ブログ
2025年8月17日 日曜日
第264回(2025年8月) 「ブイタマークリーム」は夢の若返りクリームかもしれない
「米国では1本23万円もする若返りクリームが、日本ではなんと約98%引きのわずか5400円!」と聞けば興味が出てこないでしょうか。
この表現をきちんと理解するにはいくつかの条件があるのですが、まったくのデタラメを言っているわけではありません。今回はこの、日本では驚くほど安い値段がついている魅惑的なクリームについての紹介をしたいと思います。
ブイタマークリーム(以下、単に「ブイタマー」)は2024年10月29日に処方薬として登場しました(なぜ10月29日に登場したかについては2014年のコラム「乾癬(かんせん)の苦痛」を読んでもらえれば分かります)。処方薬ですから、医療機関でしか扱っていませんし、希望したから処方を受けられるというわけではありません。おそらくは現時点では、まともな医療機関であれば「自費でお金を出すから売ってほしい」とお願いしても販売してもらえないでしょう。ただし、例えば、やせ薬の「リベルサス」や「マンジャロ」が美容クリニックでは気軽に買えるように(高いですが)、ブイタマーもそのうちお金さえ出せば簡単に手に入る薬となるでしょう(もしかすると、めざとい営利主義のクリニックはすでに販売しているかもしれません)。
処方薬として登場したということは、処方可能な「病名」があるはずです。その病名とは「アトピー性皮膚炎」(以下、単に「アトピー」)と「尋常性乾癬」(以下、単に「乾癬」)です。これらいずれかの疾患を有していて、医師が必要と判断し、なおかつ患者さんが希望すればブイタマーが処方されます。
薬価は1グラム300.8円。1本15グラムですから1本あたりの薬価は4,512円となります。3割負担の場合は4,512 x 0.3 = 1,353.6円です。冒頭で述べたのが60グラムの価格なのは、米国では1本60グラムで処方されているからです。
薬価(健康保険を適用した価格ではなくそのままの値段)でいえば、日本では1グラム300.8円。60グラムなら18,048円。一方米国では1510.03ドル(≒23万円)。この時点で日本の値段は米国の92%以上の割引となります。なぜ日本の値段はこんなに安いのかについてはよく分からないのですが、そのことはいったんおいておいて、谷口医院でこれまで処方してきたブイタマーの「成績」について述べていきましょう。
アトピーの治療の基本はシンプルであり、ルールはただひとつ、「リアクティブ療法→プロアクティブ療法」だけです。「リアクティブ療法」とはかゆいところにひたすらステロイドを塗りまくるだけの治療で、どれだけ重症のアトピーでも(全身が真っ赤に腫れあがり一睡もできないほどかゆい状態でも)1週間ステロイドを外用すれば治ります(ときどき「ステロイドをいくら塗ってもかゆみがゼロにならない」と言う人がいますが、それは外用量が少なすぎるからです)。
問題はこの後、つまり1週間のリアクティブ療法でかゆみと炎症がとれた後です。ここからは「プロアクティブ療法」となります。プロアクティブ療法とは一言でいえば「かゆくないところに薬を塗っていい状態を維持すること」、つまり「予防」です。プロアクティブ療法に使用できる薬が、これまでは3種ありました。プロトピック(タクロリムス)、コレクチム(デルゴシチニブ)、モイゼルト(ジファミラスト)の3種です。いずれも「先発品の名前(一般名)」で表記しています。尚、ここからは便宜上、プロトピックはタクロリムスと呼び(「タクロリムス」は一般名かつ後発品の名称です)、コレクチムとモイゼルトはそのままそのように呼びます(これらには後発品がありません)。
2024年10月28日まではアトピーのプロアクティブ療法はこれらの3種のうちのいずれかを、あるいは複数種を組み合わせて使用していたわけですが、10月29日からブイタマーがラインナップに加わって4種類のプロアクティブ療法専用の薬が出そろいました。尚、ステロイドをプロアクティブ療法として使用するという方法もあり、リアクティブ療法が終了した後、同じステロイドを(あるいはランクを落としたステロイドを)1日1回うすく塗ります。
医療機関によっては、タクロリムス、コレクチム、モイゼルトの3種もプロアクティブ療法だけでなくリアクティブ療法として使用するよう勧めているところもあるようですが、谷口医院ではこれらはあくまでもプロアクティブ療法として使用するよう助言しています。理想は「1週間以内のステロイドによるリアクティブ療法。これが人生最後のステロイド。その後はタクロリムス、コレクチム、モイゼルト、ブイタマーのいずれかで、または組み合わせてプロアクティブ療法をおこない一生かゆみとは縁がない」です。
谷口医院では、およその目安として、「発売後1年以内の薬は原則として処方しない」をルールとしているのですが、ブイタマーはいつのまにか例外となりました……。初回処方は乾癬の患者さんに対してでした。
乾癬の基本的な治療は「ステロイドによるリアクティブ療法→ビタミンDによるプロアクティブ療法」です。ただ、これができれば理想なのですが、実際にはそううまくいきません。ビタミンDが万人に効くわけではないからです。ステロイドによるリアクティブ療法がうまくいっても(こちらは全例でうまくいきます)、ビタミンDによるプロアクティブ療法に切り替えたとたんに悪化して、再びステロイド……、となってしまうことがしばしばあるのです。それで、しかたなくステロイドを少量使用するか、あるいは重症の場合はオテズラ(アプレミラスト)という「ホスホジエステラーゼタイプ4阻害薬」と分類される内服薬を使うか、生物学的製剤とカテゴライズされる非常に高価な薬(こちらは内服と注射があります)に踏み切ることになります。
つまり、プロアクティブ療法に使える薬が(ブイタマー登場前は)3種類あったアトピーに対し、乾癬はビタミンDの1種類しかなく、しかも全例で効かないのです。そういうケースでやむを得ずブイタマーを処方したのが谷口医院の第1号でした。この患者さんはオテズラも効かず、生物学的製剤を導入したのですが、効果は不十分でしかも免疫抑制の副作用に苛まれることになりました。そこでブイタマーを「ダメ元」で使ってみたのです。ダメ元という表現はブイタマーに失礼ですが、生物学的製剤が無効な乾癬が外用薬で改善するなどとは思ってもみなかったのです。
結果は、意外にも劇的に効きました。それまで何をやってもうまくいかず、生物学的製剤でも効果が乏しかった超難治性の乾癬がブイタマーでほぼ治ったのです。しかも、非常に興味深いことに、再発もしていないのです。通常、乾癬は一時的によくなったとしてもプロアクティブ療法をやめれば悪化します。しかし、この事例ではブイタマーを中止してみて数か月経過しても再発しないのです。一例だけで薬の評価をするわけにはいきませんが、「奇跡的に効いた」という表現があてはまります。その後調べてみると、米国の報告でも乾癬の場合はブイタマーで症状がとれた後は何もしなくてもきれいな状態が維持できる事例がいくつもあることを知りました。
ここまで劇的に効いた薬を放っておくわけにはいきません。タクロリムス、コレクチム、モイゼルトよりも値段が高いことを説明した上で、アトピーの患者さんにも処方を開始しました。結果、副作用で使えなかった人も少数ながらいるのですが、軒並み評価は良好です。ただ、費用が高すぎて(下記に示すようにタクロリムスの薬価の8倍以上です)、「使いたいけど使えない」あるいは「全身に使いたいけど顔面だけにする」という声が多いと言えます。
☆各外用剤の1グラムあたりの薬価
タクロリムス軟膏(プロトピック) 36.7円
コレクチム軟膏 143円
モイゼルト軟膏 146.3円
ブイタマークリーム 300.8円
ブイタマーが魅力的なのはその効果だけではなく「クリーム」であることも挙げられます。タクロリムス、コレクチム、モイゼルトはいずれも「軟膏」です。すなわちべとつきます。他方、ブイタマーはクリームなのでスキンケア感覚で使用できます。よって手だけにハンドクリームのように使用するという人もいます。ブイタマーをハンドクリーム代わりとはなんとも贅沢な気もしないではないですが、患者さんの満足度が非常に高いのは間違いありません。
ここまでをまとめると、ブイタマーはアトピーにも乾癬にも非常によく効く。副作用はゼロではないが、患者さんの評価は軒並み高い。ただし費用(薬価)が高いのが欠点、となります。
さて、ここからが今回のポイントです。ブイタマークリームがなぜアトピーと乾癬に効くのかというと、強力な抗炎症作用があるからです。加えて、強力な抗酸化作用もあります。メカニズムは非常に複雑ですが、少しだけ説明しておくと、まずブイタマーを皮膚に塗ると有効成分が芳香族炭化水素受容体(=AhR)と結合します。この「ブイタマー+AhR」が皮膚の細胞の核内に入り、特定の遺伝子に働きかけます。これにより、抗炎症作用、抗酸化作用、さらには皮膚バリア機能の改善も起こります。これによって皮膚のうるおいが維持され肌が丈夫になるのです。つまり、抗炎症作用のみならず、抗酸化作用、皮膚バリア機能改善効果で皮膚を若々しい状態に保つことが期待できるわけです。
上述したように、なぜ日米でこれだけの価格差があるのかは分かりません。例えばRSウイルスの予防薬「ベイフォータス」は日本の価格は米国の10倍以上もします(米国519.75ドル、日本906,302円)。これを考えると、価格差の理由のことなど気にせずにブイタマーの恩恵に預かった方がよさそうです。まず間違いなく美容クリニックなどでは若返りを希望する人に自費で販売されることになると私は予想しています。
投稿者 記事URL
|2025年8月3日 日曜日
2025年8月 「相手の面子を保つ(save face)」ということ
前回のコラム「『人は必ず死ぬ』以外の真実はあるか」で述べたように、「知識をひけらかす人」はたいてい嫌われます。こういう人たちが滑稽に見えるのは、「とても格好悪いことをしていることに気付いていない」からです。
しかし「知識人」と呼ばれる人たちは、自分の知識を伝えることが仕事です。そして、広義には我々医師も「知識人」に含まれます。では、「(職業人として)知識を伝える」と「知識をひけらかす」の違いはどこにあるのでしょうか。
例えば、医師がプライベートの飲み会でうんちくを垂れ始めればたいてい嫌われることになります。しかし、学会で専門的な話のディベートになれば、言葉選びは慎重にしなければならないにせよ、きちんと理論整然と説明すればそれは知識のひけらかしではありません。
では診察室や病室で医師が患者さんに説明する行為はどのように考えればいいのでしょう。この場合、職業人としての説明ですから「知識を伝える」となりそうですが、ときに医師は「失敗」します。私は医学生の頃から、そんな失敗の数々をみてきました。先輩医師たちのそういう姿がとても勉強になったことを自負しているくらいです。
例を挙げましょう。心臓の症状に非常によく”効く”薬に「救心」があります。
患者:検査では心電図にもレントゲンにも異常がないと言われるんですけど、動悸がしんどいんですよ。救心を飲めばラクになるんですけど、私の病気は何なんですか?
医師:それは病気ではありません。救心が効くのは気持ちの問題です
患者:そんなことありません。救心は効くんです
医師:救心なんてものにはエビデンスがないんですよ。それは病気ではありません
患者:もういいです!
サプリメントや健康食品というものを医師は嫌うことが多いのですが、なかでも救心はそのトップにきます。私はこれまで医師が救心を否定する場面を数十回は見てきました。そして、お決まりのセリフが「エビデンスがない」。
これは医師の方が間違っています。「エビデンスがない」は便利な言葉で、一部の医師はこの一言で患者を黙らせることができると思っているようですが、「エビデンスがない」を示すのであれば、例えば二重盲検法などのエビデンスレベルの高い臨床試験を実施した結果「有効性がない」ことを証明しなければなりません。それができてはじめて「エビデンスがない」と言えるわけです。だから救心にはエビデンスがないのではなく、そもそも「エビデンスが検証されていない」が適切な表現です。
「病気ではない」も医師が間違っています。病気かどうかは「病気」の定義によって異なります。患者さんが動悸でしんどいのは事実です。しんどいわけですから少なくとも広義には「病気」と呼ぶことに問題はないはずです。自分の「ものさし」でみようとするから話が通じないわけです。
ちなみに私は医学生の頃から数えると、たぶん百人以上の患者さんから「救心は効く」と聞いています。そのため、検査で異常がなくて動悸や息切れでしんどいという人に救心を私の方から勧めることがあるくらいです。これはほとんどの医師からバカにされるでしょうが、実際に何割かは救心で症状が取れるわけで、これがバカな行為ならバカでけっこう、と思っています。という話を以前当院に来た研修医に話すと驚いていました……。
救心の例も含めて「知識をひけらかす」話者に常に共通しているのは「相手の気持ちが分かっていない」ことです。原則として、たいていどんなときも、まずは相手の気持ちを理解することに努めなければなりません。次に、その気持ちを理解していることを相手に理解してもらわねばなりません。つまり、目の前の相手に「ああ、この人は私が考えていることをきちんと理解してくれているんだな」と思ってもらう必要があるわけです。ここまできて初めて「知識を伝える」スタート地点に立つことができます。
結果として、目の前の相手が初めに考えていたことと正反対のことを伝えなければならなくなったとしましょう。例えば「救心で胸の症状が改善するそうだが、心電図に気になる所見がある。入院して精密検査が必要。しかし患者さんは入院を望んでいない」という場面に遭遇したとしましょう。
こんなとき「救心が効いていると感じるのは気のせいです。心電図に異常があるんだから入院して精密検査を受けてください」などと頭ごなしに言ってしまえば、患者さんはいい気持ちがしません。ときには反抗的になって「何があっても入院しません!」という態度になるかもしれません。わざわざ「気のせい」などという言葉まで使って患者さんの考えを否定することに意味はまったくないわけですが、なぜかこういうことを平気で言う医師がいます。
「相手を否定しない」、言い換えると「相手の面子を保つ」はこの社会で生きていく上で絶対に必要なマナーのようなものです。これは世界共通のマナーで、英語ではsave face、タイ語では(カタカナにすると)「ラックサー・ナー」(直訳すると「顔を守る」)となります。
個人的な体験になりますが、私がこの「相手の面子を保つ」の重要さを初めて身をもって知ったのは18歳の頃、アルバイトの場面です。当時旅行会社でアルバイトをしていた私は、ある日、神戸の三ノ宮駅で朝6時半からツアーのパンフレットを配布する役割を担っていました。パンフレットを駅前まで運ぶのは入社したばかりの社員の役割です。私を含めて合計5人ほどのアルバイトは全員遅れずに集まったのですが、待てど暮らせどその社員が来ません。その社員が来なければ肝心のパンフレットがないわけですから配布ができません。結局1時間ほど待っても社員は来なかったので我々アルバイトは何もせずに帰りました。
その日の夜、その会社の事務所に顔を出しました。ホワイトボードに日々のパンフレットの配布枚数が記載されていて、その日の三ノ宮の実績は当然「ゼロ」と書かれていました。これを見て社長から怒られるのは我々アルバイトです。このままではアルバイトがさぼったみたいです。そこで、私はそのホワイトボードに「〇〇さんが来なかったため」と書いたのですが、1つ上のアルバイトの先輩が立ち上がってそれを消し、さらに社長のところに赴いて「明日からまた頑張ります」と頭を下げたのです。私が「責任は社員の〇〇さんじゃないですか」と言うと、先輩は「社会っていうのはこういうもんや」とつぶやきました。このとき私は18歳で先輩は19歳。それから40年近くたった今も、私はその先輩を師と仰いでいます。
私見ですが、最近見事なsave faceを成し遂げたのが米国のトランプ大統領です。トランプ大統領についてはこのサイトでも否定的なことしか述べていませんし、私自身はまったく支持しませんが、イランに対する「外交」は見事でした。
2025年6月22日、米国空軍および海軍がイラン国内の複数の核関連施設に対し軍事攻撃を成功させると、翌日、イランは報復として、カタールの米軍基地に対してミサイルによる攻撃をしかけました。イランの被害が(諸説ありますが)かなり大きかったのに対し、イランの攻撃は最小限のものでした。しかし、米国のみならずイランも「勝利宣言」をしました。
つまり、トランプ大統領が非常にスマートにイランの「面子を保つ」ことに成功したのです。もしもイランが「戦争に勝った」と言うことができなければ、国民の支持を一気に失い、もしかするとやけくそになってイスラエルや米国に核戦争をしかけたかもしれません。繰り返しますが、私はトランプ大統領を一切支持しません。ですが、戦争という極めて難易度の高い交渉においてこれだけ見事に「相手の面子を保つ」ことに成功したことは賞賛されるべきだと思います。
政治家だけでなく我々一般人にも「相手の面子を保つ」に注意しなければならない場面はいくらでもあります。ついつい上から目線になってしまいがちな知識人は特に注意をしなければなりません。自分の価値観で、あるいは自分の「ものさし」で考えを押し付けてはいけません。
最後に、最近、御堂筋の「北御堂」の階段に掲げられていた掲示板の写真を張り付けておきます。
投稿者 記事URL
|2025年7月31日 木曜日
2025年7月31日 砂糖入りだけでなく「人工甘味料入りドリンク」もアルツハイマー病のリスク
「認知症のリスク」と言えば、2024年8月以降最も注目されているのが「LDLコレステロール」です。なにしろ、それまでほとんどノーマークだったこのありふれた項目が、血圧、喫煙、飲酒、糖尿などを差し置いて「アルツハイマー病の最大のリスクだ!」と言われるようになったのですから(参考:はやりの病気第253回(2024年9月) 「『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」)。
ですが、アルツハイマー病はできるだけ回避したい疾患ですから他のリスク因子にも注意する必要があります。最近注目されているのが「甘い飲み物」で、医学誌「Aging & Mental Health」2025年6月13日号に掲載された論文「砂糖および人工甘味料入り飲料とアルツハイマー病リスクの関連性:前向きコホート研究の系統的レビューと用量反応メタアナリシス(The association between sugar- and artificially sweetened beverages and risk of Alzheimer’s disease: systematic review and dose-response meta-analysis of prospective cohort studies)」で紹介されています。ポイントは次の通りです。
・「砂糖入りドリンク」の摂取量増加とアルツハイマー病リスク上昇には有意な関連がある(相対リスクは1.49)。たくさん飲めば飲むほどリスクが上昇する
・「人工甘味料入りドリンク」も同様に相関する(相対リスクは1.42)
・砂糖も人工甘味料も入っていないドリンクではアルツハイマー病との関連はない
************
砂糖または人工甘味料が加えられたドリンクは一切飲まないのが一番です。具体的には、缶コーヒー、砂糖の入った紅茶、コーラ、サイダー、ポカリスエットなどのスポーツ飲料水、果汁100%でないフルーツジュースなどです。さらに、栄養ドリンクも要注意です。
リポビタンDの場合、なぜか日本の製品やウェブサイトには記載されていませんが、タイのサイトには砂糖含有量が記されています。リポビタンD1本(100mL)あたりなんと18グラム! これはウェブサイトに誤った数値が書かれたわけではありません。その証拠にタイで販売されているリポビタンDの写真(下記)が掲載されています。この写真にはたしかに「炭水化物21グラム。そのうち砂糖が18グラム」と書かれています。一般に、角砂糖1個が3グラム程度とされていますから、リポビタンDを1本飲めばそれだけで角砂糖6個にもなります。
尚、人工甘味料についてはメルマガで好評だったために毎日メディカルで取り上げましたのでこちらもご参照ください(無料です)。
毎日メディカル2025年6月9日「カロリーゼロでも太る? やせたいなら、食べてはいけない『人工甘味料』」
投稿者 記事URL
|2025年7月27日 日曜日
2025年7月27日 コロナワクチンが救ったのは1440万人ではなく250万人
2021年のあの狂乱を覚えているでしょうか。救世主のように登場した新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)のワクチンを大多数の国民が奪い合うように求めていたあの異常な状態を。
その後、オミクロン株が流行し始めた頃あたりから、コロナワクチンの有効性を疑問視する声が増え始めました。しかし、それまでは有効であった、しかも劇的に有効であったことはいくつもの研究が示しています。よって、オミクロン株が日本で流行し始めたのは2022年の初頭くらいですから、「2021年には、つまりワクチンが登場した年には、高い効果を有していた」のは事実ということになります。ただし、「有効だと示した研究が正しければ」ですが……。
コロナワクチンが有効であることを示した論文は多数ありますが、最も有名な1つをここで紹介しましょう。「THE LANCET infectious diseases」2022年9月に掲載された「コロナワクチン接種1年目の世界的な影響:数理モデル研究(Global impact of the first year of COVID-19 vaccination: a mathematical modelling study)」です。下記のグラフを見れば一目瞭然です。
黒の実線が実際にコロナ関連で死亡したと考えられる人数で、赤の実線がワクチンをうっていなかったときの死亡者の予測数です。コロナワクチンが世界中の大勢の人々を救ってきたことが分かります。この論文によるとワクチンで救われた人は世界中に1440万人もいます。
この「ワクチンで救われた1440万人」という数字に聞き覚えのある人もいるかもしれません。数字の出処はおそらくこの論文です。この「1440万人を救った」という”事実”はWHOのサイトにも記載されています。
では、コロナワクチンは今でこそ効果が見劣りしてきているけれど、2021年の頃には大勢を救ったメシアのような存在だったのでしょうか。
実は最近、コロナワクチンはこれまで言われていたほどには効果が高くなかったのでは?と、有効性に疑問を呈する論文が発表されました。「JAMA Network」につい最近掲載された「2020年から2024年にかけてコロナワクチンで救われた命と生存年数の世界推定(Global Estimates of Lives and Life-Years Saved by COVID-19 Vaccination During 2020-2024)」です。
この論文によると、「世界の1440万人を救った」とするような初期に発表された論文では、コロナによる致死率の前提が悲観的と呼べるほど過度に高く、ワクチンの有効性は楽観的なほど過度に高く推定されていた、とのことです。では、この論文からポイントをまとめてみましょう。まず表を示します。
ポイントをまとめると次のようになります。
・コロナワクチンが救った命は1440万人(2020年12月8日から2021年12月8日の間)からはほど遠く、実際には2020年から2024年までで250万人
・ワクチンで救えた10人のうち9人は60歳以上(89.6%)。10人中7人は70歳以上。ワクチンで命を救えた20歳未満は(世界中で)わずか299人。全体の0.01%(ワクチンで救えた1万人のうち20歳未満は1人だけ)。20~30歳では1,808人で、全体の0.07%(ワクチンで救えた1万人のうち7人が20~30歳)(*注)
・5,400回ワクチンが接種され1人の命が救われた。30歳未満でみれば、1人の命を救うために10万回のワクチンが接種された
この論文よると、これまでコロナワクチンは世界中で合計136億4千万回使用されています。その結果、救えた命は250万人、30歳未満でみると2千人ちょっとです。その2千人に入った(かもしれない)人は胸を撫でおろしているかもしれませんが、では、ワクチンが原因で死亡した、あるいは重篤な後遺症を残した人はどれくらいいるのでしょうか。
年代ごとのデータは見当たりませんが、日本だけでも、厚労省の資料によると、2024年6月の時点でワクチン被害に対する厚労省の「進達受理件数」が11,305件です。「進達」の意味がよく分かりませんが、被害者が申請して受け取ったという意味だと思います。ということは受け取ってもらえなかった、あるいは初めから諦めて申請していない人は含まれていないわけです。
他国をみてみると、英国では17,500人以上が、ワクチン接種によって自身または家族が被害を受けたとして政府のワクチン被害補償制度に申請しています。
過去にも述べたことがありますが、国を挙げてコロナワクチンに狂乱していた2021年のあの夏、私はメディアに「コロナワクチンはうってもうたなくてもリスクがある」という旨のコラムを書きました。すると、このコラムが炎上し、「お前は非国民か!」と言わんばかりのクレームが多数寄せられました。しかも、匿名の医師からのものも複数ありました。
当時、ワクチン推進派の医師たちは「同居するおじいちゃんやおばあちゃんを守るためにワクチンをうとうね」などと子供に呼び掛けていました。彼(女)らはそんなことを言っていた自分の過去を今どのように考えているのか聞いてみたいものです。
************
注:ワクチンで命を救えた20歳未満は表でも299人とされていますが、その内訳を合計するとなぜか298人になります。20~30歳もやはり表では1,808人とされていますが、内訳の合計は1,807人となります。この差の原因は論文を読んでも分かりませんでした。
投稿者 記事URL
|2025年7月21日 月曜日
第263回(2025年7月) 甲状腺のがんは手術が不要な場合が多い
新型コロナウイルスが流行しはじめて間もない頃、まだほとんどのクリニックが発熱外来を実施しておらず、遠方から当院を受診する患者さんが少なくありませんでした。「他に診てもらえるところがない」という理由で、40代のある女性が大阪南部のある市からはるばるやってきました。風邪症状は大したことがなく、コロナの検査も不要であることを説明し、これには納得されたのですが、問診時に気になることがありました。
「最近、近くのクリニックで甲状腺がんが見つかって手術する予定」と言います。「手術は半年先と言われているが、そんなに遅くて大丈夫なのか不安」、さらに「大きさは6mmと言われている」とのこと。
「手術は急いで実施する必要がなさそうで、サイズはわずか6mm……」、本当に手術が必要なのか、気になります。しかし、我々医師には「前医を批判してはいけない」というルールがあります。もしも、「そのがんはおそらく手術不要です。その医療機関には二度と行かない方がいいですよ。こちらでフォローします」などと言えば大問題になります。まして、この女性は当院を初診、しかも風邪症状での受診です。
私は「手術についてもう一度説明をしてもらえばどうでしょうか」と答えましたが、女性の心配事項は私と正反対でした。「がんなんだから早く手術してほしい」が彼女の思いでした。
この女性の「思い」はもっともです。がんなら早期治療(つまり早期の切除)が原則です。しかし、甲状腺がんはその「例外」となります。少し詳しく解説していきます。まず、甲状腺がんはおおまかに次の4種類に分類できます。
#1 乳頭がん
#2 濾胞(ろほう)がん
#3 髄様がん
#4 未分化がんまたは低分化がん
このなかで9割以上と大部分を占めるのが#1の乳頭がんで、これは生涯にわたり手術をしなくてもいいか、または手術をするにしても発見から長期間経過してからすべきがんです。病理学的には(細胞を顕微鏡で評価すると)乳頭がんは列記としたがんなのですが、このがんは例外的に進行が極めて緩徐で、たいていは放置しても問題ありません。
「がんを放置していい」などと言われると戸惑う人も多いでしょうから、エビデンスを示しましょう。これをクリアカットに説明するのに最適な論文が韓国から発表されています。2014年に医学誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文「韓国における甲状腺がん”流行” ― スクリーニングと過剰診断(Korea’s Thyroid-Cancer “Epidemic” ? Screening and Overdiagnosis)」です。
この論文、本文はわずか67行。しかも文章は平易で医師でなくても読めるコンパクトなものなのですが、内容は衝撃的です。興味がある人は是非読んでみてください(ただし有料です)。この論文のポイントは「韓国では甲状腺の超音波検査をどんどんやったおかげで早期発見が相次いだ。そして積極的に手術を実施した。しかし甲状腺がんで死亡する人は、まったく減っていない」というものです。グラフをみれば明らかでしょう。
甲状腺がんの”発症率”は極端な右肩上がり、2000年頃から急激に増えています。1993年には人口10万人あたり5人未満で、2011年には70人近くにまで増えていますから10倍以上になっています。ところが、甲状腺がんの死亡率をみてみると(グラフの一番下の緑の線)、人口10万人あたり1人程度で、昔からほとんど変わっていません。
つまり、韓国では甲状腺のスクリーニング検査に力を注ぎ、どんどん患者をみつけ、どんどん手術をしたけれど死亡率は変わらなかった。要するに全体的な視点、公衆衛生学的な視点からみれば「検査するだけ無駄だった」、そして「無駄な手術を大量に実施した」というわけです。
では、なぜそのようなことが起こったのかというと、「がんのほとんどが乳頭がんだから」です。上記のグラフをもう一度よくみてください。右肩上がりの甲状腺がんの”発症率”のすぐ下にも同じような点線があります。これが「乳頭がんの発症率」です。このグラフをみれば「甲状腺がんのほとんどは乳頭がん」ということが分かります。
甲状腺乳頭がんがどれくらいありふれたものかを確認するために他の論文をみてみましょう。フィンランドのある研究では合計101例の剖検(死亡者の解剖)での所見が調査されています。結果、101例の死亡者のなかで、甲状腺乳頭がんがあったのは36例(35.6%)、つまり3人に1人以上で乳頭がんが見つかったのです。しかも有病率は年齢と相関しなかった(高齢になれば有病率が上がるわけではない)というのです。
フィンランドには若年者に限定して調べた研究があります。40歳未満の小児および若年成人93名の剖検例から得られた甲状腺を調べたところ、13人(14%)に乳頭がんが見つかりました。
もうひとつ、別の論文をみてみましょう。こちらはこれまでに発表された年齢別のデータがある16件の研究を総合的に解析した研究です。剖検総数は6,286件で、乳頭がんの有病率は12.9%でした。年齢別のデータを見ると、40歳以下で11.5%、41~60歳は12.1%、61~80歳では12.7%、81歳以上は13.4%と大差なく、特に高齢になってから発症するがんではないことが分かります。このことから、甲状腺乳頭がんは、加齢とともに発生が増えるがんとは異なり、「若いうちに発生してほとんど進行しない」ことが分かります。
では実際にはどうすればいいのでしょうか。今まで述べてきたことは全体の視点、あるいは公衆衛生学的な視点からです。韓国のような検査方法は正しくなくて、医療費の無駄であることが分かります。手術をしてしまえば、ほとんどの例で生涯にわたり甲状腺ホルモンを飲み続けなければなりません。もちろん、手術には合併症(神経を切断してしまったり、副甲状腺を破壊してしまったり、といった後遺症を残すものが多い)のリスクもあります。
ただし、甲状腺がんのスクリーニング検査を受けて早期発見、早期治療が功を奏して「放っておけば死に至る甲状腺未分化がんを根治できた」という人も少数ながら(かなり少数ではありますが)存在するわけです。ということは、「その少数に入るのはイヤだから検査を積極的に受けたい」という考えの人もでてきます。
ならば、スクリーニング検査(超音波検査)で「乳頭がんかそれ以外のがんを正確に見極めればいい」ということになり、これはまったく正しいと言えます。しかし、それが極めて困難なのです。当院でも「乳頭がんと思われるが、他のがんも否定できない」という事例がときどきあります。そんなときは針生検(そのがんに直接針を刺して一部の組織をとる検査)目的で大きな病院を紹介することになります。ここで乳頭がんであることが分かり、「手術は不要です」となることも多いのですが、針生検をしても結局「乳頭がんであることを保証できない(未分化がんなど手術しなければならないがんの可能性もある)」と判断される場合もあって、この場合は手術せざるを得ません。
そういうわけで甲状腺がんというのは実に医療者を悩ませるがんなのです。しかし、やはり早期発見は重要です。谷口医院ではがんが疑わしい場合にはだいたい半年に一度くらい超音波検査を実施し、前回との「差」を見極めて、針生検に進むかどうかを検討しています。
************
参考:毎日メディカルの谷口恭のコラム
2025年7月9日「早期発見・早期手術も、変わらない死亡率 それでも続ける?原発事故後の甲状腺がん検査」
2025年7月16日「いまも続く福島県の甲状腺がん検査 国際的な評価は--?」
投稿者 記事URL
|2025年7月11日 金曜日
2025年7月 「人は必ず死ぬ」以外の真実はあるか
これを哲学的思考と呼んでいいのかどうかは分かりませんが、私は物心がついたときから「絶対に正しいことは何か」を考え続けてきました。すぐに思いつくのが「人は必ず死ぬ」で、これは「絶対に正しいこと」と言えるでしょう。今後、自分の脳内の神経の状態をコンピュータに再現させて、そのコンピュータのなかで半永久的に生きていくという方法が開発されるかもしれませんが、それは厳密な意味で「死なずに生きている」とは言えないと思います。
「人は必ず死ぬ」以外に絶対の真理は存在するのでしょうか。「1+1=2」はどうでしょう。屁理屈に聞こえるでしょうが、例えば愛し合う男女がいたとして子供ができれば「1+1=3」になります。「ボールを空に向けて投げればやがて地面に落ちる」は今ここでそれをやればその通りになるでしょうが、万有引力の法則は相対性理論と相いれないことを考えると「絶対に正しい」とは言えません。
「科学は必ず勝つ」も正しくありません。前世紀に比べ科学が発達した現在が、人々の暮らしを必ずしも幸せに導いていないことは自明です。「知識は身を助く」が正しいことを示す経験は無数にありますが、常にそうだとは限りません。「腐っているものを食べてはいけない」という知識を学んで命が救われる人もいるでしょうが、「ワクチンで感染症を防げる」と聞いてそのワクチンの副作用で死ぬ人もいます。
だからこそ、知識を得れば得るほど人は謙虚にならねばなりません。その知識が「絶対に正しい」わけではないからです。それに、仮にその狭い世界で「正しいこと」があったとしても、それは別の人からみればどうでもいいこと、という場合は往々にしてあります。
幸運なことに、私自身はそのことに早い段階で気付くことができました。1つ目の大学の1回生、私がまだ18歳だった頃、いくつかのアルバイト先でそれを知ることができたのです。例えば、旅行会社に籍を置いてリゾート地でアルバイトをしていた頃、「予約していたのに宿が空いていない」というクレームがよくありました。客の側からすればすでに支払いをしてクーポンを持っているのにその宿に泊まれないと言われるわけですから怒り心頭に発します。
こんなとき、なぜそんなことが起こったのかを理屈で説明しようとするアルバイト(偏差値の高い大学生である場合が多い)はお客さんの怒りの火に油を注ぐだけです。しかし、上手に相手の懐にとびこんで、いつの間にか怒っていたはずのお客さんを笑わせてこちらのペースに巻き込むアルバイトもいるのです。飲み会の場などでも(昭和の終わり頃はとにかく飲み会がたくさんありました)知識をひけらかすタイプはたいてい嫌われます。おそらくこれは令和の今もそうでしょう。「知識をひけらかす者は嫌われる」は「絶対とは言えないもののかなり真実に近いこと」です。
そういう考えのまま医学部の5回生になり臨床実習に入った私には一部の医師の姿が異様に見えました。「なんでそんなに上から目線なの?」と思わずにはいられない場面が少なからずあったのです。例えば、「医者の勧める薬を飲まない患者はおかしい」と堂々と発言する医師がいました。そもそも会って間もない、しかも人間性もよく分からない医者から偉そうに言われて信じろ、という方がおかしいわけです。「おかしいのはあんたの方やで」と心の中で毒づいたことは一度や二度ではありませんでした。
このサイトでも繰り返し述べたように、新型コロナウイルスのワクチンが登場したとき「有効性も安全性も高いからワクチンを打って当然」のようなことを堂々と発言する医師がいて、私には彼(女)らがとても奇妙にみえました。私が「新しいワクチンだからうつことにリスクがある」とメディアで述べると、ワクチン推奨派から一斉に攻撃されました。攻撃してきた者のなかには匿名の医師も何人かいてやたら理屈をぶつけてきました。「この論文を読んだのか!」などと偉そうなことを言ってくるわけですが、同じ論文を読んだ結果、私は「これをそのまま応用するわけにはいかない」と判断していたのです。腹が立つという感情にはなれず、私にはそういう医師たちの姿がとても滑稽に感じられました。
ビジネスの現場で意見が対立すると、いかに自分の主張が正しいかを必死で説こうとする人がいます。間違ったことをしたときに、あるいはミスをしたときに、必死で言い訳をしようとする人がいます。こういう人たちを私が哀れに思うのは「議論に勝っても事実上負けている」ことに気付いていないからです。議論で勝つ価値があるのは、大学生どうしのディベートや政治家の答弁のときくらいです。もしもあなたが相手を議論で打ち負かしてしまえば、打ち負かされた方はあなたのことを必ず嫌いになります。あえて敵や嫌われる相手をつくる必要はなく、恨まれて得をすることなどどこにもないはずです。
心理学や社会学の世界で有名な「ダニング・クルーガー効果」という現象があります。一言でいえば「バカな人ほど自分が聡明だという自信をもっている」となります。「バカな人は自分が正しいと思えばそれを決して譲らない」現象のことです。譲らないどころか、自分の意見や考えと異なる、あるいは対立する意見を示されたときに、かえって自説に強くこだわることすらあります。これは心理学用語では「バックファイアー効果」と呼ばれます。
「知識は身を助く」ことはたしかに多数あります。例えば、私がタイに滞在していた頃に、デング熱に一度も感染せず、大麻や覚醒剤にも手を出さず、HIVにも感染しなかったのは「知識」のおかげです。ですが、その知識を、必要としている人には伝授すべきですが、求めていない人に知識の押し売りするのは避けなければなりません。そういう知識を求めていない人にそんな話をすることを試みれば、すればするほど嫌われるだけです。
私がこのこと、つまり「いくら丁寧に伝えようとしても知識が伝わらないときは伝わらない」を改めて実感したのは2016年、ドナルド・トランプ氏が米国大統領選挙に出馬しようとしていた頃です。このときに氏は無茶苦茶な理屈を連発していたわけですが、それが間違っていると指摘されたときに大統領陣営は「alternative fact(もうひとつの事実)」という言葉を持ち出して、「大統領が(大統領も)正しい」と堂々と主張しました。こんな屁理屈が許されるなら何を言おうが「言ったもの勝ち」になってしまいます。それを大勢の米国市民は受け入れたのですから、知識で対抗しようとしても無駄な努力に終わることはもはや明らかです。
誰が言い出したかがよく分からないのですが、この現象は「ポスト・トゥルース(真実の後)の時代」とうまく表現されました。この表現の何が”うまい”かというと「ポスト・ドゥルーズの時代」という言葉を連想できるからです。ドゥルーズというのはフランスの哲学者で、書物はものすごく難解なのですが、ドゥルーズの思想をあえて一言でいえば「既存の枠組みを破壊せよ!」という感じです。そして、「ポスト・トゥルース」と言われると、かつて現代思想を一世風靡したドゥルーズにとって代わる新しい思想のパロディに聞こえるのです。ドゥルーズは「既存の枠組みを破壊せよ!」と言い、トランプ大統領のように無茶苦茶なことを正しいと言い切る思想は「既存の知識を破壊せよ!」と言っているように聞こえます。きっと私と同じことを考えた人が世界中に何人かはいると思うのですが、「ポスト・トゥルース、ポスト・ドゥルーズ」などで検索してもヒットしません。まあ、ダジャレで盛り上がっても面白くありませんが。
ポスト・トゥルースが当然の時代となった今も知識が依然生活に役立つのは事実ですが、知識を持っている者が偉いわけでも権力を手にすることができるわけでもありません。そして、改めて考えてみると「知識をひけらかす者」が嫌われるのは古今東西変わらないわけで、知識で他人より上の立場に立とうと考えている者がいたとすれば、いつの時代もそれは勘違いも甚だしい愚行なのです。
私はトランプ大統領を一切支持しませんし、ポスト・トゥルースなどと言う言葉が堂々とまかり通るばかりか、こんな思想が席捲していることを考えるとめまいがしそうになりますが、本来の人間の姿は理性的なものからほど遠く、人間社会が秩序を維持することなど到底できないことを世間に知らしめた点についてはどこか清々しさを覚えます。
「秩序」とは社会を維持しその社会の一員に自身を入れてもらうためにつくりあげた幻想のようなものなのでしょう。社会に頼らなくても生きていける者は秩序などには従わず、権力やカネやそしてときに暴力で相手をねじ伏せます。科学に基づいた客観的な知識などなくても真実はつくりだせばいいわけです。そんな人間が大国のリーダーであると考えると絶望的な気分になりますが、それが現実であることは受け入れざるを得ません。それを受け入れた上で、これからも知識を増やし、必要としている人には伝授し、自分と異なる考えをもつ人にはその人から学ぶ姿勢を維持していけばいいわけです。
「人は必ず死ぬ」以外に「絶対に正しいこと」などやはりどこにもありません……。という言葉で本稿を締めようと思ったのですが、脱稿直前にもうひとつの真実がみつかりました。「地球は必ず滅びる!」です。
投稿者 記事URL
|2025年6月29日 日曜日
2025年6月29日 食物アレルギーがある人の搭乗、重症化したり拒否されたり……
国際航空輸送評価機関のSKYTRAXは毎年航空会社のランキングを発表しています。2025年の航空会社トップ10は次の通りです。
1位 カタール航空
2位 シンガポール航空
3位 キャセイパシフィック航空
4位 エミレーツ航空
5位 全日空
6位 ターキッシュエアラインズ
7位 大韓航空(Korean Air)
8位 エアフランス
9位 日本航空
10位 海南航空(Hainan Airlines)
シンガポール航空は「航空会社のランキング」では2位ですが、「客室乗務員ランキング」では世界一、「ファーストクラスランキング」でも世界一です。
では、そんなシンガポール航空の「ビジネスクラス」に登場すればどれだけのおもてなしを期待できるのでしょうか。
報道によると、2024年10月8日、ニューヨークの小児科医Doreen Benary氏はフランクフルト発ニューヨーク行きのシンガポール航空SQ026便のビジネスクラスに搭乗しました。氏は重度の甲殻類アレルギーを有しているために事前に客室乗務員にその旨を申告していました。ところがエビが入った機内食を出され、異変に気付いた氏が客室乗務員に質問したところ、客室乗務員はミスを認め謝罪しました。しかし様態は重症化し、緊急着陸が必要となり、氏はパリで救急搬送され、2つの医療機関で治療を受けました。
航空会社ランキング世界2位のシンガポール航空がこの対応では大変心許ないわけですが、では他のランキング入りしている航空会社なら安心できるのでしょうか。
英国のリアリティ番組「Love Island」の出演者Jack Fowler氏は、カタール航空搭乗時にナッツアレルギーであることを客室乗務員に申告していたのに、二度も機内食として出されあやうく死にかけたことを自身のSNSに投稿したことが報道されています。氏はカタール航空の客室乗務員に、ナッツにアナフィラキシー反応を起こすことを5回も伝え、食事が提供されるたびにナッツが入っていないことを保証してくれるようお願いしていました。しかし、搭乗直後に供されたペストリーにはナッツが使われていました。それを客室乗務員に伝えると、客室乗務員は謝罪したそうです。しかしその後、砕いたピスタチオが入ったアイスクリームを提供され、それには気付かず口にしてしまいました。幸いなことに、数秒以内に喉が詰まって舌が腫れ始めたためにすぐに吐き出して事なきを得たようですが、もしもある程度の量を飲みこんでいたら大変な事態になっていたでしょう。これは2023年の出来事です。
2024年、Jack Fowler氏に再び悲劇が襲いました。今度はカタール航空ではなく、エミレーツ航空です。やはり、食事前に客室乗務員にナッツアレルギーについて伝えていました。ところが提供されたチキンカレーを食べた直後に異変に気付き、客室乗務員に「息ができない」と伝え、食事にナッツが入っているかどうか尋ねました。客室乗務員は「食事にナッツは入っていない」と言いましたが、同乗していた友人がメニューを見てカレーにカシューナッツが含まれていることに気づきました。氏は着陸を急いでもらいドバイの空港に着陸後救急病院に搬送されました。氏は自身でエピペンを注射する動画と、酸素マスクを着用した写真をSNSに投稿しています。エミレーツ航空の広報担当者は、氏の体験について謝罪し「お客様の安全と健康を非常に真剣に考えています」と述べました。
優良航空会社とされているからこそ報道されるのかもしれませんが、シンガポール航空、カタール航空、エミレーツ航空と超一流とされている航空会社がこれだけの失態をおかしていることを考えると食物アレルギーを持っている人たちは不安でならないと思います。
一方、これらとは正反対の対応をして、そして非難をあびているのがLCCです。2018年に、イチゴアレルギーだからという理由で英国のLCC「トーマス・クック」の便への搭乗を拒否された19歳の英国人女性については過去の医療ニュース「イチゴアレルギーで搭乗拒否」で紹介しました。
トルコのLCC「サンエクスプレス」で似たような事件がありBBCが報道しています。2024年5月21日、BBCのフリーランスの気象キャスターGeorgie Palmer氏が家族と共にロンドン・ガトウィック空港発、(トルコの)ダラマン行きの便に登場し離陸を待っているときに、ピーナッツアレルギーをもつ12歳の娘Rosieさんにアレルギー症状が出始めました。乗客が食べているピーナッツが原因と考えたGeorgie Palmer氏と夫は乗務員に「(乗客に)ピーナッツを食べないようアナウンスしてほしい」と要請しました。ところが、客室乗務員と機長はその要求を受け入れず、結果、家族一同が飛行機から強制的に降ろされる事態となりました。
機内でピーナッツアレルギーを発症するのは空気中に浮遊しているピーナッツの粒子よりも、椅子やテーブルに付着しているピーナッツの破片を口にしてしまうことで発症するケースが多いと言われていますが、このアレルギーは一気に重症化する可能性があり、また機内は室内よりもずっと空気が乾燥していることからアレルギーを持つ当事者や保護者はやはり乗客がナッツ類を口にするのは避けてほしいと考えます。
実際、上記のBBCによると、ブリティッシュ・エアウェイズ、イージージェット、ライアンエアー、ジェット2などの航空会社は、乗客からの要望があれば客室乗務員がアナウンスを行いナッツを提供しないそうです。
************
これらの情報をまとめると、超一流の航空会社では乗客が申告しているのにも関わらず、アレルギー物質が含まれるものを提供し、他方LCCでは搭乗に慎重になりすぎているような印象を受けます。実際には、このような出来事が報道されるのはごくわずかでしょうし、日々いろんなトラブルが生じているのでしょう。
英国からフランスへのフライト中に食物アレルギーで他界した15歳の少女は、空港内のサンドイッチ店で購入したバゲットに含まれていたゴマが原因でした。父親は娘にエピペンを2本打ちましたが助かりませんでした。父親はこうした悲劇を防ぐために、他界した娘の名前を付けた「The Natasha Allergy Research Foundation」を2019年に設立しました
食物アレルギーが怖いのは一気に重症化して命に関わることもあるという点です。そしてときに原因物質を偶発的に口にしてしまうこともあります。特に海外滞在時や飛行機への搭乗には注意が必要で、谷口医院ではエピペンの携帯だけでなく、英文の診療情報提供書をパスポートにはさんでおくよう助言しています。
参考:医療プレミア
2024年9月23日 エピペンは万能ではない 注意しすぎることはない食物アレルギー
2024年9月30日 死に直結する食物アレルギー 悲劇を繰り返さないため、注目したい二つの薬
投稿者 記事URL
|2025年6月1日 日曜日
2025年6月 故・ムカヒ元大統領の名言から考える「人は何のために生きるのか」
元ウルグアイ大統領のホセ・ムヒカ(José Mujica)氏が2025年5月13日、89歳の生涯に幕を下ろしました。死因は公表されていませんが、The New York Timesによると食道がんと何らかの自己免疫性疾患に罹患していたそうです。
大統領就任時の純資産が1,800ドルだったこと、大統領の月給の9割に相当する約12,000ドルを慈善事業に寄付し、ウルグアイの平均月収775ドル相当しか受け取らず、1987年製フォルクスワーゲン・ビートルを愛車にしていたこと(純資産の1,800ドルはこの車だったそうです)から、国際メディアはムヒカ氏を「世界一貧しい大統領」と呼びました。
日本のメディアもこの名称を使っていますが、上述のThe New York Timesによるとムヒカ氏はこの呼び名を嫌悪しています。そして、「貧しい人というのは、ものを持っていない人ではなく、もっともっと多くを渇望する人のことだ(It’s not the man who has too little, but the man who craves more, who is poor)」と、しばしばローマの哲学者セネカの言葉を引き合いに出しました。
日本のメディア(例えば東洋経済)もムヒカ氏を取り上げ、この「名言」の話し手として紹介していますが、これはムヒカ氏のオリジナルではなくセネカの言葉です。しかし、ムヒカ氏はおそらく何度もこの言葉を引用しているのでしょう。2012年のBBCのインタビューでは、「私は貧しい大統領と呼ばれていますが、自分が貧しいとは思いません。本当に貧しいのは、高価な暮らしを維持するためだけに働き、もっともっと欲しがる人たちです(I’m called ‘the poorest president’, but I don’t feel poor. Poor people are those who only work to try to keep an expensive lifestyle, and always want more and more)」と、セネカの名言を自分の言葉に置き換えてわかりやすく語っています。
さらに、「これは自由の問題です。所有物が少なければ、それらを維持するために奴隷のように一生働く必要はなく、自分のための時間が増えるのです」と続けています。
ムヒカ氏の他の言葉もみてみましょう。The New York Timesの記者との対談を紹介しましょう。
ムヒカ氏は人間が無駄なことをしている例として、「ウルグアイの人口は350万人なのに2700万足もの靴を輸入している。私たちはゴミを出し、苦痛に耐えながら働いている」と例を挙げ、「時間を自分の欲望のために費やすなら、欲望が倍増すればそれを満たすためにまた人生を費やすことになる。この<必要の法則>から逃れることができてようやく人は自由になれるのだ」と述べています。そして「人間は無限の欲求を生み出している。市場は私たちを支配し、私たちの命を奪っているのだ」と説きます。
ではどうすればいいのか。氏は続けます。「労働時間を減らし、自由時間を増やし、もっと地に足のついた人間になればよい。なぜこんなにゴミが溢れているのか。なぜ車や冷蔵庫を買い替える必要があるのか」「人生は一度きり。その人生に意味を見出さなければならない。富のためではなく、幸せのために生きていこう」と訴えます。
では労働時間を減らし、欲望を減らしてできた時間に何をすべきか。ムヒカ氏は2つを挙げています。1つは「本」です。氏は言います。「本は人類の偉大な発明だ。人々がこれほど読書をしないのは残念でならない」。なぜ現代人は本を読む時間がないのかについて、氏は携帯電話が原因だと指摘します。しかし、氏は他人とのコミュニケーションをやめよと言っているわけではありません。「我々は言葉だけで話しているのではなく、身振りや皮膚で意思を伝えるのだ。そういう直接のコミュニケーションこそがかけがえのないものなのだ」と続けます。
ムヒカ氏の言葉に共感できる人はどれくらいいるでしょう。過去のコラム「『幸せはお金で買える』という衝撃の結末」で示したように、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは当初こそ「年収75,000ドルを超えてもそれ以上幸せになれない」と主張した論文でノーベル賞を受賞しましたが、後にこの考えが「間違いだった」と認め、「人はお金があればあるほど幸せになる」と180度見解を変えました。さらに、収入が増えても幸福度が上がらない人は「過去に悲惨な経験がある」とまで言うのです。ムヒカ氏とは正反対です。
ここで人生の意義、つまり「人は何のために生きるのか」を考えてみましょう。こういう話題は気軽に始めると「おかしな人」と思われますし、いきなりこんな質問をされるとほとんどの人が困るでしょうが、過去のコラム「医師になるつもりもなかったのに医学部に入学した理由(前編)」で述べたように、私は物心ついた頃からこの問いへの答えをずっと考え続けています。一時、一つ目の大学生の頃にはこのような疑問は忘れるようにしてワクワクすることを求めて生きていましたが、その後再び「何のために生きているのか」と考え始めるようになりました。
その答えはまだ出ていないのですが、ひとつ「確信していること」があります。これは最近になって分かったわけではなく、実は子供の頃から気づいていたことです。それは「人はカネのために生きるわけではない」ということです。文脈によってはこの言葉はきれいごとになってしまいますし、お金がほんの少ししかなければ生きていけないのは事実です。ですが、ひとりの人間が食べられる量も身に纏える衣服の量もすぐに限界がきます。むしろ私には「カネを求めて生きる人生はものすごく格好悪い」と感じられます。
過去のコラム「競争しない、という生き方」で述べたように、私は社会人1年目の22歳のとき、初任給が同期の者より2千円ほど低く、私自身はなんとも思わなかったのですが、それを知った私の上司が怒りまくって人事部に苦情を言いに行き、それが私の目にはとても奇異にうつりました。自分のために戦ってくれたことはありがたかったのですが、なんでそんなに怒るのだろう、と不思議だったのです。
それ以降も私は少なくとも「他人よりもカネを稼ぎたい」と思ったことはありません。会社をやめたのは社会学部の大学院を目指したからですし、医学部に変更したのは人間についての研究がしたかったからです。研究者の道を諦め臨床医に転向したのは研究者としてのセンスも才能もないことを思い知らされたからで、開業したのは「どこからも見放された患者さんの力になりたい」という思いが抑えきれなくなったからです。そして現在56歳の私が今からカネの亡者になるとは思えませんし、「他人よりも稼ぎたい」などという気持は今も微塵もありません。
ではこんな人生が幸せなのかというと、それは今もよく分かりません。実家を離れるまでは、寝ている時間と外出している時間を除けば不幸しかありませんでしたし、18歳以降もいろんな人に裏切られ、傷つけられてきました。しかし、こんな私を慕ってくれて、人生で大切なことを教えてくれた友人や先輩はいますし、生きる喜びを教えてくれた人たちもいます。そういう人たちに巡り合えただけで、私の人生はきっと幸せなのだと思います。
では「人は何のために生きるのか」の答えは何なのでしょう。ムヒカ氏に習うなら「本を読んで、人と(携帯電話ではなく)直接会うために生きる」でしょうか。「カネのためではない」は間違いありません。
投稿者 記事URL
|2025年6月1日 日曜日
2025年6月1日 一度の採血でがんを診断し治療薬まで決められる「革命」
2025年5月30日から6月3日までシカゴで米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology’s Annual Meeting = Asco)が開催されています(本稿執筆は6月1日)。その学会の前夜にあたる5月29日、英国の画期的ながんの治療方針が発表されました。英紙The Telegraphは「革命(revolutionise)」という言葉を用いてこの発表を取り上げました。
その「革命」の解説の前に、最近の肺がんの治療の特徴をまとめておきましょう。
日本でも過去数年で肺がんの治療が大きく変わってきています。2017年8月、「EGFR遺伝子変異検出」が保険承認され臨床現場で使われるようになりました。「遺伝子検査」と聞くと、「その人がどんな遺伝子を持っているかを調べる検査」とイメージしがちですが、この遺伝子検査はそうではなく、誰もが持っている「EGFR遺伝子」に「変異」があるかどうかを調べるものです。肺がんを発症すると一部の患者さんに(日本人の肺がん患者の3~4割に)EGFR遺伝子に変異が起こります。
この検査は生検(がんの一部を採取する検査)した組織を使って実施します。単に「変異の有無」が分かるだけでなく、「どのような変異があるか」まで調べることができます。たとえば、「exon19欠失」(非小細胞肺がんでよくある変異)、「L858R変異」(肺腺がんによくある変異)といった感じで、どのような変異があるかが分かるのです。そして、その変異の起こり方でどの薬が効くかを予測することができます。
以前は(2017年までは)、肺がんの診断がついてもどの抗がん剤が有効かについてはおおまかなことしか分からず、そのため抗がん剤の効果が出ずに副作用に苦しめられるということが多々ありました。ところが、現在では、すべての肺がんで、というわけにはいきませんが、肺がん患者の3~4割はEGFR遺伝子に変異があり、その変異の内容を調べることで、あらかじめ効くと分かっている分子標的薬(従来の抗がん剤とは異なるカテゴリーの薬)を使えるようになったのです。残念ながら、そのうちに「耐性」ができ(つまり、それまで効いていた分子標的薬が効かなくなって)完治するまでには至らないことが多いのですが、それでも余命を大きく伸ばすことができるようになりました。
では、話を英国の「革命」に進めましょう。英国が発表したのは、この遺伝子検査を「生検したがんの組織」で調べるのではなく、「血液検査」で実施するというものです。これを「リキッドバイオプシー」と呼びます。生検はがん組織を直接取る検査で、気管支鏡を使うか、あるいは胸腔鏡下に直接取ります(手術のようなものです)。もちろん、どちらもそれなりに大変です。これらをせずに採血で済ませるというのですから、「革命」という表現もあながち大げさとは言えないでしょう。では、日本ではなぜ生検をするのか。それはリキッドバイオプシーだと精度に劣るからです。
ところが英国ではリキッドバイオプシーを広く普及させると言うのです。ということは、詳しいことはまだ分かりませんが、英国ではリキッドバイオプシーの精度向上に成功したということでしょう。The Telegraphによると、英国では今後リキッドバイオプシーが肺がんの標準検査となり、さらに女性の乳がんも対象とし、今年は2万人(肺がん15,000人、乳がん5,000人)に実施し、今後膵臓がん、胆嚢がんを含む合計6種類のがん患者を対象とする予定です。
驚くことはまだあります。なんと英国ではこのリキッドバイオプシーを「がんの早期発見」に使うというのです。つまり、現在の日本のように「遺伝子検査をがん治療の方針決定のためにおこなう」のではなく、「リキッドバイオプシーでがんの早期発見をする」というのです。そして、最終的には、「40歳以上のすべての人にリキッドバイオプシーをがんのスクリーニング検査として実施する」ことを計画しています。
************
これが実現すればまさに「革命」でしょう。40歳になれば健康診断のひとつの項目に「リキッドバイオプシー」が加えられ、早期発見・早期治療ができるようになるというのですから。しかも、「採血→検査→薬剤投与」という流れになり、今後検査の質が上がって薬が改良されていけば、以前は「死に至る病」だったがんが、「採血と内服で完治する病気」になるかもしれません。
医療費も大きく減少します。The Telegraphは「リキッドバイオプシーの導入で、肺がん治療費が年間1100万ポンド(約20億円)削減される可能性がある」としています。
投稿者 記事URL
|2025年5月30日 金曜日
2025年5月30日 若者の半数がネットのない世界を望み7割がSNSで病んでいる
「はやりの病気第257回(2025年3月)人生が辛いなら『スマホを持って旅に出よう』」では、若者が心を病んでいる最大の原因がSNSであることが自明なのに人類はもはやSNSの”魅惑”から逃げられない現実について述べ、ならばスマホを持ったまま旅に出て、画面上ではなく現実の非日常を求めてみてはどうか、という私見を述べました。
では、若者はSNSに対してどう考えているのでしょうか。最近、英国で若者を対象とした興味深い調査が実施され、The Guardianが報じました。
British Standards Institutionが16~21歳の1,293人の若者を対象に実施した調査で、結果は下記の通りです。
・46%が「インターネットのない世界で暮らしたい」と考えている
・68%がSNS利用で自己嫌悪感に苦しみ精神を病んでいる
・50%が午後10時以降のSNS利用を禁じる「デジタル禁止令」を支持している
・4分の1は1日4時間以上SNSを利用している
・42%はオンラインでの行動について両親や保護者に嘘をついている
・42%が年齢を偽ったことがある
・40%が偽アカウントや「使い捨て」アカウントを持っている
・27%が全くの別人になりすましたことがある
・27%が自分の位置情報を知らない人に教えたことがある
************
冒頭のコラムを書いたとき、「まだアイデンティティが確立していない脆弱な発達段階でSNSに触れるのが危険であることに当事者の若者は気づいていないだろう」と私は考えていました。ところが、この英国の調査に鑑みれば、すでに若者自身がSNSの弊害を察しているようです。
だからといって実際にSNSと縁を切れる若者はほとんどいないでしょうし、現在英国が進めようとしている「午後10時以降のSNSへのアクセス禁止案」もそれほど効果がでるとは私には思えません。
しかし、誹謗中傷や他者の比較に辟易としている若者も増えてきているのでしょう。ならばSNSから完全に脱却できなくても、従来の(まともな)人間関係構築に向けた動きも広がっていくことを期待したいと思います。もちろん、日本も含めて。
投稿者 記事URL
|最近のブログ記事
- 第264回(2025年8月) 「ブイタマークリーム」は夢の若返りクリームかもしれない
- 2025年8月 「相手の面子を保つ(save face)」ということ
- 2025年7月31日 砂糖入りだけでなく「人工甘味料入りドリンク」もアルツハイマー病のリスク
- 2025年7月27日 コロナワクチンが救ったのは1440万人ではなく250万人
- 第263回(2025年7月) 甲状腺のがんは手術が不要な場合が多い
- 2025年7月 「人は必ず死ぬ」以外の真実はあるか
- 2025年6月29日 食物アレルギーがある人の搭乗、重症化したり拒否されたり……
- 2025年6月 故・ムカヒ元大統領の名言から考える「人は何のために生きるのか」
- 2025年6月1日 一度の採血でがんを診断し治療薬まで決められる「革命」
- 2025年5月30日 若者の半数がネットのない世界を望み7割がSNSで病んでいる
月別アーカイブ
- 2025年8月 (2)
- 2025年7月 (4)
- 2025年6月 (3)
- 2025年5月 (5)
- 2025年4月 (4)
- 2025年3月 (4)
- 2025年2月 (4)
- 2025年1月 (4)
- 2024年12月 (4)
- 2024年11月 (4)
- 2024年10月 (4)
- 2024年9月 (9)
- 2024年8月 (3)
- 2024年7月 (1)
- 2024年6月 (4)
- 2024年5月 (4)
- 2024年4月 (4)
- 2024年3月 (4)
- 2024年2月 (5)
- 2024年1月 (3)
- 2023年12月 (4)
- 2023年11月 (4)
- 2023年10月 (4)
- 2023年9月 (4)
- 2023年8月 (3)
- 2023年7月 (5)
- 2023年6月 (4)
- 2023年5月 (4)
- 2023年4月 (4)
- 2023年3月 (4)
- 2023年2月 (4)
- 2023年1月 (4)
- 2022年12月 (4)
- 2022年11月 (4)
- 2022年10月 (4)
- 2022年9月 (4)
- 2022年8月 (4)
- 2022年7月 (4)
- 2022年6月 (4)
- 2022年5月 (4)
- 2022年4月 (4)
- 2022年3月 (4)
- 2022年2月 (4)
- 2022年1月 (4)
- 2021年12月 (4)
- 2021年11月 (4)
- 2021年10月 (4)
- 2021年9月 (4)
- 2021年8月 (4)
- 2021年7月 (4)
- 2021年6月 (4)
- 2021年5月 (4)
- 2021年4月 (6)
- 2021年3月 (4)
- 2021年2月 (2)
- 2021年1月 (4)
- 2020年12月 (5)
- 2020年11月 (5)
- 2020年10月 (2)
- 2020年9月 (4)
- 2020年8月 (4)
- 2020年7月 (3)
- 2020年6月 (2)
- 2020年5月 (2)
- 2020年4月 (2)
- 2020年3月 (2)
- 2020年2月 (2)
- 2020年1月 (4)
- 2019年12月 (4)
- 2019年11月 (4)
- 2019年10月 (4)
- 2019年9月 (4)
- 2019年8月 (4)
- 2019年7月 (4)
- 2019年6月 (4)
- 2019年5月 (4)
- 2019年4月 (4)
- 2019年3月 (4)
- 2019年2月 (4)
- 2019年1月 (4)
- 2018年12月 (4)
- 2018年11月 (4)
- 2018年10月 (3)
- 2018年9月 (4)
- 2018年8月 (4)
- 2018年7月 (5)
- 2018年6月 (5)
- 2018年5月 (7)
- 2018年4月 (6)
- 2018年3月 (7)
- 2018年2月 (8)
- 2018年1月 (6)
- 2017年12月 (5)
- 2017年11月 (5)
- 2017年10月 (7)
- 2017年9月 (7)
- 2017年8月 (7)
- 2017年7月 (7)
- 2017年6月 (7)
- 2017年5月 (7)
- 2017年4月 (7)
- 2017年3月 (7)
- 2017年2月 (4)
- 2017年1月 (8)
- 2016年12月 (7)
- 2016年11月 (8)
- 2016年10月 (6)
- 2016年9月 (8)
- 2016年8月 (6)
- 2016年7月 (7)
- 2016年6月 (7)
- 2016年5月 (7)
- 2016年4月 (7)
- 2016年3月 (8)
- 2016年2月 (6)
- 2016年1月 (8)
- 2015年12月 (7)
- 2015年11月 (7)
- 2015年10月 (7)
- 2015年9月 (7)
- 2015年8月 (7)
- 2015年7月 (7)
- 2015年6月 (7)
- 2015年5月 (7)
- 2015年4月 (7)
- 2015年3月 (7)
- 2015年2月 (7)
- 2015年1月 (7)
- 2014年12月 (8)
- 2014年11月 (7)
- 2014年10月 (7)
- 2014年9月 (8)
- 2014年8月 (7)
- 2014年7月 (7)
- 2014年6月 (7)
- 2014年5月 (7)
- 2014年4月 (7)
- 2014年3月 (7)
- 2014年2月 (7)
- 2014年1月 (7)
- 2013年12月 (7)
- 2013年11月 (7)
- 2013年10月 (7)
- 2013年9月 (7)
- 2013年8月 (175)
- 2013年7月 (411)
- 2013年6月 (431)