はやりの病気

第10回 キズの治療 ① 2005/06/16

「生まれてからこのかた一度も病気になったことがない」という人をときおり見かけます。

 しかしながら、「生まれてから一度もケガをしたことがない」という人は、おそらくそうはいないのではないでしょうか。

 生命保険などのCMで、「病気やケガにそなえて・・・」というのをよく見かけます。病院というと、病気を診てもらいにいくところ、というイメージが先行しがちですが、ケガも病気とならんで医療の対象であります。

 今回お話しようと思うのは、ケガのなかでも、いわゆる「キズ(傷)」と呼ばれるものです。キズといってもいろいろで、擦り傷、切り傷、噛み傷、出血の止まらない傷、鋭い傷、鈍い傷・・・、とまさに千差万別であります。

 みなさんは、キズを負ったときにどのようにしているでしょうか。もちろん出血が止まらなかったり、骨折を伴っていたりしている場合は直ちに病院に行くことでしょう。これに対し、それほど重症でない、「カスリキズ」のようなものであれば、自分で手当てをされるかもしれません。

 ここで、問題を出したいと思います。次の質問に○か×で答えてみてください。

 1 キズは消毒するべきである。
 2 キズは消毒しないと化膿する(膿む)。
 3 キズが化膿すれば消毒すべきである。
 4 キズにはガーゼをあてるべきである。
 5 キズはぬらしてはいけない。風呂に入ってはいけない。

 どうでしょうか。むつかしい質問はあったでしょうか。答えに自信はありますでしょうか。

 それでは答えを発表いたします。正解は・・・・、すべて×です。

 どうですか。全問正解できたでしょうか。不正解のあった方は、きっとこの正解に疑問を持たれるでしょう。

 なぜなら、ケガをして病院を受診されたことのある方なら経験があるでしょうが、通常ケガをして病院を受診すれば、まず消毒をされ、ガーゼを当てられるからです。場合によっては軟膏を塗られることもあります。

 今、私が言っているのは、ケガをしたときに、「消毒してはいけない」「ガーゼを当ててはいけない」「キズは乾かしてはいけない」ということなのです。

 実は、ここ2~3年で、キズに関する考え方がドラスティックに変化してきています。従来は、「キズは化膿を防ぐために必ず消毒しなければならない」「ガーゼを当てて傷を保護し、決して濡らしてはいけないし、風呂に入ってもいけない」というように考えられていました。

 ところが、この考え方に疑問を抱き、問題提起する医師が増えてきました。そういった医師たちは、今までの治療とはまったく異なる、「キズは消毒しない」、「ガーゼは一切使わない」という治療方針をとっています。そして、そういう医師のもとで治療を受けた患者さんは、従来の治療では考えられないほど短期間に、そしてなんと痛みもなくキズが治癒していくのを目のあたりにするようになったのです。

 なぜ、「キズは消毒しない方がいいのか」、「ガーゼをあてて乾かせることがよくないのか」についての説明は、少々専門的な解説が必要になるのですが、ここでは簡単にそのメカニズムを説明したいと思います。

 まず、「消毒」ですが、実は消毒液は、たしかにバイキンを殺す作用はあるのですが、同時に、正常な人間の組織にまで障害を与えることになります。そして、このために治癒するのが遅くなってしまうのです。

 次に、「乾燥」についてですが、一見乾いた傷は治癒に向かいつつあるように見えます。そしてジュクジュクしているキズはバイキンが繁殖していて化膿しているような印象を与えます。ところが、これが間違いで、実は、ジュクジュクの正体は、「生体が出しているキズを治すために必要な化学物質を含んだ液体」なのです。要するに、キズを乾燥させるというのは、キズを治すために必要な物質を取り除く行為なのです。

 そして、もうひとつ忘れてはならないのが、キズの治療に伴う「痛み」というのは、「消毒するときの痛み」と「ガーゼをはがすときの痛み」ということなのです。ですから、消毒とガーゼをあてることをやめれば、痛みはなくなってしまうのです!

 実際、この治療を取り入れている病院の救急外来や外科病棟のなかには、消毒液やガーゼを一切置いていないところもあるくらいです。

 もうひとつ怖い話をしましょう。消毒液のなかには、いわゆる「オキシドール」と呼ばれるものがあります。オキシドールは薬局で普通に買うことのできる消毒液のひとつです。実際にオキシドールを使われた方はお分かりになるでしょうが、キズにオキシドールをつけると、ブクブクと泡が発生することがあります。これはある種のガスが発生するからです。そして、怖いのはこのガスが血管の中に入ることがあるからです。ガスが血管の中に入って肺にまで行ってしまうと、肺の血管が詰まってしまい、急激に呼吸困難になることがあります。これは「肺梗塞」という病態で、そのメカニズムは、足の血管内にできた血の固まりが肺の血管にまでいってしまい呼吸困難に陥る、いわゆる「エコノミークラス症候群」とよく似ています。

 もうひとつ、「ヒビテン(グルコン酸クロルヘキシジン)」と呼ばれる、病院ではよく使われる消毒液があります。これが問題なのは、ときおりこの薬剤にアレルギーのある人がいるからです。アレルギーのある人にこの消毒液を使うと、急激に血圧が下がり、呼吸困難に陥り、ひどい場合は命にかかわる事態にまで陥ります。

 ちなみに、昔よく使われたいた「赤チン」と呼ばれるものは、キズを乾かすことを主な目的としており、キズの治りを遅らせていただけでした。

 要するに、「消毒」というのは、キズの治療に必要どころか、痛みをもたらし、治癒を遅らせ、場合によっては生命の危険を脅かすような状態にまでさせることもあるわけです。

 では、キズを負ったときにはどのようにすればいいのでしょうか。まず、大事なのは、病院に行くべきか自分で治療をしてもいいかを見極めるということです。私がよく患者さんに説明するのは、①出血が止まっていて、②土やアスファルトの欠片など異物が傷口に入っていなくて、③犬や猫にかまれた傷ではなくて、④キズがそれほど深くなく、⑤関節を痛めていたり骨折していたりする可能性がなければ、自分で手当てができることも多いというものです。

 ①の出血については、これは専門的な治療が必要ですし、②の異物については、異物が入ったまま傷の治療をおこなえば、傷跡はかなり汚くなりますし、長期間痛みがとれなくなることもあります。また、「外傷性タトゥー」といって、生涯にわたり刺青を入れたような皮膚になってしまうこともあります。こういう傷跡を残さないようにするためには、やはり専門的な治療が必要です。③の噛み傷については、重篤な感染症を起こすことがありますから、やはり専門治療が必要です。ときどき、けんかなどで人間に噛まれたといって受診される患者さんがいますが、人間の口のなかにはやっかいなバイキンもいて、そういうバイキンが傷口に侵入すると重症化することもあります。④については、例えば腱が切れているような場合は、専門的治療をおこなわないと後になって筋肉が動かなくなることがあります。⑤についても同様で、初期治療が重要になってくる場合が多いといえます。

 もしもキズが病院に行くほど重症ではない場合は、自分で治療することも充分に可能です。まず、「消毒」ではなく、しっかりと「洗浄」をしましょう。病院では、生理食塩水で洗浄することもありますが、普通の「水道水」で充分です。日本の水道水は適切な処理がなされており、危険なバイキンが混じっていることはまずありません。

 次に、キズを乾かさない環境にしましょう。具体的にどうすればいいかというと、ワセリンを使えばいいのです。ワセリンを傷口にたっぷりと塗ってその上に、ガーゼではなく、台所にあるサランラップをまけばいいのです。これで、キズが乾くことはありません。次にどうするかというと、そのまま放っておくのです。キズの深さや大きさにもよりますが、小さいものなら数日間できれいに治っているはずです。ただ、毎日キズがよくなっていくのを見るのはすごく楽しいことですし、お風呂にも入りたいでしょうから、お風呂に入る前にサランラップを取り除き、シャワーでワセリンを洗い流し、風呂上りに再びワセリンを塗ってサランラップをまけばいいのです。傷口はジュクジュクしていますから、化膿しているのではないかと疑われることもあるでしょうが、痛みがなければまず大丈夫です。(ただ、そうは言っても自信がなければ必ず医療機関を受診するようにしてください。)
 
 バンドエイドというものがあります。キズにバンドエイドを使うのは正しい治療行為でしょうか。従来のバンドエイドは、キズにあてる部分に小さなガーゼが付いています。だから剥がすときに非常に痛いのです。この点からもバンドエイドはおすすめできないのですが、穴が開いていて、空気が通るようになっているタイプのものはキズを乾かすことになりますから、さらにおすすめできません。

 最近、まったく新しいタイプのバンドエイドが発売されて話題を呼んでいます。それはJohnson & Johnsonから発売された「キズパワーパッド」という名前のバンドエイドです。これはガーゼの代わりに、ハイドロコロイドと呼ばれる素材を用いています。傷口からキズを治すために出される液体をこのハイドロコロイドで覆って、ジュクジュクした環境を維持させようとするものです。これは、消毒液やガーゼを一切使わない医師がおこなうキズの治療とほぼ同じ理屈です。

 「キズパワーパッド」のホームページによると、「3倍早くキズを治す」「キズの痛みをやわらげる」「わずらわしい貼りかえがいらず、最大5日間まで貼ったままでOK」とその特徴が述べられています。
 
 次回は、実際に病院でどのようにキズのこの新しい治療をおこなっているかをご紹介したいと思います。

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