ブログ

2018年5月28日 月曜日

2018年5月29日 スタチンは認知症の予防になるか

 スタチンと言えば世界中で最も使われている悪玉コレステロール(LDL)を下げる薬ですが、コレステロール以外にも様々な効用があるのではないかと言われています。一方、糖尿病のリスクを上げることも指摘されています。

 今回お伝えしたいのは、「スタチンが認知症のリスクを下げる」とする研究です。医学誌『Scientific reports』2018年4月11日号に掲載されています(注1)。この研究は、新たに対象者を探したのではなく、既存の研究25個を総合的に分析しなおす、いわゆる「メタアナリシス」でおこなわれています。結果は下記の通りです。

 すべての認知症:相対リスク0.849(認知症のリスクを15%下げる)
 アルツハイマー型認知症:相対リスク0.719(28%下げる)
 軽度認知障害:相対リスク0.737(26%下げる)
 脳血管性認知症:相対リスクは認められず

 さらに本研究ではスタチンの種類でリスク低下が検討されています。スタチンは水溶性(hydrophilic statin)と脂溶性(lipophilic statin)に分類することができます(注2)。認知症リスク低下について次のような結果となりました。

 水溶性スタチン:すべての認知症のリスクを下げる(相対リスク0.877)、
         アルツハイマー型認知症のリスクを下げる(相対リスク:0.619)

 脂溶性スタチン:すべての認知症のリスクを下げない
         アルツハイマー型認知症のリスクを下げる(相対リスク:0.639)

************

 今回の研究はメタアナリシスですからエビデンスレベルは高いと考えていいと思います。しかし、一方ではエビデンスに基づいた検証をおこなうCochrane Libraryでは否定的な見解が示されています(注3)。

 過剰な期待は禁物ですが、特にアルツハイマー型認知症のリスクのある人には可能なら脂溶性よりも水溶性スタチンを選択する方がいいかもしれません。この論文を意識しているわけではありませんが、現在(医)太融寺町谷口医院で処方しているスタチンの95%以上が水溶性のものです。

注1:この論文のタイトルは「Use of statins and the risk of dementia and mild cognitive impairment: A systematic review and meta-analysis」で、下記URLで全文を読むことができます。

https://www.nature.com/articles/s41598-018-24248-8

注2:水溶性スタチンは「プラバスタチン」(先発品はメバロチン)と「ロスバスタチン」(クレストール)で、残りのスタチン(シンバスタチン、フルバスタチン、アトルバスタチン、ピタバスタチン)は脂溶性です。

注3:Cochrane Libraryのウェブサイトを参照ください。タイトルは「Statins for the prevention of dementia」です。下記のURLで閲覧することができます。

http://cochranelibrary-wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD003160.pub3/full

参考:メディカルエッセイ
第133回(2014年2月)「スタチンの功罪とリンゴのことわざ」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年5月28日 月曜日

2018年5月28日 避妊用ピルは自殺のリスクを上昇させるのか?

 避妊用ピル(以下「ピル」)が自殺のリスクになるとする意見は昔からあったものの、それを検証したエビデンスの高いデータはなく、また、その逆にピルを使用することでイライラや不安感などが解消されることが多いことから、ピルは精神状態を安定させると言われています。

 ところが、「ピルは自殺のリスクを上げる」という大規模調査が報告されました。

 医学誌『The American Journal of Psychiatry』2017年11月17日に掲載された論文(注1)を紹介します。

 研究の対象者はデンマークの女性約50万人で平均年齢は21歳。調査期間の1996年から2013年の間に15歳となった女性がその後自殺を試みたかどうかが調べられています。追跡期間は平均8.3年です。

 全女性の初回の自殺未遂(注2)が6,999例、自殺既遂(注2)が71例です。ピルを含む避妊用薬剤の自殺のリスクは、すべてのピルを合わせて推計すると、自殺未遂が1.97倍、自殺既遂はなんと3.08倍に上昇していました。ピルの種類ごとの自殺未遂のリスクは次のようになります。

 通常のピル:1.91倍 
 プロゲスチン単独ピル(注3):2.29倍
 避妊リング(ホルモン剤が膣内に放出されるタイプ):2.58倍
 避妊パッチ(注4): 3.28倍

 興味深いデータがもうひとつあります。自殺未遂が最も増えるのはピルを開始して2カ月の時点であることが分かったというのです。

************

 衝撃的な結果だと思います。私がこの論文を目にしたのは公表されてから5カ月以上たってからだったので、きっと(日本では無関心でも)世界中で話題になっているに違いないと思ってネット検索してみたのですが、意外なことに世界のメディアもあまり取り上げていません。

 この研究は「前向き研究」であり、対象者が50万人と大規模ですからエビデンスレベルは高いと言えます。さらに興味深いのは、通常のピルよりも「安全」と考えられている他の3種のホルモン剤の方が、リスクが上昇していることです。

 私自身の実感としては、冒頭で述べたように、ピルを用いることで精神状態が安定するケースを数多く診てきていますから俄かには信じがたい結果です。ですが、これからは処方前に自殺のリスクがないかどうか検討すべきだと考えています。そして、少なくとも内服開始2カ月は注意を払わなければなりません。

注1:この論文のタイトルは「Association of Hormonal Contraception With Suicide Attempts and Suicides」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://ajp.psychiatryonline.org/doi/full/10.1176/appi.ajp.2017.17060616

注2:原文のsuicide attemptを「自殺未遂」、suicideを「自殺既遂」と訳しています。自殺未遂は何らかのアクションを起こしたものの結果的に死に至らなかったケース、自殺既遂は死亡した例です。

注3:海外ではPOP(Progestin-only Pill)と呼ばれているもので、日本では「ミニピル」と言われることがありますが、認可されていません。

注4:ホルモン剤の貼付薬です。海外では使用者が増えていますが日本では未認可です。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年5月25日 金曜日

2018年5月25日 日焼け止めが禁止されてもサプリメントはNG

 南の島は心も身体も癒してくれますが、紫外線には注意しなければなりません。したがって南のリゾート地に行くときにはサンスクリーン(日焼け止め)(と虫よけ)は忘れてはいけません。

 ですが、ハワイのビーチではサンスクリーンの使用が禁止されるかもしれません。

 2018年5月3日の「The New York Times」によれば、5月1日、ハワイ州は一部のサンスクリーンの販売を禁止することを決めました。

 サンスクリーンに含まれる化学物質オキシベンゾン(oxybenzone)とオクティノクセイト(Octinoxate)がサンゴを漂白するというのが禁止にする理由で、この規則が実行されるのは2021年1月1日の予定です。

 「The New York Times」によれば、世界中で毎年14,000トンのサンスクリーンが海洋に蓄積され、ハワイやカリブ海のサンゴ礁を傷つけています。2015年に非営利組織のHaereticus Environmental Laboratoryが調査したところ、毎日平均2,600人が訪れるオアフ島のハナウマ・ベイではサンゴ礁に毎日平均412ポンド(187キログラム)のサンスクリーンが沈着していたそうです。

 こうなると、サンスクリーン以外に紫外線をカットする方法はないのかと考えたくなり、一部のサプリメントはそれを謳っています。しかし、2018年5月22日、米FDAはこういった製品に対して「警告」を発しました。

 FDAは、はっきりと「サンスクリーンに置き換わる錠剤やカプセルはない」(There’s no pill or capsule that can replace your sunscreen.)と断言し、消費者に誤った情報を与え、効果のないサプリメントを売りつけている業者に警告文(warning letters)を発送しました。該当する製品名は、「Advanced Skin Brightening Formula」、「Sunsafe Rx」、「Solaricare」、「Sunergetic」などです。

********

 皮膚がんの発症率が高い米国では紫外線カットやサンスクリーンの話がよく取り上げられます。日本では皮膚がんがさほど多くないことと、ビタミンDの体内合成に紫外線が必要なことから、むしろ日光浴が推奨されることもあります。ですが、ビタミンDは魚介類やきのこなどから摂れますから極端なベジタリアン(ヴィーガンと呼ばれる人たち)以外はあまり心配する必要はありません。

 さて、これからの紫外線対策を考えましょう。ハワイで法案が可決されたことは大きな意味を持ちます。ハワイに行かないという人は関係ないとも言い切れず、他のリゾート地が追随する可能性もあります。法が実行される2021年までに「使えるサンスクリーン」を探しておく必要があります。

 しかし、日本人はあまり心配ないかもしれません。太融寺町谷口医院でサンスクリーンの相談をされる人はたいてい敏感肌で、そういった人たちには紫外線吸収剤が含まれていないもの(紫外線散乱剤だけでできているもの)を勧めています。禁止されるオキシベンゾンもオクティノクセイトも共に紫外線吸収剤ですから、心配不要というわけです。

参考:
アトピー性皮膚炎 塗り薬の使い方Q&A
Q7:サンスクリーン(日焼け止め)はどのようなものを選べばいいのでしょうか。

はやりの病気第15回(2005年8月) 日焼け -日光皮膚炎-

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年5月21日 月曜日

第184回(2018年5月) 英語ができなければ本当にマズイことに

 英語の勉強についてのコラムを書くと感想を寄せてくれる人が多い、という話を以前しました。今回は、そういった感想を募集しているから、というわけではないのですが、どうしても再び英語の勉強について言わねばならない2つの理由ができたために、これを書くこととしました。

 ひとつめの理由は、第180回(2018年1月)「私の英語勉強法(2018年版)」で私が推薦したNHKのテレビの英語教育プログラム「ニュースで英会話」が2018年3月で終了し、さらに絶賛した同番組の会員制ウェブサイトも4月末で終わってしまったからです。私のコラムを読んだ方から「早速会員になりました」と連絡をいただいていたので、私としても責任を感じてしまいます。

 もうひとつの英語の勉強について書こうと思った理由は私のゴールデンウイークの個人的体験です。第180回で述べたように、マンツーマンのレッスンで現在最もお勧めなのはフィリピンの(超)短期留学(長期で行ける人は長期の方がいいですが)です。私自身も今年の連休を利用してセブ島に飛び、5日間のレッスンを受けてきました。

 レッスンは朝8時から5時まで、1コマ50分のレッスンが8つです。その上大量の宿題が出ますからゆっくりできる時間はほとんどありません。たかが英語だからそう疲れないだろう、と高を括っていた私は早くも2日目あたりから疲労感を自覚するようになってきました。それでもマンツーマンのレッスンは実りのあるものですから休むわけにはいきません。特に私の場合、へたくそな発音を矯正してもらえますからとても貴重な時間となりました。

 レッスンはテキストやCNNのビデオを使うものもあるのですが、たいていは事実上フリートークになります。そこで、メディアやネットからはうかがい知ることのできない話をフィリピン人の講師から聞くのが楽しみとなります。実は私が以前からフィリピン人に対して抱いていた大きな疑問があります。それは、「英語はあなたたちの母国語じゃないのになぜそんなに上手なの?」という疑問です。

 私が初めてフィリピン人と接したのは医学部入学前の会社員時代です。といってもビジネスパーソンとの会話ではなく、西日本のある地方都市に出張に行ったときにそこの支店長に連れていかれた(連れていってもらった)フィリピンパブです。そこには美しく着飾った大勢のフィリピーナ(注1)がいましたが、堪能な英語を話していた女性は皆無でした。日本人よりは少し上手な程度でした。また、その頃フィリピーナに”ハマっていた”私の知人はタガログ語の勉強を始めた、と言ってましたから、当時(90年代前半)の私のフィリピン人のイメージは「さほど英語はできない」でした。

 ところが今はまったく異なります。スーパー、コンビニ、カフェなどセブ中のどこに行っても英語がごく普通に使われています。今回の渡航中、レッスンが始まる前の早朝ランニングを日課にしていたために、一度早朝からスラム街に行ってみました。さすがに、そこで遊んでいた子供たちは英語を話していませんでしたし、英語で話しかけても英語が返ってきません。しかし、英語のレッスンをしてくれる先生(といっても20代そこそこの男女が多い)たちの英語は驚くほど上手なのです。特に発音が素晴らしくアメリカ人と何ら変わりはありません。

 英語が比較的できる国民、例えば、マレーシア人やインド人の英語はこんなに発音がうまくありませんし、公用語が英語のシンガポール人でさえ、ネイティブに近い英語とは言えません。

 フィリピン人の英語能力はスピーキングだけではありません。私の知る限り、英語がかなりできる日本人でも、映画を字幕なしでほぼ100%理解できるという人にはあまりお目にかかったことがありません。また、英語の曲を一度聞けばほぼ100%理解できるという日本人もほとんど知りません。ですが、フィリピンの彼(女)らにとっては当然のことだと言うのです。
 
 読解力も際立っています。私はリスニングとスピーキングは苦手ですが、リーディングはさほど苦痛ではありません。ですが、彼(女)らにはとうていかなわないのです。彼(女)らは、例えば雑誌「TIME」を数ページ読んで知らない単語が1つあるかどうか、というレベルです。要するに完全にバイリンガルなのです。

 ここで日本の教育者がよく言うお決まりのセリフを紹介しておきます。それは「日本人は日本人の英語をしゃべればよい。発音ではなく内容が重要だ。そして内容のある発言をするにはまず国語(日本語)が重要だ。だから英語、英語という前に日本語をしっかりと勉強しろ」というものです。

 たしかにこれは一理あると私も思います。私の塾講師や家庭教師の経験から言って、英語が苦手であっても国語が得意な生徒は、勉強のコツを教えてあげればこちらが驚くほど英語力が伸びます。そして、英語だけでなく理科系の科目も伸びます。逆に、他の科目はできるけれど国語が苦手という人は他の科目も結局あまり伸びません。ですから私自身も最も重要な科目は「国語」だと考えています。

 もうひとつ、私がこの意見にこれまで同調していたのは、「どうせネイティブのようには話せないだろう」と漠然と思い込んでいたからです。ですが、この考えは今では間違っていると認めざるをえません。2つ例をあげましょう。

 私が今回フィリピンで学んだ講師のひとりは3歳の息子をもつ母親です。私が何度注意されても上手に発音できないのに対し、その3歳の息子は完全な発音で英語を話すそうです。しかも、父親との会話は現地の言葉で、その母親(講師)も英語で話しかけるようにはするものの、きちんと教えたことはないというから驚かされます。その3歳児の「教師」は何とyoutubeだと言うのです。幼少時からスマホを眺めているだけで私の何十倍もきれいな英語を話すというのです。

 もうひとつの例は日本人です。その講師によれば「若い日本人は発音が上手い」そうです。その学校には10代後半の日本の大学生もマンツーマンのレッスンを受けにきており、若い日本人はリスニングとスピーキングに関してはかなりできるそうなのです。つまり、日本人は発音が下手と思っていたのは私の”幻想”であり、いつの間にか日本の英語教育も大きく変わっていたのです。

 しかし、このような「カルチャーショック」を受けるのは私だけではないはずです。現在20歳前後の若者が(全員でないにしても)ネイティブに近い発音で英語を話せるということを知れば、今の30代以降、あるいは20代半ば以降の多くの人も驚くのではないでしょうか。

 先述したように、日本人は日本人の英語を話せばいいのは事実です。例えば会議の場面などではそれでいいでしょう。ですが、流暢に話せず聞き取りが苦手では、仕事場を離れた場面でのコミュニケーションがうまくいかないこともあるでしょうし、自分自身が楽しめません。パーティで誰かがジョークを言ったときに自分だけが理解できず気の利いたセリフが出てこない、というのはとても辛いものです。

 さて、ここからは前向きな話をしましょう。日本人が英語を苦手とする最大の理由は(私も含めて)幼少時(もしくは10代の頃)にリスニングとスピーキングをなおざりにしてきたからです。これらは早くから実践した方がうまくなるのは事実ですが、今からでも間に合わなくはありません。そもそも「英語が苦手でやっても伸びない」という人は、本当は「やっていない」ことが多いのです。(私自身はこれまでそれなりに時間をとって勉強してきましたが、リスニングやスピーキング、特にスピーキングについては充分にやったとは言えません)

 一般に、日本語と英語のようにまったく異なる語学をマスターするのには最低でも2,400から2,800時間くらいが必要だと言われています。これだけの時間を”集中して”勉強した人がどれだけいるでしょうか。近い言語、例えばドイツ人が英語をマスターするのには400時間でOKと言われています。ですから、まずは何とかして勉強時間を確保することが大切です。

 次に、すぐれた教材を選ぶことになります。時間とお金に余裕があればフィリピン留学がお勧めですが、忙しくてもオンラインでマンツーマンのレッスンを受けることはできます。私の場合、日ごろそういう時間の捻出が困難なこともあり、少しでも時間があれば以前も推薦した「Voice of America」の「Learning English」を利用するようにしています。先述したようにNHKの「ニュースで英会話」が終了したため、私が使っているネット上の英語教材は現在9割がこれになっています。

 日本語だけでも生きていける、という意見もありそれは事実でしょう。ですが、ますます日本を訪れる外国人が増え、世界を駆け巡る重要な情報はすべて英語です。それに、全員ではないとは言え、若者がネイティブに近い英語を話すようになってきているのです。今のままのあなたの英語力ではどんどん生活が不自由になってくる、なんてこともあり得るかもしれません。

************

注1:英語でフィリピン人女性はFilipina(フィリピーナ)、男性はFilipino(フィリピーノ)と言いますが、公的文書などでは女性もFilipinoと呼ばれることもあります。Filipinaは年齢に関係なく、また未婚・既婚に関係なく使われます。国を示すときはThe Philippinesとなります。つまり、Theがついて、FがPに変わりpが2つになります。この形容詞はPhilippineです。私はこのあたりを混乱していたのですが、今回の超短期留学できちんと教えてもらいました。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年5月21日 月曜日

第177回(2018年5月) アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか

 アトピー性皮膚炎(以下「アトピー」)で太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に通院している患者さんがもしもどこかに集まる機会があるとすれば、おそらく私は「しつこいくらいにプロアクティブ療法の話をする医師」と言われていると思います。

 「ステロイドは短期間たっぷりと」「痒みがとれればタクロリムスでプロアクティブ療法」「身体はタクロリムスでうまくいかなければステロイドでプロアクティブ療法」…、こういったことを何度も聞かされた、という患者さんは数百人以上に上るはずです。実際、プロアクティブ療法をきちんと理解できれば、「もうステロイドを一切使わなくなって2年以上たつ」という患者さんも少なくありません。

 ですが、一方で、ステロイドのプロアクティブ療法を実施しても、しばらくすると痒みが再発するという患者さんもいないわけではありません。そういった重症の患者さんに対しておこなわれてきた治療がシクロスポリン(商品名は「ネオーラル」など)と呼ばれる免疫抑制剤の内服薬です。しかし、これは全身の免疫力を下げますし、他にも副作用が少なくありませんから、なかなか使いにくい薬です。もちろん、ステロイド内服についてはよほどのことがない限り用いるべきではありませんし、使ったとしても最小限(数日以内)にとどめなければばなりません。

 2018年4月、アトピーの歴史を塗り替える(と考えられている)画期的な薬剤が発売されました。その名はデュピルマブ(商品名は「デュピクセント」)。これまで伝わってきた情報(注1)によると、「効果はバツグンで副作用もほとんどなし」です。

 今回は、この薬が今後どれだけ普及していくかについて考えてみたいと思います。まずは、この薬がなぜ効くかについて述べていきますが、これを理解するには免疫学の少し詳しい知識が必要になります。このあたりの説明は免疫学に興味のない人には複雑怪奇に見えるでしょうから、できるだけ分かりやすく解説したいと思います。

 免疫を司る白血球は、好中球、好酸球、リンパ球、単球、好塩基球の5種類に分類できます。アトピーの人は好酸球の数値が高い人が多いのですが、ここでは好酸球ではなくリンパ球の話になります。リンパ球には、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)、T細胞、B細胞の3種があります。そして、今回の話はT細胞のなかの1種です。T細胞は骨髄のなかで誕生したばかりのときはみんな同じようなものですが、それが成長するにつれていろんなタイプに分かれていきます。

「CD4」というとHIVを思い出す人が多いと思います。HIVに感染するとCD4が次第に低下していきエイズを発症、とよく言われます。では、そのCD4とは何かというとT細胞の表面に存在する糖タンパクの一種です。こう言われると突然難しくなると感じる人もいるようですが、ほぼすべてのT細胞にはCD4かCD8のどちらかがあると考えてもらってOKです。CD4があればCD4陽性細胞、CD8ならCD8陽性細胞と呼ばれます。

 T細胞の話になると触れておかなければならないのは、最近メディアでよく取り上げられる「Tレグ」です。正式には「制御性T細胞」と呼ばれるTレグもT細胞の1種です。Tレグは大阪大学の坂口志文教授が発見され、教授はこの功績により2015年にガードナー国際賞を受賞されています。Tレグの働きを一言で言えば「過剰な免疫応答の抑制」です。ややこしいのは、T細胞がCD4陽性細胞、CD8陽性細胞、Tレグの3種類に分類できる、という単純な話ではなく、TレグもCD4、CD8のどちらかを持っています。

 CD4陽性細胞に話を戻します。大まかに言えばCD4陽性細胞の大半は「ヘルパーT細胞」と呼ばれるものです。そしてヘルパーT細胞は「Th1細胞」「Th2細胞」「Th17細胞」の3種に分類できます。

 さらに細かい話に入るとついていくのが大変になってきますので、ここまでの話をまとめておきます。

    好中球
    好酸球
白血球 単球
    好塩基球
    リンパ球 NK細胞
         B細胞
         T細胞 CD8陽性細胞
             CD4陽性細胞(≒ヘルパーT細胞)Th1細胞
                            Th2細胞→IL-4産生
                               Th17細胞
                
 こまかいことを言い出せばこの分類は完璧なものではないのですが、大まかな理解としてはこれでOKです。ここからは上の図の右端のTh1,2,17細胞の話になります。医学部の学生に対してならこれらをひとつずつ解説していきますが、どんどん複雑な話に入っていくことになりますから、ここではアトピーに関わるTh2細胞の話のみをします。

 アトピーの皮膚病変にはTh2細胞が過剰に存在していることがわかっています。ならばそのTh2細胞を取り除く薬があればいいということになりますが、そんな都合のいい薬は今のところ存在しません。そこでTh2細胞がつくられるメカニズムに注目することになります。ヘルパーT細胞がTh2細胞になるには「IL-4(インターロイキン-4)」と呼ばれるサイトカインが必要です。(サイトカインというのは、とりあえず血中や皮膚組織に存在する小さな物質と考えてOKです)そして、IL-4によってヘルパーT細胞がTh2細胞となり、今度はTh2細胞がIL-4をつくりだすことがわかっています。

 ここまでくれば”ゴール”はもうすぐです。Th2細胞がヘルパーT細胞から誕生するにはIL-4がヘルパーT細胞に「結合」する必要があります。この結合はヘルパーT細胞の表面にある「受容体(レセプター)」と呼ばれる部分にIL-4がはまり込むと考えてください。ならば、IL-4よりも先回りしてT細胞の受容体の表面にフタをしてしまえばIL-4がくっつけなくなります。そして、この”フタ”こそがアトピーの新薬デュピルマブというわけです。つまり、デュピルマブによりヘルパーT細胞のIL-4がくっつく部分が塞がれてしまい、その結果ヘルパーT細胞は残りの2つ、Th1細胞かTh17細胞にならざるを得ない。そしてTh2細胞が激減するわけだからIL-4がつくられなくなり、ますますTh2細胞は減少する、というわけです。(ここまで理解できれば、免疫学が少し身近に感じられるのではないでしょうか)

 アトピーから少し話がそれますが、Th1,2,17は免疫を語る上でけっこう重要なポイントなどで少しまとめておきます。上記の図の右端をもう少し細かくみてみましょう。

 ヘルパーT細胞 →(IL-12があれば)→ Th1細胞 → IFN-γ(インターフェロンγ)産生
                     →(IL-4があれば) → Th2細胞  → IL-4産生
         →(IL-6 + TGF-βがあれば) → Th17細胞 → IL-17産生

 先述したように、IL-4があればヘルパーT細胞からTh2細胞ができてTh2細胞はIL-4を産生します。同様に、IL-12があればヘルパーT細胞はTh1細胞になりTh1細胞はIFN-γを産生します。IL-6とTGF-βがあればTh17細胞になりこれはIL-17を産生します。これ以上詳しく述べるとさらに複雑になってしまいますからこのあたりでやめておきますが、ここで紹介したIL-12、IL-17、IFN-γなどもいくつかの病気を考える上で重要な要素です。

 デュピルマブについてもう少し詳しく述べると、阻害するサイトカインはIL-4だけではなくIL-13(今出てきたIL-12ではありません)も阻害します。しかし現時点では、アトピーに効果があるのはIL-4の方だろうと言われています。また、デュピルマブの効果が期待できるのはアトピーだけではなく、喘息や副鼻腔炎にも有効であるとする報告(注2)もあります。

 先述したように現在までに私が入手した国内外の情報ではデュピルマブは「抜群にいい薬」のようです。ですがこの費用を捻出できる人がどれだけいるのかが疑問です。なにしろ1本81,640円もするのです(注3)。3割負担の場合、1本24,500円ほどで、初回だけ2本注射、その後は2週間に1本のペースで続けていきます。これに診察代と定期的な採血(副作用の確認に必要になります)が加わりますから、(3割負担で)年間70万くらいはかかるでしょう。

 これまでの「薬の歴史」を振り返ると、発売してから重篤な副作用の報告が相次いだり、効果はそれほどでもなかったことが判明したりして消失していったものがたくさんあります。谷口医院ではほぼすべての薬は発売直後には処方をおこなわないポリシーです。デュプリマブも同様で、しばらく様子をみたいと考えています。

 それに冒頭で述べたように、よほどの重症にならない限り、アトピーの大半はタクロリムスのプロアクティブ療法、もしくは少量ステロイドのプロアクティブ療法だけで充分コントロールできるのです。

************

注1:例えば、下記の論文はデュピルマブの有効性と安全性を示しています。論文のタイトルは「Two Phase 3 Trials of Dupilumab versus Placebo in Atopic Dermatitis」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1610020

注2:この論文のタイトルは「Effect of Subcutaneous Dupilumab on Nasal Polyp Burden in Patients With Chronic Sinusitis and Nasal PolyposisA Randomized Clinical Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2484681
尚、デュピルマブはその後、喘息と副鼻腔炎に対しても保険診療で使用できるようになりました。

注3(2020年4月1日付記):2020年4月1日、デュピクセントの薬価が1本81,640円から66,562円に下がりました。これにより(3割負担で)年間50万円ほどで治療が受けられるようになりました。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年5月14日 月曜日

2018年5月14日 PPI使用で脳梗塞のリスク認められず

 これまで安全で有効と考えられていた胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が最近になり副作用の報告が相次いでいるということをこれまで何度かお伝えしてきました(下記「医療ニュース」参照)。

 今回お伝えしたい研究はその”逆”で、「PPIは脳梗塞のリスクにならない」とするものです。

 医学誌『Gastroenterology』2018年4月号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。研究の対象は、「Nurses’ Health Study」と呼ばれるデータベースに登録された女性68,514人(平均年齢65歳)と「Health Professionals Follow-up Study」というデータベースに登録された男性28,989例(平均年齢69歳)です。

 調査期間の12年間で合計2,599例(女性2,037例、男性562例)が脳卒中を発症(初発)しています。脳卒中の危険因子を考慮して、PPIと脳梗塞との関係を調べるとリスクが18%上昇していることが判りました。

 しかし、PPI使用の「適応」、具体的には、消化性潰瘍、胃食道逆流症、消化管出血の既往歴、H2ブロッカーの使用歴などを考慮して再度、関係を算出するとリスクは8%の上昇のみで、これは統計学的に有意にはならなかったということです。

************

 この結果は少しわかりにくいです。PPIの「適応」(原文は「potential indications for PPI use」)を考慮した結果(原文は「after accounting for indications」)、リスク増加に有意差はなかった、ということです。

 ということは、「適応」(そもそもこれがこの論文では分かりにくい)を考慮しなければ、脳卒中の危険因子だけを考えて比較すると、有意差をもってPPIは脳梗塞のリスクになるということですから、やはりPPIは可能な限り避けるべき、ということになります。

 現在PPIは世界中で物議を醸しています。太融寺町谷口医院でも処方していますが、症状が改善すればH2ブロッカーなど他の薬剤に積極的に変更するようにしています。ですが、どうしてもPPIが必要という人もいます。PPIは、脳梗塞だけでなく認知症や骨粗しょう症のリスクも指摘されているわけですから、今後のさらなる研究結果を待ちたいと思います。

注1:この論文のタイトルは「No Significant Association Between Proton Pump Inhibitor Use and Risk of Stroke After Adjustment for Lifestyle Factors and Indication」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://www.gastrojournal.org/article/S0016-5085(17)36710-0/fulltext

参考:医療ニュース
2017年4月28日 胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク
2017年11月15日 ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇
2018年4月6日 胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに
2017年1月25日 胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる
2016年8月29日 胃薬PPIが血管の老化を早める可能性
2017年1月23日 胃薬PPIは精子の数を減らす

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年5月11日 金曜日

2018年5月 なぜあの医師は買春をしたのか

 2017年10月、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラ疑惑が報じられたことをきっかけに世界中に広がった「#me too」。韓国、台湾、中国などアジア諸国でもムーブメントが起こっているなか、日本では大きな動きはありませんでした。有名ジャーナリストからレイプされ、実名を公表してまで告発したジャーナリストの伊藤詩織さんの勇気にこの国もいよいよ変わるかと期待する声もありましたが、なぜかこの事件は「不起訴」となり、いつの間にかメディアもあまり報じなくなりました。

 そんななか、2018年4月、「女性問題」で二人の高い地位にある男性が職を辞することになりました。そんなことをすれば問題になるのは間違いない、と誰にでもわかることを、なぜ「高学歴+高職歴」の男たちがいとも簡単にしてしまったのでしょう。もちろん人間は誰もが聖人君子ではありません。例えば、奥さんに秘密で妾(愛人)をもつとか、身分を隠して女性を買うということはその心理が理解できなくはありません。ですが、辞職した二人の行動は一般人の理解を超越しています。今回は、なぜこんなバカげたことを地位の高い男がやってしまったのか、その理由について私見を述べたいと思います。

 女性問題で辞職したひとりは財務省の福田淳一(元)事務次官です。報道によれば、女性記者に対して「抱きしめていい?」、「おっぱい触っていい?」と言ったとか。もしも、身分を隠して、録音・録画されていないことが確実で、相手がペンを武器にするジャーナリストでないという状況であれば、こういう発言をしてやろう、と思う人もいるかもしれません。しかし、福田氏の場合、自分の立場は周知されていて、相手は報道者であるわけですから、氏の言動は狂気の沙汰にみえます。

 この異常な言動は海外にも伝わり、氏は世界中に恥をさらしました。BBCは氏の発言を”Can I give you a hug?” “Can I touch your breasts?”などと英訳して世界中に発信しました。

 では、福田氏はなぜこのようなバカなことをしたのでしょうか。高偏差値の高校から東大法学部に合格し在学中に司法試験にも受かったという経歴のある氏に、良し悪しの区別ができなかったのでしょうか。

 ですが、このようなことは世間ではよくあります。おそらくほとんどの人は「勉強はできるのに常識がない人」のひとりやふたりは知っているのではないでしょうか。では、なぜ彼らは勉強ができても常識が身につかないのでしょう。私はこの理由は2つあると思っています。ひとつは「社会化」の欠落です。人間関係のなかでも特に恋愛やセックスに関わる関係というのは、とても微妙なものでいくら教科書を読んでも理解できません。実際に経験して失敗を繰り返してその微妙なニュアンスを体得していくものです。おそらく福田氏にはこういう経験があまりないのではないでしょうか。

 もうひとつの私が考える福田氏の言動の理由は、ある種の「発達障害」があるのではないか、ということです。アスペルガー症候群という名前が一時注目された発達障害は高学歴者にも多いという特徴があります。彼(女)らは、悪気なく他人を傷つける「無神経な」発言をしてしまいます。

 高校・大学と勉強にあけくれ、その後も濃厚な人間関係を築かずに年齢を重ねる人もいますが(医師のなかにもそういうタイプは少なくありません)、そういう人たち全員が無神経かというとそういうわけでもありません。人間関係が得意でないにしても、どのようなことをすれば他人が不快に思うかは分かるわけです。福田氏にそれが理解できなかったのは発達障害があるからではないか、というのが私の見方です。(もっとも、そのような”病気”があるから福田氏に罪はないと言っているわけではありません)

 女性問題で辞職したもうひとりは新潟県(元)知事の米山隆一氏です。氏も東大出身、しかも医学部(理科III類)に現役合格しています。その後司法試験に合格、さらに新潟県知事に当選という華やかな経歴を持っています。

 報道によれば、米山氏は出会い系サイトを通じて、名門私立女子大生ほか複数の女性と知り合い1回3万円支払っていたそうです。そのうちのひとりが”彼氏”にそれを話し、その”彼氏”が週刊誌にリークしたとか。そして、その理由が「政治家が貧乏な女子学生につけこむなどということが許されるのか」と”義憤に駆られて”の行動だとか…。

 少し話がそれますが、この報道をそのまま額面通りに受け取ることは私にはできません。この”彼氏”の言葉は私には「きれいごと」に聞こえます。私が”彼氏”の立場なら、まずこの女子学生と話をつけます。二人の関係はブレイクアップするでしょうが、米山氏から金をとったり、週刊誌にリークしたりしようとは考えません。そういった行為は自分の恥をさらすこと以外の何物でもないからです。ですからこの女子大生と”彼氏”は、初めはそのつもりはなかったとしても「美人局」と言われても仕方がありません。

 さて、米山氏です。福田氏の件で述べたように、もしも地位の高い身分(知事)という立場で人に言えないことをするのならば、身分は絶対に明かさない、と考えるのが普通です。私はここで売買春の良し悪しを論じたいわけではありません。私個人としては、売春はともかく買春には強い抵抗がありますが、NPO法人GINAの活動を通して、「初めはセックスワーカーと顧客、その後交際、さらに結婚」というカップルをこれまで何十例も見てきました。残念ながらその数年後に離婚というケースも少なくないのですが…。

 注目すべきは、買春の良し悪しではなく、なぜそのようなことをすれば今回のような結末が待っていることが米山氏に予想できなかったのか、ということです。

 私は氏が「性依存症」ではないか、と考えています。性依存症という疾患自体がはっきりと認められているわけではありませんが、例えば、タイガー・ウッズ、マイケル・ダグラス、チャーリー・シーンなどは性依存症であろうと言うのが大勢の見方です。私自身は、「性が原因で日常生活に支障をきたしている人」が確実にいることから、性依存症を疾患ととらえるべきだと考えています。

 そして私は性依存症をふたつのカテゴリーに分類しています。ひとつは「セックス依存」もしくは「ポルノ依存」です。性感染症のリスクが分かっているのに買春が止められない人、あるいはポルノに耽溺し時間を無駄にし、ついには引きこもってしまうような人です。もうひとつの性依存症は「愛情依存」で、恋愛のドキドキ感を常に求める人たちです。ドキドキ感は時と共に薄れていきますから、そうなると次の”ターゲット”を探しにいきます。まるで、次々と新作ゲームにとびつく人のようです。

 米山氏は独身だそうです。独身者が買春して何が悪い、という意見もあるようですが(たしかに個人の売買春が日本で取り締まられることはほとんどありません)、私は氏が独身を通しているのは「性依存症」を患っているからではないか、とみています。そして氏の性依存症は、セックス依存と恋愛依存の双方の要素があります。恋愛依存だけなら複数の女性と「同時進行」を普通はしませんし、セックス依存だけなら自身の身分を明かして精神的な結びつきを得ようとはしないからです。

 そして性依存症も薬物依存やギャンブル依存など他の依存症と同様、周りが見えなくなっていきます。おそらく氏が件の女子学生からのLINEの通知音を聞いたときなど「至高の幸福」に浸っていたのではないでしょうか。

 最後に、福田氏、米山氏のような”事件”は誰もが犯す可能性があるかを考えてみましょう。結果的に他人を傷つける失言を一度もしたことのない人はいないでしょうし(私も頻繁に反省しています…)、依存とまでは呼べなくても周りが見えなくなるほど夢中になる趣味を持っている人も少なくないでしょう。問題は「一線」を超えるまでにブレーキがかけられるかどうかとなります。

 私は有効なブレーキは2つあると考えています。ひとつは、福田氏の件で述べたような多彩で複雑な人間関係を通して学んでいく「常識」、もうひとつはホンネで相談ができて率直な助言をしてくれる友人や家族です。辞任した二人には先述した”疾患”があることに加え、これら双方がなかったが故に「一線」を超えたのではないか、と私は考えています。

************

参考:はやりの病気第37回(2006年9月) 「あなたの周りにも?!-アスペルガー症候群-」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年4月28日 土曜日

2018年4月29日 肥満が酒さのリスク

 悩んでいる人が大勢いる割にはあまりメディアで報道されず、また、有効な治療法が確立していないこともありドクターショッピングを繰り返している人が多い「酒さ」について、過去に何度かお伝えしてきました。

 酒さの原因は依然「原因不明」です。ある程度遺伝的な要因があると言われている一方で、生活習慣に起因しているとも言われています。そのひとつが「肥満」で、それを調査した研究が発表されたので紹介しておきます。

 医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2017年12月号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。

 研究の対象は、米国で1991年から2005にかけて実施された「Nurses’ Health Study II」と呼ばれる調査に回答した89,886人です。14年以上にわたる調査期間中、酒さの診断がついたのは5,249例でした。

 興味深いことに、酒さの発症リスクはBMI(body mass index)(注2)が上るにつれて増加し、BMIが35.0以上であれば、BMI21.0~22.9の人と比べて酒さのリスクが48%も増えるという結果がでました。また、18歳以降に体重が増加した人は特にリスクが高くなり、10ポンド(約4.5kg)体重が増えると、リスクが4%増えるようです。

 また、BMIとは別にウエストとヒップのサイズ(waist circumference and hip circumference)が大きいほど酒さの発症リスクも有意に高くなっていたことが分かりました。

************

 太融寺町谷口医院にも酒さの患者さんは少なくありませんが、肥満者はさほど多くなく、私の実感としては肥満が酒さのリスクとは思えません。もしかすると人種さがあるのかもしれません。ですが、肥満になっていいことは(おそらく)何もありませんから、やはり体重コントロールはすべきでしょう。

注1:この論文のタイトルは「Obesity and risk for incident rosacea in US women」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://www.jaad.org/article/S0190-9622(17)32265-X/fulltext

注2:BMIは体重(kg)を身長(m)の2乗で割って算出します。例えば、身長2メートルで体重88kgなら、88÷2の2乗=88÷4=22、となります。文中にでてくるBMI35というのは、例えば身長160cmなら体重は、35×1.6×1.6=89.6kgとなります。

参考:医療ニュース
2015年10月6日 「酒さ」の原因は生活習慣と遺伝
2016年6月30日  酒さが認知症のリスク
2017年5月11日 白ワインは女性の酒さのリスク 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年4月20日 金曜日

第183回(2018年4月) 「誤解」が招いた海外留学時の悲劇

 最近ある学会で繰り返し取り上げられている「悲劇」を紹介したいと思います。

 東日本のある大学に在籍していた当時20歳の女子学生。201X年、留学先の北米のある都市に滞在時、清掃ボランティア活動に参加し煙を吸い込んでしまい、その直後から体調悪化、市販の解熱鎮痛薬を飲んだものの発熱、頭痛、咳などが持続、さらに呼吸困難に。しかし救急車要請をせず、また(大きな)病院も受診せず、小さな診療所を受診。A病院に紹介されたが、すでに重症化しておりその地域で最も大きなB病院に救急搬送。集中治療がおこなわれたものの約1か月後に肺炎で死亡。

 特に持病を持っていたわけではない健康な20歳の女子学生です。どのような煙が吸い込まれたのかは判らなかったようですが、こういったことは時に起こり得ます。しかし、「医療ミス」がなかったかどうかも検討しなければなりません。女子学生の保護者もそのように考え、集中治療がおこなわれたB病院のカルテを入手し日本の医師らに検証を依頼しました。とても分厚い合計4冊のカルテを読み込んだ専門家らの判断は「医療ミスはなかった」という結論でした。

 では、健康な20歳の女子学生はなぜ死ななければならなかったのでしょうか。助かる方法はなかったのでしょうか。100%の確証を持っては言えませんが、このケースは病院の受診が早ければ救命できた可能性があります。なにしろ、煙を吸い込んだ直後から症状が出現し、しかも次第に悪化していたのにもかかわらず大きな病院に搬送されたのは7日もたってからなのです。なぜ、もっと早くに、そして小さな診療所ではなく、眠れないほど辛かったのなら、夜中にでも救急車を呼ばなかったのでしょう。そもそも女子学生は日本にいる両親に相談しなかったのでしょうか。

 実はこの女子学生、小さな診療所を受診する前にスカイプを使って母親に相談していました。当然母親は「そんなにつらいのなら救急車でもタクシーを呼んででも大きな病院へ行きなさい!」と言ったそうです。すると、なんとこの女子学生は「お母さんは知らないの?! こちらでは最初に診察したドクターの紹介が無いと病院にはかかれないのよ!!」と答えたというのです。

 これはとんでもない「誤解」です。どこの国でも救急外来(ER、英国ではA&E)はいつでも誰でも診てくれます。もちろん軽症で受診すれば数時間も待たされ、しかも数分間の診察のみで薬も処方されない、なんてことはざらにあります。しかし、重症の場合はすぐに適切な治療を受けることができます。たしかに、この女子学生が言うように、救急外来以外の専門の科を受診するには診療所からの紹介状が必要ですが、それは緊急性・重症性がないときの話です。これは海外で医療機関をかかるときの「当然の知識」と言っていいと思います。

 では、なぜその「当然の知識」がこの女子学生になかったのか。その「答え」は我々医師にとって大変ショッキングなものであり、これこそがその学会で繰り返し取り上げられている最大の理由です。なんと、その女子学生は日本の大学で実施された留学オリエンテーションで、母親にスカイプで言ったような誤った知識を大学側から”植え付けられていた”ことが後の調査で判明したのです。

 なぜ、このような「誤解」をオリエンテーションで聞かされたのか。まったくわけが分からないと感じる医師も多いのですが、私にはこういったことが起こってもおかしくないと思えます。なぜかというと、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する留学希望の学生に対し、「何を言ってるの??」と感じることがあるからです。

 例を挙げましょう。留学時に海外の大学に提出する書類には、留学先の大学が求めているルールに従わなければならないのは当然です。しかしながら、私が留学先の大学の指示どおりにしましょうと言うと、「それは不要です。それについては別の検査をしてください、(日本の)大学でそう聞きました」といったことを言う学生がしばしばいるのです。元々谷口医院をかかりつけ医にしている人は私の助言(というより留学先の大学の要求)にしたがって進めることになりますが、谷口医院を初めて受診するという学生のいくらかは、日本の大学の教員の言うことを信用し、私や留学先の要求に従いません。さて、結果はどうなるでしょうか。当然といえば当然ですが海外渡航後に問題が起こります。そして、渡航してから谷口医院に「何とかしてください」と泣きついてくることになります。

 だからあれほど言ったのに!!、と言いたくなる衝動を抑えて、私から留学先の大学にメールで「その学生は日本の大学から誤ったことを言われていたのです。学生が悪いわけではありません。日本で実施しなかった必要な検査などをそちらでお願いできますでしょうか」といった交渉をすることになります。

 実はこういうトラブルの原因は日本の大学の担当者だけではありません。というより、大学はまだましな方で、より問題が多いのは海外留学の斡旋業者です。ですから、斡旋業者に失礼であることは承知していますが、留学希望の患者さん(というか志願者)が受診したときには、谷口医院では、書類をそろえたり何か準備をしたりするときに疑問点が生じれば、斡旋業者でなく直接留学先の大学に質問するよう助言しています。あるいは、志願者に代わって私が現地の大学に質問しています。

 現地に着いてから書類に不備があり、検査などをやり直すということで済めば大きな問題ではないでしょう。ですが、冒頭で紹介した20歳の女子学生のように「誤解」により起こり得る取り返しのつかない事態は絶対に避けねばなりません。

 ではどうすればいいか。やはり、留学前に日本の医師から渡航時の注意点を聞いておき、留学後も何かあればメールなどで相談すればいいのです。もしも北米で他界した女子学生が、煙を吸い込んだその日にでも日本のかかりつけ医にメールで相談していればどうなったでしょうか。医師なら(当たり前ですが)直ちに救急車を呼ぶよう指示していたはずです。母親の言うことは聞かなくても医師の助言には従ったのではないでしょうか。あるいは、「大学でそう習ったから」と言って医師の忠告を無視するでしょうか。

 もうひとつよくある海外渡航時の「誤解」を紹介しておきます。これは学生だけでなくビジネスパーソンや旅行者にも言えることです。それは、海外で身体のトラブルが起こった時にまず保険会社に電話で相談する、という考えです。これは一見保険会社が良心的にみえますし、そうすべきこともあるでしょう。問題は保険会社の「対応」です。私が見聞きした範囲で言うと、電話をとる保険会社の担当者は必ずしも医学に明るくありません。そして、お決まりのように日本人医師または日本語ができる医師がいる「小さな診療所」を受診するよう促します。

 すると、どうなるでしょう。重症であれば20歳の女子学生とまったく同じ「悲劇」が起こりかねません。海外渡航時には(地域、期間、渡航目的などにもよりますが)保険の加入はたいていの場合必要です。詳しく述べることは避けますが、海外渡航時の保険は内容を考えると決して「損」なものではありません。私は民間の医療保険を勧めることはほとんどありませんが、海外渡航時の保険については患者さんから問われればほぼ全例に勧めています。

 ですが、現地で何かあったときの電話サービスは勧めません。大切な患者さんを保険会社のミスリードで苦しめたくないからです。症状が強ければ迷わずER(A&E)に行くべきです。そこまで重症でないときは、日本のかかりつけ医にメールで相談すればいいのです。実際、谷口医院の患者さんは、よく海外の渡航先からメールで相談されています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年4月20日 金曜日

第176回(2018年4月)「心不全」を防ぐには

 俳優の大杉漣さんが突然他界されたのが2018年2月21日未明、数時間前にドラマの共演者らと食事をしホテルに戻り日付が変わる頃に腹痛が生じ仲間にLINEを送信したと報道されています。そして、メディアに報じられた死因が「心不全」です。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でも、患者さんから「心不全って何ですか?」と何度も質問されました。

 我々医師が言う「心不全」とメディアが報道した”心不全”は、おそらくニュアンスが少し異なります。今回はこれらの違いを明らかにして、「本当の心不全」を防ぐ方法を解説したいと思います。

 まず「心不全」の定義を確認しておきましょう。2017年10月31日に日本循環器学会が一般向けに発表した定義は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」です。

 定義をきちんと理解しておくことは重要です。4つの文節を詳しくみていきましょう。まずは「心臓が悪い」です。これがどのようなことを表すのかについては後でみていきます。ここで重要なのは「もともと心臓が悪い状態にある」ということです。2番目は「息切れやむくみ」といった症状です。3番目は「だんだん悪く」、つまり突然ではないことを意味します。そして4つめが「生命を縮める」です。

 これら4つのポイントを改めて振り返ってみると、大杉さんにあてはまるのは4つめだけです。つまり、もともと心臓が悪かったわけではなく(そのような報道は見当たりません)、息切れやむくみといった症状も報じられていません。そして、数時間後に息を引き取ったのですから、だんだん悪くなったわけではありません。

 つまり、大杉さんの”心不全”は日本循環器学会の心不全の定義と合致しないのです。では、なぜ心不全と報道されたのか。おそらく、受診した病院ではっきりと診断がつかないまま急激に悪化して心臓が止まった、あるいは診断がついたものの治療に間に合わず心臓が停止した、ということだと思われます。心臓が止まったから心不全、という単純な発想です。

 では本当の死因は何だったのでしょうか。腹痛が生じた数時間後に他界されていることを考えると、最も疑わしいのが「大動脈解離」です。心臓から下腹部に走行している大動脈が突然破れてしまう疾患で、これなら説明がつきます。ちなみに、2016年2月、大阪梅田の繁華街で突然乗用車が暴走し11人が死傷した事故がありました。この車を運転していた51歳の男性は大動脈解離が突然生じたことが判っています。大杉さんはドラマの共演者がタクシーで病院まで連れて行ったそうですが、たとえ救急車を呼んでいても間に合ったかどうかは分かりません。

 次に考えられるのが心筋梗塞です。心筋梗塞の症状は突然の胸痛や胸部絞扼感(しめつけられる感じ)がよく知られていますが、腹痛や胃痛を訴えて受診する人も珍しくありません。大動脈解離と同様、心筋梗塞も適切なタイミングで救急搬送されたとしても間に合わないことがあります。他に考えられる疾患として、心筋炎、心筋症、感染症なども挙げられないわけではありませんが、私は大動脈解離か心筋梗塞のどちらかではないかとみています。

 さて「本当の心不全」の話をします。先ほどの4つのポイントを振り返ってみましょう。まず1つめの「心臓が悪い」です。心臓が悪くなる疾患、つまり心不全の「元の病気」として、日本循環器学会は一般向けに5つを紹介しています。その5つは、①高血圧、②心筋症、③心筋梗塞、④心臓弁膜症、⑤不整脈です。このうち③については先述したように、それまでまったく症状がなく突然胸痛が生じ救急搬送されたものの帰らぬ人となった、という場合もありますが、治療がおこなわれて助かったけれど、心臓の機能が以前より衰えてしまって、という場合もよくあります。これが心不全の「元の病気」となるのです。

① 高血圧は、相当な年月を経なければ無症状ですが、息切れやむくみが生じるようならすでに心不全が起こっている可能性があります。②心筋症は高血圧よりも年齢が若く現れることが多く、やはり症状が出る頃には心不全の状態となっています。④弁膜症も同様で、症状が出現する頃には心不全が進行していると考えなければなりません。⑤不整脈は種類にもよりますがやはり心不全の「元の病気」になります。一般に心房細動は血栓(血の塊)が脳の血管までとんでいって脳梗塞を起こす、と考えられていますが(長嶋茂雄さんがそうです)、心不全のリスクでもあるのです。

 では、現在これら5つの「心不全の元の病気」がなければ大丈夫なのかというと、もちろんそういうわけではなくて、これらのリスクがある人は要注意です。それらは、糖尿病、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い)、肥満、喫煙、運動不足、アルコール、覚醒剤、放射線などです。ですから、もうさんざん聞き飽きたというようなこと、つまりきちんと健診を受けて規則正しい生活をして、食事、運動、禁煙、節酒などに注意しようね、ということが大切だというわけです。

 4つのポイントの2つめは「息切れやむくみ」といった症状です。だいたいの目安として40歳以上でこういった症状があれば一度は心不全を疑わなくてはなりません。ただ、30代でもおこりえます。谷口医院の30代前半の男性患者さんでも、息切れがひどい人がいて、胸部レントゲンを撮り心不全が判り、大学病院の集中治療室に入ってもらい一命をとりとめた例があります。ただし、若い女性の場合は、息切れやむくみは心不全よりも貧血や栄養不足で起こることの方が圧倒的に多く、全例にレントゲンや心電図が必要になるわけではありません。

 3つめのポイントは「だんだん悪く」です。大杉さんの”心不全”がこの定義に当てはまらないことは先に述べました。ただ、「急性心不全」という概念もあります。これは文字通り「急性」に心臓の働きが悪化します。ですが、たいていは1つめのポイントの「心不全の元の病気」があって、それまで症状はあまり出ていなかったものの徐々に進行していて、突然激しい症状が出るような病態を指します。これを乗り越えると「慢性心不全」に移行します。また、「だんだん悪く」はゆっくりと少しずつ悪くなっているとは限りません。ある日突然悪化して入院して、改善してしばらくは安定していて、またある日突然悪化して…、といったような場合もよくあります。このように慢性心不全の経過中に突然悪くなったときに「急性心不全」または「慢性心不全の急性増悪」と呼ぶこともあります。

 では心不全の診断はどうすればいいのでしょうか。レントゲン、心電図、心エコーなどがありますが、1回の検査で正確な結果がでるとは限りません。心エコーは有用な検査ですが、これは技術と経験のある専門医か臨床検査技師でないとできません。(私は研修医時代に練習しましたが自信がありません。谷口医院には腹部エコーしか置いておらず、心エコーが必要な患者さんは専門医に紹介しています)

 また、心不全はあきらかに心臓のポンプ機能が落ちている状態(これを「HFrEF」と呼びます。発音は「ヘフレフ」、へとレにアクセントがあります。ただし日本人からしか聞いたことがないので欧米人はどう発音しているのか私は知りません)だとエコーで判りやすいのですが、機能がある程度保たれている場合(これをHFpEF、ヘフペフ、やはりアクセントはヘとプ)もあり、心エコーだけで100%評価するのはときには困難です。

 実は心不全にはすぐれた血液検査があります。NT-ProBNPと呼ばれるもので、それなりに正確に心不全の状態を判定できます。以前はBNPという検査の方が一般的だったのですが、これは採血すると検体をすぐに検査室に運ばねばならないなどの制約があり、大きな病院でないとおこないにくかったのです。NT-ProBNPが測定できるようになって心不全の診断は随分おこないやすくなりました。

 最後に「治療」です。心不全には決定的な治療法があるとは言えません。先述した5つの「元の疾患」の治療をおこない、そのリスクとなるものを取り除くことが重要です。特に重要なのが高血圧で、放置すれば高確率で寿命を縮めると考えた方がいいでしょう。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ