はやりの病気
2024年1月21日 日曜日
第245回(2024年1月) 「間食の誘惑」をどうやって断ち切るか
谷口医院では開院した2007年から継続して「メール相談」を承っていて、毎日数通から20通くらいの相談メールがコンスタントに届きます。新型コロナウイルス(以下「コロナ」)が流行し始めた2020年からは9割くらいがコロナの相談(後遺症、ワクチンの相談、ワクチン後遺症の相談も含む)で、多い日には同じような質問が100通以上も寄せられました。そういう経緯もあって無料メルマガを発行することにしました。メルマガでQ&Aを読んでもらえば大勢の人の参考になるに違いないと考えたのです。
ただ、メルマガを始めても質問の件数自体は減らず、むしろ遠方の人からの相談や質問が増えました。コロナが急速に終焉した(実際は終焉していませんがどんどん軽症化してきているのは事実です)現在、メール相談もコロナに関するものは激減しています。一方で、コロナ以外の質問が増え、昨年(2023年)の後半に寄せられた相談メールで最も多かったのが「GLP-1受容体作動薬」(以下、単に「GLP-1」)です。
GLP-1は本来糖尿病の薬ですが、相談メールを寄せる人たちの大半は糖尿病があるわけではなく「やせたい」と考える人たちです。そこで、今回はこれまでもこの連載で繰り返し紹介しているGLP-1について再度取り上げ、また薬以外の「やせる方法」についてまとめてみたいと思います。
まずGLP-1の現時点での「立ち位置」をみてみましょう。保険診療で処方できることになった「ウゴービ」(英語では「Wegovy」、一般名は「セマグルチド」、糖尿病で使う「オゼンピック」「リベルサス」と成分は同じ)はかなり期待されて登場したわけですが、それほど普及しないと私はみています。
その理由は2つあります。1つは処方できる医療機関が極めて限定されることです。管理栄養士を置かねばならない、常勤医師に日本糖尿病学会の専門医の資格が必要、などいくつかの条件が求められますからこれらの条件をすべてクリアできるところはそう多くありません。そしてもう1つの理由が「処方期間が最大68週(約1年4ヶ月)」と限定されていることです。GLP-1を使用して体重が減るのは、当然のことながら薬が効いているからです。そして、やはり当然のことながら薬を中止すれば痩せる効果がなくなります。
実際、谷口医院の患者さんで美容外科クリニックなどでGLP-1を購入していたダイエターの人たちは中止後に軒並みリバウンドしています。結局、費用を工面しながらGLP-1を続けるか、ダイエットを諦めるかのどちらかになり「GLP-1を中止したけど理想の体重を維持している」という人は残念ながらほとんどいません。つまり、GLP-1ダイエットでやせるのは(ほぼ)間違いありませんが、「薬を中止すれば元の木阿弥」となるのもまた事実なのです。
ではどうすればいいか。まず糖尿病がある人はGLP-1を保険診療で半永久的に処方してもらうのがいいでしょう。これは私見でもありますが、糖尿病のGLP-1処方の”敷居”は下げてもいいのではないかと考えています。といっても薬には容易に頼るべきではありませんから、当院では現在もGLP-1を含む糖尿病の薬をそれほど簡単には処方していません。
ですが、数年前に比べるとその敷居を低くしたのも事実です。当院が開院した2000年代にはまだ糖尿病のいい薬がなく、メトホルミンの処方は最大750mgまでしか認められていませんでした(現在は2,250mgまで可能)。それ以外にも糖尿病の薬は何種類かありましたが、副作用で「空腹感を自覚する」ことが多くて使いにくかったのです。2010年代の半ばから、まずDPP4阻害薬、次いでSGLT-2阻害薬を少しずつ処方し始めました。これらは内服しても空腹感を覚えず、また(いい意味で)当初の予想に反して副作用はほとんど起こらず、SGLT-2阻害薬はやせる効果があることもはっきりしてきました。
当院ではGLP-1の敷居はしばらく高くしていましたが、日本のガイドラインの改訂時に評価が上がったこともあり、昨年(2023年)の後半からは比較的早期に処方するようにしています。特に、体重を落とさなければならない人にはうってつけの薬なのは間違いありません。
メトホルミン(ビグアナイド)、SGLT-2阻害薬、GLP-1はいずれも、副作用が少なく、低血糖を起こしにくい(つまり空腹を感じにくい)優れた薬だと言えます。そして、いずれも痩身効果(やせる効果)があります。これら3種のなかで圧倒的に痩身効果が高いのはGLP-1です。その最大の理由は「食欲抑制効果が高いから」です。
GLP-1の食欲抑制効果には個人差がありますが、効きすぎる人は「食への楽しみがなくなって生きることが面白くなくなった」と言う人もいます。ここまで抑制されるのは問題ですが、当院の経験でいえば、このようなことを言う人はもともと肥満などないのに美容クリニックなどでGLP-1を購入していた人(ほとんどが女性)です。
さて、これら薬剤を使用する以外のやせる方法、そしてそもそも糖尿病がなくこのような薬が使えない人がやせるにはどうすればいいのでしょうか。それを述べる前に、以前にも紹介した「絶対にやってはいけないダイエット」を確認しておきましょう。それは2021年のコラム「やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法」でも述べた「急激なダイエット」です。方法にかかわらず短期間に体重を落とすことは絶対にしてはいけません。「余計に太りやすい体質」になってしまうからです。そのコラムで紹介しましたからここでは繰り返しませんが「Biggest Loser」にまつわる話を聞けば誰もが納得できるはずです。
糖尿病があろうがなかろうが、太っていようがやせていようが、健康を維持したいのであれば「運動」は絶対不可欠です。しかし、運動をしてもやせないことはアフリカの未開民族ハドザ族を例にとってそのコラムですでに紹介しました。
となると「食事を制す」がどうしても必要になってきます。過去に何度か取り上げた「糖質制限」は効果があるのは間違いありませんが、その方法には様々な意見があります。また、日本糖尿病学会は今も手放しで糖質制限を支持しているわけではなく、2013年のコラム「糖質制限食の行方 その2」で取り上げた状況からほとんど変わっていません。
では「食事療法」の話をしましょう。本サイトですでに紹介したように、すぐにでも実践できる簡単な方法は「食事前に水(または牛乳や豆乳)を飲む」で、実際これだけでも減量できる人は少なくありません。また「パンを食べない」もかなり効果があります。世の中には「パン好き」が少なくなく、パンを米に替えることに抵抗がある人も多いのですが、ここはなんとか頑張ってほしいところです。尚、多くの人が誤解していることに「(発芽)玄米や五穀米にしなければ意味がない。白米ならパンと変わらない」があります。たしかに、白米よりも玄米などにする方が体重抑制効果はあるでしょうが、パンと白米でもまったく違います。パンは単にコムギでできているわけではなく、大量の砂糖と脂肪が使われています。実際、朝食をパンから白米に替えるだけで大きく体重が減る人は珍しくありません。
「パンを白米に替える」に比べるとハードルは上がりますが、「1日1食にする」はかなり効果があります。「16時間ダイエット(あるいはオートファジーダイエット)」でも効果が出る人がいますが、やはり「1日1食ダイエット」の方が減量効果が大きいのは間違いありません(参考「医療ニュース2023年12月14日時間制限ダイエットよりも1日1食ダイエットが有効」)。ただし、この方法はすでに糖尿病があったり、他の疾患を抱えていたりすれば危険が伴います。必ずかかりつけ医の許可をもらってください。
1日1食ダイエットを実施するときの最大の”敵”、そして、多くのダイエターにとっても最も強敵となるのが「間食の誘惑」です。「元々間食をしない」という人には理解しがたいでしょうが(そもそもそういう人は太っていません)、間食を完全にやめるのは思いの他困難です。大勢の患者さんを診てきた当院の経験でいえば、タバコをやめるよりもはるかに難しいと言えます。つまり、間食(お菓子、スイーツ、ファストフードなど)がやめられない人は立派な依存症だと考えられるのです。
タバコに限らず、アルコールでも大麻でもベンゾジアゼピンでも痛み止めでも、いったん依存症になってしまえばそこから脱却するのは極めて困難です。しかもタバコや大麻と異なり、お菓子は簡単に入手できてしまいますし、職場ではお土産などでもらいますから止めようとする意思が簡単に崩れ去ってしまいます。ではどうすればいいか。決定的な切り札はないのですが、当院では次のような助言をしています。
#1 GLP-1を使う(これは効果がありますが、糖尿病がなければ保険診療で処方できません)
#2 間食はナッツ類のみにする(高脂肪ですが低糖質のためさほど太りません)
#3 低糖質のお菓子を用意する(最近はクッキーなど甘いものだけでなくチップスタイプもあります)
#4 お土産でもらうお菓子は他人にあげる
#5 スポーツドリンクを避け、カフェでは甘いドリンクを注文しない
#6 できるだけ我慢する
#6の「できるだけ我慢する」は個人差が大きく、当院の経験でいえば努力してもあまり変わりません。この理由を示唆するのが有名な「マシュマロ実験」です。「机に置かれた1つのマシュマロを15分我慢できればもう1つもらえる」という実験で、これがクリアできる幼児は成人したときに社会的な成功をおさめている、とするものです。この実験から「自制心がIQなどより大切」とされてきましたが、その後の再現を試みた実験の結果などから現在では「我慢できるかどうかは遺伝または家庭環境で決まる」と考えられています。ということは、成人してからは「我慢できる能力を努力で向上させることは極めて困難」と言えそうです。
当院はハードな依存症、例えば覚醒剤やコデイン(咳止め)などの依存症も診ていますし(これらは精神科で断られることが多いのです)、アルコール、タバコ(ニコチン)などの分かりやすい依存症、さらに買い物依存、摂食障害、性依存症などの人たちも診ています。最近は「承認欲求依存症」の人たち(不安症やうつ病につながります)も少なくありません。大勢の依存症の人たちを診ていると「誰もがなんらかの依存症を持っている=人が人である限り依存症から逃れられない」と思えてきます。
間食をやめるには栄養学的・内分泌学的な視点よりもむしろ「人間の本質」から考えていくべきなのかもしれません。
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