はやりの病気
2021年1月25日 月曜日
第209回(2021年1月) 新型コロナ、5類への格下げは妥当か
新型コロナウイルスが流行しだした1年前あたりから、当院に寄せられるメールでの問い合わせの大半が新型コロナ関連となりました。当院の患者さんだけでなく、遠方にお住まいで当院未受診の人からも多くの声が寄せられます。なかには半年以上にわたり、ほぼ毎週のように質問をされる人もいます。
今年(2021年)になってから最も多いのがワクチン関連の質問です。ワクチン以外で最近多いのが、酸素飽和度やパルスオキシメーターについて、PCRのCt値について(このような高度で難易度の高い質問が次々と寄せられることに驚かされます)です。もちろん「〇〇の症状が出たが検査を受けるべきか」「△△の症状はコロナの後遺症か」といった内容のものも少なくありません。今回は、そのなかでもここ1週間くらいで増えている「指定感染症の変更」について私見を交えながら述べていきたいと思います。
まずは「指定感染症」の意味から解説していきます。感染症というのは他の疾患と異なり、感染が広がると社会に大きな影響を与えます。そこで、感染症の重症性や感染力などを考慮し、社会全体で管理すべきものを選び、さらにそれらを重篤度に応じて分類すべきだという考えに至っています。すべての感染症が届出され分類され管理されているわけではありません。例えば、水虫になったからといってそれが届けられることはありませんし、健診でピロリ菌がみつかったとしてもその情報が保健所にいくことはありません。ここで感染症の5つの分類をその代表的疾患と共にみていきましょう。
1類:致死率の高い感染症で交通制限もおこなわれる。診断がつけば直ちに入院が義務付けられる。例:エボラ出血熱、ペストなど。
2類:1類から交通制限を取り除いたもの。例:SARS、MARS、鳥インフルエンザ、結核など。
3類:必ずしも入院は必要でないが就業制限はある。例:コレラ、赤痢、腸チフスなど。
4類:主に動物を介して感染する感染症。例:A型肝炎、デング熱、マラリア、狂犬病など
5類:感染者数調査のために届出が必要とされている。「全数把握」と「定数把握」に分かれる。
・全数把握の例:麻疹(はしか)、風疹、百日咳、梅毒、HIVなど。
・定数把握の例:インフルエンザ、水痘、性器クラミジア、性器ヘルペスなど。
おおまかには1類が最重症で5類が軽症と考えて問題ありません。5類に分類されているHIVは(治療しなければ)致死的な疾患じゃないか、という質問がときどきあります。しかし、HIVは空気感染や飛沫感染が起こるわけではないのと感染者が少なくないことから「社会にどの程度影響を与えるか」という観点からはさほど重篤性は高くないと考えられているのです。
5類の全数把握と定数把握について補足しておきます。全数把握に分類されている感染症はすべての医療機関に届出義務があります。例えば梅毒であれば多彩な症状がでますから、当院のような総合診療科だけでなく、一般内科、耳鼻科、眼科、婦人科、皮膚科、泌尿器科などいろんなところで診断がつきます。どこで診断がつこうが診断をつけた医師は保健所に届け出なければなりません。
一方、定数把握に分類されている感染症は、「指定された医療機関」は診断をつけた全例を報告しますが、それ以外のところでは報告しないのがルールです。もちろん、その感染症に罹患した患者さんが「指定された医療機関」を受診するとは限りません。例えば、当院では毎年(今シーズンは除きます)多数のインフルエンザの患者さんを診ていますが、当院は「指定された医療機関」ではありませんから報告はしていません。
では、新型コロナウイルスの話を……、と言いたいところですが、「1~5類以外に3つの分類」が残っていますのでそちらをおさえておかねばなりません。その3つとは「新型インフルエンザ等感染症」「指定感染症」「新感染症」の3つです。「新型インフル……」は文字通りです。「新感染症」はまったく未知の感染症と考えてOKです。「指定感染症」は「1類から3類に準じた扱いとする感染症で最長2年とする」とされたものです。要するに、「社会にとって重要な感染症であるけれどまだよく分かっていないところがある。とりあえずここに入れておいて2年以内に別の分類にしよう」と考えられているいわば暫定的な分類です。そして、新型コロナがこれに相当するというわけです。
2020年2月1日、政府は新型コロナを1年間の期間限定で「2類に相当する指定感染症」としました。当時はSARSやMERSと似たような疾患と考えられていましたからこの判断は妥当です(私はそう思います)。その後この分類が厳格化されました。2月14日、無症状病原体保有者にも(事実上の強制)入院が適応されることになりました。これで1類とほぼ同じ扱いになったと言えます。
3月27日、さらに規則は厳しくなります。建物の立ち入り制限や封鎖、交通の制限、外出自粛等の要請なども政府により可能とされました。ここまでくると純粋な「1類」と何らかわりはありません。ただし(私の知る限り)行政が正式に「1類相当」と明言した記録はなく、今も「2類相当」という表現がとられています。
コロナは軽症とする「軽症派」に最も勢いがあったのが夏の第2波の頃だと思われます。この頃は、感染者は第1波に比べて大幅に増えたものの死亡者が少なく、「なんで風邪で1類相当なんだ!」という声は世論からだけでなく医療者からも出るようになり、今もそのように主張する医療者も少なくありません。8月末、こういった世論の影響も受けてなのか、厚労省は2類相当から5類への引き下げを検討したことが報道されています。
ところが第3波の影響からなのか、12月17日、厚労省は5類に引き下げるのではなく2021年1月31日に期限を迎える指定感染症の指定を1年間延長すると発表しました。しかしそれ以上の延長はできませんからその後どうするかを決めなければなりません。そして、2021年1月15日、新たな分類を、先述した「1~5類以外に3つの分類」の1つである「新型インフルエンザ等感染症」のカテゴリーに入れることを決めました。厚労省としては「新型インフルエンザ等感染症」という分類を「新型コロナウイルス感染症および再興型コロナウイルス感染症」と変更する方針で、この案を今期の通常国会が閉会する6月までに通したいようです。
つまり、医師のなかにも現状の2類(実際には1類)から5類へという声が少なくないなかで、政府は現在よりもより厳しい措置のとれる分類に移行することを(ほぼ)決定したというわけです。「新型インフルエンザ等感染症」であれば「政令により一類感染症相当の措置も可能」「感染したおそれのある者に対する健康状態報告要請、外出自粛要請」が行えるルールになっていますから、堂々と厳しい命令が下せるようになります。
これが発表され、「軽症派」の人たちは黙っていません。軽症派の医師が言うのは「病院でクラスターが発生すれば通常業務が止まり、コロナ以外の人の治療ができない」「保健所の業務が逼迫する」「ひとり発熱患者を診る度に防護服が必要で診察後の消毒に時間がかかる」「インフルエンザの方が死者が多い」「経済が回らない」などです。軽症派の医師は「5類にすれば多くの医療機関が新型コロナを診るようになり医療崩壊が防げる」と主張します。
ですが、もしも新型コロナが完全な5類、つまり季節性インフルエンザと同じ扱いになれば大変なことになります。熱があって通常の外来を受診すれば院内感染が広がるのは必至です。軽症派の人たちは「軽症なのだから」と言いますが、高齢者や持病を抱えた人ではそうではありません。休む時間もなくときには差別を受けながら必死で新型コロナと戦っている医療者が「5類にせよ」という気持ちは理解しなければならないと私は思っています。ですが、5類にするということはコロナ前の状態になるということです。「密」だらけの社会、自粛のない社会、誰もがいつでも医療機関を受診できるような状態に戻ってしまえば最悪の事態も想定せねばなりません。
何類が妥当かという議論の前に、新型コロナウイルスの特徴、つまり「無症状者でもうつす」「ただの風邪ではない」「後遺症が残る」「現時点では特効薬がなくワクチンも今すぐうてるわけではない」といったことを思い出さねばなりません。
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