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2015年12月26日 土曜日

2015年12月25日 ブラジルで小頭症をきたすジカ熱がアウトブレイク

 蚊が世界一恐ろしい生物であることは過去に紹介しました(注1)。最大の理由は蚊(ハマダラカ)がマラリアを媒介するからであり、マラリアは世界三大感染症のひとつで毎年50万人以上が死亡しています。しかし「蚊が媒介する死に至る病」はマラリアだけではなく、黄熱やウエストナイル熱、日本脳炎などは致死率が高い感染症ですし、デング熱やチクングニア熱もときに激しい症状に苦しめられます。

 今年(2015年)後半になり、ブラジルでジカウイルス感染症が急増しています。ジカウイルスというのは生物学的にデング熱や日本脳炎の仲間のウイルスで、やはり蚊(ネッタイシマカ)が媒介します。

 実は、2015年5月7日、汎米保健機関(PAHO)がジカウイルス感染症に対する注意喚起情報を発表していました(注2)。このときは、まだ死亡例は出ていなかったのですが、熱帯の各地方で報告が増加していることから注意喚起がおこなわれたのです。2007年にはミクロネシアで、2013年にはプランス領ポリネシアで流行がおこり、2014年にはニューカレドニアとクック諸島、さらにチリのイースター島での報告がありました。

 そして2015年になりブラジルで大流行が生じ、ついに死亡例も報告されました。ジカウイルス熱は1週間程度の潜伏期を経た後、発熱、頭痛、筋肉痛、皮疹などをきたしますが、通常は自然治癒し後遺症はほぼないとされていました。ところが、ブラジルでは小児への感染が爆発的に広がり、同国保健省の2015年11月30日の報告では、疑い例も含めればジカウイルスに感染し小頭症を発症した患児は1,248人、うち7人は死亡しています。

 これまでは感染してもすぐに治癒すると考えられていたジカウイルスは、小児に感染すると頭蓋骨や脳の発育障害から小頭症が生じ、成長障害や知的障害を伴い死に至ることもあるということです。

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 この時期にブラジルでジカウイルスが大流行というのは、なんとも皮肉というか、こうなるとオリンピックが無事開催されるかどうかの心配もでてきます。少なくとも、小さい子供を連れてのブラジル渡航は自粛すべという勧告が出されることになるでしょう。

 ブラジルに行かない人は安心かというとまったくそんなことはなく、実際2014年にはタイのサムイ島から帰国した日本人の感染が報告されています。ジカウイルスはネッタイシマカが媒介するということは、ネッタイシマカが生息する地域ではいずれ流行する可能性が強いといえます。ですから、今後タイやシンガポールを含む東南アジアから、さらに香港・台湾あたりにまで流行が広がる可能性は充分にあります。実際、デング熱の流行は北上しており現在では台湾でも珍しい感染症ではなくなっています。そのうち沖縄で、デング熱やチクングニア熱のみならずジカウイルス熱も流行する可能性もなくはありません。

 しかし蚊を恐れて(亜)熱帯の渡航をやめるというのもナンセンスです。DEETや蚊取り線香を中心に対策を立てれば(注3)それほど恐れることはありません。

注1:下記コラムを参照ください。

メディカルエッセイ第149回(2015年6月)「世界で最も恐ろしい生物とは?」

注2:下記URLを参照ください。

http://www.paho.org/hq/index.php?option=com_docman&task=doc_view&Itemid=270&gid=30075&lang=en

注3:下記を参照ください。

トップページ→旅行医学・英文診断書など→〇海外で感染しやすい感染症について
3) その他蚊対策など

参考:はやりの病気
第133回(2014年9月)「デングよりチクングニアにご用心」
第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」

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2015年12月22日 火曜日

2015年12月22日 「社会的時差ボケ」が糖尿病などのリスクに

「Social jetlag」という言葉をご存知でしょうか。jetlagなら時差ボケ、これにsocial(社会的な)という修飾語がつき、直訳すれば「社会的時差ボケ」、つまり夜勤やシフト勤務などで生活が乱れることを指します。

 以前から、夜勤やシフト勤務は肥満や生活習慣病、また不眠や頭痛といった様々な疾患のリスクになることが指摘されています。(下記「医療ニュース」も参照ください)

 今回紹介する研究も同じような内容です。医学誌『Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism』2015年11月18日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、「社会的時差ボケ」が心疾患のリスクを高めます。

 研究の対象は、米国の30~54歳の健康な男女447人でフルタイムまたはパートタイムのシフト勤務者です。睡眠時間と活動時間を記録する活動計(actigraph)を装着してもらい、勤務日と休日で睡眠がどの程度異なるかが測定され、「社会的時差ボケ」の程度と生活習慣病のリスクとの相関関係が検討されています。

 結果、社会的時差ボケが大きいほど、HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低下し、中性脂肪が増加し、糖尿病のリスクが増加し、体重増加が生じています。また夜型(evening chronotype)の人は、HDLコレステロールの低下が顕著なようです。

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 これは経験的に実感している人も多いのではないでしょうか。シフト勤務から昼間だけの勤務となり健診の結果が良くなり元気になったという人は大勢います。我々医療者の間では特にそういう話をよく聞きます。たとえば、転職で夜勤がなくなると、それだけで体重が減って元気になったという看護師は少なくありません。

 以前紹介した研究(下記「医療ニュース」)は規模が小さく、研究の信憑性は高くなかったかもしれませんが、今回ご紹介したものは対象者も多く注目に値する研究だと思います。

 ではシフト勤務をやめて昼間の仕事に!と考えたいところですが、社会全体でみれば夜に働いてくれる人がいなくては困ります。私個人の意見としては、シフト勤務者は生活習慣病のリスクが高い人や高齢者はできるだけ避けるようにして、また若く健康な人であってもシフト勤務者は休日を増やすといった工夫を社会全体でおこなっていくべきと思っています。しかし、最もそういったことを反省しなければならないのは医師かもしれません・・・。

 本文で述べたevening chronotypeという言葉は、おそらく辞書には載っていないと思いますが、これからちょっとした流行語になるのではないかと私は思っています。chronotypeというのは、生物学の用語で概日リズムの型を指します。evening chronotypeは日本語でいう「夜型」のことです。一方「朝方」はmorning chronotypeです。

注1:この論文のタイトルは「Social Jetlag, Chronotype, and Cardiometabolic Risk」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://press.endocrine.org/doi/10.1210/jc.2015-2923

参考:
医療ニュース2014年12月26日「夜勤は肥満のリスク」
メディカルエッセイ第128回(2013年9月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」

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2015年12月21日 月曜日

第155回(2015年12月) 不正請求をなくす3つの方法

 2015年11月6日、警視庁は診療報酬(療養費)の不正請求をおこなった詐欺容疑として、暴力団組長や柔道整復師ら16人を逮捕し、マスコミで大きく報じられました。これがどのような詐欺なのかというと、まず普通の接骨院を装い患者を集めます。「患者」といっても本当の患者ではなく、肩や腰をもんでもらいたい人たちが保険証を提示し無料でマッサージを受けて、その上お金までもらっていたそうです。

 つまり「患者」を装った「アルバイト」なのです。マッサージをしてもらってお小遣いまでもらえるわけですから罪の意識がなければいくらでも「アルバイト」は集まるでしょう。報道によりますと、芸人ら数百人が加担し、さらに(私は聞いたことがない名前でしたが)有名なタレント女医までこの事件に絡んでいたとされています。

 この事件を受けてマスコミやジャーナリストが事件を解説するような記事を書いています。よくあるのが、接骨院だけでなく医師・歯科医師も含めて「不正請求が横行している」と強調しているものです。

 今回は不正請求をなくすための3つの方法を述べたいと思います。私はこの3つの方法を実践することで、柔道整復師のことはよく分かりませんが、少なくとも医療での不正請求の大部分がなくなると思っています。後で詳しく述べるように3つのうち1つはすぐには実現困難ですが、あとの2つはやろうと思えばすぐにでもできることであり、そのうち1つはこれを読んでいるあなたにもやってもらいたいことです。

 不正請求をなくす方法について詳しくは後で述べるとして、先に「不正請求」の誤解を解いておきたいと思います。よくマスコミが言うのは、「厚生労働省が医療機関に返還を求めた診療報酬が〇〇億円」というもので、たとえば2013年度で言えばその額は約146億円になります。マスコミはこの額を不正請求と言うわけですが、これは事実ではなくトリックがあります。

 医療機関に返還を求めた診療報酬の大半は「医療機関は必要と判断して実施した検査や投薬が、支払い側に認められなかったもの」です。ですからこのようなことはどこの医療機関でもあるのです。太融寺町谷口医院での例をあげると、体重が多い人であれば薬がたくさん必要ですから多めに処方するとこれが認められなかったり、呼吸困難を訴える患者さんに酸素飽和度を測定するとなぜか認められなかったり、B型肝炎ウイルスに感染している患者さんの血中ウイルス量を測定すると却下されたり・・・、と理由に納得できない「返還」がたくさんあるのです。これは私だけでなくほとんどの医師が感じていることです。

 では、医療機関で悪意のある診療報酬不正請求はまったくないのかというと残念なことにゼロではありません。実際2010年に逮捕された奈良県大和郡山市のY病院では悪質な不正請求が横行しており、報道によれば約860万円もの大金を詐取していたそうです。一部のマスコミはこの事件を「氷山の一角」としていますが、私自身は、これはやはり稀なケースであると信じています。しかし、同じような医療機関が今後出てこないとも限りません。

 ここからは不正を防ぐ3つの方法を紹介したいと思います。

 ひとつめは、医療者は営利を求めてはいけないことを国民全体に周知してもらうことです。これは我々からみれば当たり前なのですが、これを当たり前だと思っていない人が非常に多いのです。「そんなの当たり前じゃないか!」と思う人も、心のどこかで「医師=金持ち」のような印象があるのではないでしょうか。

 以前にも述べたことがありますが(注1)、日本医師会が作成した「医師の倫理要綱」第6条に「医師は医業にあたって営利を目的としない」という文章があります。我々医師はこの倫理要綱には逆らえませんから、まともな医師であれば「営利」のことは考えません。

 しかし世間に「医師=金持ち」のイメージがあれば医師を目指す若者が誤解してしまうかもしれません。そこで私が提案したいのは、将来の進路を決めるときや、医学部受験のとき、医学部入学式のとき、医師国家試験を受ける時、研修医として病院に採用されるとき、医師会に入会するとき、などの節目ごとに、この「医師は医業にあたって営利を目的としない」という文言を宣誓してもらう、あるいは署名してもらうようにすればいいと思うのです。

 もしも、医学に興味があって医学部に入学したけれど、大学生活を通してお金に興味が出てきた、将来は金儲けがしたい、と思い直す学生が出てくればその時点で医学部を退学すればいいのです。

 不正を防ぐ2つめの方法は、「医師の収入の上限を設ける」というものです。過去にも述べたことがありますが(注2)、私はこれが国民の誤解を解くのに最も手っ取り早い方法だと考えています。上限があれば「金儲けしたい」と考える輩は初めから医師になることを考えなくなります。先に述べた奈良県のY病院の院長は、当時の週刊誌の報道によれば「豪奢な自宅の敷地内にハーレーダビッドソンやBMWといった高級大型バイク、新型のフェアレディZやGT-Rなど高級国産車が常時止められていた」そうです。収入の上限があれば、こんな趣味がある人は初めから医師など考えないはずです。

 不正を防ぐ3つめの方法は、誤解を恐れずに言えば「患者さんは医師に感謝する」ということです。もちろん感謝したくてもできない場合もあるでしょうし、感謝どころか「こんな病院二度と受診したくない!」と思うような経験のある人もいるでしょう。もちろんそんな場合は、そのような病院に金輪際行かなければいいわけですし、場合によっては訴訟を考えてもいいでしょう。

 しかし、病気やケガを治療してもらって心底感謝しているという患者さんや、医師の言葉に救われたという経験のある人も少なくないでしょう。そんなときは医師に感謝の言葉をかけることを勧めたいと思います。長時間勤務でどれだけ疲れていても、患者さんからの感謝の言葉で医師は頑張れるのです。ここで誤解のないように言っておくと「感謝」というのは「お金」や「物」であってはいけません。特にお金はその場で固辞するのに大変なエネルギーを使いますし、その場でどうしても断れずに受け取ってしまうとそれを送り返すのに多大な労力を強いられます。以前述べたように(注3)、感謝の気持ちは「言葉」が一番嬉しいのです。

 不正請求の議論になったときに必ず出てくる言葉が「性善説」です。性善説に頼っていると不正は防げない、というような意見です。私は「性善説」という言葉で議論することが不毛だと思っています。そもそも人間には「生まれたときから完全な善人」などおらず、同じように完全な悪人もいません。すべての人がいいところもあれば悪いところもあるのです。ある状況で「善い」行動をとるか「悪い」行動をとるか、それが決まる最も大きな要因はその人の「期待のされ方」です。

 以前述べたように(注4)医師の大半は人格者です。(私自身は高い人格を持っているわけではありませんが、それでも過去の自分に比べると「人格者的」ではあると思います) なぜ医師が人格者になれるのかというと、ひとつは「ヒポクラテスの誓い」、先にも述べた日本医師会の「医師の倫理要綱」、以前紹介したフーフェランドの『扶氏医戒之略』(注5)といったわかりやすいミッション・ステイトメントがあること、そしてもうひとつは患者さんから受け取る「感謝の言葉」です。

「感謝の言葉」を聞けば聞くほど、医師は期待されていることを自覚し高い人格を維持しようとします。このような状態で「不正請求」などというものは考えることさえできないものなのです。ですから、我々医師が、報道などで「不正請求」という文字を目にしたときに最初に思うことは「誤報に違いない」というものです。(残念ながら、誤報でない、という場合もありますが‥)

 以上述べてきた不正請求をなくす3つの方法をまとめてみると、まず①医師を目指す者に「医師=金持ち」という幻想を捨ててもらい、②実際に収入の上限を設け、③医師は日頃から高い人格を目指すと同時に患者さんが医師に感謝の気持ちを感じたときはその気持ちを言葉に表す(もちろん感じなければ不要です)、となります。これで、不正請求は消失するはず、というのが私の考えです。

注1:下記コラムで詳しく述べています。

メディカルエッセイ第134回(2014年3月)「医師に人格者が多い理由」

注2:下記2つのコラムで述べています。

メディカルエッセイ第106回(2011年11月)「「開業医は儲かる」のカラクリ」
メディカルエッセイ第131回(2013年12月)「不可解な公表された医師の収入」

注3:下記を参照ください

メディカルエッセイ第31回(2006年1月)「正しい医師への謝礼の仕方、教えます!」

注4、注5:上記注1で紹介したコラムで述べています。

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2015年12月21日 月曜日

第148回(2015年12月) 不眠治療の歴史が変わるか

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんは睡眠の悩みを訴える人が多く、毎日のようにその苦痛を聞いています。谷口医院の患者さんは働く若い世代が多いですから、「睡眠」の悩みとして一番多いのは狭い意味での不眠ではなく、「眠る時間の確保ができない」、つまり「労働時間が長すぎて困っている」、というものです。

 過去に述べたように、睡眠不足は作業効率を落とし(飲酒運転と同じ!)、いろんな病気のリスクになります(注1)。また日本人を対象とした研究で「睡眠不足は死亡率を高くする」とするものもあります(注2)。

 睡眠に関するもうひとつの問題が「睡眠時間を確保しても眠れない」、つまり「不眠」です。不眠があるからといって、それだけで睡眠薬を処方するわけにはいきません。まずは規則正しい生活ができているかどうかの見直し、そして原因になっているものがないかどうかの検討をしなければなりません。実際、不眠の原因が内分泌疾患(最多が甲状腺機能亢進症)であったり、薬剤性であったり、ということはしばしばありますし、うつ病など精神疾患であることも珍しくありません。その場合、まずは原疾患の治療が必要になります。

 不眠の原因が特に見当たらず、生活習慣の見直しをおこなったけれどもそれでも不眠が続くという場合には「睡眠薬」の検討を開始することになります。

「睡眠薬」という表現以外に「入眠剤」「睡眠補助薬」「睡眠改善薬」などいろんな言葉があり混乱を招いています。ここはきちんと分類しておかないと話がややこしくなりますから、この時点で整理したいと思います。現在使われている「睡眠の薬」を分類すると次のようになります。

①ベンゾジアゼピン系:現在日本で使用されている大多数
②非ベンゾジアゼピン系:ゾルピデム(マイスリー)、ゾピクロン(アモバン)、エスゾピクロン(ルネスタ)
③メラトニン受容体作動系(ロゼレム)
④オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ)
⑤バルビツール酸系
⑥非バルビツール酸系:ブロバリンなど

 ①ベンゾジアゼピン系が最も使用されているもので、商品名でいえば、ハルシオン、レンドルミン、リスミー、ベンザリン、ユーロジン、エリミン、サイレース、ロヒプノールなどが相当します。ごく短時間しか作用しないものから長時間作用するものまで、また比較的弱いものから強力なものまでそろっており、多くの場合すぐに効果がでますから、「確実に眠りたいときには便利な薬」という言い方ができるかもしれません。

 しかし危険性は小さくありません。まずベンゾジアゼピン系には「依存性」という大変やっかいな問題があります。これは文字通り睡眠薬に「依存」してしまう、つまりある程度使い続けるともはやベンゾジアゼピンなしでは眠れない身体になってしまう、いわば一種の「薬物依存」です。睡眠薬に限らず薬というのは減らしていくことを考えなければなりませんが、ベンゾジアゼピン系というのは依存を断ち切ることが最も困難な薬のひとつなのです。

 ベンゾジアゼピン系には「反跳性不眠」という問題もあります。これは、ベンゾジアゼピン系をある程度使い続けると、中止したときに、薬を始める前よりも不眠の重症度が強くなる、つまり、睡眠薬を使ったことにより、使う前よりも不眠症がひどくなってしまうことを言います。「依存性」と「反跳性不眠」の2つがベンゾジアゼピン系の代表的な問題点です。

 ベンゾジアゼピン系にはまだ問題があります。「筋弛緩作用」がありこれは転倒のリスクになります。また日中の倦怠感や眠気が起こることもあります。特に高齢者ではこういったリスクが増大し、実際海外では多くの国で65歳以上の高齢者には使用してはいけないことになっています。一方、日本ではベンゾジアゼピン系の使用が諸外国に比べ極めて多いことがしばしば指摘されます。さらに、充分なコンセンサスが得られているとまでは言えませんが、一部にはベンゾジアゼピン系が認知症のリスクになるとする報告もあります。

 ベンゾジアゼピン系にそんな問題があるなら②非ベンゾジアゼピン系に期待したいところですが、非ベンゾジアゼピン系も、化学構造がベンゾジアゼピン系とは異なるというだけで、実際の効果や副作用はベンゾジアゼピン系と変わりません。実際、過去に紹介した悲惨な事件の原因(注3)となったのは非ベンゾジアゼピン系の代表ともいえる「ゾルピデム(マイスリー)」です。

 ③は副作用が少なく、依存性もない大変使いやすい薬で、登場したときには期待が大きかったのですが、残念ながら効果に乏しくこれでは眠れないという人が少なくありません。この薬は国によっては薬としては認められておらず「サプリメント」の扱いです。

 ⑤と⑥はかなり強い薬で副作用が多く重症例にしか使われないものです。重症例に限り精神科専門医により処方される薬と考えればいいでしょう。

 今、もっとも注目されているのが④オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ)です。この薬は日本人の学者により開発され2014年12月から処方開始となりました。オレキシンというのは脳でつくられる覚醒を維持するホルモンと考えればいいと思います。オレキシンがオレキシン受容体と結合することにより人は覚醒していられる、というわけです。ベルソムラはそのオレキシン受容体をブロックすることにより、オレキシンの作用を抑制するという仕組みです。

 このような理屈よりも重要なのが実際の効果と副作用です。まず副作用からみていきましょう。ベルソムラの最大の特徴は、(非)ベンゾジアゼピン系の欠点である「依存性」と「反跳性不眠」がないということです。これは大変大きいことです。副作用がまったくないわけではなく(たとえば眠気が昼間に持ち越されるといった副作用はありえます)、また歴史の新しい薬ですから長期使用での安全性については未知の部分もありますが、ベルソムラは従来の睡眠薬に比べて随分と使いやすい画期的な薬といえます。

 ③のロゼレムが登場したときも同じようなことが言われましたが、残念ながら、先にも述べたようにロゼレムでは効果が不十分であることが多かったのです。ベルソムラはロゼレムに比べて、睡眠効果も高く今後ますます使用されていくことになると思われます。

 ただし、谷口医院の患者さんをみていると、ベルソムラは、キレの良さというか、効果の強さでいえばやはり従来の睡眠薬、つまり(非)ベンゾジアゼピン系よりは弱いといえます。それに、これまで(非)ベンゾジアゼピン系を使っていた患者さんに、直ちにベルソムラに切り替えてもらってもたいていは上手くいきません。

 そこで、谷口医院では、現在(非)ベンゾジアゼピン系を使っている患者さんに対しては、いきなりベルソムラに変更するのではなく、まずはこれまで通り(非)ベンゾジアゼピン系を使用してもらいベルソムラを併用します。しばらくしてから、(非)ベンゾジアゼピン系の量を少なくします。たとえば1/2の量、もっと慎重に進める場合は3/4程度にします。そして少しずつ(非)ベンゾジアゼピン系を減らしていき、最終的にはベルソムラのみにするのです。ロゼレムで上手くいかなかったケースでもベルソムラでは成功することが多いといえます。

 先にも述べたように新しい薬というのは長期で使用して初めて判る副作用もありますから、ベルソムラの場合も手放しに歓迎というわけにはいきません。しかし、今後(非)ベンゾジアゼピン系の使用を大幅に減らすことは期待できそうです。

注1:詳しくは下記「はやりの病気第139回」を参照ください。

注2:下記に簡単な紹介がされています。

http://jeaweb.jp/journal/abstract/vol014_04.html

注3:詳しくは下記「はやりの病気第124回」を参照ください。

参考;はやりの病気

第138回(2015年2月)「不眠症の克服~睡眠時間が短い国民と長い国民~ 」
第139回(2015年3月)「不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~」
第86回(2010年10月)「新しい睡眠薬の登場」
第124回(2013年2月)「睡眠薬の恐怖」

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2015年12月11日 金曜日

2015年12月 私が狂っているのか、それとも社会がおかしいのか

 先日、近くの食堂で遅い夕食をとっているとき、テレビで今年(2015年)の流行語大賞の発表がおこなわれていました。日頃ほとんどテレビを観ず、流行にかなり疎い私はノミネートされていた流行語をほとんど知りませんでした。それはいいのですが、そのテレビを観ていて、虫唾が走るような不快感を覚えました・・・。

 2015年8月16日午前7時頃、バンコクのラーチャダムリ通りを北向きにジョギングしていた私は右手にエラワン廟を見ながら交差点を右折しプルンチット通りに入りました。その36時間後に死者20人の被害をもたらした爆弾テロ事件がこの場所で起こるとは想像だにできませんでした。

 2015年11月12日、レバノンの首都ベイルートで2件の自爆テロ事件がおこり43人が死亡しました。(なぜかマスコミはこの事件をあまり取り上げませんでした・・・) その翌日、パリで連続自爆テロ事件が起こり127人以上が死亡しました。この事件はコンサート会場やレストランで事件が起こり世界中を恐怖におののかせました。

 2015年の私の印象は、これほどイスラム教関連の忘れ難い出来事が起こった年はないのでは?、というものです。日本人を助けるためにシリアに入国しISILというテロ組織(マスコミではこのテロ組織を「イスラム国」と呼んでいますがこれは国ではありません)に捕らえられ、2015年1月に惨殺されたジャーナリストの後藤健二氏のことを世間はもう忘れたのでしょうか。

 また、同じ月(2015年1月)に、イスラムを風刺したパリの週刊誌の編集長や執筆者ら合計12人が殺害されたシャルリー・エブド襲撃事件(この事件とISILとの関係は不明)はもう忘れ去られたのでしょうか。

 忘れ去られたわけではないけれども、流行語大賞にノミネートされた言葉の方がインパクトが強くより流行した、ということなのでしょうか。ISIL(イスラム国)、自爆テロ、後藤健二、シャルリー・エブド、こういった言葉は流行語にはならないのでしょうか。「流行語」はどこか軽薄なイメージが伴うため、あえてこういった単語はノミネートから外しているのでしょうか・・・。

 私が言っていることは「中年オヤジの戯言(たわごと)」に過ぎないのかもしれません。それにテレビのことなど放っておけばいいのだとは思いますが、イスラム関連の事件が取り上げられていないのはやはりおかしいと思うのです。

 イスラム関連以外のことで言えば、2015年は二人の日本人がノーベル賞を受賞しています。ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章博士はニュートリノが質量を持つことを発見しました。ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生はイベルメクチンという寄生虫の薬で何億人もの人を救っています。ならば「ニュートリノ」や「イベルメクチン」が流行語になってもよさそうなものだと思うのですが、このように感じるのは私だけなのでしょうか・・・。

 話をイスラムに戻したいと思います。私はこれから世界が最悪の事態になるのではないかという危機感を拭えません。私は政治に詳しいわけではなく、ずぶの素人ですが、次のように考えています。

 2015年9月30日、ロシアはシリアの反政府組織を空爆しました。シリア政府(アサド政権)をロシアは支持しています。結果として、これが引き金となり次々と悲劇が起こっているのではないかと思うのです。1ヶ月後の10月30日、エジプト上空でISILがロシア機を爆撃し、乗客乗員224人全員が死亡しました。ISILはジハードの名の下に自爆テロを繰り返し、11月12日にはベイルートで、13日にはパリで大規模な自爆テロを起こしました。

 私が懸念していることは2つあります。1つは、純粋なイスラム教徒に対する偏見です。イスラムを名乗るテロ組織が世界中で次々と自爆テロを起こすようになれば、キリスト教徒や仏教徒、多くの日本人のような無宗教の人々は、イスラム教徒に対する偏見を持つことにつながります。そして彼(女)らは社会から疎外されることになりかねません。すると、そういった者のいくらかは社会への怨恨が生じ、ISILに加わるかもしれません。そして、まさにこれこそがISILの考えていることです。つまり、非イスラム教徒がイスラムへの偏見を強めることになればなるほど、ISILの「思う壺」というわけです。

 先に述べたバンコクの爆破事件はウイグル族のイスラム教徒の犯行と言われています。中国政府(漢民族)は以前からウイグル族を弾圧していることが問題になっていました。イスラムへの風当たりが強くなっているこの時期に一気に圧力をかけてくるかもしれません。するとウイグル族の若者がISILに加わるという可能性もでてきます。

 さらに、です。日本では地下鉄サリン事件という世界中を驚かせたテロ事件が起こった歴史があります。オウム真理教に共感し入信した若者の何割かは社会に対するルサンチマンを持っていて、それがテロという反社会的な行動につながったのではないでしょうか。だとすると、現在の日本社会に不満を持つ若者がISILに勧誘され、日本国内でのテロが起こらないとも限りません。実際、パリでも、海外からやってきた者ではなく、自国の国籍をもつ者たちによって悲劇が繰り広げられたわけです。

 もうひとつの私の懸念は、大国どうしの複雑な関係です。私は以前、旅先で知り合ったトルコ人に「日本人はスンニ派とかシーア派とかにこだわりすぎる。自分たちはそんなこと普段意識しない」と言われたことがあるのですが、やはり国家の関係を考えるときにはこれらを考えるのがわかりやすいと思います。(ただし私の知識はいい加減で正確ではない可能性があります)

 スンニ派とシーア派ではスンニ派の方が多く、スンニ派の方が一般に規律が厳しい。代表国がトルコとサウジアラビア。シーア派の大国はシリア、イラン、イラク(ただしフセイン元大統領はスンニ派)、それにレバノンです。ISILはシリア内で反政府組織として発生していますから一応はスンニ派です。

 問題はここからです。ロシアは昔からシリアと仲がよくトルコと仲が悪いわけですから、シーア派支持となります。しかし、シーア派のアサド大統領はここ数年間民主化運動をおこなう市民を大量に虐殺しており、西欧諸国はそろって反アサドです。となると、ロシアと西ヨーロッパが対立することとなり、アメリカも西ヨーロッパと同じ立場になります。ということはロシア対西ヨーロッパ・アメリカとなり、こうなると「冷戦の再燃」です。

 さらに複雑なことに、11月にトルコがロシアの戦闘機を撃墜したことで二国間関係が険悪になっています。もう一度同じようなことがあると一気に大戦に突入となるのでは・・・と危惧します。

 ここで私の個人的な話をしたいと思います。NPO法人GINAの関連の仕事で南タイを訪れたときの話です。南タイはイスラム教徒が多数派を占め、独立運動が盛んで、ISILとは(今のところ)無関係ですが、死傷者を伴うテロがときどき起こります。私が訪問したときも戒厳令が敷かれており夜間外出は禁じられていました。海岸近くに投宿していた私は夕方に海岸通りの屋台で食事を買おうと思いビーチに出ました。

 すると、ヒジャブ(女性のイスラム教徒が頭に巻いている布)をまとった20人くらいの小学生くらいの女の子たちが砂浜でバレーボールをしていました。バンコクには中東出身者が集まるエリアがあり、そこにも多くのイスラム教徒の男女がいるのですが、そこでは女性の笑顔を見た記憶がありません。しかし、南タイの砂浜では無邪気な少女たちが、何がそんなにおかしいの、と言いたくなるほど笑い合って戯れていました・・・。ほのぼのとしたその雰囲気に癒やされた私は、なんだかとても平和的な気持ちになり、しばらくその場を離れたくなくなりました。

 中東では男女の会話も禁じられているそうですが、タイでは(マレーシアやインドネシアでも)屋台で焼き鳥を焼いているヒジャブを巻いた女性が、笑顔で日本人男性の私にも焼き鳥を売ってくれておまけをしてくれることもあります。

 私のイスラム教に対する印象は「平和で明るく無邪気」です。これは現在のイスラム教の世間のイメージと正反対だと思います。しかし、2014年にノーベル平和賞を受賞したパキスタンのマララ氏(と呼べばいいのでしょうか。マララさん?マララちゃんは失礼?)を思い出して下さい。日本での報道は一瞬で終わってしまいましたが、それでも彼女の勇気ある行動に胸を打たれた日本人も多かったはずです。

 2015年を振り返ってイスラム教徒のことが真っ先に出てくる私はおかしいのでしょうか。家族や従業員からは、遠い国のことを考える前に自分たちのことを考えろ、と言われそうですし、患者さんからは、もっと身近に困っている人がいることを忘れるな、と叱られそうです。それはたしかにその通りなのですが、1人でも多くの人にイスラムのことを考えてほしい。そしてイスラムでまずイメージするのはISILではなくマララ氏であってほしい。そう願っています・・・。

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2015年12月4日 金曜日

2015年12月4日 小児の特異的IgE抗体陽性、4分の1が疾患なし

 アレルギーの血液検査はあくまでも「参考」であり、絶対的なものではないのですよ、という話を患者さんにすることがよくあります。特に小児の場合は、検査で陽性と出るけれども実際は何の反応もでない、ということが多々あります。こういうケースで、うかつに食事制限などをおこなってしまい、成長障害が起こるようなことがあれば目もあてられません・・・。

 最近は、学校の先生が詳しくなってきていて「血液検査の結果でアレルギーが分かるわけではない」ということを親御さんに伝えてくれているのですが、それでも血液検査を希望される父兄は少なくありません。

 食物アレルギーでは、確実な検査は「食物負荷試験」といって実際に可能性のある食べ物を少量摂取してもらう検査をおこないます。しかし、この検査は危険性を伴いますから入院が必要になります。その次に有用な診察は検査ではなく「問診」です。いつ、どのようなものを食べて、どれくらい時間がたってからどのような症状がでたのかを詳しく聞くことによってアレルギーかどうかがある程度分かります。私の印象でいえば、こういった「問診」の方が血液検査より有用です。

 では血液検査はどれくらい不正確かというと、最近興味深い研究が報告されました。

 小児の特異的IgE抗体陽性の約4分の1は疾患がない・・・。

 医学誌『Allergy』2015年10月27日号(オンライン版)に論文が掲載されました(注1)。研究の対象となったのはスウェーデンの小児2,607人で、4歳、8歳、16歳時に採血がおこなわれ一般的な食物または吸入アレルゲンに対する特異的IgE抗体が調べられています。

 結果、全体の51%の小児が何らかのアレルゲンに対する特異的IgE抗体が陽性でした。そのなかの約4分の1(23%)はいかなるアレルギー疾患も有していなかったのです。

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 たとえば、「コムギのIgE抗体が陽性となったけれどもこれまで何の問題もなく食べている」、という場合にあなたはどのように考えるでしょうか。

「検査はいい加減だ。だからこれまで通り食べよう」、と思えれば問題ありません。この考え方で合っています。しかし、「今までは何の症状もでなかったが、これからアレルギーが出るかもしれない・・・」と考え、コムギ製品を口にするときいつも恐怖心を感じてしまう人もいます。そして、そう人に限って検査を希望することが多いのです。

 念のために付記しておくと、この研究はIgE抗体を調べたものです。過去に何度か述べましたが、IgG抗体を計測して「遅延型食物アレルギー」などとしているものはまったくデタラメで参考にすらなりません。にもかかわらず、「高いお金を払ってIgG抗体を調べられ「遅延型食物アレルギー」と言われ食物を制限するよう言われました。本当に食べてはいけないのですか?」といって受診される患者さんがいまだにいます。訳の分からない業者にだまされる前にまずはかかりつけ医に相談するべきです。

注1:この論文のタイトルは「IgE-antibodies in relation to prevalence and multimorbidity of eczema, asthma and rhinitis from birth to adolescence」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/all.12798/abstract

参考:医療ニュース
2014年12月25日 「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!
2015年8月3日 食物アレルギーが急増

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2015年11月28日 土曜日

2015年11月28日 酒さは生活習慣病や心疾患のリスク

 酒さ(しゅさ)という疾患は患者数が多い割には、知名度が低いというか、医療に携わる者であれば知らない者はいませんが、一般的にはこの病気の名前自体を知らない人が少なくありません。

 酒さは顔面に生じる慢性の炎症性疾患です。以前からこの病気のリスクには様々なことが言われており、心疾患がそのひとつという考えもあります。

 今回紹介する研究はその「逆」で「酒さがあると心疾患のリスクが上昇する」というものです。

 医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2015年5月25日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)に報告されています。研究は台湾人によるもので、対象者は33,553人の酒さの患者と67,106の酒さでない人です。

 分析の結果、酒さがある人はない人に比べて、高コレステロール血症などの脂質異常症となるリスクが1.41倍、同様に高血圧が1.17倍、狭心症や心筋梗塞などの心疾患を患うリスクが1.35倍となっています。この傾向は女性よりも男性で強く認められたようです。

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 日頃診ている患者さんのことを思い出してみても、たしかに男性では、酒さと高脂血症・高血圧症が合併しているような印象があります。酒さが先か、高脂血症・高血圧症が先か、というのは「ニワトリが先か卵が先か」と似たような感じがします。

 つまり、高脂血症・高血圧症がある人が顔面が赤くなってきたとすれば速やかに主治医に相談すべきですし、すでに酒さの診断がついている人は定期的に健康診断を受けて、血圧や脂質異常に注意すべきでしょう。

注1:この論文のタイトルは「Cardiovascular comorbidities in patients with rosacea: A nationwide case-control study from Taiwan」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2815%2901597-2/abstract

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2015年11月27日 金曜日

2015年11月27日 抗生物質の使用が体重増加を引き起こす

 日常の診療で私が最も困っていることのひとつが、「抗生物質をください」と言って引き下がらない患者さんに、どのようにしてそのような治療が不要であるかを説明するか、ということです。なかには「お金を払うのあたしですよ!」などと怒る人もいて、そういう患者さんと話すのは大変疲れます。

 風邪の患者さんが問診票に「コーセーブッシツ(ひらがなのこともあります)をください」と書いてあることもあり、そういった患者さんは抗生物質こそが現在の症状を取り除く「救世主」と思っています。

 抗生物質というのは抗菌薬のことを指し、細菌感染症にしか効果はありません。そもそも「抗生物質」という言い方が誤解を招いています。「抗菌薬」という表現をとるべきだと私は考えています。本コラムもここからは「抗菌薬」とします。

 抗菌薬は決して安易に使用すべきではありません。細菌性の咽頭炎には抗菌薬が必要、と考えている人もいますが、この理解も必ずしも正しくありません。軽症の細菌感染なら自然治癒力で治すべきです。薬には副作用がつきものです。抗菌薬は、薬のなかでも最も副作用が多いもののひとつです。必ずしも必要でなかった抗菌薬を内服し、その結果入院しなければならないような副作用が出現すれば目も当てられません。

 副作用だけではありません。抗菌薬の過剰な使用は「耐性菌」を生み出すことになります。そうすると個人の問題ではすまなくなります。抗菌薬の使用は社会全体で最小限に抑えるべきなのです。

 今回お伝えする情報は、抗菌薬の新たな「副作用」です。

 小児が抗生物質を繰り返し使用すると体重増加につながる・・・。

 医学誌『International Journal of Obesity』2015年10月21日号(オンライン版)にこのような研究が発表されました(注1)。研究の対象となったのは、米国の3~18歳の子供163,820人です。

 分析の結果、小児期に7回以上の抗菌薬の処方がおこなわれていれば、15歳の時点で、抗菌薬を使用していない子供に比べ1.4kgの体重増加が認められたそうです。

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 抗菌薬を処方するのは「医師」であり、この論文を素直に読めば、医師に責任がある、と感じられます。しかし、冒頭で述べたように、患者さんの方から執拗に抗菌薬の処方を求められることもしばしばあります。(そういう人は、ほぼ例外なく「抗菌薬」とは呼ばず「抗生物質」と言います)

 一方、医師側も、特に小児科の領域で軽症例に抗菌薬を処方していることがないわけではありません。そして、このように過剰に抗菌薬を処方するようになるきっかけとなった「事件」があります。

 その「事件」とは、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群という重症例の子供に対し、初回に診察した医師が抗菌薬を用いなかったことでその子供が死亡したという「事件」です。この「事件」は訴訟になり医師側が敗訴しています(注2)。つまり、初期の段階で抗菌薬を使用すべきであったというのが判決です。しかし、ウォーターハウス・フリーデリクセン症候群というのは極めて稀な重症感染症であり、たとえ初期に抗菌薬を処方していても助からなかった可能性が強く、この判決は随分と物議を醸しました。この判決が、その後医師が抗菌薬を軽症例に処方する原因となった可能性がある、という意見があります。

注1:この論文のタイトルは「Antibiotic use and childhood body mass index trajectory.」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nature.com/ijo/journal/vaop/naam/abs/ijo2015218a.html

注2:この裁判記録は下記URLで読むことができます。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/660/005660_hanrei.pdf

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2015年11月20日 金曜日

第154回(2015年11月) 「かかりつけ薬局」という幻想

 2015年11月2日、医薬品やドラッグストアなど健康関連の企業で構成する「一般財団法人日本ヘルスケア協会」が発足され、代表理事にマツモトキヨシHDの松本会長が就任しました。協会には発足時点で約500社が加盟したそうです。

 この協会設立のきっかけになったのは、2015年10月23日、医療費の抑制に向けて厚生労働省が発表した「患者のための薬局ビジョン」です(注1)。厚労省のこのビジョンでは「かかりつけ薬局」という言葉が用いられています。「かかりつけ薬剤師・薬局の推進を図り、患者・住民から真に評価される医薬分業の速やかな実現を目指して参ります」と記載されています。

 また、10月29日には日本薬剤師会の山本信夫会長が記者会見で、かかりつけ薬局に対し「5年後くらいまでには何らかのメドは示したい」との考えを示したと報じられています。

 かかりつけ薬局という構想は私個人としては大変素晴らしいものだと思っています。もしも、国民全員が健康のことで困ったことがあれば、医療機関ではなく近くの薬局を訪れて薬剤師に相談することができればどれだけ有益でしょう。たとえば、風邪症状で薬局に相談したとき、その症状に応じて適切な風邪薬を選んでくれて、場合によっては医療機関受診をすすめてくれるかもしれません。「かかりつけ医を持っていないなら、この時間なら〇〇クリニックがすいていますよ」などといった情報を教えてくれるかもしれません。また、「この程度なら薬に頼るのではなく暖かくして早く寝なさい」といった助言がもらえるかもしれません。

 ありがたいのは風邪をひいた患者さんだけではありません。医療機関の側からみても、わざわざ医療機関を受診する必要のない風邪を薬局で治療してもらえるなら、その分の時間をより時間をかけて診察する必要のある重症例に使うことができます。薬局が「ゲートキーパー」の機能を担ってくれるなら大変ありがたいことです。

 薬剤師も仕事の満足度が上がるはずです。薬剤師の本来の任務は「いかに薬を飲んでもらうか」ではありません。「いかに薬を最小限にするか」を考え、「正しい薬の使い方を伝える」のが正しいミッションです。そして薬剤師が本来のミッションを遂行することができれば、患者さんからも喜ばれ感謝の言葉を聞くことになります。これが薬剤師のやりがいとなり、ますます勉強を重ね、地域のために貢献しようという気持ちが強くなるでしょう。

 つまり、もしもすべての国民が「かかりつけ薬局」を持つことができれば、患者・薬剤師・医師の三者が幸せになり、さらに無駄な通院が減るでしょうから医療費も抑制されることになり、行政にも喜ばれ、その分のお金(税金)が他の必要な領域に使われることになるでしょうから、病気には縁が無く薬局にも病院にも行かないという人にも利益がもたらされることになります。

 こんな素晴らしい構想はそうありません。では、国民のみなさん、さっそく「かかりつけ薬局」を決めましょう・・・、と言いたいところですが、現実はそう甘いものではありません。

 私は現在の日本の薬局をみていると「かかりつけ薬局」など夢のまた夢で、到底実現不可能だろうと感じています。まず、街を歩いて探してみても「薬局らしい薬局」がありません。商店街や大通りには確かに”薬局”がたくさんあります。日本ヘルスケア協会の代表が経営する「マツモトキヨシ」はそのような薬局の代表といえるでしょう。「マツモトキヨシ」は関西にはそれほど店舗が多くありませんが、同じような薬局がたくさんあります。

 そしてこういった薬局では薬以外のものが多数売られています。お菓子やジュースが店頭に大量に並べられ、一般のスーパーよりも安い値段が表示されています。ワゴンには化粧品が大量に陳列され、大量のサンプルが配られ、ときには販売員が大きな声をだしてパフォーマンスがおこなわれています。「タイムセール」と書かれた看板を手に持って大声を出している店員がいることもあります。

 さて、あなたはこのような薬局に健康の相談をしに行きたいと思うでしょうか。実は私もこういったマツモトキヨシ型薬局はしばしば利用しています。安い商品というのは大変ありがたいですから、お菓子やジュース、またコンタクトレンズの洗浄液や入浴剤を大量に買って帰ります。こういった商品は安いに超したことはないので、私はこれからも利用させてもらうつもりです。

 しかし、です。これは「余計なお世話」だとは思いますが、私はレジを打っている薬剤師の人たちが気の毒になることがあります。両手をへそのあたりで合わせて深々とお辞儀をし、レジを打ちながらも「毎月〇日は全品5%割引キャンペーンをおこなっておりま~す。是非ご利用くださ~い」、といった丸暗記した宣伝文句を声に出し、サンプルを袋に入れ、再び深く頭を下げています。

 職業に貴賎はない、のは事実ですが、これが本来の薬剤師のするべき仕事でしょうか。そして、このような薬局を自分の「かかりつけ薬局」にして、健康のことで困ったことがあれば何でも相談しよう、と思える人がどれだけいるでしょうか。

 ここで私の個人的な体験を話したいと思います。研修医を終えてタイのある施設でボランティアをしていた頃の話です。その施設に向かうためにレンタルバイクを運転していたある日、交差点に猛スピードでつっこんできたトラックにバイクごと倒された私は足にケガを負いました(注2)。病院に行くべきかどうか迷いましたが、骨折はないだろうと判断し、近くにあった薬局に行きました。私が医師であることは伏せて、薬剤師に状況を説明すると、その薬剤師は丁寧に問診をしてくれて、必要な薬とガーゼ、包帯などを用意してくれました。私が「骨折はないと思う」と言うと「私もそう思う。病院は行く必要がない」と答えてくれました。

 それ以来私は、海外で(タイだけでなく他の国々でも)健康上のことで何かあると医療機関ではなく薬局を訪れるようにしています。といっても必要な薬(鎮痛剤や胃薬)は日本から持って行きますから、薬局のお世話になるのはそういった薬を紛失したときくらいですが。ただ、時間があれば薬局を覗くことはしばしばあります。どのような薬が置いているかに興味があるからです。医師であることをカムアウトして世間話をすることもありますが、客のフリをして薬剤師と話すこともあります。どのようなことを尋ねてくるのかが興味深いからです。

 なぜ私の個人的な海外での話をしたかというと、こういった薬局であれば文字通りの「かかりつけ薬局」となるからです。実際私は多くの海外旅行に行く患者さんに、軽症なら医療機関でなく薬局にまず相談するように助言しています。それだけ薬剤師が頼りになるのです。

 海外の薬剤師は頼りになるが日本の薬剤師には頼れない、ということはないはずです。ですから日本も海外と同じように、街にたくさんの小さな薬局をつくり、そこで患者さんの悩みを聞くようにすればいいのです。しかし、この私の考えに同意する薬剤師がいたとしても、薬局をオープンさせることは困難でしょう。

 ではどうすればいいのか。マツモトキヨシ型大型薬局のなかに「健康相談ブース」を設ければどうでしょうか。小さな個室がいくつかあり、プライバシーに配慮した部屋の中には体温計や自動血圧計を準備しておきます。そして薬剤師が健康上の悩みを聞くのです。医師の診察に近いことをすれば医師法違反となるのかもしれませんが、悩みを聞き、生活習慣の助言をおこなうくらいは問題ないでしょう。必要あれば適切な医療機関の受診を促し、受診が必要なければ薬局に置いてある薬を使ってもらうようにすればいいのです。場合によっては、何もせずに自宅で休んでいなさいという助言が最適ということもあるでしょう。

 薬剤師の助言も含めて医療行為というのは営利目的であってはなりません。タイムセールや毎月〇日のお得日といったものを盛んに宣伝されれば、この薬局儲けたいだけじゃないの?と思われても仕方がありません。それを挽回するためにも健康相談の個室を設けるのはひとつのアイデアだと思うのですがどうでしょうか。

「かかりつけ薬局」、現在の大型薬局のあり方が変わらない限りは「幻想」に過ぎない。それが私の意見です。

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注1:厚労省のこのビジョンは下記URLで詳細を知ることができます。

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/gaiyou_1.pdf

注2:ちなみにこのときこのトラックはそのまま猛スピードで逃げて行きました。その日に警察に行くと、「担当者がいないから明日に来てくれ」と言われ、しぶしぶ納得した私は翌日に再び警察に行きました。すると「そんな話を聞いた職員はいないからわからない」と言われ、どの職員もまともに対応しようとしないので、これがタイの警察か、と納得しそのまま警察を後にしました。

それからしばらくして、バンコクである日本人にホテルまで車で送ってもらう機会がありました。このとき我々は道に迷い、一方通行を逆走してしまい運悪く警察に止められました。パスポートの提示を求められたとき、この日本人は500バーツ紙幣(約1,500円)をパスポートにはさんで警官に手渡し、警官はパスポートの中身を確認することなく500バーツを受け取りそのまま我々は解放されました。この日本人によると、このようなことはこの国では日常茶飯事だと言います。

ちなみに、タイの警察や司法がいい加減なのは有名な話で、最近の出来事でいえば、2010年に16歳の少女が無免許で高速道路を運転し交通事故を起こし大学生ら9人が死亡するという痛ましい事故がありました。この16歳の少女は「ナ・アユタヤー」という王室関係の姓であることが報道され注目を浴びました。なかなか起訴されず、「王室関係者だから許されるのか」、という世論のバッシングなどを受けて最終的には起訴されましたが、裁判所の判決はなんと執行猶予4年付きの懲役2年です。9人の命を奪ったのにもかかわらず、です。4年間の保護観察中に、1年あたり48時間の社会奉仕活動が命じられていますが、勉学に忙しいという理由で全くしていないことも報じられています。

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2015年11月20日 金曜日

第147回(2015年11月) 毛染めトラブルの4つの誤解~アレルギー性接触皮膚炎~

 2015年10月23日、消費者安全調査委員会は「消費者安全法第23条第1項の規定に基づく事故等原因調査報告書 毛染めによる皮膚障害」というタイトルの報告書を公表しました(注1)。毛染めによる皮膚のトラブルが相次いでいて、消費者に注意を促すのが目的です。

 しかし、トラブルが相次いでいるといっても最近になって突然増え始めたわけではありません。コムギアレルギーを誘発した「茶のしずく石けん」や、白斑症を起こしたカネボウなどのロドデノールを含む化粧品、最近の事件ではダイソーが扱っていたホルムアルデヒドが含有されていたマニキュアなどの事件とは性質が異なります。

 つまり毛染め(ヘアダイ)のトラブルは昔からあり、実際、消費者安全調査委員会が公表しているデータをみても被害が急増しているとはいえません。では、なぜ今になって同委員会がこのような報告書を発表したのか。それは、避けられるはずの被害が一向に減らないから、そして毛染めに対する「誤解」が蔓延している事態を打開すべきと同委員会が判断したからではないかと私はみています。

 毛染めのかぶれに対する「誤解」は大きく4つあると私は考えています。順にみていきましょう。

 頭皮や顔面の皮膚のトラブルを訴えて受診される患者さんに対して、「これはおそらく毛染めが原因ですよ」と言うとそれを否定する人がときどきいます。そういう人がいうセリフは「前から同じものを使っているから原因は毛染めではありません」というものです。

 ここを誤解している人は非常に多いようです。毛染めのかぶれは、主に「アレルギー性接触皮膚炎」です。これはその毛染めを使い続けているうちに、身体が毛染めの成分を”外敵”とみなし、アレルギー反応が起こるようになるのです。つまり、「長い間使っていたからこそアレルギーが生じた」と考えなければなりません。

 ここは多くの人が誤解しているのでもう少し続けたいと思います。薬疹を疑ったときも「この薬はもう半年も飲んでいるから原因ではありません」という人がいますが、これも「半年間飲んだからこそアレルギーになった」と考えるべきです。抗菌薬などは飲んで2回目以降にでます。もう少し例をあげると、スギ花粉症になる人は、生まれたときからスギ花粉症なのではなく、長い年月をかけてスギ花粉を少しずつ吸い込んである一定量を超えたときにアレルギーを発症します。ペットショップのオーナーがいきなりイヌアレルギーになり廃業せざるを得なくなったとか、そば屋の主人がソバアレルギーになり店をたたまなくてはならなくなったというエピソードを思い出せば理解しやすいと思います。

 毛染めのかぶれに対する2つめの誤解は「自分が毛染めでかぶれるのは知っているし、実際いつもかゆくなる。けど、これくらいなら我慢できる」というものです。これは気持ちは分かりますが危険です。アレルギー性接触皮膚炎というのは、繰り返せば繰り返すほど重症化していきます。最初は頭皮の軽度の発赤と痒みだけだったけれど、そのうち程度が強くなり、ひどい場合は全身が腫れ上がったり、使用をやめてからも長期間通院しなければならなくなったりということもあります。実際、消費者庁に2010年度からの5年間で寄せられた事例が約1,000件あり、そのうち約170件は治療に1ヶ月以上かかった重症だったそうです。

 ちなみに、5年間で1,000件と聞くと、そんなに多くないのかなと錯覚しそうになりますが、これは届け出があった数ですから、実際にはその何百から何千倍もあるはずです。消費者安全調査委員会の報告によれば、自宅での毛染めで15.9%、美容院での毛染めで14.6%がかゆみなどの異常を感じた経験があると回答しています。

 毛染めに興味がない、あるいは縁がない、という人には理解しにくいかもしれませんので補足しておきます。少しでもかゆみが出るならそんなもの使ってはいけないんじゃないの?と考える人もいるでしょう。なぜ彼(女)らは、かぶれると知っていても使おうとするのか。それはそのリスクを抱えてでもきれいに染めたいからで、他に代替できるものがないのです。

 毛染めのかぶれの原因物質のほとんどはパラフェニレンジアミン(以下PPAとします)と呼ばれるものです。(他にはメタアミノフェノール、トルエン-2、5-ジアミンなどもあります) なぜ高頻度でかぶれることが分かっていながら市場で売られているのかというと、これほどきれいに染まる染料が他にないからです。毛染め(ヘアダイ)でのかぶれを起こしたことがある人に対して、私はヘアマニキュアを勧めるようにしています。しかし、ヘアマニキュアでは好みの色(特に明るい色)がでないことが多く、また、すぐに色が取れてしまうという問題もあります。

 フランスでは、あまりにかぶれの被害が多いことから、過去にPPAの毛染めへの使用が禁止されたことがあったそうです。しかし、それではきれいな色が出ないことで消費者から使用を認めてほしいという声が大きく、現在では6%の濃度を上限に再び許可されています。PPAは「究極の染料」と呼ばれることもあるほどです。

 3つめの誤解は「パッチテストをしたから安心していた」というものです。パッチテストというのは、毛染めをおこなう前に、あらかじめその製品を腕などに塗ってみて反応が起こらないかどうかをみるテストのことを言います。ただ、本来医療現場で言う「パッチテスト」とは、該当する物質を皮膚に塗布しその上からカバーをかぶせる(まさにpatchです)方法のことを言います。

 毛染めで本来のパッチテストをおこなうのは危険です。先に述べたようにかなりの確率でかぶれるわけですから、そのようなものをパッチして密閉すればそのテストで重症の皮膚炎が起こることもあるからです。ですから覆ってはいけません。そしてこのように該当する物質を皮膚に塗布して覆わないテストのことを「オ-プンテスト」と呼びます。しかし、消費者安全調査委員会はなぜかこの名称は用いずに報告書のなかで「セルフテスト」という名称を用いています。(本コラムでも「セルフテスト」と呼ぶことにします)

 問題はセルフテストの「判定時期」です。かぶれの正式名称は「接触皮膚炎」といい、接触皮膚炎には2種類あります。1つは「刺激性接触皮膚炎」でこれは該当物質に接触してすぐに(せいぜい15分程度で)症状がでます。もうひとつが「アレルギー性接触皮膚炎」でこれは1~3日程度たたないと判定できないのですが、ここをきちんと理解していない人が多いのです。セルフテストはその毛染めを皮膚にぬってそこを濡らさないようにして少なくとも丸2日は経過をみなければなりません(注2)。「パッチテストをした」と言っている患者さんの何割かは、せいぜい30分くらいしか経過をみていないのです。これでは意味がありません(注3)。

 そして4つめの誤解は「このようなかぶれのトラブルが起こったのは毛染め製品の会社や美容院の責任だ」というものです。これは気持ちが分からないわけではありませんが、まず会社の責任は問えません。先にも述べたように、PPAは一定の割合の人がかぶれることが初めから分かっている物質であり、これを前提に製品としているのです。では、会社に責任がないなら、販売者はどうなんだ、美容院はどうなんだ、という疑問を感じる人もいるでしょう。

 たしかに販売者にはいくらかの説明義務違反があるかもしれません。しかし薬局ならまだしも、たとえばスーパーの棚に並んでいる毛染めをカゴに入れてレジで精算をおこなうときに、レジ打ちの職員がかぶれの説明をおこなうことが現実的にできるでしょうか。

 美容室でなら、毛染めを用いる前に充分な説明をおこない、場合によってはセルフテストを先におこなうべきです。しかし、「美容室で15分間のパッチテスト(セルフテスト)をおこなったから安心と言われたのにかぶれた」と言って受診する人が少なくないのです。これはつまり、その美容師が刺激性接触皮膚炎とアレルギー性接触皮膚炎の区別がついていない、ということを意味しています。同じようなことはエステティックサロンにもいえます。エステティシャンがそのサロンで用いている美容液やクリームなどについて「パッチテスト(セルフテスト)をしました」と言ったときもそのテストを15分程度で済ませていることが多いのです。

 これは私の個人的な考えですが、アレルギー性接触皮膚炎やセルフテストのことについては美容師やエステティシャンに任せるべきではないと思います(注4)。知識のある美容師を探すよりも、自身で知識を身につけて、たとえば美容室でヘアダイを勧められたなら、そのサンプルをもらって自宅でセルフテストをおこなうといった対策をとる方がずっと現実的です。つまり「自分の身は自分で守る」べきなのです。

 最後に「毛染めトラブルの4つの誤解」をまとめておきます。

1 毛染めのかぶれは主に「アレルギー性接触皮膚炎」。使い続けるとアレルギーになるものであり「これまで使えていたから大丈夫」というわけでは決してない。

2 「これくらいなら我慢できる」は危険。アレルギー症状は次第に悪化する。重症化すれば長期間通院が必要になることも。

3 セルフテスト(パッチテスト)は少なくとも2日以上たってから効果判定しなければならない。方法がわかりにくければかかりつけ医に相談を。

4 充分な知識のない美容師(やエステティシャン)が存在するのは事実。彼(女)らに知識の向上を期待するよりも「自分の身は自分で守るべき」と考える方が現実的。

 
注1:この報告書については下記URLを参照ください。

http://www.caa.go.jp/csic/action/pdf/8_houkoku_gaiyou.pdf
 
注2:セルフテストを実施するときは原則として丸2日はシャワーもできません。これが患者さんがこのテストをいやがる最大の理由です。ただし、どうしてもシャワーをしたいいう場合は、サランラップなどを用いてその部位を濡れないような工夫をしてもらって短時間シャワーをするという方法もあります。

注3:医療機関でPPAのパッチテストをおこなうことは可能です。本文で「毛染めの(本来の)パッチテストは危険」と述べましたが、医療機関でおこなうPPAのパッチテストは濃度を調節していますので危険性はほとんどありません。下記ページも参照ください。

湿疹・かぶれ・じんましん Q&A Q4 パッチテストをしてほしいのですが・・・

注4:このようなコメントが正しい知識をもった美容師やエステティシャンに対し失礼になることは充分承知しています。しかし「30分のパッチテストをしたから美容師(エステティシャン)に大丈夫と言われた」といって受診する患者さんが当院でも一向に減らないのです。これは、「パッチテスト」の意味が分かっておらず、接触皮膚炎の刺激性とアレルギー性を混同している美容師(エステティシャン)が少なくないことを物語っているのではないかと私には思えます。

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