はやりの病気

2014年8月20日 水曜日

第132回(2014年8月) エボラ出血熱の謎

 私は2014年8月1日から変形性頚椎症の治療(手術)目的でしばらくの間入院していたのですが、入院期間中も医学系の情報のみならず一般の新聞などにも目を通していました。座ってパソコンをしたり本を読んだりすることはできませんでしたが、寝たまま両腕を垂直に持ち上げてiPADを眺めることはできたため、インターネットで入手できる情報ならほとんど何でも読むことができました。手術が終わった後も、私の左上肢は力が入らずに、少し重たい茶碗などは持つのに不自由していたのですが、iPADを読めることで随分とストレスの軽減になりました。

 医療系の情報は毎日複数のサイトをチェックしました。海外だけでなく日本のサイトでもエボラ出血熱に関する情報が連日取り上げられており、関心の高さを示していました。

 今回はそのエボラ出血熱に対して、マスコミが言わないことをここで取り上げたいと思います。まずはこの大変やっかいな感染症について簡単におさらいをしておきましょう。

 といってもエボラ出血熱の患者さんを私は診察したことがありません。過去にかかったことがあるという人にもお目にかかったことがありません。数年前、海外で知り合ったバックパッカーのオーストラリア人が「アフリカで過去に感染して治った」というようなことを言っていましたが、旅先で聞くこのような話は大半が眉唾もので、私はその話を信用していません。

 私がエボラ出血熱という言葉を初めて聞いたのは医学部3回生のウイルス学の授業です。そのときあることを疑問に感じたのですが、それを解決することはできませんでした。その後、2000年代に入ってからも流行が起こり、比較的短期間で終息する度に、私が初めに抱いたこの「疑問」は大きくなってきています。この「疑問」について述べる前に、重症化する感染症に関する教科書的なポイントをまとめておきたいと思います。

 まず「出血熱」という言葉を確認しましょう。出血熱とは一言でいえば「全身から出血が起こり短期間で死に至る病」です。原因はウイルスで、感染すると短期間の間に、高熱と倦怠感に苛まれ、血小板が低下し、全身から出血が起こり死んでしまう、というわけです。今のところワクチンも治療方法もありません。

 出血熱にはいくつかありますが、次の4つがその代表と考えて差し支えありません。その4つとは、エボラ出血熱、マールブルグ熱、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱です。エボラ出血熱は、一応コウモリが宿主であると言われていますが、コウモリからだけ感染するのではなく、ヒトからヒトへの感染も簡単に起こりますから、特定の生物に気を付ければいいというものではありません。マールブルグ熱はサル、ラッサ熱はマストミスという齧歯類(ネズミの仲間)、クリミア・コンゴ出血熱はダニが宿主とされていますが、これらもエボラ出血熱と同様、ヒトからヒトへの感染が容易に起こります。

 出血熱と聞くと、日本人に最も馴染みのあるのはデング出血熱だと思いますが(馴染みがあるといっても国内で発症した例はありませんが)、デング出血熱はヒトからヒトへの感染はなく蚊からの感染に限られますし、またデング熱に一度かかった人が別のタイプのデング熱ウイルスに感染した場合に稀に発症するという程度なので、同じ「出血熱」という名がついても、エボラ出血熱を代表とする4つの出血熱とは分けて考えるべきです。

 エボラ出血熱が初めて報告されたのは1976年アフリカのスーダンです。この感染者の出身地の近くにある川がエボラ川という名前であることから、エボラ出血熱と命名されたと言われています。この第1号感染者から近くにいた者へ感染し、ヒトからヒトに容易に感染することが判りました。しかし、そのときは大流行にはいたりませんでした。

 その後、忘れた頃に、というか、数年に一度小さな流行が起こります。不思議なことに、感染力が強くヒトからヒトに容易にうつり、また有効な治療薬もなく、そして(失礼ですが)さほど衛生状態が良好とは言えないアフリカ諸国なのにも関わらず、大きな流行にはつながらないのです。

 21世紀に入ってから、エボラ出血熱は2008年にコンゴ民主共和国で、2012年にはウガンダで流行しましたが、報告された患者数は数十人程度で(ただし約半数は死亡しています)、おそらく日本ではほとんど報道されなかったと思います。

 今回の流行は、2013年の年末頃からギニア、シエラレオネ、リベリアといった西アフリカ諸国で流行が始まり、2014年4月の時点で感染者は150人以上、死亡者も100人を超えました。この頃から日本のマスコミでも報道が開始されるようになりました。その後も勢いが止まらず、1976年以降何度も繰り返されていた小流行とは様相が異なります。

 WHO(世界保健機関)の報告(注1)によりますと、2014年8月13日までに感染者数(疑い例を含む)が2,127名、うち死亡者が1,145名で、死亡率は54%になります。西アフリカのギニア、シエラレオネ、リベリアでは「非常事態宣言」がすでに発令されており、さらに、これら3つの国で最も東のリベリアから1,000km以上も東に位置するナイジェリアでも感染者が報告され、同国大統領は非常事態宣言を発令しました。また、WHOは、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると公式に宣言するにいたりました。

 我々医療従事者にとってショックなのは、米国人の医療従事者が感染したということです。このため、米国途上国支援団体の平和部隊は西アフリカからのボランティアの撤退を決議し、CDC(米国疾病予防管理センター)はついに渡航自粛勧告をおこないました。WHOが緊急事態宣言をおこない、CDCは渡航自粛勧告をおこなったわけです。これは人類にとって極めて危機的な状態だと考えるべきです(注2)。

 さて、ここで疑問が出てこないでしょうか。西アフリカの医療機関での衛生状態がいかに劣悪だとしても、国境なき医師団を初め、世界中から医療ボランティアが集まっているのです。彼(女)らは、先進国の医療用具を持参してきていますし、何よりも感染予防の「知識」があるはずです。にもかかわらずアメリカ人の医療従事者は院内感染をおこしたのです。そして、エボラ出血熱はヒトからヒトへの体液などを通しての感染はあるものの空気感染は「ない」とされています。

 なぜ感染がこれだけ一気に広がり、医療者にも感染したのでしょうか。推測の域を出ませんが、私は「飛沫感染」により感染しているのではないかとみています。「空気感染」と「飛沫感染」は似ているようで異なります。わかりやすくいえば「空気感染」とはウイルスが”乾いた”空気にも含まれており、例えていえば「同じ教室にいるだけでおこりうる感染」です。代表的なものに麻疹(はしか)や水痘(みずぼうそう)があります。

 一方、飛沫感染というのは患者のくしゃみや咳に含まれている病原体が感染することをいいます。患者からエボラ出血熱に感染したアメリカ人の医療者は、患者に直接触れてはおらず、マスクやゴーグルはしていたと思いますが、咳やくしゃみから感染したのではないでしょうか。マスクをしているのに感染?と思う人もいるでしょうが、N95を代表とする微小な粒子をブロックできるマスクというのは、適切に顔面にフィットさせるのは意外にむつかしくきちんと装着できていないことが多いのです。

 さて、先に述べたエボラ出血熱に関する私の「疑問」について述べたいと思います。それは、これだけ感染力が強いのにもかかわらず過去に何度かおこった流行は、なぜ小規模に留まり大流行につながらなかったのか、ということです。感染力がこれだけ強く、治療薬はないのです。にもかかわらず、これまでの流行は数十人に感染し半数が死亡した後に、”自然に”終息したのはなぜなのでしょう。

 私のイメージで言えば、まるでウイルスに”意思”があり、「今回はこれくらいにしといたるわ」といった感じでウイルス側が暴れるのをやめているように思えるのです。もちろん、私はこのようなウイルスの”意思”を真剣に考えているわけではなく、一昔前のSF小説にあるような、誰かが(秘密の組織が)殺人ウイルスをばらまいている、といったことを考えているわけでもありません。

 今回の大流行を終焉させるための、そして今後再び流行させないための鍵は、ワクチンや薬の開発よりもむしろ、なぜこれまでは何度も繰り返してきた流行は治療法がないのにもかかわらず突然おさまったのか、を先に解明してくことではないかと私は考えています。

注1:WHOのこの報告は下記を参照ください。
http://www.afro.who.int/en/clusters-a-programmes/dpc/epidemic-a-pandemic-alert-and-response/outbreak-news/4256-ebola-virus-disease-west-africa-15-august-2014.html

注2:離れている国は渡航を自粛、さらに「禁止」するという方法があるかもしれません。日本のような島国では空港と港で厳重なチェックをすれば感染者の入国を未然に防げるでしょう。しかし陸続きの国ではそうはいきません。すべての道を封鎖すればいいではないか、と思う人もいるでしょうが、アフリカという土地は(私も聞いた話で直接見たわけではありませんが)、現地の人は必ずしもわかりやすい「道」を移動するわけではなく外国の人間からは考えられないような山や荒地を超えていくそうです。また、ナイジェリアですでに感染者が報告され非常事態宣言がおこなわれているということは、リベリアとナイジェリアの間にあるコートジボワール、ガーナ、トーゴ、ベナンでも正式な報告がないだけで感染者は存在すると考えるべきでしょう。もしも今後アフリカ北部にまで広がるようなことがあれば世界中に広がる可能性もなくはないと私は考えています。

参考:
厚生労働省のエボラ出血熱に関するページ
http://www.forth.go.jp/useful/infectious/name/name48.html

厚生労働省検疫所FORTHのエボラ出血熱に関するページ
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/ebola_qa.html

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ