はやりの病気
第112回 長引く咳(後編) 2012/12/21
今回はまず、タバコが原因で生じる咳についてまとめてみたいと思います。
前回述べたように、タバコはあらゆる咳の悪化因子となりますし、喘息を含め、アレルギーが関与した咳の救世主となるステロイド吸入薬が効きにくくなる、という問題もあります。
さらに、タバコそのもので長引く咳を引き起こす病気があります。それはCOPD(そのままシーオーピーディーと発音します)と呼ばれるもので、罹患者が多い割には病気の名前はあまり世間に浸透していない病気です。しかし、COPDにかかっている人は非常に多く、2001年の時点ですでに日本人の530万人、全体の8.6%が罹患していると言われています。COPDは中年から高齢者に多い疾患ですから、今後高齢化社会が進行すれば全国民の10人に1人以上がCOPDとなるのは間違いないでしょう。
COPD(chronic obstructive pulmonary disease)の日本語の名称は「慢性閉塞性肺疾患」です。以前は、「肺気腫」とか「慢性気管支炎」という病名の方が一般的でしたが、現在はこれら2つの疾患をまとめてCOPDと呼ぶようになった、と考えて差し支えないと思います。
COPDは別名「タバコ病」と呼ばれることもあり、原因のほとんどはタバコです。罹患者の内訳をみると、喫煙者か元喫煙者の他、非喫煙者も全体の数パーセントを占めているのですが、おそらくほとんどは家族内に喫煙者がいるといった受動喫煙者であると推測されます。
COPDの症状は長引く咳や息切れですが、これらだけで済むわけではありません。COPDは「死に至る病」です。実際、厚生労働省の人口動態統計によると、2011年にはCOPDで16,639人が死亡しており、これは日本人の死亡原因の第9位です。10年前と比較すると死亡者はおよそ3割も増えています。
COPDが増加傾向にあるのは世界的にみてもいえることで、WHO(世界保健機関)の統計によりますと、2005年には世界中で300万人以上がCOPDで死亡しており、これは全死亡者の5%に相当します。さらに、2030年にはこの数字が8.6%となり、世界の死亡原因の第3位になると予想されています。(現在でもすでに第4位です。ちなみに1~3位は、虚血性心疾患、脳血管障害、肺炎です)
実は私の祖母もCOPDで他界したのですが、末期は相当悲惨でした。例えばガンの末期は痛みに苦しむことになりますが、モルヒネなどの麻薬を効果的に使えば多くの痛みはコントロールできます。しかし、COPDの末期に現れる「息ができない」という苦痛はどうすることもできません。もちろん酸素投与をしたり、吸入薬を使ったりすると、いくぶんラクにはなるのですが、それらにも限度があります。私の祖母も相当苦しんだようで「こんなに苦しいなら早く死にたい」と何度も漏らしていたようです。しかし、その一方で最後までタバコをやめなかったわけですから、タバコというのは相当恐ろしい薬物だといえるでしょう。
COPDは呼吸ができないという苦痛に襲われ死に至る病でもあります。しかし、それだけではありません。あまり知られていませんが、COPDは、うつ病さらに認知症などが合併することが多いことも分かっています。また、心筋梗塞や心不全といった心臓の疾患も起こしやすいですし、胃潰瘍や逆流性食道炎などの消化器疾患、さらに、糖尿病になりやすいこともわかっていますし、骨粗鬆症のリスクにもなります。つまり、COPDとは単なる呼吸器の疾患ではなく、全身疾患だと考えるべきなのです。
さて、この大変やっかいなCOPDですが、一番大切なことは「予防できる病気」ということです。予防に何をすればいいか。もちろん「禁煙」です。私自身が元喫煙者なのであまりえらそうなことは言えませんが、それでも「進行したCOPDで苦しむことを避けるためにも禁煙をしましょう」と強く訴えたいと思います。
最近はいきすぎた禁煙ムーブメントに不快感を示す人が増えているようですし、「愛煙家の権利を守る」という考えも理解できないわけではありません。私自身は完全に禁煙しておよそ5年になりますが、実は今でも吸いたくなることがあります。ですから、喫煙者の気持ちが分からないわけではありません。しかし、それでもタバコを吸っていいことはほとんどない、というか、トータルで考えればどうみても有害なものです。少し前までは、喫煙所でのコミュニケーションが有益なことがあったり(私には喫煙所でできた友達もいます)、また喫煙することによって仕事や勉強のアイデアがひらめいたりすることもあり(もっともこれらは喫煙者の言い訳にすぎませんが)、タバコの利点もないわけではないと私自身が考えていましたが、現在の私は「すべての人に禁煙を強く勧める」という立場です。タバコを吸い続けCOPDとなり、いつも酸素が手放せないという状況がどれだけQOLを損ねるか、ということをすべての喫煙者の人にもう一度考えてもらいたいと思います。
タバコ以外の吸入で発症する咳で忘れてはならないのが、じん肺、つまり仕事を通して粉塵を吸い込んでその数十年後に肺がやられてしまう疾患です。アスベスト(石綿)が有名ですが、それら以外の粉塵でも生じることがあります。あとは、カビの一種を吸い込んで咳が生じるというケースがあります。よくあるのが、古い木造の家屋に住んでいて木に生えたカビを吸い込んでおこる、というもので「過敏性肺(臓)炎」と呼ばれます。これはカビ(真菌)が直接肺や気管を攻撃するのではなくて、アレルギーのメカニズムによって炎症が起こるもので、前回紹介したアスペルギルス肺炎やカリニ肺炎とは病態が異なります。
COPD、じん肺、過敏性肺炎のいずれもが、原因物質を取り除くことによって事前に防ぐことができる疾患である、という点が重要です。
さて、「長引く咳」で受診される人のなかでときどきあるのが、呼吸器ではなく消化器に原因があるというケースです。つまり、逆流性食道炎による咳です。咳が出ているのだから、気管(支)や肺に問題があるに違いない、と患者さんは考えていることが多く、「その咳は食道が原因かもしれません」と言うと患者さんに驚かれることがしばしばあります。医師の側も、この疾患を咳の鑑別疾患に初めから入れておかないと、ときに見落とすことになりかねません。「数日前からの咳」であればそれほど疑いませんが、「長引く咳」の場合は必ず一度は疑うべき疾患といえるでしょう。
逆流性食道炎というのは、胃酸が食道に逆流して生じるものですから、咳よりも先に胸焼けや吐き気が起こりそうに思われますが、不思議なことにそういった症状は一切なく咳だけが生じるということがあります。では、どのようにして逆流性食道炎が咳の原因であることを疑うのかというと、毎日決まった時間に咳がでる、とか、食後しばらくして咳がでる、という症状がヒントになることがあります。あるいは、可能性があると考えれば、胃酸を抑える薬を試しに使ってみる、という方法をとることもあります。もしも長引く咳の原因が逆流性食道炎なら、これで劇的に改善することもあります。この方法で改善したかどうかはっきりしないけれども逆流性食道炎の疑いがある、というケースはGIF(胃カメラ)を実施することもあります。
逆流性食道炎の診断がつけば(胃カメラで確定までしなくても症状から強く疑われれば)、薬の服用以外に注意点を伝えます。大切なのは、まず「食べ過ぎないこと」と「食後横にならないこと」です。さらにできる範囲で「あぶらものを避ける」「飲酒を控える」ということもしてもらいます。それと、やはり喫煙も悪化因子となっていることを説明します。
それでは最後に「長引く咳」をまとめておきたいと思います。
1、「長引く咳」の原因は多岐にわたり重症度もそれぞれ。2~3週間続くなら放っておかずに医療機関を受診すべき。
2、「長引く咳」で重症なものに肺ガンや結核がある。
3、薬剤性の「長引く咳」はときに重症に。死亡例もある。
4、感染症としての「長引く咳」としては、マイコプラズマ、百日咳、クラミジア・ニューモニア、RSウイルスなどが多い。
5、真菌症としての「長引く咳」はアスペルギルス肺炎やカリニ肺炎が有名だが、これらはエイズなど免疫が低下しているときに発症する。
6、アレルギーのメカニズムで起こっている「長引く咳」は少なくない。また、「風邪の後、咳だけが残っている」というケースのなかにもアレルギー関与のものがある。
7、 タバコはありとあらゆる咳の悪化因子。別名「タバコ病」のCOPDは進行すると呼吸困難で苦しむこととなり死亡することも少なくない。また認知症や糖尿病、骨粗鬆症などのリスクにもなる。
8、タバコ以外の吸入物が原因の「長引く咳」としては、アスベストなどのじん肺やカビを吸い込むことによっておこる過敏性肺炎がある。
9、逆流性食道炎が原因の「長引く咳」もある。
10、(本文ではほとんど述べませんでしたが)心因性の(つまり精神的な要因でおこる)「長引く咳」も少なくない。
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