はやりの病気
第113回 アナフィラキシーショック 2013/01/21
アレルギーには軽症から重症のものまでいろんなタイプがあり、症状も、目の痒み、皮膚の痒み、口の中の違和感、鼻水・鼻づまり、咳、胃腸症状、などと様々です。原因物質(アレルゲン)を摂取してすぐに症状がでるものもあれば、2~3日してようやく出現するものもあります。
そんなアレルギー疾患のなかで最重症のもののひとつが「アナフィラキシーショック」であり、治療が遅れれば「死に至る病」となります。
2012年12月20日、東京都調布市の市立小学校で小学5年生の女子生徒(11歳)が給食を食べた直後に体調不良を訴え、その後救急搬送されたものの、アナフィラキシーショックが原因で死亡したことが警視庁調布署の調べなどでわかりました。
女子児童はチーズや卵にアレルギーがあり、給食では、こうした材料を除いた特別食が提供されていたそうです。報道によりますと、この日の給食はチーズ入りのチジミで、この女子生徒のものにはチーズが除去されていたそうですが、「おかわり」の際に一般児童用のチーズ入りチジミを食べてしまったそうです。
アナフィラキシーの正確な知識を身につけて実践する、というのは小学5年生ではむつかしいかもしれません。しかし、学校の教師であれば知っておかなければなりません。チーズ入りの一般生徒用のチヂミを食べさせたことは問題(安全注意義務違反)ですが、もっと問題なのは次のステップです。報道によりますと、この女子生徒は「エピペン」を持っていたそうです。
エピペンというのは商品名でアドレナリンの注射のことです(注1)。アナフィラキシーが生じたときに、自身、もしくは両親や教師が迅速に注射すれば、重症化を回避することができます。
報道では、女子生徒が給食を食べ終わってからこの小学校の「校長」が「40分後」にエピペンを注射した、とされています。「40分後」というのが、どの時点からみて40分後なのか分かりませんが、アナフィラキシーというのは通常、原因物質を食べてから5~10分程度で出現することが多いですから「40分後」というのは遅すぎる印象を受けます。そして、それ以上に気になるのが、なぜ「校長」なのか、ということです。担任が自分の判断で注射をうつことができず苦肉の策として校長を呼びにいったのではないでしょうか。
つまり、学校の対応に問題がなかったのか、直ちに担任がエピペンを注射していれば今頃は・・・、という印象を拭えないのです。ただし、私は担任の先生にすべての責任をおしつけたいわけではありません。医学教育を受けていない普通の小学校の先生であれば、注射を女子生徒の太ももに躊躇なくうつのには抵抗があるに違いありません。このニュースを見聞きして、自分なら適切に対処できただろうか・・・、と自問した学校の先生も多いのではないでしょうか。しかし、直ちに注射しなければ生徒が命にかかわる状態になるのは事実です。
ここでもうひとつ事例を紹介しておきたいと思います。
2010年1月、兵庫県姫路市の市立小学校で、食物アレルギーを有する男子生徒が給食を食べた後、アナフィラキシーショックを起こしました。生徒はエピペンを持っていましたが、教師らは使わずに、結局駆けつけた母親が注射をして男子生徒は回復しました。教師らは救急車を要請していましたが、救急搬送される前に母親が間に合ったそうです。この事例が大変幸運なのは、母親とすぐに連絡がついて駆けつけられる距離にいたことです。救急車は通常数分で到着しますから、かなり近くにいたことが予想されます。学校の先生たちは命拾いしたという気持ちだったでしょう。
食物アレルギーは増加の一途にありますから、今後このような事故が増えるのは間違いありません。ではどうすればいいのか。学校の先生にとって重荷になることは承知していますが、教職課程でアナフィラキシーについて学んでもらい、いざというときに直ちに注射ができるように実習を受けてもらうしかありません。すでに教職についている先生たちには今から研修を受けてもらわなければなりません。
学校の先生にはもうひとつお願いしたいことがあります。アナフィラキシーを有する生徒がいじめの対象にならないような対策を講じてもらいたいのです。
医学誌『Pediatrics』2012年12月24日(オンライン版)に興味深い論文が掲載されました(注2)。ニューヨーク州のクラビス子供病院(Kravis Children’s Hospital)の小児アレルギー科の医師Eyal Shemesh氏らの研究によりますと、食物アレルギーを持つ生徒の31.5%がアレルギーが原因でいじめを受けた経験があるというのです。一方、いじめを把握していた親は52.1%にとどまっています。
いじめの方法としては、「からかう(tease)」が最も多く42%、「食べ物を目の前にちらつかせる(waving food)」(30%)、「非難する(criticize)」(25%)と続きます。また、誰にいじめられたかについては、「クラスメート(classmates)」が80%と最多で、次に「他クラスの生徒(other students)」(34%)ですが、意外なのはその次に「教職員(teachers/staff)」が11%と3番目に多いことです。学校の先生が食物アレルギーの生徒をいじめているとは思えませんから、気遣って使った言葉が結果として生徒たちには「いじめ」と感じられたのでしょう。
アナフィラキシーという言葉は、ここ数年で随分社会に浸透してきているように思われますが、症状出現から早ければ数十分で死に至ることもあるということ、その原因がハチであったり、乳製品やエビ、ソバといった食べ物であったり、お茶の石鹸であったり、と身近なもので起こるということは必ずおさえておかなければなりません(注3)。アナフィラキシーの人が身近にいる人であれば、常にそのことを意識しておかないと、例えば一緒に食事に行って、その人に食べ物を小皿にとってあげたときにうっかりエビも入れてしまって・・・、ということも起こりえます。
これまでアレルギーがなかったからこれからも大丈夫、と思っている人がいるとすればそれは誤解です。このサイトでは、お茶石鹸によるアナフィラキシーを何度か伝えていますが、これも成人になってから、しかもそのお茶石鹸を2年以上使ってようやく症状出現、という人もいるのです。
また、薬剤性のアナフィラキシーには充分に注意しなければなりません。
2012年12月13日、日本医療安全調査機構は、医療者が問診票やお薬手帳の記載を見逃して薬剤性アナフィラキシーショックを発症し死亡に至った症例を「警鐘事例」として紹介しました。
この症例は60代の女性で、ある医療機関を受診し、セファゾリンという抗生物質の注射を受け、数秒後にはアナフィラキシー症状が出現し、数分後にはショック(血圧低下)を起こし意識不明となり、11ヶ月後に死亡しました。
日本医療安全調査機構の発表では、問診票の裏面に「CCL(セファクロル)全身まっ赤」と記載があり、「CCL禁 第1世代抗生物質はダメ」と書かれたお薬手帳を持参していたものの提出されていなかったそうです。もしも注射をする前に、医療者が「CCL禁」に気づいていればこのような悲劇は避けられたはずです。今回の発表からは、なぜそのような大事なことが問診票の表ではなく裏面に書かれていたのか、なぜお薬手帳が提出されていなかったのか、については触れられていませんが、医療者も亡くなった女性の家族の方もいたたまれない気持ちでしょう。
今後こういった薬剤の悲劇をなくすにはどうすればいいか。ポイントは2つです。1つは薬にアレルギーがあることが分かっている人は、しつこいくらいに医療者に言うことです。このケースでは注射の直前に「わたしは抗生物質で真っ赤になったことがありますがこれは大丈夫ですか」と聞いていれば助かっていたはずです。もちろんこれは医療者が確認すべきことですが、自分の身を守るために自分から毎回申告するくらいの方がいいと思います。もうひとつは、薬が原因で身体に異変が生じたときは直ちに医療者に報告することです。たいしたことないから報告するまでもないだろう・・、と自己判断しないことが大切です。
食べ物や薬といった日常品のなかには我々に牙を向くものがあり、ときに短時間で命を奪うこともある。アナフィラキシーとはそういうものである、ということは覚えておかなければなりません。
注1 エピペンはどこの医療機関でも処方できるわけでなく講習を終了した医師の管理の下で使用しなければなりません。実は、太融寺町谷口医院でも取り扱う予定をしていたことがあり、私も講習を受け準備をすすめていましたが最終的には中止としました。エピペンは使用すればすぐに医療者に報告しなければならず、谷口医院では24時間365日の対応ができないからです。現在谷口医院ではエピペンが必要な患者さんは、(クリニックや診療所でなく)24時間対応のできる病院を紹介しています。
注2 この論文のタイトルは「Child and Parental Reports of Bullying in a Consecutive Sample of Children With Food Allergy」で、下記のURLで全文を読むことができます。
注3 お茶石鹸のアナフィラキシーについては下記コラムを参照ください。
参考:はやりの病気
第94回2011年6月 「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」
第107回2012年7月 「薬疹」
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