はやりの病気
第107回 薬疹 2012/7/20
薬疹を定義づけると、「薬剤を内服した後、または注射をした後に皮膚や粘膜になんらかの症状を生じるもの」となりますが、薬を処方する医師にとって、ときに薬疹は大変やっかいなものです。薬疹を引き起こしやすい薬というのはありますが、その逆に「絶対に薬疹を起こさない薬」というのはありません。健康食品やビタミン剤、あるいは漢方薬などは”安全”というイメージが世間にはありますが、これらでもときに薬疹を起こすことがあります。
我々医療者からすると、この「どんな薬でも薬疹の可能性がある」ということは、医療機関を受診するすべての患者さんに知っておいてもらいたいのですが、実際にはさほど世間に浸透しておらず、ときに患者さんは「薬疹を起こす薬を処方したあの医師を許すことはできない!」と診察室で怒りをあらわにすることがあります。
例えば、このような例がありました。
30代男性のA氏は、前医で前立腺炎の診断を受け「セルニルトン」という薬を処方され、その2日後に全身に湿疹が出た、と言って私の元を受診しました。セルニルトンというのは花粉からつくられた薬剤で、比較的副作用が少なく使いやすい薬剤です。しかし、たしかにときに薬疹を起こすことがあります。私はA氏に「どのような薬でも薬疹を起こすことがある。セルニルトンは前立腺炎に対して最もよく使われる薬のひとつであり、前の先生が悪いわけでは決してない」、ということを何度も説明したのですが、A氏の怒りは収まりません。3日後の再診時、A氏の皮疹はすっかりおさまっていましたが、まだ前の医師への不信感は払拭できないと言います。私は改めて、「どのような薬でも薬疹が起こりうること」を説明しましたが、どこまでA氏に伝わったのか疑問です・・・。
薬疹に限らず、すべての薬には副作用があります。我々医療者は薬を処方するときに、頻度の高い副作用や重症度の高い副作用については処方時に説明をおこないますが、「どこまで説明すべきか」というのは常に悩まされます。患者さんの側からすれば、「可能性があるならすべて説明してほしい」ということになるかもしれませんが、可能性のあるものをすべて説明するなどということは現実的には不可能です。
例えば、比較的高頻度で用いられる抗生物質にレボフロキサシン(商品名は「クラビット」など)があります。レボフロキサシンの添付文書に記載のある副作用を注1に記しますが、これをすべて診察室で説明するのは到底不可能ということがお分りいただけるかと思います。ここで重要なことはレボフロキサシンが何も特別な薬であるわけではなく、多くの薬剤は同じようにたくさんの副作用の可能性があるということです。薬と一緒に患者さんに渡す紙にはいくつかの副作用について記載していますが、おこりうる副作用のすべてをカバーできるわけではないのです。
しかし、薬疹を起こしやすい薬があるのは事実であり、そのような薬に対しては処方時に医師や薬剤師は薬疹の注意点を説明します。例えば、先に述べたレボフロキサシンはニューキノロン系というグループに分類される抗生物質ですが、ニューキノロン系の抗生物質のいくつかは比較的「薬剤性光線過敏症」を起こしやすい傾向にあります。ですから、私はそのような薬を処方するときはできるだけ処方時に話をするようにしています。
レボフロキサシンは、ニューキノロン系の抗生物質のなかでは、「薬剤性光線過敏症」を起こしにくい、とされていますが、まったく起こさないわけではありません。また、薬疹の最重症型で命を落とすこともある(後述する)「Stevens-Johnson症候群」を起こす可能性もあります。しかし私はレボフロキサシンを処方するときにこれらの副作用について話をしていません。「それは無責任ではないか」という声もあるでしょうが、頻度がそれほど多くない副作用まで説明する余裕はとてもないのです。
薬疹の可能性についてあらかじめ説明するのはどのような薬を処方するときか、というのは医師によって異なると思います。私の場合、精神疾患に用いるいくつかの薬、高血圧に使う薬の一部、抗生物質の一部(先にあげたニューキノロン系の薬剤性光線過敏症も含みます)、解熱鎮痛剤の一部、(現在はほとんど処方していませんが)リウマチに使う薬や抗ガン剤の一部、などです。
あらかじめ薬疹が起こりうることを説明しておくと、実際におこったときもほとんどの患者さんはあわてずに対処してくれます。電話で問い合わされることもありますし、直接受診されることもあります。この場合、薬疹に関する治療をおこない、二度とその薬を使うべきでないことを説明します。
ときどきあるのが、複数の薬を内服していて薬疹と思われる皮疹が出現した、というケースです。この場合は、原則としてすべての薬を中止してもらい様子をみます。どの薬で薬疹が生じたのか、というのは当然知りたくなりますが、実はこれを調べるのは簡単ではありません。血液検査で調べる方法もないわけではないのですが、それほど精度の高いものではありません。ではどうするかというと、入院してもらって、可能性のある薬剤を少量から実際に内服してもらうことがあります(これを「チャレンジテスト」と呼びます)。しかし、肝臓など皮膚以外の組織にも影響がでているような場合はこのような検査は大変危険なものになりかねませんから安易にすべきではありませんし、そもそも原因の薬剤を調べるために1~2週間の入院ができる人はそれほど多くありません。現実的には、可能性のある複数の薬剤の使用を今後は控える、ということで対処していくことになります。
薬疹はときに命にかかわることもあります。Stevens-Johnson症候群と呼ばれる最重症型の薬疹は、別名「皮膚粘膜眼症候群」とも言い、口腔内、外陰部、結膜や角膜に強い炎症が起こり、死に至ることもありますし、命は助かっても失明することもあります。この薬疹はそれほど多いわけではありませんが、私の印象で言えば、「薬疹を起こすことが多いとされている薬」で起こしやすいわけではありません。私はこれまで日本では2例しか経験したことがありませんが、いずれも原因となる薬剤は特定できませんでした。この薬疹は何らかの免疫系の異常があれば起こりやすく、実際、私がボランティアをしていたタイのエイズ施設では疑い例も含めるとけっこうな割合で認めました。しかしどの症例でも原因となる薬剤の特定はできませんでした。
私は経験がありませんが、アセトアミノフェン(注2)でStevens-Johnson症候群が起こることもあるとされています。アセトアミノフェンは市販の風邪薬や頭痛薬などにもよく配合されている解熱鎮痛剤ですが、他の鎮痛剤と比べると、胃腸障害や心臓や腎臓への負担が少なく大変優れた薬剤と言えます。そのアセトアミノフェンでさえ、ときに死に至る薬疹となるStevens-Johnson症候群を起こすことがあるわけです。また、Stevens-Johnson症候群と同じように最重症型に分類される急性汎発性発疹性膿疱症や中毒性表皮壊死症(Lyell症候群)が発症したという報告もあります。繰り返しになりますが、アセトアミノフェンは薬局で誰でも買える解熱鎮痛剤で、他の解熱鎮痛剤に比べると副作用が少ないのが特徴なのです。誤解のないように付記しておくと、私は「アセトアミノフェンは危険な薬だから使用しないで」と言っているわけではありません。むしろその逆で、解熱鎮痛剤が必要な患者さんに私が最も処方することの多いのがアセトアミノフェンです。
何だか薬の怖い話ばかり聞かされて薬を飲むのがイヤになった・・・。そのように感じた人もいるかもしれません。しかしほとんどの人にとって、薬とはなくてはならないものであることは事実です。
では、どうすればいいか・・。月並みな言い方ですが、やはり薬を処方されるときには医師や薬剤師の説明をよく聞くこと、薬を使って何か体調に異変が起こったときは直ちに医療機関に問い合わせることが重要です。薬局で薬を購入するときも薬剤師の話をよく聞く必要があります。薬疹に限らず薬で重篤な副作用がでたときは、救済してもらえる制度もあります(注3)。ただしこの救済制度は、医療機関で処方された薬か薬局で購入したものに限られます。例えばインターネットで個人輸入したような薬は適応されませんのでご注意ください。
すべての薬は薬疹を起こす可能性があり、薬疹には命にかかわる重症型のものもある・・・。このことは大変重要なのですが、これを理解されている患者さんは多くないように思えてなりません。小学校の保健の時間などを利用して、このことを周知してもらうことはできないでしょうか・・・。
注1:レボフロキサシン(商品名は「クラビット」など)の添付文書上の副作用は下記の通りです。
1)ショック,アナフィラキシー様症状(初期症状:紅斑,悪寒,呼吸困難等) 2)中毒性表皮壊死症(Lyell症候群),皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群) 3)痙攣 4)QT延長 5)急性腎不全,間質性腎炎 6)劇症肝炎,肝機能障害,黄疸(初期症状:嘔気・嘔吐,食欲不振,倦怠感,そう痒等) 7)汎血球減少症,血小板減少,溶血性貧血,無顆粒球症(初期症状:発熱,咽頭痛,倦怠感,Hb尿等) 8)間質性肺炎,好酸球性肺炎(症状:発熱,咳嗽,呼吸困難,胸部X線異常,好酸球増加等)(処置方法:副腎皮質ホルモン剤投与等) 9)偽膜性大腸炎等の血便を伴う重篤な大腸炎(症状:腹痛,頻回の下痢等) 10)横紋筋融解症(急激な腎機能悪化を伴うことがある)(症状:筋肉痛,脱力感,CK上昇,血中及び尿中ミオグロビン上昇等) 11)低血糖〔糖尿病患者(特にスルホニルウレア系薬剤やインスリン製剤等を投与している患者),腎機能障害患者で現れやすい〕 12)アキレス腱炎,腱断裂等の腱障害(症状:腱周辺の痛み,浮腫等)(60歳以上の患者,コルチコステロイド剤を併用している患者,臓器移植の既往のある患者で現れやすい) 13)錯乱,せん妄,抑うつ等の精神症状 14)過敏性血管炎(症状:発熱,腹痛,関節痛,紫斑,斑状血疹,皮膚生検で白血球破砕性血管炎等) 15)重症筋無力症の悪化 〈その他〉→必要に応じ中止等処置 1)過敏症(発疹等,浮腫,蕁麻疹,熱感,光線過敏症,そう痒等) 2)精神神経系(振戦,しびれ感,不眠,めまい,頭痛,幻覚,傾眠,意識障害,末梢神経障害,ぼんやり,錐体外路障害) 3)腎臓(BUN・クレアチニンの上昇,血尿,尿蛋白陽性) 4)肝臓(AST・ALT・Al-P・γ-GTP上昇,LDH上昇,肝機能異常,血中ビリルビン増加) 5)血液(白血球減少,好酸球増加等,貧血,好中球数減少,血小板数減少,リンパ球数減少) 6)消化器(悪心,腹痛,下痢,食欲不振,嘔吐,消化不良,口内炎,舌炎,口渇,腹部膨満感,便秘,腹部不快感,胃腸障害) 7)感覚器(耳鳴,味覚異常,視覚異常,味覚消失,無嗅覚,嗅覚錯誤) 8)循環器(動悸低血圧,頻脈) 9)その他(倦怠感,発熱,関節痛,熱感,浮腫,筋肉痛,脱力感,胸部不快感,四肢痛,咽喉乾燥,CK上昇,尿中ブドウ糖陽性)
注2:アセトアミノフェンについては下記コラムも参照ください。
メディカルエッセイ第97回(2011年2月) 「鎮痛剤を上手に使う方法」
注3:この制度を「健康被害救済制度」と呼び、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA) が業務を運営しています。詳しくは下記URLを参照ください。
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