はやりの病気
第109回(2012年9月) これからの風疹対策
首の周りにしこりができて何だろうと思っていると、数日後に高熱と全身のかゆくない皮疹が出現。身体を動かすのもつらいほどだが何とか受診しなければと思い、フラフラになりながらもようやくクリニックにたどりついた・・・。
これはここ2年ほどの間、ときおり太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)を受診する風疹の患者さんの典型例です。昨年(2011年)から今年(2012年)にかけての風疹の患者さんの最大の特徴は「重症化」することです。
これまでも、小児に比べると成人の風疹は症状が強くなりやすい、と言われていて、それは私も実感として感じていたのですが、昨年から今年にかけて流行している風疹はこれまでのものとはレベルが違うような印象があります。リンパ節腫脹、発熱、皮疹の3つが風疹の特徴で、典型例であれば比較的簡単に診断がつくのですが、この3つを満たしているものの、倦怠感があまりにも強いために、「本当に風疹なのか?」と疑問に感じたことも何度かありました(注1)。
風疹に似た感染症というのはいくつかあるのですが、麻疹(はしか)もそのひとつです。風疹と麻疹は、皮疹は似ていますが、重症度は麻疹の方がはるかに上です。風疹はかつて「三日ばしか」と呼ばれていたことからもこれがわかります。症状の経過を尋ねると風疹と麻疹にはいくつか異なる点があり、問診から「麻疹ではないだろう」と見当をつけることができるのですが、ここ1~2年に流行している風疹は症状があまりにも重症化するため、「風疹ではなく本当は麻疹ではないのか?」と疑いたくなる程なのです。
風疹が流行していると感じているのは何も私だけではなく日本全国の多くの医師が実感していることであり、統計からもそれが分かります。国立感染症研究所感染症情報センターの報告によりますと、今年(2012年)の風疹感染者は9月5日の時点で1,419人に達しています。昨年(2011年)1年間の全届出数は371人ですから、すでに9月5日の時点で4倍近くの報告があることになります。ちなみに2010年の届出数は87人ですから急速に広がっているのは間違いないでしょう。
ただし、増加傾向にあるのは間違いないとしても、数字そのものがどこまで実態を反映しているのかは疑問です。常識的に考えて2010年1年間で87人というのは少なすぎますし、今年の1,419人という数字もこんなものではないでしょう。実際はこの何倍もの人数が感染しているに違いありません。
では、なぜこのようなことが起こるのかというと、ひとつは感染しても医療機関を受診していない人がそれなりにいるという可能性があります。先に述べたように最近の風疹は大変重症化しますが、特効薬があるわけではありません。医療機関を受診しても、できることは水分補給(点滴)と解熱鎮痛剤の処方くらいです。そして数日間で治癒するのが普通です。ですから、時間がない、お金がない、しんどすぎて医療機関を受診することもできない、などの理由で、自宅で水分補給だけして過ごしていたとしても、5日もすれば熱もひいて皮疹もなくなった、ということがあるのです。
次に、医師が正しく診断を付けられていないという可能性があります。発熱と皮疹が同時におこる病気はたくさんあります。従来風疹は成人にはそれほど多いものではありませんでしたから、「本当は風疹だったが正しく診断が付けられなかった。様子をみているうちに治癒した」、というケースも相当あるのではないかと私はみています。
もうひとつ、数字が実態を反映していない理由は、「医師が届け出義務があることを知らない。もしくは知っていても無視することがある」ということです。風疹は、2007年までは小児科定点(小児科を標榜している医療機関のなかで届出を義務づけられている医療機関)のみが報告することになっていましたが、2008年以降はすべての医療機関で届出義務が課せられることになりました。ところが、これを知らない医師がいるのが現状です。この届出義務というのは、もしも怠ると(たしか)50万円の罰金が科せられるのですが、実際に支払ったことがある医師というのを聞いたことがありません(注2)。
主には上にあげた3つの理由から、統計にでてくる風疹の罹患者というのは実態を反映しておらず、実際はその何倍もの人が感染しているに違いない、と私はみています。
では、なぜこんなにも風疹が流行しているのでしょうか。
ここ1~2年の風疹罹患者は、谷口医院の患者さんを含めて20代から30代の男性に多いという特徴があります。この理由として、旅行や出張で東南アジアにでかけた若い男性が現地で風疹に罹患して日本に持ち帰って職場や家庭で感染を広めた、ということが言われます。
では、東南アジアに旅行にいく者だけが注意をすればいいのか、といえばまったくそうではありません。谷口医院の患者さんでも海外にでかけたことがなければ、周りに海外渡航した者がいない、というケースもあります。風疹は他人のくしゃみなどで簡単に感染しますから(これを「飛沫感染」と呼びます)、例えば道ですれ違う人がくしゃみをして感染、ということが簡単に起こります。
風疹を防ぐ最善の方法はワクチン接種です。なぜ現在の日本で若い男性に多く女性に少ないのかというと、現在34~50歳くらいの女性は、中学生のときに学校で集団接種をしていたからです。また25~33歳くらいの男性は、一応は定期予防接種で無料接種できたのですが、保護者同伴で医療機関を受診しなければならない制度であったために女子に比べると接種率は低かったと言われています。
風疹のワクチンは副作用の出現など、過去にいくつかの問題があったのは事実です。しかし現在おこなわれているワクチンは、安全性は高く、危険性はゼロとは言えませんが、「ワクチンの副作用のリスク<<風疹を発症したときのリスク」であるのは間違いありません。
風疹で最も危惧すべきなのは、妊婦が感染したときに赤ちゃんに起こりうる「先天性風疹症候群」です。これは赤ちゃんが、白内障、心疾患、難聴、精神発達遅滞などの障害を持って生まれてくるものです。ですから何としても妊婦への感染は防がなければなりません。(かつて女子中学生にのみ接種がおこなわれていたのはそのためです)
先天性風疹症候群に比べると成人の一過性の発熱などたいしたことがないという意見もあるかもしれませんが、先に述べたように、風疹は簡単に飛沫感染する感染症であり、数日間は相当しんどいですし、また他人に感染させるという問題もあります。
ですから、すべての人が抗体が形成されているかどうかを確認し、抗体がなければワクチン接種をすべきなのです。風疹は一度罹患すれば抗体が形成されますが、我々医師の印象を言えば、患者さんの「風疹には子供の頃にかかりました」という言葉はあてになりません。これは患者さんを非難しているわけではありません。先にも述べたように、医師が正確に診断できていないケースが相当数あると私はみています。つまり、風疹でないのに医師が「風疹」と診断して患者さんは「風疹にかかった(から抗体ができている)」と思い込んでいるケースがあるのです。ですから、まずは一度抗体の有無を調べて、なければワクチン接種をすべきなのです。
風疹ワクチンは大変すぐれたものですが、絶対に覚えておかなければならないことは「妊娠中もしくは妊娠する前には接種できない」ということです。もしも妊娠中にワクチンを接種したり、ワクチン接種をした直後に妊娠したりすると、先に述べた先天性風疹症候群と同じ状態になる可能性があります。だいたいの目安として「ワクチン接種してから2ヶ月間は妊娠してはいけない」と考えるべきです。
最後に風疹をまとめておきましょう(注3)。
・風疹はここ1~2年で急速に増加しており、特に若い男性で顕著。
・東南アジアでの感染が懸念されているが、簡単に飛沫感染するため、抗体がなければ誰もが感染のリスクがあると考えるべき。
・風疹で最も危惧すべきなのは「先天性風疹症候群」であり、このため妊婦は絶対に感染してはいけない。
・風疹に特効薬はない。
・風疹にはすぐれたワクチンがあり、原則として抗体がなければ全員が接種すべき。
・「過去にかかった(から抗体がある)」というのは誤解である場合が多い。
・風疹ワクチンは妊婦には接種できない。また接種してから最低2ヶ月は妊娠を控えなければならない。
注1 : 風疹を疑ったときにおこなう検査として最も有用なのは「風疹IgM抗体」です。これが陽性であれば風疹確定と診断します。
注2:ちなみに、医師が届出義務を知らない、もしくは知っていたとしても届出を怠っている感染症で有名なもののひとつに「梅毒」があります。梅毒は治癒する病気ですし、比較的ありふれた感染症ですから、届出をしている医師はそれほど多くない、と言われています。一方、HIVは、増加傾向にあるとは言え、梅毒よりは遥かに感染者数が少ないのは間違いありません。ところが届出数は、HIV>梅毒、となっているのです。
注3:風疹についてさらに詳しく知りたい方は、厚生労働省が作成している「風疹Q&A(2012年改訂)」を参照ください。下記のURLで閲覧することができます。
http://www.nih.go.jp/niid/ja/rubellaqa.html
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