師を目指すな」と学校の先生に指導してもらうことです。そのときに「お金を稼ぐことよりもはるかにやりがいのある職業、それが医師です」と付け加えてもらえれば私としては他に言うことはありません。

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2018年3月17日 土曜日

2018年3月17日 女性は低収入が肥満のリスク?パートナーの減量に期待?

 年収が低い女性は肥満になりやすい…。

 このような日本の研究結果が発表されメディアで報道されました。研究は滋賀医大の研究者によりおこなわれ同大学社会医学講座のウェブサイトのトップページで案内されています。

 メディアの報道からこの研究をまとめてみます。対象は、厚労省が実施した2010年国民生活基礎調査と国民健康・栄養調査に参加した全国の20歳以上の男女約2900人。就業状況、教育歴、世帯支出などの社会要因や、食事の傾向など生活習慣が健康にどの程度相関するかが調べられています。

 65歳未満の女性の場合、世帯年収が200万~600万円未満であれば、肥満になるリスクが600万円以上の女性に比べて1.7倍、年収200万円未満ならなんと約2.1倍にもなるそうです。教育歴との関係も調べられており、学歴9年以下(つまり中卒)は、10年以上(大卒以上)に比べて1.7倍肥満になりやすいそうです。

 また、年収が低いほど炭水化物をよく摂ることも分かったそうです。

「肥満」に関して、最近発表された興味深い海外の研究を紹介しましょう。それは同居するカップルの一方が減量に成功すると、ダイエットをしていないパートナーも同時にやせる、というものです。医学誌『Obesity』2018年2月1日号(注1)で報告されています。

 この研究の対象者は合計130組の同居するカップルで、一方がダイエットをおこない、もう一方はおこないません。半数の65組は米国の民間企業「Weight Watchers」が提供する減量プログラムに基づいたダイエットをおこない、残りの65組は自己管理でダイエットしました。

 結果はとても興味深いもので、下記の通りダイエットをおこなっていない「相方」も体重が減ったのです! 

ダイエットをした人の体重減少     3カ月後   6カ月後
 減量プログラム              3.4kg    4.3kg
 自己管理で実施             2.0kg    3.1kg
  
その相方の体重減少
 (パートナーが)減量プログラム      1.5kg    2.2kg
 (パートナーが)自己管理で実施     1.1kg    1.9kg

 論文のタイトルにもあるように、著者はダイエット方法に関わらず同居するだけで「Ripple Effect(波及効果)」があることを強調しています。

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 実は、「肥満(やせ)は伝染する」ということは以前から指摘されています。ある有名な研究では、肥満になるリスクはその人の配偶者が肥満になれば37%上昇し、その人の親友が肥満になるとなんと71%も上昇する、とされています。この研究では、興味深いことに、ただ隣に住んでいるだけの隣人が肥満になってもリスクは上昇せず、一緒に暮らしていなくても、兄弟が肥満になった場合はリスクが上昇することを明らかにしています。

 この研究に対する私の「仮説」を紹介しておきます。それは「肉を食べる習慣」です。そして、肉が体重を決めるのではなく、肉に含まれている「抗菌薬」の影響を受けて体重が決まるのではないかというのが私の仮説です。最近は規制される傾向にあるとはいえ、家畜を飼育するときには大量の抗菌薬が使用されます。つまりヒトが肉を食べると抗菌薬も一緒に摂取することになるのです。そして、抗菌薬を与えた家畜は肥満しやすいことが分かっています。そもそも家畜に大量に抗菌薬を投与するのは感染予防ではなく早く身体を大きくして出荷したいという人間の都合によるものなのです。(この理論について興味のある方はかつて私が書いたコラム(注2)を参照ください)

注1:この論文のタイトルは「Randomized Controlled Trial Examining the Ripple Effect of a Nationally Available Weight Management Program on Untreated Spouses」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/oby.22098/abstract

注2;毎日新聞医療プレミア2017年4月2日「やせられない… それは抗菌薬が原因かも」

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2018年3月15日 木曜日

第175回(2018年3月) トキソプラズマ・後編~妊娠前・妊娠中にすべきこと~

 前回、トキソプラズマに気を付けなければならないのは、ネコと過ごすことよりもむしろ、ガーデニングなど屋外での作業、生肉の摂取(タタキ、生ハム、乾燥肉、燻製肉、塩漬肉、滅菌が不十分なミルクなども含む)、さらに生野菜や果物などであることを述べました。

 ではネコとはどのように付き合えばいいのでしょうか。まず、基本事項をおさらいします。生肉は牛でも豚でも鶏でも危険ですが、こういった動物の糞にトキソプラズマが含まれていることはありません。糞に含まれるのはネコだけなのです。ですから、犬の糞を処理するときにはトキソプラズマへの注意は不要です。もちろん、ヒトからヒトへの感染もありません。

 ネコの糞が危険というなら、ネコが糞をすれば直ちに強力な消毒液をかければいいのでは?と思う人もいるかもしれませんが、これは無効です。なぜなら、ネコの糞に混じってでてくるトキソプラズマは「オーシスト」と呼ばれるとても頑丈な構造をしており、消毒薬が効かないのです。オーシストはイメージしにくいと思いますが、外側に頑丈な「殻」のようなものがあると考えればいいと思います。消毒液が無効なだけではありません。土や水のなかに入ると数か月以上生き延びるのです。そういうわけで、屋外での作業や野菜・果物の摂取で感染するのです。

 では、どんなネコの糞にも注意しなければならないのかというとそういうわけでもありません。なぜなら糞にトキソプラズマが混ざるのは、ネコがトキソプラズマに初めて感染したときだけだからです。初めて感染すると数日後から1か月程度の期間に排泄される糞に混ざります。ということは、このときだけを避ければいいわけで、もっと具体的に言えば、①すでに感染して1か月以上経過しているネコ、②まだ感染しておらずしばらくの間感染しないネコ、なら一緒に過ごしても問題ないということになります。

 ということは、妊娠を考えている、またはすでに妊娠している人は、一緒に暮らしているネコの感染の有無を調べるべきだ、ということになります。これは動物病院で血液検査をすれば分かります。では、早速、動物病院へ…、と考えたくなりますが、その前にすべきことがあります。

 それはあなた自身の血液検査です。前回述べたように、トキソプラズマは全世界の人口の約3分の1がすでに感染していて、いったん感染すればその後新たに感染することはありません。また、感染して一定の期間が経過している場合、HIV感染など免疫力が低下する状態にならなければ、発症したり母子感染を起こしたりすることはありません。日本人の陽性率は不明ですが、妊婦健診で1割程度が感染しているという報告があります。もしもこの1割に入っていればトキソプラズマを心配する必要はありません。

 ですから、私がお勧めしたいのは、妊娠してからおこなう妊婦健診ではなく、妊娠を考えた時点でのトキソプラズマの抗体検査です。IgM抗体陰性かつIgG抗体陽性であれば、感染してからしばらく経過していることを意味し、この場合は妊娠中のトキソプラズマ対策は不要となります。ですが、この検査をおこなう人は極めて少ないのが実情です。

 最近は、ブライダルチェックと言って、妊娠前に「無症状だけど感染しているかもしれなくて、感染していれば出産に影響を与えるかもしれない性行為感染症のチェック」をする人が増えてきています。これはとても素晴らしい対策です。尚、ブライダルチェック(bridal check)というのは和製英語ですが、面白いことに英語のネイティブスピーカーにもまあまあ通じます。このブライダルチェックにトキソプラズマ(とサイトメガロウイルス)の検査を加えるべきだ、というのが私の考えです。妊娠前に状態を把握していれば対策が立てやすいからです。

 あなた自身の抗体検査をおこないトキソプラズマに未感染であることが判った場合、飼いネコの検査をするのがお勧めです。ヒトと同様、IgM抗体陰性かつIgG抗体陽性、であれば、すでに感染してある程度の期間が経過していることになりますから、この場合はこのネコの糞に注意する必要がありません。ただし、先に述べたようにオーシストは数か月以上生き続けています。もしもネコが屋外に出ていく場合、感染して排出したオーシストが庭などに残っている可能性はあります。

 血液検査で飼い猫が感染していなかった場合はどうすればいいでしょうか。もしも屋外でネコを飼っている場合は、外で感染してくる可能性がありますから、この場合は要注意です。可能ならネコを屋外に出さないようにします。それができないのであれば、妊娠中は他人に預かってもらった方がいいでしょう。また、ネコ好きの人はネコ好きの友達がいることが多く、その友達がネコを連れてくることがあるかもしれません。これが危険な行為となります。ネコとネコの接触で感染する可能性があるからです。

 もうひとつ重要なことがあります。それは生肉を与えない、ということです。これはイヌ好きの人にも言えることですが、動物は元々生肉を食べていたのだから生肉を与えるべきだ、と考えている人がいます。野生のイヌやネコは生肉を食べているのは事実ですが、ペットからの感染予防を防ぐには生肉はとても危険なのです。

 では、血液検査で愛猫がトキソプラズマに最近感染したばかりで、現在トキソプラズマが糞に混じっている可能性がある場合はどうすればいいでしょうか。この場合は、もしも妊娠中なら一緒に過ごさないのが最善ですが、それができない場合はどうすればいいのでしょう。その場合は、ネコが糞をすれば直ちに処理をすることです。実はトキソプラズマのオーシストは、糞に混じり排出されても24時間以内は感染力がないことがわかっています。ということは、糞が出てから24時間以内に処理をしてしまえばいいのです。同居する妊婦さん以外の者が処理するのがいいわけですが、どうしても妊婦さん自身がしなければならない場合は、1日2回、マスクと手袋をして便を密閉し可及的速やかに処分します。これを徹底すれば感染のリスクを大きく減らすことができます。

 ここまでをまとめてみましょう。

1)まず、妊娠する前に自身の抗体を調べる。
   既感染 → 心配不要(飼い猫の検査は不要)
   未感染 → 2)に進む
  (感染直後 → 精査)

2)飼い猫の抗体検査をする
   既感染 → 心配不要
   未感染 → 外に出さない、他のネコと接しない、生肉禁止
   感染直後 → 可能なら他人に預かってもらう
          同居する場合は糞の処理を1日2回。手袋・マスク着用 
 
 もしも、妊娠中に感染してしまった場合はどうすればいいでしょうか。放っておけば生まれてくる赤ちゃんに小頭症などの奇形が生じる可能性があり、これを先天性トキソプラズマ症と呼びます。ですが、トキソプラズマには現在すぐれた治療薬があります。アセチルスピラマイシンという比較的安い抗菌薬に効果があることが分かっているのです。

 ですが、必ずしも有効とは限りませんし、副作用に悩まされることもありますから、妊娠を考えたときは、上記の1)2)を徹底するのが賢明です。

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2018年3月12日 月曜日

2018年3月 無意味な「保守」vs「リベラル」

 尊敬する人物が「自殺」をした、という経験はあるでしょうか。最期を自死で終焉させた歴史上の人物はたくさんいますし、同級生や同僚が自殺したという人もいるでしょう。では、その人の生き方や考え方に感銘を受け、これからも学びたいと思っていた人が突然自殺を遂げたとき、あなたは何を思うでしょうか。

 2018年1月21日、評論家の西部邁氏が多摩川で入水自殺を遂げられました。

 私が初めて西部氏の著作を手にしたのは、ひとつめの大学、関西学院大学の卒業を控えた4回生の終わり、1991年を迎えたばかりの頃でした。その頃から氏は保守派の論客として広く知られていましたが、私は思想よりも、難解でありながら魅力的で何度も読み返したくなる文章に引き込まれました。西部氏の文章は、すっきり爽快に読めるわけではなく、(私の場合)一度ではきちんと理解しにくく繰り返し同じ箇所を読まねばなりません。

 政党の主張や、学生運動をしている人たちの理屈が(単純で)わかりやすいのに対して、西部氏の言論は実に複雑です。しかし、氏の主張されていることこそが世の中の真実であると感じた20代前半の私は氏の著作にのめりこんでいきました。西部氏の主張を正確にまとめられるほど私には読解力がありませんが、私が氏から学んだことのひとつを披露するとすれば、「人間は単純なようで単純でない。自分を犠牲にして他人に貢献するのも人間だが、一方で、同じ人間が醜く残虐で無慈悲になることもある。そして集団になるとさらに複雑になり、非合理的でどうしようもない愚行をおかすことがある。だから我々は歴史を振り返り、常に反省し、多角的な観点から物事を考えなければならないのだ」、というような感じです。

「リベラル」という言葉がよく使われるようになったのはおそらく21世紀になってからでしょう。それまではリベラルに相当する言葉は「革新」あるいは「左翼」「サヨク」などと呼ばれていました。リベラルに対しての言葉が「保守」。そして西部氏は保守派の急先鋒のように言われていました。西部氏自身も「保守」であることを自認し、そういう立場から言論活動をされていたのは間違いありません。

 ですが、現在世間が言うところの”保守”と、西部氏が自認する「保守」はとても一緒にすることはできない、似ても似つかないものではないか、というのが私の意見です。私の印象を述べれば、世間で言われる「保守」から連想されるものは、愛国心をもて、自衛隊を軍隊に、日米安保は維持せよ、原発賛成、生活保護削減、移民反対、同性婚反対・・・、といったところです。

 実際、「週刊ダイヤモンド」2017年11月18日号の特集「右派×左派」では、保守(右派)とリベラル(左派)の「考え」が表にまとめられていてクリアカットに二分されています。たとえば、<憲法>に対しては保守が改憲、リベラルが護憲、<社会保障>では保守が「自己責任重視」、リベラルが「福祉の充実」、<自衛隊>では、保守が「海外派遣に積極参加」、リベラルが「軍備の放棄」、といった感じです。

 ですが、こんなに単純に保守とリベラルを分類するのが現実的でしょうか。例えば、私自身は、同性婚賛成、移民受入賛成、生活保護削減反対で、これらは「リベラル」の主張とされています。しかし、自衛隊については、同誌の記事にあるような、リベラルの「軍備の放棄」に賛成できず、この点については保守派のいう「海外派遣に積極参加」に賛成です。さて、こんな私はリベラルと呼ばれてもいいのでしょうか。

 物事を極端に考えすぎ盲目的になってはいけない、というのは30年近くにわたり西部氏の著作を(すべてではありませんが)読んでいる私が学んだことです。理想を高く掲げすぎることには落とし穴があるのです。

 例えば、私が卒業したもうひとつの大学、大阪市立大学の出身で(卒業はしていませんが)有名な人物に田宮高麿(たみやたかまろ)がいます。田宮は日本航空の飛行機をハイジャックまでして「地上の楽園」を目指したわけです。さて、そこには本当に”楽園”があったのでしょうか。

 一方、「自虐史観を修正すべき」と訴える保守の人たちの主張を私はある程度理解しているつもりですが、いわゆるヘイトスピーチには辟易とさせられます。なぜかというと、そのようなスピーチをする人が、悪口を言う国の人をどれだけ知っているのか疑問だからです。イメージが先行しているが故に偏った意見を持っているとしか思えないのです。以前述べたように、どこの国にもいろんな人がいますから、自身が接した少数の人からその国すべてを嫌いになるのはおかしいのです。(参考:マンスリーレポート2016年2月「外国を嫌いにならない方法~韓国人との思い出~」2016年3月「外国を嫌いにならない方法~中国人との思い出~」2016年4月「インド人の詐欺と外国人との話のタブー」

 田宮が憧れた「地上の楽園」に対して、少なくとも拉致問題が解決するまでは私は国に対しては好意をもてませんが、かの国の国籍をもつ個人と知り合うことがあれば、先入観なく接するつもりです。

 21世紀になってから”流行”している「日本はスゴイ」という意見は多くの保守の人たちから支えられていると聞きます。しかし、こういう日本バンザイ論に嫌気がさしている人も少なくないのではないでしょうか。私もそのひとりで「日本も日本人も良くないことも多いぞ」と思ってしまいます。
 
 ですが、私は日本が嫌いかというとそうではなく、日本を誇りに思っていますし、特に海外に行ったときや外国人と話をしているときに日本に生まれて良かった…、と感じます。私は自分で自分のことを「patriot(パトリオットは和製英語。正確な発音はペイトリオットが近い)」だと思っています。そして「nationalist(ナショナリスト)」ではないとも思っています。(これらの日本語訳は簡単ではありませんが、patriotは「郷土愛」、nationalistは「排他主義」のイメージがあります)

 どこの国にもどんな地域にも「社会的弱者」は存在します。そして、その原因の多くは彼(女)らが努力をしないからでもさぼっているからでもありません。「運」や「縁」に恵まれていないだけであることも多く、努力がむくわれなかった結果ということも多々あるのです。ですから、社会には「生活保護」も「移民の支援」も必要です。むしろ、現在”勝ち組”の人は、相当の努力をされたことは事実だとしても「運」や「縁」があったと考えるべきではないでしょうか。

 外国人、特にヨーロッパの人たちと話しをすると、社会的弱者はみんなで助けなければならず、様々な価値観を受け入れなければならないという考えが(私と交流のある人達の間では)「常識」となっています。この考え方は「リベラル」と呼んでいいでしょう。ですが、彼(女)らはほぼ例外なく(私と同じように)patriotです。自国が嫌いという人などまずいません。

 一方、日本では、移民受け入れ賛成、同性婚賛成、生活保護削減反対といったリベラルの考えをもちながら、patriotであることを自認しているという私のような人はほとんど聞いたことがありません。きっとそういう人もいると思うのですが、先述した週間ダイヤモンドの記事にもあるように、日本ではリベラルと言えば、護憲、軍備の放棄がセットになっています。

 西部邁氏は、私の知る限り、移民、同性婚、生活保護などに対してはっきりとした意見を言及されていません。移民については、以前どこかで「異なる民族や国民が仲良くやっていくことは極めてむつかしい。EUなどうまくいくはずがない」といったことを書かれていましたが、移民反対とは言われていなかったと思います。

 これから残された氏のテクストを読み解いていくと同時に、改めて「死」というものを考えてみたいと思います。「自殺」を美化するつもりはありませんが、西部氏らしい最期だと私には思えます。

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2018年3月2日 金曜日

2018年3月2日 有酸素運動が過敏性腸症候群を改善する

 腸の疾患で最も多いのはおそらく「過敏性腸症候群」で、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にもほぼ毎日患者さんが受診しています。過敏性腸症候群には「下痢型」「便秘型」「混合型」があり、程度も軽症から重症まで様々です。重症化すると、いつ便をもよおすか分からないために、外出が困難になり、電車に乗れないという人もいます。

 治療にはまずプロバイオティクス(整腸剤)を用いますがこれだけで改善するケースはそう多くありません。下痢型の場合には便を固める薬や、お腹の動きを止める薬も用います。また、イリボー(ラモセトロン塩酸塩)と呼ばれる薬や、精神症状も出現している場合はやむを得ず精神安定剤を用いることもあります。

 過敏性腸症候群はよく「ストレスで悪化する」と言われ、これは正しいとは思いますが、精神的ストレスのみで説明できるわけではありません。谷口医院の患者さんには運動、特に有酸素運動を勧めることがあり、それなりに有効であるように思われます。今回、それが正しいことを裏付けるかもしれない研究が発表されたので紹介したいと思います。

 有酸素運動が女性の過敏性腸症候群を改善させる…。

 医学誌『Cytokine』2018年2月号(オンライン版)にこのような研究が発表されました(注1)。

 研究の対象者は、診断基準を満たした過敏性腸症候群の女性患者109人から60人を選び出し、有酸素運動を実施するグループ30人と、運動をしないグループ30人に分けられました。調査期間は24週間。つまり約半年間、有酸素運動をすればしない場合に比べてどの程度症状が改善するかが調べられました。主な指標とされたのが、サイトカインと呼ばれる免疫に関与する物質や抗酸化物質などです。そして、症状の改善と相関関係が認められました。

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 一昔前は過敏性腸症候群といえば「ストレスの病気」と簡単に片づけられていました。それが、サイトカインを代表とする物質の関与が判ってきて、さらに最近では腸内細菌との関連も指摘されるようになってきています。

 今回の研究は小規模ではありますが、有酸素運動が免疫系を整えて過敏性腸症候群の症状を改善することが実証されたわけです。そして、有酸素運動には一切のデメリットはありません。また、過敏性腸症候群ではなく単なる「便秘」の人も、ジョギングなど有酸素運動をするだけで「完治」することも珍しくありません。

 有酸素運動をあえてしない理由など何もないというわけです。

注1:この論文のタイトルは「Low-to-moderate intensity aerobic exercise training modulates irritable bowel syndrome through antioxidative and inflammatory mechanisms in women: Results of a randomized controlled trial」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1043466617303873
 

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