はやりの病気

第105回 のどの痛み ~中編~ 2012/5/20

前回は「のどの痛み」の原因として、感染性と非感染性にわけて考えるべきで、感染性はウイルス性と細菌性がほとんど、という話をしました。今回は、細菌性のものをもう少し詳しくお話したいのですが、その前に頻度の少ない真菌性のものを片付けておきたいと思います。

 真菌性ののどの痛みで受診される人は月に1人いるかどうかという程度で、原因はほとんどがカンジダです。カンジダというのは誰の身体にもどこかにはいる真菌(これを常在真菌と呼びます)であり、カンジダが”いる”だけでは問題がないのですが、ときに咽頭で異常増殖することがあり、こうなると痛みがでてきて飲み薬も必要になります。

 カンジダが原因ののどの痛みとして一番多いのが、喘息の治療でステロイドを吸入している場合です。喘息にステロイド吸入薬は大変すぐれた薬剤であり、ガイドライン上も第1選択薬として推奨されていますし、副作用はほとんどありません。しかし、吸入後にうがいをすることが必要です。このうがいを怠るとカンジダ性の咽頭炎をおこすことがあるのです。また、ステロイドを長期間内服している場合にもカンジダ性咽頭炎はときどきおこります。

 カンジダは視診から推測することができます。咽頭が真っ赤に腫れあがり白いものが付着しています。細菌性の扁桃炎などでも白い膿のようなものが見られることがありますが、細菌性扁桃炎では通常両側(もしくは片側)の扁桃に白いものがついているのに対して、カンジダ性咽頭炎の場合は、扁桃ではなく奥の咽頭についていることが多いからです。その白い部分を綿棒などで採取し、顕微鏡でカンジダそのものをみつけて診断を確定します。

 カンジダ性咽頭炎の診断がついたけれどもステロイドを使っていない、となると、なんらかの免疫系の疾患を疑うことになります。太融寺町谷口医院では、50代女性でシェーグレン症候群という膠原病がみつかった症例、30代の男性でHIVがみつかった症例、などがあります(注1)。

 他の真菌によるのどの痛みとしてカリニ肺炎(以前は真菌でなく原虫の仲間と考えられていましたが現在は真菌と言われています)がありますが、それほど頻度は多くありません。通常はのどの痛みよりは咳と呼吸苦を訴えます。私はタイのエイズ施設で何十例というカリニ肺炎を診てきましたが、日本では免疫抑制剤を使っている人に発症した数例しか経験がありません。

 その他の真菌による呼吸器感染症としてクリプトコッカスというものがあり、通常は免疫力が低下した人に生じるものですが、ハトの糞中に生息しており健常者でも起こりうるとされています。私の場合は、タイのエイズ施設で数例を経験したのみです。

 さて、ここからは細菌性の咽頭炎の「特殊なもの」について進めていきたいと思います。「特殊なもの」といっても珍しい疾患というわけでなく、診断をつけるのも治療も(溶連菌や肺炎球菌のような)一般的な細菌とは異なるもの、という意味です。

 まずひとつめは百日咳です。百日咳は小児の場合は特有の咳があることから診断は比較的簡単なのですが、成人の場合はときに大変困難です。睡眠が妨げられるほどの咳になるのですが、聴診しただけで他の感染症でおこる咳と区別できるわけではありませんし、多くの場合は高熱がでません。また、レントゲンでもほとんど異常がありません。咽頭のグラム染色をおこなったからといって鑑別できるわけではありません。抗生物質は効くのですが、一般的な細菌性の咽頭炎で最も使われることの多いセフェム系やペニシリン系の抗生物質は無効です。

 血液検査で比較的精度の高い抗体検査が最近普及してきて、保険診療でおこなうことも可能なのですが、値段が高い(3割負担で1,000円以上します)のと、すぐに結果が出ないのが難点です。したがって、私の場合、百日咳を疑ったときは、何らかの事情で確定診断をつけなければならないときを除けば血液検査はすすめません。そして百日咳にも効果があると予想されるマクロライド系の抗生物質を処方するようにしています。

 百日咳と並んでよくある「特殊なもの」にマイコプラズマがあります。2010年、2011年は過去最高を記録するほどマイコプラズマが流行し、今ではすっかり有名になりました。マイコプラズマは小児の場合は、レントゲンである程度推測することができるのですが、成人ではほとんど異常がでないことの方が多いといえます。マイコプラズマは顕微鏡では観察できない小さな細菌であり、グラム染色をおこなって確定できるわけではありません。しかし、咽頭のグラム染色をおこなうと、炎症細胞が多い割に細菌像をほとんど認めないという所見があり、このような所見で咳が強い症例に対しては、マイコプラズマを疑うことになります(注2)。

 このように書くとマイコプラズマと百日咳は似ているように思われますが、私の経験上、これら2つの細菌感染は咳の仕方が少し異なります。どちらも夜間眠れないほどの苦しい咳となりますが、(イメージで言うと)百日咳は大きな音を伴う空咳が続くのに対し、マイコプラズマは少し湿った感じの細かい咳が断続的に生じます。

 少し前までは百日咳とマイコプラズマの鑑別をつける必要はあまりありませんでした。なぜなら、どちらであったとしてもクラリスロマイシン(注3)というマクロライド系の抗生物質で治ったからです。ところが、2010年あたりからクラリスロマイシンがまったく効かないマイコプラズマが増えだしました。そして現在では、もはやほとんど無効といっても過言ではありません。国立感染症研究所感染症情報センターは、2011年10月25日、マクロライド系に耐性のある(つまりマクロライドが無効な)マイコプラズマが89.5%にも昇るという発表をおこなっています。では、どのように治療をおこなうべきかというと、クラリスロマイシン以外のマクロライド系で有効なものがある(少なくとも現時点では私はそのように感じています)ためそれを用いるか(注4)、ニューキノロン系、テトラサイクリン系のものを処方します。

 マイコプラズマと性質が似ている細菌にクラミジアがあります。クラミジアには3種類あります。クラミジア・ニューモニエ(Chlamydia pneumoniae)、クラミジア・シッタシ(Chlamydophila psittaci)、クラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)の3つです(注5)。

 クラミジア・ニューモニエは小児に多いとされていますが、成人にも少なくないのではないか、と私はみています。咳が主症状になりますから、子供と接することの多い成人であれば感染することは充分にあります。ただし、成人の場合は、おそらく高熱が出ることは少なく、クラミジア・ニューモニエの確定診断をつける必要性は高くないのではないかとみています。(私の印象ですが)クラミジア・ニューモニエは、マイコプラズマに比べるとマクロライド系がまだまだ有効なのではないかと思われます。

 クラミジア・シッタシは、オウムやインコなどの鳥の糞が乾燥したものを吸入して発症し、別名を「オウム病」と言います。ときに重症化することもありますから、しつこい咳が続いていて、鳥の飼育歴があれば疑わなければなりません。血中抗体価(CF)を調べますが、検査結果を待たずに、疑えば有効と思われる抗生物質(マクロライド系)を用います。

 クラミジア・トラコマティスは、男性の尿道炎、女性の子宮頚管炎、(性交渉の仕方によっては)男女とも直腸炎をおこしますが、ときに男女とも(やはり性交渉の仕方によっては)咽頭炎をきたします。クラミジア・トラコマティスはどの部位に感染しても無症状のことが多いのですが(尿道炎と子宮頚管炎は重症化すると自覚症状がでることがあります)、咽頭炎の場合はほぼ無症状です。慢性化すると、咽頭に違和感が生じたり、声がかすれてきたりすることがありますが、このような症状がでる例は稀だと思います。

 したがって、性感染症としてのクラミジア(トラコマティス)の検査は、痛みがあるから検査が必要、ではなく、リスクのある性交渉があったから検査が必要、と考えるべきです。同様に、クラミジア・トラコマティスと同じような感染の仕方をする淋菌の場合も、大半が無症状であり、症状に対してではなくリスクに対して検査を検討すべきです(注6)。

つづく・・・

注1 カンジダは咽頭炎の他にも、口腔カンジダ症という状態も引き起こすことがあります。これは舌や頬粘膜にカンジダが異常増殖するもので、重症化すると口腔内が真っ白になります。エイズの合併症として有名です。

注2 マイコプラズマの迅速キットが2011年に発売されたのですが、操作が複雑で、インフルエンザや溶連菌の迅速キットのように簡単には扱えません。検査技師が常駐しているようなところを除けばクリニックレベルでは実施するのは困難かと思われます。当院でも、何度か導入を検討しましたが現時点では採用を見合わせています。

注3 クラリスロマイシンは一般名であり、商品名で言えば、先発品は「クラリス」と「クラリシッド」があります。現在は複数のメーカーから後発品が発売されています。当院に置いているのも後発品です。

注4 マクロライド系抗生物質には、クラリスロマイシン、エリスロマイシン、アジスロマイシンの3つがあります。私の印象でいえば、マイコプラズマに対し、クラリスロマイシンとエリスロマイシンは大半が無効ですが、アジスロマイシン(商品名はジスロマック)は多くの症例で効いています。しかし、今後アジスロマイシンが多量に消費されると、アジスロマイシン耐性のマイコプラズマが急増することが予想されます。

注5 最近は「クラミジア(Chlamydia)」でなく「クラミドフィラ(Chlamydophila)」という名前で呼ばれることが増えてきました。しかしこれは、ニューモニエとシッタシについてだけであり、クラミジア・トラコマティスがクラミドフィラ・トラコマティスと呼ばれることはありません。

注6 したがって、性感染症としてのクラミジア咽頭炎や淋菌性咽頭炎を疑ったときは、検査はすべきですが、保険診療ではできないのが普通です。(症状がなくリスクがあるという理由での検査は「健康診断的な検査」とみなされるからです) ただし感染していることが判り治療が必要な場合は、検査代、治療代も含めて通常は保険診療の適用となります。

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