はやりの病気
2018年12月27日 木曜日
第184回(2018年12月)急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?
「サバアレルギーだと思います」と言って受診する人を診察すると、実際にサバアレルギーであることは稀であり、他の原因であることが多い、という話を以前書きました(はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。
そのコラムで述べたように、サバアレルギー疑いの「真犯人」で多いのは、①アニサキスアレルギー(当院ではこれが最多)、②ヒスタミン中毒、③パルブアルブミンなどによるアレルギー(ここからは「魚アレルギー」とします)です。①②は昔から多くあり、珍しいものではないのですが、③については(私の印象では)ここ数年で急激に増えています。
特に根拠があったわけではないものの、「赤魚の煮つけを食べて蕁麻疹」というエピソードを持つ小学生を立て続けに診た経験があり、魚アレルギーは小学生に多いのではないかと以前の私は思っていました。しかし、実際にはそういうわけではなさそうで、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では20代の男女に増えているような印象があります。
魚アレルギーの原因となるタンパク質で最も有名なのはパルブアルブミン、次いでコラーゲンです。パルブパルブミンは多くの魚に含まれていますが、魚の種類で含有量に「差」があり、多いことで最も有名なのが赤魚です。「赤魚を食べて蕁麻疹」とくれば真っ先にパルブアルブミンを疑うことになります。
パルブアルブミンの含有量に差があるなら、少ないものならいいのか、という疑問が出てきます。たしかにある程度はその通りなのですが、では「少ない魚はどれか」「どの程度少なければ食べられるのか」ということを考えなければならずこれが大変です。経験的にもデータ上でもマグロが原因のパルブアルブミンアレルギーはほとんどないとされていて(ちなみにアニサキスアレルギーもマグロには起こりにくい)、これはいいのですが、じゃあ他の魚は、となると信頼できるリストのようなものが(私の知る限り現時点では)ありません。
それに、アレルギーの基本として、アレルギーの程度が強くなればわずかなアレルゲンにも反応するようになってきます。そして、アレルゲンを摂取すればするほどアレルギーの程度が強くなってきます。ならば、それを防ぐために早い段階ですべての魚を禁止すべきか、という議論がでてきます。ですから、パルブアルブミンアレルギーの患者さんにどの程度魚を禁止してもらうかについてはいつも悩まされます。問題はまだあります。パルブミンは白あんにも含まれているのです。つまり、パルブアルブミンアレルギーになってしまえば、白あんを含む食べ物も食べられなくなってしまうのです。
パルブアルブミン以外の魚アレルギーの原因としてコラーゲンが有名です。コラーゲンは多くの魚に含まれていて、「どの魚を食べてもじんましんがでる」という人はコラーゲンが原因であることが多いと言えます。
さて、問題は、「なぜ最近になって魚アレルギーが急増しているのか」ということと「魚アレルギーの発症を予防する方法はないのか」ということです。ここからは私見を述べます。
先述したように、私は自分が診た症例から魚アレルギーは小児に多いと思っていて、その原因として、回転寿司や廉価の寿司屋の普及で子供も寿司を食べる機会が増えたからではないかと考えていました。ところが、最近は20代の男女に多いのです。これは、以前からアレルギーがあって医療機関を始めて受診したのが20代になってから、という意味ではありません。つい最近まで問題なく魚を食べていたのに、ある日突然魚を食べると全身にじんましんが出た、というエピソードなのです。
そして、実はこういう20代の男女にはある「共通点」があります。その共通点とは、「寿司屋でのアルバイト」です。
以前のコラム(はやりの病気第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」)で、ビールアレルギーは過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトをしていた人に多いという話をしました。そのアルバイトで、ビールがこぼれて皮膚に触れた、そしてその皮膚には「炎症」があった、という経験をしているのです。
このサイトを以前から読まれている方にはお馴染みだと思いますが、これは「二重アレルゲン暴露仮説(Dual allergen exposure hypothesis)」で説明できます。詳しくは過去のコラム(たとえば「はやりの病気」第167回(2017年7月)「卵アレルギーを防ぐためのコペルニクス的転回」)の注3をご覧いただきたいのですが、食物は口から入る(食べる)と問題ないが、皮膚から入るとアレルゲンになってしまうというものです。
つまり、ビールが皮膚の炎症を通して皮下に吸収されるとビールアレルギーになるように、魚の成分(パルブアルブミンやコラーゲン)が皮下に侵入すると魚アレルギーとなってしまうというストーリーが考えられるのです。慣れないビアガーデンでアルバイトをすると、誰もが一度はビールをこぼしてしまうという経験をするでしょう。ですが全員がビールアレルギーになるわけではありません。ビールアレルギーになるのは、初めから皮膚に炎症のある人だけであり、一番多いのはアトピー性皮膚炎など慢性の炎症性疾患を持っている人です。
魚アレルギーも同様で、やはりアトピーなどで皮膚に炎症があると、そこからパルブミンやコラーゲンが侵入するのです。炎症があると皮膚の「バリア機能」が損なわれ、そこから「招かれざる客」としてアレルゲンが侵入してしまうというわけです。ということは、アトピーがあると寿司屋(や魚屋)でアルバイトをしない方がいいということになります。しかし、このことをあまり強調すると、アトピーや手湿疹のある寿司屋のアルバイトが一斉に辞めてしまい、店舗が回らなくなるかもしれません。また、アルバイトでなく寿司職人のなかにもアトピー性皮膚炎の人はいるでしょうし、冷たい水を常に使うわけですから手指に湿疹があるという人も大勢いるに違いありません。
最近は寿司屋の店舗数が随分と増えているように思います。私が子供の頃は、寿司というのは「超」が付くほどの高級品であり、めったに食べられるものではありませんでした。何かの祝い事のときに親戚が集まって食べるものというイメージです。18歳になって大阪に出てきたとき、大阪にはこんなにも寿司屋が多く、しかも値段が安いことに驚きました。何しろおなかいっぱい食べても一人2千円くらいで済むのです。しかし、昭和の終わりのこの頃も、現在のような大型の回転寿司はほとんどなかったはずです。それから、以前は寿司を握るのは熟練の寿司職人であり、何年もの間下積みの修行を重ねねばならず、お客さんの前で寿司を握れるようになるのは十年近くたってからだという話を聞いたことがあります。
すし屋の店舗数が増え、誰もが気軽に食べられるようになり、さらに寿司屋での仕事が「熟練」を求めなくなった結果、何が起こったか。それは「気軽に始められるアルバイトとしての寿司屋勤務」で、その結果生じたのが「魚アレルギー患者の急増」というわけです。
もしもあなたが慢性の皮膚疾患をもっているなら、魚を触る仕事やアルバイトは控えた方がいいかもしれません。すでに仕事をしているという人は、しっかりと治療をしてバリア機能を万全の状態にしておく必要があるでしょう。
「二重アレルゲン暴露仮説」はもはや「仮説」ではなく「真実」ではないのか、というのが私の考えです。ビール、魚以外では、ココナッツアレルギーが増えているという報告もあります。おそらく、ココナッツを含むボディオイルや化粧品を使った結果ではないでしょうか。
我々は「茶のしずく石鹸」から学んだ経験を忘れてはいけません。
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