はやりの病気
2023年5月22日 月曜日
第237回(2023年5月) 麻疹(はしか)とこれからの発熱外来
麻疹(はしか)が流行しつつあります。麻疹そのものについての情報提供はこれまで、このサイトおよび他のサイトに私が書いたものもありますので(下記の毎日新聞「医療プレミア」の麻疹に関するコラムはすべて無料で読めます)、興味のある方にはそちらをご覧いただくとして、ここでは今後「麻疹かもしれない」と思ったときにどのように医療機関を受診すべきかについて述べていきたいと思います。
まず、「麻疹の再感染及びワクチン接種後の感染」について話をしておきましょう。
先日(2023年5月17日)、テレビ朝日の「ABEMA Prime」の出演依頼を受けて麻疹に対する話をしました。生放送ということで、どのような質問をされるのか不安があって、さらに、リハーサルなし、それどころか私自身が出演者と面識がないどころか、失礼ながら私がテレビを見ないこともあって、キャスターやパネリストがどのようなキャラクターの方々なのかもまるで分からない状態で番組がスタートしました。
しかも、私の出演はオンラインですからスタジオの”空気”が読めません。生放送で場違いなことや、空気が読めない発言をすれば大変なことになります。番組の「台本」のようなものを開始直前に受け取ったのですが、それをすべて読み終わらないうちに番組が始まってしまいました(下記URLで1週間はオンデマンドで診られるそうです)。
興味深いことに、そして非常に幸いなことに、キャスターの益若つばささんが冒頭で私にとってとてもありがたいコメントをしてくれました。益若さんは最近帯状疱疹に罹患されたそうです。そのときに「子供の頃に水痘(みずぼうそう)にかかったことがリスクと言われた。麻疹もそうなのかどうかが心配です」といったことを発言してくれたのです。しかも番組の途中で、再度その疑問を取り上げてくれました。
これは多くの人が知りたいことであり、医師の立場からみれば「極めて良い質問」です。そして、この答えは「麻疹の再感染はない」です。益若さんが苦しまれた帯状疱疹はたしかに過去の水痘ウイルスの感染が原因です。ですが、麻疹の場合は感染して治癒すれば強力な「抗体」ができて二度と感染することはありません。
その番組で私は「個人的な意見だが麻疹のパンデミックは起こらない」と述べました。その理由は2つあります。1つは2006年に麻疹ワクチンは2回接種が定期化されたために現在の18歳未満のひとたちはしっかりとした抗体があるから。そしてもう1つは現在55歳(あるいは60歳)以上の人たちの大半は感染しているために自然の抗体ができているからです。
通常、パンデミックが起こって多数の犠牲者が起こる感染症は免疫能が不十分な小児と高齢者を襲います。ところが麻疹の場合は、この2つのグループが強固の免疫で守られていますからパンデミックの心配はないのです。
では、ワクチンを2回接種した場合はどうでしょう。この場合はなかなか100%感染しないとは言えません。ワクチンを2回接種したのにも関わらず感染してしまう可能性はあります。ただし、ワクチンを2回接種していれば重症化することは(ほぼ)ありません。高熱が出ず、皮疹もごくわずかの軽症で済むのです。これを「修飾麻疹」と呼びます。
本稿執筆時点で2023年4月から5月にかけて麻疹を発症した事例が4例報告されています。1例目はインドで感染した茨城県の30代男性、2例目と3例目は1例目の男性と同じ新幹線の車両に乗車していた30代女性と40代男性。そして4例目が神戸の事例で、1例目の男性が神戸に移動していたことからこの男性から感染したものとみられています。これら4例のうち神戸の事例については公表されていないので詳細が分かりませんが、他の3例についてはいずれもワクチン未接種(または接種歴不詳)とされています。
茨城と東京の3例はいずれも入院しているようでおそらく軽症ではないのでしょう(4例目の神戸の事例は詳細不詳)。ということは、やはり麻疹対策での最重要事項はワクチンということになります。つまり、高齢者は既感染で、18歳未満は2回のワクチン接種で免疫を得ているわけですから「20~50代のワクチン追加接種」がパンデミックを回避するための最大のポイントになります。
もしもあなたがワクチン未接種または1回接種のみだったとして、麻疹かもしれない発熱が出たときはどうすればいいでしょうか。麻疹は「皮疹」が有名ですが、これは後半に出ます。もう少し正確に言うと、麻疹の発熱は「二相性」といっていったんは解熱します。そのときに口の中に白い斑点(これを「コプリック斑」と呼びます)ができ、その直後に2回目の発熱が起こり、このときに全身に皮疹が出現します。
1回目の発熱時ですでにかなりの倦怠感が伴います。この時点では麻疹よりは新型コロナ、またはインフルエンザが疑われることもあるでしょう。つまり、皮疹があろうがなかろうが、高熱と倦怠感があれば、医療機関の発熱外来を受診するしかないわけです。過去3年で私は何十回と繰り返して訴えてきたように「発熱外来」のあるかかりつけ医を見つけておくのがものすごく大切です。
では、軽症の場合はどうでしょうか。これも何度もお伝えしているように「新型コロナであろうがインフルエンザであろうが、重症化リスクのない人の場合は医療機関受診はそもそも不要」です。何もしなくてもそのうち治るからです。もっともこれは受診してはいけないという意味ではありません。場合によってはオンライン診療も含めて受診を検討すべきでしょう。
では軽症の麻疹を疑ったときにはどうすればいいのでしょうか。例えば、微熱と(特にかゆくない)皮疹が出た場合、我々はほぼ全例で麻疹を鑑別に加えます。そして、麻疹の疑いがあればどうするか。答えは「隔離」です。場合によっては軽症でも保健所と相談して入院先を探すこともありますし、入院できない場合は他人と接することのないよう自己隔離してもらいます。
なぜ、麻疹に感染すると隔離されなければならないのか。もちろん他人への感染リスクを下げるためですが、それならばインフルエンザや新型コロナと同じと思われるかもしれません。ですが、違うのです。新型コロナやインフルエンザよりも麻疹の方が他人への感染リスクを下げることがずっと重要なのです。
2016年にインドネシアで麻疹に感染した30代の日本人男性は現地で重症化し、意識をなくし人工呼吸器の装着を余儀なくされました。帰国後はリハビリを開始しましたが、後遺症が残ったと報告されています。風疹と異なり、麻疹は妊娠中の女性が感染しても母子感染はありませんが、赤ちゃんのみならず母体の命が危険に晒されます。つまり、ワクチン未接種(または1回接種のみ)の人たちがそれなりに多い現状に鑑みると、他人への感染は可能な限り避けなければならないのです。
麻疹の潜伏期間は10~12日程度あります。この間にも他人に感染させる可能性があります。発症後も、軽症であれば行動を控えない人もいるでしょう。一般的に麻疹に感染すると発症から完全治癒まで2~3週間はかかります。こんなにも自己隔離することはできない、と考える人もいるでしょう。ですが、成人が麻疹に感染したときのリスクを甘くみてはいけません。実際、4月から5月に感染した人たちは入院しているわけです。
日本には「はしかにでもかかったようなもの」という慣用句があり、これは一過性の発熱のみ、つまり「軽症」であることを示しているわけですが、成人に感染した場合のことを考えるとこの慣用句は必ずしも適切ではないのです。
参考:
マンスリーレポート
2016年9月 麻疹騒動から考える、かかりつけ医を持たないリスク
医療ニュース
2017年5月29日 ワクチン1回では不十分~後遺症も残る麻疹脳炎~
2016年8月31日 麻疹とマスギャザリング
「医療プレミア」
2022年12月19日 麻疹 「世界の全地域で差し迫った脅威」とWHOが訴えるわけ
2019年9月22日 人ごとでないフィリピン「ワクチン不信」と麻疹急増
2017年6月4日 本当に「大丈夫」?渡航前ワクチンの選び方
2016年4月3日 SSPE 恐ろしい「はしかのような」病から学ぶこと
2016年3月27日 麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪
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