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2013年6月15日 土曜日

第10回 キズの治療 ① 2005/06/16

「生まれてからこのかた一度も病気になったことがない」という人をときおり見かけます。

 しかしながら、「生まれてから一度もケガをしたことがない」という人は、おそらくそうはいないのではないでしょうか。

 生命保険などのCMで、「病気やケガにそなえて・・・」というのをよく見かけます。病院というと、病気を診てもらいにいくところ、というイメージが先行しがちですが、ケガも病気とならんで医療の対象であります。

 今回お話しようと思うのは、ケガのなかでも、いわゆる「キズ(傷)」と呼ばれるものです。キズといってもいろいろで、擦り傷、切り傷、噛み傷、出血の止まらない傷、鋭い傷、鈍い傷・・・、とまさに千差万別であります。

 みなさんは、キズを負ったときにどのようにしているでしょうか。もちろん出血が止まらなかったり、骨折を伴っていたりしている場合は直ちに病院に行くことでしょう。これに対し、それほど重症でない、「カスリキズ」のようなものであれば、自分で手当てをされるかもしれません。

 ここで、問題を出したいと思います。次の質問に○か×で答えてみてください。

 1 キズは消毒するべきである。
 2 キズは消毒しないと化膿する(膿む)。
 3 キズが化膿すれば消毒すべきである。
 4 キズにはガーゼをあてるべきである。
 5 キズはぬらしてはいけない。風呂に入ってはいけない。

 どうでしょうか。むつかしい質問はあったでしょうか。答えに自信はありますでしょうか。

 それでは答えを発表いたします。正解は・・・・、すべて×です。

 どうですか。全問正解できたでしょうか。不正解のあった方は、きっとこの正解に疑問を持たれるでしょう。

 なぜなら、ケガをして病院を受診されたことのある方なら経験があるでしょうが、通常ケガをして病院を受診すれば、まず消毒をされ、ガーゼを当てられるからです。場合によっては軟膏を塗られることもあります。

 今、私が言っているのは、ケガをしたときに、「消毒してはいけない」「ガーゼを当ててはいけない」「キズは乾かしてはいけない」ということなのです。

 実は、ここ2~3年で、キズに関する考え方がドラスティックに変化してきています。従来は、「キズは化膿を防ぐために必ず消毒しなければならない」「ガーゼを当てて傷を保護し、決して濡らしてはいけないし、風呂に入ってもいけない」というように考えられていました。

 ところが、この考え方に疑問を抱き、問題提起する医師が増えてきました。そういった医師たちは、今までの治療とはまったく異なる、「キズは消毒しない」、「ガーゼは一切使わない」という治療方針をとっています。そして、そういう医師のもとで治療を受けた患者さんは、従来の治療では考えられないほど短期間に、そしてなんと痛みもなくキズが治癒していくのを目のあたりにするようになったのです。

 なぜ、「キズは消毒しない方がいいのか」、「ガーゼをあてて乾かせることがよくないのか」についての説明は、少々専門的な解説が必要になるのですが、ここでは簡単にそのメカニズムを説明したいと思います。

 まず、「消毒」ですが、実は消毒液は、たしかにバイキンを殺す作用はあるのですが、同時に、正常な人間の組織にまで障害を与えることになります。そして、このために治癒するのが遅くなってしまうのです。

 次に、「乾燥」についてですが、一見乾いた傷は治癒に向かいつつあるように見えます。そしてジュクジュクしているキズはバイキンが繁殖していて化膿しているような印象を与えます。ところが、これが間違いで、実は、ジュクジュクの正体は、「生体が出しているキズを治すために必要な化学物質を含んだ液体」なのです。要するに、キズを乾燥させるというのは、キズを治すために必要な物質を取り除く行為なのです。

 そして、もうひとつ忘れてはならないのが、キズの治療に伴う「痛み」というのは、「消毒するときの痛み」と「ガーゼをはがすときの痛み」ということなのです。ですから、消毒とガーゼをあてることをやめれば、痛みはなくなってしまうのです!

 実際、この治療を取り入れている病院の救急外来や外科病棟のなかには、消毒液やガーゼを一切置いていないところもあるくらいです。

 もうひとつ怖い話をしましょう。消毒液のなかには、いわゆる「オキシドール」と呼ばれるものがあります。オキシドールは薬局で普通に買うことのできる消毒液のひとつです。実際にオキシドールを使われた方はお分かりになるでしょうが、キズにオキシドールをつけると、ブクブクと泡が発生することがあります。これはある種のガスが発生するからです。そして、怖いのはこのガスが血管の中に入ることがあるからです。ガスが血管の中に入って肺にまで行ってしまうと、肺の血管が詰まってしまい、急激に呼吸困難になることがあります。これは「肺梗塞」という病態で、そのメカニズムは、足の血管内にできた血の固まりが肺の血管にまでいってしまい呼吸困難に陥る、いわゆる「エコノミークラス症候群」とよく似ています。

 もうひとつ、「ヒビテン(グルコン酸クロルヘキシジン)」と呼ばれる、病院ではよく使われる消毒液があります。これが問題なのは、ときおりこの薬剤にアレルギーのある人がいるからです。アレルギーのある人にこの消毒液を使うと、急激に血圧が下がり、呼吸困難に陥り、ひどい場合は命にかかわる事態にまで陥ります。

 ちなみに、昔よく使われたいた「赤チン」と呼ばれるものは、キズを乾かすことを主な目的としており、キズの治りを遅らせていただけでした。

 要するに、「消毒」というのは、キズの治療に必要どころか、痛みをもたらし、治癒を遅らせ、場合によっては生命の危険を脅かすような状態にまでさせることもあるわけです。

 では、キズを負ったときにはどのようにすればいいのでしょうか。まず、大事なのは、病院に行くべきか自分で治療をしてもいいかを見極めるということです。私がよく患者さんに説明するのは、①出血が止まっていて、②土やアスファルトの欠片など異物が傷口に入っていなくて、③犬や猫にかまれた傷ではなくて、④キズがそれほど深くなく、⑤関節を痛めていたり骨折していたりする可能性がなければ、自分で手当てができることも多いというものです。

 ①の出血については、これは専門的な治療が必要ですし、②の異物については、異物が入ったまま傷の治療をおこなえば、傷跡はかなり汚くなりますし、長期間痛みがとれなくなることもあります。また、「外傷性タトゥー」といって、生涯にわたり刺青を入れたような皮膚になってしまうこともあります。こういう傷跡を残さないようにするためには、やはり専門的な治療が必要です。③の噛み傷については、重篤な感染症を起こすことがありますから、やはり専門治療が必要です。ときどき、けんかなどで人間に噛まれたといって受診される患者さんがいますが、人間の口のなかにはやっかいなバイキンもいて、そういうバイキンが傷口に侵入すると重症化することもあります。④については、例えば腱が切れているような場合は、専門的治療をおこなわないと後になって筋肉が動かなくなることがあります。⑤についても同様で、初期治療が重要になってくる場合が多いといえます。

 もしもキズが病院に行くほど重症ではない場合は、自分で治療することも充分に可能です。まず、「消毒」ではなく、しっかりと「洗浄」をしましょう。病院では、生理食塩水で洗浄することもありますが、普通の「水道水」で充分です。日本の水道水は適切な処理がなされており、危険なバイキンが混じっていることはまずありません。

 次に、キズを乾かさない環境にしましょう。具体的にどうすればいいかというと、ワセリンを使えばいいのです。ワセリンを傷口にたっぷりと塗ってその上に、ガーゼではなく、台所にあるサランラップをまけばいいのです。これで、キズが乾くことはありません。次にどうするかというと、そのまま放っておくのです。キズの深さや大きさにもよりますが、小さいものなら数日間できれいに治っているはずです。ただ、毎日キズがよくなっていくのを見るのはすごく楽しいことですし、お風呂にも入りたいでしょうから、お風呂に入る前にサランラップを取り除き、シャワーでワセリンを洗い流し、風呂上りに再びワセリンを塗ってサランラップをまけばいいのです。傷口はジュクジュクしていますから、化膿しているのではないかと疑われることもあるでしょうが、痛みがなければまず大丈夫です。(ただ、そうは言っても自信がなければ必ず医療機関を受診するようにしてください。)
 
 バンドエイドというものがあります。キズにバンドエイドを使うのは正しい治療行為でしょうか。従来のバンドエイドは、キズにあてる部分に小さなガーゼが付いています。だから剥がすときに非常に痛いのです。この点からもバンドエイドはおすすめできないのですが、穴が開いていて、空気が通るようになっているタイプのものはキズを乾かすことになりますから、さらにおすすめできません。

 最近、まったく新しいタイプのバンドエイドが発売されて話題を呼んでいます。それはJohnson & Johnsonから発売された「キズパワーパッド」という名前のバンドエイドです。これはガーゼの代わりに、ハイドロコロイドと呼ばれる素材を用いています。傷口からキズを治すために出される液体をこのハイドロコロイドで覆って、ジュクジュクした環境を維持させようとするものです。これは、消毒液やガーゼを一切使わない医師がおこなうキズの治療とほぼ同じ理屈です。

 「キズパワーパッド」のホームページによると、「3倍早くキズを治す」「キズの痛みをやわらげる」「わずらわしい貼りかえがいらず、最大5日間まで貼ったままでOK」とその特徴が述べられています。
 
 次回は、実際に病院でどのようにキズのこの新しい治療をおこなっているかをご紹介したいと思います。

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2013年6月15日 土曜日

第9回 動悸 2005/06/01

日頃、私が外来で遭遇する患者さんの訴えで、もっとも多い症状のひとつが「動悸」です。

 もちろん、一言で「動悸」といっても、いろんな種類があり、緊急性を要するものから、まったく治療の必要のないものまでいろいろです。そして、私の経験から言えば、まったく治療の必要のないものもまあまあ多いという印象があります。

 睡眠不足が続いていたり、ストレスがたまっていたりしても、動悸を感じることがあるのですが、非常に多いと感じるのが、「健康診断で不整脈を指摘されてから動悸を自覚するようになった」というものです。

 こういう患者さんに、「いつ、どんなときに動悸を感じますか?」と質問をすると、「夜、寝ようと思ってベッドに入ると、いつのまにか動悸が始まって眠れない。」と答えることが多いといえます。そして、「動悸が終わるときは自覚できますか。」と聞くと、たいていは、「いつのまにか気にならなくなって眠っている。」と答えます。

 この動悸は異常なものでしょうか。そして治療が必要でしょうか。

 答えは、否、です。

 これは異常なものではなく、結論から言えば、自分の鼓動を感じているだけのことがほとんどです。私は、それを確認するために、診察室の机を指でタップして質問します。指で机を一分間に120回程度のペースでタップして、患者さんに聞きます。「あなたの動悸はこれくらいのペースですか。」すると、ほとんどの患者さんは、「そんなに早くない。」と言います。もし、この時点で患者さんが、「それくらいのペースです。」と答えると、異常な不整脈の可能性があり、精密検査をすることになります。

 「そんなに早くない。」と答えた患者さんには、今度は一分間に80回程度のペースでタップして、「ではこれくらいですか。」と聞きます。すると、大部分の患者さんは、「はい、それくらいです。」あるいは「いえ、もうちょっと遅いです。」と言います。

 患者さんがこのように答えた場合は、異常な動悸である可能性はほとんどありません。単に自分の心拍を感じているだけだからです。

 では、なぜ今まで感じなかった自分の鼓動(心拍)を突然感じるようになったのでしょうか。それは、生まれて初めて健康診断で不整脈を指摘されて、自分の心拍が気になるようになったからです。

 私はこのような患者さんを診るようになってから、自分でも確認してみました。夜、静かな環境で横になって自分の鼓動を意識するのです。最初のうちはなかなか上手くいきませんでしたが、そのうちに自分の鼓動がはっきりと自覚できるようになりました。つまり、少し訓練すれば誰でも自分の鼓動を自覚することができるのです。もちろん、そんなことできても何の得にもなりませんし、あえてする必要はありませんが・・・。
 
 動悸を訴えて来院された患者さんには、私は一応、全例に心電図の検査を受けてもらうようにしています。心電図が正常で、自覚する心拍数が1分間に100回以下で、規則的な心拍であれば、異常であることはまずありませんから、私はそれを患者さんに話して、それ以上の検査や治療が必要でないことを説明して納得してもらうようにしています。

 心電図に異常がある場合はどうでしょうか。動悸で受診される患者さんは、「健康診断で不整脈を指摘されて・・・」というパターンが多いわけですから、外来で検査した心電図にも不整脈があることがあります。しかしながら、治療が必要な不整脈というのは全体からみれば、ごくわずかです。たいがいは、「期外収縮」といって、規則的な心拍にときどき不規則な波形が混ざっているものです。これを自覚することもあるのですが、ほとんどは治療の対象になりません。実は、「期外収縮」は健康な人の多くにもみられる不整脈で、ほとんどの人が24時間連続で計測できる心電図をとると、一度や二度は出現します。

 ところで、心臓は一日に何回拍動するかご存知でしょうか。計算すればすぐに分かりますが、仮に1分間に65回の心拍数とすると、65x65x24=約10万回となります。10万回も拍動し、それが人間の活動や精神状態によって早くなったり、遅くなったりするわけですから、たまには「誤作動」も起こるというわけです。そして、この誤作動は治療する必要がないのです。
 
 心電図に明らかな異常がなくても、完全には「治療が必要な不整脈がない」とは言えません。なぜなら、心電図の検査をしているときには正常でも、家に帰ってから危険な不整脈が出現している可能性があるからです。私は、このような疑いのある患者さんには、24時間連続で心電図の検査をすることをすすめています。24時間連続の検査といっても、入院する必要はなく、小さな器具(電極)を身体に装着してもらって帰ってもらいます。その日は風呂に入ることはできませんが、普通に日常生活を過ごしてもらってかまいません。そして後日、身体に装着したその器械を持ってきてもらえば、その24時間の心臓の動きが分かります。

 「あるとき突然動悸が始まって、突然終わる。しかし、毎日起こるわけではなく、数日に一度程度でしか起こらない。」という患者さんがいます。このように訴えるケースは、治療が必要であったり、あるいは注意深い経過観察が必要であったりする場合があります。このタイプの動悸には、24時間連続の心電図検査が無駄になることもありますから、胸に器械を装着してもらったまま数日間過ごしてもらい、「動悸があったときにこれを押してください」と言って、ボタンを渡しておきます。患者さんは、動悸を感じるとそのボタンを押し、そのときの心電図が医療機関にFAXされてくるという仕組みになっています。(21世紀の医療はこんなに発達しているのです!)
 
 来院時に動悸が続いていることもあります。これは昼間の外来よりも、夜間の救急外来を受診する患者さんに多いと言えます。この場合、直ちに心電図をとり、不整脈を確かめ、治療が必要であれば、抗不整脈薬を投薬することになります。飲み薬を飲んでもらって、しばらくベッドで休んでもらうという方法もありますが、入院できる環境であれば、静脈内に直接薬剤を投薬することもよくあります。

 心電図のモニターを見ながら、ゆっくりと薬を注射していきます。しばらくすると、乱れていた心電図の波形がきれいに正常の形に戻り、心拍数も正常になります。医師の自己満足と言われるかもしれませんが、この瞬間は「感動!」です。もちろん患者さんもその瞬間に、「先生、ラクになりました!」と言ってくれます。(ただ、抗不整脈薬の注射は簡単なものではなく、投与量や速度を間違えると取り返しのつかないことにもなりかねないので、ある程度の経験をつんでいないとできません。)

 注射でもその不整脈がよくならない場合、患者さんの同意を得て、電気ショックをかけることもあります。この場合は、麻酔も必要になり、それなりのリスクはありますが、もっとも確実な方法のひとつとも言えます。

 夜間に動悸を訴える患者さんの心電図をとって、緊張感が走ることのひとつが、その心電図が「心筋梗塞」を示しているときです。通常、心筋梗塞では「動悸」ではなく「胸痛」を訴えることが多いのですが、なかには「動悸」と表現して受診する人もいます。(その逆に、心拍数の早い不整脈を「動悸」ではなく「胸痛」と表現する人もいます。)

 病気のなかには「少しなら待てるもの」と「一刻を争うもの」があり、心筋梗塞は後者です。この場合は、すぐに採血し、点滴をとって必要な薬剤の投与を開始し、胸部のレントゲンを撮影し、同時に専門医を呼びます。その病院に「循環器内科」の専門医がいなければ、専門医のいる病院を探して救急車で搬送します。

 ひどい「貧血」があれば「動悸」がおこることがあります。よく遭遇するのが、不規則な食生活を続けている若い女性が真っ白な顔をして受診するケースです。昔から「血を増やすには鉄が必要」と言いますが、これはその通りで、体格は普通でも鉄分が不足している女性(男性は少ない)が、「鉄欠乏性貧血」を起こし「動悸」を訴え受診することは珍しくありません。

 また、なかには、「動悸」で受診し、ひどい貧血が分かり、その原因が「白血病」であったというケースもあります。

 詳しい血液検査をして「甲状腺機能亢進症」が見つかったというケースも珍しくありません。

 「神経症」や「うつ状態」があって、その結果、ときどき動悸が出現するということもあります。

 「動悸」を訴えて受診される患者さんは、精密検査も治療も必要のないことも多いのですが、直ちに治療が必要な、重篤な心臓の病気であったり、また心臓以外の病気が原因になっていることも少なくありません。

 「たしかに動悸は気になるけど、たいしたことないって言われそうだから病院に行かない方がいいのかな・・・」そんなふうに考える人もいるかもしれませんが、「たいしたことがないことを確認する」のも医師の務めなのです。気になる方は遠慮せずに受診するようにしましょう。

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2013年6月15日 土曜日

第8回 B型肝炎 2005/05/22

最近、ヨーロッパでB型肝炎に対する関心が強くなってきているそうです。これまでヨーロッパでは、日本などに比べてB型肝炎ウイルスの感染者が少なかったのですが、移民が増えたことによって、ヨーロッパでも急激に罹患者が増えているそうなのです。

 B型肝炎ウイルスの分布をみてみると、アジアに多いのが特徴です。例えば、中国では1億2000万人以上、インドでは3000万人以上もの人が、ウイルスを保有しています。日本でも感染者は少なくなく、推定で約200万人とされています。トルコのアンカラ大学のユルデイディン教授によると、世界全域では、B型肝炎ウイルスの保有者がなんと20億人にものぼるそうです。20億人と言うと、世界の人口のおよそ3人に1人ということになります。

 では、B型肝炎とはどのような病気なのでしょか。簡単にご説明いたします。

 まず、B型肝炎はB型肝炎ウイルスを保有している人に発症します。B型肝炎とよく比較されるC型肝炎は、ウイルスが感染してもすぐに症状が現れることはさほど多くなく、ほとんどは慢性化のかたちをとります。

 これに対し、B型肝炎ウイルスは、感染すると大部分は「急性肝炎」の症状が出現します。熱が出て、身体がだるくなり、放っておくと身体が黄色くなってきます。治療には入院が必要で特効薬はありません。がんばって点滴治療を続けて状態が改善するのを待つことになります。1ヶ月以上にわたる入院生活を経て、完治することもありますが、なかには「劇症肝炎」に移行することもあります。劇症肝炎に移行すると、症状は激しくなり、意識がなくなることも少なくありません。そして、命を落とすことも決して珍しくはないのです。そうなのです。B型肝炎ウイルスとは実は「致死的な」ウイルスなのです。

 B型肝炎が「慢性」の経過をとることもあります。これは主に母子感染によるものですが、なかには成人してから感染して慢性化することもあります。

 B型肝炎が慢性化すると、なかには「肝癌」に移行する人もいます。また、「肝硬変」に移行する人もいます。肝硬変から肝癌に移行する場合もあります。つまり、B型肝炎ウイルスとは、「がんウイルス」のひとつなのです。

 「致死的な」病気をもたらすB型肝炎ウイルスは、健康な人にも感染します。では、どのようなかたちで感染するかというと、圧倒的に多いのが、実は「性感染」なのです。

 性感染症というと、一般的にはエイズが最も恐れられているようですが、HIV感染は早期に分かれば適切な治療でエイズへの移行を防ぐことができ、現在では死に至る病ではありません。それに比べ、成人がB型肝炎ウイルスに感染し、劇症肝炎を発症すると、かなりの確率で命を落とすことになります。

 私は仕事がら、性感染症を懸念しているという若い世代の人と接する機会が多いのですが、HIVについてはかなり詳しい知識を持っているのに、このB型肝炎についてはあまり知らない人が多いのに驚くことがよくあります。極端な例を挙げれば、「相手がHIV陰性ならコンドームなしで性行為をおこなってもかまわない」と考えている人もいるのです。けれども、性感染でB型肝炎ウイルスに罹患し、劇症肝炎となって命を落とす、という図式はまったく珍しくありません。

 少し話しがそれますが、最近アメリカで発表されたデータ(Sexually Transmitted Infections誌2005年2月1日号)によりますと、アメリカでは全国民の1.3%が性感染が原因で死亡しているそうです。アメリカは、日本に比べると、B型肝炎が少なく、死因のほとんどはエイズと子宮頚癌です。子宮頚癌については、あらためてお話したいと思いますが、この癌も性交渉でウイルスに感染することが原因です。「相手がHIV陰性ならコンドームなしで性行為をおこなってもかまわない」というのは、完全に間違っています。B型肝炎ウイルスも子宮頚癌をもたらすウイルスも、性交渉で感染し、「死に至る病」となるのです。そして、B型肝炎ウイルスや子宮頚癌をもたらすウイルスは、HIVに比べると、生命力がはるかに強く、比較的簡単に性行為で感染するのです。

 話を戻しましょう。要するに、性交渉の相手がB型肝炎ウイルスを保有している可能性があるなら、コンドームなしの性行為は自殺行為になるわけです。

 ところで、B型肝炎ウイルスに罹患し急性肝炎を発症し治癒した人から、ウイルスをうつされる可能性はあるのでしょうか。答えは、否です。通常、急性肝炎を発症し治癒した人は「抗体」を持っていますから、体内にウイルスはすでに存在せず、その人の血液や精液、腟分泌液に触れても感染することはありません。

 では、どのような人がウイルスを持っているのでしょうか。それは、主に母子感染でウイルスを保有している人です。このような人達は本人も気づいていないことがあるために、知らないうちに性交渉などで他人に感染させ、最悪の場合は、その相手が劇症肝炎をおこし、死んでしまうということもあります。

 そして、冒頭でお話した、トルコのユルデイディン教授によると、世界で20億人以上がB型肝炎ウイルスを保有しているというのです。コンドームなしの性行為がどれだけ危険かお分かりいただけるでしょうか。

 自分がB型肝炎ウイルスを保有していることを知らなくて、性行為で相手に感染させ、その相手が劇症肝炎で命を落としたというケースは、現在の日本でもありますが、その頻度はこれから少なくなってくることが予想されます。

 これは、なぜかというと、最近では妊婦検診でB型肝炎ウイルスを保有しているかどうかを調べるからです。もしもその妊婦がウイルスを保有していると、赤ちゃんに母子感染させる可能性がありますから、乳児のうちに、免疫グロブリンとワクチンを接種するのです。これによって、母子感染はほとんど防ぐことができます。ですから、日本だけに限定して言うなら、B型肝炎ウイルスは、そのうちに絶滅することも予想されるのです。

 しかしながら、実際にはそうはうまくいきません。なぜなら、世界に目を向けてみると、例えばアジア諸国ではこのような妊婦検診がまだまだ普及していないからです。実際、東南アジアで現地の女性と性交渉をおこない、B型肝炎を発症したというケースに、臨床上ときどきお目にかかります。

 B型肝炎ウイルスが感染するのは、性交渉だけではありません。血液中にもウイルスは含まれていますから、例えば医療従事者の針刺し事故でも感染します。実際、B型肝炎ウイルスを保有している患者さんの血液が付着した針を、採血時や手術時に自分の皮膚に刺してしまい、B型肝炎を発症した医療従事者は少なくありません。なかには劇症肝炎となり命を落としたという医師や看護師もいます。

 日本にも、このウイルスの保有者はおよそ200万人もいると言われています。そして、B型肝炎ウイルスは極めて生命力が強く、普通のアルコールでは死滅しません。(これに対し、C型肝炎ウイルスやHIVはそれほど生命力は強くなく、普通のアルコール消毒で死滅すると言われています。)

 では、我々医療従事者はどのように対策をたてているのかと言うと、もちろん医療行為の際に充分な注意をしているというのもありますが、それ以外にもある対策がとられています。

 それは、「ワクチン」です。B型肝炎ウイルスには有効なワクチンがありますから、ほぼすべての医療従事者、それに医学生や看護学生はワクチンを接種しています。

 ただ、B型肝炎ウイルスのワクチンは、例えば「はしか」のワクチンのように一度接種すれば有効な抗体がつくられて以後一度もかからない、というものではありません。最低三度はワクチンを打たなければなりませんし、なかには有効な抗体ができない人もいます。それに一度抗体ができると、一生安全かというとそうではなく、数年で抗体がなくなる人もいます。

 しかしながら、このワクチンの登場は非常にすばらしいもので、これによって命を落とさずに済んだ医療従事者はかなりの数に昇るでしょうし、ワクチンが登場したおかげで、現在の日本では母子感染もほぼなくなると言われているのです。

 すべての人がワクチンを接種する必要はないと思いますが、自分は知らないけれども実はウイルスを保有していた、というケースもありますから、興味のある人は、自分がこのウイルスを持っていないかどうかを確認しておいた方がいいかもしれません。ちなみに、日本ではこのウイルスを持っている人は、なぜか九州と大阪に多いという特徴があります。

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2013年6月15日 土曜日

第7回 糖尿病2 2005/05/08

前回は、糖尿病が進行したときの症状を具体的に述べ、糖尿病の「怖さ」についてお話しました。今回は、糖尿病が分かったとき、あるいは高血糖を指摘されたときに、何をすべきかということについてお話していきたいと思います。

 まずは、前回の繰り返しになりますが、健康な人であっても、定期的な健康診断は受ける必要があります。糖尿病は自覚症状がないために、久しぶりに(あるいは初めて)受けた健康診断で、高血糖がかなり進行していて、直ちに強力な薬を飲まなくてはいけないような状態であったとか、あるいはインスリンの自己注射をしなければいけないような段階まできていた、ということがよくあるからです。前回も言いましたが、糖尿病はいったん進行すると、それ以上の悪化は防ぐことはできても、いったん悪くなった血管の病変を元に戻すことはできないのです。

 特に若い人に多いのですが、大企業で働いている人以外は、健康診断を受ける機会がないという人がいます。企業でやってもらわなくても、地域の役所や保健所に問い合わせれば、住民対象の健康診断の情報を教えてもらえるのですが、そういった健康診断は平日におこなわれるので、参加できないという人も少なくありません。たしかに、その通りでしょう。なかなか、健康診断を目的に会社を休んだり、遅刻したり、といったことはむつかしいかもしれません。

 かかりつけ医を見つけて、仕事が休みの日や、平日の夜に受診する、という方法をとるのがいいいのですが、自覚症状がないと、なかなかクリニックに行く気にならないかもしれません。

 私としては、なんとか時間をみつけて、定期的な健康診断を受けることをすすめたいのですが、どうしても無理という人に対して、ここでひとつのアドバイスをしたいと思います。

 それは、「定期的な体重のチェック」です。これなら誰でもできるでしょう。体重が増えていないかどうか定期的に確認し、もし増えていればなんとしても痩せるようにしましょう。あるいは肥満が分かった時点でかかりつけ医に相談するようにしましょう。

 よく、何キロくらいにすればいいのですか、ということを患者さんに聞かれるのですが、30歳を超えてから体重が気になりだした人に対しては、「20歳の頃の体重に戻す」というのがひとつの答えです。健康な人というのは、20歳くらいの頃から、体重だけでなく、胸囲もウエストもあまり変わっていません。そしてこういう人は、元気があって、仕事もいきいきとしており、若くみえます。

 理想の体重を示す方式にBMIという方法があります。これは、体重(Kg)を身長(m)の2乗で割った数字で、例えば、体重88キロ、身長2メートルの人なら、88÷(2x2)=22、ということになります。
 元来、理想のBMIは22とされてきました。これに対して25を超えれば肥満というのが定説になっていました。

 ところが、最近これをくつがえすデータが発表されて話題を呼んでいます。それはアメリカのCDCが発表したデータで、それによると、BMIが25から30未満の人が最も死亡率が低いというものです。

 BMIが25から30というと、身長170センチの人なら72キロから87キロということになります。これは常識的には肥満の範囲になるものと思われます。最近、あるテレビ番組で、ある医者がこのデータを持ち出して、「本当はちょっと肥満の方が長生きするんですよ」と言っていました。そしてその番組のコメンテーターは、「なんだ、もっと太った方が身体にいいんだ」と言っていました。

 しかし、これは大きな誤りです。そもそもこのデータはアメリカ人を対象としたものであって、日本人を研究の範疇に入れていません。WHOが2004年に発表したデータによると、アジア人は白人より同じBMIでも体脂肪率が高い傾向がありますし、そもそも日本人は白人に比べると、身体が肥満に耐えられるようにできていません。これは、白人なら過食によって健康を害さない肥満になれるけれども、日本人の場合は、身体が肥満になる前に糖尿病になってしまうという意味です。少し医学的にお話すると、白人の場合、過食をしてもどんどんインスリンが分泌されて、脂肪として過剰なエネルギーが身体に蓄積されるのに対して、日本人の場合は、インスリンの分泌量がそれほど多くないために、容易に糖尿病になってしまうのです。

 糖尿病を防ぎたいのであれば、あなたが日本人であるなら、絶対に太ってはいけません。「太る」指標になるのは、体重と体脂肪率とウエストサイズです。

 体重については、BMIでやはり従来言われてきたように22くらいを目標にすべきだと思います。つまり、身長170センチの人であれば、64キロ程度、身長160センチの人であれば、56キロ程度です。2002年にカリフォルニア大学が発表したデータによると、体重を1キロ減らせば、2型糖尿病のリスクを13%減らせるそうです。

 体脂肪率は、これはなかなか正確に測定するのはむつかしく、市販の計測器はかなり誤差がでます。ただ、簡単に計測できますから、ある程度は参考になるものと思われます。一般的には、男性であれば20前後、女性であれば25前後を目標にすればいいと思います。

 もうひとつは、ウエストサイズです。「American Journal of Clinical Nutrition」という医学雑誌に2004年3月に掲載された、カナダ人の医学者の研究によりますと、BMIよりもウエストラインの方が、肥満を評価するのにすぐれているそうです。臨床的にも、なるほどと思われるのは、あまり太っていない糖尿病の患者さんは、お腹だけは出ているという人が少なくないからです。

 糖尿病を避けたければ、絶対に太らないということが大切なのですが、もうひとつ興味深いデータをご紹介しましょう。それは、「1日に2時間以上テレビを見る女性は、糖尿病になるリスクが14%も高い」というものです。これは「Journal of American Medical Association」という雑誌に2003年に掲載されました。

 結局のところ、2型糖尿病は、かなりの部分で、自己の健康管理能力を高めることによって予防することが可能なのです。私は、2型糖尿病は、現代人を襲う最もやっかいな病気のひとつだと考えています。なぜやっかいかという点については、前回述べたとおりです。

 さて、予防を怠ったがために、2型糖尿病になってしまい、服薬が必要になったときに、進行がさほど大きくなければ、飲み薬を開始することになります。飲み薬にはいくつかありますが、副作用の伴うものもあり、なかには服用することによってかえって肥満が進行してしまうものもあります。そして、一旦飲み始めると、ちょっとやそっとでやめることはできません。一生飲み続ける覚悟で服用を開始しなければなりません。

 薬を毎日何度も飲まなければならないというのは、かなり大変です。お金もかかりますし、それに、糖尿病の場合は、食前、食後などの用法をきちんと守らなければなりません。「今朝は寝坊したから朝食は抜こう」というわけにはいかないのです。薬のなかには、用法として食前とか食後とか書かれていても、実際には食事に関係なく服用してもかまわない薬もたくさんあります。しかし、この糖尿病の薬に関してはそういうわけにはいきません。きちんと決まった時間に食事を摂って、その前後に薬を服用しなければなりません。これで、生活がかなり制限されてしまいます。

 それに、定期的に血糖値を計測しなければなりません。毎日、自分に針を刺して、血糖値の測定をおこなわなければならないのです。これがどれだけの負担かは少し想像してみればよくわかるでしょう。

 糖尿病の発見が遅れたり、内服によって血糖値のコントロールがうまくいかない場合は、インスリンの自己注射をしなければなりません。多くの患者さんが言われるように、これもまた大変です。たしかにインスリンは非常にいい薬であり、自己注射や血糖値測定に伴う煩わしさを考えなければ、理想的な薬剤と言えます。しかしながら、生活が大きく制限されることを考えると、やはり初めから糖尿病に罹患しない、つまり健康なうちから肥満に気をつけてしっかりと予防するにこしたことはないわけです。

 生活習慣病の代表である糖尿病という病気に関しては、日頃の健康管理、そしてかかりつけ医への相談が絶対に不可欠です。もしも、あなたが最近体重やウエストラインが気になりだしているとするならば、ほうっておいてはいけないのです。

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2013年6月15日 土曜日

第6回 糖尿病1 2005/04/17

糖尿病は、はやりの病気というよりは、医師をしている限りは、何科にいても年中頻繁にみる病気です。近年ものすごい勢いで患者さんが増えている病気ですから、これを読まれている方の周りにもひとりやふたりはおられるのではないかと思います。

 最初に、教科書的な話をしておきますが、よく糖尿病は不摂生からなると言われますが、そうでない患者さんもおられる、ということはぜひとも理解していただきたいと思います。

 それはⅠ型糖尿病と呼ばれるタイプの糖尿病で、ウイルス感染などを契機に発症すると言われています。10代など比較的若い方に起こるのが特徴ですが、今のところ、どのようなウイルスが引き起こすかは特定されておらず、また予防対策法もありません。

 患ってしまうと、一生インスリンの自己注射を余儀なくされてしまいます。インスリンを規則的に注射していると、日常生活は問題なく送れますし、糖尿病という名前は何も珍しくないですから、たいしたことのない病気と思われることもあるのですが、これは大きな誤りです。若くしてインスリンの自己注射を余儀なくされて、食事や運動など生活にも気を配らなければなりませんから、患者さんの心理的な負担は相当なものになります。

 私は、何度かこのⅠ型糖尿病の患者さんを診たことがありますが、どうしても忘れられない患者さんがおられます。(これについては、2005年4月15日の「メディカルエッセイ」でとりあげたいと思います。)

 さて、今回はこのⅠ型糖尿病ではなく、いわゆる生活習慣病のひとつである糖尿病(これをⅡ型糖尿病と呼びます)についてお話したいと思います。

 Ⅱ型糖尿病は、ある意味では「自業自得の病気」と言うことができるかもしれません。なぜなら、この病気は過食と運動不足が原因であることが圧倒的に多いからです。そして、度重なる周囲からの忠告を無視して生活態度を改めないことが原因だからです。

 例えば定期的な健康診断で、尿糖、あるいは血糖値が高いことを初めて指摘されたときに、医療従事者から正しい知識を習って、生活態度を改めれば、ほとんどのケースでよくなるわけです。

 ところが、この時点ではまだ何も症状が出ていないために、生活態度を改めようとしない(あるいは、改めようという気持ちはあるのだけど中身が伴わない)人がいます。しかし、この健康診断で異常を指摘されたということは、なんらかの不適切な生活習慣があるわけですから、これを改めないと、次第に高血糖が進行していくのです。

 やがて、ゆっくりと症状が出現しだします。しかし、症状といっても激しい苦痛の伴うものが出るわけではありません。例えば、尿がたくさん出たり、喉が渇きやすくなったり、立ち上がったときにたちくらみがする、なんとなく足がしびれることがある、とか、あるいは男性の方なら勃起力に勢いがなくなる、などです。

 こういった症状が出現しているときには、ある程度糖尿病が進行していることを示しており、単にときおり血糖値が高いことがある、というレベルの話ではありません。すでに症状が治らない状態にまできていることもあります。つまり、このような症状が出現してから、慌てて生活態度を改めても、あるいは薬剤を飲みだしても、すでに遅いことが多いのです。もちろん、この時点で生活態度を改めて、糖尿病を治すことに真剣になれば、これ以上の症状の出現を予防することは可能です。

 では、このような状態が出現していても、生活習慣を改めなければどうなるのでしょうか。その前に、糖尿病は「血管の病気」であることを確認しておきたいと思います。ここでは詳しい説明は省きますが、先にあげた、足がしびれる、勃起力がなくなる、というのも実は血管の障害によるものです。

 糖尿病が進行すると、全身の血管が激しい障害を受けます。ここでは、臨床的によく遭遇する3つの大きな症状を紹介したいと思います。

 まず、足の血管が障害されると、結果として知覚が鈍感になります。すると、小さな傷があったとしても本人は気づかなくなります。痛みというのは、ときにはやっかいなものですが、生体を守るのに必要な感覚です。なぜなら、痛みがあるということは、その部分が危険な状態にあることを示しているからです。つまり、痛みは緊急に治療の必要がある、ということを示すサインなわけです。

 足を怪我しても痛みのサインが送られなくなると、本人は気付きませんから放置することになり、傷が化膿し、傷口から細菌が一気に深部に侵入します。糖尿病がなければ、仮にこの時点までほうっておいたとしても、適切な処置と抗生物質の投与で治癒することが期待できます。しかし、糖尿病は、免疫力の低下もきたすために、なかなか体が細菌に打ち勝つことができません。強力な抗生物質の力を借りてなんとか克服することができたとしても、入院も必要になりますし、かなりの日数を要することになります。

 もしも抗生物質に協力してもらった体の防御能力が、細菌の感染力に負けたらどのようになるでしょう。化膿はどんどんすすみます。そして足が腐ってきます(これを「糖尿病性足壊疽」と呼ぶ)。この時点で強烈な臭いがしますから、お見舞いにきてもらっても会うことができなくなるかもしれません。腐った足を置いておくと、細菌が一気に体中に増殖し、命に関わるような状態になりますから、この場合は足を切断せざるを得ないことになってしまいます。

 次に、腎臓の血管に障害がきたときのことを考えてみましょう。この場合は、腎臓の機能が障害されて腎不全(これを「糖尿病性腎症」と呼ぶ)となります。腎不全が進行すると、治療はふたつしかありません。ひとつは腎臓移植です。しかしながら、移植をするには臓器を供給してくれる人(これを「ドナー」と呼ぶ)がおらねばならず、現在の日本では圧倒的にドナー不足です。つまり、他人にもらう腎臓というのはそれほど期待できないのです。

 移植が無理なら人工透析をおこなわざるを得ません。ほんの数年前までは、人工透析をせざるを得ない患者さんの原因疾患の第一位は、慢性腎炎でしたが、現在は慢性腎炎を抜いて、糖尿病性腎症が一位です。そして毎年、糖尿病性腎症で人工透析となる人がどんどん増えています。

 人工透析になると、生活がかなり制限されます。現在の技術では、人工透析は週に3回受けなければなりません。週に3回も病院に行かねばならず、1回の透析に必要な時間は約4時間です。そして毎回血管に太い針を刺されますし、血管の手術を何度か受けなくてはならないこともあります。このような生活を一生強いられるわけですから、仕事も思うようにできなくなるでしょうし、旅行にも行けなくなります。さらに、人工透析を受けていると、飲める薬が大幅に少なくなってしまいます。例えば、人工透析を受けている人が花粉症で苦しんでいたとしても、健康な人が飲む薬が飲めなくなることもあるのです。

 次に、血管の障害が目にきたときのことを考えてみましょう。それは網膜の血管におこり(これを「糖尿病性網膜症」と呼ぶ)、ほうっておくと失明をきたします。そのため、いったん糖尿病を発症すると、定期的に眼科専門医の診察を受ける必要があります。目がかすんでくるというのは要注意です。なぜなら、糖尿病が進行したことによって起こる「糖尿病性白内障」であることが多いからです。糖尿病性白内障がおこっているような状態で、高い血糖値を放っておくと、かなりの確率で糖尿病性網膜症が重症化し、失明となってしまいます。

 このように、糖尿病というのは、ふらつき、しびれ、勃起不全、喉が渇く、トイレが近い、といった比較的軽症の症状から、病気が治りにくい(感染しやすい)、足が腐って切断を余儀なくされる、人工透析を強いられる、失明する、など、かなり重篤な症状まで出現するのです。また、心筋梗塞や脳梗塞といった血管の病気も起こりやすくなり、突然死や寝たきりの状態になることもあります。

 そして、繰り返しになりますが、いったん血管に障害が起こると、努力によって、それ以上進行しないようにすることはできますが、一旦おこった障害は治すことができないのです。

 ですから、健康診断などで、尿糖、あるいは高血糖を初めて指摘されたときが、ある意味ではラストチャンスなのです。その時点で、医師の指導のもとに、生活態度を改めればお話したような症状が出現することを防ぐことができるわけです。また、このラストチャンスを適切に把握するためには、定期的な健康診断が不可欠です。なぜなら糖尿病ははっきりとした自覚症状が出にくいため(出たときには遅い)、久しぶりに健康診断を受けてみると、すでに血管の障害がかなりおこっているような状態であった、ということもよくあるからです。これは本当によくあります。

 今回は糖尿病の「怖さ」についてお話しました。次回は「治療」についてお話したいと思います。

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2013年6月15日 土曜日

第5回 水虫 2005/04/02

暖かくなってきたせいか、最近水虫の患者さんが増えてきました。毎年春先になると、この水虫に悩んでいる方が一斉に外来に押し寄せます。

 水虫は、例えば足の指の間にできたような場合は、痒みに襲われますが、それとて、湿疹やじんましんに比べれば、その痒みの程度はしれていますし、かかとにできる水虫や爪にできるものは、痛くも痒くもないわけですから、受診しない人もけっこう多いと言えます。また、最近は医薬品と同じ成分の水虫の薬が、医師の処方箋なしに薬局で買えますから、わざわざ病院に行って長時間待たなくても自分で治してしまおうという人が増えています。

 さらに、例えば内科の疾患を持っていて、かかりつけ医のいる人であれば、内科の定期受診の際に、ついでに水虫の薬をもらおうとか、処方箋だけ書いてもらおうと考える人も少なくありません。

 けれども、病院に行かずに薬局で薬を買って治そうとしたり、内科などで処方箋だけ書いてもらおうとすることには危険性も伴います。

 それは、一見水虫に見えて、実は水虫でないというケースもけっして少なくはないからです。

 例えば、足の裏全体の皮がめくれてきて、いかにも足の水虫という状態になったとします。心配になって知人に相談すると、それは水虫だから薬局に行って薬を塗ればすぐに治るというアドバイスを受けたとします。けれども、知人に言われたように水虫の薬を薬局で手に入れていくら塗ってもさっぱりよくならずに、痒みまででてきた、そこで初めて皮膚科を受診した、というケースは決して少なくありません。

 そこで、皮膚科医が顕微鏡を使って水虫の検査をすると、水虫の菌がまったくいない。それで初めて、その病気は水虫ではなくて別の病気であるということが分かったというケースは、頻繁にあります。

 爪の水虫でも同様です。然るべき医療機関を受診すれば、爪の水虫という診断をつけるには顕微鏡で水虫の菌がいるかどうかを確認します。その過程を抜いて、水虫と診断するのは危険なことです。危険といっても別に命にかかわるわけではありませんが、診断が遅れたばかりに治療も遅れるわけです。

 これは、内科などで水虫の薬の処方箋を書いてもらうときにも同様の危険があります。診察の終わりに、「先生、水虫の薬をもらってもいいですか」と言うと、診察もせずに、処方箋だけ書くという医者も実際にいるようですし、とりあえず症状を見ても、顕微鏡の検査をしない医者もけっこういるようです。そもそも顕微鏡を置いていない病院も実はけっこうあります。

 これが皮膚科、あるいは皮膚疾患のトレーニングを受けている内科医や、総合診療科医であれば、必ず顕微鏡の検査をして、水虫であることを確認してから薬を処方します。この違いは決して小さなものではありません。

 実際に私も、他院で誤診されていた、というケースによく遭遇します。水虫だと思って病院でもらった薬をつけているのに全然よくならない、と言って患者さんは受診します。顕微鏡の検査をしても水虫の菌はまったくいない、それでまったく別の病気であることが分かるのです。

 水虫と間違えやすい病気というのは、具体的には、掌蹠膿疱症、扁平苔癬、尋常性乾癬などです。これらであれば治療法がまったく変わってきます。

 それに、もうひとつ加えると、顕微鏡の検査で水虫の菌が見つかっていないのに、水虫の薬を使うと、治らないと言って受診した患者さんを調べてもよく分からないことも多いのです。つまり、初めから水虫でない病気を水虫と誤診して水虫の薬をつけているのか、あるいは、たしかに水虫だけど、中途半端な薬を使っているために、顕微鏡の検査をしても水虫の菌がなかなか見つからないというケースも多々あるのです。だから、後から診察する医師は非常に困るのです。

 これを読んでいる人で医師の人は少ないと思いますが、もしも読まれていたら、顕微鏡の検査なしに水虫の薬を処方することは絶対にやめていただきたいと思います。もうひとつ医師の人に付け加えるなら、もしも顕微鏡のトレーニングを受けられていないなら是非とも受けられてはどうか、ということをおすすめしたいと思います。だいたい水虫や他の真菌の顕微鏡の検査は、100例も見れば自分ひとりで診断できるようになりますから、それほどむつかしいことではないと思います。

 さて、話を戻しましょう。あなたが、もしも水虫を疑えば、直ちに皮膚科、もしくは皮膚疾患のトレーニングを受けている内科や総合診療科を受診しましょう。自分のかかりつけの医者は水虫が診れるかどうか分からない、そう思われる方は、電話ででも問い合わせてみればいいと思います。顕微鏡の置いてないような病院や診療所で、水虫の薬を処方してもらうことは絶対にやめましょう。

 水虫や他の真菌による感染症は、痒みなどの症状がそれほど強く出ないことも多く、ついつい受診が遅れてしまいます。けれども、早期で治療していれば、短期間塗り薬を塗るだけで治ったのに、ほうっておいたために、足の水虫が足の爪やかかとにまで波及して、塗り薬だけでは治らなくなり、飲み薬まで飲まなければいけなくなったということもよくあります。こうなると、治るまでにかなり時間がかかりますし、治療にお金がかかりますし、飲み薬の副作用の心配までしなければなりません。そのため、最初に治していればしなくてもよかった血液検査までしなければならなくなってしまうのです。

 たかが水虫、されど水虫です。治療開始の時期が遅れたために、飲み薬が必要になって、長期間飲み薬を飲んでいたために肝臓まで壊したというケースも、今私が思い出しただけでかなりの数にのぼります。

 どんな病気でも早期発見、早期治療が望ましいのです。水虫のように自覚症状がない、あるいはそれほど強くないような病気でも、できるだけ早く然るべき医療機関を受診することが治療への最短距離であり、またお金も最も安くつくというわけです。

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2013年6月15日 土曜日

第4回  「頭が痛い!」 2005/03/15

頭痛を訴えて外来に来られる患者さんはかなり多いと言えます。頭痛というのは多くの人が悩まれている疾患で、おそらく一生のうちで一度も頭痛を経験したことのない人というのはそういないでしょう。私が週に一度勤務している大阪市立大学医学部附属病院総合診療科に来られる患者さんの最も多い訴えがこの「頭痛」であります。

 ところで、なぜ「頭痛」を訴える人の多くが、他の診療科を受診せずに、総合診療科を受診するかと言えば、他のどこに行っていいか分からないというのがその理由のひとつです。消化器の専門医や呼吸器の専門医、あるいは心臓の専門医というのは数多くいますが、頭痛の専門医というのはそう多くはいないのが現状です。

 医学的な観点から説明しておくと、頭痛というのは一応「神経内科」が適しているものと思われます。なぜなら頭痛というのは神経細胞のかたまりの脳、あるいは脳の付近で生じるからです。しかしながら、外傷後の頭痛(スノーボードで転倒した数日後というのが最近は多い)や、外傷がなくても、高血圧を持っていたりお酒をたくさん飲む人などではクモ膜下出血などの緊急を要するものである可能性もあります。そしてこの場合に適切な科は「神経内科」ではなく、「脳外科」ということになります。

 さて、あなたなら頭痛が出現したときにどこの科に行きますか? 神経内科や脳外科の看板を出している病院はそれほど多くはありませんし、大学病院など大きな病院の「神経内科」では一般に頭痛をそれほど多く診ません。また脳の血管損傷であれば、「脳外科」が正解!ということになりますが、そんなこと一般の患者さんに簡単に診断できるものではありません。

 では、頭痛を感じたときに、どのように対処すればいいのでしょうか。

 まず、今までに体験したことのないような激しい頭痛、意識障害や尿失禁、あるいは嘔吐などを伴うような頭痛であれば、救急車を呼ぶのが無難です。救急救命士の方なら、ある程度は、症状から緊急度や適切な搬送先が分かりますから、ここはプロに任せるのが懸命な選択です。

 次に、救急車を呼ぶまでもないときですが、これは幅広く疾患を診る内科医や、総合診療科医(プライマリ・ケア医、家庭医)に相談するのがいいでしょう。なぜなら、頭痛の原因はかなり多岐にわたり、複雑なものも多く、幅広いアプローチで診断できなければならないからです。また頭痛というのは、再発したり慢性化することが多いため、長期でみてくれる医師、つまりかかりつけ医にみてもらうのがいいといえます。

 ここでは、私がこれまでに実際に診療した患者さんで、興味深かった症例をご紹介したいと思います。

 1例目は、ある病院で私が夜間当直をしていたときに診た、「頭が割れるように痛い」といって会話もできないほど痛みに苦しんでいた32歳の男性の患者さん(Aさん)です。奥さんに連れられてやってきたAさんは、意識こそなんとか保っているものの、「頭を鈍器か何かで殴られたように痛い!」と訴えます。奥さんによると、毎日かなりのお酒を飲むということと、親戚がクモ膜下出血で倒れたことがあるとのことです。こう言われると、医学部の学生でさえも真っ先に考える疾患があります。「クモ膜下出血」です。私も当然、クモ膜下出血を強く疑い、頭部のCTをオーダーしました。クモ膜下出血は頭部CTで簡単に診断できることが多いのです。

 患者さんをストレッチャーに載せているときに、しかし、患者さんの診察をすると、クモ膜下出血特有の身体所見がみられずに、さらに痛いのは左半分だけと言います。もしかして、と思って、救急室を出る前に、イミグランという片頭痛の薬を注射しました。すると、CT室に到着する前にあれほど痛かった頭痛がぴたっと止んだのです。

 そうです。この患者さんの正しい診断名は「片頭痛」だったのです。片頭痛は最近たくさんのいい薬が出ており、随分多くの患者さんが救われています。

 次に2例目の症例をご紹介しましょう。これは私の診療所に訪れた患者さんBです。Bさんは31歳の女性で職業は看護師です。Bさんは、出産後片頭痛に悩まされており、私の診療所に一般的な鎮痛剤を処方してほしいと訪ねてきました。看護師ですから当然鎮痛剤の知識があります。ところがこの患者さんは、片頭痛の特効薬は試したことがなく、普通の生理痛などに使う鎮痛剤しか服用していないというのです。もちろんそれだけで治る場合もあって、それなら問題はないのですが、Bさんの場合はその鎮痛剤を飲みすぎた結果、副作用で胃を痛めているというのです。

 私が、片頭痛の薬の話をすると、非常に驚かれて、「私の病院(300床程度の総合病院)ではそんな薬置いてない。現に片頭痛で悩んでいる同僚は多いが誰もそんな薬を持っていない」と言い張ります。私は、「そんなことはない。最近発売になった薬が多いからあなたがまだ知らないだけです」と言って、最近発売された片頭痛の薬を処方しました。この薬は、痛くなったときや、痛みの前兆を感じたときに、口にいれるとすーっと溶けてすぐに効果の現れるもので、服用するときに水もいらず、非常に便利な薬です。

 3週間後、Bさんは再び受診しました。「先生あの薬よく効くわー。あと1つしかないからまた処方して!」と言いました。「よく効くのが分かったんやったら自分の病院でもらいーや。置いてあるやろ」と私が言うと、「ううん、薬剤庫に行って薬剤師の人に聞いたけど注射しか置いてないって言われた」というのです。内科を標榜している総合病院ですからちょっと信じられない話ですが、おそらくこの病院では頭痛を積極的に診る医師がいないのではないかと推測されます。

 片頭痛に生涯に一度は罹患する人は、日本人の約8%と言われています。症状が強い人だと仕事が続けられなくなったり、子育てができなくなったりします。もしもあなたが片頭痛をお持ちで、今飲んでいる薬に疑問を持っているなら、頭痛を積極的に診る医師を受診することをすすめます。

 3例目は28歳の女性(Cさん)です。Cさんは1ヶ月前から片頭痛を感じるようになり、今まで飲んだことのなかった市販のバファリンが手放せなくなったとのことです。バファリンを飲むと頭痛はおさまるけど、毎日のように出現する。薬を手放さなければ妊娠もできないし何とかしてほしいと言います。Cさんは最初しきりに頭のCTを撮影してほしいと言いましたが、こういう症例でCTを撮ったところであまり意味がありません。それを説明して納得してもらうと、「じゃあ先生、原因は何?」と強く質問してきます。片頭痛は普通は毎日出現することはありませんから、このケースは典型的な片頭痛ではありません。私は頭の先からつま先まで診察をし、過去にした病気、家族が患っている病気、喫煙・飲酒の度合い、飲んでいる薬などを丁寧に聞きました。

 しかしながら、結局Cさんの頭痛に関連していると思われるようなエピソードは何もありません。とりあえず一般的な鎮痛薬を処方して、1週間後にもう一度来てもらうように言いました。Cさんは不服そうです。できるだけ薬は飲みたくないというのです。最近はこういう患者さんが少なくありません。私は、処方した薬がそれほど強いものではないということと、除々に減らしていってやめる方向で考えていることを告げて、なんとか納得してもらいました。

 Cさんが立ち上がって、診察室のドアを開けようとしているときに、「いつも病院で処方される薬は飲まないの?」とちょっと雑談っぽく聞いてみました。すると、Cさんは言いました。「はい、飲みません。私は健康ですから、サプリメントとビタミン剤以外はできるだけ飲まないようにしているのです」

 ここで私はピンときました。慌ててもう一度Cさんを椅子に座らせて、飲んでいるビタミン剤とサプリメントを聞き出しました。「やっぱり・・・」私の推測は当たっていました。ちょうど頭痛の出現しだした1ヶ月前から、新しく、イチョウの葉でできたサプリメントを飲み始めたというのです。このイチョウの葉でできたサプリメントは脳の血管拡張作用があるため、副作用で頭痛が出現することがあるのです。

 医師(特にプライマリ・ケア医)というのは、サプリメントにも敏感でなければなりませんから、日頃からこういう情報を収集するようにしています。一方、サプリメントを販売している人達は、こういうことを知っているのか知らないのか、「薬と違うから副作用がなくて安心!」と言って知識のない人達に販売しています。

 以前、別のところで、コエンザイムQ10による肝障害を報告しましたが、サプリメントはなにかと厄介なものなのです。正しく使えば健康増進に寄与するのでしょうが(私もいくつか飲んでいます)、正確な知識がなければ安易に手を出すべきものではありません。また、患者さんによっては、服用していることを医者に内緒にしようと考える人も少なくありません。これは非常に危険なことです。サプリメントを安全に正しく使うには、必ずかかりつけ医に相談すべきだと私は考えています。

 話を戻しましょう。結局私は、Cさんには何も処方せず、イチョウの葉のサプリメントを中止して1週間様子をみるように指示しました。1週間後に受診したときは、「先生の言うとおりでした。あのサプリメントをやめると、きっぱり頭痛は無くなりました」と言ってました。

 さて、そろそろまとめましょう。頭痛の原因は様々であり、ちょっと例を挙げると、片頭痛、筋緊張性頭痛、群発頭痛、クモ膜下出血、小脳出血、脳炎、髄膜炎、インフルエンザによる頭痛、帯状疱疹、薬やサプリメントによる頭痛・・・、と多岐にわたります。そしてこれらの診断を確定するために必要な検査や治療法ももちろん多岐にわたります。

 頭痛を生涯経験しない人はほとんどいません。あなたには予期せぬ頭痛が襲ってきたとき、相談できるかかりつけ医はいますか?

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2013年6月15日 土曜日

第3回 「おなかが痛い!」 2005/03/01

「おなかが痛い」と言って、夜間に病院や診療所を受診する人は少なくありません。これは「はやりの病気」というよりも、昔から、そして一年中ある症状です。その原因も、ウイルス感染によるものだったり、虫垂炎(いわゆる”盲腸”のこと)だったり、あるいは(おなかが痛いと言っているのに)実は心筋梗塞だったり、と様々です。子供なら便秘のことも多々ありますし、若い女性なら、卵巣出血や子宮外妊娠ということも珍しくありません。

 この「おなかが痛い」という症状でも、「どこにいっていいか分からない」という患者さんがよくいます。いくつか、私が経験したケースや、患者さんに聞いた話をご紹介しましょう。

 患者さんAは、今まで経験したことのないような腹痛を最近何度か経験するようになりました。お腹が痛いんだから、消化器内科に行けばいいんだろうと思って、ある病院の救急外来を受診しました。ところが、その病院ではその日は、夜間の当直医は消化器内科医ではなく、循環器内科医でした。まあ同じ内科の先生だから大丈夫だろうと思って診察を受けたのですが、その医師の診察した結果は、診察時には症状がなくなっていたこともあり、「自分は循環器内科医だから、専門的な診察ができない。おなかのことなら消化器内科の専門の診察を受けるべき。今日は胃薬を出しておくから明日の午前中に消化器内科を受診するように。」とのことでした。

 患者さんAは、それもそうか、と思って処方された薬を持って帰宅しました。ところが、夜間に再びおなかが痛くなってきました。今度は息もできなくなって、救急車で先ほどとは別の救急病院に搬送されました。そこでの診断が、なんと「心筋梗塞」、つまり循環器の病気だったのです。患者さんAからすると、なんで最初に行った病院の医師が循環器内科医だったのに、きちんと診てくれなかったんだろう・・・、となります。
 通常、心筋梗塞や狭心症という心臓の血管がつまっておこる病気は、「胸が痛い」という訴えになることの方が多いのですが、この患者さんAのようにときには「おなかが痛い」という訴えになることもあります。
 
 患者さんBは4歳の子供です。夜間におなかが痛くなり泣き出しました。お母さんは、何とかしなければと思って、近所の病院につれていきました。ところが、そこの病院では子供はみれないと言われたのです。ときどき熱をだしたときにその病院で診てもらっていたのですが、それは昼間です。夜間は内科の当直医しかおらずに、小児科は診れないと言われました。しかたなく、お母さんは電話帳で夜中でも子供をみてくれる病院を探しましたが、なかなか見つかりません。仕方なく、救急車を呼んで大きな病院に搬送されました。さんざん待たされたあげく、小児科医の診断は、単なる便秘でした。実際、浣腸をするとぴたっと泣き止んで症状はなくなりました。その病院は、地域にひとつしかない高度先進医療をしている病院で、医師からも看護師からも「単なる便秘で救急車ねぇ・・・」と少しイヤミを言われてしまいました。

 ではこのケースではどうすればよかったのでしょうか。最初に受診した病院の内科当直医はこの患者さんBを診察すべきだったのでしょうか。これはむつかしい問題です。結果として患者さんBは単なる便秘でしたが、子供の腹痛には、一刻も早い専門処置が必要になる病気もあります。例えば粘血便の出る腸重積がそうですが、もしもこの内科医が今までに一度も腸重積をみたことがなければ、診断を下すのはかなりむつかしいでしょう。つまり、「自信のない分野の病気は診ない」という、この内科医のとった行動は一概に責められるものではありません。

 では、たかが便秘で救急車を呼んだ患者さんBのお母さんがおおげさすぎたのでしょうか。決してそんなことはありません。医学的知識のないお母さんが、この腹痛は単なる便秘だなどと診断できるわけではありませんから。逆に、もしこのケースが腸重積だったとしたら、放っておいたら大変なことになったかもしれません。けれども、医療側の立場からすると、単なる便秘で救急車を呼ばれたら、本当に一刻も早い処置をしなければ救命できないような症例を待たすことになるかもしれない、という危惧もあるわけです。

 このケースで問題なのは、夜間に診察をする小児科医が少ないということでしょう。もうひとつ、しいて言うならば、小児科領域のプライマリ・ケアをみることのできる医者が少ないということだと思います。プライマリ・ケア医が近くにいれば、もちろん子供も診ますから、今回のように救急車を呼ぶ事態にはならなかったかもしれません。

 患者さんCは32歳の女性です。お腹が痛いからある病院を受診して、複数の医者に診察を受けたけども診断がつかず、血圧が下がって意識が遠のいた時点で、初めて婦人科疾患を疑われ、婦人科のある病院に搬送されました。結果は卵巣出血で、その病院で緊急手術を受けてなんとか一命をとりとめました。このケースは、最初に診た医者はそれほど責められることはないかもしれません。けれども、術中に輸血をおこなわなければならなかったこともあり、患者さんは、なぜ初めから卵巣出血を疑ってくれなかったんだろう、と不満が消えなかったそうです。

 患者さんDは病院嫌いの53歳の男性です。以前から腹痛を自覚していましたが、市販の胃薬を飲むとよくなっていたので検査などは受けずに放っていました。ところがある日、これまでに体験したことのないような腹痛に襲われて、救急車を呼ぶことになりました。診断は「消化管穿孔」。胃潰瘍が重症化し、放置しておいたために症状が進行し、ついに胃に穴があいてしまったのです。緊急手術がおこなわれ、一命は取り留めましたが、腹腔内の感染症もあり(穴からばい菌が胃の外に飛び出し、おなかのなかで増殖したため)、2週間以上の入院を余儀なくされました。
 「もっと早く受診してくれてれば手術せずにすんだのに・・・・」医者や看護師から何度も同じことを言われ、Dさんは病院に対する見方を少し変えました。

 例を挙げればきりがありませんが、このように「おなかが痛い」といっても、急ぐものから、少々なら放っておいてもいいものがあったり、また、消化器だけではなく、循環器や婦人科領域のものがあったりと、実にバラエティにとんだ症状です。

 もしも、これを読んでくれている人が「おなかが痛い」という症状が出現すれば・・・・、やっぱりすぐに医者を受診すべきだと思います。場合によっては救急車を呼んでもいいと思います。ただ突然出現した場合は仕方ありませんが、以前から同じような症状があったりとか、例えば下痢や便秘などの別の症状が前からあるのなら、できるだけ早いうちにかかりつけ医に診察してもらっておいた方がいいでしょう。単なる便秘、単なる下痢、単なる腹痛、そう思っていると、実は大きな病気が潜んでいた!、なんてこともないわけではないですから。

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2013年6月15日 土曜日

第2回 花粉症 2005/02/22

 花粉症が流行っています。スギ花粉の少なかった去年に比べると、今年は20~30倍もの花粉が浮遊しているという報告もあります。昔から花粉症だという人もいれば、今年突然花粉症になったという人もいます。いったん発症すれば、今後長い間お付き合いをしなければならない病気だけに、症状を持っている人は大変です。

 花粉症の原因や免疫応答のメカニズムなどについては、いろんなところで紹介されていますので、ここでは「花粉症の上手な医者のかかり方」についてお話したいと思います。
 まず、病院嫌いの人や病院に行く時間のない人は、薬局で薬を買うことになります。それで治るという人もいますが、治るという人によく聞いてみると、薬の副作用に苦しめられると言う人が大勢います。副作用の代表は「眠気」です。この眠気の副作用があるために、仕事に影響が出る、とか、車を運転できなくなる、とかいった理由で薬を飲みたいけど飲めないという人も少なくありません。

 この眠気を惹起する花粉症の薬というのは「抗ヒスタミン薬」です。抗ヒスタミン薬がもたらす眠気は相当なもので、我々医師は、術後などで内服のできない入院患者さんが不眠を訴えたときに、眠気を誘発する目的で抗ヒスタミン薬の注射をおこなうこともあるほどです。たしかに鼻水や目のかゆみを止めるのに、抗ヒスタミン薬は劇的な効果がありますが、これだけ強い眠気が起こるのでは、実際には服用しにくいと言えます。

 ではどうすればいいのでしょうか。答えは、「眠気の起こらない抗ヒスタミン薬を医者に処方してもらう」です。最近の抗ヒスタミン薬は、この眠気がいかに起こらないか、といった観点から開発されています。喉が渇くなどの副作用は依然として起こりえますが、最大の難点であった眠気はほぼ解消されたのです。ただ人によってはそれでも眠気が起こることがありますが、その場合は他の抗ヒスタミン薬に代えてみるとうまくいくことが多いと言えます。多くの製薬会社が眠気の起こらない抗ヒスタミン薬を開発していますから、じっくりと取り組めば眠気の起こらない薬が見つかることは充分期待できるのです。

 どうしても抗ヒスタミン薬を使いたくない、という人は、漢方薬を試してみるのもいいでしょう。西洋薬である抗ヒスタミン薬に決して劣らないような漢方薬もあります。実際私は、何を飲んでも治らないという難治性の花粉症の患者さんに、ある漢方薬を処方して嘘のように治った、という経験をしたことがあります。

 花粉症の対策として、飲み薬だけでは不充分であることも多いでしょう。そんなときは、点鼻薬や目薬を使います。この場合も薬局で処方箋なしで買えるものより、医者が処方する薬の方がよく効きます。
 
 さて、先日ある患者さんからこんな質問を受けました。「先生、花粉症のときは何科にかかればいいんですか」というものです。正解を言いましょう。答えは「アレルギー科」です。アレルギー科を標榜している医師なら、専門的な見地から花粉症の治療をおこないます。ただし、アレルギー科を標榜している診療所というのはそれほど多くありません。かといって、私が他のところで述べているように、花粉症で紹介状もなく大きな病院に行くのも不適切だと思います。

 鼻水が出て、目が充血して、アレルギーがでる病態だからということで、患者さんによっては耳鼻科にいったり、眼科にいったり、あるいは皮膚科を受診する患者さんもいるようです。すると、極端に言えば、抗ヒスタミン薬は皮膚科で、点鼻薬は耳鼻科で、目薬は眼科で処方してもらわなければならない、などといった事態になるかもしれません。

 これは私が繰り返し主張していることですが、そもそも人間の病気を臓器別で考えることには無理があるのです。だからこそ何でも相談できるかかりつけ医(プライマリケア医)が必要なのです。どこの科を受診していいか分からないような症状でも、何でも相談できるプライマリケア医の診察を受ければ、多くはその場で治療できますし、より専門的な検査や治療が必要であるような場合は、適切な診療所、あるいは病院を紹介してもらえるのです。

 私の診療所でも花粉症の治療をおこなっていますが、多くは抗ヒスタミン薬、点鼻薬、目薬で症状が軽快します。場合によっては、抗ロイコトリエン薬という他の内服薬を加えることもあります。また、漢方薬を加えたり、あるいは漢方薬単独で治療する場合もあります。それ以上の専門的な治療、例えばレーザー焼灼法や脱感作療法というものが必要であったり、希望される患者さんに対しては、然るべきアレルギー科の診療所・病院を紹介するようにしています。
 
 では、今日のポイントをまとめましょう。

   薬局で医師の処方箋なしで買える花粉症の薬は眠気の副作用で苦しむことが多い。
   医師にかかるときは、アレルギー、鼻、目などを総合的に診る医師を探すべき。
  そのためにはアレルギー科を標榜している診療所、あるいはプライマリケア医が最適。・多くの眠くならない抗ヒスタミン薬や漢方薬がある。場合によってはレーザー治療などの専門治療もある。必ず適した治療法が見つかるから決して治療をあきらめない。 

 これを読んでくれている人のなかで花粉症の方がおられましたら、決して治療をあきらめないでくださいね。きっとあなたに合う治療法が見つかるはずですから。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2013年6月15日 土曜日

第1回(2005年2月3日) インフルエンザ

 冬の病気と言えばやっぱり風邪ですね。どこの病院の外来をしていてもやっぱり冬は風邪の患者さんが一番多いです。そして今年の流行といえば、お腹に症状がでる風邪ですね。最初喉が痛くなって鼻水がでてきて、軽い風邪かなと思っていたら、吐き気と下痢に襲われて、ひどい場合は点滴が必要になる……、というパターンです。これに今年は今流行りのノロウイルスが引き起こす食中毒の患者さんも大勢来られますから、時間外の待合室は、嘔吐と下痢の患者さんばかりになることもあります。

 ノロウイルスにしてもお腹に症状が出る風邪にしても、まあたいていは1日か2日会社を休んで点滴治療を数回受ければ治ります。ところが同じ風邪のなかでも非常にやっかいなものがあります。そう、インフルエンザです。私も過去に一度感染したことがあります。40度近い発熱に、強烈な頭痛、恐ろしいほどの倦怠感、トイレに行くのも這いつくばりながら死ぬ思いで行かなければなりませんでした。

 今年はまだインフルエンザがそれほど流行っていないように思います。去年の今頃はすごく流行っていて、発熱の患者さんが来れば、インフルエンザ抗原の迅速検査を行なっていました。今年も何人かはインフルエンザ陽性の患者さんがいましたが、去年と比べるとかなり少ないような印象があります。

 けれどもおそらくこのままでは終わらないでしょう。実は去年も医師どうしで「今年はインフルエンザ少ないね」という会話を年末までしていたのです。ところが、年が明ければ一気に広がって日本中で大流行しました。それを考えれば今は落ち着いていても来週には大流行、ということが充分にありえます。

 さて、インフルエンザ対策としては何をすればいいでしょうか。これは一番大事なことはワクチン接種です。インフルエンザワクチンを接種すれば100%感染を防げるわけではありませんが、ワクチンをしていると、仮に感染したとしても症状が軽くすみます。行政に義務付けられているわけではありませんが、小児と高齢者は全員接種された方がいいでしょう。また我々医療従事者もほぼ全員が接種しています。

 ワクチンは普段病院と縁のない人はなかなか接種する機会がないかもしれませんが、何とか時間をみつけて接種することをおすすめします。特に人と接する仕事をしている人には強く勧めます。料金は自費になるため少々高くつきますが、インフルエンザに感染するあの苦しみを考えると接種しておいて損はありません。ただ、今年はもう遅いかもしれません。抗体ができるまでに数日間かかりますから、ワクチンの有効性が出る前に感染してしまった、ということも起こりえます。

 インフルエンザのワクチンはできれば11月くらいまでに接種するのが理想です。これを読んで納得していただいた方は、来シーズンこそ早めのワクチン接種をしましょう!

 さてインフルエンザの薬ですが、実はよく効く薬があります。タミフルといって非常にすぐれたカプセルの薬です。これはワクチンが存在しない新型インフルエンザに感染したとしてもある程度の効果が期待できる優れた薬です。

 ただ、ひとつだけ欠点があるんですね。それは、早めに飲まないと効果がない、ということです。どれくらい早めに飲む必要があるかというと、症状出現後48時間以内です。だから、「インフルエンザかもしれないけど、もう病院はしまっている時間だから明日の朝受診しよう」と考えていたのでは間に合わなくなることもあるのです。今は20分程度で結果の分かる優れた検査もあって、これはどこの診療所にも置いています。だから「疑えばすぐに受診!」がコツなのです。

 最後にインフルエンザのポイントをまとめておきましょう。

 1 ワクチン接種を11月までにおこなうべし!
 2 特効薬は48時間以内に飲まないと効果がない!
 3 疑えば夜間でも病院を探して受診すべし!

 インフルエンザは誰にでも感染する病気です。「自分は健康だから大丈夫」という理屈はこの病気に対しては通用しません。油断大敵なのです。それから言うまでもないことですが、日々の手洗いとうがいはお忘れなく!

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