はやりの病気

2014年7月22日 火曜日

第131回(2014年7月) 認知症について最近わかってきたこと

   認知症は多くの人にとって他人事ではないでしょう。なにしろ80歳以上の4分の1がアルツハイマーに罹患することが分かっているわけです。そして認知症はアルツハイマーだけではありません。脳血管性のものや他のものも含めると80歳で何らかの認知症に罹患している割合は50%を超えるとも言われているのです。

 80歳になれば2人に1人は認知症、などと聞けばよほど楽天的な人でも心配になるに違いありません。また、認知症は自分が罹患することを避けたいのはもちろんですが、家族が認知症を患っても大変です。実際、働き盛りの20代、30代の人たちが、親の介護のために仕事を辞めなければならない、ということはそう珍しくありません。

 例えば私が最近知った事例では、20代後半のある非正規社員の男性が仕事を辞めて母親の介護に専念することになりました。60代前半という若さで認知症を患った母親には家族の介護が必要であり、現在50代後半の父親の収入の方が高いという理由で、収入の低いこの若い男性が仕事を辞めることになったというのです。

 両親が認知症になっても大変ですし、配偶者がそうなった場合もかなり大変です。もちろん自分自身が認知症を患うこともなんとしても避けたいものです。しかし、80歳になると半数以上が認知症などと聞くと、絶望的な気分になってきます・・・。

 治療法があれば救われますが、現在4種の薬があるとはいえ、すべての症例に有効というわけではなく、そもそも使用開始するタイミングが遅ければ効果は期待できません。また高いエビデンスのある(科学的確証のある)予防法も現時点ではあるとは言えません。

 ではどうすればいいのでしょうか。今回は認知症に関する最近の見解をまとめてみたいと思います。

 まず、認知症を整理しましょう。認知症を分類すると、①アルツハイマー、②脳血管性、③その他、の3つになります。頻度としては①が最多で②がその次で③は少数です。今回は③については述べません。

 ②の血管性は脳梗塞や脳出血が原因である場合が多く、これらを予防していくのが効果的です。つまり、基本的には生活習慣病を予防することが結果として認知症の予防にもなるというわけです。現在喫煙していたり肥満があったりしている人の中で「病気になって早死にしてもかまわない」と考えている人がいるとすれば、「では早死にするのではなく認知症になってもいいのか」ということを考え直すべきです。

 問題は①のアルツハイマー型認知症です。認知症のなかで最多で、この傾向は年々顕著になってきています。そして、アルツハイマーは現在のところ、早期発見する方法が確立されていませんし、劇的に効く薬があるとは言えないのです。また、予防法も確立しているとはいえません。とはいえ、最近は少しずつ検査法、予防法についても研究が増えてきているので今回はそういったことを紹介したいと思います。

 まず、アルツハイマーを早期に知る方法として、実用化が現実になるかもしれない検査法について発表がおこなわれました。BBCによると、英国オックスフォード大学の研究チームがアルツハイマーの早期発見が可能な血液検査の方法を開発したそうです。研究チームは千人以上を対象にした研究で、1年以内にアルツハイマー病を発症するかどうかを87%の確率で推測できたそうです(注1)。

 87%の確率で推測できる、というのはものすごく画期的な検査です。現在使われているアルツハイマーの薬はどれも早期で使用しなければあまり意味がありません。しかし、適切なタイミングで使用すれば発症を大きく遅らせることも可能です。ということは、例えば60歳になれば国民全員がこの血液検査を受けるようにして、アルツハイマーになることが予想される人に対して薬を予防的に使用するということが可能になります。(しかし、これを実際に実行するとなると莫大な費用がかかります・・・)

 この検査が実用化されることになったとしても当分先になると思いますが、既存の検査でもある程度認知症のなりやすさを知ることができる、とする研究もあり、これは日本のものです。2014年7月14日の読売新聞(オンライン版)によりますと、東京都健康長寿医療センター研究所が、「健診の赤血球数、HDLコレステロール(善玉コレステロール)、アルブミンの3つが低いと認知機能の低下が2~3倍起きやすい」という研究結果をまとめたそうです。新聞記事からは、これら3つの項目がどの程度低ければどの程度認知症のリスクになるのか詳細が分からないのですが、同誌によれば、近いうちに医学誌に掲載される予定とのことなのでそちらを待ちたいと思います。

 ここからは予防についての研究を紹介していきたいと思います。まずは、やってはいけないこと、をみていきましょう。

 ひとつめはタバコです。私の知る限り、喫煙がアルツハイマーのリスクになるとした大規模研究はないのですが、「喫煙で認知症のリスクが2倍になる」という研究が日本で最近発表されました。2014年6月14日に開催された日本老年医学学会で発表されたそうです。研究者は、1988年に健康診断を受けた65歳以上で認知症がない712人(当時の平均年齢72歳)を対象とし、15年間追跡調査をおこない、202人が認知症と診断されたそうです。喫煙者と非喫煙者にわけて解析すると喫煙者のリスクが2倍になったそうです。ただし、これは認知症全体であり、アルツハイマーだけではありません。血管性の認知症は動脈硬化が誘因となりますから、喫煙者に認知症が多いのは当たり前といえば当たり前です。可能なら、認知症全体ではなく、アルツハイマーと喫煙の関係を解析してもらいたいものです。

 次は、ベンゾジアゼピン系薬剤です。医学誌『British Medical Journal』2012年9月27日号(オンライン版)にフランスの研究者による論文(注2)が掲載されています。平均年齢78.2歳の男女1,063人を15年間追跡調査した研究により、ベンゾジアゼピン系薬剤を使用しているとおよそ50%認知症のリスクが上昇することがわかったそうです。ベンゾジアゼピン系薬剤というのは、多くの睡眠薬や抗不安薬(日本では「安定剤」という名目で処方されることが多い)を差します。しかし、この論文が少し残念なのは先ほどの日本の研究と同様、アルツハイマー単独のリスクが検討されていないことです。

 アルツハイマーのリスクを上昇させるという研究に殺虫剤があります。医学誌『JAMA neurology』2014年3月1日号(オンライン版)に米国人の研究が掲載されています(注3)。殺虫剤に使われるジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDT)という物質があるのですが、これが体内に取り込まれるとジクロロジフェニルジクロロエチレン(DDE)という物質に代謝されます。そしてアルツハイマーの患者ではこの物質の濃度が上昇していることが分かったそうです。さらに、特定の遺伝子「APOEε4アレル」を保有する例でDDEの濃度上昇がより強くみられることが分かったそうです。この研究はアルツハイマーの症例が86例で、対照(コントロール)が79例と、対象とされた症例は比較的少数ではありますが、クリアカットに結論が導かれていますから、今後重要視されていくと思われます。あらかじめ「APOEε4アレル」という特定の遺伝子を持っているかどうかを調べて、もしも持っていれば都心の高層マンションなど殺虫剤を使わなくても生活できるところに引っ越しするという選択ができるからです。

 他人を信用しないひねくれ者(cynical distrust)は認知症になりやすい・・・。このような研究もあります。医学誌『Neurology』2014年5月28日号(オンライン版)にフィンランド人の研究が掲載されています(注4)。1997年に65~79歳(平均71.3歳)の合計1,146人を対象として、cynical distrust(注5)の強弱と認知症との関係が調べられています。その結果、cynical distrustの傾向が強い人はそうでない人に比べて認知症のリスクが3倍になることが分かったそうです。しかし死亡率には影響がなかったようです。
 
 ここからは、アルツハイマーを含む認知症の予防になるかもしれない、という研究を紹介していきたいと思いますが、まずは残念な研究から・・・。
 
 EPA(エイコサペンタエン酸 )やDHA(ドコサヘキサエン酸)といったω3系不飽和脂肪酸が認知症を予防するのではないか、ということが以前から期待されていたのですが、残念なことに予防効果はなかったという研究が発表されました。医学誌『Neurology』2013年9月25日号(オンライン版)に掲載された論文(注6)によりますと、米国の女性を対象とした大規模研究WHISCA(Women’s Health Initiative Study of Cognitive Aging)に登録されている2,157人の血液中のDHA及びEPA濃度を測定し認知機能との関係を調べています。その結果、これらω3不飽和脂肪酸の濃度と認知症には相関関係がなかったそうです。

 ここからは期待のもてる研究の紹介です。

 緑茶を毎日飲む人は、まったく飲まない人に比べて認知症のリスクが大きく減少する・・・。これは金沢大学の研究者らによる研究で、医学誌『PLoS One』2014年5月14日(オンライン版)(注7)に掲載されています。研究では、緑茶をまったく飲まないグループを基準とすると、毎日緑茶を飲むグループのオッズ比が0.26(起こりやすさが0.26倍)だったそうです。コーヒーや紅茶では認知症を予防するという結果は認められなかったそうです。オッズ比が0.26というのはにわかには信じがたいような数字ですが、これが事実なら今後世界中で緑茶ブームが起こるでしょう。

 次いでもうひとつ日本の研究を。日本の有名な疫学研究に久山町研究というものがあります。これは、福岡市に隣接した糟屋郡久山町(人口約8,400人)の住民を対象に脳卒中、心血管疾患などの疫学調査を1961年から行っている研究なのですが、この研究で、牛乳・乳製品を多く摂るほど認知症リスクが低下する、という結果がでたそうです。医学誌『Journal of the American Geriatrics Society』2014年6月10日号(オンライン版)に掲載されています(注8)。

 この結果が意外なのは、世界的には乳製品というのは高脂肪であることから敬遠される傾向にあり、認知症の予防も含めて健康食として何かと取り上げられることの多い地中海料理では牛乳や乳製品はあまり使われないからです。従来高脂肪食をあまり摂らない日本人には当てはまる研究、言い換えると、伝統的な日本食を摂っている人では乳製品が認知症の予防になるということかもしれません。

 因果関係が証明されているわけではありませんが、認知症の予防としては地中海料理が有効であろうというのが世界的な流れです。医学誌『Epidemiology』2013年7月号(オンライン版)には、英国の研究者による研究が報告されています(注9)。解析の結果、地中海料理を摂取する人ほど、脳機能が良好で、精神機能の低下が起こりにくく、アルツハイマーのリスクも低いことが示唆されたそうです。

 他にも認知症に関連する細かい研究はいろいろとあるのですが挙げていけばきりがありません。今回紹介したもの以外では、やはり運動が有効とする研究が目立ちます。アルツハイマーを含めた認知症を完全に予防する方法はありませんが、禁煙、規則正しい生活、適度な運動、栄養のある食事、素直な性格、勤勉(語学の勉強が有用という研究が複数あります。下記医療ニュースも参照ください)などを心がけるというのが現時点での現実的な予防法ではないでしょうか。

注1:このニュースは日本のマスコミではほとんど報じられていないようですが、BBCでは大きくとりあげています。2014年7月8日付けの記事のタイトルは「Alzheimer’s research in ‘major step’ towards blood test」です。詳しくは下記URLを参照ください。
http://www.bbc.com/news/health-28205680

注2:この論文のタイトルは「Benzodiazepine use and risk of dementia: prospective population based study」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/345/bmj.e6231.abstract?sid=d1661398-c316-4fcf-8aa8-33e2d43bf2ad

注3:この論文のタイトルは「Elevated Serum Pesticide Levels and Risk for Alzheimer Disease」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1816015&resultClick=3

注4:この論文のタイトルは「Late-life cynical distrust, risk of incident dementia, and mortality in a population-based cohort」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.neurology.org/content/82/24/2205.short?sid=6891352b-980a-4a67-ac58-70841f6dcc11

注5:cynical distrustは、さしあたり、「いつも皮肉を言い、他人を信用せず、バカにするようなひねくれ者」というイメージだと思います。この性格の程度を測定する「Cook-Medley Scale」という質問票があるのですが、日本ではあまり使われていないと思われます。少なくとも実際の臨床でこの質問票を用いている医療機関や医師を私は知りません。

注6:この論文のタイトルは「Omega-3 fatty acids and domain-specific cognitive aging」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.neurology.org/content/81/17/1484.short?sid=4a5f0dc4-7abc-46d5-b8ba-2f7f3d63a842

注7:この論文のタイトルは「Consumption of Green Tea, but Not Black Tea or Coffee, Is Associated with Reduced Risk of Cognitive Decline」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0096013

注8:この論文のタイトルは「Milk and Dairy Consumption and Risk of Dementia in an Elderly Japanese Population: The Hisayama Study」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jgs.12887/abstract?deniedAccessCustomisedMessage=&userIsAuthenticated=false

注9:この論文のタイトルは「Mediterranean Diet, Cognitive Function, and Dementia: A Systematic Review」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://journals.lww.com/epidem/Abstract/2013/07000/Mediterranean_Diet,_Cognitive_Function,_and.1.aspx

参考:
はやりの病気第95回(2011年7月)「アルツハイマーにどのように向き合うべきか」
医療ニュース2014年6月30日「今からでも語学を勉強すれば老化の予防に」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ