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2022年12月30日 金曜日

2022年12月30日 運動で認知症を予防できる?できない?

 認知症の予防を確実にできる方法はありません。一方、認知症のリスクとなるものは多数あります。飲酒、喫煙、片頭痛、睡眠不足、ベンゾジアゼピンの使用、などが挙げられますが、最たるものはやはり「遺伝子」です。過去にも何度か紹介したように(例えば「はやりの病気第179回(2018年7月)認知症について最近わかってきたこと(2018年版)」)、ApoE遺伝子をε4・ε4で持っていれば、ε3・ε3の人に比べてアルツハイマーになるリスクが11.6倍にもなります。

 確実にリスクとなる因子がいくつもあり、リスクを低減させる方法がはっきりしないというのは何とも心許ないものです。「そんなはずはない、従来健康的とされている方法を続ければきっとリスクは下がるはずだ」、と考えるのは人間にとってごく自然なことでしょう。

 いつの時代も健康向上に不可欠とされている「運動」はどうでしょうか。最近、「運動が認知症の予防になるかもしれない」という研究が発表されました。

 医学誌「Journal of Applied Physiology」2022年10月4日号に掲載された論文「有酸素運動は高齢者の脳の血管の抵抗を低下させる:1年間の無作為対照試験(Aerobic exercise training reduces cerebrovascular impedance in older adults: a 1-year randomized controlled trial)」です。

 研究では73人の高齢者を有酸素運動(aerobic exercise training )のグループ36人とストレッチ+トーニング(stretching and toning)と呼ばれるワークアウト(筋トレ)(後述します)に分け、脳内の血管の抵抗が比較されています。脳血管の抵抗(インピーダンス)が低ければ血流が良いことを示します。調査は1年間続けられ、41人の血管の抵抗が調べられました。

 結果、有酸素運動のグループは血管抵抗が有意に低下していた(つまり血流が良くなった)のに対し、ストレッチ+トーニングのグループでは変化がありませんでした。このことから著者らは「高齢者の有酸素運動は脳の循環を良くする」と結論づけています。

 脳の血流がよくなれば脳が若さを保つことができて、その結果認知症のリスク低減が期待できるかもしれません。

 尚、トーニング(toningまたはtoning up)とは、体脂肪を落とし筋肉をしっかりさせるワークアウト(筋トレ)のことで、筋肉量を増やすことを目的としたワークアウトはバルキング(bulkingまたはbulking up)と呼ばれます。この研究では、バルキングについては検討されていません。

 次に紹介するのは、「運動、マインドフルネス、及び両者の併用は認知機能を改善させなかった」という研究です。

 医学誌「Journal of American Medical Association」2022年12月13日号に掲載された論文「高齢者の認知機能に対するマインドフルネスと運動療法の効果:無作為臨床試験(Effects of Mindfulness Training and Exercise on Cognitive Function in Older Adults: A Randomized Clinical Trial)」を紹介します。

 研究の対象は、「認知症ではないが主観的な認知機能低下を自覚する(with subjective cognitive concerns, but not dementia)」65~84歳の高齢者585例で、運動グループ138人、マインドフルネスのグループ150人、両者併用グループ144人、対照グループ153人です。

 18カ月間追跡し、追跡できた475例の認知機能を解析したところ、運動もマインドフルネスも認知機能の改善にまったく寄与しないことが判りました。尚、認知機能の評価にはエピソード記憶(episodic memory)及び遂行機能(executive function)が調べられています。

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 「運動が認知症やアルツハイマー病のリスクを下げる可能性がある」とする研究は多数あるのですが、決定的なものはありません。一方、上に示したように「運動は認知機能を改善させなかった」とするものも多数あります。

 よって、運動をしたからといって認知機能改善はさほど期待できないと考えた方がいいでしょう。ですが、これは運動をしなくていいという意味ではありません。

 今さら言うまでもなく、運動には心身面で驚くほどの効果があります。運動なしで健康な心身状態は得られない、と考えるべきです。

参考:
医療ニュース
2022年3月27日「片頭痛はやはり認知症のリスク」
2022年1月4日「円形脱毛症は認知症と網膜疾患のリスク」
2021年12月27日「安静時の心拍数上昇が認知症のリスク」
2021年6月17日「中年期の孤独と睡眠不足が認知症のリスク」
2019年12月28日「やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか」

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2022年12月18日 日曜日

第232回(2022年12月) まもなく登場する市販のダイエット薬は効くのか

 2022年11月28日、たまたまネットニュースに目が留まり、その内容に驚きました。日本では未承認の肥満薬「オリルスタット」が処方薬でなく、市販薬として認可されたというのです。オルリスタットは、膵臓や消化管から分泌されるリパーゼを阻害して脂質の吸収を抑制し、体重を減少させる薬です。

 報道によると、販売を手掛けるのは大正製薬で、商品名は「アライ」。添付文書上の「効能・効果等」は「腹部が太めな方の内臓脂肪および腹囲の減少(生活習慣改善の取り組みを行っている場合に限る)」。「腹部が太めな方」の基準は、腹囲が男性85cm以上、女性90cm以上、とのことです。

 さて、このニュースを見て大勢の医療者が驚いたはずです。なぜならこのオリルスタットという抗肥満薬は、”歴史”のあるいわくつきの薬剤だからです。

 オリルスタットは大正製薬が開発した薬ではありません。開発を手掛けたのはスイスの製薬会社ロシュです。1990年代には少なくとも米国FDAからは承認を得て、医薬品(処方箋の必要な薬)として「ゼニカル(Xenical)」という名前で米国の医師により処方されていました。

 日本で導入の動きがあったのは2000年代前半で、製薬会社は中外製薬です。ロシュと協力関係にあった同社が日本での発売を目指して治験に取り組んだのです。ところが、2005年4月、中外製薬は開発のハードルの高さなどを理由に開発を中止することを発表しました。

 ところでオリルスタットを語るときにはもうひとつの薬の話もせねばなりません。その薬とは「セチリスタット」。名前が似ていることからも分かるようにオリルスタットと似たような薬です。リパーゼを阻害して脂質の吸収を抑制し、体重を減少させるメカニズムです。

 セチリスタットの開発を手掛けたのは英国のAlizyme Therapeutics社。2003年、武田薬品が日本における開発・販売の権利を取得しました。その後、2009年にオランダのノルジーン社がAlizyme Therapeutics社から製造・販売などすべての権利を獲得しました。

 つまり、2003年の時点では中外製薬と武田薬品が類似した抗肥満薬の国内導入にしのぎを削っていたわけです。そして、2005年に中外製薬は撤退することを決定し、武田薬品だけが国内販売を目指して動いていたのです。

 武田薬品の”努力”が実りました。2013年9月、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医薬品第一部会により、武田薬品のセチリスタットは「オブリーン錠120mg」という名称でついに承認されたのです。

 あとは「薬価収載」だけです。処方薬が実際に処方されるには、承認後の「薬価収載」を待たねばなりません。通常、承認から薬価収載までは「原則として60日以内、遅くとも90日以内」というルールがあります。よって、遅くとも2013年の年末には医療機関での処方が開始される予定でした。

 ところが、セチリスタットはなかなか薬価収載されません。実は食品衛生審議会で承認された後、薬価収載について協議する中央社会保険医療協議会(通称「中医協」)からセチリスタットの販売を疑問視する声が上がったのです。

 そして2018年7月13日、武田薬品はセチリスタットの販売を断念し、日本での開発・製造・販売権を導入元企業のノルジーン社に返却することを発表しました。武田薬品はそれまでにかなりの大金を費やしていたはずですが、薬価収載の見込みが立たないのならそれ以上引っ張ればさらにムダ金を使うことになります。また、興味深いことに、オリルスタットが世界の多くの国で処方・販売されているのに対し、セチリスタットに関してはそのような話をほとんど聞きません。もしかすると、現在もどこの国でも処方・販売されていないのかもしれません。

 ここで時計の針を2000年代前半に戻します。中外製薬がオリルスタット120mgの国内導入を断念する前年の2004年、国外では新たな動きがありました。英国の製薬会社グラクソスミスクライン(の子会社)が、ロシュからオリルスタット120mgを半分の60mgとした製品の販売権を取得しました。そして、2007年、米国FDAは「ゼニカル(Xenical)」の半量のオリルスタット60mgを薬局で販売することを認可したのです。その商品名が「アライ(Alli)」です。

 オリルスタットが再び日本で話題となりました。2009年1月、今度は(中外製薬ではなく)大正製薬が、グラクソスミスクライン(の子会社のグラクソグループリミテッド)と日本での開発・販売の契約を交わしたことを発表したのです。

 随分ややこしくなってきましたので、ここでこれまでの流れをまとめておきましょう。

〇オリルスタット120mg: ロシュが開発。米国では「ゼニカル(Xenical)」という名前ですでに90年代から処方されていた。日本では中外製薬が販売を試みたが、ハードルの高さから2005年に断念した。

〇セチリスタット: 英国の製薬会社が開発し、その後オランダのノルジーン社が製造・販売権を獲得したが、海外での処方・販売実績はほとんどない(と思われる)。日本では武田薬品が治験をおこない厚労省からは承認されたものの、最終段階の「薬価収載」がおこなわれず、結局、販売権をノルジーン社に返却した。

〇オリルスタット60mg: グラクソスミスクライン(の子会社)が、ロシュから半量の60mgの製品の販売権を取得。2007年より米国で「アライ(Alli)」の名前で、薬局で販売され始めた。日本では大正製薬が2009年1月にグラクソスミスクライン(の子会社)と日本での開発・販売の契約を交わした。そして、市販薬として日本の薬局に近日登場予定。

 このような複雑な”歴史”があり、大正製薬はグラクソ(の子会社)との契約から14年近く経過した2022年12月、ついにオリルスタット60mg(=「アライ」)の厚労省からの認可を得たのです。

 さて、今後アライはどの程度普及するでしょうか。報道によれば、薬局での購入までの道のりが少々険しそうです。まず、ネット上で購入することはできず、必ず薬剤師との対面が必要となります。さらに、服薬開始の1か月前から腹囲と体重を記録する必要があるそうです。

 これを面倒くさいと考える人はきっと少なくないでしょう。まあ、実際には適当に数字を書く人も大勢いるでしょうし、薬剤師もいちいちひとつひとつの数字をチェックしないでしょう。個人輸入や美容外科クリニックでやせ薬を買うことを考えればはるかに簡単に購入できます。

 文献上の報告や、個人輸入で入手したことがあるという患者さんからの情報によれば、それなりの頻度で下痢をするそうです。それは脂肪の吸収が妨げられることを意味しますから、人によっては体重減少が期待できるかもしれません。

 ですが、ダイエットの話で私が必ず言うように「その薬を一生続けるのですか」という問題が残ります。ダイエット薬は効果があったとしても、中止すればほとんどの人がリバウンドを起こします。また、極端な糖質制限や短期集中の運動も効果は出ますが、元の生活に戻せば元の木阿弥になるどころか、ダイエット終了後にはより太りやすい身体になります。

 本サイトで繰り返し述べているように、ダイエットをしたいのなら、どのような方法であっても「生涯続けられること」をすべきなのです。

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2022年12月8日 木曜日

2022年12月8日 帯状疱疹を発症すると将来の脳卒中・心疾患のリスクが増加

 最近、「50歳を超えると帯状疱疹を起こしやすいのですか?」という質問が増えています。これはおそらく帯状疱疹のワクチンのメーカーが接種を促すためのマーケティングとして、いろんな手を使ってそういう言葉を広めているからでしょう。

 では、帯状疱疹は50歳を超えれば注意すればいいのでしょうか。そんなことはまったくありません。統計上50歳を超えれば発症率が上がるのだとしても、あなたにとって重要なのは統計ではなく、「あなたはどうなの?」ということだからです。

 実際、太融寺町谷口医院では帯状疱疹の発症率は、(きちんと数字を見直したわけではありませんが)私の印象で言えば、30代であろうが70代であろうがほとんど変わりません。むしろ、一番患者数が多いのは40歳前後のような気がします。なかには20代で発症している人もいます。

 ここで帯状疱疹が発症する理由を確認しておきましょう。発症の理由は「免疫能の低下」です。ですから、睡眠不足、過重労働、精神的ストレスなどがリスクとなります。20代の発症者であれば、いくらかはHIV感染(男性の場合)か膠原病(女性の場合)があります。

 なかには帯状疱疹を繰り返す人もいます。「帯状疱疹が今回で2回目」という人はそれなりの確率で(HIVなどの)免疫能が低下する疾患を有しています。

 では、帯状疱疹を発症すれば、主症状の「痛み」に耐えればそれでいいのでしょうか。どうもそれだけではなさそうです。

 帯状疱疹を発症すれば、その5~12年後に脳卒中のリスクが30%上昇する……

 医学誌「Journal of the American Heart Association」2022年11月16日号に掲載された論文「帯状疱疹の心血管疾患に対する長期的リスク(Herpes Zoster and Long‐Term Risk of Cardiovascular Disease)」でそのような研究結果が報告されています。

 研究の対象は米国の大規模研究に参加した、研究開始時点で脳血管障害のない男女205,030人(男性31,440人、女性173,590人)です。調査期間中に、3,603件の脳卒中と8,620件の心疾患の発症がありました。帯状疱疹の発症との関連は次の通りです。

帯状疱疹発症後1~4年経過で脳卒中を発症するリスク:1.05倍
       5~8年経過脳卒中を発症するリスク:1.38倍
       9~12年経過脳卒中を発症するリスク:1.28倍
       13年以上脳卒中を発症するリスク:1.19倍 

帯状疱疹発症後1~4年経過で心疾患を発症するリスク:1.13倍
       5~8年経過で心疾患を発症するリスク:1.16倍
       9~12年経過で心疾患を発症するリスク:1.25倍
       13年経過で心疾患を発症するリスク:1.00倍

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 この研究は非常に重要だと思います。なぜなら脳卒中や心疾患というのは、発症すればその後の人生に大きく影響を与えるからです。なかには、そのまま死亡したり重篤な後遺症を残すケースもあります。

 ということは帯状疱疹の発症を可能な限り防ぐべきです。そのためにワクチン接種を受けるのは賢明な方法です。50歳になってからではなく、特にストレスや睡眠不足で免疫能が低下していると思われる人は30歳になれば(あるいは20代でも)ワクチンを検討するのがいいでしょう。尚、ワクチンには2種類あり、接種時の免疫能が正常であれば安い方で充分です。安い方なら1回接種でOKです(ただし、過去に水痘に感染していることが条件となります)。

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2022年12月8日 木曜日

2022年12月 誰もが簡単に直ちに幸せになれる方法

 前回は「いずれ人類は絶滅する」という、たいていの人は日頃考えることを避けている「不都合な真実」について私見を述べました。今年最後のマンスリーレポートは「明るい話」で締めくくりたいと思います。

 2022年2月の本コラム「絶望から抜け出すための方法」で、「人・本・旅」に頼ってみよう、という話をしました。「人・本・旅」は私のオリジナルではなく、現在APUの学長をされている出口治明さんの名言です。出口さんは、この3つを「人間が賢くなる方法」あるいは「人生を豊かにする方法」として紹介されています。そのコラムでは、私は「人間関係には絶望しかないのだとすれば、<本>を持って<旅>に出よう」と述べました。今回は「人」の話をします。

 生まれてこの方、出会ってきたすべての人たちが素晴らしく人間関係で苦労したことがない、という人がいたら余程おめでたい人なのか、嘘を言っています。そういう人の言葉は信用しない方がいいでしょう。どれだけ運がいい人であっても、いろんな環境に身を置くにつれて、どうしようもない人と出会うことになります。

 本サイトで繰り返し主張しているように、そもそもすべての人から好かれようと思ってはいけません。まあ、思うのは自由ですが、そんなことをすれば薄っぺらい八方美人になり下がるだけで、真の友人には恵まれません。だから、これも繰り返し述べているように、つまらない承認欲求はさっさと捨て去るべきなのです。そんなものは捨ててしまって、自分の周りのかけがえのない人たちを、自分自身に対してと同じように大切にすればいいわけです。

 では、そのようなかけがえのない人たちを大切にするには何をすればいいのでしょうか。これも過去に述べたように重要なのは「誠実」と「謙虚」ですが、今回は別のことを話したいと思います。それは「感謝」です。

 そして、「感謝」の力が偉大なのは周囲の大切な人をより大切にできるからだけではありません。それほど距離が近くない人たちをも幸せにすることができるのです。さらに「感謝」した自分自身もまた幸せになれます。

 私の個人的なエピソードを紹介しましょう。

 医学部の学生だった頃、アルバイトの関係である同年代の男性と喫茶店で話をする機会がありました。彼が何を注文したのかは覚えていないのですが、ウエイトレスがドリンクをテーブルに置いたときに、男性はそのウエイトレスの方を向いて「ありがとう」と笑顔で答えたのです。たったこれだけの話です。ですが、これだけなのですが、その光景を見ていた私はなぜか幸せな気持ちになり、その気持ちはその日喫茶店を出てその男性と別れてからも続いていたのです。

 もうひとつ例を紹介しましょう。これも私が医学部の学生の頃の話です。ある日のこと、自宅近くのコンビニでレジが混雑していました。混雑の原因はアジアからやってきたと思われる若い男性のアルバイトがもたもたして要領を得ていなかったからです。おまけに日本語もたどたどしくて、早く買い物を済ませたい客は明らかに苛立っていました。

 イライラして急いでいるという態度をみせつけていた横柄な男性が店を出て行った後、私のひとつ前に並んでいた若い女性が商品のペットボトルをレジに置きました。そして、アジア人の店員がおつりと商品を女性に渡すと、彼女は丁寧に受取り「ありがとう」と言ったのです。私は彼女の表情を見ていませんが、それまでぎこちなかった店員から笑みが漏れましたから、きっと他者を幸せにするような素敵な笑顔でお礼を言ったのでしょう。

 何気ないコンビニの一シーンかもしれませんが、それから20年以上経った今も、私の記憶のなかにはそのときの光景がはっきりと残っています。その見知らぬ女性とはその後再会することもありませんでしたが、私が抱いた彼女に対するイメージがひまわりだったことから、勝手に「ひまわり娘」と名付けて、私の頭のなかでは今も笑顔を絶やしません。当時の私が見たのは後ろ姿と横顔だけなのですが。

 この2つのエピソード以外にも誰かが誰かに感謝するシーンで心が温かくなったことが何度もあります。もちろん、自分自身が他人から感謝の言葉を述べられてもうれしく感じます。ただ、私には「医師は患者さんから感謝の言葉を期待してはいけない」という持論があり、いつの間にか私生活も含めて「感謝の言葉をもらうべきでない」というおかしな感覚が身に付いてしまっています(下記コラム参照)。

 その反対に、私自身が他者に対して感謝の言葉を伝えたいと思うことはよくあります。そして、可能な範囲でそうしているのですが、これがなかなかむつかしいのです。例えば上記1つ目のエピソードの男性の真似をして、喫茶店やレストランでウエイトレスやウエイターに「ありがとうございます」と言うように心がけているのですが、その男性のようなさわやかさがまったくない私が真似をするとなんだかぎこちなくなってしまうのです。

 そのうちに「他人に感謝することは大切だけれど簡単ではない」ことが分ってきました。だからいつも、どうやって感謝の言葉を伝えるか、どのような言葉を使ってどのタイミングでどのように言うかを考えるようにしています。そして、それがうまく伝わったとき、とりわけ、日頃は恥ずかしくてそういったことを言いにくい近い関係の人に上手に気持ちを伝えられたときはとても幸せな気持ちになります。

 ここで興味深い論文を紹介しましょう。科学誌「scientific reports」2022年7月9日号に掲載された論文「パートナーに感謝の気持ちを意識的に表明すれば、一緒にいる時間が増え、CD38の変動の影響を緩和する(Implementation intentions to express gratitude increase daily time co-present with an intimate partner, and moderate effects of variation in CD38)」です。

 研究の対象は125組のカップルです。カップルを2つのグループに分け、1つのグループには2人のうちどちらかに「パートナーに感謝を感じたときにはその気持ちをはっきりと表現する」ように指示しました。このとき、その感謝を表現する者はパートナー(感謝を表現される方)に実験の趣旨を伝えないようにしました。

 すると、対象カップルと比較して、どちらかが感謝を意識的に伝えたカップルの方は、一緒に過ごす時間が1日あたり68分も増えたのです。

 感謝したときにそれを言葉にするだけでパートナーと一緒に過ごす時間が68分も増えるのです。「感謝」の効果は凄まじいと言っていいのではないでしょうか。せっかく人間はこんなに素晴らしい感謝の言葉を生み出したのにもかかわらず、使わないのはもったいなさすぎます。

 ここからは論文に書いていない私の個人的意見です。実験では被験者に対して「感謝を”感じれば”言葉で伝えるように」と指示されていました。被験者はこのミッションを聞いて「感謝できるタイミングに注意しよう」と思ったはずです。つまり、少しでも感謝できることがないかを常に考えていたはずです。その結果、パートナーと一緒に過ごす時間が増えて平和で幸せな時間を過ごせたわけです。

 これを応用しない手はありません。つまり、すべての人間関係において、感謝の気持ちが芽生える瞬間を感知するセンサーの感度を上げておくのです。上述したように、感謝の言葉を述べるのはときに気恥ずかしくて照れ臭くて、タイミングを外せば場が白けてしまうというリスクもあります。ですが、この「感謝センサー」の感度を上げておくことで、人生が充実したものになることを私は確信しているのです。

参考:日経メディカル 谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」2019年4月5日
「医師は感謝を期待してはいけない」

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2022年11月27日 日曜日

2022年11月27日 便秘が認知症のリスク

 アルツハイマー病や軽度認知障害(これをMCIと呼びます)があって、便秘があれば認知機能低下のスピードが早くなる……。

 これは日本の研究で、医学誌「CNS Neuroscience & Therapeutics」2022年8月8日に「アルツハイマー病の進行に対する便秘の影響:後ろ向き研究(Impact of constipation on progression of Alzheimer’s disease: A retrospective study)」というタイトルで掲載されました。

 研究の対象者は2015~2020年に東北大学病院加齢・老年病科を受診した合計84人(年齢の中央値77.4歳、女性が57.1%)の患者です。アルツハイマー病は45.2%(38人)、残りがMCIです。便秘があった人が20人で、なかった人が64人です。認知機能の評価は複数のツール及びMRIでもおこなわれています。

 認知機能を評価する方法に「ADAS-Cog」と呼ばれるテストがあります。これは医師や心理師が時間をかけて様々なテストをおこない認知機能の評価をします。便秘があってもなくてもこのテストの成績は低下していきましたが、便秘があるグループはないグループに比べて低下する速度が2.74倍も速かったのです。

 またMRIの評価においても差がでました。脳が老化すると「白質病変」と呼ばれる変化がMRI上に現れます。これが拡大していけば認知機能が低下すると考えられています。その低下スピードが、便秘があれば1.65倍速いことが分りました。

 この研究では便秘以外の要素も調べられています。心疾患、糖尿病、脂質異常症の有無などで認知機能の進行に差があるかどうかが検討されています。結果は「ない」でした。この研究では「便秘の有無」のみが認知機能低下の速度に関連していたのです。

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 考えねばならないのは「便秘があるから認知症が進行した」のか「認知症が進行したから便秘が悪化した」のかですが、研究の開始時点で便秘がなくてその後起こったという記載が論文にありませんから、「元々便秘がちな人は認知症にならないように注意すべき」と言えます。

 認知症は長生きすれば多くの人に起こるわけですから、若いうちから便秘対策をすべきということは言えるでしょう。

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2022年11月24日 木曜日

第231回(2022年11月) 誤解だらけの慢性疲労症候群(ME/CFS)

 「慢性疲労症候群」という言葉を当院の患者さんから、あるいは未受診の人からのメール相談で聞く機会が増えています。

 谷口医院では開院した2007年から「慢性疲労症候群ではないでしょうか」といって受診する人が少なくありませんでした。当院は元々「他で診断がつかなかった人」を積極的に診ていましたから、どこの医療機関からも見放されたという人がかなり遠方からも受診されていました。

 今年(2022年)の年明けあたりから、慢性疲労症候群に関する問い合わせが急増しています。原因は新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)です。コロナに感染し、後遺症が残ったとき、それが目安として半年を超えると、あたかも従来の慢性疲労症候群そっくりになります。このことに私が気付いたのが2020年の後半、その後次第にそのように思われる患者さんを診る機会が増え、「長引いたコロナ後遺症は慢性疲労症候群そのもの」と確証したのは21年の終わり頃です。

 そして、これを文章にまとめて公開したのが、毎日新聞「医療プレミア」でのコラム「新型コロナ 後遺症の正体は「慢性疲労症候群」か」、日経メディカル「ポストコロナ症候群とME/CFSの共通性」です。本サイトの「はやりの病気」でも紹介しました。尚、慢性疲労症候群は、最近、筋痛性脳脊髄炎 / 慢性疲労症候群(Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome:ME/CFS)と呼ばれることが多くなってきため、ここからはME/CFSで統一します。

 「長引くコロナ後遺症がME/CFSではないか」と考えたのは、私の純粋な思いつきというわけではありません。なぜなら、以前からいくつかの感染症では、その感染症が治ってしばらくしてからも、倦怠感や抑うつ感が持続する事例が認められていたからです。それについては、上述の「はやりの病気」で紹介しましたから、ここでは繰り返しません。

 今回は「間違ったME/CFSの診断」について述べたいと思います。これは、「患者さんは自身をME/CFSだと思っているけれどそうではない」という事例のことで、このような患者さん(ほとんどは初診)が急増しています。

 まず、ME/CFSには「診断基準」というものがあるのですが、これを理解されている人がほとんどいません。どのような疾患であっても、きちんと診断をつけることは非常に大切で、診断基準をなおざりにするわけにはいきません。

 「厚生労働省(旧厚生省)慢性疲労症候群診断基準」というものがあり、ウェブサイトでも公開されています。残念ながら、後述するように、このページはちょっと見づらいので、ここで分かりやすく解説していきます。

 まず、ME/CFSであることを示すには2つの「大基準(大クライテリア)」を満たさなくてはなりません。以下の2つです。

A:生活が著しく損なわれるような強い疲労を主症状とし、少なくとも6ヶ月以上の期間持続ないし再発を繰り返す(50%以上の期間認められること)

B:病歴、身体所見。検査所見で表2に挙げられている疾患を除外する

 このページが分かりにくい理由の一つが「表2に挙げられている疾患」がどこにも書かれていないことです。ただ、これら「疾患」をひとつひとつ挙げることにはあまり意味がないので、ここは端折りたいと思います。

 Aを確認しましょう。症状を有する期間は「少なくとも6ヶ月」です。よって、例えば「コロナ感染後2ヶ月たっても倦怠感が続く」は基準を満たしません。もちろん、その倦怠感が6か月以上持続する可能性もあるわけですが、この時点では(後述するように)ME/CFSだと思い込むべきではありません。「50%の期間」というのは、「その6か月のうち、元気になる日や週があってもME/CFSの可能性はある。ただしトータルでみれば6か月のうち3か月以上は症状がなければならない」という意味です。

 Bをみてみましょう。「病歴」というのは、他の病気でないことを示さなければならない、という意味です。倦怠感と抑うつ症状をもたらす疾患は多数あります。甲状腺機能低下症、膠原病、アジソン病、悪性腫瘍、結核、HIV感染症などが相当します。尚、結核やHIV感染症は「感染後、倦怠感や抑うつ症状が続く」には合致しますが、これらは「感染中」であって、「治療後も症状が持続」とは異なりますからME/CFSには含めません。また、うつ病や統合失調症も除外する必要があります。

 ME/CFSを疑って受診した患者さんに「あなたの病状はME/CFSではありません」と伝えねばならない最大の理由は、上記Bのなかの「検査所見」です。診断基準は次の3つを満たしていなければなりません。これは自己評価ではなく、必ず医師が確認しなければなりません。しかも2回以上確認することが必要です。

#1 微熱
#2 非浸出性咽頭炎
#3 リンパ節の腫大(頚部、腋窩リンパ節)

 #1の「微熱」とは一般的には37.5度前後の熱を指しますが、患者さんのいくらかは36度台後半くらいでも「自分の平熱は低いんです。だからこれは微熱なんです!」と自身の主張を譲らない人がいます。私の場合、これは患者さんの考えを尊重するようにしています。

 #2の「非浸出性咽頭炎」は、喉が赤く腫れていれば該当します。「非滲出性」というのは咽頭(及び扁桃)に、白い苔みたいなものや膜がないことを意味します。「非浸出性咽頭炎」を他覚的に判定するのはときに困難で、見た目がまったく赤くなくても、患者さんが「痛いんです」と言われれば否定はできません。

 #3の「リンパ節の腫大」は客観的に評価することが可能です。それなりに経験のある医師が触診すれば分かります。もしも医師の触診では異常がなく、患者さんが「腫れています」と主張するときには、超音波検査をすれば簡単に証明することができます。超音波検査を実施して腫大していないことがはっきりしても、「そんなはずはありません。腫れているんです」という人がときどきいますが、超音波検査でも認めなければリンパ節腫大があるとは言えません。尚、診断基準にはリンパ節の部位として「頸部、腋下リンパ節」と書かれているだけで、これが両方腫れている必要があるのか、片方だけでいいのかは記載されていません。私の場合は、どちらかに腫脹が認められれば「腫大あり」と判断しています。

 長々と説明してきましたが、私が言いたいのは「リンパ節腫大が認められなければME/CFSではない」ということです。これが、世間にはほとんど知られておらず誤解がはびこっています。もっとも、そんな細かい診断基準が広く知れ渡っている方が不自然であり、一般の方が知らないのは当然です。ただ、自称「ME/CFS」の人たちが急増しているのは異様な事態です。「医師によるリンパ節の評価なくしてME/CFSの診断はできない」という点は非常に重要です。

 なぜならME/CFSの診断がつくのとつかないのでは生活上の注意点が大きく異なるからです。ME/CFSの診断がつけば(もしくは疑われれば)、規則正しい生活は重要ですが、散歩程度の運動もすべきでなくなります。他方、ME/CFSでなければ(あるいはない可能性が高ければ)むしろ、できる範囲で身体を動かしていくことが治療につながります。

 ちなみに、ME/CFSで身体を動かすと余計に倦怠感が強まることをpost-exertional malaise (PEM/運動後倦怠感)と言い、身体を動かして出現する倦怠感を「crash」「relapse」「collapse」などと呼びます。そして、SNSやネットで情報が飛び交っているからなのか、まだコロナに感染して1~2ヶ月程度しか経っていないのに「昨日はクラッシュが起こりました」などと主張する患者さんが最近目立っています。

 どのような病気でも正しい「診断」をつけることは極めて重要です。医師がいつも正しいわけではなく、自分自身で病名を推測するのは大切なことではありますが、診断基準に基づいた医師による客観的な評価は不可欠なものです。そして、正しい診断をつけることにより、結果として早く回復する可能性が高まるのです。

 ただ、ME/CFSの場合、効果的な治療法がほとんどないのが現状なのですが……。

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2022年11月11日 金曜日

2022年11月 人類はもうすぐ確実に滅ぶのだから

 私が1つ目の大学に通っていた頃、どの先生の講義だったのかはもはや記憶にないのですが、「宇宙船地球号」という言葉を学びました。

 「宇宙船地球号」とは、もともとは「地球上にある資源は限られているが故に無計画に資源を開発してはならない」という趣旨を表現した言葉だったはずです。しかし、私の記憶が正しければ、講義のなかでその先生は「我々は同じ人類であり、戦争などしている場合ではなく、仲良くしなければならない」というようなことを話されていたように記憶しています。ただ、私の記憶はいい加減ですから、その後「宇宙船地球号」というこの言葉だけが脳内を駆け巡り、私が自分の記憶に対して勝手な解釈をしているだけかもしれません。

 さて、世界史あるいは日本史を振り返り、「戦争」というものを改めて考えてみたときに、私が最も重要だと思う2つの「戦争の原則」があります。ひとつは「人類にとって、平和が正常なのではなく、むしろ戦争しているのが”自然”である」、もう1つは「敵の敵は見方」という原則です。

 そしてこの2つの原則から「地球上から戦争をなくす方法」を導くことができます。それは「地球外生命体に地球を攻撃してもらう」です。もちろんそんなことはあり得ませんが、地球外生命体を「人類を滅ぼす脅威」と置き換えれば、その「脅威」が他にないわけではありません。

 例えば「核」は「人類を滅ぼす脅威」に相当します。「核抑止力」には様々な議論がありますが、核の保持の良し悪しは別にして、「世界で核がいくつも使われれば地球が滅びる」のは事実です。だから、どれだけ非道な国家のリーダーであっても、人間を標的とした核のボタンはそう簡単には押せないわけです。

 しかし、世界のいくつかの国が核を持っているのにもかかわらず、現実世界には一向に平和が訪れません。なぜなのでしょう。それは「誰も核のボタンを押すことはないから」という暗黙の前提で世界の人々が暮らしているからです。もしも、数千発の核を持つX国が、1か月後に、世界の大都市に一斉に核ミサイルを放つことが決定したとしましょう。すると、X国以外の大国は必ず一致団結します。「マスクを外していいか」「コロナワクチンをうつべきか」などに気を使っている場合ではなくなります。

 実際には、自国以外のすべての国を亡ぼすことを考えるX国は存在しませんから、こういった心配をする必要はなく、戦うことが大好きな人類は”安心して”戦争に勤しんでいるというわけです。人間同士が仲良くなることを諦めている人たちは、街で「マスク反対!」と叫び、「反ワクチン派」と「ワクチン肯定派」はSNSで激しい言葉で罵り合っています。

 では核以外に「人類を滅ぼす脅威」はないのでしょうか。

 それはあります。というよりも、人類が滅びるのは絶対に避けられない真実です。ともすれば、我々はこの世界が未来永劫続くような錯覚に陥りがちですが、人類、そして地球がいずれ滅びるのは確実です。

 では、人類が滅びるのはいつなのでしょうか。Wikipediaによると、「楽観的な推測」として、哲学者のジョン・レスリーが「500年後に人類が存続している可能性は70パーセントという予想を出している」としています。

 楽観的な推測でこれなら、100年程度で消滅する可能性もあるのでしょうか。地球温暖化を研究するIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の2018年の報告では、「早ければ、2040年前後までに地球は壊滅的な状態になる」とされています。The New York Timesによると、2040年までに大気が産業革命前のレベルより1.5℃上昇し、その結果、海岸線が水没し、干ばつと貧困が激化します。

 IPCCは世界中の地球温暖化を研究する第一人者からなる組織です。ただ、社会ではこの報告はあまり注目されていません。その証拠に、「死ぬまでの残りの20年をどのように過ごそうか」という声がほとんど(というよりまったく)聞こえてきません。

 では人類が滅びるのはいったいいつなのでしょうか。これを正確に予測するのが困難なのは不確定要素が多いからです。例えば、今後核を使う国がでてくるか否か、地球温暖化に効果的な対策をとることができるかどうか、世界全体での人口抑制に成功するか、といった問題に加え、医療問題も関わります。マラリアのワクチン開発は成功するか、多剤耐性結核に有効な抗菌薬は開発されるか、新型コロナウイルスのようなパンデミックが再び起こるか、耐性菌を克服できるか(2050年には薬剤耐性菌で1000万人が死亡し、世界の死因の第1位になると予測されています)などによって結果が大きく異なってきます(注)。

 1000年後には人類は滅亡しているでしょうか。『シルクロード全史』が世界的ベストセラーとなった英オックスフォード大学の歴史学教授ピーター・フランコパンが、最近、英紙The Economistに寄稿したコラム「ピーター・フランコパンが考える3022年の姿What Peter Frankopan thinks 3022 will look like)」が興味深いので紹介します。

 フランコパンによると、パリ協定で定めた気温上昇の抑制目標が達成できる可能性はわずか0.1%です。すると、海面が数十メートル上昇し、海底に沈む地域が増え、2500年までにアマゾンは不毛の土地になります。熱帯地方の居住者は住む場所を失くし、高緯度の地域へと移動せざるを得なくなると予測しています。

 そして、フランコパンはその兆候は現時点ですでに現れていると言います。2022年の世界の気象をみてみると、イギリスでは気温が40度を超え、中国では観測史上最も厳しい熱波が記録されました。パキスタンでは例年の8倍近くもの雨が降り、洪水で国土の3分の1が水没しました。南米では気温が45度を超え、南極大陸の一部の地域の気温は平均より40度近くも高くなりました。アメリカ東部のデスバレーではわずか3時間で年間平均降水量の4分の3が降りました。

 フランコパンは感染症の脅威についても言及しています。21世紀末には世界人口の90%がマラリアとデング熱のリスクにさらされるとの予測があり、森林破壊が進行すれば、未知の感染症が出現するリスクが高まることも指摘しています。

 また、フランコパンによると、核兵器が使用されれば、たとえ限定的な使用であっても、大量の煤煙が大気中に放出され、広範囲で農業ができなくなるそうです。

 すでに日本でも、毎年台風は未曾有の被害をもたらし、洪水で死亡者を出し、熱中症での死亡が珍しくなくなっています。「これらはすでに地球滅亡に向かっている証だ」と言えば言いすぎでしょうか。

 「できるだけ人類を永らえさせるべきだ」という主張は、哲学的に正しいかどうかは簡単に答えがでませんが(「生まれてこない方がよい」という考えもあります)、「子孫を残して明るい未来を築く」のは我々人間の使命ではなかったでしょうか。ならば、今この時点で人類滅亡のリスクとなるいくつもの脅威をしっかりと認識し、人類全員が”宇宙船地球号”に乗り込み、共に知恵を出し合い、全員でその脅威に立ち向かっていくべきではないでしょうか。

 そう考えると、戦争をしたり、マスクをするしないで言い合いをしたり、SNSでつまらない罵り合いをしたり、といったことに時間を費やしている暇はないはずです。

注:詳しくは下記を参照ください。
医療プレミア2019年1月6日「「あなたと家族と人類」を耐性菌から守る方法」(無料で読めます)

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2022年11月8日 火曜日

2022年11月8日 日本小児科学会は6か月以上5歳未満にもコロナワクチンを「推奨」

 2022年の年明けごろから、「コロナワクチンは本当に必要か」という声が増えてきています。谷口医院には相変わらず「ワクチンをうつべきか否か」という質問が多数寄せられていますが、春頃からは相談内容の傾向がかなり変わりました。

 以前は「うつべきですよね」という声が多かったのですが、最近では「うたなくてもいいですよね」が過半数近くとなり、18歳未満でいえば、当院で相談された結果「うたない(うたせない)」と結論を出すケースが多数を占めます。

 そして、各自治体で10月24日から始まった生後6か月以上5歳未満の小児に対するコロナワクチンの相談を受け、「うたせます」と答えた保護者はいまだに(11月7日の時点で)ゼロです。

 しかし、厚労省の見解は6か月以上のすべての日本人に対して「努力義務」を課しています。この言葉の定義がよく分かりませんが、そのまま解釈すれば「義務」と付くものであれば、「日本国民なら守りなさい」とお上から言われているような気がします。

 厚労省は行政的な視点から見解を出します。では、医学的にはどうでしょうか。日本小児科学会はすでに5歳以上の小児に対して「推奨」としています。

 そして11月2日、同学会は、6か月以上5歳未満の小児に対し、「日本小児科学会は、生後6か月以上5歳未満のすべての小児に新型コロナワクチン接種を推奨します」との見解を発表しました。

 「現時点では有効性・安全性に関するデータが限られている」としながらも、基礎疾患の有無に関わらず健康な小児も含めて「推奨する」とのことです。

 理由についても詳しく述べられています。次の3つが強調されています。

#1 小児患者数の急増に伴い、以前は少数だった重症例と死亡例が増加している

#2 オミクロン株BA.2流行期における発症予防効果について、生後6か月~23カ月児では75.8%、2~4歳児では71.8%の有効性が報告されている

#3 安全性については、米国の調査で「重篤な有害事象はまれ」と報告されている

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 厚労省が(行政が)「努力義務」とし、日本小児科学会が「推奨」としているワクチンの接種率が極めて低い事態は”異常”と呼んでもいいでしょう。

 では、なぜ小児へのワクチン接種が普及しないのでしょうか。谷口医院の例で言えば、我々は「ワクチンを勧めない」とはまったく言っていませんが、「大阪府の第7波での全年齢の死亡率は0.1%であること、小児の場合インフルエンザの方が重症化しやすい報告があること」などを示すと、「そもそも小児の予防にワクチンは不要じゃないですか」というコメントが返ってきます。

 中学生・高校生で積極的に受けたいと考える男子・女子はいますが、谷口医院の例でいえば「留学先で求められているから」「同居する祖父母を守るため」といった理由が目立ちます。

 日本小児科学会は推奨しているのにもかかわらず「小児科医からうたなくていいと言われた」という声がかなりあります。日本小児科学会には「全国のどれだけの小児科医が推奨しているのか」のデータを出してほしいと思います。

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2022年10月27日 木曜日

2022年10月27日 週に一度以上の睡眠薬の使用で死亡リスクが1.3倍

 睡眠薬を使えばぐっすり眠れて翌日からは元気いっぱい!、というわけにはいきません。睡眠薬に頼らざるを得ない人の多くは、日中も倦怠感がとれず、食欲は不振で(または過食に走り)、精神状態が悪化していきます。

 では、睡眠薬の長期使用で寿命は縮まるのでしょうか。最近、日本人を対象にそれを調べた研究が発表されました。医学誌「Sleep Medicine」2022年12月に掲載された論文「睡眠薬が必要な不眠症の性別・年齢別の全死因死亡率:日本多施設共同コホート研究からの知見(Sex- and age-specific all-cause mortality in insomnia with hypnotics: Findings from Japan multi-institutional Collaborative Cohort Study)」です。

 結論からいえば、睡眠薬(ここではほとんどがベンゾジアゼピン系睡眠薬)を使用すると死亡リスクが1.3倍に上昇することが分りました。男性は1.51倍、60歳未満では1.75倍にもなります。

 本研究の対象者は92,527人の日本人(35~69歳)で、平均追跡期間は8.4年です。この間に合計1,429人が死亡しました。睡眠薬の使用率は4.2%でした。

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 太融寺町谷口医院では、2007年の開院以来、睡眠薬(及び抗不安薬)については「ゆっくりでいいからできるだけ減らしていきましょう」と助言してきました。最近は、初診時から「睡眠薬をやめたいんですが……」という相談が増えています。

 この研究が周知されて睡眠薬を断ち切りたいと考える人が増えることを期待したいと思います。ただし、「ベンゾジアゼピン依存症からの脱却」は決して簡単ではありません。谷口医院の経験でいえば、覚醒剤よりはましだけど(谷口医院では覚醒剤依存症のハームリダクションとしてベンゾジアゼピンを用いることがあります)、タバコよりは依存症からの解脱がはるかに困難です。

 ではどうすればいいか。不眠を自覚しても安易にベンゾジアゼピンに手を出さないことです。依存症の最善の治療は「初めから手を出さない」です。この研究の対象者が使用している睡眠薬はおそらく大部分がベンゾジアゼピンです。不眠で悩んだときは、ベンゾジアゼピンではなく他の方法で治せばいいのです。

参考:不眠を治そう・依存症を治そう

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2022年10月13日 木曜日

2022年10月13日 鼻うがいで新型コロナ感染後の重症化リスク低減

 私が「谷口式鼻うがい」を初めて実施したのが約10年前の2012年12月末です。そして、その後風邪は一度も引いていません。

 新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)の流行が始まっていた2020年2月、当時の私は診察室でさえもマスクをしていませんでした。マスクにはコロナを防ぐ効果がありませんし(ただし「感染させない」効果があることがその後分かりました。よって当時の私は間違っていました)、ましてコロナより粒子の小さいインフルエンザやライノウイルスにはほとんど効果がありません。

 しかし、私はコロナが始まったときから「自分はコロナに感染しない」という自信がある程度あり、実際一度も感染していません。毎日、発熱外来を実施していても、です。「絶対にかかりません」とまでは言えませんが、なぜ、そこまで強気なことが言えるかというと、鼻うがいを初めてから一度も風邪をひいておらず、その記録がもうすぐ10年になるからです。

 しかし、鼻うがいはコロナどころか風邪に有効とする研究もほとんどありません。そんななか、ついに有効性を示した論文が登場しましたので紹介します。

 生理食塩水を用いた1日2回の鼻うがいで、入院および死亡リスクが1/8に低下する

 医学誌「Ear, Nose & Throat Journal」2022年8月25日に「重症化リスクのある新型コロナウイルス感染者のリスクを軽減するために生理食塩水による鼻うがいを実施(Rapid initiation of nasal saline irrigation to reduce severity in high-risk COVID+ outpatients)」にこのような研究が報告されました。

 また、米国の医療メディア「Health Day News」はこの論文をわかりやすく解説しています。結論からいえば、「鼻うがいをしていなかった人はしていた人に比べて入院または死亡のリスクが8.57倍も高くなる」となり、2021年11月の米国で言えば、「鼻うがいにより入院を要する高齢者が100万人以上減る」ことを意味します。

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 「谷口式鼻うがい」はとても簡単で、生理食塩水すら不要です。必要なのは10mLか20mLのシリンジ(プラスティック製の注射器)1本です。これはAmazonで買えます。

 ただし、どこでもできるわけではなく「場所」は選びます。その場所とは風呂場です。この方法は簡単で痛くもないのですが、周囲が(不潔な水の)水浸しになります。私は風呂場にシリンジを置いておいて、1日2回この鼻うがいを実施しています。

 これから私の「風邪をひかない記録」がどこまで更新できるのか、自分でも楽しみです。

参考:毎日新聞医療プレミア(すべて無料で読めます)
鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は「うがい」
うがいの”常識”ウソ・ホント
新型コロナ 「うがい薬推奨」は問題

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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