はやりの病気
第21回(2005年12月) 冬季うつ病
「先生は病気をしないの?」
患者さんからよく聞かれる質問です。私が病気をしないかというと、そんなことは全然なくて、冬場はしょっちゅう風邪を引きますし、去年はインフルエンザにも罹患しました。稀とはいえ、ときには睡眠剤を服用することもあります。
そして、現在私自身が罹患しているかもしれない病気、それが「冬季うつ病」です。
冬季うつ病とは、だんだんと寒くなり日も短くなってくると、気分が滅入って何もする気がなくなる、秋から冬に限って現れるうつ状態のことです。
私自身は、気分が滅入って何もする気がなくなる、というところまではいきませんが、とにかく朝起きるのが辛いのです。「二度寝ができたらどれだけ幸せだろう・・・」、そう考えながら毎日重たい身体を起こします。会社員時代には、辛さのあまり理性がなくなると、「自然災害でもテロでも何でもいいから地下鉄が麻痺して仕事が休みにならないかなぁ・・・」と感じたこともありました。もっとも、今は医師という立場ですから、もしそんなことが起これば、逆に寝る時間がなくなってしまいますが・・・。
辛いのは朝だけではありません。家を出たときに肌を刺すような冷たい風に曝されると、それだけで家に引きこもりたくなります。そんなとき、いつも思い出すのが、ヘビやトカゲなどの爬虫類です。「もし、爬虫類に生まれてたら冬はずっと冬眠できるのに・・・」、寒さが大の苦手な私は、日々こんなことを考えているのです。
夕方にも辛さはやってきます。まだ5時過ぎだと言うのに日が落ちて暗くなっていくのを見ていると、わけもなく涙があふれそうになります。
さて、うつ病(うつ状態)については、また改めてじっくりと述べたいと考えていますが、うつ病とは、決して特殊な病などではなく、多くの人が一度は罹患するありふれた疾患であるということを確認しておきたいと思います。最近では、「こころの風邪」などと表現されることもあります。
実際にうつ病の生涯罹患率は決して小さくありません。報告にもよりますが、一生のうち、だいたい男性の11~13%、女性の15~21%がうつ病に罹患すると言われています。つまり、男性では10人に1人、女性では5人に1人という高い割合でうつ病になるということです。
そんなうつ病のなかのひとつの形態として「冬季うつ病」があるというわけです。一般のうつ病は、罹患率にそれほど大きな男女差がないのに対して、この「冬季うつ病」は、明らかな男女差があるのが特徴です。女性の方が圧倒的に多くて、男性の4倍近くになると言われています。
そして、一度発症すると毎年ほぼ同じ時期に繰り返し起こる傾向があります。ただ、このうつ病がそれほど深刻でないのは、心配しなくても春になればすっかり回復するからです。(回復しなければ冬季うつ病ではありません。)
原因として考えられているのが、日照時間の減少により、ホルモン分泌や体温のリズムが変調する、というものですが、はっきりとしたことは分かっていません。
では、どうやってこの冬季うつ病に向き合っていけばいいのでしょうか。
一般的に、うつ病やうつ状態であれば、ひとりで悩まずに医師に相談すべきです。最近は、副作用の少ない効果的な抗うつ薬がたくさんありますから、そういったものを試してみるのもひとつの方法でしょう。必要に応じて、睡眠薬や抗不安薬を加えるべきかもしれません。
ただ、冬季うつ病の治療については別のアプローチが有効かもしれません。
冬季うつ病でまず試みるべきなのは、「光にあたること」だと言われています。日射時間の減少によって発症している可能性があるわけですから、それならば、光に当たれば効果が期待できるのではないか、という単純な発想です。
専門施設によっては、院内で患者さんに強い光を照射する「光療法」という治療法が試みられているそうです。単に光を当てるだけなら、副作用はほとんど気にしなくていいでしょうから、興味のある方は医師に相談されてはいかがでしょうか。
私が罹患しているかもしれない冬季うつ病は、いつから発症したのかよく分かりませんが、少なくとも高校生の頃には冬の朝は地獄になっていましたから、かなりの長期間お付き合いしているように思います。そして、これが改善するとも思えませんから、一生の付き合いになるのではないかと危惧しております。
私は医学部在学中に、この冬季うつ病というものを勉強し、光が有効という話を聞いたときに、「なるほど」と思いました。というのも、私は冬は大嫌いですが、たまに体験する風のない冬の昼下がりのポカポカとした日差しが大好きだからです。冬の日の暖かい光は、身体に急速にエネルギーを吹き込んでくれるような気がします。
もし、この暖かい日差しを一日のうち数分間でも毎日浴びることができればどんなに幸せだろう・・・、と思うことがあります。しかし現実は、このような気持ちのよい日差しを体験できるのは年に数日しかありません。
そこで、私が現在とっている対策は、「暖かい日差しを実際に浴びているように思い込む」という方法です。本当の体験ではなく「思い込む」という行為であるならば、冬の日差しに限定する必要はありません。思い切って南国の光を想像し、あたかも今体験しているかのように「思い込む」ようにすればいいのです。
私は十八歳の夏以降、沖縄の魅力にとりつかれています。初めて沖縄に行ったとき、「ここは天国か!」と感じました。それくらい、沖縄の暑い光と乾いた空気は私の精神を高揚させてくれました。タイに行くようになってからは、タイの光と空気の方が好きになりましたが、今でも沖縄の光景は毎日のように目に浮かびます。
ですから、冬の間は、私は気分が沈みそうになると、沖縄やタイのことを思い浮かべるようにしています。これでなんとか私の冬季うつ病は、専門施設で光を浴びたり、薬物に頼ったりすることなく克服できそうです。(念のために付け加えておきますが、私はこの方法が万人に有効とは考えていません。もしもあなたが冬季うつ病を疑っているなら、早めに医師を受診することを薦めます。)
ただ、私個人としては、この「思い込む」という方法を非常に重要視しています。
最近、「思い込み」に関した興味深い研究が報告されました。米科学アカデミー紀要に発表されたその研究では、「痛くない」と思い込むことによって、実際に感じる痛みが軽減することを、MRIを用いた脳の分析で明らかにしています。「注射の前に、痛くないと医師が患者に伝えたり、患者が思い込むことは根拠がある鎮痛法だ。」、とこれを発表した研究者は話しているそうです。
医学部受験で最も大切なのは、「勉強を開始する前に合格を信じる(思い込む)こと」だということを、私は自分の本で述べています。
過信しすぎるのもよくないかもしれませんが、まったくお金のかからないこの「思い込む」という方法は、人生の多くの局面で応用できるのではないかと私は考えています。
ところで、病気の種類にもよりますが、一般的に夏場よりも冬場の方が病院を訪れる患者さんが多いような印象があります。特に時間外や夜間の救急外来をしているときにそれを顕著に感じます。
風邪やインフルエンザが多いというのが最たる理由ですが、それだけではありません。血圧が冬に高くなることは分かっていますし、心筋梗塞や脳卒中で救急搬送されるのは冬場に多いという統計もあります。そして心筋梗塞や脳卒中といった疾病は致命率が高いのです・・・。
冬という季節は、血圧を上げ、心筋梗塞や脳卒中のリスクを高め、もちろん風邪やインフルエンザももたらし、さらにはうつ病まで引き起こす・・・・。
どうやら、私のリタイヤ後の人生は南国がメインとなりそうです。
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