はやりの病気
2013年6月15日 土曜日
第100回 不活化ポリオワクチンの行方 2011/12/20
2011年12月15日、神奈川県は希望者に対し、ポリオ(正確には「急性灰白髄炎」といいます)の不活化ワクチンの有料接種を開始しました。開始となったこの日は合計47人が県内の福祉事務所でワクチン接種を受けたそうです。また、12月7日の時点ですでに予約者が1,122人に上っているとの報道もあります。
この経緯は各マスコミで今年の秋頃から頻繁に取り上げられていますが、ここで簡単に振り返っておきたいと思います。
まず、数年前から現在おこなわれているポリオの生ワクチンの危険性が頻繁に指摘されだし、海外では経口ワクチンから不活化ワクチンへの切り替えがおこなわれているという背景もあり、日本も不活化ワクチンを導入すべきという発言を有識者がおこなうことが増えてきました。
結果として厚生労働省に対立するようなかたちをとった神奈川県の黒岩祐治知事も、そういった有識者のひとりです。黒岩知事は、知事に就任する前に厚生労働省予防接種部会のメンバーをつとめていたこともあり、その頃から不活化ワクチンへの切り替えを積極的に主張していたそうです。
黒岩知事が、「国が動かないなら神奈川県独自で不活化ワクチンを導入する」という意思表明をすると神奈川県在住の人たちはこれに賛同し、神奈川県以外に住んでいる人のなかには、「神奈川以外では生ワクチンしかないなら不活化ワクチンが接種できるようになるまでワクチン接種をしない」、と考える人が増えてきました。
このような情勢を受け、厚労省は2011年10月4日付けで、正式に、各都道府県に「不活化ワクチンの導入まで接種を待つことは勧められない」という通達をおこないました。さらに、小宮山洋子厚生労働相は10月18日と19日の2日間にわたり、記者団に対して「未承認で公的な健康被害の救済制度がない不活化ワクチンを神奈川県が主導してまとまった形で接種するのは慎重にしてほしい」と述べ、神奈川県の方針を繰り返し批判しました。
しかし、黒岩知事の方針に賛成する世論は次第に大きくなっていきました。そして偶然にもこのタイミングで、「WHO(世界保健機関)が生ワクチンの段階的廃止を検討中である」ということをカナダ医師会雑誌(CMAJ)の公式ニュースが11月11日に伝えるという出来事があり、これが黒岩知事にとって追い風となりました(と、私はみています)。
結果的には、「厚労省の反対を押し切って黒岩知事が不活化ワクチンを導入した」となったわけですが、両者の主張を比較してみると、黒岩知事の主張の方が明快でわかりやすいといえます。すなわち、「生ワクチンは少ない頻度とは言え重篤な副作用が起こりうる。ならば、海外ではすでに標準的になっており安全性の確立されている不活化ワクチンを接種すべき」、というもので説得力があります。
一方、厚労省は「なぜ不活化ワクチンを輸入しないのか」という単純な疑問に明確な回答をしていません。そんななか、2011年12月8日についに小宮山厚生労働相は参議院厚生労働委員会で、「生ワクチンから不活化ワクチンへ切り替える決断が遅かったと思っている」との見解を述べました。小宮山大臣が”正直に”見解を述べたことは評価できるとしても、「導入するならポリオ不活化ワクチン単独ではなく、DPT三種混合(ジフテリア・百日咳・破傷風の3種混合ワクチン)と合わせた四種混合ワクチンの開発及び導入を検討する」と発言していることには首をかしげたくなります。
以前医療ニュース(下記参照)でも述べましたが、なぜ厚労省は「混合ワクチン」にこだわるのでしょうか。海外で実績のあるポリオ不活化ワクチンを、神奈川県がおこなったのと同じように輸入すれば済むだけの話なのに、です。
ここでポリオとはどのような感染症かを確認しておきましょう。
ポリオとは、乳幼児を襲い(成人への感染もないわけではありません)、生涯にわたり麻痺を残す大変やっかいな感染症です。私が子供の頃は、ポリオに罹患して足をひきずって歩いている人が周囲に何人かいたことを記憶しています。(もっとも、医学の知識のない子供の頃の記憶ですから、そのなかには他の原因の麻痺も混じっていたかもしれません) ポリオに罹患しても特に寿命が短くなるわけではありませんから、今でも麻痺を抱えて生活している人は少なくないはずです。(幼少時にポリオに罹患し現在医師をされている人もいます)
ポリオは経口感染です。つまり病原体(ウイルス)が何らかのきっかけで口から取り込まれ腸管から体内に吸収され最終的には脊髄を侵します。ポリオウイルスは運動をつかさどる神経だけを侵すために筋肉を動かすことができなくなりますが、感覚は健常者と何らかわりません。そして運動神経が麻痺した結果、足はだらんと垂れ下がるようになり、これがポリオによる麻痺の特徴です。
いったん麻痺を発症すると手立てがなくどうしようもありません。しかし知能が低下するわけではありませんし生命予後は健常者と何ら変わりません(注1)。運動麻痺とは生涯付き合っていかなければなりません。この苦しさは健常人には到底分からないものと言えるでしょう。しかし、ポリオには治療法はありませんが、ワクチン接種をしておけばほぼ100%感染を防ぐことができます。
日本では、1940年代頃から全国各地でポリオの流行がみられ、1960年には北海道を中心に5,000名以上の患者が発生しました。そのため1961年に生ワクチンを緊急輸入し(たしかソ連からだったと思います)、一気に罹患者が激減しました。これは文字通りの「激減」であり国内では1980年の発症が最後でそれ以来1例も発症していません。わずか数滴のシロップを2回飲むだけ(注射ではないので痛みもなし)でほぼ100%ポリオを予防できるわけですから、当事は「夢の薬」と思われたに違いありません。
ポリオは世界的にみても大きく減少しており、WHOは世界的な根絶宣言を2005年末に行う予定でいました。しかし2010年の時点で、インド、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの4カ国で報告があり、 2011年7月には中国で4例の発症がありました(下記医療ニュース参照)。
では今後はこの4カ国(+中国)以外の地域では安心か、と言われると決してそういうわけではありません。例えば世界を放浪しているバックパッカーがインドのバラナシあたりの安宿でポリオに感染し、バンコクのカオサンロードに移動し、そこに旅行に来ていた日本人に感染し、翌週に成田空港がパニックに・・・、というストーリーも考えられなくはありません。
大人は大丈夫かというとそういうわけでもありません。ポリオは確かに子供がほとんどの病気ですが、成人に感染することもまったくないわけではありません。また、子供の頃にワクチンを接種しているから大丈夫、というわけでもありません。実際、私が自分自身の抗体の有無を調べてみると、2型のみ陽性で、1型と3型は陰性でした。そして先に述べた2011年7月に中国でみつかったポリオは1型だったのです。
必要以上に恐怖心を持ってほしくはないのですが、これだけ簡単に世界中を移動できる時代ですから、日本にいるから安心、とは言えないのです。生ワクチンと不活化ワクチンのどちらにすべきかという問題はさておき、少しでも早い時期に接種をおこなうことが必要です(注2)。そして、世界的には不活化ワクチンに移行しつつあることと、神奈川県がすでに実施していることを考慮すれば、厚労省は1日でも早く公費での不活化ワクチンの接種を認めるべきでしょう。
では、なぜ厚労省は混合ワクチンにこだわり、神奈川県がおこなっている海外の不活化ワクチンの輸入に躊躇するのでしょうか。私にはこの理由がまったくわかりませんが、まさか国内ワクチンメーカーと厚労省の癒着とか、そのメーカーが役人の天下り先になっているなどということはないと願いたいものです・・・。
注1:ただし中年期以降に「ポストポリオ症候群」という状態になることがあります。これは全身の筋肉がやせほそり強い疲労感を感じるようになり、ひどい場合は日常生活も困難になってきます。ポリオを抱えて生きている人たちのなかには、ポストポリオ症候群を発症するのではないかという恐怖を常に感じているという人もいます。
注2:ワクチンをいつから開始するかは議論の分かれるところですが、私個人としてはできるだけ早期に接種すべきと考えています。生ワクチンなら生後3ヶ月、不活化ワクチンなら2ヶ月の時点で1回目を接種することができます。成人の場合は、特に急ぐ必要はないでしょうが、例えばパキスタンやインドの奥地に行くような場合は渡航前に不活化ワクチンを接種しておいた方がいいかもしれません。
参考:
医療ニュース
2011年9月26日「中国でポリオが発生」
2011年5月30日「不活化ポリオワクチンがついに導入か」
2010年12月17日「ポリオ不活化ワクチンを求め患者団体が署名提出」
2010年2月22日「神戸の9ヶ月男児がポリオを発症」
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|2013年6月15日 土曜日
第99回(2011年11月) アトピー性皮膚炎を再考する
FK506って本当にいいんですか?
これは私が医学部に入って間もない頃に、ある知人から尋ねられた質問です。当時私は恥ずかしながら医学部の学生だというのに、FK506というものが何なのか知りませんでした。その後、何人もの知人(の知人も含めて)から同じ質問を受けました。私がインターネットを始めたのは1997年で、その頃は今とは比べ物にならないくらいネット人口は少なかったのですが、それでも一般の人が医学について情報を共有するようなページでは「FK506」の文字をよく見かけました。
FK506。一般名タクロリムス。商品名プロトピックと言えばアトピー性皮膚炎(以下アトピーとします)に悩んだことのある人には馴染みがあるでしょう。アトピーの患者さんからは「夢の薬」とも言われていた、当初はFK506と呼ばれていたプロトピックが発売となったのは1999年のことでした。それからすでに12年が経過しました……。(注:このコラムを執筆した時点ではプロトピックには後発品がなく、一般名の「タクロリムス」という名称はほとんど知られていませんでしたが、その後後発品が複数の製薬会社から発売され「タクロリムス」という名前が周知されることになりました)
一部の患者さんからは「夢の薬」と考えられていた一方で、別の患者さんからは「副作用の多い危ない薬」と思われていたのですが、実際はどれほど普及したのでしょうか。
太融寺町谷口医院には開院以来アトピーの患者さんが大勢受診されています。これは私がアトピーの名医だからではなく、それだけ今の日本にアトピーで悩んでいる人が大勢いることを示しています。現在の日本人のおよそ5%がアトピーを患っていると言われていますから、アトピーとはどこにでもあるありふれた病気(common disease)なのです。
アトピーの患者さんが他の病気で受診する人と異なる点がひとつあります。それは、アトピーで初めて医療機関を受診しました、という人はほとんどおらず、たいていは過去にいくつかの医療機関を受診している、ということです。アトピーは幼少時から罹患している人が多いですから、以前は小児科を受診していても当然なのですが、そうではなく、成人になってからも何度も医療機関を変えているという人が非常に多いのです。これは同じアレルギー疾患のアレルギー性鼻炎や花粉症、気管支喘息と異なります。花粉症や喘息を発症し、太融寺町谷口医院で初めて診断がついてその後も継続して受診している、という人は少なくありませんが、アトピーの診断を初めてつけられた、という患者さんはおそらく皆無だと思います。
ですから、アトピーの患者さんが初めて私の元を受診されたとき、「これまでどのような治療を受けていましたか」と私は必ず聞いています。このときに「プロトピック(もはやFK506と言う人はいません)は合いませんでした」という患者さんが非常に多いことが私にはずっと気になっていました。患者さんの方からプロトピックという言葉が出なかったときは、私の方から「プロトピックは試されたことがありますか」と尋ねるのですが、「それは使えませんでした」と答える患者さんも少なくないのです。私が不思議に感じたのは、太融寺町谷口医院を始める前に、私はある中規模病院で皮膚科の外来をおこなっていましたが、そのときはそれほどこのような言葉を聞かなかったからです。「太融寺町谷口医院にはプロトピックが使えない人が選択的に集まってきているのか?」と感じたほどです。
たしかにプロトピックには使い始めたときに熱感や痛みがでたり、逆に一時的にかゆみが増したりすることもあります。このような副作用は大半の人に認められますが、使い続けて1週間もたてばほとんどの人は気にならなくなります。まれに重篤な副作用もありますが、そのまれな副作用が気になるから合わない、と考える人はそう多くはないでしょう。
2007年の開院当初は、私は「プロトピックは合わなかった」という患者さんには、「では他の方法を考えましょう」と言ってプロトピックの話はしないようにしていたのですが、2009年頃から合わないと考えている人にも「もう一度使ってみませんか」と言うことが増えてきました。これは長期間受診していて、ある程度信頼関係のできた(と私が思い込んでいるだけかもしれませんが)何人かの患者さんに、試しに再度使ってもらったところ、ほぼすべての患者さんで成功したからです。
では、なぜ過去に副作用で使えなかったのに、今回はうまく使えたのでしょうか。それを述べる前に、まず、「なぜ患者さんが否定的な気持ちを持っているプロトピックをすすめたのか」について話しておきたいと思います。
アトピーは慢性の疾患ですから、患者さんが医療機関を受診するのは症状が「発症」したときではなく「悪化」したときです。このようなときの治療は、「ともかくいったんは強い炎症を和らげる」ことが必要であり、生活指導やスキンケア(保湿)、漢方治療などは最重要事項ではありません。強い炎症にはプロトピックも無効なことが多く、このときの治療の主役はステロイドになります。
ステロイドの誤解は最近では随分減ってきているとはいえ、まだまだ根強いものがあります。ステロイド恐怖症の人には、まずマインドコントロールを解くことから始めなければなりません。そして、ステロイドを適切に使えば、1週間もすればほとんどの場合劇的に改善します。これは文字通り「劇的に」であり、患者さんの方が驚くこともしばしばあります。
問題はここからです。ステロイドに恐怖心を持つのも困りますが、その逆に安易に使うのも問題です。ステロイドで強い炎症がとれるのは当たり前なわけで、「いざとなったらステロイドがあるからいいや」と思ってもらっては困るのです。
ステロイドの誤解は最近ではかなり減少しているのは事実です。ステロイド外用で(内服は別です)、血糖値が上がるとか、顔が丸くなるとか、骨が脆くなるとか、そのようなことを言う人は随分と減ってきました。色素沈着をきたして皮膚が黒くなる、と考えている人がいますが、これも誤りです。アトピーで皮膚が黒くなるのはステロイドの副作用ではなく、アトピーそのものの治療がうまくできていないから、と考えるべきです。
しかし、ステロイド外用薬の副作用があるのも厳然とした事実です。よくあるのがニキビや真菌症といった感染症ですが、これは比較的簡単に治すことができます。問題となるのは、ステロイドざ瘡(ステロイドを長期で使うことによっておこるニキビのような症状で難治性)、酒さ様皮膚炎、血管拡張、皮膚萎縮などです。特に皮膚萎縮は進行すると、まるで古いお札のようなペラペラの状態となり(これを「ペーパーマネースキン」と呼びます)、少し触れただけで容易に出血するようになることもあります。
ですから、アトピーが悪化したらステロイドに頼ればいいや、という考えは誤りです。そして、このステロイド外用長期使用の欠点を、ほぼ克服しているのがプロトピックなのです(注1)。プロトピックはステロイドと異なり、長期使用しても血管拡張やステロイドざ瘡、酒さ様皮膚炎、皮膚萎縮などが起こりませんから、「見た目」の副作用は(ニキビ、ヘルペス、真菌症などの感染症を除けば)ほぼないと言っていいと思われます。さらに、プロトピックが優れているのは、炎症がある部位にしか吸収されず正常な皮膚には作用しないということです。まだかゆみも感じられないほどのごく初期の炎症にも効果があり、これは予防的に使えることを意味します。つまり、炎症が取れた後に週に2回程度プロトピックを使用することにより再発を防ぐことができるのです(これを「プロアクティブ療法」と呼びます(注2))。
プロトピックは「見た目」の副作用がないことから、目立つ部位である顔や首に積極的に使うように言われることがあります。このため患者さんによっては「身体には使うべきでない」と考えている人がいますが、これは誤りです。私は全身に使うように助言しています。ただし、ある程度炎症が強いとほとんど効果がでませんから、まずはステロイドである程度炎症をおさえてからの使用となります。あるいは、部位によってはステロイドと併用するのもひとつの方法です。
プロトピックの刺激を嫌う人は少なくありませんが、多くの場合、長くても1週間程度で改善し、どうしても使えない、という人は私の印象で言えば100人に1人くらいです。しかし実際は、多くの患者さんが「プロトピックは合わない」と感じているのです。考えようによっては実にもったいない気がします(注3)。先に述べたように「プロトピックが合わない」と感じている人は、おそらく(期待しすぎて)最初におこった刺激感の副作用に嫌気がさしたのではないでしょうか。私は、まず少量を狭い範囲で使うよう助言します。それもデリケートなところは避けるように言います。いきなり顔面に塗るのではなく、首の後ろなどから始めるとたいていはうまくいきます。
もちろんプロトピックだけに頼るのはよくありません。適切な抗ヒスタミン薬をうまく使いこなし(注4)、改善した後はしっかりと保湿(スキンケア)をおこない、生活習慣のなかで悪化因子があればそれを取り除くようにし、他の症状、例えば、下痢、胃痛、頭痛、めまいなどがあればそれらも治すようにして、そして精神症状のケア(注5)もおこなえば、ほとんどの患者さんはかなりよくなります。そしてステロイドが完全に断ち切れるのです。ここまでくると人生観まで変わることも珍しくありません。
最後に一点。今回述べたプロトピックのことも含めて、私がウェブ上で述べていることや診察室で患者さんに話していることは、ほぼすべてアトピーのガイドラインに沿ったものです。私は決して「アトピーの名医」ではなく、ガイドラインどおりに治療をすすめているだけです。ときどき何時間もかけて私の元を受診する人がいますが、あなたの近くにもガイドラインどおりの標準的な治療をしている医療機関は必ずあることは覚えておいてください。
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注1 プロトピックは副作用がまったくないわけではありません。使い始めたときの刺激感以外に覚えておかなければならないのが感染症です。特にヘルペス感染症が悪化した「カポジ水痘様発疹症」は重症化することもあり、ときに入院治療が必要になります。また、プロトピックを怖がる人で発ガンのリスクを言う人がいますが、これは動物実験と、海外で乳児に大量に使ったときの結果であり、成人に適切に使用すれば怖がるようなものではありません。(下記医療ニュースも参照ください)
注2 プロアクティブ療法はプロトピックの専売特許というわけではなく、ステロイドを用いたプロアクティブ療法も有効性が認められています。しかし、プロトピックが使えるのであればプロトピックでプロアクティブ療法をおこなうべきではないか、と私は考えています。尚、(念のために補足しておくと)プロアクティブ療法は、ニキビ治療薬の「プロアクティブ」とは何ら関係がありません。
注3 ステロイドは多くの会社から販売されていますが、プロトピックは現在マルホ株式会社からしか販売されていません。このため、プロトピックを推薦するような内容を書くとマルホ株式会社から私が利益を得ているのではないかと感じる人がいるかもしれませんが、そのようなことは一切ないことをお断りしておきます。(その後、複数の会社から後発品が発売され、現在では「タクロリムス」という名称が一般化しています)
注4 今回は触れていませんが、抗ヒスタミン薬(第2世代以降の眠くならないタイプ)もアトピーには有用な薬剤です。昔の(第1世代の)抗ヒスタミン薬は、眠くなるだけでなく、眠くならなかったとしても認知力、記憶力、集中力などが欠如するという大きな問題がありました。しかし第2世代の抗ヒスタミン薬ではそのようなことがほとんど起こらないことが分かっており、また一部の抗ヒスタミン薬は(プロトピックと同じように)予防的にも使えることが分かってきています。
注5 アトピーのある人には、不眠、不安、うつ症状などがみられることが少なくありません。これらの症状はアトピーが原因であることが少なからずありますし、原因でなかったとしても、アトピーが悪化因子になっていることはよくあります。ですから、アトピーの治療には(簡単ではない場合もありますが)メンタル面でのケアも必要になってきます。アトピーが原因で就職活動や恋愛をためらっている人がいますし、外出自体を避けている人がいますが、我々医師の目標は単に皮膚の状態を改善するのではなく精神的にも社会的にも「健康」になってもらうことなのです。
参考:
はやりの病気第78回(2010年2月) 「アトピービジネスとステロイドの誤解」
はやりの病気第44回(2007年4月) 「患者さんごとのアトピー性皮膚炎」
医療ニュース2010年3月24日 「米国の子供、アトピーの治療薬で46人がガンに」
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|2013年6月15日 土曜日
第98回(2011年10月) いろいろな魚介類のアレルギー
11月上旬から夜間の救急外来にじんましんの患者さんが急増するんです・・・
これは、以前、福井県で救急医療に携わる医師から聞いた話です。じんましんは年中みられる疾患ですが、福井県では11月から急激に、しかも比較的重症のじんましんの症例が夜間に増えるそうなのです。この答えは「越前ガニの解禁日が11月6日だから」だそうです。
じんましんの原因は様々で、食べ物が原因のものはさほど多くはありませんが、たしかに一定の割合で食べ物のじんましんの患者さんは太融寺町谷口医院にも受診されます。そして、食べ物のじんましんのなかでもカニは重症化することがあります。
なかには意識を失うケースもあり、対応が遅れれば命にかかわることもありますから、福井県の救急外来では、冬場はカニのアナフィラキシー(じんましん症状が重症化し血圧が下がり意識を失う状態)を念頭に置かねばならないそうです。
食べ物由来のじんましんで比較的頻度が多いのは、カニ以外では、エビ、コムギ、サバ、ピーナッツ、豚肉などです。じんましん全体の症例数からみると食べ物が原因のものは、頻度は多くありませんが(注1)、ときに重篤化することがあります。
私が最近学んだ、食べ物が原因のじんましんで興味深いと感じたのは、子持ちカレイによるもので、重症化するケースも少なくないそうです。これはある学会で島根の医師が紹介していたのですが、島根も福井と同様、冬に重症のじんましんの症例が増えるそうなのです。このじんましんの原因を調査した結果、子持ちカレイが原因であることが判ったとのことでした。
さらに、この症例が興味深いのは、カレイに対して反応がでるかどうかの検査(特異的IgE)は陰性となることが多く、しかし、牛肉もしくは豚肉に対する検査で陽性となるそうなのです。これは、つまり、元々牛肉もしくは豚肉に対するアレルギーがあり、子持ちカレイに含まれる一部のたんぱく質が牛肉か豚肉に似ていることで、子持ちカレイを従来の”敵”である牛肉や豚肉と身体が間違えて認識したことによると考えられるのです(注2)。
じんましんを引き起こす食べ物のアレルギーのなかでも魚介類は重症化しやすいと言えますが、実際に魚介類にアレルギー反応を示す人は、その魚介類を少しでも摂取すればアレルギー反応を示します。このアレルギーを便宜上「本物の魚アレルギー」としておきます。
さて、あなたの身の周りに(もしくはあなた自身も該当するかもしれませんが)次のような”魚アレルギー”を有している人はいないでしょうか。それは、「いつも出るわけではないが、たまに魚介類でじんましんなどのアレルギー症状がでる・・・」、というものです。
先に、「じんましん全体でみると食べ物のアレルギーによるものはごくわずか」という話をしましたが、しかし一方で、このように「自分は魚介類のアレルギーがある」と考えている人は少なくありません。実は、「魚介類のアレルギーではないのだけれど、魚介類を食べることでじんましんが出る」、という人は珍しくないのです。これはどういうことでしょうか。主な原因は2つあります。
1つは、「アニサキスによるアレルギー」です。アニサキスというのは魚に寄生する虫、つまり寄生虫です。アニサキスといえば、強烈な胃痛や腹痛を起こすアニサキス症が有名で、アニサキスは、サバ、イカ、イワシなどに寄生しています。よくみると肉眼でも見えるほどの大きさなのですが、調理人がさばいているときには気づかずに食卓に出され、食べる人もそれに気づかずに食べてしまうのです(注3)。
アニサキスが胃痛や腹痛をきたすのは、アニサキスそのものが胃粘膜や腸管粘膜に進入しようとすることで起こります。この痛みはかなりの激痛で、夜間に救急搬送されることもしばしばあります。駆除薬があるわけではなく、アニサキスによる胃痛が疑われると胃カメラを入れて直接アニサキスをピンセットのようなもので取り除くことになります。腸の奥の方まで行ってしまった場合は、アニサキスが自然に死滅することを待ちますが、痛みが増悪するような場合は、緊急手術をせざるを得ないこともあります。
さて、今回お話したいのは、胃痛・腹痛をきたすアニサキス症ではなく、アニサキスによるアレルギーです。アニサキスが寄生している魚を食べると、じんましんが出現することがあるのですが、アニサキスが寄生していない魚を食べればもちろん症状は起こりません。
そしてここからが興味深いところなのですが、胃痛や腹痛をきたすアニサキス症は、加熱するか冷凍するかで(下記注3も参照ください)ほぼ完全に予防することができますが、アニサキスに含まれるアレルギー反応をおこす成分は加熱でも冷凍でも消えませんから、どのように調理をしても起こるときは起こるのです。
ですから、「毎回ではないけれども、サバやイワシなどの青魚、あるいはイカを食べたときにじんましんが出ることがある」、という人はアニサキスアレルギーを一度は疑うべきです。この場合、アニサキスに対するIgE抗体を測定します。必ず、というわけではありませんが、もしもアニサキスにアレルギーがでれば陽性と出ることが多いといえます。
もうひとつ、魚アレルギーではないのだけれど、ときどき魚でじんましんが出現する、というケースがあります。これは、新鮮さを失った古い魚を食べたときにおこりやすい、という特徴があります。
これはアレルギーによるものではなくヒスタミンによるものです。ヒスタミンというのはアレルギーを引き起こす物質ですから、そのようなものを食べればアレルギー症状を起こすのは当たり前なわけです。では、なぜ食べ物にヒスタミンが含まれているのか、というと、これは魚がもともともっているヒスチジンというアミノ酸が、魚に寄生している微生物によってヒスタミンに変わるからなのです。通常、アレルギーというのは、身体がヒスタミンを生成して反応が起こるのですが、このケースはヒスタミンを含む魚を食べることによって起こっているというわけです。
魚に寄生している微生物がそのような”悪さ”をするのには時間がかかります。ということは新鮮な魚では起こりにくく、古い魚でおこりやすいのです。そして、ヒスタミンは加熱や冷凍で変性するわけではありませんから、煮ても焼いても(もちろん刺身でも)起こるときは起こります。ヒスチジンを多く含む魚は、サバ、イワシ、サンマ、カツオ、マグロなどで、日本人がよく食べるものばかりです。これらを食べるときは鮮度が落ちていないかを注意しなければならない、というわけです。
以上述べてきたように、”魚アレルギー”には、本物のアレルギー、アニサキスアレルギー、古い魚のヒスタミンによるアレルギー様症状、などがあり、それぞれによって対処法が異なります。まずは、正しい診断をつけなくてはなりません。気になる症状があれば一度医療機関で相談してみるべきでしょう。
では今回のまとめです。
1、本物の魚アレルギーは少量摂取でも起こり、重症化するケースがある。過去に魚を食べたあと、全身に広がるじんましん、呼吸困難、喘息発作、意識障害などのエピソードがある場合は検査が必要。
2、本物の魚アレルギーの治療としては「原因となる魚を避ける」以外にない。また、牛肉と子持ちカレイのような交叉反応にも注意しなければならない。
3、アニサキスアレルギーの場合は、アニサキスが含まれている可能性のある魚の摂取は避けるべき。胃痛や腹痛が起こるアニサキス症の場合は加熱(もしくは冷凍)で予防できるが、アニサキスアレルギーは予防できない。
4、鮮度が落ちた魚の場合、魚に含まれるヒスチジンがヒスタミンに変性し、これがアレルギー様の症状をきたすことがある。加熱や冷凍は効果がなく、そのため鮮度の落ちた魚は食べるべきでない。
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注1:「じんましんなのに前の病院では血液検査をしてくれなかった・・・」と不平を言われる患者さんがおられますが、血液検査でじんましんの原因がわかるケースというのはごくわずかです。食べ物が原因の可能性があるときには血液検査をおこないますが、その可能性がなければ血液検査は”ムダな検査”となることが多いのです。ですから、前の病院で血液検査をしなかったのは、その医師が怠慢だからではなく、患者さんの余計な負担をなくそうと努めているのです。しかし、このクレームは非常によく聞きます。ということは、血液検査は不要と話した私に対する不平を別の病院で言われている患者さんも少なくないのかもしれません。
注2:このような現象を「交叉反応」といい、比較的頻度の多いものにラッテクス・フルーツ症候群があります。これはラテックス(一部のゴム製品)をアレルゲン(つまり”敵”)と身体が認識し、ラテックスと分子レベルでの構造がよく似ているフルーツ(バナナ、キウイ、アボガドなどが有名)を食べると、身体がそのフルーツをラテックスと認識し、その結果アレルギー反応が起こります。
(2018年6月追記) 尚、カレイやギュウニクのアレルギーの一部は、α
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|2013年6月15日 土曜日
第97回 新しいHPVワクチンと尖圭コンジローマ 2011/9/20
待望のHPVワクチン、サーバリックスが日本で発売されたのは2009年12月のことでした。私は、「このワクチンが発売されたことは歓迎し普及につとめたいと思うが、公費負担が広がることはないだろう」、という予測を立てて、それをコラム(下記参照)で述べました。
ところが私の予想に反して、新潟県魚沼市の公費負担の発表を皮切りに全国の自治体で次々と全額負担、もしくは一部負担が発表されていき、私の予測はまったく外れてしまいました。しかし、今のところ教育現場で混乱が起こっているという話もあまり聞きません。これだけワクチン普及が上手くいっているのは学校の先生をはじめとする教育者の方々の努力の賜物だと思います。もちろん、地域の産婦人科医やプライマリケア医、行政、市民団体などの貢献も小さくありませんが、現場で生徒とその父兄にHPVワクチンの話を直接されている学校の先生方の苦労は相当なものだと思われます。
私が小学生や中学生にHPVワクチンが普及しないと考えていた理由は、まだ性交渉の経験がない女子生徒に対して、まず性交渉の説明をして、性交渉で感染する感染症があることを説明して、そのひとつがHPVであることを伝えて、さらにHPVに感染したからといってそのなかの一部の人しかガンにはならないということを話し、ワクチンを接種したとしても子宮頚ガンの定期的な検査は必要なのですよ、ということを説明し理解を得るのが相当困難であると考えていたからです(今でもそう考えています)。さらに、これを父兄にも伝えなければならないわけです。
学校の先生の説明の仕方によっては、生徒に対して悪影響を及ぼすということがなかったとしても、父兄からクレームが来ないかということを心配します。また、教育現場で性の話をすると一部の保守的な市民団体や政治団体からクレームや、ときにはあからさまないやがらせを受けることもありえますから、そういったことも気になります。
サーバリックスの発売から遅れること1年9ヶ月、もうひとつのHPVのワクチンであるガーダシルが2011年9月についに日本でも発売となりました。ガーダシルは日本ではサーバリックスに遅れをとるかたちとなりましたが、世界的にはガーダシルの方が先に市場に登場していますし、市場占有率(シェア)もガーダシルの方が上です。(サーバリックスとガーダシルのどちらを中心に扱っているかは国によって様々で、例えば英国ではサーバリックスが国の無料プログラムに取り入れられています。米国では州にもよりますがガーダシルを採用している地域の方が多いようです)
さて、日本では、ガーダシルが発売となったことで、公費負担がある地域ではどちらを選択するかという議論が出てくるでしょうし、医療の現場でもどちらをすすめるか、という課題がでてきます。
ここで簡単にサーバリックスとガーダシルの違いを確認しておきたいと思いますが、その前にHPVについておさらいしておきましょう。HPV(Human Papilloma Virus)というウイルスには100種類以上のサブタイプがあり、どのサブタイプがどのような疾患の原因になるかというのはある程度わかっています。例えば、尖圭コンジローマなら#6と#11であることが多く、子宮頚ガンなら#16と#18に多いことは知られています。しかし、#16と#18以外にも、例えば、#31、#41、#51、#52なども子宮頚ガンを起こすことがあります。子供の手指などによくできるイボ(尋常性疣贅(じんじょうせいゆうぜい)と言います)は、#2、#4、#7に多いことがわかっていますが他のサブタイプでも起こりえます。ときに尖圭コンジローマとの鑑別に悩むことのあるBowen様丘疹という性器にできるイボは悪性化することもある放置してはいけないイボですが、これは#16で起こりやすいことが分かっています。
このように多くの種類があるHPVに対し、サーバリックスは#16と#18にのみ有効です。2つのサブタイプに有効ですからサーバリックスは「2価ワクチン」と呼ばれます。一方ガーダシルは#16と#18以外にも尖圭コンジローマの原因となる#6と#11にも有効で、合計4つのサブタイプに対する効果がありますから「4価ワクチン」と呼ばれます。
では話を戻しましょう。教育現場でどちらのワクチンをすすめるか、ですが、まず価格が重要になると思われます。全額公費負担ならどちらでも接種者負担はゼロですから代わりありませんが、公費負担が部分負担である場合、あるいは医療機関で成人が接種する場合は、どちらかを選ぶ際に値段がひとつの重要な要因となるでしょう。
次に、価格が同じとき、あるいは、価格を考えずに効果だけを考える場合にはどうすればいいでしょうか。
アジュバント(adjuvant)という言葉をご存知でしょうか。これはワクチンに添加することにより、予防効果を高めることのできる物質のことです。サーバリックスとガーダシルでは異なるアジュバントが使われており、サーバリックスの発売元であるグラクソ・スミスクライン社によれば、サーバリックスのアジュバントがガーダシルのそれよりも効果があるそうです。しかし、双方のワクチンの約7年間の研究では、どちらも#16と#18に対するワクチンの効果はほぼ100%であり、現時点では臨床的に有意差があるわけではありません。
次に、ガーダシルの最大の特徴である#6と#11の効果についてみていきましょう。こちらもワクチン接種でほぼ100%防げると言われており、尖圭コンジローマが大変やっかいな感染症であることを考慮すると、サーバリックスよりもガーダシルに分がありそうに思われます。(尖圭コンジローマについては下記コラムも参照ください) しかし、ワクチンの対象となる女子生徒のお母さんと話をしている医師に聞くと、「うちの娘は性病とは無縁です! 子宮頚ガンの予防だけで充分ですからサーバリックスにします」と言われることがあるそうです。HPVも性交渉を通して感染するわけですから、このお母さんの理屈は筋が通っていないように思われるのですが、このような声が実際にあるそうです。
今後、ワクチンを接種する女子生徒の親御さんに2つのワクチンの違いを説明しなければなりません。私は、この説明の際に誤解やトラブルが生じないかということを懸念しています。尖圭コンジローマという感染症を説明するときに、「尖圭コンジローマとは性器にできるイボです」と言われてもピンとこないでしょう。写真を見せればどのような疾患か理解しやすいですが、外性器の写真を女子生徒やその親御さんに見せることに問題がないとはいえません。(私は、女子生徒も聴講するHIV関連の講演をおこなうとき、講演の主催者と話をして外性器の写真をスライドから外すことがしばしばあります) HPVと子宮頚ガンの関係ですら理解を得るのが相当困難であるところに、尖圭コンンジローマについても説明しなければならないとなると、よほど上手く話さなければ誤解を招く恐れがあります。
ところで、尖圭コンジローマという疾患は男性にも起こります。また一部の肛門ガンや陰茎ガンもHPVのハイリスク型(#16や#18)の関与が報告されています。ということは、男性からもガーダシルを接種したいという声が当然でてきます。実際、アメリカではFDA(食品医薬品局)が男性への接種を承認していますし、ガーダシルの公費接種をいち早く始めたオーストラリアでも男性への接種が普及しているそうです。
日本でもガーダシル接種を希望するという男性は多いのですが(すでに太融寺町谷口医院にも数人の男性から問い合わせが入っています)、ガーダシルの販売元であるMSD社によれば、「日本では男性については承認をとっておらず今後も申請する予定はない」そうです。海外では何の問題もなく接種できるワクチンが日本では認められないわけですから、接種を希望する男性からみれば不公平という気持ちになります。ガーダシルには保険適用がなく成人女性も自費で接種しているわけですから、「(女性と同じように)お金を払うといっているのに何で打ってくれないの?」という声がでてくるのは当然でしょう。我々医師の立場からみても、尖圭コンジローマが何度も再発し精神的にも相当しんどい思いをされた患者さんのことを考えると(注1)、男性も接種できる日が来ることを願いたいと思います。
尖圭コンジローマという厄介な疾患に対する理解が広がれば、女性からだけでなく、男性からも「副反応などがでても自己責任で接種をしたい」という声が増えていくのではないかと私は考えています。また、時間はかかるでしょうが、教育の現場でも尖圭コンジローマという感染症についての理解が広がり、生徒たちに性感染症について考えてもらえる機会が増えることを願いたいと思います。
さらに、尖圭コンジローマはコンドームをしていても感染しますから、「コンドームで性感染症がすべて防げるわけではなく、性感染症の予防で最も重要なことは、自身が誠実になりお互いが信頼しあうこと」という考えが普及することを切に願います。
参考:
メディカルエッセイ第89回(2010年6月)「日本は「ワクチン後進国」の汚名を返上できるか」
はやりの病気第77回(2010年1月)「子宮頚ガンのワクチンはどこまで普及するか」
NPO法人GINAウェブサイトより「悩ましき尖圭コンジローマ」
注1:すでに尖圭コンジローマを発症している人にワクチン接種をしたとしても、感染しているHPVを退治することができるわけではありません。しかし、臨床的に「再発」ではなく、「再感染」して尖圭コンジローマを発症していると思われる患者さんもおられますから、女性だけでなく男性からも需要があるのは当然だと思われます。
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|2013年6月15日 土曜日
第96回(2011年8月) 放っておいてはいけない頭痛
私が大学病院の総合診療科の外来をしていた頃、患者さんからの訴えで最も多いもののひとつが頭痛でした。「頭痛でなんで大学病院?」と感じる人もいるでしょうが、どこの大学病院の総合診療科にも頭痛を訴えて受診する人は少なくないのです。
大学病院に頭痛で受診するケースは大まかに2つに分けられます。ひとつは、頭痛で困っておりこれまでいくつかの医療機関を受診したけれどもよくならないから受診したというケース、もうひとつは、頭痛以外に、例えばめまい、倦怠感、微熱、などがあって、「どこの科を受診すべきか分からない」と考えて大学病院の総合診療科を受診するケースです。
頭痛で受診する人は、大学病院だけでなく太融寺町谷口医院にも多いのですが、太融寺町谷口医院では、大学病院を受診するタイプの症例に加え、他のタイプの患者さんもいます。まずは、そのあたりのグループわけについて述べてみたいと思います。
まずひとつめのグループは、先に述べた大学病院を受診するのと同じような動機があるタイプです。すなわち、「これまでいくつかの医療機関を受診したけれど満足いく治療がされていない」と感じている人や、「他にも症状があってどこの科を受診していいか分からない」と考えている人です。こういった人たちを便宜上「積極的に治療を希望しているグループ」と呼ぶことにします。
次のグループは、「必ずしも治療に満足しているわけではないけれども医療機関で鎮痛剤を処方してもらおう」と考えているタイプで、この人たちは、薬局の薬よりも医療機関で処方してもらう薬の方が自分にあっているから薬だけもらえればそれでいい、と考えています。患者さんのなかには、別のことで受診して、”ついでに”鎮痛剤の処方を希望するような人もいます。このグループを「消極的に治療を希望しているグループ」と呼ぶことにします。
最後のグループは、いわば医療機関での治療をあきらめている人たちです。「医療機関で相談したけどありきたりのことしか言われないから」、とか「どうせ相談しても痛み止めの処方だけで終わるから」などの理由で、医療機関での治療をあきらめて、市販の薬に頼っている人たちです。このグループを「治療を希望していないグループ」とします。なぜ、この人たちが頭痛で悩んでいることが分かるかというと、別のことで受診を続けているうちに、「他に困ったことはありませんか」と聞くと、「実は以前から頭痛が・・」と話されることがあるからです。
ここで頭痛にはどのようなものがあるかを確認しておきましょう。まず今回取り上げている頭痛は「慢性の頭痛」です。したがって、1週間前の事故が原因の頭痛とか(外傷性の硬膜下血腫、くも膜下出血、脳挫傷などが考えられます)、頭痛持ちではないのにもかかわらず突然激しい頭痛が発症したようなケース(くも膜下出血、脳内出血、あるいは帯状疱疹などが考えられます)は除外しておきます。
慢性の頭痛に限って話を進めていきます。従来の教科書には、慢性の頭痛の代表には①片頭痛、②筋緊張性頭痛、③群発頭痛、の3つが中心と書かれています。しかしながら、実際にはこれらにあてははまらない頭痛もたくさんありますし、③群発頭痛は非常に稀です(私は医師になってこの診断をつけたことは一度だけです)(注1)。②筋緊張性頭痛は、最も多いのは事実であり、俗に「肩こりに伴う頭痛」と言われることがありますが、実際には①片頭痛に肩こりが伴うことも少なくありません。筋緊張性頭痛は比較的軽症ですから受診しないことも多く、少なくとも私がこれまで診てきた患者さんのなかでは①片頭痛が最多です。
というわけで、片頭痛について話をすすめていきたいのですが、その前にもうひとつ、最近注目されている頭痛について述べておきたいと思います。それは「薬物乱用頭痛」と呼ばれるもので、これは簡単に言えば、「鎮痛薬を使い続けるうちに痛みへの敏感さがまし常に痛みを感じるようになった状態」となります。つまり、鎮痛剤(市販のものも病院で処方されるものも含めて)をあまりにもたくさん飲み続けたことによって、ちょっとした痛みにも耐えられなくなっているような状態です。鎮痛剤を飲み続けたことが原因ならすぐにやめればいいではないかと考えられますが、すでに身体は鎮痛剤なしでは生活できないような状態になってしまっており、ますます鎮痛剤を必要としてしまう、という悪循環に陥ってしまっているのです。薬物乱用頭痛はどのような鎮痛剤でも起こり得ますが、私がこれまでに診てきた症例でいえばイブプロフェンが主成分の鎮痛薬で、いずれも誰もが薬局で簡単に買えるものです。そのなかでも「ブロモバレリル尿素」という極めて依存性の強い物質も含まれている製品が2種ほどあり、これらは危険極まりないと言っていいでしょう。
以前別のところで述べたことがありますが(下記コラム)、市販の鎮痛剤だから安全というわけでは決してありません。むしろ副作用が起こりやすいような鎮痛剤が薬局で簡単に買えてしまうのが現状なのです。
さて、先に「慢性の頭痛は片頭痛が圧倒的に多い」ということを述べましたが、ここで片頭痛の治療についてお話したいと思います。片頭痛でも軽症であれば市販の鎮痛剤を痛くなったときに飲む、という方法で問題ありません。どのようなものを「軽症」と呼ぶかですが、一般的な鎮痛剤がよく効いて、飲む頻度は月にだいたい10回以内、がひとつの目安となります。これを超えるようなら医療機関で相談すべきと考えればいいでしょう。
片頭痛がある程度重症化すると、一般的な鎮痛剤(医療機関で処方されるものも含めて)はあまり効きません。このようなケースではトリプタン製剤と呼ばれる片頭痛の「特効薬」を用います。これは非常によく効くことがあり、たとえ効果が不十分であったとしても、トリプタン製剤を飲んでから一般的な鎮痛剤を重ねて飲めば非常に効果があります。ですから、ある程度重症の片頭痛の患者さんは「トリプタン製剤を手放せない」と言います。しかし、値段の高いのが難点で1錠900円以上(3割負担であれば約300円)します。残念ながら「いい薬なのは分かっているんだけど高すぎて私には無理です」と話される患者さんもいます。また、かなり重症の人になってくるとトリプタン製剤でも効かないことがあります。(トリプタン製剤については、下記「片頭痛を治そう」を参照ください)
最近になって、片頭痛の大変すぐれた予防薬が処方できることになりました。これはバルプロ酸ナトリウム(商品名は「デパケン(R)」「セレニカR」など)と呼ばれるもので、元々はてんかんの薬として使われていたものです。現在もてんかんにはすぐれた薬剤ですし、躁病や躁うつ病にも使われることがあります。海外では以前から大変すぐれた片頭痛の予防薬として使われていて、日本でも認可の要望が強く、2011年6月から本格的に処方可能となったという経緯があります(注2)。
なぜバルプロ酸ナトリウムが効くのか、ですが、元々片頭痛がおこりやすい人というのは脳内の神経細胞が興奮しやすい状態にあると言われています。(実際に、片頭痛が生じているときは脳波に異常がでるという報告もあります) てんかんにも有効なバルプロ酸ナトリウムは脳細胞の興奮をおさえる作用があり、これを一定量血中に保つことによって片頭痛が起こりにくくなるのです。また、たとえ起こったとしてもトリプタン製剤を飲めばすっと効くことが多く、トリプタン製剤単独よりも高い効果が期待できます。また、値段の高いトリプタン製剤に頼らなくても、「バルプロ酸ナトリウムの予防的投与+痛くなったときに一般的な鎮痛剤」で充分コントロールできることもあります。
片頭痛を放っておくと、一般的な鎮痛薬が効かなくなり薬物乱用頭痛を引き起こすばかりでなく、そのうちにめまい、耳鳴り、肩こり、イライラ、・・・、など他にも様々な症状がでてきます。こうなると、診察のされ方によっては、「単なる不定愁訴」と言われて頭痛薬ではなく精神安定剤を処方される、といったことにもなりかねません。
程度にもよりますが、市販の鎮痛剤が効かなくなってきたときや量が増えているようなときはかかりつけ医に相談するようにしましょう。特に、先に述べた「治療を希望していないグループ」に入るような人はもう一度ご自身の頭痛についてよく考えてみるのがいいでしょう。
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注1(2016年12月1日追記): このコラムを書いてから群発頭痛で受診する人が増えだし、現在は年に3~4人は「群発頭痛」の診断がついています。
注2(2016年12月1日追記): 現在は、バルプロ酸以外にプロプラノロールという降圧剤が片頭痛の予防薬としてよく使われています。バルプロ酸とプロプラノロールを併用することもあります。また一部のカルシウムブロッカー(ロメリジン塩酸塩)が予防に用いられることもあります。
参考:
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」
トップページ「片頭痛を治そう」
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|2013年6月15日 土曜日
第95回 アルツハイマーにどのように向き合うべきか 2011/7/20
「刑事コロンボ」で有名なアメリカの俳優ピーター・フォークが先月(2011年6月)に他界されたことが世界中で大きく報じられました。マスコミの報道をみていると、偉大な俳優を失ったことに対する寂しさやセンチメンタリズムが伝わってきますが、ほとんどのマスコミが、晩年にアルツハイマー病を発症していて自分が「コロンボ」であったこともわからなくなった、ということを強調しているように感じられました。
アルツハイマー・・・。この病名を聞いたことがないという人はほとんどいないでしょうが、その理由は罹患者の多さよりも、病気に対する恐怖があまりにも大きいからではないでしょうか。
1968年生まれの私の印象で言えば、アルツハイマーという名称が一躍有名になったのは有吉佐和子の小説『恍惚の人』が映画化され、世間の注目を浴びた頃からではないかと思われます。「恍惚の人」という言葉は私が子供の頃に何度も聞いた記憶があり、たしか流行語にもなっていたと思われます。しかし、wikipediaで調べてみると『恍惚の人』が公開されたのは1973年ですから、少なくとも私は(当時5歳ということになりますから)この映画を映画館で見ていることはなく、テレビで放送しているのを見たのかもしれませんが、特に記憶に残っている映画のシーンというのはありません。けれども、「恍惚の人」という言葉はしっかりと記憶にあり、「恍惚の人=アルツハイマー」という図式が私の頭の中でできあがってしまったのは事実です。
アルツハイマーに対して多くの人が恐怖を感じるのは、自分で自分のことが分からなくなり、まともな意識があれば大変恥ずかしいと思われる行動や言動を繰り返し、周囲に散々迷惑をかけるからでしょう。実際、私は医師になってから、「お願いやからアルツになったら安楽死させてくれ」と何人もの友人から言われました(注1)。確かに、アルツハイマーが進行すると、暴力的になったり、徘徊して警察のお世話になったり、家中に糞便を撒き散らしたりすることもあります。こうなると、家族の苦労は想像を絶する程にまでなります。ある患者さんは、アルツハイマーが進行した姑の面倒を泣きながらみている自分の母親に同情し、「できることならばあちゃんを殺したい」と漏らしていたことがあります。
しかし、アルツハイマーは程度も症状も様々で、この患者さんの祖母のように家族が疲労困憊(という生易しいものではありませんが)するケースもあれば、家族の顔やトイレの場所は分からないものの、一日中ベッドに座って四六時中ニコニコしているだけの人もいます。「恍惚」という言葉も、否定的な意味がある一方で、何かに心を奪われてうっとりとしているほのぼのとしたイメージもあるのではないでしょうか。
さて、アルツハイマーを医学的な観点からみていきましょう。まず、どれくらいの人がかかっているかというと、現在の日本の認知症の患者数はおよそ230万人と言われており、アルツハイマーはその半数と考えられています。ということは約115万人ということになります。割合で言えば、115万人/1億2千万=約1%となります。65歳以上の10%、80歳以上の25%がアルツハイマーになるという統計があり、2050年には日本では65歳以上が40%となると言われていますから、今から40年もたてば、日本の全人口の4%がアルツハイマーを発症していることになります。(これはアルツハイマー型認知症のみで、他の認知症は含まれていないことに注意してください)
世界全体でみると、アルツハイマー病の罹患者はおよそ2,400万人程度であろうと言われています。この数字を大きいとみるか小さいとみるかですが、世界の人口が約70億人ですから人口の0.4%が有病者ということになり、日本単独でみたときよりも有病率は低くなります。しかし、この数字は今後数十年で確実に増加、しかも極端に増加するのは間違いありません。
そもそもアルツハイマーに罹患する人が増えるのは社会が高齢化するからであり、アジアやアフリカの平均寿命が50代の途上国であれば、アルツハイマーなどという疾患はほとんど問題になりません。一方、かつては発展途上国と呼ばれていた国も、ここ10~20年の発展がすさまじく、例えばタイや中国では、現在最も問題になっている疾患は糖尿病や高血圧、あるいは悪性腫瘍といった生活習慣病です。かつてのように結核やマラリア、エイズで若い命が失われ長生きできなかった国ではもはやありません。そしてこのような国々ではアルツハイマーの罹患者が確実に増えていきます。
世界的に高齢化社会が進行すると、悪性腫瘍と同様、間違いなくアルツハイマーは世界規模で増加します。アルツハイマーは悪性腫瘍と異なり、罹患しても生命予後には大きな影響を与えませんから、社会全体でアルツハイマーと向き合っていかなければなりません。アルツハイマーは、21世紀後半の最も身近で最も深刻な疾患になるのではないかと私は考えています。
いくら厄介な病気であったとしても治癒する病気であれば、さほど心配することはないかもしれません。実際、人類は、結核を克服し、マラリア対策に成功し、エイズにも優れた薬剤を開発しました。これらの疾患にはまだまだ取り組まなければならない課題がたくさんあるのは事実ですが、予防と治療をしっかりおこなえば恐れる病気ではすでになくなっています。
ところがアルツハイマーは、最近になり新薬が次々と承認され、日本にも合計4つの薬(注2)が揃うことになりましたが、例えば、半年間薬を飲めば完治する結核のように治療ができるわけではありません。重症化することをいくらか遅くすることは期待できますが、何事もなかったかのように”完治”するわけではないのです。
では、どのように予防すればいいのか、ということですが、結論から言えば、アルツハイマー予防に有効性がきちんと認められているものは現時点ではありません。たしかに、「20代で言語スキルが高いとなりにくい」、「地中海ダイエットがいい」、などといった研究があるのは事実です。なかには「携帯電話がアルツハイマーを予防する」といったものもあります(注3)。しかし、これらの研究は規模がそれほど大きくなく、必ずしも科学的に実証されているわけではないと考えるべきでしょう。
医学誌『Archives of Neurology』2011年5月9日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、「アルツハイマーに有効な要因や、またリスクとなる要因について明らかなものは現時点ではない」とされています。この研究は、1984~2009年に先進国在住の50歳以上の男女を対象としたアルツハイマーに影響を与える因子を調べた合計18の研究を、2010年に米国立衛生研究所(NIH)が改めて総合的に検討したものをまとめています。
アルツハイマーの予防効果があると言われている、イチョウ葉エキス(日本でもサプリメントで出回っています)、ビタミンB12、ビタミンE、ω3脂肪酸、βカロチン、果物・野菜の積極的な摂取、などでは有効性が認められなかったそうです。特にイチョウ葉エキスとビタミンEについては、かなりの確証をもって、有効性なし、という結果がでています。
地中海式ダイエット、葉酸、少量から中量のアルコール摂取、認知活動、身体活動では、たしかにアルツハイマーのリスクを低減させる可能性はあるとされていますが、「充分にエビデンス(科学的確証)をもって」とまでは言えなかったそうです。
アルツハイマーのリスクになる因子としては、糖尿病、高脂血症、喫煙ですが、これらも充分なエビデンスをもってして、断言することはできないそうです。
じゃあアルツハイマーを防ぐにはどうすればいいの?、となりますが、常識的に健康的と考えられるライフスタイルが重要であることに変わりはありません。実際、この論文の執筆者であるMartha L. Daviglus博士は、「現在のエビデンスの質が”不充分”でも、運動や血圧コントロール、禁煙を実施し、肥満に注意し、適切な睡眠時間を維持するといった健康的ライフスタイルを守るべきである」、とコメントしています。
私自身の考えもまったく同じです。少なくとも「認知症になったら安楽死させてくれ・・・」と知り合いの医師に頼むよりははるかに現実的な対策です。
注1:「安楽死」という言葉を使えば内容が柔らかく感じられますが、言いたいのは「認知症になったら殺してくれて」ということです。もしも認知症が原因で命が奪われることがあればこれは「安楽死」ではなく「殺人」です。このあたりをきちんと説明しようと思えば「安楽死」の定義から述べていく必要がありますが、今回はこれ以上の議論はしないでおきます。
注2:アルツハイマーの薬は、日本ではこれまで1999年に承認されたドネペジル塩酸塩(商品名はアリセプト)しかありませんでしたが、最近3種類の新しい薬が承認されました。1つは「メマンチン塩酸塩(商品名はメマリー)」で、アリセプトとは異なるメカニズムで作用するため、アリセプトとの2剤併用も可能となります。2つめは「ガランタミン臭化水素酸塩(商品名レミニール)」で、これはアリセプトと同じ作用機序で効きますが、アリセプトよりもマイルドなためにアリセプトの副作用が強い人には適しているかもしれません。3つめは、「リバスチグミン(商品名イクセロンとリバスタッチパッチ)」で、これは貼り薬です。
注3:「20代で言語スキルが高いとなりにくい」は、医学誌『Neurology』2009年7月8日号(オンライン版)に
「Clinically silent AD, neuronal hypertrophy, and linguistic skills in early life」というタイトルで掲載された論文で紹介されています。
(http://www.neurology.org/content/73/9/665.abstract?sid=b605d701-93be-429f-93e4-6a5141e51080)
「地中海ダイエットがいい」は、2009年に医学誌『JAMA』に掲載された「Adherence to a Mediterranean Diet, Cognitive Decline, and Risk of Dementia」という論文で紹介されています。
(http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=184384)
「携帯電話がアルツハイマーを予防する」は医学誌『Journal of Alzheimer’s Disease』の2010年1月号(オンライン版)に掲載されている「Electromagnetic Field Treatment Protects Against and Reverses Cognitive Impairment in Alzheimer’s Disease Mice」という論文で紹介されています。
(http://www.j-alz.com/issues/19/vol19-1.html)
尚、出所は省略しますが、これら以外にも「週に10km程度の歩行が予防になる」「勤勉が予防になる」「コーヒーで予防できる」などといった研究もあります。
注4:この論文のタイトルは、「Risk Factors and Preventive Interventions for Alzheimer Disease」です。
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|2013年6月15日 土曜日
第94回(2011年6月) 小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー
お茶石鹸を使っているとまぶたが痒くなるようになった。そしてあるときパンを食べた後急いで出かけたら気分が悪くなって意識がなくなり救急搬送された・・・
2011年5月、(株)悠香は、重篤なアレルギー症状が多数報告されたことを受けて、ついに自社製品「悠香の石鹸(茶のしずく石鹸)」(以下「茶のしずく石鹸」)の自主回収を始めました。冒頭の症状はこの石鹸を使うことにより生じた症状です(私が直接診察した症例ではありませんが・・)。
食物依存性運動誘発性アナフィラキシー(food-dependent exercise-induced anaphylaxis、以下「FDEIA」)という名前のアレルギー疾患は以前から存在し、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも疑い例も含めると年間5~6人は受診されます。この疾患は教科書的には「稀」とされているのですが、軽症例まで含めれば決して稀な疾患ではないと私は感じています。「茶のしずく石鹸」で有名になった小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー(以下WDEIA)も、FDEIAのひとつではありますが、従来型のWDEIAと「茶のしずく石鹸」によるWDEIAとは少しタイプが異なります。
いろいろ話すとややこしくなりますので、まずはFDEIAについておさらいしておきましょう。
FDEIAは、特定の食べ物を食べた後に運動をすると、全身にじんましんが出たり気分が悪くなったりめまいがしたりします。重症化すると血圧が大きく下がり意識を失うこともあります。
「特定の食べ物」で多いのが、成人であれば最も多いのが小麦、次いでエビやカニなどの甲殻類です。小児にも起こりますから、例えば給食でパンを食べて5時間目の体育の時間に発症というのは典型例のひとつです。成人であれば、慌しいなかで朝食のパンを食べて電車に乗り遅れないように駅まで走って行って発症、というパターンがあります。
ただしこの病気は、小麦を食べただけでは出ませんし、小麦+運動で必ず出るかと言えばそういうわけでもありません。ですから、<純粋な>小麦アレルギーの人であれば、小麦を食べると何もしなくても(そしてそれがごく少量の小麦であったとしても)アレルギー症状が出現して危険な状態になりえますから小麦は<絶対に>食べてはいけませんが、FDEIA(WDEIA)の場合は、運動しなければ食べても症状がでません。患者さんのなかには、小麦(+運動)+寒冷(要するに寒い季節のみ出現する)や、エビ(+運動)+疲労などで発症するという人もいます。コムギ(エビ)+アスピリンなどの鎮痛剤、で症状が出現することもあります。
じんましんを訴えて受診する患者さんに対し、問診からFDEIAを疑ったときは疑わしい食物に対する抗体(IgE抗体、RASTとも呼ばれます)を測定します。重症例であれば陽性となることが多いのですが、注意すべきは小麦(WDEIA)のときです。通常の(運動に関係ない純粋な)小麦アレルギーであれば「コムギ」もしくは「グルテン」(という小麦に含まれる蛋白質)が陽性となるのですが、WDEIAの場合は、これらが両方とも陰性になることが少なくないのです。この場合は、ω5グリアジンという小麦に含まれる、より小さい蛋白質に対するIgE抗体を調べます。WDEIAであれば絶対にω5グリアジンが陽性となるわけではありませんが、この項目が保険診療で計測できるようになって随分診察がしやすくなったと私は感じています。
さて、「茶のしずく石鹸」に話を戻しましょう。この石鹸によるWDEIAは、通常のWDEIAとは症状が少し異なります。通常のWDEIAは、<小麦を食べる+運動>の後、皮膚症状が全身に出現するのに対し、この石鹸によるものは、<小麦を食べる+運動>の後、「まぶたが腫れる、顔がかゆくなる」といった顔面に限局した症状が大半で、じんましんや痒みが全身に広がった例はあまり報告されていません。しかも顔面のかゆみや赤みもごく軽度なものもあります。しかし、皮膚症状は顔だけでも一気に意識消失まで進行することもあるのです。
そして「茶のしずく石鹸」によるWDEIAが通常のWDEIAと異なるもうひとつの点は、先に述べたω5グリアジンが陽性とならないということです。コムギもグルテンも、そしてω5グリアジンもすべて陰性となってしまうことがあるのです。「それじゃあ、なんでその石鹸が犯人だと分かるの? 本当にその人のアナフィラキシーの原因は小麦なの?」という疑問がでてきます。これを証明するのには次の手順が必要になります。まず、「茶のしずく石鹸」を使い出してからWDEIAを示唆する症状が出現していることを確認し、石鹸で使われている「加水分解コムギ」で反応するかどうかを調べる検査をおこないます。「茶のしずく石鹸」によるWDEIAの人は、この「加水分解コムギ」に強く反応し、その後普通のコムギにも反応するようになることが研究で分かっています。一方、通常のWDEIAの人はこの石鹸に使われている「加水分解コムギ」では反応しない(か、反応してもごく軽度な)のです。
我々の実感としては、このようなきちんとした検査をおこなっておらず確定はできてないけれども、状況から「茶のしずく石鹸」によるWDEIAではないかと疑われる例があり、また、そもそも「茶のしずく石鹸」によるWDEIAなどという疾患は、例えば夜間当直している救急医にとってはなかなか疑えるものではありません(これを「見逃した」とするのはあまりにも酷です)。また、「茶のしずく石鹸」による皮膚のかゆみがすべてWDEIAとなるわけではありません。谷口医院にもこの石鹸が原因と思われる接触蕁麻疹(まぶたが腫れて痒い)の患者さんが過去に何人かおられましたが、WDEIAを強く疑うようなエピソードを有している人はいませんでした。しかし、このような患者さんも、そのうちWDEIAをおこさないとも限りません。ですから、我々医師は、報告されている例よりも実際ははるかに多い症例があるのではないかと感じており、販売中止が望ましいと考えていたわけです。別のところでも述べましたが、厚生労働省が危険性を公表したのは2010年10月で、自主回収したのは2011年5月です。なぜ2010年10月の時点で自主回収されなかったのかという疑問が私には払拭できません。
「茶のしずく石鹸」によるWDEIAをいったんおこしてしまうと、(加水分解コムギの含まれている)この石鹸は二度と使うことができないのは当然としても、今後小麦を絶対に食べられないのかというと、これは難しい問題です。まず、小麦摂取後の運動は危険ですからやめなければなりません。運動しないときも注意しなければなりませんが、小麦を完全に避けるというのは思いのほか大変です。主治医とよく話し合ってどの程度の小麦制限をすべきかを考えていく必要があります。小麦入り食品の代表は、パンとうどんですが、実際にはほとんどのソバにも含まれていますし、ラーメンやパスタにも入っていますから、麺類はほぼNGということになります。また、カレー、天ぷら、唐揚げ、ハンバーグ、ソーセージなどにも含まれていますから、食事から完全除去するのはかなり困難です。だからこそ、(株)悠香には早期に自主回収してほしかったのです。
WDEIAの原因となっていた「茶のしずく石鹸」に含まれていた加水分解コムギですは現在流通している石鹸(2010年12月8日以降に販売されたもの)にはすでに含まれていないそうです(しかし、それ以前に販売されたもので使われていないものが現在でも多数あると言われています)。さて、ここでひとつの疑問が出てきます。それは「加水分解コムギ」が使われているスキンケア・ヘアケア製品は他のメーカーからも多数販売されているということです(私が使っているシャンプーにも入っていました)。では、なぜ「悠香の石鹸」にだけアレルギーが発症したのでしょうか。これは推測になりますが、ひとつは、「悠香の石鹸」に含まれていた「加水分解コムギ」は分子量が大きいなど何らかのアレルギーを起こしやすい要因があったということ、もうひとつは石鹸ですから目の周りの敏感な部位をこすることによって「加水分解コムギ」が体内に侵入しやすかったこと、が考えられます。
最後に、診察室でしばしば感じるアレルギーに関する「誤解」について述べておきたいと思います。かぶれや薬疹が疑われる患者さんに対して、「化粧品(や薬)が原因の可能性がありますよ」と言うと、「そんなはずはありません。なぜならもう半年間も使っているからです」と答える人がいます。ですが、通常アレルギーというのは使い続けるうちにでてきます。「茶のしずく石鹸」によるWDEIAも患者さんの多くは数ヶ月から数年間はまったく無症状だったのです。「過去にはなかったから・・・」というのはアレルギーを否定する根拠にはなりません。スギ花粉症でも、「生まれたときから・・・」という人はおらず、たいていは成人してから、なかには80歳を超えてから発症、という人もいるのです。
スキンケア製品が原因のアレルギー疾患というのは、ときに患者さんからも医療者からも疑いにくく、疑っても証明するのがむつかしいのですが、放置すると重症化することもあります。治療もケースバイケースで、小麦などのアレルゲン完全除去が必要な場合もあれば、そうでない場合もあります。症状出現時の対処方法も様々です。ですから、医師と患者さんがよく話し合って必要な検査・治療を適宜おこなっていかなければならないのです。
************
追記(2019年12月19日):その後の経過を報告します。まず、アレルゲンは「茶のしずく石鹸」に含まれる「グルパール19S」であることが判りました。グルパール19Sを含有した「茶のしずく石鹸」は、2004年3月~2010年12月までに約4650万個が約467万人に販売されました。これは日本人の成人女性の12人に1人が使用したことになります。
グルパール19Sによる小麦アレルギーの調査が2012年4月から2014年10月まで行われました。全国270の医療施設を受診した2,111例に確定診断がつきました。グルパール19Sを含むスキンケア製品は「茶のしずく石鹸」以外にもあることが分かりました(参照:医療ニュース2011年11月16日「茶のしずく石鹸」で66人が重症」)。
(株)悠香らを訴える弁護団が全国各地で形成されました。2019年3月29日、大阪府などの20~50代の男女20人が1人当たり1000万~1500万円の損害賠償を求めていた訴訟で、大阪地裁は製造物責任(PL)法に基づき、3社に対し全員に計約4200万円を支払うよう命じました。
参考:特殊型食物アレルギーの診療の手引き2015
毎日新聞2019年3月29日「「茶のしずく」訴訟 3社に賠償命じる判決 大阪地裁」
参考:
アレルギーの検査
医療ニュース
2011年11月16日「「茶のしずく石鹸」で66人が重症」
2011年5月21日「「茶のしずく石鹸」が自主回収」
2010年10月20日「小麦入り化粧品、特に”お茶石鹸”に注意」
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|2013年6月15日 土曜日
第93回 てんかんを正しく理解するために 2011/5/20
2011年4月18日午前7時45分頃、栃木県鹿沼市内の国道293号線で、てんかんに罹患している26歳男性がクレーン車を運転中にてんかん発作を起こし、集団登校を行っていた小学生の列に突っ込みました。報道によりますと、9歳から11歳の児童6人が全身強打で死亡しました。
児童6人が死亡、という大きな事故ですからマスコミの取り上げ方もかなり大きかったように思われますが、てんかん患者の自動車事故というのはこれまでもときどき報道されています。
少し例をあげると、2010年12月、三重県四日市市の踏切で、てんかん患者の男性が乗用車を運転中に意識を失い自転車3台に追突し、踏切内に押し出された男性2人が急行列車にはねられて死亡しています。
2008年3月には、横浜市の県道で、てんかん患者の男性がトラックを運転中にてんかん発作を起こし対向車線に逸脱し14歳の男子中学生がひかれて死亡しています。この事件では被告は禁固刑の実刑判決がでています。
つい最近の2011年5月10日にも、広島県福山市の県道で、てんかん患者の男性が軽自動車を運転中に発作を起こし小学生の列に突っ込み児童4人が重軽傷を負っています。
1~2年に一度くらいの割合で、新聞の片隅にてんかん患者の自動車事故が報道されているような印象が私にはあるのですが、冒頭で述べた事件は被害者が6人もの児童だったこともあり大きく取り上げられたのでしょう。そして、この加害者を糾弾する声が世論から上がっています。
てんかん患者の運転、と言えば、作家筒井康隆氏の「断筆宣言」を思い出す人が多いのではないでしょうか。これは、筒井氏の小説『無人警察』のなかに、「てんかん患者を差別する内容がある」として、日本てんかん協会が筒井氏と、この小説を国語の教科書に掲載する予定であった角川書店に抗議をおこない、角川書店が筒井氏の同意を得ずに教科書から削除したことに対して、筒井氏が怒りの意思表示として断筆することを宣言した、というものです。
『無人警察』の舞台は未来社会で、レーダーか何かで人の脳波を遠方から測定することのできる器械が登場します。この器械は、てんかん患者が出す異常脳波を検出することができ、異常波を出している運転者を検知すれば直ちに病院へ収容するきまりになっているとか、そういう内容だったと思います。(私の記憶はうろ覚えです。すみません・・)
日本てんかん協会が筒井氏に抗議をおこなったのは1993年ですが、当時はてんかんの患者さんやその家族も筒井氏を非難し、筒井氏の自宅には大量の抗議の電話やFAXが寄せられたそうです。たしかに、この小説の解釈の仕方によってはてんかんに対する差別と取れるような箇所があったと思われます。一方、(これもうろ覚えで恐縮ですが)筒井氏は、「自分は差別しているのではなく、てんかん患者は直ちに病院へ収容すべき、といった差別観が世間に存在していることを訴えたかった」というようなコメントをされていたように記憶しています。
『無人警察』が差別に値するかどうかは各自で考えていただくことにして、話を医学的な観点に戻したいと思います。
まず押さえておきたいのが、「『無人警察』事件」があった1993年当時、てんかんに罹患している人は車の免許が法的に取得できなかったということです。これは1960年に制定された道路交通法によるもので、第88条に「てんかん患者には第1種および第2種免許を与えない」と規定されています。しかし、実際には、自らがてんかん患者であることを申告せずに、免許を取得している人も少なからずいました。
こういった事態に対し、「てんかん患者が法を犯して運転免許を取得するなど許せない」という声があったのは事実です。しかし、てんかん発作は幼少時期のみで、すでに発作が起こらなくなってから10年以上経過している人からすれば「なんで運転できないの?」となります。
てんかんという病は日本だけにあるわけではありませんから、この問題は当然どこの国にも存在していました。参考までに、てんかんの有病率には地域差はなくどこの国でもだいたい人口の1%程度だろうと言われています。日本のてんかん患者は推定100万人とされています。
20世紀の半ば以降、てんかんに有効な治療薬が次々と開発され、うまく薬を使えば発作がかなりの確率で抑えられるようになってきました。そして、発作が2年以上おこらなければ再発は極めて少なく、薬の中止も可能であるということが実証されるようになりました。この流れを受けて、米国では1949年に、イギリスでは1960年に、てんかんを有していても運転免許を取得することが可能となりました。
しかし日本の対応は遅く、世界各国が道路交通法を改正しているのにもかかわらず、21世紀になっても、日本は、てんかんであるというだけで運転免許を取得できない稀な国のひとつとなってしまったのです。しかし2002年6月、遅ればせながらも日本でも道路交通法が改正され、てんかんがあったとしても一定の条件を満たせば運転免許を取得することができるようになりました。
「一定の条件」はかなり細かく規定されていますので詳しくは述べませんが、おおまかに言うと、一定期間てんかん発作がなく今後も起こる可能性が極めて少ないようなケースであれば免許取得が可能とされています。しかし、これは「普通免許」であり、「大型免許」や「第二種免許」に対しては現時点では認められていません。冒頭で紹介しました栃木県のケースでは被告はクレーン車を運転していたわけですから弁護の余地がありません。
私は、今回の事件がきっかけとなり、てんかん患者に対する運転免許交付に厳しい条件を付けるよう求める声が上がらないかということを懸念しています。栃木県の事件では、過去にも人身事故を起こして執行猶予中だったことと、クレーン車を運転していたという許しがたい事情があります。一方、良心的な(というかほとんどの)てんかん患者さんは、道路交通法に基づいて免許を取得しているのです。
今後、てんかんに対する風当たりがきつくなれば、きちんとコントロールできているのに免許が取りにくくなるといったことが起こるかもしれません。あるいは、正式な手続きを経て免許を取得しているのにもかかわらず、てんかんを理由として職場で運転を禁じられるとか、就職そのものが不利になるとか、もっと言えば適当な理由を付けられて解雇に追い込まれる、といったことがおこらないかということを危惧します。
そのような雰囲気が生じれば、てんかんを持っている人はますます周囲に隠そうと考えるかもしれません。てんかんという病は、現在でも差別がまったくないとは言えないのです。ですから、てんかんであることを職場などで隠している人は依然大勢おられます。しかし、てんかんという病は、周囲にそのことをあらかじめ告げておくよりも隠しておく方が、その人にとってときにデメリットが大きい場合があるのです。
今回の事件を受けて、てんかんの既往を厳格に管理せよ、という意見が出てきています。例えば、診察した医師はそれを保健所に届けて保健所が運転免許の取得状況を確認すれば隠れて免許を取得できなくなるだろう、という考えです。しかし、このようなことが行われればますます偏見が持たれかねませんし、てんかんという診断を付けられるのを避けるために医療機関を受診しなくなる患者さんもでてくるかもしれません。こうなれば患者さんにとっても社会にとっても大きな損失となります。
てんかんは不治の病ではありませんし他人に感染させるものでもありません。てんかんが理由で差別的な扱いを受けるというようなことは絶対にあってはいけないことです。まずは国民ひとりひとりがてんかんという病気を理解し、自分がてんかんだったら・・、という観点で運転免許について考えるべきだと思います。
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|2013年6月15日 土曜日
第92回 エコノミークラス症候群を防ぐには 2011/4/20
東日本大震災発生後に度々耳にする病気のひとつに「エコノミークラス症候群」があります。今回は、この病気のメカニズム、治療法、予防法などについて述べていきたいのですが、その前に、一見覚えやすいけれども誤解も招きやすいこの病名についてみていきたいと思います。
まず、なぜ「エコノミークラス症候群」などという奇をてらったような病名がついたかと言えば、元々は飛行機のエコノミークラスに長時間座ることにより起こりうることから名づけられたからです。しかし、この病名は、「では、ビジネスクラスに座れば起こらないのですね」、というイメージを与えることになりかねません。
ところが実際は、ビジネスクラスに座ろうがファーストクラスに座ろうが、起こるときは起こります。エコノミークラスに座席を取ることが問題なのではなく、長時間同じ姿勢で座りっぱなしであることに原因があるのです。長時間同じ姿勢で座ることにより、下肢の静脈内に血の塊(かたまり)ができやすくなるのです。この血の塊のことを「血栓(けっせん)」と呼びます。そして、血栓が何らかのきっかけで静脈内を移動し、それが肺の血管につまると、突然呼吸困難に陥り、重症例では死に至ることもあります。これがこの病気のメカニズムです。
エコノミークラスが必ずしも原因ではありませんから、この病気の名前を「ロングフライト血栓症」、あるいは「旅行者血栓症」という名前に変えようと言われたこともありましたが、どうもそれほど社会に浸透していないようです。依然として「エコノミークラス症候群」という名前の方が知られているのではないでしょうか。
ではもう少し学術的な呼び方はないのか、と気になるところですが、我々医療者は、下肢の静脈に血栓ができた状態を「深部静脈血栓症」、そして肺の血管に血栓が詰まった状態を「肺血栓塞栓症」と呼んでいます。
私個人としては「エコノミークラス症候群」といった誤解を与えかねない病名には少し抵抗があるのですが、他の言い方と比べても依然世間に浸透してしまっている命名ですから、こうなればエコノミークラス症候群の病態を、名前だけでなく、その内容を詳しく知ってもらうのが現実的な医療者の使命ではないかと今は考えています。
東日本大震災の被害者に多発したのは、もちろんエコノミークラスの席に座っていたからではありません。寒さに震え同じ姿勢を維持したことが原因です。現地で調査した医師の報告によりますと、検診に参加した被災者の約3割に深部静脈血栓症が認められた、とするものもありますし、車の中で寝泊りしている被災者だけを対象とした調査では約50%に認められた、とするものもあります。
被災者が車の中や体育館などで、少ない毛布で寒さに耐えて縮こまって安静にしている姿が想像されますが、体を伸ばしていれば防げるというものでもありません。大きなベッドで上を向いて寝ていたとしても起こるときは起こります。後にも述べますが、手術の後にも深部静脈血栓症は起こりやすいのです。
では、どのような人に起こりやすいのか、つまりどのようなことがリスクになるのか、をみていきたいと思います。
エコノミークラス症候群のリスクを挙げていくと、先に述べた術後の他、外傷も要注意です。ケガをして出血すると、止血が必要になりますから体は分子レベルで血を固まらせようとします。傷を負った部位の出血が止まるのはもちろん望ましいことですが、その一方で血が固まりやすくなるためにエコノミークラス症候群のリスクが上昇してしまうというわけです。
その他のリスクとして、高齢、女性、肥満、高血圧や糖尿病、喫煙、薬などがあげられます。薬については、特に注意しなければならないのは、低用量ピルや更年期障害の治療で用いるエストロゲン製剤です。
よく低用量ピルを飲んでいる患者さんから、「どうしてタバコがいけないのですか」と聞かれますが、その理由の1つはエコノミークラス症候群のリスクを上昇させるからです。参考までに、「WHOの低用量ピルの使用に関する基準」というものがあり、この分類で「分類4」になると原則として低用量ピルは使えないのですが、その分類4の1つに「35歳以上で1日15本を越える喫煙者」とあります。
こういったリスクはひとつひとつはさほどでなかったとしても、積み重なるとかなりのハイリスクになると考えるべきです。例えば、軽度の肥満があり、薬を飲むほどではないけれども血圧が高く、喫煙している40代の女性は、できる限りピルは避けるべきです。
さて、女性であること、高齢であること、震災でケガをしてしまったこと、などは自分の力ではどうしようもできないことですし、血圧が高いことも必ずしも本人の責任ではありません。では、リスクのある人がエコノミークラス症候群を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。
どうしても知っておきたいのは「運動」と「水分摂取」です。
運動という言葉に抵抗がある人もいるかもしれませんが、心配しなくてもここでいう「運動」とは、ちょっとした歩行やストレッチのことです。例えば、ずっと座りっぱなしという人は、ときどき立ち上がって歩けばいいのです。また、足首を回したり、ふくらはぎを伸ばしたりして下半身の軽いストレッチをおこなうのも効果的です。
「水分摂取」は文字通りなのですが、女性の場合、これができておらず自覚のない人が意外に多いということを知っておくべきでしょう。一般の尿検査で、「比重」といってどれくらい尿が濃いかを調べる指標があるのですが、この比重の高い女性が男性に比べると非常に多いように私は感じています。患者さんに質問してみると、「水分を摂るのが苦手・・・」「仕事でトイレに行けないので・・・」「足がむくむのがイヤなので・・・」といった答えが返ってくることが多いと言えます。
被災地なら、清潔なトイレの確保に苦労することもあるでしょうし、夜間に共同トイレに女性ひとりが行くことに危険が伴うこともあるでしょう。しかし、トイレの回数を減らすために水分摂取を控えてしまうと、それだけエコノミークラス症候群のリスクが上がることは知っておかなければなりません。
運動と水分摂取を心がけることの他に知っておくべきことは、「下肢が腫れてくれば直ちに受診を」ということです。血栓が肺の血管まで飛んでいけばエコノミークラス症候群になるわけですが、下肢の血管内に血栓ができて、血のめぐり(循環)が悪くなると下肢が腫れてくることがあります。(しかし下肢が腫れることなくいきなり肺の血管が詰まることもあります) 太融寺町谷口医院の患者さんのなかにも「足が腫れた」と言って受診する患者さんのなかにこの状態(深部静脈血栓症)の人がいます。確定診断をつけるにはエコーで血栓の存在を確認するか、血液検査で血が固まりやすくなっていないかを知る指標(D-ダイマー、TATなど)を調べます。
治療については、軽症では外来で診ることもありますが、下肢の腫れが強いときや、胸痛や呼吸困難があれば入院してもらうことになります。(呼吸困難があれば、エコノミークラス症候群以外の理由でも入院ですが) また下肢の腫れを繰り返すような人には「弾性ストッキング」という深部静脈血栓症を予防することのできる特殊なストッキングを履いてもらうこともあります。
最後にエコノミークラス症候群をまとめておきましょう。
1、エコノミークラス症候群は、下肢の静脈内でできた血栓が肺の血管に詰まることで発生し、呼吸困難が起こり死に至ることもある。
2、飛行機のエコノミークラスに座るからでなく、同じ姿勢をとることがリスクになる。
3、正式な病名は「肺血栓塞栓症」で、「ロングフライト血栓症」、「旅行者血栓症」といった呼び方もある。
4、「同じ姿勢」以外のリスクとして、手術後、外傷、高齢、女性、高血圧や糖尿病、薬(特にピル)、脱水、などがある。
5、予防は、適度な運動と水分摂取。また、ハイリスク者にはあらかじめ「弾性ストッキング」を使用してもらうこともある。
6、重症例や突然の発症の場合は入院治療が必要になることも多い。
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|2013年6月15日 土曜日
第91回 不定愁訴という病 2011/3/20
不定愁訴(ふていしゅうそ)という言葉をご存知でしょうか。
これは我々医師が医師となり実際に診察を始めると、早かれ遅かれ必ず遭遇する患者さんから聞く訴えであり、そして始めのうちは、どのようにして治療していいかわからずにとまどってしまうものです。
例をあげたいと思います(注)。
【症例】34歳女性。主婦。1年くらい前より、めまいと頭痛を自覚するようになった。市販の痛み止めを飲んでもそれほど効かないが、家事はなんとかおこなえている。半年くらい前からしびれを自覚するようになった。しびれはそのときによって起こる場所が異なる。2ヶ月くらい前から動悸と胸が圧迫されるような感じをときどき自覚するようになり、最近は息苦しさも感じるようになり受診することとなった。
この症例に対して、ひとつひとつの訴えに対して検査をしたとしましょう。めまいと頭痛があるから脳のMRIを撮影し、耳鼻科的な平衡機能の検査をおこない、しびれについては頚椎のレントゲンを撮影し、動悸があるから心電図に胸部レントゲン、さらに採血と採尿をおこなったとしましょう。「絶対に」とは言いませんが、このようなケースでは多くの場合、異常所見が見つかりません。このように、患者さんはいろんな訴えを言うのだけれど、検査をしても何も異常がでずに治療が必要でないことが多いものを「不定愁訴」と呼びます。
不定愁訴の最大の特徴として「症状が多彩である」ということがあげられます。さらにひとつひとつの症状も変化することが多いという特徴があります。例えば、「先週は倦怠感とめまいでしんどくて今週はそれらは少しましになったけど、今度はしびれが出現して、そのしびれは昨日は両腕にでたけど、今日は足にでてきた・・・」、といった感じです。
入院中の患者さんがこういった不定愁訴を訴えることがしばしばありますから、ほとんどの医師が医師になって比較的早い時期に経験します。そして患者さんは、その症状がいかに苦しいかということを力説します。なんとか患者さんの力になりたいと考えている若い医師(研修医)は悩みます。なにしろ、不定愁訴などというものは医学の教科書にはほとんどでてきませんから臨床経験の浅い医師にとってみれば馴染みがありません。しかし、苦しいと言っている患者さんを放っておくわけにはいきません。かといって検査をしても異常がでず、鎮痛剤を処方することくらいしかできません。そして、多くの場合、どのような薬を処方してもすべての訴えがなくなることはないのです。
不定愁訴は症状が多彩ですから、患者さんはしばしばドクターショッピングを繰り返します。例えば、動悸がするから循環器内科を受診したけれど異常がないと言われ、次に呼吸器内科を受診した。また異常がないと言われ、耳鼻科、婦人科、脳外科、ペインクリニック、などを受診し、いつのまにか財布のなかは医療機関の診察券だらけになっている、というケースも珍しくありません。
「総合診療」という言葉が次第に知れ渡ってきた数年前から、こういった不定愁訴の患者さんは、総合診療科に集まるようになってきました。例えば、私が大学病院の総合診療科の外来を担当していたとき、1日の患者さんの半数近くが不定愁訴と思われるような日もありました。
もっとも、患者さんの方は、自分の症状を「不定愁訴」とは思っておらず、「いろんな症状がでてきているから重い病気に違いない。なんとかして正しい診断をつけてもらわなければ・・・」という気持ちを持っています。
ですから、診察する医師の方が「それは不定愁訴といって治療する必要のないものですから病院に来る必要はありません」などと安易に言ってしまうと、患者さんは納得しませんし、「今度こそ」という思いを抱き、新たな医療機関を探すことになります。私自身は、大学病院の総合診療科でも、太融寺町谷口医院でも、少なくない不定愁訴の患者さんを診てきましたが、患者さんによっては、過去に受診した医療機関の検査データや、これまでの経過を丁寧にワープロで作成したプリントをまとめたファイルを持参することもあります。
では、我々医師は不定愁訴の患者さんと遭遇したときにどのようにしているのでしょうか。まず、患者さんの訴えから単なる不定愁訴と感じても、安易に決め付けてはいけません。数はそれほど多くありませんが、太融寺町谷口医院の例でみても、「一見、不定愁訴に思われる症例が実は放っておいてはいけない病気であった」というケースがあります。
例えば、「長引く倦怠感と下痢、発汗が半年前から続いているがこの前の健康診断では異常がないと言われた」と言って受診した30代の男性が結核であったという症例、「4ヶ月前からだるさと微熱としびれがでたり消えたりする」と言って受診した20代の男性がHIVであった症例、「動悸と不眠で困っていて2つの病院にいったけど、どちらも安定剤しか処方してくれなかった」と言う訴えの20代女性が甲状腺機能亢進症であった症例、「むくみとイライラがあり前の病院では生理周期にともなう正常のものと言われたけど納得できない」と言って受診した20代女性が全身性エリテマトーデスという膠原病であった症例、などがありました。これらの症例では、「安易に不定愁訴と決め付けてはいけない」ということを改めて考えさせられました。
あと注意しておかなければならないのは、女性の不定愁訴のなかには、更年期障害や月経前緊張症候群(PMS)という観点から治療をすべきものがあるということです。私の場合、月経前緊張症候群の患者さんは比較的多数の症例を診ていますが(下記コラムも参照ください)、更年期障害を疑ってそれが重症であれば、更年期障害に力を入れている婦人科クリニックを受診してもらうことがあります。更年期障害に対しておこなう「ホルモン補充療法」は専門医がおこなうべきだからです。
もうひとつ、比較的早い段階で紹介受診してもらうのは「慢性疲労症候群」を疑ったときです。程度にもよりますが、疲労感が強く仕事を辞めざるを得なくなり日常生活に困難をきたしているような場合は、専門医に紹介することも検討します。
さて、結核やHIV、甲状腺疾患、更年期障害、慢性疲労症候群などを除外したあとにどうすべきか、ですが、患者さんの話をよく聞くと、強いストレスが影響していたり、精神的な問題があったりする場合がしばしばあり、こういう場合、精神科の受診をすすめることがあり、患者さんが同意すれば紹介状を書きます。
精神科受診に同意されない場合、あるいは精神科受診までは必要のないような場合は、私が診ることになりますが、患者さんの自宅があまりにも遠い場合は近くのクリニックを受診するよう助言します。不定愁訴の患者さんはすでにドクターショッピングを繰り返していることが多く、電車で何時間もかけて来られるケースがしばしばあります。一度や二度の来院で症状が完全になくなることは期待できず、たいていは何ヶ月もかかることになりますから、自宅が遠いと通院が続かないのです。
なかなか治療のとっかかりがつかみにくい不定愁訴ですが、それでも何度も通院してもらい、話を聞き、場合によっては漢方薬などで治療を続けると、よくなっていくケースもまあまああります。(再び悪化することもありますが・・・)
不定愁訴という病は、検査をしても異常がでずに、薬を使っても一気に治ることはほとんどないために、医療者からは歓迎されないことが多いのですが、患者さんの側からみれば苦しんでいるのは事実なわけですから、たとえ劇的な治療効果が出なかったとしても、医療者は根気強く取り組んでいかなければならない疾患ではないかと私は考えています。
参考:はやりの病気第25回(2006年2月)「生理前の様々な苦痛-月経前緊張症候群-」
注:ここでとりあげた症例は、私が診察した複数の患者さんをヒントにしてつくりあげたフィクションです。もしもあなたに、登場人物と似たような境遇の知り合いがいたとしても、それは単なる偶然であるということを銘記しておきたいと思います。
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