はやりの病気
第110回 長引く咳(前編) 2012/10/20
咳が止まらない、と言って受診される人は少なくありませんし、また年々増えているような印象が私にはあります。咳が止まらない理由はそれぞれで、単に風邪が長引いているだけのこともあれば、アレルギーが関与しているものもありますし、頻度はそれほど高くないものの肺ガンなど命にかかわるような病気が見つかることもあります。また、太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)には年に一度あるかないか程度ですが、結核が原因だった、ということもあります。
今回は、この、ときにやっかいな「長引く咳」について、どのような原因疾患があるのか、どのようにして調べていくのか、そしてどのような治療をおこなうべきなのか、などについて述べていきたいと思います。
今回お話する「長引く咳」は成人を対象としたいと思います。咳の診察は、成人と小児では(私の場合)分けて考えています。小児(特に新生児)の場合、血管輪など先天異常による気道狭窄や、気管軟化症というものもありますし、先天性免疫不全があることもあり、成人の場合とは見方が異なります。ここから述べるのは「長引く成人の咳」であることをお断りしておきます。
以前、長引く咽頭痛があれば感染性と非感染性に分けて考えると理解しやすい、ということを述べましたが、長引く咳のときは、それらが簡単に区別できません。さらに、最初は感染症が原因で咳がでてきて、そのうちにアレルギー的なメカニズムの咳に以降した、という場合もあり、こうなると感染性・非感染性双方からのアプローチが必要になることもあります。
長引く咳の場合、まず最も重要視しなければならないのは「重症度」です。その咳は日常生活が妨げられる程のものなのか、夜間は眠れているか、咳以外の症状として、発熱、倦怠感、咽頭痛などがないか、あればそれらはどの程度なのか、といったことを問診で聞き出していきます。聴診器を使った聴診である程度の診断をつけることができる場合もありますが、典型的な喘息などをのぞけば聴診だけで診断がつくことはそれほど多くありません。
2~3週間咳が続いていて、軽症でなければ、胸部X線が必要になることもありますし、場合によっては血液検査もおこないます。谷口医院の患者さんは比較的若い世代が多いですから、さほど多くはありませんが、胸部X線の所見からガンを含む肺の腫瘍が疑われることもあります。こうなるとCT撮影を検討します。また、結核が疑われる所見が認められれば、血液検査で結核を調べることになります。あるいは強く疑われればこの時点で結核専門の医療機関を紹介することもあります。
色のついた痰が出ている場合や咽頭痛が強い場合は、喀痰(もしくは咽頭を綿棒でぬぐったもの)を顕微鏡で観察します。通常はグラム染色という方法を用いて、白血球はどれくらい集まっているか、どのようなかたちでどんな色に染まる細菌がいるのかを観察します。このときに細菌感染が疑われれば適切と思われる抗生物質を処方することになります。
「のどが痛いから抗生物質を出してください」ほど多くはありませんが、「咳が続いているので抗生物質を出してください」と言う人もいます。しかし、長引く咳で抗生剤が必要となるのはごくわずかであり、グラム染色で細菌感染が強く疑われなければ処方することはあまりありません。ただし、細菌感染の部位が咽頭ではなく気管もしくは気管支で、なおかつ痰が出ない場合もあり、このときは抗生物質が必要になります。このあたりを見極めるのは簡単でない場合もあります。
長引く咳の原因として、ときどきあって、うっかりすると見逃してしまうものに「薬剤性の咳」があります。頻度として多いのは、高血圧の治療に使うアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬、商品名で言えば「カプトリル」「レニベース」など)ですが、他の薬剤でも長期間内服を続けると間質性肺炎という肺炎が生じその結果咳がでることもあります。この間質性肺炎をきたす薬剤は多岐にわたり、市販で売られている痛み止めや漢方薬でもおこりえます。またB・C型肝炎ウイルスの治療で用いるインターフェロンの副作用としても有名です。
もしも薬が原因で長引く咳が起こっているならば、レントゲンはいいとしても(間質性肺炎の診断につながる可能性があります)、グラム染色や血液検査は「おこなう必要のなかったムダな検査」ということになってしまいます。医療機関を受診すると薬の服用歴を必ず尋ねられるのはこういう副作用も考えているからです。また、後で述べるようにペットが原因になっている咳もあるために、ペットを飼っていないか、そのペットはどのようなものでどのように接しているかなどについて詳しく聞きます。(私は以前、初診で受診された咳が続くという患者さんに「健康食品やサプリメントも含めてすべて飲んでいる薬を教えてください。ペットについても詳しく・・・」と尋ねるとイヤな顔をされたことがありますが、初診時にこういったことをしつこく聞くのには理由があるのです)
話を感染症に戻しましょう。長引く咳の原因となっている細菌で、頻度の高いものは百日咳とマイコプラズマです。これらはグラム染色をおこなっても確定できるわけではなく、ときに診断をつけるのが困難なこともあります。しかし、咳にそれぞれ特徴があり、問診と咳の性質から推測することが可能な場合もあります。また、結果が出るまでに数日かかりますが百日咳の抗体検査は診断に役立つことがあります。マイコプラズマは現在迅速診断キットが開発されており一部の医療機関では採用しているようです。(操作が複雑なため当院では現時点では採用を見合わせています)
マイコプラズマにはこれからも悩まされることが予想されます。まず頻度が年々増えています。私が医学部の学生の頃、マイコプラズマは別名「オリンピック熱」と呼ばれていました。流行が4年に一度やってきていたからです。しかし、今は誰もそのような呼び方をしません。現在のマイコプラズマは毎年大流行していると言っていいでしょう。昨年(2011年)に過去最高が記録されましたが、今年はすでにそれを上回る勢いで流行しています。
マイコプラズマがやっかいな理由は(以前にも述べましたが)従来効いていた抗生物質が効かなくなっているということです。これは私の個人的な推測ですが、数年前までは、エリスロマイシンやクラリスロマイシンといった古典的なマクロライド系の抗生物質を細菌感染が疑われる気管支炎に処方しておけば、それがマイコプラズマであったとしても治っていたのだと思います。だからマイコプラズマという確定診断がつかなくても問題にはならなかったわけです。ところが、現在流行しているマイコプラズマにはこれらがまるで効かなくてときに重症化します。そしてこの時点でいろんな検査をおこないマイコプラズマの診断がついてそれを届け出るようになり報告が増えた、という構図になっているのではないかと私はみています。
マイコプラズマは子供の感染症のようなイメージがありますが、実際は成人にも感染し、そして高熱に悩まされ、解熱しても今度は咳が続く、ということが珍しくありません。過去最高が記録されているわけですから、当分の間、長引く咳の鑑別にマイコプラズマを外すことはできません。
マイコプラズマと同じように小児の長引く咳の原因となっている感染症にクラミジア肺炎(クラミドフィラ肺炎)があります。(これも私の印象ですが)クラミジア肺炎は、マイコプラズマに比べると古典的なマクロライド系抗生物質がまだまだ効いている感じがします。ですから比較的簡単に治り(特に成人では)マイコプラズマほどは問題になっていないのだと考えています。
クラミジア肺炎の原因はクラミジア・ニューモニアという細菌ですが、クラミジアにはクラミジア・シッタシと呼ばれるものがあり、これはオウムやインコなど鳥から感染します。そのために「オウム病」とも呼ばれています。先に述べたように「ペットを飼っていませんか」と尋ねるのは、オウム病の鑑別をしたいから、というのも理由のひとつなのです。
ちなみにクラミジアには、クラミジア・ニューモニア、クラミジア・シッタシの他にクラミジア・トラコマティスというのもあり、これは性的接触で感染する感染症(性感染症)です。しかし咳をきたすことは通常はありません。
(続く)
参考:はやりの病気
第104回(2012年4月) 「のどの痛み~前編~」
第105回(2012年5月) 「のどの痛み~中編~」
第106回(2012年6月) 「のどの痛み~後編~」
第82回(2010年6月) 「熱のない長引く咳は百日咳かも・・・」
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