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2018年10月13日 土曜日

2018年10月 やっぱりおかしい「新潮45」の休刊

 日ごろから、LGBT(個人的にはこの「LGBT」という表現に違和感を覚えていますが、すでに人口に膾炙してしまっているのでここでもLGBTで通します)を”擁護”するようなことをいろんなところで言っている私は、世間から「リベラル」とみられているようです。

 実際には、例えば診察の現場では「LGBTへの(差別でなく)『逆差別』をしない」ことを心がけていますし、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にはLGBTの人たちからのクレーム(注1)もまあまあありますから、特に偏った行動をとっているわけではないのですが、それでも、当事者の人たちから「これまでどれだけひどいことを医療者から言われてきたか……」といった話をされると、ついつい感情移入をしそうになることがあるのも事実です。そもそも逆差別をしないことを心がけている時点で、どこかで自分がLGBTの人たちの力になりたい、と考えてしまっているのかもしれません。

 そんな私が「新潮45」8月号の杉田水脈氏の記事を読んだときどう思ったかというと、「これはバッシングされるだろう」とは感じましたが、腸(はらわた)が煮えくり返るほどの怒りは感じませんでした。杉田氏のような意見は私にとっては不快ではありましたがこのようなことを表現できる「場」はあってもいいと思ったからです。議論になった「生産性」という言葉も、杉田氏は「生殖性」の意味で使っているのであり、言葉尻を捕らえて、「『生殖性』という言葉を知らないのか」、という意見もあったようですが、これは誰かがどこかで反論していたように、社会学や経済学では医療者の用いる「生殖性」を「生産性」と表現することがあります。そもそも、米国ではLGBTの方がストレートの人たちよりも年収が高いことを示したデータもありますし(注2)、アップル社のCEO(最高経営責任者)のティム・クック氏がゲイをカムアウトしていることからも、杉田氏が「(経済指標としての)生産性がLGBTにはない」と言っていないのは自明です。

 では、日ごろからLGBTに肩入れしたくなる私が「新潮45」10月号の「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」を読んでどう思ったかというと、確かに小川氏の「痴漢とLGBTを同列で論じた主張」は、瞬間的に反論したくなりましたが、最後まで読めないというものではありませんでした。「そういう意見を堂々と主張する人もいるんだ…」と(決して馬鹿にした意味ではなく)思い、これを掲載した「新潮45」の勇気はすごいことかもしれない、と感じました。

 痴漢と性志向を同列で論じてはいけませんが、痴漢もしたくてしているわけではなく、例えば買い物依存やギャンブル依存と同じような心理メカニズムが働いているという考えもあります。また、性志向も、自ら選択したわけではなく、生まれたときから決定づけられている場合もよくあります。ストレートの人たちも「性志向が異性」ということを自らの意思で”選択”したわけではなく、気づいたら異性を求めたくなった、というのが事実でしょう。そういう意味で、(依存症としての)痴漢も性志向も「理性や教育で変わる(治る)ものではない」という共通点があります。

 10月号を読んだときの私の率直な感想は、「これは興味深い展開になってきた。次はLGBTの当事者と杉田氏、小川氏を交えた討論会が見たい!!」でした。ところが、世間からのバッシングを受けて取った編集長の決断が「休刊」だとは…。私は大きなショックを受けました。また、知識人のコメントも残念なものが多数ありました。新潮社に原稿を書かないと断言した作家もいるようですが、ここでは林真理子氏を取り上げます。

 私は「週刊文春」の林氏のコラムを楽しみにしています。たいていは、氏のユニークな視点に「なるほど…」と感銘を受けるのですが(最近は「金持ち自慢・セレブ自慢」のようなちょっとイヤミなときもありますが…)、今回(2018年10月11日号)は非常に残念というか、あの林真理子さんがこんなこと言うの?!、と驚きました。「当初は品のいいオピニオン雑誌であった「新潮45」であるが、…」と酷評しているのです。「当初は品のいい」は、裏返せば「現在は品がよくない」と言っているわけです。まだあります。一部を抜粋してみましょう。

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しかも、「新潮45」は、いつからこんなB級の執筆者ばかりになたのかとがっかりである。あの特集で知っていたのは八幡和郎さんぐらい。(中略)あの特集は、慣れないことをして急いで寄せ集めの仕事をしたという感がある。
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 いくら林真理子氏だからといって「こんなB級の執筆者」という表現は許されるのでしょうか。表現の自由はありますが、林氏クラスになればもっと粋な表現をすべきではないでしょうか。それに「(八幡和郎さん以外は)知らない」と断言されていることにも驚きました。この特集は藤岡信勝氏も寄稿されています。林氏は本当に藤岡氏の名前を知らないのでしょうか。右寄りの思想に縁がない私でさえ氏が「新しい歴史教科書をつくる会」の理事であることは知っています。また、やはりこの特集でコラムを書いたKAZUYA氏についても林氏は知らないのでしょうか。KAZUYA氏はいまや週刊新潮に連載をもつ著名なユーチューバーです。もしもこういった人たちのことを知らなかったとしても、日ごろ接している編集の人に聞けばどのような人達なのかをすぐに教えてもらえるはずです。本当に知らなかったとしても「知らない」と堂々と宣言することに私は違和感を覚えます。

 ちなみに「新潮45」のこの特集(「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」)に寄稿された文章で私が最も興味深く読んだのは、「かずと」というLGBT当事者の人が書いた「騒動の火付け役『尾辻かな子』の欺瞞」です。この人のことは失礼ながら私も知らなかったのですが、当事者であることもあり、他の執筆者より群を抜いて説得力がありました。林氏にとっては「知らないで当然のB級の執筆者」なのでしょうが、それほど有名でない人の文章を掲載することの何が問題なのでしょう。

 改めて言うべきことでもありませんが「新潮45」は右寄りの思想を持った人だけが読む雑誌ではありません。確かに特集記事が右寄りのことが多いのは事実ですが、全体ではとても興味深く優れた文章がいくつも掲載されています。例を挙げるときりがありませんが、ここ数年では、石井光太氏、水谷竹秀氏の取材記事は私にとって抜群に面白かったですし、医師の里見清一氏の連載コラム、被差別部落出身をカムアウトした上原善広氏がその被差別部落のことを書いた小説など読み応えのあるものが多数ありました。

 休刊になるということは現在連載中のコラムも読めなくなってしまいます。古市憲寿氏の「ニッポン全史」は面白くて何度も読み返してしまいますし、伝説の麻薬Gメンこと瀬戸晴海氏の「マトリ」は毎回ハラハラしながら没頭してしまいます。適菜収氏、福田和也氏の連載も私にとっては月に一度の楽しみです。それにこれからますます面白くなるだろうと思われた鹿島茂氏の「日本史・家族人類学的ニホン考」は10月号が新連載だったのです。今月(11月号)からこれらが一切読めなくなるわけで、この点について新潮社はどのように考えているのでしょう。

 今回の件でコメントを出した知識人のなかで私が最も共感できたのは中村うさぎ氏です。中村氏は自身の夫がゲイですから、ある意味では当事者と言えなくもありません(参考:マンスリーレポート2014年5月号「「真実の愛」が生まれるとき」)。氏は自身のメルマガで次のように述べています。

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たしかにあの原稿は批判を浴びて当然だと思ったが、そういう意見の持ち主もこの世に確実に存在するのだということを世間に知らしめ、議論を喚起するのも、ジャーナリズムのひとつの使命ではないかと私は思う。こういう言論を片っ端から封じていったら、この世にLGBTに偏見を持つ人はいないのだ、という錯覚を生んでしまい、それはLGBT当事者のためにもならん、という気がする。(中略)しかるに、今回のように掲載誌まで休刊に追い込むのは、「差別をなくす」という観点から見るとまったく逆効果な気がするのである。(中略)(「新潮45は」)物議をかもすのを承知で掲載したのなら、謝罪や休刊なんて処置ではなく、そのスタンスを堂々と表明すべきではなかったか。それがジャーナリズムの誇りというものではないのか。

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 中村うさぎ氏のこの見解に私は全面的に同意します。ポリティカルコネクトネスがはびこり表現の自由が追いやられれば、みんなが無難なことしか言わなくなり、その結果、誰も非難されなくなるかもしれませんが、とても息苦しい社会となり、真の意味で差別は解決しません。LGBTの問題は無知が大きくしていることがよくあります。立場の異なる者がきちんと顔を見合わせ話をし、互いを理解するよう努めれば解決することもあるのです。

 「新潮45」の復活を望みます。復活後第一弾記念企画として「杉田議員を囲むLGBT座談会」はどうでしょう。

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注1:例えば、「自分はゲイだから順番を飛ばされた」(決してそんなことはなく待ち時間も事前に知らせているのに…)と受付に怒りにきたり、「看護師に好奇の目で見られた」というメールを送ってきたり(決してそんなことはないのですが…)、電話予約をしてきた人に「ご本人ですよね」と言うと「トランスジェンダーの何が悪い!」と怒り出したり(そういう意味で言ってるわけではないのですが…)、といったクレームが当院では1~2年に一度あります。

注2:例えば下記の記事を参照ください。

Gay Couples More Educated, Higher-Income Than Heterosexual Couples

Here are some of the demographic and economic characteristics of America’s gay couples

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年10月1日 月曜日

2018年10月1日 細菌が肥満と精神症状の原因、抗菌薬は効くけれど……

 以前、毎日新聞の「医療プレミア」に「抗菌薬を飲むと太る」というコラムを書いたことがあります。家畜に抗菌薬が使われるのは感染症の予防よりも短期間に体重を増やすことを目的とされており(現在これが非難され畜産業界も変わりつつありますが)、動物が太るならヒトも太ると考えるのが理にかなっています。マウスに高脂肪と抗菌薬を同時に与えると体重が急増することを証明した実験もあります。「医療プレミア」ではそのあたりについても解説しました。

 今回紹介したいのは抗菌薬でなく「細菌」が肥満をもたらし、さらに不安や抑うつといった精神症状の原因になるという研究です。医学誌『Molecular Psychiatry』2018年6月18日号(オンライン版)に掲載された論文「Gut microbiota modulate neurobehavior through changes in brain insulin sensitivity and metabolism」にまとめられています。

 論文の著者は米国マサチューセッツ州ハーバード大学医学部で糖尿病の研究をしているRonald Kahn氏。研究チームはマウスに高脂肪食を与え、動物が肥満になったときの行動を観察しました。さらに、高脂肪食で肥満になったマウスは暗い領域でじっとしていることが分かりました。暗いところでじっとしているからといって、これらマウスが不安や抑うつを自覚しているとは断定できません。研究者らは側坐核(nucleus accumbens)と 扁桃体(amygdala)という情動に関連する脳の部位の炎症の程度を調べています。

 また、研究者らは肥満と精神症状をきたしたマウスに抗菌薬を服用させると、脳内のインスリンシグナル伝達を改善しその結果として肥満が解消されること、さらに不安や抑うつ状態を改善させることを示しました。研究に用いられた抗菌薬はメトロニダゾールとバンコマイシンです。

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 この研究を都合のいいように読めば、抗菌薬が肥満と精神状態の改善薬になるような印象を受けかねませんが、研究者らはそう言っているわけではありません。むしろ安易な抗菌薬の使用こそが肥満につながるのは冒頭で述べた通りです。

 日ごろから低脂肪を心がけ、腸内細菌の状態を良くしておき、安易に抗菌薬を用いないことが重要です。

参考:毎日新聞「医療プレミア」2017年4月9日「やせ型腸内細菌を死なせる? 抗菌薬の罪」

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2018年9月28日 金曜日

2018年9月28日 胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!

 つい最近まで「最強の胃薬」とも呼ばれていたPPI(プロトンポンプ阻害薬)が、ここ数年で様々な副作用のリスクが指摘されています。なかでも認知症のリスクになるという意見は大変注目され世界中で物議をかもしています。今回、そのPPIは「認知症のリスクでない」ことを示した大規模調査が報告されました。

 医学誌『Drug Safety』2018年8月27日号(オンライン版)に掲載された論文を紹介します。この研究は英国のデータベースに登録されている記録の解析です。1998年~2015年に新たにアルツハイマー型認知症または(脳梗塞などによる)血管性認知症と診断された65歳以上の41,029例が対象です。

 結果は、長期間PPIを使用した人は使用していない人に比べ、アルツハイマーの発症率は0.88倍、血管性認知症については1.18倍で、これらはいずれも統計学的に有意な差ではありませんでした。

 この研究ではPPIだけでなくH2ブロッカーについても調べられています。H2ブロッカー長期使用者は使用していない人に比べ、アルツハイマーは0.94倍、血管性認知症は0.99倍とやはり差はありません。

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 この研究はいわゆる「後向き研究」ですが、それでも規模が大きいのでそれなりにエビデンスレベルは高いと言えるでしょう。ですが、認知症のリスクが完全に否定されたとまでは言えないと思います。とはいえ、自身の判断で薬を中止するのは危険です。中止を考えたときはまずはかかりつけ医に相談するようにしましょう。

参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

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2018年9月28日 金曜日

2018年9月28日 健常者には低用量アスピリンの効果なし

 これは大きなニュースだと思います。

 低用量アスピリンの有用性は過去何十年間繰り返し指摘されてきました。有用性を実証した研究もたくさんあります。何に対して有効かというと、まず心筋梗塞や脳梗塞といった「心血管疾患の再発予防」です。血液が固まりやすくなったことでこれらが起こったのだから、再発を防ぐために血をサラサラにする効果のあるアスピリンを毎日飲みましょう、というわけです。また、アスピリンには大腸がんを予防する効果があることも随分前から主張されています。心血管疾患とがんの中で高頻度の大腸がんを同時に防ぐことができるならば、低用量アスピリンはまさに「魔法の薬」のようです。しかも、通常量を飲めば頭痛や咽頭痛にも有効なわけですから現代人には欠かせない薬と言えるかもしれません。

 では本当に健常人が飲むことに意味があるのでしょうか。これを検証したのが今回紹介する研究です。研究者はオーストラリアのJohn J. McNeil氏。同国および米国の健康な高齢者を対象として、低用量アスピリンの有益性とリスクを検証する研究をおこないました。結果は、一流の医学誌『The New England Journal of Medicine』2018年9月16日(オンライン版)になんと3つの論文で同時に掲載されています(この医学誌に論文が掲載されること自体が名誉なことであり、それが同時に3本というのは”快挙”と言っていいでしょう)(注1)。

 この研究は「ASPREE」(Aspirin in Reducing Events in the Elderly)と名付けられています。2010~2014年に両国で調査開始時点で心血管疾患を有さない高齢者19,114人 (中央値74歳)をアスピリン100mg/日投与したグループ(9,525人)とプラセボ投与グループ(9,589人)に分け4.7年間(中央値)追跡しています。

 結果をみていきましょう。まず「障害のない生活(Disability-free Survival)」についてです。追跡期間中の死亡、認知症、身体障害の発生率はアスピリン服用グループで21.5/1,000人・年、プラセボグループで21.2/1,000人・年で、両グループに有意差はありませんでした。

 次に「全死亡率(All-Cause Mortality)」をみてみましょう。全死亡率はアスピリン服用グループが12.7/1,000人・年、プラセボが11.1/1,000人・年で、アスピリンのリスクは1.14倍となります。認知症の発生率はそれぞれ6.7/1,000人・年と6.9/1,000人・年。永続的な身体障害の発生率は4.9/1,000人・年と5.8/1,000人・年(同0.85、0.70~1.03)でした。全死亡率の差について、著者は、アスピリングループのがんによる死亡率は3.1%とプラセボの2.3%より高く、アスピリンががんの発生に関与している可能性を指摘しています。

 心血管疾患の発生率はアスピリングループが10.7/1,000人・年、プラセボが11.3/1,000人・年で、これは統計学的に有意差はありませんでした。一方、「重大な出血」の発生率はそれぞれ8.6/1,000人・年、6.2/1,000人・年と、アスピリングループで有意に高かったことが判りました。

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 結論としては、健常者が低用量アスピリンを毎日服用すると、長生きするどころか、(胃潰瘍や腸管出血、あるいは脳出血など)出血性疾患のリスクが上昇し、また従来言われていたことと異なり、がんの発症リスクを上昇させるかもしれない、ということになります。

 くれぐれも自己判断でアスピリンを開始しないようにしましょう。鎮痛剤としても、です。

注1:3つの論文のタイトルは「Effect of Aspirin on Disability-free Survival in the Healthy Elderly」「Effect of Aspirin on All-Cause Mortality in the Healthy Elderly」「Effect of Aspirin on Cardiovascular Events and Bleeding in the Healthy Elderly」、です。

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2018年9月21日 金曜日

第181回(2018年9月) 混乱する肺炎球菌ワクチン

 肺炎球菌ワクチンについていろんな噂や情報が飛び交っています。「2種類のワクチンはどちらがいいの?」「なんで64歳はうてないんだ?」「強い方のワクチンは子供と高齢者はうてるのに成人は未認可とはどういうことだ!」「追加接種をすべきかについて医師によって言うことが違う!」…、などなど。今回はこれらをすっきりとまとめてみましょう。

 まずは、肺炎球菌とはどのような細菌なのかについて簡単にまとめておきましょう。この細菌は、例えばコレラ、赤痢、腸チフスといった高い病原性を持ち健常者をも死に至らしめるようなタイプの細菌ではなく、小児も含めて多くの人が鼻腔や咽頭に持っているものです。人に利益をもたらすわけではなく、これから述べるように時に”殺人細菌”と化すわけですが普段はある意味でヒトと「共生」していると言えるかもしれません。

 肺炎球菌には多数の種類があり現在90以上のサブタイプがあることが分かっています。イメージとしては、このサイトで何度も紹介しているHPVと似ています。細かいことを言えばHPVと肺炎球菌はまったく異なるもので同列で考えるべきではないのですが、「多くのタイプがありその番号によって病原性が違う」のは同じだと思っていいでしょう。肺炎球菌は顕微鏡で観察することができます。「ここにうつっているのが肺炎球菌で間違いない!」と断定することは困難なのですが、グラム陽性(グラム染色で濃い青に染まる)の球菌(丸い菌、ただし私の印象では楕円形に近い)が2つペアになってみえます。これを「グラム陽性双球菌」と呼びます。

 肺炎球菌が牙を向くのは免疫が弱っているときです。どんなときかというと、ひとつは、まだ免疫システムが確立していない時期、つまり小児期です。もうひとつは加齢で免疫が低下する時期、すなわち高齢期です。また、成人であったとしても何らかの理由で免疫力が低下した場合も要注意です。具体的には心臓や肺、肝臓、腎臓などに重症の病気がある人、重症の糖尿病の人、HIV陽性の人などです。交通事故などで脾臓を摘出している人も要注意です。脾臓はあまり目立たない臓器ですが、免疫系に重要な臓器で、脾臓のない人が肺炎球菌に感染すると数日間で命を失うこともあります。また、稀ではありますが生まれつき脾臓がない人もいます。

 日本で肺炎球菌のワクチンが導入されたのは高齢者よりも小児が先でした。2010年に7価肺炎球菌結合型ワクチン(「PCV7」、商品名は「プレベナー7」です)が任意接種として導入されました。肺炎球菌は小児を死に至らしめることもある重要な細菌感染症ですが、小児の細菌感染症にはもうひとつ重要なものがあります。それは「インフルエンザ桿菌(Hib)」(インフルエンザウイルスとはまったく別の病原体。参照:はやりの病気第76回(2009年12月)「インフルエンザ菌とそのワクチン」)です。小児の細菌性髄膜炎の代表的な起炎菌の2つが肺炎球菌とインフルエンザ桿菌です。名前から考えて多そうな「髄膜炎菌」(参照:はやりの病気第145回(2015年9月)「髄膜炎菌による髄膜炎」)は非常に重症化しやすい細菌ですが頻度はこれら2つほど多くありません。また髄膜炎は細菌性よりもウイルス性の方が多く、ムンプス(おたふく風邪)によるものが有名です。

 インフルエンザ桿菌のワクチンが任意接種として導入されたのが2008年で、定期接種となったのが2013年4月です。そしてこのときに肺炎球菌ワクチン(PCV7)も同時に定期接種となりました(ちなみに、この時もうひとつ定期接種になったワクチンがHPVワクチンで、こちらはその2カ月後に「積極的に勧奨しない」とされ接種率が激減しました)。

 先述したように肺炎球菌には90種類以上のサブタイプがあります。そのすべてが病原性を持っているわけではありませんが、できるだけ多くのサブタイプをカバーできるワクチンが望まれます。7つでは心許ない、というわけです。そこで、2013年11月より13価(この「価」というのがサブタイプの数に相当すると考えてOKです)のワクチン(「PCV13」、商品名は「プレベナー13」)が登場し、PCV7と入れ替わりました。こうなるとPCV7を済ませた子供(の保護者)は、「PCV13を打ち直してよ」と思いたくなりますが、これは認められていません(自費でなら可能です)。また、後述するPPSV23を追加接種することも任意でなら可能です。

 先述したように、肺炎球菌は高齢者にとっても脅威の感染症です。ですから高齢者への定期接種も長年望まれていました。そして、2014年、ついに23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(「PPSV23」、商品名は「ニューモバックスNP」)が65歳以上を対象とした定期接種となりました。ただし、定期接種の対象者は65歳以上全員ではなく、その年度に65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳(及び100歳以上)になる人(及び先述した免疫が低下している人で60~64歳の人、ただし脾摘者は2歳以上なら保険診療で接種可能)に限定されています。ややこしいのは、小児は13価、高齢者は23価と同じ病原体に対するワクチンなのに異なるものが定期接種になったことです。

 これら2種のワクチンの違いを解説していきましょう。PCV13(及びPCV7)は「結合型ワクチン」で、PPSV23は「ポリサッカライドワクチン」です。ワクチンについて勉強したことがある人なら「生ワクチン」「不活化ワクチン」という言葉を聞いたことがあると思います。概して言うと「生ワクチン」が強力で「不活化ワクチン」は弱いワクチンと考えてOKです。だから一般に「不活化ワクチン」は3回、4回と回数を増やして打つことが多いのです。「結合型ワクチン」「ポリサッカライドワクチン」はいずれも不活化ワクチンです。これらの違いの説明は専門的になるので省略しますが、結論は「結合型ワクチン」の方が”強力”です。つまり、小児が対象のPCV13の方が、高齢者対象のPPSV23よりも強力なのです。では、なぜ高齢者にはPCV13でなくPPSV23が選ばれたかというと、カバーできる肺炎球菌の種類が多いから、という単純な理由だと思われます。

 高齢者用のPPSV23はカバーできる肺炎球菌の種類が多いが、効果はPCV13より弱い。では「弱い」なら追加のワクチン接種は必要ないのか、という疑問がでてきます。それに、例えば現在66歳の人は70歳まで待たねばならず、その間に感染したらどうするのだ、という問題もあります。後者については、行政の立場からすると「予算を考えるとこれが限界。うちたいなら自費でうちなさい」ということなのかもしれません。

 追加のワクチンについて考えてみましょう。費用のことはさておき、効果を追求するなら、まず初めからPPSV23単独でなく、PCV13も併用した方がいいんじゃないの?という意見がでてきます。たしかに理論的にはその通りで、日本感染症学会と日本呼吸器学会のメンバーから構成される合同委員会はガイドラインを出しています。

 そのガイドラインによると、65歳、70歳、…、などの定期接種該当者は、まずPPSV23を公費で(無料で)接種し、その後1年以上たってからPCV13を任意で接種するか、5年以上経過してからPPSV23をやはり任意で接種するかを推奨しています。66~69歳、71~74歳、…、などの定期接種に該当しない人は、任意でPPSV23を打つ(その後は定期接種者と同じ方法)という方法でもいいし、PPSV23ではなくPCV13を先にうち、6カ月以上たってからPPSV23を任意で打つか4年以内にやってくる定期接種のときに無料で打つかのいずれかを推奨しています。すでにPPSV23を接種している人は、1年以上あけてからPCV13を任意でうつかPPSV23をやはり任意で接種するかが望ましいとしています。これらは2018年までの方法とし、2019年以降は追加接種も定期接種にすべきかを検討します、ということになっています。

 2018年9月10日、第11回厚生科学審議会予防接種基本方針部会という会議が開かれました。結論としては「高齢者に対しPPSV23の再接種を推奨しない。またPCV13を(65歳以上の)定期接種にしない」となりました。つまり、行政としては、これまで通り、65歳、70歳、…、になると定期接種でPPSV23をうってください。追加接種はうちたい人だけどうぞ、と言っているわけです。

 今回の話は非常にややこしいので最後にまとめておきます。これだけややこしいワクチンを理解するのは相当困難だと思います。かかりつけ医に相談するのが最適でしょう。

・肺炎球菌には90種以上のサブタイプがある。
・肺炎球菌ワクチンにはPCV13とPPSV23の2種類がある(注2)。
・PCV13の方が強力。だが13種しかカバーできない。
・PPSV23はパワーは弱いがカバーできるサブタイプの数が多い(23>13)。
・小児の定期接種はPCV13のみ。2カ月から1歳3カ月までの間に4回接種。
・高齢者の定期接種はPPSV23のみ。対象は65歳、70歳、…、100歳以上。
・高齢者の追加接種には様々な方法がある(本文参照)。
・高齢者以外でも60~64歳の免疫が低下している人は定期接種(無料)可能。
・脾臓摘出者は保険診療で接種可能(3割負担で約1,460円。診察代別途要)。
・60歳未満でも免疫が低下している人(本文参照)はワクチンを検討すべき。
・小児へのPPSV23の追加接種は任意でなら可能。
・PCV13が「認可」されているのは2カ月から6歳未満と65歳以上のみ(注1)。
・PPSVは2歳以上なら何歳でも任意接種可能。

注1:2020年5月29日より、小児・高齢者に限らずリスクのある全年齢が対象となりました
注2:2022年9月26日、15価の結合型ワクチン「バクニュバンス」が承認されました
注3:2024年10月1日、20価の結合型ワクチン「プレベナー20」が発売されました

 

 

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2018年9月10日 月曜日

2018年9月 人生を逆算するということ

 12年近く続いた「午前10時から診察開始」いう習慣が「11時から」に変わって10日ほど経過しました。幸いなことに、今のところ患者さんには理解をしてもらっていて特に大きなトラブルもなく診察ができています。前回のコラムで述べたように、私の出勤時間はこれまで通り6時45分とし、電話を取り始める午前8時までを自分の貴重な勉強時間として使っています。

 これまでは生活にまったく余裕がなく、勉強時間が捻出できないのが悩みでしたが、これからは貴重な1時間を使ってたくさんの論文を読んで(たまには書いて)有意義に過ごすつもりです。

 改めて「時間の使い方」を考えてみると、限られた残りの人生の時間をどう使うべきかという問題に直面します。診療に費やせる時間は、仮にあと10年間がんばれたとすると、だいたい月に20日診療をしていて1日平均患者数が70人とした場合、1カ月で1,400人、1年で16,800人、10年で168,000人となります。こう考えるとものすごく多いような気もしますが1年たてば1割減るわけです。月並みな言い方になりますが、一日一日を大切にし、一人一人の患者さんをじっくり診察しなければ、という気持ちになります。

 このように私は以前から、「この環境はあと〇年(△ヶ月)しか続かない。”卒業”までにしなければならないことがすべてできるか」と自分に問う「習慣」があります。この習慣は「自分を律する」という意味でとても有効なものだと思っています。そこで今回は(「余計なお世話だ」と感じる人もいるかもしれませんが)私のこの習慣を紹介します。

 ただし、最初に断っておくと、「自分を律する」を常に実践しているつもりですが、私の人生は計画通りに進んでいません。そして、50歳の誕生日を迎える前に気付いたひとつの「真実」があります。それは、「人生は思い通りにはいかない」ということです。

 人生は自分の思うようにはならずたいていは冷たいものです。そして、計画通りに事は運びません。私の人生など思い通りに進んだ試しがありません。職業にしても、過去に何度か述べたように自分が医師になるなどとは微塵も思っていませんでした。私が医師を真剣に目指しだしたのは医学部の4回生になってからです。そして、医師になった今も、この職業でよかったのか、自分に向いているのか、といったことに答えが出ていません。

 しかしながら、かといって「成り行きまかせだけの人生」には私は反対です。なぜなら、これは私見ですが「生涯を通して努力を続けなければならない」と考えているからです。「努力」というのは常にしんどさが伴います。ですが、たいていはその努力を終えた後は「やって良かった」と毎回感じるわけで、「初めから努力しなければよかった」と思うことはほとんどありません。これはその努力が結果につながらなかったときも、です。

 分かりやすい例をあげましょう。例えばあなたが「1年間勉強して医学部合格を目指す」と考えたとしましょう。その場合、基礎学力にもよりますが、医学部受験にはそれなりの努力が必要になります。そして1年間努力を続け、その結果、不合格だったとして、この努力はムダになるでしょうか。それは、努力と結果の程度によります。もしもあと一歩のところで合格に及ばず、そして翌年に合格したとすれば、もちろん(1年目の)その努力に価値があったわけです。

 では、努力したものの合格点には到底及ばず夢を諦めざるをえなくなった場合はどのように考えればいいのでしょう。この場合は、「その努力が充分であったかどうか、つまり精一杯努力したかどうか」を考えます。もしも「充分」であったなら、まず自分の実力を自分自身が客観的に評価できたという意味でやはり価値はあったのです。「努力しても到達できないことがはっきりした」ことを認識するのに意味があります。

 私自身も、過去に述べたことがあるように、研究者にはセンスも能力もないことを自覚してやめましたし、フランス語(以下仏語)にも挫折しました。私は医学の研究がしたくて医学部に入学し一生懸命に本や論文を読み、医学部のカリキュラムにある実験も積極的に取り組みました。ですが、あるときに「自分には無理」と納得せざるを得ませんでした。仏語にしても、医学部1回生のときに私が最も時間をかけて勉強した科目なのです。そして、あるとき「No Way!」(仏語ではなく英語で)と一人で大声をだして匙を投げました。医学の研究も仏語も、あっさりと諦められたのはなぜか。それはそれまで「精一杯努力をしていたから」です。もしも私の努力が中途半端なら、もっとやればできるかも……、といった甘い期待を捨てきれなかったかもしれません。

 では、努力は具体的にどのようなことをすればいいのでしょうか。これを考える上でのキーポイントが「逆算」です。今の例でいえば、私は「研究」については、医学部4回生のときまでに基礎の基礎をマスターすることを考えました。ですが、いつまでたっても劣等生のままであることに気づき「期限切れ」であることを認めました。仏語についてはほぼ1年間必死でおこないましたが、英語で言えば中1の二学期レベルくらいのあたりから伸びませんでした。私の目標は「1年で簡単な仏語の本を読む」でしたから、これでは人生500年あっても足りない、と考えて諦めました。

 逆算の「究極のかたち」は何でしょうか。それは「自分が死ぬ時からの逆算」です。そしてこのことに私が気づいた、というか教えてもらったのは、このサイトでも何度か紹介した『7つの習慣』です。同書の「第2の習慣」が書かれている章の冒頭に、自分が愛する人の葬式に行くと死んでいたのは自分自身だった、という逸話が紹介されています。これは、自分の葬式にはどんな人に来てほしいか、どんな言葉を述べてほしいかを常日頃から考える習慣を身につけなさい、というエピソードです。これを実践すると、では向こう30年間で誰とどのような時間を過ごし、どのような努力をすべきなのかをイメージすることができます。それができれば、10年後、5年後、3年後、1年後、1カ月後…、そして今日中にすべきこと、がイメージできるようになります。

 どのような葬式にするかは別にして、あなたが死んだときにあなたとの思い出をなつかしんでくれる人や、あなたが努力してきたことを認めてくれる人、さらにあなたに感謝の言葉をかけてくれるような人がいれば、あなたの人生は幸せだったと言えるのではないでしょうか。

 自身の最期までにすべきことは? 30年後に達成していたいことは? 1年後は?……、と考えれば自ずと重要なことがみえてきます。それは「時間をムダにしてはいけない」ということです。若い頃なら少々ムダな時を過ごしてもいいでしょうが、年齢を重ねるにつれて時間はとても貴重なものになってきます。年をとるほど時間がたつのを早く感じるのは万人共通でしょう。

 ただ、この「究極の人生の逆算」にはひとつ問題があります。それば「自分がいつ死ぬかが分からない」ということです。人生はいつも計画どおりに進まないのです。いつ寿命が尽きるのか、そして死因は何なのかが分かれば計画が立てやすいのに……、という考えても仕方のないことに私は今も思いを巡らすことがあるのですが結論はいつも同じです。それは「明日死ぬかもしれない。それでも後悔のない生き方をするにはどうすればいいのか。それは今日という一日をムダにしないことだ」というものです。

 こういったことを考えながら、私は毎朝7時からの1時間、勉強に勤しんでいるというわけです。

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2018年8月27日 月曜日

第146回(2018年8月)タイの医療機関を受診~ワクチン・HIVのPEPを中心に~

 GINAのウェブサイトをみて、「タイではどこの病院に行けばいいですか」という問い合わせをしてくる人が大勢います。受診理由として最も多いのが「HIVのPEPはどこで受けられますか」というものです。また、HIV陽性の人から、「タイでHIVの治療を受けるならどこがお勧めですか」、という質問もときどき届きます。

 HIV関連以外では、「タイで病気や怪我をしたときにお勧めの病院はありますか」、というものはよくあります。最近は、「タイでワクチンをうつと日本とは比較にならないほど安いって聞いたんですけど……」という問い合わせも増えています。

 そこで今回は、タイで医療機関を受診するならどこがいいのかについて目的別に紹介していきたいと思います。まず、総論として次のポイントを押さえておきましょう。

・タイの社会保険を持っていないなら基本的には自費診療。突然の病気や怪我の場合は海外旅行保険が使えることが多い。

・タイで働いている人は(working permitを取得していれば)社会保険が使える。ただし、受診先は勤務先が指定する場合が多く、指定病院は(ときに設備が充分でない)公立病院となる。そういった病院では、日本語は通じず、医師以外の医療者は英語ができないこともある。

・「豪華な病院」にはたいてい日本語の通訳がいる。費用は高く救急車を呼べば数万円のことも。海外旅行保険が使えることが多いが、保険会社が認めなければ救急車の費用などは適用されないこともある。

・クリニックはたいてい自費診療。ただし日本と異なり病院とは費用に差があり、一般に病院よりも安い。タイ語ができれば問題なく受診できる。英語だけでも医師との対話はまずOK。

・夜間などクリニックが開いていない時間帯で「豪華な病院」を避けたい時は、タイ人が利用する公立病院受診を検討すればよい。クリニックと同様、タイ語ができれば問題なし。英語だけでも医師との対話はOK。

 だいたいこんなところです。ではバンコクの情報をお伝えします。チェンマイは後半に記します。今回は他の地域の情報はありません。

〇突然の病気や怪我が起こったとき

 バンコク近郊にいるときに「軽症」なら次の2つのクリニックは検討してもいいでしょう。日本人御用達のクリニックで日本語の通訳が常駐しています。下記URLも日本語です。

DYM+ Clinic
BLEZ Clinic

 「重症」の場合や上記クリニックが閉まっている時間であれば下記の3つのいずれかの「豪華な病院」が適しています。いずれも日本語の通訳がいます。下記URLも日本語です。

Bumrungrad International Hospital 
Samitivej Hospital
Bangkok Hospital 

〇HIVのPEP/PrEPを希望するとき 

 最もお勧めなのはタイ赤十字が運営する「Anonymous Clinic」http://en.trcarc.org/?page_id=632。タイではPEPは日本とは異なった使い方をします。(参照:Thailand National Guidelines on HIV/AIDS Treatment and Prevention 2017)

#1 テノホビルジソプロキシルフマル酸塩(Tenofovir disoproxil fumarate)300mg + エムトリシタビン(emtricitabine)200mg(ツルバダ)
#2 リルピビリン(Rilpivirine)25mg 
#3 ラルテグラビル(Raltegravir)400mg(アイセントレス)

 日本では#1を1日1錠と#3を1日2錠飲み、1日あたり約10,000円もかかります。タイの標準的な飲み方は#1と#2を1日1錠ずつです。費用はAnonymous Clinicを利用した場合、#1は一番安いジェネリック薬品を用いればなんと1錠12.25バーツ(約37円)、#2は1錠6.25バーツ(約19円)(いずれも2018年8月現在)です。合計で1日あたり18.75バーツ(60円未満)、なんと日本の170分の1の値段です。

1日あたり60円なら、日本で感染の機会があったとしても翌日にLCCなどを利用してバンコクに渡航する価値が充分にあるでしょう。ちなみに、タイのLCCノックスクートは10月30日から関空→バンコクを飛ばしますが、セール価格は8,900円です。

タイで日本と同様#1と#3の組み合わせにするのは、感染したかもしれないウイルスが耐性ウイルスである可能性を考えたときです。#3はタイでも高価ですが、それでもAnonymous Clinicでは1錠128バーツ(2018年8月現在)です。これを1日2錠のみますから、1日あたりのPEPは#1の12.25バーツ+#3の128×2(=256バーツ)で合計268.25バーツ(約810円)となります。

 PrEPは日本でもタイでも#1を1日1錠が基本です。日本では一月あたり10万円以上かかりますがタイではわずか1,200円程度です。

 当然のことながら治療を受けるときも日本とは比較にならないくらい安くつきます。薬の組み合わせによっては日本で3割負担の治療を受けるよりもはるかに安くなるというわけです(もっとも、日本では所得にもよりますが厚生医療の適応になりますから本人負担はさほど高くありません)。

 タイではHIVは日本よりもはるかに感染者が多くコモン・ディジーズとなっていますから、基本的に多くの病院/クリニックで治療が受けられます。GINAが調べた範囲ではAnonymous Clinicが最も安い費用で提供しています。

〇ワクチンを接種するとき

 ワクチンは次の2つのいずれかがおそらくタイで最も安いでしょう。ただし双方とも日本語は通じません。タイ語か英語がある程度できなければ受診は困難でしょう。

Thai Travel Clinic
  マヒドン大学の熱帯医学病院の中にあります。ワクチンのプライスリストはウェブサイトで閲覧できます。

・タイ赤十字のImmunization and Travel Clinic 
  先述のAnonymous Clinicと同じ敷地にあります。このクリニックのすぐ隣には「ヘビ園(snake farm)」があり観光名所となっています。ワクチンのプライスリストは公開されておらずクリニック内に掲示されているだけです。

 例えば狂犬病ワクチンは日本では1本15,000円ほどしますが、上記クリニックではいずれも1,100円ほどです。麻疹・風疹混合ワクチンは日本では10,000円以上しますが(さらにすぐに在庫切れになる)、上記クリニックではMMR(麻疹・風疹・おたふく)ワクチンが600円ほどです。

〇チェンマイの医療機関

 クリニックについては情報不足でよくわかりません。基本的にはタイ語か英語ができないと受診は困難です。メサドン療法(麻薬依存症の治療)を実施しているクリニックもあります。

 日本人が受診しやすいのは次の5つの病院です。

Chiangmai Ram Hospital
トータルでみれば一番お勧めです。救急車は無料ですし日本人スタッフが丁寧に対応してくれます。

Rajavej Chiangmai Hospital 
タイで働いている人なら社会保険も使えることがあるそうです(受診前に確認してください)。日本語の通訳がいます。

Lanna Hospital  
Rajavej Chiangmai Hospitalと同様、社会保険が使えることがあるそうです(やはり受診前に確認してください)。日本語の通訳がいます。

Bangkok Hospital Chiang Mai
費用が元も高いと言われています。救急車要請は数万円かかることもあるようです。日本語の通訳がいます。

McCormick Hospital
これら5つの病院で最も費用が安いと言われています。ただし日本語の通訳はいませんから、タイ語か英語での診察となります。

 その他下記の病院があります。いずれも旅行者向けではありません。

Nakornping Hospital 
国立病院です。

Maharaj Nakorn Chiang Mai Hospital
通称Suandok(スワンドーク) Hospital。チェンマイ大学医学部附属病院で国立です。

Chiang Mai Neurological Hospital 
神経疾患の専門病院でチェンマイ市立病院です。

〇最後に

 上記情報はいずれも2018年8月現在のものです。受診前には直接医療機関に問い合わせられることを勧めます。医師と患者には”相性”がありますが、タイの医療機関を受診した人たちの話によると通訳との相性も重要のようです。「あそこの病院は通訳がイヤだから二度と行きたくない」という声も何度も聞きました。個人的には、タイが好きな人やタイに繰り返し渡航する人はタイ語か英語を勉強して通訳なしで受診することを勧めます。

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2018年8月20日 月曜日

第180回(2018年8月) 月経に対する考え方のコペルニクス的転回

 男女は社会的には平等であらねばならないわけですが、生物学的・医学的には「同じ」ではありません。我々医療者は常にその「差」や「違い」を考えて診察をおこないます。妊娠の可能性があれば放射線の曝露を避けねばならない、奇形のリスクがある薬を避けなければならない、などは分かりやすい例だと思います。

 では、妊娠・出産・授乳などだけを問診で確認すればいいかというとそういうわけではなく、そもそも妊娠に気付いていない女性は少なくありません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でも、「妊娠は絶対にありません」と主張するものの実際は妊娠していた、というケースがありました。我々医師は医学生の頃に「女性をみれば妊娠を疑え」と習います。この言葉は、解釈の仕方によっては「避妊の管理くらいきちんとできています」という女性には失礼でしょうし、そもそもまったく性行為がない、あるいはパートナーが同姓という場合には失礼を通り越した無礼な考えだと思います。ですが、もしも妊娠の可能性があれば医療行為が大変な事態を引き起こすことになりかねませんから我々はかなり慎重にならざるを得ないのです。

 もうひとつ、妊娠以外に、というよりも”妊娠していないからこそ”考えなければならないのが「月経との関連」です。多くの疾患や症状において、月経時あるいは月経前に悪化する、あるいは改善するものがあります。男性の場合(ストレートだけでなくゲイであったとしても)は、こういったことを考える必要がありませんからある意味でラクです(ただしホルモン剤を使用しているトランスジェンダーの場合は別の視点から考える必要があります)。

 月経に関連する症状や疾患として、まず(当たり前ですが)月経痛や月経過多(月経血が増える)があります。子宮筋腫があればこれらの症状は悪化します。子宮内膜症も同様です。

 PMS(月経前緊張症候群)という病名は随分と人口に膾炙してきました。月経前に、イライラ、不安感、抑うつ感、不眠、集中できない、涙もろくなる、などいろんな精神症状が出現します。身体の症状も伴うことがあります。例えば、むくみ、おなかのはり、頭痛、めまい、腰痛、便秘や下痢、動悸、発汗、乳房痛や乳房のはり、などです。

 ニキビも月経周期に関連することが非常に多いと言えます。月経前に悪化し月経が始まると改善するというパターンが一番多くて、これは黄体期(排卵から月経までの期間)に分泌される黄体ホルモン(プロゲステロン)が皮脂の分泌を促すことが一因です。通常のニキビの治療をおこなってもどうしても月経前だけは悪化するという人は少なくありません。

 谷口医院は「どのような症状でも相談してください」と12年間言い続けています。他の医療機関では診断がつかず、いわゆるドクターショッピングを繰り返している人も大勢います。めまい、腹痛、動悸などで長年苦しんでいる人が受診した場合、男性であれば最も多いのが自律神経のバランスが乱れて諸症状が出現しているケース、次に多いのがうつ病など精神疾患に伴って症状が現れているケースです。もちろん、女性の場合もこういったことが原因である場合は多いのですが、月経に関連しているかどうかを必ず確認しなければなりません。

 月経に伴い症状が出現するなら女性ホルモンが関連しているだろうから避妊用のピルを用いてホルモン量を適切にコントロールすればいいのでは、という考えが当然でてきます。実際、一部の女性には以前から月経に関連する症状や疾患の改善目的で避妊用ピルが使われてきました。そして、子宮内膜症がある場合に限り保険適用になる「ルナベル」という薬が2008年に発売され、2010年には超低用量ピル「ヤーズ」が登場し、こちらは内膜症のみならず「月経困難症」があれば保険で処方できることになり、これで一気に使用者が増えました(ただし、発売直後に重篤な副作用の報告が相次ぎ慎重になる声もありました(注1))。

 月経困難症というのは月経痛や月経過多を含む月経に関する諸症状のことを言いますから、軽症であっても何らかの症状があれば保険でピルが使用できる可能性がぐっと高まったのです。さらに「ルナベルULD」という超低用量ピルも2013年に登場し、低用量ピルのルナベルは2013年より「ルナベルLD」と名前を変え、内膜症のみならず月経困難症にも保険で処方できるようになりました。また、ルナベルLDの後発品「フリウェル」が登場、費用は3割負担で1000円を切るようになりました。尚、避妊目的の自費のピルと区別するために、最近は自費のものを「OC」(oral contraception)とし、月経困難症などに治療目的で保険処方できるものを「LEP」(Low dose estrogen-progestin)と呼ぶようになってきています。

 そして、さらに大きな展開がありました。2017年4月、上述のヤーズが「ヤーズフレックス」と名前を変えて発売となりました。ヤーズフレックスの成分はヤーズとまったく同じです。1錠あたりの値段は少し安くなっていますが基本的には「まったく同じ」です。では何が違うのか。ヤーズは毎月一度出血を起こすように説明されているのに対し、ヤーズフレックスは休薬せずに続けて飲んでもOK、とされたのです。最長120日まで連続してもいいですよ、ということになったわけで、この飲み方をすればこれまで毎月来ていた(来させていた)月経が年に3回だけになるのです。

 ということは、毎月経験していた「苦しみ」も年に3回だけになります。これはありがたいことですが、そんな”自然に反したこと”をしてもいいのでしょうか。

 まさにこの点がヤーズフレックスの「ポイント」です。実は以前から、月経が毎月起こるのが正常なのかはずっと議論されてきました。たしかに、少子化などと言われるようになったのはせいぜい過去数十年の話であり、それまでは生涯に4~5人、あるいはそれ以上出産する女性も珍しくなかったわけです。そして、妊娠中と授乳中(の一定期間)は月経がとまったままです。ということは、妊娠10か月及び出産後3か月は無月経だったとして、それが5回あったとすると少なくとも65か月間は無月経ということになり、現代に比べて平均寿命が短かったことや栄養状態がよくなかったことなどを考えれば、さらに月経の回数が少なかったことが予想されます。

 ということは、現代のように少子化、あるいは生涯まったく子供を産まなくなった時代、10代半ばに始まった月経が50歳前後まで毎月続くとなると、こちらの方がずっと”不自然”、少なくともこれまでの人類の歴史上なかったことを経験しているということになります。実際、子宮内膜症や月経困難症が過去数十年で急増している理由が「月経の回数が増えたからではないか」と言われています。

 谷口医院は例によって発売直後の薬は慎重に進めます。ヤーズフレックスはヤーズと同じものですが、連続服用の日本でのデータが多くないために積極的に勧めていませんでした。ですが、発売1年以上経過し、全国的に使用者が増え、大きな副作用の報告もないことから、必要と思われる患者さんには説明し処方を開始しています。今のところ際立った副作用はありません。ただ、いきなり120日間連続服用するのではなく、最初は2か月くらいで休薬して出血を来させる方法を選択する人が多いようです。また、ヤーズフレックスに替えてから月経予定日を自由自在に決められるのがありがたいという声は多く寄せられています。

 おそらく今後も、「月経は毎月こさせるのではなく自分自身で調節する」ことを選択する女性は増えていくでしょう。

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注1:医療ニュース2013年10月28日「超低用量ピルでの2人目の死亡例」

参考:はやりの病気第87回(2010年11月)「超低用量ピルの登場」

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2018年8月6日 月曜日

2018年8月 診察時間の変更と私の「終活」

 20代30代の若いうちは、本当はそうでなくても「体力だけは自信があります!」と宣言してしまうのも、「己の身体で生きていく」を実践していく上でのひとつの方法だということを先月のコラムで述べました。

 もうすぐ50歳の誕生日をむかえる今の私の立場からみても、若いうちは「体力」を武器にすべきだという考えは変わりません。そして、そのことを裏返してみると「老いれば体力は落ちる」という当たり前の事実です。

 来月(2018年9月)から太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の診察開始時刻を1時間遅らせて午前11時からとさせていただきます。「ただでさえ予約が入りにくいのに!」とお叱りの声もあると思いますが、過去数カ月間いろんな観点から熟考した上での結論です。

 なぜ診察開始時刻を遅らせるのか。最大の原因は私の体力の問題です。2007年にオープンしてから今までの間、私のスケジュールは、7時前にクリニック到着 → 7時から10時前:前日のカルテ記載およびメール相談の返答 → 10時から13時半頃:午前の診察 → 13時半から16時半:昼食、昼寝、午前診察のカルテ記載、論文や医学誌、教科書などの抄読 → 16時30分から21時30頃まで:午後の診察 → その後帰宅・就寝 → 翌朝4時45分起床、という感じです。

 数か月前まではこのスケジュールが自分に合っていたようで、睡眠時間は夜間の5時間と昼寝15分くらいでちょうどよかったのですが、最近これでは身体がもたなくなり、ついつい昼寝の時間が1時間を超えてしまう日が相次ぐようになってしまいました。しかも、昼寝タイムの後半は、熟睡しているわけではなく「起き上がって論文を読まなければ…」という気持ちがあるけど身体が動かない…、という状態で目覚めもよくありません。

 ではどうすべきなのか。最終的に出した結論が、論文などの抄読を朝の診察前に持ってきて昼休みは1時間弱くらい眠る、というものです。起床時間を遅らせるという方法も考えたのですが、私の場合長年4時45分に起きるという習慣が根付いていますし、朝は朝でやることが多くここは変えられないという結論になりました。週に4回ほどジョギングをしていて、これは5時台に走るから交通量が少なく走りやすいのであって、1時間遅らせば一気に走りにくくなります。

 ただ、自分の都合で診察開始時刻を遅らせて患者さんの不利益になることは極力避けなければなりません。そこで、午前の診察の終わりを30分ずらして14時までとすることにしました。そして予約枠を少し増やすことにしました。また、最も予約が埋まりやすい土曜日はこれまで通り午前10時から開始のままにします。こうすることで、時間変更後予約が取りにくくなったという声を最小限に抑えられるのではないかと考えています。

 予約枠を増やしたなら診察時間が短くなるのでは?、という声もあるでしょうが、案外そうでもないのでは、と考えています。というのは、最近、具体的には2~3年前から極端に時間のかかる患者さんが減ってきているからです。以前は初診なら30分以上かかるような人も日に1~2名いて、待ち時間が大幅に遅れることもあったのですが、最近こういう症例は稀です。その理由はいくつか考えられますが、おそらく最大の理由が「景気が良くなったから」ではないかというのが私の分析です。

 谷口医院は「精神科」を標榜していませんが、心の不調を訴えて受診する人がオープン以来たくさんいました。しかし最近、こういった人たちが激減しています。その理由として考えられるのが、そういった人たちが仕事を得ることができて元気になった、ということです。実際、過去にも述べたように「どんな抗うつ薬も僕には効きません。きちんと給料の出る仕事が得られればうつ病は治るんです」と診察室で主張した患者さんも何人かいました。さらに、仕事をしているということは受診するにしても、仕事が終わってから、つまり午後6時以降の受診となります。谷口医院は午前は予約制、午後は「受診された順」です。仕事がなければ午前に受診する時間がありますから、以前はそういった人達が午前の予約枠を利用していたのです。

 もちろん午前のひとりあたりの診察時間が減った理由がこれだけですべて説明できるわけではありませんが、平均診察時間が減少しているのは間違いありません。こう言うと、なんだか開始時刻を遅らせることへの「言い訳」に聞こえるような気がしますし、そもそも、「谷口医院の近くで11時から仕事が始まる。だからいつも10時に予約していたのに」という患者さんにはお詫びするしかありません。ですが、予約表上の予約枠数はほぼ変わっていないのでなんとかやっていけるのではないかと考えています。

 ところで、私は今年50歳になりますから、当然と言えば当然ですが「若く」ありません。年を取ることに抗っているわけではありませんし、いわゆる「アンチエイジング」というものにも興味がありませんが、最近あるメディアの人から「若手のために文章を書いてください」と言われて心臓が止まりそうになりました。というのは、「えっ、僕が”若手”じゃなかったの?」とまず思ったからです。

 私は別の大学と会社員を経て医学部に入学しましたから、現役で医学部に入った同級生より9歳年上です。といっても、研修医のときに30代前半ですからまだまだ「若僧」です。研修医のときもそれ以降も私は、時間さえあれば(お金は借りてでも)いろんな学会や講演会に参加していました。ちなみに今も学会参加は私の「趣味」のようなものです。学会の種類にもよりますが、たいてい参加者の平均年齢は私よりずっと上です。いい質問(かどうかは分かりませんが)をすると、年配の先生方から「君のような”若い”医師にがんばってもらいたい」という言葉をかけてもらえるわけです。また、私自身、教科書や論文の読み方、つまり勉強の仕方は研修医の頃と何ら変わっていませんから、無意識的に今も研修医(つまり若い医師)のつもりでいたのです。

 「若手のために書いてください」と言われて驚いた私が次に感じたことは、「よし、やってやろう!」ということです。このサイトでも伝えたように、私自身、数年前から「新しいことを学びたい」という気持ちを維持している一方で、「学んだことを若手に伝えていかなければ…」という思いがだんだんと強くなってきています。

 当院に来る研修医にはそれを伝えていますが、もっと広く伝えられないか、と思案していたというわけです。「若手のために…」と言ってくれたメディアの人は『日経メディカル』の編集者です。そういう経緯があって、先月(2018年7月)末から、「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」というタイトルで私の連載が始まりました。GPとはgeneral practitionerの略で「総合診療医」という意味です。ただ、このサイトは医療者限定のものですから、一般の方は読むことができません。ちなみに、私がウィークリーで連載を担当している毎日新聞の「医療プレミア」は、2018年3月までは月に5本まで無料で読めましたが、4月以降は1日読み放題100円コースに申し込むか、月の契約をしなければ閲覧できなくなってしまいました。

 私は以前から50歳になったときにそれまでの人生を「総括」しようと思っていたのですが、どうやらそのタイミングが前倒しで来てしまったようです。体力の低下を自覚し、診察開始時刻を遅らせ、医療への取り組みは「勉強」から「伝授」に少しずつシフトしてきています。患者さんを診察できるだけの体力と知力を維持できる期間はあと10年くらいでしょうか。それとも20年くらいは頑張れるでしょうか。

 私の「終活」が今、始まっているような気がします。

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2018年8月6日 月曜日

2018年8月6日 アボット社の「FreeStyleリブレ」は普及するか

 歴史に残る画期的な家庭用医療機器になるだろう…。

 これは、2017年1月、アボット社の「FreeStyleリブレ」(以下「リブレ」)が発売されたときの私の最初の印象でした。なにしろ、針を刺すことなく身体にパッチを貼るだけで血糖値が24時間モニタできるのです。今までのように一日に何度も針を刺して血を出して測定する必要がありません。

 しかも保険適用があると言います。ならば普及するに違いない…、と考えたいところですが、私はそうはならないと思いました。その理由はふたつあります。

 ひとつは、保険適用があるといっても、保険点数が(なぜか)異常に低く設定されており、医師が患者さんに勧めると(まず間違いなく)患者さんは喜ぶでしょうが、医療機関側が赤字になるということです。そしてもうひとつの理由は、保険適用は「インスリンを使っている患者」に限定されていることです。10年前ならある程度普及したかもしれませんが、現在糖尿病でインスリンが必要なケースは激減しています。これはすぐれた内服薬や(インスリンでない)注射薬が登場したからです。

 では自費でもいいから「リブレ」を使いたいという人はいないのか。もちろん大勢の人がそう思うと思います。実際に糖尿病で内服薬を使っている人はもちろん、現在投薬なしで食事療法と運動療法で経過をみている糖尿病(あるいは糖尿病予備軍)の患者さん、あるいは、高血糖を指摘されたことはないけれど自身の血糖値に関心のあるいわば「健康オタク」の人達も関心を持つでしょう。

 問題は費用です。小さな器械を購入する必要がありこれが約8千円、2週間使用できるパッチが1枚約8千円です。ということは最初の月は約24,000円、次の月から毎月約16,000円がかかります。この費用を捻出できる人はそう多くないでしょう。
 
 というわけで、コストが大幅に下がらない限りこの製品が普及することはない、というのが発売時に私が出した結論でした。

 ところが…。私の予想に反して使用している人がじわりじわりと増加してきています。当院の患者さんのなかにも少しずつ増えてきています。私自身は依然「家計が苦しい」と言っている患者さんを多くみていますから好景気という実感はないのですが、生活に余裕のある人が増えてきているのでしょう。

 現在費用が高すぎるといっても、この製品が極めて優れたものであることには変わりありませんから、いずれ価格が下がり広く使われるようになり、針を刺して血糖を測る方法はなくなるでしょう。電子メールが普及してFAXがすたれたように。

 また、現時点では実用化にいたっているとは言えませんが、いずれスマホで血糖値が管理できるようになるでしょう。すでに、いくつかの会社から出ている体重計、血圧計、機能的時計?(なんと呼べばいいのでしょうか。「Apple Watch」や「Fitbit」のことです)を使えば、体重、血圧、24時間の心拍数、睡眠の程度、運動量(消費カロリー)などが記録できます。

 「スマホで健康管理」は確実に進化し続けています。

メディカルエッセイ第150回(2015年7月)「スマホで健康管理」

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