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2023年11月19日 日曜日

第243回(2023年11月) GLP-1受容体作動薬で依存症の治療ができるか

 2023年3月に、ダイエット(正確には「肥満症の治療」)目的として保険で処方できることが承認されたのにもかかわらず、長い間「薬価収載」されずに発売が延期になっていた「ウゴービ」(一般名はセマグルチド)が、11月22日についに薬価収載されることが決まりました。正確な発売日は未定ですが、おそらく12月には処方できると思われます。

 GLP-1ダイエットについては過去に何度か取り上げ危険性も指摘しましたが、基本的には使用者は増加の一途をたどると私はみています。最大のリスクは自殺念慮と自傷行為で、EMA(European Medicines Agency、欧州医薬品庁)の安全委員会が注意喚起を促しています。実際、谷口医院の患者さんのなかにも自殺や自傷までは進まなくても抑うつ状態になる人はいます。

 ただし、それらは重篤なものではなく「食べる楽しみを失って……」とか「パーティに行きたくなくなった。行っても飲み食いする気持ちになれなくて……」という感じで、食欲がなくなることに起因する軽度の抑うつ状態であるため、そういった副作用があることを事前に承知してもらい、なおかつかかりつけ医が見守りながら続けるのであれば、たいていはそう大きな問題ではないと思います。

 これまでGLP-1ダイエット(正確には「GLP-1受容体作動薬を用いたダイエット、以下は単に「GLP-1ダイエット」とします)をしている人をみてきた私が不思議に感じることが3つあります(尚、谷口医院ではダイエット目的でGLP-1受容体作動薬を処方したことは一度もありません。ダイエットしている人を診ているのは谷口医院では別のことでかかっているからです)。

#1 まったく、あるいはほとんど効果がない人がいる。おそらく全体の1割程度。

#2 食欲がなくなるだけでなく摂食障害が大きく改善する人がいる

#3 食のみならず、飲酒、さらに買い物やギャンブルなどへの衝動が抑制できるようになる人もいる

 #2については、最初の一人から聞いたときは「食欲がなくなるのだからあり得るだろう」と思ったのですが、よく考えてみると摂食障害というのはそんなに簡単に治る疾患ではありません。精神科医でさえも診察を嫌がることが少なくなく紹介しても断られて戻って来ることが多く、そのため、結局谷口医院で診ることになるのです。

 そもそも摂食障害というのは「満腹でも食べなければならないという思いが頭を支配する」と表現する人もいるほどで、他人より空腹感が強いから起こるわけでは決してありません。ですから、食欲が低下したからといって摂食障害までが良くなるとは思えないのです。しかし、実際に改善(しかも大きく改善)する人がいます。

 さらに#3です。食欲は低下したとしても、アルコールに対する欲求までが減るのはなぜなのでしょう。飲酒はまだ口にするものですから理解できるとしても、買い物やギャンブルへの衝動が低下するのはなぜなのでしょう。

 食欲低下、特に嗜好品に対する欲求がどれだけ変化するのかをみてみましょう。ニューヨークに本社を置くモルガン・スタンレーがGLP-1ダイエットを開始した300人を対象とした興味深い調査を実施しました。「Healthier categories see a boost in consumption by patients after starting on AOM(抗肥満薬の開始後、より健康的なカテゴリーの食品の消費が増加)」というタイトルのグラフに注目してみましょう。「健康に悪い」のが自明な飲食物の摂取量が大きく減っているのがわかります。

 例えば、GLP-1ダイエットを開始してスイーツ(Confections)の摂取量が減った人が72%。清涼飲料水(Carbonated / sugary drinks)は70%、スナック菓子(salty snacks)は67%、アルコールは66%もの人たちが消費量を減らしています。一方、その逆に野菜や果物の摂取量が増えた人が54%もいます。

 「Patients report the most significant changes to fast food and pizza restaurant trips(患者はファストフードやピザレストランへの利用に最も大きな変化があったと報告)」というタイトルのグラフもみてください。77%もの人が「ファストフード店の利用が減った」と回答しています。

 モルガン・スタンレーのアナリストPamela Kaufman氏は、「食品、飲料、レストラン業界では、不健康な食品、高脂肪食、甘いもの、塩辛いものに対する需要が低下するだろう」と述べています。同社は、GLP-1ダイエットが流行した結果、炭酸飲料、焼き菓子、塩味のスナックの総消費量は2035年までに最大3%減少するとみています。実際、すでにウォルマートはGLP-1ダイエットをしている人たちの食品購入の減少を実感していると発表しています。

 さらに驚く報告を紹介しましょう。医学誌「nature」はGLP-1ダイエットによりアルコール、ニコチン、さらにギャンブルへの欲求が低下する可能性について言及しています。

 具体的な論文をみてみましょう。まずはアルコールです。好んで飲酒をすることが知られているアフリカベルベットザルにGLP-1受容体作動薬を投与した研究があります。結果は、プラセボ投与群に比べてGLP-1作動薬を投与したグループのサルは、アルコール消費量が有意に減少していました。ラットを用いた別の研究でもGLP-1受容体作動薬がアルコール消費量を減少させることが分かりました。

 日本に比べて米国ではアルコール依存症に苦しむ人が多いのですが、その米国でアルコールよりも遥かに深刻なのが麻薬依存です。そして、なんとGLP-1受容体作動薬は麻薬(オキシコドン)の依存も減らすという研究があります。さらに、コカインへの渇望が減るとする研究もあります。

 米国紙「The Atlantic」の記事によると、GLP-1受容体作動薬はアルコール、ニコチン、オピオイドなどの薬物のみならず、買い物、爪を噛む、皮膚をむしるといった依存症、あるいは強迫行動を改善させることができると報告しています。これは私見ですが摂食障害の病態は「依存症+強迫障害」です。この記事が言うように、GLP-1受容体作動薬で依存症と強迫行動が改善するなら、摂食障害の治療に使える可能性があります。

 谷口医院では禁煙治療のみならず、(受け入れてくれる精神科の医療機関がないために)覚醒剤(メタンフェタミン)を代表とする薬物依存の患者さんも診ています。そして、治療の困難さを日々実感しています。一時は自助グループやグループセッションに積極的に紹介していたのですが、こういった試みもうまくいった試しがほとんどありません。もしもGLP-1受容体作動薬の投与で改善するのなら、少なくともその可能性があるなら試してみる価値はありそうです。

 ただし、肥満も糖尿病もない患者さんに保険診療でGLP-1受容体作動薬を処方することはできませんし、自費診療によるこういった薬の処方も谷口医院ではおこなっていません。覚醒剤依存症の人は例外なく肥満はありません(というより全員がやせています)から、そもそも現時点では処方が不可能です。もしも将来、依存症の治療に使うことができるようになったとしても、全員に効くわけではありません。これは上述の論文でも指摘されていて、効く人と効かない人がいるのです。上記#1で述べたGLP-1受容体作動薬を使ってもやせない人が一定数いることと関係があるのではないかと私は考えています。

 しかし、すべての事例に有効なわけではないにせよ、他に有効な治療法のない依存症に対してGLP-1受容体作動薬が効くかもしれないというのは夢のある話です。

参考:はやりの病気

第239回(2023年7月) 「GLP-1ダイエット」は早くも第3世代に突入?!
第228回(2022年8月) GLP-1ダイエットが危険な理由~その2
第223回(2022年3月) GLP-1ダイエットが危険な理由

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2023年11月12日 日曜日

2023年11月 幸せになりたければ自尊心を捨てればよい

 半年ぶりに「幸せ」を取り上げます。今回注目するのは「年齢」です。一般に、人は何歳頃が最も幸せで、何歳頃が最も不幸なのでしょうか。若さが失われることで年をとればとるほど不幸になっていくのでしょうか。それとも、加齢と共に人生を達観できるようになり、その結果幸せが訪れるのでしょうか。

 実は「年代と幸福感」については世界で繰り返し研究されています。そして、一致した見解があります。それは「幸福度と年齢の関係はU字型になる」です。おそらく最も有名な論文は、これまでに発表されているデータをまとめ直した研究(これを「メタアナリシス」と呼びます)で、2021年に科学誌「Journal of Population Economics」で発表された「幸福はどこでもU字型を示すか? 145か国の年齢と主観的健康状態(Is happiness U-shaped everywhere? Age and subjective well-being in 145 countries)」です。この論文によると、世界中のほとんどの地域で「幸せ曲線」はU字型を描きます。つまり、「若い頃は幸福で、次第にその程度が低下し、いったん底をついて、再び上昇する」のです。この論文によると、そのU字カーブの底、つまり「最も不幸せな年齢」は48.3歳です。ということは、48.3歳を過ぎれば人はどんどん幸せになるというわけです。本当でしょうか。

 どれくらいの人がこれを信じることができるでしょう。この論文では日本のデータも加味されています。日本人の「U字カーブのどん底」は世界平均より少し高くて50歳だそうです。では、あなたの周囲の人たちは50歳が最も不幸で、40歳や60歳の人は50歳の人よりも幸せそうに見えるでしょうか。そして、50歳を超えた人は安心していいのでしょうか。

 日本独自のデータもみてみましょう。第一生命経済研究所が、30歳から89歳の全国の男女800名を対象に幸福観に関する意識調査を実施し、2012年に発表しています。この報告によると日本人の年齢ごとの幸福度は男女で異なります。男性の場合、先の論文と同様、30代から40代にかけて落ち込み、その後どんどん上昇します。最も幸せなのは80代で、20代よりも上です。他方、女性の場合はまるで異なり、年齢ごとの変化はほとんどありません。60代で少し幸福度が上昇し、最低は80代ですが大きな差ではありません。ただし、この研究は対象がわずか800人ですから信頼性はさほど高いとは言えないでしょう。

 内閣府によるかなりショッキングな調査があります。日本人の幸福度は年々低下することを示しているのです。グラフをみると明らかで、調査対象最年少の15歳をピークにして幸福度はどんどん低下していきます。興味深いことに、このグラフには米国人の幸福度が合わせて記されています。米国人の幸せはやはり40歳頃で底をうつU字型カーブです。

 レポートには「諸外国の調査研究では、(幸福度は)U字カーブをたどるとされる。(中略)しかし、日本では高齢期に入っても他国(たとえばアメリカ)に比べると幸福度が上昇していかない」と、「日本人は例外的に年を取るほど不幸になる」と断言されているのです。内閣府からこれだけはっきりと言われると、日本人でいることを恨みたくなってこないでしょうか。

 では、(第一生命経済研究所ではなく)内閣府の見解が正しいとすれば、なぜ日本人は(日本人だけが)年を重ねても幸せが訪れないのでしょうか。この疑問に対する答えになるかもしれない興味深い報告を紹介しましょう。

 科学誌「Frontiers in Public Health」に2020年に掲載された興味深い論文があります。タイトルは「日本の生涯にわたる自尊心の発達の軌跡: 青年期から老年期までのローゼンバーグ自尊心尺度のスコアの年齢差(The Developmental Trajectory of Self-Esteem Across the Life Span in Japan: Age Differences in Scores on the Rosenberg Self-Esteem Scale From Adolescence to Old Age)」で、日本人による日本人を対象とした「自尊心(self-esteem)」に関する研究です。結論は「ヨーロッパ系アメリカ人では中年期以降自尊心が低下するのに対し、日本人の自尊心は青年期で低くなりその後成人期から老年期にかけて高くなり続ける」です。

 論文に掲載されたグラフをみれば一目瞭然です。調査対象最年少の15歳での自尊心が最も低く、その後は男女とも一貫して上昇し続けています。はたして、これは事実を反映しているのでしょうか。そして、なぜ日本人の(日本人だけの)自尊心が年齢と共に上昇し続けるのでしょうか。この点は世界からも注目されているようで、英国紙The Guardianに2023年9月に掲載された記事もこの研究を紹介しています。記者は、日本人の自尊心が年齢と共に上昇する理由として「日本人は謙虚でバランスのとれた態度をとっているからではないか」と推測しています。

 世界中の人々が読んでいる著名な新聞で「日本人は謙虚で……」と書かれると、我々は誇りに思っていいのかもしれませんが、ここでは「日本人は年をとればとるほど不幸になる」という内閣府の調査と合わせて考えてみましょう。もちろん直ちに自尊心と幸福度に直接の因果関係があるとは言えないわけですが、自尊心も幸福度も共に本人の主観、つまり「本人がどう思うか」で決まることを考えると、「日本人は加齢とともに次第に自尊心が高くなることが理由でどんどん不幸せになっていく」と言えないでしょうか。

 では「自尊心」とはいったい何なのでしょうか。一言で言えば「自分に対する自信」となりますが、これは様々な意味に解釈できますから、ここでは「自尊心が低すぎる人・高すぎる人はどんな人たちか」を考えてみましょう。

 自尊心が低すぎる人はアイデンティティが持てず自分に自信がない人で、「薬物などの依存症になりやすく、自殺未遂をしやすい」という傾向があります。

 他方、自尊心が高すぎると、いわゆる自信過剰となり過度なナルシシズムに陥ります。そういえば、自分の非は一切認めず大声で若者に説教している高齢男性をしばしば見かけます……。これはThe Guardianの記者がほめてくれている「謙虚」とは正反対のものです。おそらくこの記者は日本人の自尊心の高さをステレオタイプの「武士(サムライ)」に当てはめているのではないでしょうか。寡黙でいつも他人を慮りときには自身を犠牲にするようなタイプです。

 しかし当事者である我々がよく知っているように、実際の日本の高齢者はこのような「武士タイプ」ばかりではありません。年齢と共に自尊心が高くなるのが事実だとしても、それはいばりちらしているだけの「見苦しい自尊心」であることも多そうです。しかし、いずれにしても自尊心が上昇する代わりに幸せ度が低下するのであればまったく嬉しくありません。

 ではその自尊心を捨ててしまえば幸せになれるのでしょうか。そして、世界の人たちはいったいどのようにして自尊心を上手に低下させているのでしょう。「年齢と共に自尊心を低下させることで幸せ度が増す」と考えるのは論理の飛躍かもしれませんが、あながちこの仮説も間違っているとは言えないのではないでしょうか。

 では、自尊心を上手く低下させる方法を考えてみましょう。最も簡単なのは「謙虚になること」です。The Guardianの記者は「自尊心が高いから謙虚だ」と言っているわけですが、私はその逆だと思っています。「もう年をとったから何でも若者に任せて年寄りらしく目立たないように人生を楽しもう」と考えて自尊心を徐々に低下させるのです。そういえば、いつまでたっても権力にしがみつこうとする見苦しい高齢者が日本社会のいたるところにいるような気がします。

 50代以降、幸せになりたければ自尊心を少しずつ下げることを意識してみましょう。「年をとり体力や認知力などが低下していることを自覚し、チャンスはどんどん若者に譲り、周囲の人たちに感謝しながら、自身はおとなしく目立たぬようにする」が50代以降の幸せになる秘訣ではないか、というのが現在の私の考えです。

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2023年11月5日 日曜日

2023年11月5日 運動がアルツハイマー病を抑制することが解明された

 運動は認知症、とりわけアルツハイマー病の予防になるのか否か、については議論が分かれています。「予防する」とした研究も少なくないのですが、「予防しない」というものもあります(参考:医療ニュース2022年12月30日「運動で認知症を予防できる?できない?」)。

 今回紹介する研究は、「運動で分泌されるホルモンがアルツハイマー病を抑制する」ことが分子レベルで解明された、というものです。

 医学誌「Neuron」2023年8月30日号に掲載された論文「イリシンがERK-STAT3シグナル伝達の下方制御に続いてアストロサイトからのネプリライシンの放出を誘導することによりアミロイドβを減少させる(Irisin reduces amyloid-β by inducing the release of neprilysin from astrocytes following downregulation of ERK-STAT3 signaling )」を紹介します。

 タイトルがかなり複雑です。まずは「イリシン」から説明しましょう。最近、マイオカインという言葉を聞く機会が増えていると思います。マイオカインとは、筋肉から分泌されるホルモンやペプチドなどの物質の総称です。マイオ(筋肉)から分泌されるサイトカイン(生体で分泌される物質の総称)だから「マイオカイン」です。様々な種類のものがあり、現在数十種類のマイオカインが明らかにされつつあります。筋肉を肥大・増強させるにもマイオカインの分泌が不可欠であることが分かっています。

 イリシンはそのマイオカインの1つで、運動をすると骨格筋から分泌されて血中濃度が上昇します。そして、エネルギー消費量を増大させる(つまり脂肪を燃焼させてダイエットにつながる)のです。

 また、イリシンはアルツハイマー病の患者やアルツハイマー病を起こさせたモデルマウスで血中濃度が低下していることも分かっています。

 ということは、イリシンを外から投与する、または(運動により)血中濃度を上げることでアルツハイマー病を予防(あるいは治療)することができるかもしれないわけです。今回の研究に使われたのはモデルマウスではなく、研究者が作成したアルツハイマー病の「3次元細胞培養モデル」です。これを用いてイリシンがどのように脳内の作用を引き起こすかが調べられました。

 結果、イリシン投与により、アストロサイトと呼ばれる脳内の細胞からネプリライシンと呼ばれる物質が活発になることが分かりました。ネプリライシンはアミロイドβを分解できることが分かっています。アミロイドβはアルツハイマー病の患者の脳内にたくさん蓄積されているものです。つまり、イリシン投与→ネプリライシン活性化→アミロイドβ減少という流れがあったのです。

 ややこしいタイトルをもう一度見直すと、「ERK-STAT3」という言葉が残っています。ERK-STAT3は、イリシンがアストロサイトに結合するときのアストロサイトの表明に発現している受容体のことです。ここでもう一度、流れをまとめると次のようになります。

 イリシン投与→イリシンがアストロサイトの表面にあるERK-STAT3という受容体に結合する→アストロサイトからネプリライシンが放出されて活性化する→ネプリライシンがアミロイドβを分解する

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 ここまではっきりとメカニズムが解明されれば、やはり運動はアルツハイマー病を予防できそうに思えます。次の問題は、「どのような運動でイリシンが効率よく分泌されるか」、そして、欲を言えば「イリシンをアルツハイマー病の予防薬として使えないか」です。

 理論的には後者にも期待できるでしょう。ですが、実用化はできたとしてもまだまだ先になります。前者、すなわち「どのような運動が有効か」については調べることができます。運動ごとに応じて血中イリシンの値を計測すれば分かるからです。とりあえず、現時点では有酸素運動とワークアウト(筋トレ)の双方をおこなってイリシン分泌に期待するのがいいでしょう。

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2023年10月29日 日曜日

2023年10月29日 「8時間以上の睡眠」は認知症のリスク

 日本の研究者から興味深い論文が発表されました。国立長寿医療研究センターの研究で「8時間以上の睡眠」で認知症発症のリスクが上昇し、長時間睡眠者がシスチン、プロリン、セリンの摂取量が少なければ、さらにリスクが上がるというのです。医学誌「BMC Geriatrics」2023年10月11日号に掲載された論文「アミノ酸摂取量と睡眠時間は60歳以上の日本人成人の将来の認知機能低下に相加的に関与:地域ベースの縦断研究(Dietary amino acid intake and sleep duration are additively involved in future cognitive decline in Japanese adults aged 60 years or over: a community-based longitudinal study)」です。

 研究の対象者は、調査開始時に認知機能障害のない60~83歳、合計623人、平均追跡期間は6.9年です。
 
 睡眠時間を、短時間(6時間以下)、中程度(7~8時間)、長時間(8時間以上)に分類し認知症発症のリスクをみてみると、中程度に比べ、短時間で19%低下し、長時間で41%増加しています。

 長時間睡眠者でみてみると、3種のアミノ酸、シスチン、プロリン、セリンが不足していると、認知症発症リスクがそれぞれ2.17倍、1.86倍、2.21倍に上昇していました。

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 この論文を読んでまず気になるのが、「栄養不足かつ1日8時間以上の睡眠をとっている人」は誰か、という点です。この調査にはデータベースが使われていますから研究をした当事者も把握していないかもしれませんが、そのままストレートに考えれば「貧困層」に該当するのではないでしょうか。つまり、お金がなくて仕事がない(または少ない)。

 この研究でもうひとつ興味深いのが、「睡眠時間が6時間以下の方が、7~8時間よりも認知症のリスクが低い」という意外な結果です。これまでは睡眠不足は認知症のリスクだと言われてきました。しかし、今回の研究はその定説に矛盾しないと思います。おそらく、例えば睡眠時間が4時間以下くらいになれば認知症リスクは上がるはずです。つまり「日本人の何割かは6時間まではいらないかもしれないけれど極端な睡眠不足はリスクですよ」とは言えると思われます。

 栄養についても補足しておきましょう。シスチン、プロリン、セリンは日本人のごく平均的な食事をしていればじゅうぶんに摂取できます。ただし、ビーガン(完全採食主義者)の人は肉のみならず乳製品も摂りませんから要注意です。

 ビーガンの人は(谷口医院の患者さんのなかにも数名います)これらアミノ酸が不足しないように注意が必要です(診察室で相談してもらえれば個別に回答します)。

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2023年10月15日 日曜日

第242回(2023年10月) 間違いだらけの男女の更年期障害のホルモン治療

 副作用のリスクをきちんと認識していなければ取り返しのつかないことになりかねないのが「更年期障害」のホルモン治療です。

 谷口医院では(旧・谷口医院の)開院時の2007年から女性の更年期障害のホルモン治療を実施しています。他方、男性の更年期障害については、テストステロンの処方については今もしておらず、希望者には薬局で、もしくは通販で外用薬を購入してもらっています(後述するように注射のリスクは相応にあるからです)。

 男女とも更年期障害のホルモン治療は、谷口医院で開始するよりもむしろ、他院での治療を引き継ぐ、あるいは他院で実施していた方法を変えるケースが多いという特徴があります。「引き継ぐ」はともかく、なぜ「方法を変える」必要があるのでしょうか。それは誤った使用をしている人が少なくないからです。

 女性の更年期障害のホルモン治療から始めましょう。女性が更年期障害に苦しんでいたとしても、必ずホルモン治療を実施しなければならないわけではありません。実際、谷口医院でも漢方薬のみで治療をしている人もそれなりにいます。

 しかし、谷口医院では年々ホルモン治療に移行する、あるいは漢方治療にホルモン剤を加える人が増えてきています。その最大の理由は更年期障害に使えるすぐれたホルモン剤の種類が増えたからですが、他院での処方を変更することも少なくないからです。例を挙げましょう。

 前医が間違っていると言うことはこの世界ではご法度なのですが、それでも例外的にそれを患者さんに言わねばならないことがあります。1つ目は、子宮があるのにも関わらず卵胞ホルモン(エストロゲン)のみ投与されていて黄体ホルモン(プロゲステロン)が処方されていないような事例です。女性に卵胞ホルモンのみを投与すれば、子宮内膜が増殖するリスクがあります。増殖するだけならいいかもしれませんが、これは子宮体がんのリスクです。そのリスクを下げるために黄体ホルモンを必ず併用しなければならないのですが、なぜかその説明すら聞いていない人がいるのです。

 さらに重要なのは、黄体ホルモンを併用していればそれで完全に安心できるわけではないことです。定期的に経腟超音波検査をして子宮内膜が増殖していないかどうかを確認せねばなりません。ところが、この検査を受けていないどころか、そんな話は聞いたことがない、という人がいるのです。そこで、そういう人たちには、経腟超音波検査のみを谷口医院でおこなって、ホルモン剤はこれまで通り近所の婦人科クリニックでの処方を続けてもらうわけですが、これはおかしい、というか滑稽ですらあります。総合診療科の谷口医院が経腟超音波検査を実施して、婦人科でホルモン剤の処方だけをする、というのはこれが「逆」ならまだ分かるのですが、おかしいのは自明です。そこで結局谷口医院ですべて実施することになるのです。

 上記2つに比べると頻度はぐっと減りますが、(過去の子宮筋腫などで)手術で子宮をとっているのにもかかわらず更年期障害のホルモン治療でプロゲステロンが併用されているケースも何例かありました。この場合、プロゲステロンにはまったく意味がありません。そもそもプロゲステロンは子宮体がんを防ぐために服用するわけですから、その子宮がないのであれば不要です。

 これと似たような「おかしな治療」がトランス女性(生物学的には男性で性自認は女性)へのホルモン治療で、なぜかプロゲステロンが併用されている事例です。トランス女性の場合、元々子宮はありませんからプロゲステロンにはまったく意味がありません。にもかかわらず双方のホルモンの注射をされているトランス女性がそれなりにいるのです。

 ちなみに、谷口医院では積極的なトランス女性へのホルモン治療は実施していませんが、外国人にだけは以前から治療しています。これは英語で対応してくれるトランスジェンダーへのホルモン治療を実施しているクリニックが(複数のメーリングリストも使ってさんざん探しましたが)ないからです。

 外国人の場合、母国での治療をそのまま引き継ぐことがほとんどです。興味深いことに、海外ではホルモン剤を注射で投与されていることはほとんどなくて、ほぼ全例が内服薬を使います。内服であれば副作用が生じたときに投与量を調節しやすいので(注射はうってしまえばなかなか排出されない)安全だと言えるのですが、なぜか日本ではほぼ全例が注射なのです。しかし、実際には「注射でなく飲み薬で治療を受けたい」というトランス女性も少なくありません。そこで、少し前から谷口医院では、そういう人には内服でのホルモン治療を開始しています。

 エストロゲンを用いた女性(トランス女性を含む)への治療の場合、他に注意しなければならないのは乳がんのリスク(トランス女性もリスクがあります)、血栓症のリスク、肝機能障害などで、これらも定期的なチェックが必要です。

 このように書くと、なんだかホルモン治療は面倒くさそうに思えてきますが、実際にはそんなことはありません。必要な検査はすべきですが、得られる恩恵がたくさんあって、かなりの女性が「一生やめたくない」と言います。そして、谷口医院ではそのつもりで治療を続けている淑女の方々も少なくありません。

 男性の注意点も述べておきましょう。男性の場合は、「谷口医院で更年期の治療をしている」、というよりは、狭義には「谷口医院で更年期の治療をやめてもらった」ケースが圧倒的多数です。上述したように、前医の悪口を言えないのが我々のルールなのですが、「リスクを知らされていない人たち」があまりにも多いのです。

 男性更年期のホルモン治療にはテストステロンの注射か外用薬を使います(海外では内服薬もありますが日本では入手困難です)。注意点はいくつもあるのですがここでは3つを紹介します。

 まず、男性のテストステロンの場合、女性とは異なり、いわゆる「ネガティブ・フィードバック」がかかります。つまり、外からテストステロンを投与することにより、内因性(endogenous)のテストステロンが体内でつくられにくくなる可能性があるのです。このジレンマを「諸刃の剣( double-edged sword)」と表現した論文もあります。

 例えば、高齢者で、血中テストステロンレベルが常に異常低値を示し、回復の見込みがないようなケースではテストステロン補充療法は有意義な治療です。ですが、40~50代、ときには30代の男性が前医で(じゅうぶんな説明もないまま)注射をうたれ、そして疑問を感じて谷口医院を受診、というケースが目立つのです。「テストステロン補充療法を続けることで、天然のテストステロンが生成されなくなるリスクがありますよ」という説明をすると(ほぼ)全員が「そんなリスクがあるのならやめます」と”即決”します。

 また、議論が分かれることもあるのですが、テストステロン補充療法には心疾患や前立腺がんのリスク上昇が指摘されています。多血症もそれなりの頻度で起こります。にもかかわらず(心疾患と多血症のリスクがあるのにもかかわらず)喫煙者がテストステロンを投与(しかも注射で)されていることがあります。これは極めて危険なのですが、きちんと説明を受けていない(あるいは説明はされていても理解されていない)ケースが非常に多いのです。

 谷口医院ではテストステロンの補充が必要と思われる患者さんには薬局で外用薬を購入するよう助言しています。そして、副作用のチェックは谷口医院で実施しています。しかし、その前に内因性テストステロンを上昇させる努力をすべきです。そしてこの「努力」を手伝うのが谷口医院の”治療”だと考えています。米国には「Tパーティ」と呼ばれるテストステロン補充療法に頼らずに内因性テストステロンを上げるための集いがあります。このような試みが日本にはないのは残念です。

 いかなるときも「薬はいつも最小限」が基本です。女性の更年期障害のホルモン治療は優れた治療法ですし、男性の場合も必要あれば薬を使うべきです。しかし、使用量は最小限とし、安全性にはじゅうぶんな注意が必要なのです。

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2023年10月10日 火曜日

2023年10月 賢い薬の受け取り方

 谷口医院は閉院予定のわずか25日前に奇跡的に現在の物件をある患者さんから紹介してもらい、閉院を回避できました。当初の予定では6月30日が最終日で、その発表を1月4日におこないました。発表時、閉院は「予定」ではなく「決定」であったために、発表と同時に「診療の縮小」を開始しました。

 新患患者をできるだけ少なくし、谷口医院をかかりつけ医にしていた患者さんには別の医療機関を紹介し始めました。薬については、谷口医院は開業以来「院内処方」が中心でしたが、診療縮小に合わせ、仕入れを中止し、院外処方に変更しました。

 ところが院外処方に替えたとたんに、患者さんが困るケースが続出し、つまり調剤薬局でのトラブルが相次ぎ、結局大部分を院内処方に戻さざるを得ませんでした。

 なぜ、院外処方にするとうまくいかないのでしょうか。しかし現在、新しい谷口医院では原則として院外処方にしています。そして非常にうまくいっています。この違いはどこにあるのでしょうか。そして、どうすれば患者さん側からみて薬の受取がスムーズになるのでしょうか。今回は「賢い薬の受け取り方」を取り上げます。

 まずは、なぜ谷口医院が長年院内処方にこだわってきたのかについて説明しておきます。2007年の開院時、近くに調剤薬局がまったくなかったというのも理由のひとつですが、最大の理由は「大切な患者さんの大切な薬の説明を会ったこともない薬剤師に任せられないから」です。これは、薬剤師が力不足だと言っているわけではありません。実際、薬の知識は医師よりも薬剤師の方が豊富です。

 ではなぜ薬剤師に薬の説明を任せられないのか。それはその薬剤師が患者さんのことをほとんど何も知らず診察の様子も見ていないからです。薬の説明は単に添付文書(薬の説明書)に書いてあることを伝えればいいわけではありません。そんなことなら誰にでも(あるいは生成AIにでも)できます。

 例えば、「その薬は少々の副作用が生じても飲み続けなければならないのか」「症状が改善すれば減らしてもいいのか」「自己判断で増やしてもいいのか」「どのようなときに増量すべきか」「飲み忘れたときにはどうすべきなのか」などについては、その患者さんの症状と重症度、さらには社会背景(夜勤などで生活が不規則、家族に病気を隠しているために自宅では飲みにくい、など)や心理状態やキャラクター(薬に抵抗がある、毎日飲むことに自信がない、物忘れが多い、など)も考慮しなければなりません。

 塗り薬の場合はさらに困難になります。全身に症状が及ぶ場合、薬をどの部位にどの程度の量を1日に何回塗って、何日間で経過をみて改善していれば次にどの薬に切り替えればよいか、などといったことは診察に立ち会うか医師から直接話を聞いていなければ分かるはずがありません。

 院内処方から院外処方に切り替えた1月上旬には「それでも薬剤師がなんとかしてくれるかな」と淡い期待をしたのですが、結局患者さんを不安にさせる事例が相次ぎ、院内処方に戻さざるを得なくなりました。

 その患者さんのことをよく知らない者が、たとえどれだけ薬に関する知識が豊富な薬剤師であったとしても、その患者さんに対して適した説明をすることには初めから無理があるわけです。

 そして、それ以前に医師として、顔も知らない薬剤師に薬の説明を任せることなど到底できません。薬剤師の免許を持っているというだけでその薬剤師がまともに薬の説明をできると信用することはできません。これは、薬剤師からみても「医師免許を持っているというだけでまともな医師とは確証できない」のと同じことです。

 ですから、医療機関の医師(及び看護師)と近隣の薬局の薬剤師は、最低でも互いに名前と顔を知っていなければなりません。これって、常識的に考えて当然ではないでしょうか。患者さんに薬を使ってもらうというのは大変重要なことです。薬がきちんと使用できるかによってその患者さんの人生が変わってしまうと言っても過言ではありません。それだけ大切な薬の処方+調剤(説明)をするのであれば供給側(医師+薬剤師)はしっかりと連携できていなければならないのは当然です。

 にもかかわらず、医療界というのは医師と薬剤師が互いの顔も名前も知らないということが往々にしてあるのです。

 上述したように、2007年に旧・谷口医院がオープンした頃には近くに調剤薬局が1軒もありませんでした。しかし、そのうちにひとつふたつとできてきました。私としては、そして谷口医院としても、薬剤師が挨拶に来てくれるのかと期待して待っていました。しかし、待てど暮らせど薬局からは誰も来ません。そこで、谷口医院に出入りしている薬の卸業者に「我々の方から挨拶に行けばいいんですかね」と聞いてみたところ、「いえ、普通は薬局の方から挨拶に来ますよ」と言われ、そのまま待っていたのですが、ついに閉院までほとんんどの薬局は来ませんでした。

 正確には1軒のみ、その薬局がオープンした頃にそこの社長がやって来たのですが、その薬局は営業時間も短く、電話で薬に関する問い合わせをしても「うちみたいな小さな薬局じゃなくて大きなところに聞けばどうですかぁ?」などと、あきらかにやる気がなさそうな態度で返答されるため、そんなところに大切な患者さんの薬の説明を任せられないと判断しました。

 さて、新しい谷口医院では院内処方を継続することも考えたのですが、2つの理由から断念しました。1つはここ2~3年、薬の製造に問題が続出し供給が不安定な状態が続いているからです。このような状況では、製薬会社と卸業者は医療機関よりも薬局に納入することを優先します。谷口医院のようなグループの医療機関を持たない個人医院は最も不利になってしまいます。となると、薬を安心して処方するには薬局の力を借りるしかありません。

 そしてもうひとつの院外処方に決めた理由は、新・谷口医院の入居するビルの1階に薬局がオープンすることが決まったからです。谷口医院はビルの2~5階を借り、1階には薬局が入居するのです。この条件であれば谷口医院と1階のその薬局が「協力」するのが賢明です。

 そこで、新・谷口医院そして階下の薬局がオープンする前に、その薬局の薬剤師とミーティングを重ね、あるべき「医師・薬剤師関係」について議論を交わしました。そして互いに協力しあい、患者さんが安心できる体制をつくることで意見が一致しました。

 具体的には、まず薬局にはプライバシーを確保した「個室」をつくってもらうことにしました。そもそも日本のほとんどの調剤薬局はプライバシーがなさすぎます。例えば、緊急避妊薬、抗がん剤、抗HIV薬などは処方されることを他の患者さんに知られたくありません。しかし、既存のほとんどの薬局では隣や後の患者さんに薬剤師との会話が聞こえてしまいます。「プライバシー確保」についてはすぐに取り組んでもらえることになりました。

 薬剤師には私の診察を見学に来てもらうことにしました。診察時に私が薬について患者さんにどのような話をしているかを見てもらったのです。そして、診察終了時には何人かの患者さんについてディスカッションをおこないました。私が「薬はいつも最小限」を基本にし、患者さんの社会背景や心理状態も考慮して薬の説明をしていることを理解してもらいました。

 医師が発行する院外処方せんは日本全国どこの薬局でも利用できます。しかし現在、谷口医院の患者さんのほとんどは階下の薬局で薬を受け取っています。その理由は、「すぐに飲まねばならない薬があるから」だけではありません。何かトラブルや疑問点が生じたときにも薬剤師と医師が協力してすぐに対応できるからです。診察室と薬局はPHSを使い、いわばホットラインを引き、何かあればすぐに連絡を取り合っています。さらにGoogle Chatを使って注意事項を速やかに連絡しています。副作用が出たり飲み忘れたりしたときには、谷口医院にでも薬局にでも電話やメールで問い合わせができる体制を敷いています。

 そして実際、患者さんからは非常に好評です。医師と薬剤師が日頃から顔を合わせ、患者さんごとの注意点を話し合い、常にその患者さんにとって最善の薬の説明を考えているわけですから好評なのは当然といえば当然です。

 けれども、谷口医院と階下の薬局は別に特別なことをやっているわけではありません。医師と薬剤師が互いに顔も名前も知らない状態で薬の処方・調剤をおこなうことがおかしいのは自明でしょう。

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2023年10月9日 月曜日

2023年10月9日 やせたければ運動は朝にすべし

 谷口医院の患者さんで定期的な運動をしているという人たちに「運動はいつしていますか」と質問すると、「夕方から夜」という人が8割以上で、「朝」と答える人は1~2割しかいません(残りは「決まっていない」「週末のみ」など)。

 私はほとんど例外なく「可能なら運動は朝にしましょう」と話しています。その最大の理由は「朝の運動を習慣にできている人が最も継続できているから」です。では、朝に運動をすると「継続できる」以外にも効果があるのでしょうか。

 どうやら「ある」ようです。医学誌「Obesity」2023年9月4日号に掲載された「中程度から激しい身体活動と肥満の日内パターン: 断面分析(The diurnal pattern of moderate-to-vigorous physical activity and obesity: a cross-sectional analysis)」を紹介します。

 研究の対象者は2003年から2006年の米国国民健康栄養調査 (NHANES) の参加者で定期的に運動をしている合計5,285人です。朝、昼、夜に運動しているのは、それぞれ642人、2,456人、2,187人です。

 運動による体重減少効果は「朝に運動する人」に最も顕著に認められました。BMI(体重÷身長の2乗)でみてみると、平均値は朝に運動、昼、夜で、それぞれ25.9、27.6、27.2と朝に運動する人の体重が最も少ないことがわかります。腹囲でみると、朝、昼、夜のそれぞれが、91.5cm、95.8cm、95.0㎝とやはり朝が一番少ない結果となっています。

 この研究では「座りっぱなし(sedentary)の時間」「摂取カロリー」との関係も検討されています。意外なことに、朝に運動する人は座りっぱなしの時間が最も長いという結果が出ています。意外でないこととして、朝に運動する人は摂取キロカロリーが最も少なく、健康的な食生活をしていました。

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 冒頭で述べたように、谷口医院の経験から言えることは「朝に運動する習慣が継続しやすい」です。継続すれば結果として理想的な体重が維持できて健康を保てます。今回の研究は「継続できるか否か」は調べられておらず、単純に朝に運動すると安定した体重と腹囲を維持できることを示しています。

 しかも、「座りっぱなし」の時間が長くても朝に運動することでそのリスクを低下させられることが示されたわけです。

 ここまではっきりしていれば可能な限り運動は朝にすべきだと言えるでしょう。健康で長生きしようと思えば運動をしないという選択肢はありません。そして、運動の最大の”敵”は「継続が困難」という事実です。

 ならば、「毎朝運動する」を”習慣”にしてしまうのが賢明です。

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2023年9月30日 土曜日

2023年9月30日 座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇

 座りっぱなしが健康のリスクになることはこれまでこのサイトで何度も伝えてきました。生活習慣病、がん、ED、そして認知症のリスクにもなると言われている「座りっぱなし」は「第2の喫煙」と呼ばれることもあります。

 しかし、運動が座りっぱなしのリスクを軽減するという研究もあり、こういった情報も伝えてきました。過去の医療ニュース「1日わずか11分の運動で「座りっぱなし」のリスク解消」で述べたように、ごく短時間の運動でも座りっぱなしによる死亡リスクが低下するというのは希望のある話です。

 では、認知症はどうでしょうか。座りっぱなしが認知症のリスクになるのは以前から指摘されていましたが(これは想像しやすい)、やはり運動でそのリスクが解消されるのでしょうか。どうやらそうではなさそうです。運動をしても座りっぱなしの時間が長ければ認知症のリスクが低下しないという大変ショッキングな研究が報告されました。

 医学誌「JAMA」2023年9月12日号に掲載された論文「高齢者の座りっぱなしと認知症(Sedentary Behavior and Incident Dementia Among Older Adults)」です。

 この研究の対象者は49,841人の英国在住の高齢者 (平均年齢67.19歳、54.7% が女性)で、平均追跡調査期間が6.72年です。この期間中に414人が認知症を発症しました。

 1日に10時間座っていた場合、座る時間が10時間未満の場合に比べて認知症を発症するリスクが8%上昇することが分かりました。座りっぱなしの時間は長ければ長いほどそのリスクが高くなります。12時間椅子に座ったまま過ごした人の認知症リスクは63パーセント、15時間ではなんと321%も増加することが分かりました。

 さらに興味深いことに、認知症に関しては運動をしてもリスクが低減していませんでした。運動が認知症のリスクを下げることを示した研究はいくつもあるのですが、この研究では中等度から強度の運動(moderate to vigorous intensity physical activity)をおこなってもリスクが低下していなかったのです。

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 運動してもリスクが下がらないとは座りっぱなしはなんとやっかいなのでしょう。第2の喫煙というよりもむしろ「喫煙と同等のリスク」と考えた方がいいかもしれません

 この研究結果から言えることはただひとつ。認知症のリスクを下げたいのなら「座りっぱなしを極力少なくする生活」を始める以外に方法はありません。例えば、テレビは立って見る、読書も立ったまま、食事はバーカウンターで、仕事の基本スタイルはスタンディング、会議も全員起立したまま、……、といったところでしょうか。

 しかしこんな習慣を維持することなどできないでしょう。さしあたり、「座る時は定期的にお尻を上げて空気椅子」あたりから始めればいいのでしょうか……。

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2023年9月21日 木曜日

第241回(2023年9月) 円形脱毛が”治癒”する時代に

 総合診療を実践している谷口医院では内科領域のみならず、婦人科、小児科、皮膚科、整形外科、精神科など多彩な症状や疾患を診ています。ひとりの患者さんが多数の疾患を持っていることが多く、さらに各症状につながりがある場合もあるからです。標準的な治療、もしくはガイドラインに沿った治療をすれば完治、あるいは症状が完全に消えなくても大きく抑えられる、という場合ももちろん多いのですが、何をやってもうまくいかない「難治性」の疾患もあります。

 そのひとつが「円形脱毛症」です。

 もっとも、脱毛自体がどのタイプのものも簡単ではなく一筋縄ではいきません。AGA(男性型脱毛症)の場合、すでに高齢で、デュタステリド/フィナステリドを10年以上使っているが効果が感じられない……、というような場合は効果が期待できる安全な治療はほとんどありません(もっとも、AGAが治さなければならない病気か、という議論があります)。

 さて円形脱毛症。あらゆる脱毛のなかで「治療薬がなくもどかしい……」と医師が最も強く感じるのが円形脱毛症です。なぜもどかしく感じるのか。なんとしても治したいのだけれど効いていることを実感できる薬がほとんどないからです。では、我々医師は他の脱毛症(例えばAGA)に比べてなぜ円形脱毛症を治さなければならないと強く考えるのか。「若い女性に多いから」です。

 私が大学病院の皮膚科で研修を受けていた頃、難治性の様々な疾患が集まって来るなか、私が最も「なんとかしたい!」と強く感じたのが円形脱毛症です。皮膚がんよりも皮膚に症状のでる白血病よりも他の難治性の皮膚疾患よりも円形脱毛症を治したい、と思ったのです。円形脱毛症が重症化すると、頭皮の半分以上、さらに進行すればほぼ全領域に脱毛が起こります。女子中学生に起こることも珍しくありません。まだアイデンティティが確立しておらず、ルックスを気にするこの年齢で髪のほとんどがなくなることがどれだけ辛いかが想像できるでしょうか。

 ではなぜ円形脱毛症はそんなにも治しにくいのでしょうか。それを知るには「なぜ円形脱毛が生じるのか」を考える必要があります。円形脱毛症を一言でいえば「自己免疫疾患」です。本来なら大切な仲間であるはずの毛母細胞を免疫系の細胞(リンパ球)が攻撃してしまうのが円形脱毛症の正体です。リンパ球は外から入ってくる病原体に立ち向かわなければならないのに、よりによって大切な大切な毛母細胞を”敵”と勘違いしているわけです。

 自己免疫疾患なのであればステロイドは効きそうです。実際、入院してもらってステロイドを大量に点滴すれば毛は生えてきます。しかし終了すればまたすぐに抜け始めます。では、ステロイドを点滴ではなく毎日内服すればどうか、と考えたくなります。この方法でもそれなりの量を内服すれば髪は生えます。しかしステロイドを長期で飲むわけにはいきません。副作用のリスクが大きすぎるからです。

 では、ステロイドの外用薬ならどうでしょう。こちらは副作用のリスクは各段に下がりますが、残念ながら重症例にはほとんど効きません。軽症例になら効きますが、軽症の円形脱毛の場合、何もしなくても自然に治ることが多いため(つまり、リンパ球が毛母細胞を敵と勘違いしていたことに気付いて攻撃をやめるため)、ステロイドで治ったのか、自然に治ったのかの区別がつかないこともあります。

 ステロイド以外の薬としては飲み薬のセファランチン、グリチロンなどがありますが、やはり効いているのか自然治癒だったのかが判断できないケースが多々あります。カルプロニウムというグリーンの塗り薬も保険診療で処方できるのですが、これで治った人を私は見たことがありません。この薬はAGA用の市販の外用薬にも入っていることが多いのですが、やはり効果が出たケースを私は一例も知りません。尚、慢性の皮膚疾患に対してときに絶大な効果を発揮する漢方薬も円形脱毛(を含むすべての脱毛症)にはまったく歯が立ちません。初めから使わない方がいいでしょう。

 基本的に自己免疫疾患というのは難治性であり、「ステロイドを使うしかないけれどステロイドの副作用で苦しむ」というトレードオフのジレンマがあります。ですが、2000年代初頭から少しずつ普及しはじめた(広義の)生物学的製剤のおかげで、いくつかの疾患は随分と治療しやすくなりました。

 突破口を切り拓いたのが関節リウマチに対して登場したレミケード(インフリキシマブ)です。これは間違いなく歴史に残る優れた薬で、この薬の登場とともにリウマチという疾患が変わったと言っても過言ではないでしょう。今やリウマチには10種類近くの注射型の生物学的製剤が使われるようになり、さらにJAK阻害薬と呼ばれる内服型の(広義の)生物学的製剤も登場し、すでにリウマチに対しては5種が処方されています。また、全身性エリトマトーデス、シェーグレン症候群、クローン病、潰瘍性大腸炎、強直性脊椎炎などの自己免疫疾患も生物学的製剤の登場のおかげで随分と治療しやすくなりました。さらに、広義の自己免疫性疾患ともいえるアトピー性皮膚炎や尋常性乾癬といった慢性の皮膚疾患にも生物学的製剤が使用できるようになってきました(参考:はやりの病気第226回「アトピーの歴史は「モイゼルト」で塗り替えられるか」)。

 この後の話の展開はもうお分かりでしょう。他の自己免疫疾患に有効な生物学的製剤はやはり自己免疫疾患である円形脱毛症にも効果があるのでは?と期待したくなります。そして、その期待に対する答えは「効果あり」なのです。

 リウマチ、アトピー、慢性副鼻腔炎などに使用できる生物学的製剤のデュピクセント(デュピルマブ)は円形脱毛症にも効果があるとする報告が増えています。残念ながら円形脱毛症に対しては保険適用がありませんが、アトピー性皮膚炎と合併している場合には使えることもあります。

 すでに円形脱毛症に対して保険適用のある薬も(2023年9月20日時点で)2つあります。ひとつは、アトピー、リウマチ、そして新型コロナウイルスにも使えるJAK阻害薬のオルミエント(バリシチニブ)、もうひとつはリットフーロ(リトレシチニブトシル酸塩)というJAK阻害薬です。

 さて、ここまで読まれて何か”違和感”を覚えないでしょうか。私はこれまでアトピーに対し、(JAK阻害薬を含む)生物学的製剤を「安易に使用すべきでない」と言い続けています。値段が高いこと(3割負担で年間50万から100万円くらいします)以外に「強力な免疫抑制がかかるから」がその理由です。生物学的製剤は、ステロイドのように骨密度が低下したり、血糖値が上昇したり、といった副作用は(ほぼ)ありません。ですが、免疫能が大きく低下しますから感染症に対してかなり脆弱になります。生ワクチンがうてないほどに低下するのです(生ワクチンに含まれる弱毒化した病原体にもやられてしまうわけです)。

 リウマチが重症化すると動けなくなりますし、IBD(クローン病/潰瘍性大腸炎)の場合は何も食べられなくなり日常生活ができなくなります。そんな状況から抜け出すために免疫抑制のリスクを抱えてでも生物学的製剤を使うという方針は理にかなっています。感染症に気を付けていれば日常生活を営めるのですから。他方、アトピー性皮膚炎や尋常性乾癬の場合、重症例の場合はもちろん使っていいわけですが、そこまで生活が制限されない状態であれば、JAK阻害薬の外用薬であるコレクチム(こちらは内服と異なり副作用は軽度)や、PDE阻害薬であるモイゼルト(こちらは免疫抑制がほぼゼロ)、あるいはタクロリムス外用でじゅうぶんにコントロールできるのです。

 他方、円形脱毛症がそれなりに重症化すれば外出することができなくなります。精神状態も悪化していきます。上述した3種の薬には免疫抑制のリスクがあり、新薬ですから長期的な安全性は保証されていません。ですがそういうリスクを抱えてでも使用すべきときがあるのです。

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2023年9月10日 日曜日

2023年9月 『福田村事件』から見えてくる人間の愚かな性(さが)

 2020年初頭から始まった新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に関する騒動はほぼ終わったと言っていいと思いますが、「ワクチン論争」はいまだに続いています。

 私自身は「ワクチン肯定派」でも「反ワクチン派」でもなく、「ワクチンは『理解してから接種する』ものであり、接種すべきか否かは個々によって異なる。コロナワクチンの場合は安全性が担保されているとは言い難く、うつのはリスク、しかしうたないのもまた(一部の人には)リスクだ」と言い続けています。

 ちなみに、この考えをコロナワクチンが登場したばかりの頃に公表した毎日新聞「医療プレミア」のコラムは大炎上しました。内容は、「コロナワクチンは製薬会社から発表されている有効性は高いが、新しいワクチンだから接種するのはリスクとなる。しかし感染すれば(当時はまだ薬がそろっていなかったこともあり)重症化して命を奪われるかもしれないから接種しないのもリスクである」という内容で、編集部に提出した私が考えたタイトルは「コロナワクチン、うってもうたなくても『大きなリスク』」でした。

 それを公開するときに編集者が「新型コロナワクチン 打つも打たぬもリスク大きい」としました。ところがこれが大炎上し、その結果「新型コロナ ワクチン接種はよく考えて」というつまらない(と私は思います)タイトルに変更されてしまいました。

 最初のタイトル、そして内容は反ワクチン派、ワクチン肯定派双方の”怒り”を買いました。私がコロナワクチンに関するコラムを書くと、たいてはワクチン肯定派・否定派の双方から攻撃されるのですが、このときには、どちらかというと「肯定派」の人たちからの怒りが強く、私の人格を否定するような内容のものも少なくありませんでした。彼(女)らから、私は「反ワク」のレッテルを貼られたのです。しかし、興味深いことに、同じコラムを読んだ反ワクチン派の人たちは、私が肯定派だ、と言って怒りを表すのです。

 こんな論争、というかつまらない言いがかりは無視するしかありません。それに、私はこういう誹謗中傷に慣れている、というわけではありませんが、何を書かれてもほとんど負の感情を抱きません。なかには(特に医師には)SNSで罵られたり悪口を書かれたりすると、それで落ち込んで、極端な場合はそれを根に持って訴訟を起こすこともあるそうですが、私自身は「無視すれば済む話なのに……」と思ってしまいます。

 もっとも、SNSの誹謗中傷が原因で自殺した若い女性の話や、そのせいでタレントとしての仕事を失った人の話も聞いていますから、何を書きこんでもいいわけではないということは理解しているつもりです。しかし、私自身は「書きたければ書けば?」と思ってしまいます。きっと、私は(いい意味で)鈍感なのでしょう。ちなみに、私は面と向かって罵詈雑言を吐かれたとしてもあまり苦痛ではありません。まあ、実際にはそんな経験はほとんどないわけですが。

 話をコロナワクチンに戻しましょう。ワクチンは個々の状況を考えて決めるべきです。つまり、ワクチンが必要な人もいれば、うたない方がいい人もいるわけです。質問や相談があれば個別に考えて助言するのが医師の仕事であり、谷口医院の患者さんにはそうし続けています。一律に「ワクチン賛成」とか「反対」といった意見を述べることがおかしいのです。

 しかも、奇妙なことに、反ワクチンの人(医師も含めて)たちは、決まって「反マスク」と「イベルメクチン信奉」をセットにします。一人くらいは「ワクチンをうたない代わりにマスクで予防しよう」とか「ワクチンをうって、なおかつ感染すればイベルメクチンで対処しよう」と言う医師がいてもおかしくないと思うのですが、そういう医師は(一般市民も)みたことがありません。

 なお、マスクについては近くにハイリスク者がいなければ不要ですが、必要な時と場合もあります。それは常識的にもそうだと思うのですが、「反マスク」を強く主張する医師はそうではないという主張を譲りません。ちなみに、最近「英国王立学会」が、マスクが有効であることを示す報告をしています。

 なぜ、「反ワクチン+反マスク+イベルメクチン信奉」がセットになるのでしょう。その答えはきっと「人間とは集団闘争が好きな生き物だから」ではないかと私は考えています。つまり、自分の考え(「イデオロギー」と呼んでいいでしょう)に共感する仲間を求め、そして反対する連中を攻撃したいと考える生き物だと思うのです。実は、似たようなことを過去のコラムにも書いています。このコラムでは「リベラル」と「保守」はステレオタイプ化してしまっていて、リベラルなら「自衛隊海外派遣反対」と「福祉充実」がセットになってしまう、などの事例について述べました。

 最近、森達也監督の『福田村事件』を観て、やはりそうだろうと確信するようになりました。

 『福田村事件』は実際にあった事件を元につくられた映画です。1923年、香川県三豊郡の被差別部落出身の薬売りの集団が、千葉県福田村で朝鮮人と間違われて集団虐殺された事件です。 

 何年か前にこの事件について初めて聞いたときにまず私が感じたのは「(日本人を殺すのはダメで)朝鮮人なら殺してもいいのか」です。

 森監督は私の期待に応え、その部分を浮き彫りにしてくれていました。永山瑛太扮する薬売りのリーダーが……、と書きかけたところで気付きました。このように映画のストーリーを話すことを「ネタバレ」と言うことに。ただ、この映画はミステリーやサスペンスではなく実話に基づいた社会的な映画なので許されるでしょう(許せない人はこれ以上読まないでください)。

 話を戻すと、薬売りたちが「朝鮮人ではないか」という疑いをかけられ福田村の村民に囲まれ襲われそうになった状況のなか、一部の良識ある村民のおかげで「(朝鮮人ではなく)日本人ではないか」という空気が流れ始めました。つまり誤解が解けて助かるかもしれない雰囲気になったのです。しかしその直後、薬売りのリーダーは「朝鮮人なら殺してもいいのか!」と大声で何度も訴え村民の周りを歩き始めます。ここで、意外な女性にいきなり殺され、ここから見境のない残酷な殺戮シーンが始まります。

 この映画では「差別」が幾層にも絡んでいます。三豊郡(現・三豊市でしょうか)が被差別部落という設定(実話ですから実際もそうだったのでしょう)で、作品中には何度も「エタ」という言葉が飛び交い、彼(女)らが一斉に水平社宣言を暗唱するシーンもあります。

 また、別のシーンでは東京在住の社会運動家が警察官に斬首され、朝鮮人の女性が(おそらく)自警団に新聞記者の目の前で殺される場面もあります。さらに、韓国(当時の朝鮮)の京畿道で日本人が29人の朝鮮人を殺戮した提岩里教会事件に関与した元教師が(たぶん)主人公です。

 日本人vs朝鮮人、資本主義者vs社会主義者、一般市民vs被差別部落民、といった差別の構図を抉り出し、人間とは敵と味方をつくらずにはいられない愚かな存在だ、ということを森監督は訴えたかったのではないでしょうか。

 反ワクチン主義者(あるいはワクチン絶対主義者)がこの映画を観れば私が言いたいことに気付いてくれるでしょうか。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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