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2019年9月26日 木曜日
2019年9月26日 犬を飼えば心臓の病気になりにくい
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の約13年間の歴史を振り返ると、犬アレルギーの患者さんが増えているような印象があります。割合で言えば猫アレルギーの方が多く、猫アレルギー自体も増加傾向にあるのですが、犬も確実に増えています。もちろん、アレルギーがあるからといって必ずしも離れて暮らす必要はないのですが、それなりの対処が必要です。
最近増えている相談が「アレルギーを発症するのが怖いのですが初めから飼わない方がいいですか」というものです。例えば両親のどちらかが犬アレルギーがある場合は自身もそのうちに発症するのではないか、花粉症があるのでいずれ犬にも反応するのではないか、などと考えられているのです。この考えは間違っておらず、たしかに自身もしくは血縁者にアレルギー体質の人がいれば、現在は大丈夫でも将来的に犬アレルギーを発症する可能性はあります。
ですが、現時点でないのであれば飼育することに問題はありませんし、アレルギーになりにくくする方法もあります。ですから「将来のリスク」よりも「現在及び将来の(犬と過ごすことでの)メリット」を考えるべきだと私は思います。それに、最近は犬を飼うことの利点を報告する研究が増えてきています(下記「医療ニュース」参照)。今回お伝えするのもそんな研究です。
犬を飼えば心血管障害を起こしにくい……。
米国の有名病院「メイヨー・クリニック」のウェブサイトにそのような研究「犬の飼い主と心臓の病気(Dog Ownership and Cardiovascular Health: Results From the Kardiovize 2030 Project)」が掲載されました。研究の対象者はチェコスロバキア第二の都市ブルノ在住の住民1,769人で、研究を実施したのもチェコ共和国の研究者です。なぜ、チェコの学者が米国の病院のウェブサイトに論文を載せるかというと、メイヨー・クリニックというのはいわゆる診療所(クリニック)ではなく、全米で最も優れた病院のひとつであり、臨床のみならず教育や研究にも力を入れています。メイヨー・クリニックのサイトに研究成果が掲載されるということは一流の医学誌に論文が掲載されるのと同じように名誉なことなのです。
話を研究結果に戻しましょう。犬を含む何らかのペットを飼っている人は、飼っていない人に比べて喫煙率は高かったものの、身体活動度、食事、血糖値がより良好であることが判りました。ペットのなかで、特に犬を飼っている人は何もペットを飼っていない人に比べ、心臓の健康度を示すスコアが有意に高かったのです。また、犬を飼っている人は他のペットを飼っている人に比べ、身体活動度および食事がより良好であるとの結果も得られています。
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この研究を評した解説を探していると、同様の結果が過去の研究でも認められていることが分かりました。医学誌『Circulation』2013年5月9日号(オンライン版)に「ペット飼育と心血管疾患のリスク(Pet Ownership and Cardiovascular Risk)」という論文が掲載されており、ここでも「ペット(特に犬)を飼うことで、身体活動度が向上し、心血管疾患のリスク低下が期待できる」とされています。
これだけの恩恵をもたらせてくれる犬。アレルギーや他のリスクに注意が必要だったとしても簡単に諦めない方がよさそうです。
医療ニュース
2019年6月30日「乳幼児期に犬と過ごせば食物アレルギーを予防できる?」
2019年2月23日「乳児期に動物に接するとアレルギーを起こしにくい?!」
2018年1月26日「単身者は犬を飼えば長生き 雑種より猟犬が良い?」
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|2019年9月26日 木曜日
2019年9月26日 ビタミンDの補給でがんによる死亡リスクが低下
サプリメントに関する質問のなかでここ数年で最も多いのがビタミンDだという話を何度かしています。ビタミンDで心疾患の予防ができる、がんが防げる、感染症にかかりにくくなる、若返る……、いろんなことを言う人がいます。また、ビタミンDは食事だけでは十分量が摂れないことを指摘する人もいます。これらについて、つまりビタミンDの「総論」について「はやりの病気」2019年4月号「ビタミンDが混乱を招く2つの理由」でまとめました。
そこで私が述べた結論は、ビタミンDは大切な栄養素であることは間違いないが、日本人であれば食事から十分量が摂れるので心配はない。サプリメントではなく食事に気を付けようというものでした。
ですが、世界では今も「ビタミンDを積極的にサプリメントで摂るべき」とする研究もあります。今回紹介するのもそのようなひとつです。
ビタミンDのサプリメントを摂取すればがんによる死亡率が16%低下する……。
医学誌『British Medical Journal』2019年8月12日号(オンライン版)に掲載された論文「ビタミンD補給と死亡率の関連:系統的レビューとメタ分析(Association between vitamin D supplementation and mortality: systematic review and meta-analysis)」でそのような結論が導かれています。
この研究は「メタ分析」でおこなわれています。つまりこれまで世界中で発表されているビタミンDについての研究をまとめ、それを解析することにより結論を出そうすると研究です。対象となった研究は52で、被験者は合計75,454例となります。
そのメタ分析の結果、全死亡例は8,033例。そのなかで心血管疾患での死亡が1,331例、がんによる死亡は877例でした。ビタミンDサプリメントの摂取とすべての死因を含む死亡との間には関連性が認められませんでした。また心血管疾患による死亡との関連もありませんでした。
しかしながら、ビタミンDのサプリメントはがんによる死亡のリスクを16%低下させているという結果が算出されています。
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論文の原文は「vitamin D supplementation」とされており、内容からこれは食事による補完ではなくサプリメントや薬剤としてのビタミンDによる補給と考え、ここでは「ビタミンDのサプリメント」と表現しています。
さて、ビタミンDのサプリメントを積極的に摂るべきかどうかについて、私個人の考えとしては以前から述べているように基本的には「不要」です。例外となるのは、ヴィーガンの人だけです。よく「紫外線に一切あたらないようにしているんですがそれでもビタミンDのサプリは不要ですか」と聞かれます。私の答えは「サーモンとキノコ類をしっかり摂っていれば不要」です。
はやりの病気
第188回(2019年4月)「ビタミンDが混乱を招く2つの理由」
医療ニュース
2019年1月31日「ビタミンDで心血管疾患のリスクは低下しない」
2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」
2014年2月28日「ビタミンDのサプリメントに有益性なし」
2010年2月11日「ビタミンDが不足すると喘息が悪化」
2010年2月1日「ビタミンDの不足は大腸ガンのリスク」
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|2019年9月21日 土曜日
第193回(2019年9月) 過敏性腸症候群に「低FODMAP食」は本当に有効なのか
過去約13年の太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の歴史を振り返ると、過敏性腸症候群の患者さんは季節に関わりなくコンスタントに受診されています。薬なしでコントロールできるようになる場合も多いのですが、残念ながら今も薬が手放せないという人もいます。ただ、初診時には「電車に乗れないほど重症」という人も少なくないのですが、治療を受けてもまったく改善しないという人はいません。
谷口医院で実施している”治療”は、まずは「生活習慣の改善」です。過敏性腸症候群の生活習慣というと「食事」と思われがちですが、実は食事だけでは不十分です。患者さんにはそのあたりについて時間をかけて説明していくわけですが、今回取り上げたいのは、2年程前から質問と相談が急増している「低FODMAP食」についてです。
低FODMAP食をどう思うか、低FODMAP食に切り替えてもいいか、低FODMAP食は安全なのか……。こういった質問がよく寄せられます。まずは、最近脚光を浴びているこの低FODMAP食を解説しておきましょう。
低FODMAP食は現在世界中で注目されており、日本のガイドラインでも紹介されています。ただ、現時点では質の高いエビデンス(科学的確証)があるとは言えず、ガイドラインでも”紹介”にとどまっており積極的に推奨されているわけではありません。
低FODMAP食が一躍有名になったのはイギリスのある研究です。ただ、その研究はあまりにもN数が小さい、つまり研究規模が小さく、また効果判定を被験者のアンケートでおこなっており科学的信頼度(つまり「エビデンス」)は高くありません。しかしながら、この論文によって低FODMAP食が注目されるきっかけになったのは事実ですから、まずはこの研究を紹介しておきましょう。
医学誌『Journal of Human Nutrition and Dietetics』2011年5月号に「過敏性腸症候群の患者に対する標準食と低FODMAP食の比較(Comparison of symptom response following advice for a diet low in fermentable carbohydrates (FODMAPs) versus standard dietary advice in patients with Irritable bowel syndrome)」という論文が掲載されました。研究内容は下記の通りです。
標準食を摂取した被験者が39人、低FODMAP食を摂取したのは43人です(被験者数が少ないのが残念です)。「症状が改善し満足した」のは低FODMAP食を摂取したグループで76%、標準食は54%です。症状を数値化したスコアでみると、低FODMAP食は86%で改善、標準食は49%です。具体的な症状の改善度をみると、「腹部膨満(bloating)」が改善したのは、低FODMAP食が82%、標準食が49%。「腹痛」は低FODMAP食85%、標準食61%。「鼓張(flatulence)」は低FODMAP食87%、標準食50%で、これらにはいずれも統計学上の有意差があります。
では、低FODMAP食とはどのようなものなのかをみていきましょう。FODMAPとは、Fermentable(発酵性)、Oligosaccharides(オリゴ糖)、Disaccharides(二糖類)、Monosac-charides(単糖類)、and Polyols(ポリオール)の略称です(”リズム”と”響き”をよくするために「and」の「a」を加えていることに違和感を覚えるのは私だけでしょうか)。つまりFODMAPとは、①発酵食品、②オリゴ糖、③二糖類、④単糖類、⑤ポリオールの5つの系統の食品のことで、低FODMAP食とは、これらを極力摂取しないようにする食事療法のことです。
患者さんからの質問で最も多いのが「発酵食品は腸にいいってこれまで聞いてたんですけど違うんですか?」というものです。この質問はもっともであり、「腸のなかのいい菌(善玉菌)を増やすことが過敏性腸症候群を含む多くの腸の病気に有効」というのがこれまでの定説ですから、低FODMAP食はそれを覆すことになります。なかには、ネットなどの情報を鵜呑みにし影響を受けて「これまでは積極的に摂っていたヨーグルトと納豆をすでにやめています」と先を急ぐ人もいます。
発酵食品の良し悪しを論じる前に他の4つの項目もみておきましょう。
②オリゴ糖:オリゴ糖の定義としては通常「二糖類以上の糖」となるが、FODMAPの考え方では二糖類を独立させているため(下記③)、三糖類や四糖類のことを指している。キャベツ、ブロッコリー、アスパラガスなどに含まれているラフィノースが代表。ひよこ豆やレンズ豆もオリゴ糖を豊富に含む。
③二糖類:砂糖の主成分のスクロース、乳糖(=ラクトース)(牛乳に含まれる)、麦芽糖(マルトース)、トレハロース(エビに含まれている)など。
④単糖類:おおまかにいうと甘い物。フルーツや蜂蜜にも含まれる。また単糖類の一種であるフルクトースの重合体「フルクタン」は低FODMAP食で重要視されている。タマネギ、コムギなどに豊富に含まれる。
⑤ポリオール:糖アルコールのこと。低カロリー甘味料として用いられる。
従来、過敏性腸症候群を患ったときに積極的に摂取すべきなのは、ヨーグルトや納豆などの発酵食品、植物性蛋白質が豊富な大豆製品、様々な野菜、食物繊維、フルーツなどで、避けなければならないのは甘い物(フルーツを除く)、人工甘味料、炭水化物、加工食品などになります。ということは従来の食事と低FODMAP食には共通点と異なる点があり、まとめると次のようになります。
〇従来の食事、低FODMAP食共通の「避けるべき食べ物」:甘い物、砂糖、人工甘味料、炭水化物(特にコムギ)。
〇従来の食事では推奨され低FODMAO食では避けるもの:ヨーグルト、納豆、豆類、食物繊維が豊富な野菜(アスパラガス、キャベツ、タマネギなど)、フルーツ。
〇従来の食事、低FODMAP食共通の「摂るべき食べ物」:特になし
過敏性腸症候群では腸内フローラ(腸内細菌叢)に幅がない、つまり腸内細菌の種類が少ないことが分かっています。またいわゆる善玉菌が少ないことも指摘されています。アフリカやアジアなどに残っている未開社会には過敏性腸症候群が存在しないのは伝統的な発酵食品をよく摂取するからだと言われています。ですから、「現代病」である過敏性腸症候群では、まずプロバイオティクス(善玉菌)を積極的に摂取し、次にプレバイオティクス(善玉菌のエサになる食べ物。代表が食物繊維)を摂りましょう、とされています。一方、低FODMAP食を実践すればこれらの双方が摂れないことになります。
ですが、低FODMAP食を徹底すれば炭水化物、特にコムギを摂らなくなります。過去に何度か紹介したように(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)、コムギを控えると体調がよくなるという人は少なくありません(過去に指摘したように、これはコムギアレルギーや”遅延型アレルギー”ではありません)。また低FODMAP食を徹底すれば甘い物や加工食品が摂れなくなりますから、これは従来の食事療法と共通です。
さて、そろそろ私が考えている結論を話します。低FODMAP食を実践したいという人から相談されれば「興味があるならやってみれば」と助言しています。その際には今ここで述べたようなことを説明するのですが、特に注意して聞いてもらうのは「プロバイオティクス/プレバイオティクスを長期で摂取しなかったときの安全性が不明」ということです。実際の患者さんの声はどうかというと、低FODMAP食に切り替えて調子がいいという人は確かにいます。ですが、よく聞くと、効果が出ているのは単にコムギをやめたからではないのかな、と思えるケースが実はほとんどです。
最後に、谷口医院で最も重要視している過敏性腸症候群に対する生活指導をお伝えしましょう。それは、「有酸素運動」です。実際、ジョギングを始めてからすっかり調子がよくなったと言う患者さんは少なくありません。エビデンスもあり、この研究は過去にも紹介しています(医療ニュース2018年3月2日「有酸素運動が過敏性腸症候群を改善する」)。ただ、先述の低FODMAP食の研究と同様、規模があまり大きくないのは事実ですが……。
参考:
機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―過敏性腸症候群(IBS)
日本消化器病学会ガイドライン 過敏性腸症候群
はやりの病気
第172回(2017年12月)「「リーキーガット症候群」は存在するか?」
第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」
第117回(2013年5月) 「便秘を治す(後編)」
第116回(2013年4月)「便秘を治す(前編)」
第101回(2012年1月)「増加する炎症性腸疾患」
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|2019年9月11日 水曜日
2019年9月 ”副腎疲労症候群”にかかる人たち
「えっ、先生、”ふくじんひろうしょうこうぐん”を知らないんですか?」
これは太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)をオープンして間もない頃、20代女性の患者さんから言われたセリフです。「副腎疲労症候群」、そんな病名、聞いたことがありません。医学の教科書に記載されている病気で私の知らない病気はまったくない、とまではいいませんが、患者さんが「よくある病気」と思っていて、医師が知らないものというのはまず存在しません。それに私は自分の性格上、知ったかぶりをするのが嫌いなので、正直に「知りません」と答えました。
するとこの患者さんは「そんなことも知らないんですか?」と呆れた口調で私を軽蔑するような態度に変わりました。「そのような病気はありません」と答えるのは上からの態度になりますし、「きちんとした医学では認められていません」と言うのも相手をいい気分にはさせませんから、「その”病気”のことはさておき、どのような症状でお困りか話してもらえますか?」と質問してみました。
分かったことは、何年も前から疲れが取れないこと、しかし仕事には積極的で休日出勤も多く、一方では旅行が趣味で頻繁に海外に出かけていること、健康診断で異常はなく体重は変わらないこと、これまで数件の医療機関に行ったけどマトモなところはなかったこと、谷口医院なら何でも相談できると思ったから受診したこと、などです。しかし、彼女が「副腎疲労症候群」という言葉を口にする度に私が不甲斐ない返事をしたからなのか、不満げな表情を浮かべて「もういいです!」と捨てゼリフを吐いて帰っていきました。
その後、年に2~3人から「副腎疲労症候群だと思うんです……」という訴えを聞くようになりました。しかし、まともな医師ならこんな疾患が存在しないことは病名からすぐに分かります。慢性疲労症候群という疾患は存在しますし、言葉もおかしくありません。これは「慢性に疲労を感じる病態」です。一方、「副腎」という臓器が「疲労」することはあり得ません。臓器が疲労を自覚することはできません。
先述した20代女性に対する私の対応は失敗と言わざるを得ませんが、その逆に、そんな病気は存在しないということを説明して理解を得られたこともあります。ですが、理解してもらえるのは何度か受診されている患者さんです。「副腎疲労症候群の検査と治療をしてくれないのであれば受診する意味がない」と頑なに信じている初診の人を説得するのは困難です。
そんなある日、ついに「これは放っておけない」と考えなければならない女性がやって来ました。30代のその女性、なにやらクリエイティブな仕事をされているようで東京在住ながら全世界を飛び回っていると言います。訴えは「副腎疲労症候群でコートリルを飲んでいるのだが切れてしまった。2週間後には東京に戻るのでそれまでの処方をしてほしい」というものでした。
コートリルというのは内服ステロイドの商品名です。私は当初、この女性は「副腎疲労症候群」ではなく「副腎皮質機能低下症」があるのかと思いました。副腎皮質機能低下症というのは体内のステロイドをつくりだす副腎機能が低下しており、外から(つまり薬を飲むことで)ステロイドを補わなければなりません。この場合、コートリル(ステロイド)を切らせば大変なことになりますから処方しなければなりません。しかし、その前に問診が必要です。
医師(私):副腎の機能が低下する病気があるということですね。当院は初診になりますから少し話を聞かせてください。まず、診断がついたのはいつですか。
患者:半年くらい前です。専門のクリニックで言われました。
私:ということは生まれつきではないのですね。副腎の機能が低下する原因は何なのですか?(注1)
患者:金属と食べ物と腸内細菌が原因です。
私:……
絶句してしまいました。これは副腎皮質機能低下症ではありません。このとき私は「副腎疲労症候群」の”正体”が分かりました。メディアや世論が勝手に作り出す病名というのは他にもあります。有名なのは「新型うつ」や「アダルトチルドレン」でしょうか。これらにも様々な問題がありますが、こういう診断がついたからといって危険な薬を処方されることはあまりないと思います。ですが、この女性の「副腎疲労症候群」の場合、ステロイドが処方されているわけですからこれを見逃すわけにはいきません。
私の予想通り、副腎機能を示す検査(例えば、コルチゾールやACTH)は測定されていないと言います。その代わり(?)に、毛髪からの金属と”遅延型食物アレルギー”の有無を調べたことがあるそうです。遅延型食物アレルギーというのは過去に指摘したように、存在しないもので多くの被害者が出ています(参照:医療ニュース2014年12月25日 「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!)。こういうタイプの患者さんに説明するのはものすごく困難ですが放っておくわけにはいきません。
私:副腎疲労症候群という病気は認められていません。副腎の病気でコートリルが必要な人はたしかにいますが、それは副腎皮質機能低下症という特殊な病気にかかった人で、定期的に体内のステロイドホルモンの数値を調べなければなりません。
患者:先生は副腎疲労症候群を知らないんですね。(東京の)私のクリニックの先生は「この病気は多くの医師が知らない」と言っていました。コートリルを飲めば疲れがなくなるんです。私の先生が正しいんです!
私:……
結局、この患者さんとも良好な関係を築けませんでした。ステロイドを飲めば疲労感が一時的に取れて元気になるのは当たり前です。徹夜もできるでしょう。スポーツ選手なら記録が向上するでしょう(ドーピングになりますが)。しかし、その反動は必ず来ますし長期的なリスクが多数あります。こんなことを続けていると確実に寿命が短くなります。この女性がステロイド内服の危険性に気づき、副腎疲労症候群などという病気が存在しないことに気づくのはいつでしょうか。それにしても東京にはこのような”治療”をしているクリニックがあることに驚かされます。
この件があってから論文を調べてみました。どうやら「副腎疲労症候群」という”病気”で不安を煽られているのは日本人だけではないようです。科学誌『BMC Endocrine Disorders』2016年8月24日号(オンライン版)に「副腎疲労症候群は存在しない~系統的検討から~(Adrenal fatigue does not exist: a systematic review)」という論文が掲載されています。この研究では、これまでに副腎と疲労感や消耗感などの関係が研究された3,470件の論文から、研究の基準に値する58件を選び出し、それらが系統的に検討されています。解析の結果として、研究者らは「副腎疲労は依然として”神話”である(Therefore, adrenal fatigue is still a myth.)」と結論付けています。
現在も年に数回はこの「神話」について患者さんから質問されます。そして、興味深いことにこういう質問をするほとんどの人が先述した「遅延型食物アレルギー」にも関心をもっていて、「リーキーガット症候群が……」(注2)とか「カゼインアレルギーが……」と言います。すでに「コムギとカゼインは一切摂っていない」(注3)という人もいます。不思議なことにそれだけ健康に気を使っている一方で、何人かは「大麻に関心がある」(注4)と言います。そして、さらに不思議なのがこういう”病気”に興味を持っている人の多くが、知的レベルが高く、英語を使いこなす仕事をしていたり、自身で事業をしていたりする人も少なくないことです。
エビデンス(科学的確証)がすべてではありませんが、我々のようにエビデンスに基づいた医療を基本とする、という考えはこういった人たちには受け入れられないのかもしれません。それだけ医療者が信用されていない、ということなのでしょう……。
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注1:副腎皮質機能低下症には先天性と後天性があります。先天性には先天性副腎皮質低形成、副腎皮質刺激ホルモン不応症、副腎白質ジストロフィーなどがあり、後天性はアジソン病と呼ばれる自己免疫疾患や結核で発症するものが有名です。他には、副腎への癌転移、薬剤性などがあります。
注2:ただし私自身は「リーキーガット症候群」という概念を否定していません(参照:はやりの病気第172回(2017年12月)「リーキーガット症候群」は存在するか?)。私がそういう医師だから副腎疲労症候群に関心があるという患者さんが谷口医院を受診されるのかもしれません。
注3:コムギの遅延型アレルギーというものは存在しませんが、コムギを避けると体調がよくなるという人はたくさんいますし、私の方から「コムギ製品を控えてみては?」と患者さんに助言することもあります(参照:はやりの病気第158回(2016年10月)「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか)。
注4:2013年にウルグアイが大麻を嗜好大麻も含めて合法化したことに続き、2018年夏にはカナダも合法化されました。米国でも嗜好大麻を合法とする州と地域は10以上あります(2019年9月現在)し、ヨーロッパや中南米でも個人的使用なら合法の国が増えてきています。たしかに医療用大麻は有用とする意見も多く、日本でも重症のてんかんには近いうちに許可される可能性があります。ですが大麻には有害性があるのもまた事実であり、本文に述べたような人たちはその有害性にはあまり目を向けていないような印象があります。
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|2019年8月29日 木曜日
2019年8月29日 海外で出回っている偽物ワクチンに注意を
日本のワクチンは高いから海外での接種を検討しませんか。
これは私がよく患者さんに話すことです。過去数年は円安傾向に進んだことで海外との薬の差はさほど大きくなくなってきたと言われていますが、例外のひとつがワクチンです。例を挙げると、麻疹・風疹・おたふく風邪のワクチンを日本で接種すると、少なくとも15,000円はします。これを、例えば私がよく推薦するタイのマヒドン大学内にある「Thai Travel Clinic」で接種すればわずか7ドル(もしくは227バーツ)です。20倍近く違うわけですから日本での接種が馬鹿らしくなるのではないでしょうか。ちなみに、私自身もこのクリニックでいくつかのワクチン接種をしています。
しかし、その安いワクチンが偽物である可能性がないかについては充分に注意しなければなりません。2018年後半からフィリピンで偽物の狂犬病ワクチンが出回っており、WHOが2019年7月16日付けで注意喚起を出しました。
当初出回っていた偽物ワクチンは商品名が「Verorab」というものだけでしたが、最近は「Rabipur」、「SPEEDA」、さらに狂犬病の治療薬である ERIG(ウマ抗狂犬病免疫グロブリン)の偽物も確認されているようです。これらはWHOの注意喚起に写真も載せられています。見る者が見れば「怪しい」と感じますが、ぱっと見ただけでは本物と区別がつかないものもあります。
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では、海外ではワクチン接種を控えた方がいいのでしょうか。100%の保証ができるわけではありませんが、日本人が運営に関与しているところや日本人医師がいるところならまず安心です。しかしこういうところは日本よりは安いものの少し値段が高いようです。
個人的には、先述したタイの「Thai Travel Clinic」か同じくバンコク内の通称「スネーク・ファーム」と呼ばれている「Immunization and Travel Clinic」がお勧めです。狂犬病ワクチンは、それぞれ347バーツ、350バーツ(約1,200円)です。ちなみに太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では15,000円ですから12.5倍も高いことになります。もちろん谷口医院が暴利を貪っているのではなく、これはほとんど仕入れ値と変わらない価格です。
尚、狂犬病ワクチンは日本ではこれまで日本製しか認可されていませんでしたが、2019年7月後半より(フィリピンで偽物が出回っている)「Rabipur」が承認され谷口医院でもこちらに切り替えています。日本製ワクチンよりも高い効果があることがわかっているからです。
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|2019年8月29日 木曜日
2019年8月29日 43歳以上の飲酒は翌日眠くなる
「酒は百薬の長」、「少量の飲酒は健康にいい」、などと以前から言われていますが、果たして本当に正しいのでしょうか。過去に紹介したようにこれを否定する研究もあります(下記「医療ニュース」参照)。
今回紹介したいのは「43歳以上の飲酒は翌日の眠気をもたらせる」というもので注目に値する研究です。医学誌『Occupational Medicine』2019年7月号に掲載された「ドライバーにおける日中の眠気とアルコール消費(Excessive daytime sleepiness and alcohol consumption among commercial drivers)」というタイトルの論文です。
研究の対象者は全日本トラック協会(Japan Trucking Association)に登録されている20~69歳の男性ドライバー1,422人で結果は次の通りです。飲酒翌日の日中の眠気が飲酒でどのように変わったかが算出されています。
〇43歳未満の場合
軽度飲酒者:非飲酒者と比べて眠気は19%減少
中等度飲酒者:7%減少
大量飲酒者:39%減少
〇43歳以上の場合
軽度飲酒者:非飲酒者と比べて眠気は42%上昇
中等度飲酒者:53%上昇
大量飲酒者:337%上昇
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私が知る限り、この研究これまでに一般のメディアで紹介されていないようですが、驚くべき結果です。43歳以上で大量飲酒をすれば、翌日の眠気のレベルが3.37倍(337%)になるというのです。そして、興味深いことに43歳未満なら大量飲酒で逆に眠気が4割も低下するのです。
43歳まではたっぷりと飲んで、43歳の誕生日がくるとお酒をやめましょう、というような単純な話ですが、この結果をよく考えるべきでしょう。「酒は百薬の長」は43歳未満の場合だけかもしれません。
参考:
医療ニュース
2017年6月26日 「少量の飲酒でも認知症のリスク!?」
2011年10月26日 「女性は中年期の適量の飲酒で高齢期が健康に」
2011年1月9日 「飲酒→睡眠→運転はキケン!」
2010年5月21日 「飲酒によりリンパ系腫瘍のリスクが低減」
2010年8月23日 「飲酒が関節リウマチに有効?」
2010年4月8日 「適度な飲酒は女性の体重増加を抑制」
2009年9月10日 「 自殺者の4人に1人がアルコール問題」
マンスリーレポート
2012年6月号 「酒とハーブと覚醒剤」
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|2019年8月20日 火曜日
第192回(2019年8月) 「夜勤」がもたらす病気
それは私が研修医の頃の深夜の救急外来。立て続けに搬送されてきた重症例の治療を終えて一息ついた後、当時50代前半のベテランの内科医の先生と世間話をしていました。患者からもスタッフからも人気があったその先生のことを、私はまだまだその病院で活躍されるだろうと思っていただけに、その言葉は意外でした。
「3月でこの病院を退職して特養(特別養護老人ホーム)で働くことにした……」
この言葉だけなら、私も「まあ、高齢者にも人気のある先生だし、きっとご自身で取り組みたい医療があるのだろう」と思えたわけですが、転職の理由が「もう夜勤はできない」だったのです。正直に言うと私は少し寂しい気持ちになりました。私はその先生から救急の”心得”のようなものをいくつも学んでいたからです。そして、このときに思ったのが「自分は(この先生とは違って)いくつになっても<夜勤はできない>などとは言わないぞ!」ということでした。
それから数年たったある日、その頃にはすでに太融寺町谷口医院を開業していたわけですが、ふとその先生の言葉が蘇りました。その日の前日の午後10時から明け方まで、大阪市の夜間救急診療所で外来をしていました。終了後2時間ほど仮眠をとって、谷口医院の外来を開始したところ、いつものように頭が回転しないことに気づきました。身体も重く椅子から立ち上がるのにワンテンポ遅れます。身体がついてこず、脳のキレも悪くなっているのです。それを自覚した瞬間、一気に疲労感に襲われました。
私が初めて”老化”を感じたのがその日でした。それでもまだしばらくの間は、深夜の救急外来をやってもなんとか翌日の仕事をこなせていましたが、次第にその夜勤を億劫に感じてしまっていることに気づきました。それまでも「歳をとると夜勤が辛い」という話はいろんな医師や看護師から繰り返し聞いていましたが、「自分は大丈夫」と何の根拠もない自信がありました。しかし、いつしか「先輩たちは正しかったんだ…」と認識するようになりました。そして、冒頭で紹介した50代前半まで救急外来で活躍されていた先生に対し「寂しい」気持ちになった自分を恥じ、そして今も現役で深夜の救急や、夜勤をされている医療者に対する敬意がでてきました。
ですが、「頑張っている先生や看護師もいるんだから自分も身体にムチを打ってでも深夜に働くんだ」と言う気持ちにはもはやなれませんでした。医療の現場では深夜に働く医療者は絶対に必要なわけですが、これは若い者が担うべきではないか、というのが私の考えです。無責任な理屈であるという非難の声があるでしょうが、仕事には「適正」を考えるべきです。ある程度年をとった者は、深夜勤務という強烈に体力を奪う仕事は可能な限り避けるべきです。そして、これはもちろん医療職に限ってではなく、すべての仕事について言えることです。
私のこの意見は「しんどい仕事は体力のない中高年には向かない」ということだけではありません。しんどくても休めば回復するならそう問題はないでしょう。問題は「中高年の夜勤はいくつもの病気のリスクを増やし寿命も縮める」ことです。まずはこういったことを社会に周知してもらい、社会全体で中高年の夜勤を減らすことを考えていくべきだと思います。
中高年の夜勤やシフト勤務がいくつかの疾患のリスクになるという研究はこのサイトですでに何度か紹介しています。今回はまだ紹介していないものも取り上げ、深夜勤務のリスクの総復習をしたいと思います。
まずは少し古い研究から紹介しましょう。2001年に発表されたこの研究は世界中の、特に医療者に注目されました。研究の対象が女性看護師であり、結果は「シフト勤務は乳がんのリスクを上昇させる」だったからです。この研究は医学誌『Journal of the National Cancer Institute』2001年10月17日号(オンライン版)に「看護師健康調査からわかったシフト勤務と乳がんのリスク(Rotating Night Shifts and Risk of Breast Cancer in Women Participating in the Nurses’ Health Study)」というタイトルで紹介されています。
この研究のエビデンスレベルが高い(信用度が高い)のは、「Nurses’ Health Study」という信頼度の高い健康調査のデータが解析されているからです。回答しているのがきっちりと労務管理されている看護師であり、しかも対象者は78,562人、調査期間は10年間の前向き研究(注1)です。
結果は、「1~29年間、夜勤のシフト勤務をしていた看護師は、していない看護師に比べて乳がんのリスクが1.08倍上昇する」です。シフト勤務が長くなればそれだけリスクも上昇するようで、30年間以上夜勤をしていた女性のリスクは1.36倍になることが分かりました。もちろん、夜勤をすれば必ず乳がんになるわけではないので、他の乳がんのリスク、例えば喫煙、肥満、低用量ピルの使用などを考慮し、さらに定期的な乳がん検診を実施しながら夜勤をすることはかまわないとは思いますが、リスクが上昇すること自体は知っておくべきでしょう。
他の研究もみてみましょう。疾患で言えば、夜勤をするシフト勤務は心筋梗塞などの心疾患のリスクが上昇するという研究があります。また、HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低下し、中性脂肪が増加し、糖尿病のリスクも増加するという研究もあります。夜勤をすると肥満になりやすい、とする研究もあれば、夜勤明けは交通事故を起こしやすいとする報告もあります。
ここで太融寺町谷口医院の患者さんのデータを紹介しましょう、と言いたいところですが、残念ながら(私が億劫なこともあり)そういったデータをまとめる作業をする気になれません。なぜなら、日ごろ患者さんを診ている私の経験から、夜勤をやめれば健康的になっていくのは自明であり、わざわざ数字を出さなくてもいいと思えるからです。
体重過多の人は体重を落とすことに成功し、肌の調子がよくなり、月経不順が改善します。乳がんのリスクが下がったかどうかは検証していませんが、健診のデータ(中性脂肪や血糖値)は多くの例で改善しています。それに、精神状態が良くなり、見た目が若くなります。つまり、夜勤を止めればいいことばかりなのです!
主に経済的な事情から中高年になってから夜勤をせざるを得ない人もいます。また、人手不足から深夜も働かざるを得ないという人も少なからずいます。職種で言えば目立つのが介護職の人たちです。看護師の場合も、病院勤務なら通常は夜勤がありますし、診療所勤務の場合でも訪問看護をやっていれば深夜に電話がかかってくることがあります。
医療者から「夜勤がしんどい」という話を聞くと、現在夜勤から離れている私は申し訳ない気持ちになるのですが、先述したように、だからといって「自分も再び深夜に働く」とは言えません。ですが、私の場合40歳になるまでは深夜勤務にほとんど疲れを感じませんでしたし、夜間の救急外来は様々な”ドラマ”がありますし、それに夜間の仕事は給与が高い!のです。実際、私の年収が最も高かったのは谷口医院を開業する前の一年間で、このときは週に3~5回は深夜も働いていました。その年の年収はちょっとここには書きにくいほど高いものでした(開業してからは一気に収入が減りました)。
社会全体で深夜勤務のリスクを認識し、体力のある若者に働いてもらい充分な給与を支払う。一方、中高齢者は深夜勤務を避けることで様々な病気のリスクが減り、元気に長生きできる。すると、社会としては医療費が抑制できる。若者は深夜の世界で社会を学ぶ。いいことばかりではありませんか! こういうことを言い訳にして私自身は今も深夜勤務から遠のいています……。
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|2019年8月8日 木曜日
2019年8月 ”怒り”があるからこそできること
ここ数年「アンガー・マネージメント」がブームです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の勉強会でも講師に来てもらってスタッフ全員で勉強したことがあります。アンガー・マネージメントを実践している人はますます増えていると聞きます。たしかに瞬発的に怒りを表明すると結果的に後悔することが多いのは事実ですし、怒りが蔓延しているような職場で働きたいと思う人はいないでしょう。
ですが、怒りにはネガティブなことしかないのでしょうか。実は、私は以前から「怒りを遠ざける」という考えに疑問を持っています。「日本アンガー・マネージメント協会」のトップぺージには「ちょっとした習慣・考え方を身につけるだけで、不要なイライラや怒りとは無縁の生活を送れます!」と書かれています。あるビジネス系のポータルサイトでは「「アンガー・マネジメント」とは?怒りを抑える3つのテクニック」という記事が紹介されていました。つまり、アンガー・マネージメントは常に「いかに怒りを抑制するか」という観点から語られるのです。けれども、人は本当に怒りと「無縁」の生活をし、いかに怒りを「抑制」するかを考え続けなければならないのでしょうか。
アンガー・マネージメントがブームにあるなか、「怒りを表明せよ」などと言うのは奇をてらった意見に思われるでしょうが、私はいつも”怒り”と共に生きているような気がしています。怒りがあるから頑張る気になり努力ができているのです。つまり私にとっての怒りは行動の原動力ともいえるのです。数年前から、こういうことをどこかで発言してみたいけど相手にされないだろうな、と思っていたところ、先日ノンフィクション作家の河合香織さんが日経新聞のコラムで興味深いことを書かれていました。
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翻って考えれば、私にとっては原稿が書けないことはいいことかもしれない。書くことがないということは、心が平穏な証左だからだ。ノンフィクションを書く動機の奥底には、人生の不条理に対する悲しみがある。そろそろ落ちついて怒りから解放された晴れやかな文章を書きたいとも思っているが、まだまだ怒りの玉を手放すことができない。(日経新聞2019年6月13日夕刊)
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つまり、「怒りがあるから文章を書かねばならなくなる。書くことがないときは心が平穏で怒りがない」ということを言われているわけです。私は川合氏のこの言葉がふっと腑に落ちました。
私は作家ではありませんが、本を上梓したこともありますし、このサイトも含めて複数のサイトでコラムを書いています。そして、その原動力の源は怒りであることが多いのです。
私が初めて自分の文章を世間に発表したのは1987年、高校を卒業した直後です。偏差値が40しかなくても2カ月の勉強で志望校(関西学院大学)に合格できたことをある本で発表しました。これは自慢がしたかったわけではなくて怒りが源です。その文章には、「お前の行ける大学はない」と言われた教師に対する怒りや、私よりも成績がいいのに教師の忠告に従って本当は望んでいない大学に行くことに決めた同級生に対するもどかしさが刻まれています。
次に文章を公表したのも受験勉強のことで、医学部入学時の1996年に書きました。さらに怒りを表明したいと考えた私は、医学部を卒業してから2002年に出版社に原稿を送り『偏差値40からの医学部再受験』を上梓しました。この本のオリジナルの原稿には、いかに高校教師が生徒をダメにしているか、そしてその教師の言いなりになってはいけないかを延々と書いたのですが、残念ながらその大部分は編集で大幅にカットされてしまいました。
その次に書いたのは『医学部6年間の真実』という本で、これはやる気のない医学生や既存の医療体制の問題点を指摘しています。これを書こうと思ったのもやはり、そういったものに対する怒りです。特に、医学部の試験でカンニングをする学生に対する怒りがおさえられなかったことが執筆動機のひとつです。
『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』という本を書いたのは2006年頃で、これはタイで見てきたHIV/AIDSに関する怒りを表明したかったというのがきっかけです。この本を書く前からNPO法人のGINAでいくつかのコラムを書いていました。書こうと思った動機は、HIVに感染したことで食堂から追い払われたり、乗ろうとしたバスから引きずり降ろされたり、住民から石を投げられたり…、ということが当時のタイでは頻繁にあり、さらには病院でも門前払いされ、行き場をなくしている人たちがいたことです。こんなこと許されていいはずがありません。ちなみに、現在のタイではHIVに関連する問題がすべて解消されたわけではありませんが、かつてのようなひどい状況にはありません。現在は日本の方がはるかにHIV陽性者に対する差別が根強いことは間違いありません。
谷口医院のサイトでもコラムを書き、さらにメール相談を随時受け付けているのは、きちんと治療すれば治るのに誤ったことを教えられて悪化させているような人(例えば悪徳な民間療法)や、きちんと説明を受けておらず無益なドクターショッピングを繰り返している人たち(前医を安易に批判してはいけないのですが、前医が別の言い方をしていれば患者さんはこんなに悩まなくても済んだのに…、という例は決して少なくありません)の力になりたいという思いがあり、これも一種の怒りがベースになっています。
2015年7月から毎日新聞の「医療プレミア」で連載を持たせてもらっています。総合診療医の私が感染症を取り上げているのは、感染症はほんのわずかな知識で完全に防ぐことができるのに(コラムのタイトルは「実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-」です)、きちんと教育されていない、あるいはネットなどからウソやインチキの情報をつかまされて不幸になる人が少なくないことなどから、本当のことを伝えたい!という強い気持ちがあるからで、これもやはり一種の怒りが原動力です。
2018年7月から始めた「日経メディカル」での連載コラムは医療者向けのものです。そして、ここでも現在の医療体制の問題や、ときには他の医療機関や医療者の悪口を怒りに身をまかせて書いています。
このように改めて自分が書いているものを振り返ってみると、多くの文章の執筆動機が怒りです。そして、その怒りの強度が強ければ強いほど文章は一気に書けます。ときどき、よくそんなにたくさんの文章が書けますね、と言われますが、これは私に文章を書く能力があるからではなく、怒りに身を任せると書かずにはいられない気持ちになる、というのが正直なところで、文章を書くことで私の怒りが整理できているのです。ならば、私は文章を書くことによってストレス発散ができてその怒りが解消されるのかというと、そういうわけではまったくありません。むしろその怒りが鮮明になり増強されることの方が多いのが事実です。
今この文章を書いているのも既存の「アンガー・マネージメント」に対する一種の怒りがあるからと言えなくもありません。ただし、アンガー・マネージメントに完全に反対しているわけでもありません。私が言いたいのは、怒りを「抑制」するのではなく、怒りと「無縁」の生活を望むのでもなく、自然にわきでてくる”怒り”を原動力に行動してもいいのでは、ということです。
それが私流の”アンガー・マネージメント”(怒りの管理)というわけです。
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|2019年7月29日 月曜日
2019年7月29日 筋肉増強やダイエット目的のサプリメントはこんなにも危険
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんは比較的若いということもあり、サプリメントの相談のなかでは動脈硬化予防やがんの予防よりもむしろ、筋肉増強やダイエットに関したものの方が多いという特徴があります。「〇〇を飲もうと思っているんですけど…」という相談をされる方もいますが、多くはすでに飲みだしてから不安になった人たちです。あるいは、これは相談ではありませんが、健診で肝臓や腎臓の数値が悪いことで受診され、問診からその原因がサプリメントであることが判ったということもよくあります。
では、どの程度の割合で健康被害がでるのでしょう。これについては我々は漠然と”多い”という感覚がありますが、具体的な数字はよく分かっていませんでした。薬の場合は発売前から「〇%の使用者に△という副作用がある」ということが分かっていますが、サプリメントの場合はほとんど情報がありません。過去に東京都福祉保健局が実施した「サプリメントの副作用は全体の4.2%」という調査結果がありますが、これは自覚症状に限ってのことであり、無自覚の肝機能障害、腎機能障害などを加えるともっと高くなるはずです。
これを検証した研究が発表されました。医学誌『Journal of Adolescent Health』2019年6月5日(オンライン版)に「小児から若い世代でのサプリメントの弊害(Taking Stock of Dietary Supplements’ Harmful Effects on Children, Adolescents, and Young Adults)」というタイトルの論文が掲載されました。さらに、一般向けの医療情報サイト「Health Day」では「10代にとっての多くのサプリメントは危険(Many Dietary Supplements Dangerous for Teens)」というタイトルで紹介されています。
この研究では、FDA(米国食品医薬品局)の有害事象報告システムが用いられています。2004年1月~2015年4月に報告された米国の0~25歳の小児から若年成人が内服したサプリメントによる有害事象が解析されています。その結果、調査期間中に合計977件の有害事象が認められ、そのうち(なんと)40%もが「重篤な健康被害」だったというのです。重症例には入院例、救急受診例、さらに死亡例も含まれています。
この研究では若者が好むサプリメントがビタミン剤に比べてどれくらいリスクが大きいのかが検討されています。結果、筋肉増強を目的としたサプリメントでは2.7倍、性機能増強などのエネルギーアップを目的としたものでは2.6倍、体重減少(ダイエット)を目的としたものでは2.6倍リスクが上昇していることが分かりました。
上記「Health Day」の記事では、ハーバード大学公衆衛生学部教授のオースティン(Austin)氏の言葉を紹介しています。氏によれば、サプリメントが野放しのこの現状は「アメリカの若者にロシアンルーレットをさせているようなもの」だそうです。
********
たしかに、死亡例も出ているわけですから「ロシアンルーレット」という表現も大げさではないかもしれません。
参考までに谷口医院で診断がついた最も多いサプリメントの被害は、男性の場合、プロテインによる腎機能障害、次いでクレアチンによる腎機能障害です。女性は、ダイエットのサプリメントでの動悸、嘔気、肝機能障害です。これらについては過去のコラム(マンスリーレポート2018年11月「サプリメントや健康食品はなぜ跋扈するのか」も参照してください。
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|2019年7月26日 金曜日
2019年7月26日 ライチを食べて子供が死ぬ理由
過去1ヶ月で、患者さんから受けた質問で最も多いひとつが「ライチは毒って本当?」というものです。主にネットニュースで「インドでライチを食べた子供が次々と死んでいる」という趣旨の報道がおこなわれているようです。
実はこれは今に始まったことではなく、インドでは過去にも同様の”事件”が報道されています。ここでは、なぜライチで子供が死んでしまうかについて解説したいと思いますが、まずは最近の報道を振り返ってみましょう。
2019年6月25日のBBCの記事「ビハール州の脳炎はインドの保健システムが原因(Bihar encephalitis deaths reveal cracks in India healthcare)」によると、2019年6月上旬頃よりビハール州のムザファルプル県で150人以上の子どもたちがライチを食べた後に死亡しています。BBCによれば、死亡した子供たちのほとんどがまともな医療を受けることができていません。
BBCは2017年にも同様の報道をしています。2017年2月1日の記事「インドの子供たちが空腹時にライチを食べて死亡(Indian children died after ‘eating lychees on empty stomach’)」で、毎年100人以上の子供が脳炎を起こして死亡していることを指摘し、その原因を医学誌『LANCET』から引用して紹介しています。
ここでその『LANCET』の論文を紹介しましょう。同誌2017年1月30日号(オンライン版)に「ムザファルプル県の脳炎のアウトブレイクと脳炎の関係(Association of acute toxic encephalopathy with litchi consumption in an outbreak in Muzaffarpur, India, 2014: a case-control study)」というタイトルで掲載された論文で、要旨は次のようになります。
・2014年5月26日から7月17日の間に390人の患者が入院し、うち122人(31%)が死亡した。
・この中からデータが残っている104人を選び、他の疾患で入院した同じ年齢の対照群コ(ントロール群)と比較した。
・発症24時間前のライチ消費量は対照群と比べて9.6倍だった。
・発症前に夕食を摂っていなかった割合は対照群と比べて2.2倍だった。
・ヒポグリシンA(hypoglycin A)もしくはMCPG(methylenecyclopropylglycine)の代謝物が、脳炎発症者73人の尿検体のうち48人から検出された。一方対照群からは検出されなかった。
・ムザファルプル県の36個のライチの殻を調べると、ヒポグリシンAの濃度は12.4μg/g~152.0μg/gの範囲で、MCPGは44.9μg/g~220.0μg/gの範囲だった。
ライチには2種の「毒素」が含まれており、その毒素が体内で糖を新生することを阻害することが分かっています。低栄養状態時にその毒素が体内に入ると急激に低血糖が進行し、糖の補給をおこなわなければ死に至る、というメカニズムです。
********
BBCによると、この脳炎は現地では「急性低血糖脳炎(acute hypoglycemic encephalopathy) (AHE)」と呼ばれているそうです。過去20年以上にわたり毎年100人以上の子供が他界しており、かつては日本脳炎だと考えられていたそうです。しかし『LANCET』に報告されたことから、正確な診断と治療がおこなわれるようになり、患者数は減少傾向にありました。ところが、今年(2019年)は再び患者数が上昇し、その原因がBBCが指摘しているように脆弱な医療システムにあるというわけです。
日本人の場合、飢餓になるほどの状態でこの地を訪れることはまずないでしょうし、仮にライチの皮に含まれる毒素を摂取したとしてもすぐに糖分を摂れば問題ありません。むしろ、日本脳炎の方を注意すべきです。インド(のみならずアジア全域)に渡航するなら、日本脳炎のワクチン接種歴を確認しておくべきです。
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