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2019年9月26日 木曜日

2019年9月26日 犬を飼えば心臓の病気になりにくい

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の約13年間の歴史を振り返ると、犬アレルギーの患者さんが増えているような印象があります。割合で言えば猫アレルギーの方が多く、猫アレルギー自体も増加傾向にあるのですが、犬も確実に増えています。もちろん、アレルギーがあるからといって必ずしも離れて暮らす必要はないのですが、それなりの対処が必要です。

 最近増えている相談が「アレルギーを発症するのが怖いのですが初めから飼わない方がいいですか」というものです。例えば両親のどちらかが犬アレルギーがある場合は自身もそのうちに発症するのではないか、花粉症があるのでいずれ犬にも反応するのではないか、などと考えられているのです。この考えは間違っておらず、たしかに自身もしくは血縁者にアレルギー体質の人がいれば、現在は大丈夫でも将来的に犬アレルギーを発症する可能性はあります。

 ですが、現時点でないのであれば飼育することに問題はありませんし、アレルギーになりにくくする方法もあります。ですから「将来のリスク」よりも「現在及び将来の(犬と過ごすことでの)メリット」を考えるべきだと私は思います。それに、最近は犬を飼うことの利点を報告する研究が増えてきています(下記「医療ニュース」参照)。今回お伝えするのもそんな研究です。

 犬を飼えば心血管障害を起こしにくい……。

 米国の有名病院「メイヨー・クリニック」のウェブサイトにそのような研究「犬の飼い主と心臓の病気(Dog Ownership and Cardiovascular Health: Results From the Kardiovize 2030 Project)」が掲載されました。研究の対象者はチェコスロバキア第二の都市ブルノ在住の住民1,769人で、研究を実施したのもチェコ共和国の研究者です。なぜ、チェコの学者が米国の病院のウェブサイトに論文を載せるかというと、メイヨー・クリニックというのはいわゆる診療所(クリニック)ではなく、全米で最も優れた病院のひとつであり、臨床のみならず教育や研究にも力を入れています。メイヨー・クリニックのサイトに研究成果が掲載されるということは一流の医学誌に論文が掲載されるのと同じように名誉なことなのです。

 話を研究結果に戻しましょう。犬を含む何らかのペットを飼っている人は、飼っていない人に比べて喫煙率は高かったものの、身体活動度、食事、血糖値がより良好であることが判りました。ペットのなかで、特に犬を飼っている人は何もペットを飼っていない人に比べ、心臓の健康度を示すスコアが有意に高かったのです。また、犬を飼っている人は他のペットを飼っている人に比べ、身体活動度および食事がより良好であるとの結果も得られています。

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 この研究を評した解説を探していると、同様の結果が過去の研究でも認められていることが分かりました。医学誌『Circulation』2013年5月9日号(オンライン版)に「ペット飼育と心血管疾患のリスク(Pet Ownership and Cardiovascular Risk)」という論文が掲載されており、ここでも「ペット(特に犬)を飼うことで、身体活動度が向上し、心血管疾患のリスク低下が期待できる」とされています。

 これだけの恩恵をもたらせてくれる犬。アレルギーや他のリスクに注意が必要だったとしても簡単に諦めない方がよさそうです。

医療ニュース
2019年6月30日「乳幼児期に犬と過ごせば食物アレルギーを予防できる?」
2019年2月23日「乳児期に動物に接するとアレルギーを起こしにくい?!」
2018年1月26日「単身者は犬を飼えば長生き 雑種より猟犬が良い?」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2019年9月26日 木曜日

2019年9月26日 ビタミンDの補給でがんによる死亡リスクが低下

 サプリメントに関する質問のなかでここ数年で最も多いのがビタミンDだという話を何度かしています。ビタミンDで心疾患の予防ができる、がんが防げる、感染症にかかりにくくなる、若返る……、いろんなことを言う人がいます。また、ビタミンDは食事だけでは十分量が摂れないことを指摘する人もいます。これらについて、つまりビタミンDの「総論」について「はやりの病気」2019年4月号「ビタミンDが混乱を招く2つの理由」でまとめました。

 そこで私が述べた結論は、ビタミンDは大切な栄養素であることは間違いないが、日本人であれば食事から十分量が摂れるので心配はない。サプリメントではなく食事に気を付けようというものでした。

 ですが、世界では今も「ビタミンDを積極的にサプリメントで摂るべき」とする研究もあります。今回紹介するのもそのようなひとつです。

 ビタミンDのサプリメントを摂取すればがんによる死亡率が16%低下する……。

 医学誌『British Medical Journal』2019年8月12日号(オンライン版)に掲載された論文「ビタミンD補給と死亡率の関連:系統的レビューとメタ分析(Association between vitamin D supplementation and mortality: systematic review and meta-analysis)」でそのような結論が導かれています。

 この研究は「メタ分析」でおこなわれています。つまりこれまで世界中で発表されているビタミンDについての研究をまとめ、それを解析することにより結論を出そうすると研究です。対象となった研究は52で、被験者は合計75,454例となります。

 そのメタ分析の結果、全死亡例は8,033例。そのなかで心血管疾患での死亡が1,331例、がんによる死亡は877例でした。ビタミンDサプリメントの摂取とすべての死因を含む死亡との間には関連性が認められませんでした。また心血管疾患による死亡との関連もありませんでした。

 しかしながら、ビタミンDのサプリメントはがんによる死亡のリスクを16%低下させているという結果が算出されています。

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 論文の原文は「vitamin D supplementation」とされており、内容からこれは食事による補完ではなくサプリメントや薬剤としてのビタミンDによる補給と考え、ここでは「ビタミンDのサプリメント」と表現しています。

 さて、ビタミンDのサプリメントを積極的に摂るべきかどうかについて、私個人の考えとしては以前から述べているように基本的には「不要」です。例外となるのは、ヴィーガンの人だけです。よく「紫外線に一切あたらないようにしているんですがそれでもビタミンDのサプリは不要ですか」と聞かれます。私の答えは「サーモンとキノコ類をしっかり摂っていれば不要」です。

はやりの病気
第188回(2019年4月)「ビタミンDが混乱を招く2つの理由」
医療ニュース
2019年1月31日「ビタミンDで心血管疾患のリスクは低下しない」
2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」
2014年2月28日「ビタミンDのサプリメントに有益性なし」
2010年2月11日「ビタミンDが不足すると喘息が悪化」
2010年2月1日「ビタミンDの不足は大腸ガンのリスク」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2019年9月21日 土曜日

第193回(2019年9月) 過敏性腸症候群に「低FODMAP食」は本当に有効なのか

 過去約13年の太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の歴史を振り返ると、過敏性腸症候群の患者さんは季節に関わりなくコンスタントに受診されています。薬なしでコントロールできるようになる場合も多いのですが、残念ながら今も薬が手放せないという人もいます。ただ、初診時には「電車に乗れないほど重症」という人も少なくないのですが、治療を受けてもまったく改善しないという人はいません。

 谷口医院で実施している”治療”は、まずは「生活習慣の改善」です。過敏性腸症候群の生活習慣というと「食事」と思われがちですが、実は食事だけでは不十分です。患者さんにはそのあたりについて時間をかけて説明していくわけですが、今回取り上げたいのは、2年程前から質問と相談が急増している「低FODMAP食」についてです。

 低FODMAP食をどう思うか、低FODMAP食に切り替えてもいいか、低FODMAP食は安全なのか……。こういった質問がよく寄せられます。まずは、最近脚光を浴びているこの低FODMAP食を解説しておきましょう。

 低FODMAP食は現在世界中で注目されており、日本のガイドラインでも紹介されています。ただ、現時点では質の高いエビデンス(科学的確証)があるとは言えず、ガイドラインでも”紹介”にとどまっており積極的に推奨されているわけではありません。

 低FODMAP食が一躍有名になったのはイギリスのある研究です。ただ、その研究はあまりにもN数が小さい、つまり研究規模が小さく、また効果判定を被験者のアンケートでおこなっており科学的信頼度(つまり「エビデンス」)は高くありません。しかしながら、この論文によって低FODMAP食が注目されるきっかけになったのは事実ですから、まずはこの研究を紹介しておきましょう。

 医学誌『Journal of Human Nutrition and Dietetics』2011年5月号に「過敏性腸症候群の患者に対する標準食と低FODMAP食の比較(Comparison of symptom response following advice for a diet low in fermentable carbohydrates (FODMAPs) versus standard dietary advice in patients with Irritable bowel syndrome)」という論文が掲載されました。研究内容は下記の通りです。

 標準食を摂取した被験者が39人、低FODMAP食を摂取したのは43人です(被験者数が少ないのが残念です)。「症状が改善し満足した」のは低FODMAP食を摂取したグループで76%、標準食は54%です。症状を数値化したスコアでみると、低FODMAP食は86%で改善、標準食は49%です。具体的な症状の改善度をみると、「腹部膨満(bloating)」が改善したのは、低FODMAP食が82%、標準食が49%。「腹痛」は低FODMAP食85%、標準食61%。「鼓張(flatulence)」は低FODMAP食87%、標準食50%で、これらにはいずれも統計学上の有意差があります。

 では、低FODMAP食とはどのようなものなのかをみていきましょう。FODMAPとは、Fermentable(発酵性)、Oligosaccharides(オリゴ糖)、Disaccharides(二糖類)、Monosac-charides(単糖類)、and Polyols(ポリオール)の略称です(”リズム”と”響き”をよくするために「and」の「a」を加えていることに違和感を覚えるのは私だけでしょうか)。つまりFODMAPとは、①発酵食品、②オリゴ糖、③二糖類、④単糖類、⑤ポリオールの5つの系統の食品のことで、低FODMAP食とは、これらを極力摂取しないようにする食事療法のことです。

 患者さんからの質問で最も多いのが「発酵食品は腸にいいってこれまで聞いてたんですけど違うんですか?」というものです。この質問はもっともであり、「腸のなかのいい菌(善玉菌)を増やすことが過敏性腸症候群を含む多くの腸の病気に有効」というのがこれまでの定説ですから、低FODMAP食はそれを覆すことになります。なかには、ネットなどの情報を鵜呑みにし影響を受けて「これまでは積極的に摂っていたヨーグルトと納豆をすでにやめています」と先を急ぐ人もいます。

 発酵食品の良し悪しを論じる前に他の4つの項目もみておきましょう。

②オリゴ糖:オリゴ糖の定義としては通常「二糖類以上の糖」となるが、FODMAPの考え方では二糖類を独立させているため(下記③)、三糖類や四糖類のことを指している。キャベツ、ブロッコリー、アスパラガスなどに含まれているラフィノースが代表。ひよこ豆やレンズ豆もオリゴ糖を豊富に含む。

③二糖類:砂糖の主成分のスクロース、乳糖(=ラクトース)(牛乳に含まれる)、麦芽糖(マルトース)、トレハロース(エビに含まれている)など。

④単糖類:おおまかにいうと甘い物。フルーツや蜂蜜にも含まれる。また単糖類の一種であるフルクトースの重合体「フルクタン」は低FODMAP食で重要視されている。タマネギ、コムギなどに豊富に含まれる。

⑤ポリオール:糖アルコールのこと。低カロリー甘味料として用いられる。

 従来、過敏性腸症候群を患ったときに積極的に摂取すべきなのは、ヨーグルトや納豆などの発酵食品、植物性蛋白質が豊富な大豆製品、様々な野菜、食物繊維、フルーツなどで、避けなければならないのは甘い物(フルーツを除く)、人工甘味料、炭水化物、加工食品などになります。ということは従来の食事と低FODMAP食には共通点と異なる点があり、まとめると次のようになります。

〇従来の食事、低FODMAP食共通の「避けるべき食べ物」:甘い物、砂糖、人工甘味料、炭水化物(特にコムギ)。

〇従来の食事では推奨され低FODMAO食では避けるもの:ヨーグルト、納豆、豆類、食物繊維が豊富な野菜(アスパラガス、キャベツ、タマネギなど)、フルーツ。

〇従来の食事、低FODMAP食共通の「摂るべき食べ物」:特になし

 過敏性腸症候群では腸内フローラ(腸内細菌叢)に幅がない、つまり腸内細菌の種類が少ないことが分かっています。またいわゆる善玉菌が少ないことも指摘されています。アフリカやアジアなどに残っている未開社会には過敏性腸症候群が存在しないのは伝統的な発酵食品をよく摂取するからだと言われています。ですから、「現代病」である過敏性腸症候群では、まずプロバイオティクス(善玉菌)を積極的に摂取し、次にプレバイオティクス(善玉菌のエサになる食べ物。代表が食物繊維)を摂りましょう、とされています。一方、低FODMAP食を実践すればこれらの双方が摂れないことになります。

 ですが、低FODMAP食を徹底すれば炭水化物、特にコムギを摂らなくなります。過去に何度か紹介したように(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)、コムギを控えると体調がよくなるという人は少なくありません(過去に指摘したように、これはコムギアレルギーや”遅延型アレルギー”ではありません)。また低FODMAP食を徹底すれば甘い物や加工食品が摂れなくなりますから、これは従来の食事療法と共通です。

 さて、そろそろ私が考えている結論を話します。低FODMAP食を実践したいという人から相談されれば「興味があるならやってみれば」と助言しています。その際には今ここで述べたようなことを説明するのですが、特に注意して聞いてもらうのは「プロバイオティクス/プレバイオティクスを長期で摂取しなかったときの安全性が不明」ということです。実際の患者さんの声はどうかというと、低FODMAP食に切り替えて調子がいいという人は確かにいます。ですが、よく聞くと、効果が出ているのは単にコムギをやめたからではないのかな、と思えるケースが実はほとんどです。

 最後に、谷口医院で最も重要視している過敏性腸症候群に対する生活指導をお伝えしましょう。それは、「有酸素運動」です。実際、ジョギングを始めてからすっかり調子がよくなったと言う患者さんは少なくありません。エビデンスもあり、この研究は過去にも紹介しています(医療ニュース2018年3月2日「有酸素運動が過敏性腸症候群を改善する」)。ただ、先述の低FODMAP食の研究と同様、規模があまり大きくないのは事実ですが……。

参考:
機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―過敏性腸症候群(IBS)
日本消化器病学会ガイドライン 過敏性腸症候群
はやりの病気
第172回(2017年12月)「「リーキーガット症候群」は存在するか?」
第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」
第117回(2013年5月) 「便秘を治す(後編)」
第116回(2013年4月)「便秘を治す(前編)」 
第101回(2012年1月)「増加する炎症性腸疾患」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2019年9月11日 水曜日

2019年9月 ”副腎疲労症候群”にかかる人たち

 「えっ、先生、”ふくじんひろうしょうこうぐん”を知らないんですか?」

 これは太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)をオープンして間もない頃、20代女性の患者さんから言われたセリフです。「副腎疲労症候群」、そんな病名、聞いたことがありません。医学の教科書に記載されている病気で私の知らない病気はまったくない、とまではいいませんが、患者さんが「よくある病気」と思っていて、医師が知らないものというのはまず存在しません。それに私は自分の性格上、知ったかぶりをするのが嫌いなので、正直に「知りません」と答えました。

 するとこの患者さんは「そんなことも知らないんですか?」と呆れた口調で私を軽蔑するような態度に変わりました。「そのような病気はありません」と答えるのは上からの態度になりますし、「きちんとした医学では認められていません」と言うのも相手をいい気分にはさせませんから、「その”病気”のことはさておき、どのような症状でお困りか話してもらえますか?」と質問してみました。

 分かったことは、何年も前から疲れが取れないこと、しかし仕事には積極的で休日出勤も多く、一方では旅行が趣味で頻繁に海外に出かけていること、健康診断で異常はなく体重は変わらないこと、これまで数件の医療機関に行ったけどマトモなところはなかったこと、谷口医院なら何でも相談できると思ったから受診したこと、などです。しかし、彼女が「副腎疲労症候群」という言葉を口にする度に私が不甲斐ない返事をしたからなのか、不満げな表情を浮かべて「もういいです!」と捨てゼリフを吐いて帰っていきました。

 その後、年に2~3人から「副腎疲労症候群だと思うんです……」という訴えを聞くようになりました。しかし、まともな医師ならこんな疾患が存在しないことは病名からすぐに分かります。慢性疲労症候群という疾患は存在しますし、言葉もおかしくありません。これは「慢性に疲労を感じる病態」です。一方、「副腎」という臓器が「疲労」することはあり得ません。臓器が疲労を自覚することはできません。

 先述した20代女性に対する私の対応は失敗と言わざるを得ませんが、その逆に、そんな病気は存在しないということを説明して理解を得られたこともあります。ですが、理解してもらえるのは何度か受診されている患者さんです。「副腎疲労症候群の検査と治療をしてくれないのであれば受診する意味がない」と頑なに信じている初診の人を説得するのは困難です。

 そんなある日、ついに「これは放っておけない」と考えなければならない女性がやって来ました。30代のその女性、なにやらクリエイティブな仕事をされているようで東京在住ながら全世界を飛び回っていると言います。訴えは「副腎疲労症候群でコートリルを飲んでいるのだが切れてしまった。2週間後には東京に戻るのでそれまでの処方をしてほしい」というものでした。

 コートリルというのは内服ステロイドの商品名です。私は当初、この女性は「副腎疲労症候群」ではなく「副腎皮質機能低下症」があるのかと思いました。副腎皮質機能低下症というのは体内のステロイドをつくりだす副腎機能が低下しており、外から(つまり薬を飲むことで)ステロイドを補わなければなりません。この場合、コートリル(ステロイド)を切らせば大変なことになりますから処方しなければなりません。しかし、その前に問診が必要です。

医師(私):副腎の機能が低下する病気があるということですね。当院は初診になりますから少し話を聞かせてください。まず、診断がついたのはいつですか。

患者:半年くらい前です。専門のクリニックで言われました。

私:ということは生まれつきではないのですね。副腎の機能が低下する原因は何なのですか?(注1)

患者:金属と食べ物と腸内細菌が原因です。

私:……

 絶句してしまいました。これは副腎皮質機能低下症ではありません。このとき私は「副腎疲労症候群」の”正体”が分かりました。メディアや世論が勝手に作り出す病名というのは他にもあります。有名なのは「新型うつ」や「アダルトチルドレン」でしょうか。これらにも様々な問題がありますが、こういう診断がついたからといって危険な薬を処方されることはあまりないと思います。ですが、この女性の「副腎疲労症候群」の場合、ステロイドが処方されているわけですからこれを見逃すわけにはいきません。

 私の予想通り、副腎機能を示す検査(例えば、コルチゾールやACTH)は測定されていないと言います。その代わり(?)に、毛髪からの金属と”遅延型食物アレルギー”の有無を調べたことがあるそうです。遅延型食物アレルギーというのは過去に指摘したように、存在しないもので多くの被害者が出ています(参照:医療ニュース2014年12月25日 「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!)。こういうタイプの患者さんに説明するのはものすごく困難ですが放っておくわけにはいきません。

私:副腎疲労症候群という病気は認められていません。副腎の病気でコートリルが必要な人はたしかにいますが、それは副腎皮質機能低下症という特殊な病気にかかった人で、定期的に体内のステロイドホルモンの数値を調べなければなりません。

患者:先生は副腎疲労症候群を知らないんですね。(東京の)私のクリニックの先生は「この病気は多くの医師が知らない」と言っていました。コートリルを飲めば疲れがなくなるんです。私の先生が正しいんです!

私:……

 結局、この患者さんとも良好な関係を築けませんでした。ステロイドを飲めば疲労感が一時的に取れて元気になるのは当たり前です。徹夜もできるでしょう。スポーツ選手なら記録が向上するでしょう(ドーピングになりますが)。しかし、その反動は必ず来ますし長期的なリスクが多数あります。こんなことを続けていると確実に寿命が短くなります。この女性がステロイド内服の危険性に気づき、副腎疲労症候群などという病気が存在しないことに気づくのはいつでしょうか。それにしても東京にはこのような”治療”をしているクリニックがあることに驚かされます。

 この件があってから論文を調べてみました。どうやら「副腎疲労症候群」という”病気”で不安を煽られているのは日本人だけではないようです。科学誌『BMC Endocrine Disorders』2016年8月24日号(オンライン版)に「副腎疲労症候群は存在しない~系統的検討から~(Adrenal fatigue does not exist: a systematic review)」という論文が掲載されています。この研究では、これまでに副腎と疲労感や消耗感などの関係が研究された3,470件の論文から、研究の基準に値する58件を選び出し、それらが系統的に検討されています。解析の結果として、研究者らは「副腎疲労は依然として”神話”である(Therefore, adrenal fatigue is still a myth.)」と結論付けています。

 現在も年に数回はこの「神話」について患者さんから質問されます。そして、興味深いことにこういう質問をするほとんどの人が先述した「遅延型食物アレルギー」にも関心をもっていて、「リーキーガット症候群が……」(注2)とか「カゼインアレルギーが……」と言います。すでに「コムギとカゼインは一切摂っていない」(注3)という人もいます。不思議なことにそれだけ健康に気を使っている一方で、何人かは「大麻に関心がある」(注4)と言います。そして、さらに不思議なのがこういう”病気”に興味を持っている人の多くが、知的レベルが高く、英語を使いこなす仕事をしていたり、自身で事業をしていたりする人も少なくないことです。

 エビデンス(科学的確証)がすべてではありませんが、我々のようにエビデンスに基づいた医療を基本とする、という考えはこういった人たちには受け入れられないのかもしれません。それだけ医療者が信用されていない、ということなのでしょう……。

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注1:副腎皮質機能低下症には先天性と後天性があります。先天性には先天性副腎皮質低形成、副腎皮質刺激ホルモン不応症、副腎白質ジストロフィーなどがあり、後天性はアジソン病と呼ばれる自己免疫疾患や結核で発症するものが有名です。他には、副腎への癌転移、薬剤性などがあります。

注2:ただし私自身は「リーキーガット症候群」という概念を否定していません(参照:はやりの病気第172回(2017年12月)「リーキーガット症候群」は存在するか?)。私がそういう医師だから副腎疲労症候群に関心があるという患者さんが谷口医院を受診されるのかもしれません。

注3:コムギの遅延型アレルギーというものは存在しませんが、コムギを避けると体調がよくなるという人はたくさんいますし、私の方から「コムギ製品を控えてみては?」と患者さんに助言することもあります(参照:はやりの病気第158回(2016年10月)「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか)。

注4:2013年にウルグアイが大麻を嗜好大麻も含めて合法化したことに続き、2018年夏にはカナダも合法化されました。米国でも嗜好大麻を合法とする州と地域は10以上あります(2019年9月現在)し、ヨーロッパや中南米でも個人的使用なら合法の国が増えてきています。たしかに医療用大麻は有用とする意見も多く、日本でも重症のてんかんには近いうちに許可される可能性があります。ですが大麻には有害性があるのもまた事実であり、本文に述べたような人たちはその有害性にはあまり目を向けていないような印象があります。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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