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2026年3月8日 日曜日
2026年3月 不幸せなお金の使い方
前回に引き続き今回も「幸せ」を取り上げましょう。本サイトでは度々「幸せ」を取り上げていて、このテーマでコラムを書くと、それなりに感想メールが増えます。これまで述べてきたことを簡単にまとめてみたいと思います。
・2017年のコラム「なぜ『幸せ』はこんなにも分かりにくいのか」で取り上げた「タイの農夫と日本のビジネスマン」の逸話が幸せの本質をついている
・しかし、2023年のコラム「『幸せはお金で買える』という衝撃の結末」で紹介したように、「幸せはお金で買える」という説が現在世界の通説となっている
・2023年のコラム「幸せになりたければ自尊心を捨てればよい」で紹介したように「幸せ度は年齢でかわる。世界では「最も不幸せな年齢は48.3歳でそれ以降は幸せに向かっていく」とされているが、「日本人は例外的に年をとればとるほど不幸になる」ことを内閣府が発表している
・2024年のコラム「自分が幸せかどうか気にすれば不幸になる」で述べたように、自身が幸せかどうかを気にし過ぎると幸せになれない
今回は再び「お金」を取り上げたいと思います。上述したコラムで述べたように、この話には「歴史」があります。その歴史を振り返っておきましょう。
・ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは科学誌2010年の「PNAS」に論文「高収入で人生の評価が改善しても感情的な幸福は改善しない(High income improves evaluation of life but not emotional well-being)」を発表。年収が75,000ドルを超えると、それ以上収入が増えても「感情的な幸福」が変わらないとした
・2021年、マシュー・キリングスワースが「PNAS」に論文「年収75,000ドルを超えたとしても幸せは収入に連れて上昇する (Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year)」を発表し、カーネマンの主張を否定し、幸せの年収の”上限”はないとした
・2023年、カーネマンとキリングワースの”対決”に決着がついた。二人が共同で「PNAS」に論文「収入と精神的幸福: 対立が解決(Income and emotional well-being: A conflict resolved)」を発表。カーネマンは自身の「75,000ドル説」を取り下げ、幸せを感じる年収に上限がないことを認めた
私自身は彼らの主張を正しいとは思えず、実際、金銭を目的に行動を決めたことは(少なくとも医師になってからは)一度もなく、これからもカネを求めた行為をとるとは思えません。過去のコラム「故・ムカヒ元大統領の名言から考える『人は何のために生きるのか』」で述べたように、「カネで買えないものを追求する」が私のポリシーです。そのときにも言及したように、私には「カネを求める人生はものすごく格好悪い」と感じられるのです。
しかしながら、カネがまったくなければ生きていけませんし、「幸せになるお金の使い方」があることも知っています。
例えば、お世話になった人にプレゼントを贈るためには少しくらいのお金は必要です。気の置けない仲間と食事を楽しんだり、一緒に旅行に行ったりするときにもお金が要ります。私が宿に求めるのはホットシャワーと窓くらいなのですが、旅行を共にするメンバーによっては私だけがそのようなところに泊まることを快く思いませんから、そういうときにはお金を使います。私は(正直に言うと)高級料理よりもジャンクフードが好きなのですが、例えば初めて共に食事をする人にそのようなところに行こうとは言えません。よって、家族や友人、知人と楽しく過ごすにはそれなりのお金が必要なのは間違いありません。
では、その逆に「無駄なお金の使い方」とはどのようなものでしょうか。ギャンブルと答える人がいるかもしれませんが、私はそうは思いません。私自身はギャンブルをしませんが、ギャンブルに大金をつぎ込んで非日常の感動を覚えるという使い方は、私自身は否定しません。いつかどこかで述べたような気がしますが、ホストに大金をつぎ込むとか、ブランド物の服を借金して買いまくる、といった行動も人間らしくて素敵だと思います。
しかしながら、例えば「他人に自慢したいから高級品を買う」とか「同僚が3000万円の家を買ったから自分はなんとしても3500万円の家を手に入れる」とか、あるいは「出世したいから教授にお金を包む」とか、もっと極端な例を出せば「違法な賄賂」などはすごくバカらしいものに感じられます。
こういう私の考え、というか感性に対し、「バカじゃないの? お金をどのように使おうが人の勝手でしょ。なんであんたにごちゃごちゃ言われなきゃならないの?」と感じる人もいるでしょう。たしかに、自分のお金をどのように使おうが、その人の勝手です(他人を陥れるような行為でなければ)。しかし「幸せになるお金の使い方」となれば、それが余計なお世話だとは分かっていても、ちょっと口出ししてみたくなるのです。そして、私が考えることと同じことを考える学者がいるようで、興味深い論文があります。
2014年に科学誌「Journal of Personality and Social Psychology」に掲載された「物質主義と個人の幸福感の関係:メタ分析(The Relationship Between Materialism and Personal Well-Being: A Meta-Analysis)」です。
この論文は小規模なものでなく、これまでに発表された259の研究を総合的に分析(メタ解析)したもので、それなりにエビデンスレベルは高いと言えます。この研究結果は「物質至上主義(Materialism)の人は、人生の満足度が低く、また自己評価も低く、身体及び精神の健康状態も良くない」ことを示しています。さらに、物質至上主義は抑うつ感や不安感をもたらすとも結論づけています。
興味深いことに、この論文では、どのようなお金の使い方が「主観的な幸せ(subjective well-being=SWB)を妨げるか」、つまり「不幸せなお金の使い方」を4つに分類しています。その4つは次の通りです。
#1 to overcome self-doubt(=自己不信の克服):自己不信を克服するためのカネ(例:自分にやましいところがあるから、高級な衣服をまとってごまかす)
#2 to seek power over others(=権力の追求):他者よりも上の立場に立つためのカネ(例:同僚よりも高級車を買ってマウントをとろうとする)
#3 to engage in social comparison(=他人との比較):他者よりもよく見られるためのカネ(例:同級生の〇〇さんよりもきれいに見られたいからという理由で美容外科手術を受ける)
#4 to show off(=誇示):目立つためのカネ(例:別に興味があるわけではないのに、高級レストレンに行って写真を撮りSNSで公開する)
「例」は私が考えたものです。このように「不幸せなお金の使い方」が4つに分けられていますが、これらは結局「根」は同じようなものだと思います。
ではこれら4つの視点からみた私が考える「幸せなお金の使い方」を紹介しましょう。
#1 大切なパートナーと晴れの場に参加するために二人で高級な衣服を買う
#2 他人に理解されることを求めない趣味にお金を使う
#3 コンプレックスだった顔面のほくろを除去するために美容外科の施術を受ける
#4 大切なひととちょっと贅沢な食事や旅行にお金を使う。写真は撮るがSNSには上げない
「自分のカネをどのように使おうが他人からごちゃごちゃ言われる筋合いはない」、はまったくその通りではありますが、お金はあればあるほど幸せと考えている人は、一度上記4つの「不幸せなお金の使い方」をしていないかどうかを省みてもいいのではないでしょうか。
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2026年3月8日 日曜日
2026年3月8日 数週間の脳トレーニングで認知症発症リスクが25%減少!?
2月15日の医療ニュース「レッドライトセラピーで慢性外傷性脳症が防げる!?」で、信じられないような慢性外傷性脳症の予防法の話をしました。今回紹介する話も俄かには信じ難い報告です。なんと、わずか数週間の簡単な脳トレーニングで認知症発症リスクが25%も減少するというのです。
この報告は医学誌「Alzheimer’s Association」2026年2月9日号に掲載された論文「20年間にわたる認知トレーニングが認知症に及ぼす影響:ACTIVE研究からのエビデンス(Impact of cognitive training on claims-based diagnosed dementia over 20 years: evidence from the ACTIVE study)」にまとめられています。
研究の対象者は米国の65歳以上の2,802人です。対象者はACTIVE研究と命名された認知トレーニングを受けた人(対照含む)です。対象者は次の4つのグループに分けられました。
#1 視覚による情報を処理する能力に焦点を当てた処理のスピードトレーニング
#2 言語エピソード記憶の向上に重点を置く記憶訓練
#3 推論する能力の訓練
#4 対照群(何もしないグループ)
#1~#3のグループは、5~6週間にわたり、小グループで60~75分のトレーニングを最大10回受けました。その後、8回以上トレーニングを受けた被験者の一部のグループは、11ヶ月後と35ヶ月後に、追加トレーニング(各セッションは最大4回の75分間)を受けました。この研究が開始されたのは1998年で、その後20年間追跡調査がおこなわれました。
結果は驚くべきものとなりました。#1のなかで追加トレーニングを1回以上受けたグループはアルツハイマー病を発症するリスクが25%減少していたことが分かったのです。興味深いことに、#1のなかで追加トレーニングを受けなかったグループでは認知症リスクの低下は認められませんでした。
#2、#3のグループもリスクの低下は認められませんでした。
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この研究は米国では相当大きなニュースとして捉えられているようで、NIH(米国国立衛生研究所)は「数週間にわたる認知スピードトレーニングは、認知症の診断を数十年遅らせる可能性がある(Cognitive speed training over weeks may delay the diagnosis of dementia over decades )」というタイトルで、論文が公表された翌日の2月10日、ニュースリリースを発表しました。
認知症の予防に役立ちそうなトレーニングがあるとすれば、なんとなくスピードトレーニングよりも#2や#3のじっくりと頭を使うトレーニングの方が有効なイメージがないでしょうか。それが、#2や#3では認知症のリスク低下につながらず、スピードトレーニングのみが有効というのです。
ここまでくると、#1の「視覚処理のスピードトレーニング」とはどのようなものかが気になります。調べてみると米国メディアNMR(National Public Radio)に興味深い解説記事がありました。
この研究で実施されたスピードトレーニングでは、ユーザーはコンピューター画面を見つめます。ある時点で、画面中央で車かトラックが点滅し、周辺に道路標識が表示されます。正しい車両を識別し、道路標識がどこに表示されたかを覚えておくことが課題となります。ゲームが進むにつれて、車両は見分けにくくなり、周辺にも注意をそらすものが現れ始めます。
このトレーニングなら、例えば学校で習うような基礎知識や文章作成能力や高度な数学の能力などはまったく不要です。求められるのはゲームセンターでよくあるようなゲームで高得点を獲るような能力であり、このような能力であればたいてい繰り返し実践すれば上達します。
ということは、近いうちに「認知症予防ゲーム」が市場に登場するに違いありません。それにしてもわずか数週間のトレーニング(+追加トレーニング)でアルツハイマー病のリスクが25%も低下するとは驚きです。近いうちに、「65歳になれば国民全員がこのゲームに参加することが義務付けられる」といった社会になるかもしれません。
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2026年2月28日 土曜日
2026年2月28日 樹木は心血管疾患を防ぎ、草や花はリスクを上げる
植物との接触が健康に良いとする研究は多数ありますが、ではどのような植物が有効なのかを調べた研究はほとんど見当たりません。最近、公開された論文でその点が検討されていて、結果は、意外なことに「背の高い樹木は心血管疾患を防ぐが、芝生や花壇などでは逆に心血管疾患のリスクとなる」というものでした。
論文は医学誌「Environmental Epidemiology」2026年2月号に掲載された「看護師健康調査(Nurses’ Health Study)におけるストリートビュー画像のディープラーニング分析を用いた緑地と心血管疾患リスクの評価(Assessing greenspace and cardiovascular disease risk through deep learning analysis of street-view imagery in the US-based nationwide Nurses’ Health Study)」です。
研究の対象は「Nurses’ Health Study」と呼ばれる米国の看護師を対象としたデータベースに登録されている88,788人の女性。植物の種類については、AIを用いたストリートビュー画像で解析されました。その地域を歩行する際に目にする可能性のある植物を下記のように分類しました。
#1 目に見える樹木【=visible trees】
#2 芝生【=grass】
#3 その他の緑(植物、花、野原など)【=other green (plants/flowers/fields)】
結果、#1に接する人はそうでない人に比べ心血管疾患のリスクが4%低いことが分かりました。他方、#2に接する人は、意外なことに、心血管疾患のリスクが6%、#3については3%上昇していました。
地域ごとに分析されていて、例えばカリフォルニア州では、街路緑度(street greenness)が最高3分の1の地域では心臓疾患の有病率が26%低下、高血圧は29%低下していました。ユタ州では、街路緑度が最高3分の1の地域で高血圧のリスクが16%低下していました。
樹木に触れる機会が多ければ心血管疾患のリスクが下がる理由について、論文では「ストレスの軽減、騒音、大気汚染、極端な気温からの緩衝」を挙げ、さらに「並木道は近隣の歩きやすさと社会的結束を高め、身体活動を奨励し、社会的支援ネットワークを強化する」としています。
芝生や花が心血管疾患リスクを上げるという意外な結果については、「農薬の増加、芝刈りによる大気への影響、草の花粉、樹木に比べて低い冷却能力、騒音や大気汚染をろ過する能力の低さ、生物多様性の低下など」が挙げられています。
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芝生や菜園、花壇などは都心部でも小さな庭やあるいはベランダを利用すればつくれなくはありませんが、樹木となると、公園や並木道の近くに住む以外には方法がほとんどありません。
となると、樹木が植えられている公園に毎日通う、とか、散歩するなら並木道を歩く、という工夫が必要なのかもしれません。私の肌感覚としては、通行量の多い並木道よりも、樹木がなくても川沿いの静かな道を歩く方がいいような気がしますが……。
いずれにしても芝生や花壇に過剰な期待をしない方がよさそうです。
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2026年2月15日 日曜日
第270回(2026年2月) 嘘だらけの食事ガイドライン
医者が言うことはいつも正しいとは限らない、ということは歴史をみれば明らかですが、たいてい医者はいつも上から目線で、どこかで聞きかじったばかりのにわかの知識をあたかもその道の大家のような口ぶりで説明します。おきまりの言葉「エビデンスがありますから……」を言い訳のように使いながら。
1990年代、日本を含め世界各国の医者、公衆衛生学者、そして政府はパンやコメなどの炭水化物を多く摂り、肉や乳製品は減らすべきだと主張していました。「ワインは身体に良い」など、いまでは完全に否定されている突飛な主張をし、なかにはタバコはアルツハイマー病、パーキンソン病、そして潰瘍性大腸炎の予防になると言う珍説までありました。
その一方で、砂糖や加工食品についての有害性はほとんど指摘されていませんでした。これらをまとめたのが1992年に米国で発表された「理想の食事のピラミッド」でした。

ピラミッドの底部に重要で積極的に食すべき食物が記され、上に行くほど避けるべき食品が提示されました。「底部=最重要食物」にはパン、シリアル、パスタ、コメなどの炭水化物が並べられ、そのひとつ上に野菜や果物が置かれました。「一番上=最も避けるもの」は脂肪や甘いものとされ、その下に乳製品や肉類が置かれました。当時は、低脂肪・高炭水化物こそが健康的な食事であり、肉や乳製品、脂肪は避けるべきだと信じられていたのです。
このピラミッドによる「推奨される食品」が大きく変えられたのは2011年1月でした。米国HHS(米国保健福祉省)とUSDA(米国農務省)が「2010年版食事ガイドライン」を公表したのです。そして同年6月、ミシェル・オバマ大統領夫人(当時)らが、この食事ガイドラインを分かりやすく視覚に訴えた「My Plate」を発表しました。

1992年版のように穀物をたくさん摂って他を少なくするのではなく、皿を4分割し、野菜、果物、炭水化物、タンパク質を同じように並べ、横に乳製品が置かれました。「皿の半分を野菜と果物にする」というメッセージが一瞬で理解できるように工夫されたのです。そして、蛋白質は炭水化物(Grains)よりも少なく設定されていました。
2026年1月、米国トランプ政権は、ロバート・F・ケネディ・ジュニア保健長官(以下「ケネディJr保健長官」)が中心となり、HHSとUSDAによるガイドラインを大幅に改定しました。

公表されたイラストはなんと逆ピラミッド、1992年のガイドラインに対抗しているのが明らかです。それぞれの食品カテゴリーは1992年版の真逆となっています。最も顕著なのがパンやコメなどの炭水化物で、1992年版のピラミッドでは最重要食品、2010年版のMy plateでは野菜や果物と同程度に格を下げられ、そして最新の2025年版ではついに最も格下とされました。一方、1992年版では「減らすべき」とされていた肉や乳製品が「最重要食物」とされています。ケネディJr保健長官は記者会見で、「食事にはタンパク質と良質の脂肪が不可欠だ。以前の食事ガイドラインは誤っていてこれらが推奨されていなかった。我々は飽和脂肪酸との戦いに終止符を打つのだ!」と宣言しました。
これが世論の感情に火をつけ、世界中のインターネットやSNSで様々な論争が繰り広げられるようになりました。ここで、脂肪酸について簡単に復習しておきましょう。2013年のコラム「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」で取り上げたように、健診で数値が高すぎると注意を受ける中性脂肪(別名トリグリセリド)は、脂肪酸とグリセロールからできています。問題はグリセロールではなく脂肪酸の方にあります。脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けることができます。おおまかにいえば「脂肪酸=悪」「不飽和脂肪酸=善」です。なぜなら飽和脂肪酸の方が多ければ中性脂肪がつくられやすくなるからです。つまり、不飽和脂肪酸からも中性脂肪はつくられるものの、血中に脂肪酸が多ければ簡単に中性脂肪が合成されてしまうのです。
不飽和脂肪酸には体内で合成できない(食事から摂るしかない)「必須脂肪酸」と「必須脂肪酸でない脂肪酸」があります。さらに、必須脂肪酸はω3系とω6系に分けられます。
一方、飽和脂肪酸も「すべての飽和脂肪酸が諸悪の根源」というわけではありません。例えば、乳製品にはペンタデカン酸と呼ばれる飽和脂肪酸が多く含まれていて、これは中性脂肪もLDLコレステロールも上昇させません。赤身肉に含まれるパルミチン酸は中性脂肪、LDLコレステロールの双方を増加させます。2021年に医学誌「JAMA」に掲載された論文によると、ヨーロッパ9カ国で数万人を調査した結果、赤身の肉やバターから飽和脂肪酸を多く摂取すれば(つまり、パルミチン酸を多数摂れば)心臓病を発症するリスクが高かった一方で、チーズ、ヨーグルト、魚から飽和脂肪酸を多く摂取している場合は(ペンタデカン酸を多く摂れば)心臓病のリスクが低いという結論が出ています。
また、肉や乳製品をどれだけ摂るべきか、どれくらいまでにとどめるべきかについて議論をするなら客観的な「量」を提示しなければ意味がありません。米国の逆ピラミッドのガイドラインでは「飽和脂肪酸は1日の総摂取カロリーの10%以下に抑えるべきだ」と書かれています(3ページの真ん中あたり)。そして、実はWHOの2023年版の飽和脂肪酸に関するガイドライン(9ページの一番上)にも同じように「10%以下に抑えるべきだ」と書かれています。つまり、ケネディJr保健長官が「戦いに終止符を打つ」という言葉まで持ち出して主張している考えは、WHOのガイドラインとまったく同じものなのです。
先述したように、現在米国の新しいガイドラインをめぐり飽和脂肪酸の対立がありますが、私がインターネットやSNSを覗いた限り、この2点をはっきりさせて述べているものは見当たりませんでした。つまり、知識人、あるいは専門家を自認する人たちでさえ、飽和脂肪酸の区別をせず、さらにWHOの見解に反対しているわけではないのです。こんな議論に付き合うのは時間の無駄でしかありません。飽和脂肪酸について言えることは「1日の総摂取カロリーの10%以下に抑えるべき」「飽和脂肪酸にもLDLコレステロールや中性脂肪を上昇させやすいものとそうでないものがある」の2点です。
100歳以上の高齢者が最も多く居住するいわゆる「ブルーゾーン」は5つあるとされています。イタリアのサルデーニャ島、ギリシャのイカリア島、米国カリフォルニア州のロマリンダ、コスタリカのニコヤ半島、そして沖縄です。その沖縄には「ヌチグスイ」という言葉があり、これは栄養のある食べ物など美しいものが心身を健やかにするという意味だと聞いたことがあります。端的に言えば「食べ物は薬」と考えられているのです(最近の沖縄は米国から入ってきた食べ物の影響で古き良き伝統が失われていますがここでは深入りしません)。
では、ヌチグスイに相当する薬にもなる食品とはどのようなものなのでしょうか。ここからは私見を述べます。蛋白質、脂質、炭水化物、野菜や果物をバランスよく摂ればいいわけですが、このなかで最も簡単に摂れる、というより摂り過ぎてしまうのが炭水化物、次いで脂質です。蛋白質は思いのほか摂取が困難です。簡単に良質の蛋白質が摂れるのは牛乳と豆乳で、これらはほとんどの人が積極的に摂るべきです。「牛乳が飲みにくい」という人がいますが、下痢をするならまず「A2ミルク」を試すのがいいでしょう。それでも下痢をするならラクトース不耐症(乳糖不耐症)の可能性がありますから、この場合はラクトースをあらかじめ分解した牛乳、すなわち「ラクトースフリーミルク」を選べばOKです。
米国の新しいガイドラインではほとんど触れられていなくて、現代人の食生活で圧倒的に欠けているのは「プロバイオティクス」と「プレバイオティクス」です。
プロバイオティクスとはありていの言葉で言えば「善玉菌を含む食品」もしくは「発酵食品」で、もう少し詳しく言えば、乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸菌、納豆菌、酵母などを含む食品です。納豆やヨーグルト、漬物などが思い浮かびますが、ヨーグルトの場合は「生きた菌」が入っていなければプロバイオティクスには入りません。沖縄料理でいえば、 豆腐ようや魚や島野菜の乳酸発酵の漬物が相当します。少し想像すれば分かるように、実際にこれらを毎日相当量摂取するのは思いのほか大変です。幼少時から食べていなければこれらの臭いが隘路となります。臭いはさほど気にならないという人も、例えば、鮒寿司、なれずし、クサヤ、ホンオフェ(エイの韓国料理)、シュールストレミング(ニシンのスウェーデン料理)などを抵抗なく食べられる人はそういないはずです。私が子供の頃、発酵と腐敗は異なると習った記憶があるのですが、実際にはこれらに明確な区別はありません。結局のところ、食品からの完全な摂取は困難であることを認め、サプリメントに頼ることも検討すべきということになります。
プレバイオティクスはプロバイオティクスよりは摂取しやすいと言えます。源となる食品が多数あるからです。理屈の上では「野菜+海藻+豆類」を毎食食べればある程度は摂取できます。しかし、実際にはこれらを毎食じゅうぶんな量を摂取するのは困難です。よって、食生活の内容によっては、サイリウムハスクやイヌリンなどのプレバイオティクスのサプリメントを考えた方がいいでしょう。
また、今回は深入りしませんが、ビタミンDはサプリメントを摂らない限り、ほとんどの人は不足しています。
反対に、ついつい摂り過ぎてしまうのが炭水化物です。そして、可能な限り減らすべきなのが、過去のコラム「『超加工食品』はこんなにも危険」で述べたように、加工食品、とりわけ「超加工食品」と呼ばれる食べ物です。また、過去のコラム「砂糖入りだけでなく『人工甘味料入りドリンク』もアルツハイマー病のリスク」や「カロリーゼロでも太る? やせたいなら、食べてはいけない『人工甘味料』」、「砂糖は『依存性薬物』? 摂取量を規制するあの手この手」で述べたように、砂糖や人工甘味料が入ったドリンクは可能なら生涯にわたり飲まないのが得策です。
冒頭で述べたように、医者や政府が言うことが常に正しいとは限りません。新たな研究が出てこれまでの定説が覆される可能性もあります。そういう意味ではここに述べたことも絶対に正しいとは言えません。ではどうすればいいか。伝統を大切にしながら、最新の研究にもついていくようにして、それぞれに適した「理想の食事」をかかりつけ医と共に考えていくのが賢明でしょう。
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2026年2月15日 日曜日
2026年2月15日 レッドライトセラピーで慢性外傷性脳症が防げる!?
思わず声がでるほどビックリする論文が公開されました。なんと、単純なレッドライトセラピー(red light therapy)で慢性外傷性脳症(CTE)が治るというのです。常識的には考えられないようなこの論文を紹介しましょう。
その前に、「レッドライトセラピー」と「慢性外傷性脳症」を簡単に振り返っておきましょう。
レッドライトセラピーとは近赤外光(Near Infrared=NIR)を皮膚に当てて肌を若返らせるというエステティックサロンなどでおこなわれている施術で、誰もが有効性を認めている治療ではなく、むしろ胡散臭い民間療法とみる向きが多いものです。
慢性外傷性脳症(以下「CTE」)は本サイトで繰り返し取り上げている、コンタクトスポーツなどで頭部に繰り返し衝撃を受けた結果、認知症や人格崩壊を起こす恐ろしい疾患です。オバマ大統領(当時)が「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言したことでも有名になった疾患です。有効な治療法はなく、この疾患を避けたければ、初めからサッカーやアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツに手を出さないようにするしかありません。
その恐ろしいCTEが民間療法のレッドライトセラピーで治るというのですから、驚く他ありません。では件の論文を紹介しましょう。医学誌「Journal of Neurotrauma」2026年1月20日号に掲載された「反復頭部加速イベントに曝露された現役大学アメリカンフットボール選手の神経学的レジリエンスを経頭蓋光バイオモジュレーションが促進(Transcranial Photobiomodulation Promotes Neurological Resilience in Current Collegiate American Football Players Exposed to Repetitive Head Acceleration Events)」です。
研究の対象者は26人のアメリカンフットボールの大学生の選手です。うち13人の選手には、16週間のシーズンを通して、週3回、1回20分間、赤色光を発するヘッドセットを装着しました。残りの13人には、プラセボ群として、光を発しない同一のデバイスを装着しました。
結果、プラセボ群の13人の脳をMRIで調べると、シーズン開始前のMRIに比べて、炎症の程度が増悪していました(シーズン中に頭部への刺激を繰り返し受け、その結果、脳内に炎症が生じたと考えられます)。
他方、レッドライトセラピーを受けた13人は炎症が増加しませんでした。脳のほぼすべての領域で刺激による炎症から保護されていたのです。
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なぜこのような奇跡が起こったのか。じゅうぶんな強度の赤色光は頭蓋骨を通過して脳の表層に到達し、脳細胞を刺激します。脳の表層に到達したレッドライトが細胞内の「発電所」とも呼べるミトコンドリアを活性化し、細胞の働きを刺激するというメカニズムです。
この論文を報じた米国メディアHealth Dayによると、この研究チームは現在、米国国防総省(Department of Defense)の資金提供を受け、外傷性脳損傷または脳震盪による持続的な症状を持つ300人を対象とした臨床試験を開始しています。
参考:医療ニュース2026年1月31日「頭部の外傷が自殺のリスクとなる」
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2026年2月1日 日曜日
2026年2月 「最期の晩餐」への違和感と本当の幸せ
数年前の、あれはたしか総合診療関連の学会だったと思うのですが、ある緩和ケア医が自身の経験について講演していました。その内容は「不要な医療をやめて人間らしい最期を看取るには」というような感じのもので、話の趣旨としてはまあまあ納得できるものだったのですが、その話のなかででてきた「最期の晩餐」の話に抑えきれない違和感を覚えました。
その医者は担当する末期の患者全員に「最期の晩餐は何がいいか」と尋ねると言うのです。そこから話を広げてその人の人生観を共有するんだ、みたいなことを言っていました。話が巧みなその医者はその場にいた聴講者のひとり(おそらく医者)に、「あなたは何を選びますか」と問い、いきなり質問されたその(おそらく)医者は、たしか「家族旅行のときにみんなで食べたフランス料理が……」という感じのことを答えていました。するとその演者の医者は「やっぱり家族と過ごすのが幸せで……」というおきまりの幸せの方程式のような話に持ち込みました。
次にその医者は、意外な展開に話を運ぼうとしたのか「かつてこのテーマで市民講演をしているときにある男性の聴講者に同じ質問をすると『吉野屋の牛丼』という答えが返ってきて驚いたことがあります」という話を始めました。聴衆も意外に感じたのか、会場の空気が「次に演者は何を言うか」に注目する雰囲気となりました。演者は「その男性は『若い頃に苦労していた頃の味がなつかしい』と言うのです」と、これまた感動のヒューマンドラマをなぞるような展開へと持っていきました。
私がこの医師のこの話を聞いてまず不思議に感じたのは、「実際の終末期にはそんなもの食べられるはずがないのにそんなこと聞いてどうするんだ?」というもので、受け入れられず違和感が拭えなかったのは、私自身がこれまで看取ってきた大勢の患者さんたちを思い出したからです。
私がこれまで大勢の患者さんを看取ってきた時期は2つあります。1つは研修医2年目から3年目にかけて複数の病院で当直のアルバイトをしていた頃です。医師のアルバイトはとにかく破格で一晩で5~10万円も稼げたので(本コラムとは無関係のためこの話題には深入りしませんが、この価格設定がおかしいのは自明です。まあ、もらっておいてから「おかしい」という私もおかしいわけですが……)、週に3~4回くらいはそういうアルバイトをしていました(昼間は複数の病院やクリニックで研修を受けていましたから、あの頃はほとんど寝ていなかったのですがその話はやめておきます)。
忙しい病院では救急車をどんどん受け入れながら、病棟では旅立っていく人たちの看取りもします。たいていは点滴や酸素のチューブ、それに尿道の管(カテーテル)がつながれていて意識はすでにありません。モニタが示す心電図の波形や心拍数がおかしくなっていけば看護師が家族を呼び出して「そのとき」を待ちます。そのうち心電図の波形がフラットになり死の兆候を確認し、儀式のような「死亡宣告」をします。「最期の晩餐」を楽しんでいる患者さんなど見たことがありません。
もう1つ、私が大勢の患者さんを看取ったのはタイのエイズホスピスでボランティア医師として働いていた2004年から2005年にかけてです。当時のタイではHIVの薬が使われ始めたばかりで、その待望の薬も副作用で使えないことが多々あり、まだHIVは「死に至る病」だったのです。そのため、大勢の患者さんを看取ることになりました。
そのタイのホスピスでは日本とは異なる大きな点がありました。「末期では点滴や尿道カテーテルを使わない」のです。「タイでは」というよりも「欧米方式では」の方が正確かもしれません。私やタイ人の看護師が相談して点滴を始めようとしても、欧米の医師やボランティアが反対し、「点滴は自然な姿ではなく、最期は自然なコースをたどるべきだ」と言うのです。すべての欧米人が同じ考えではないでしょうが、彼(女)らは口をそろえてこれが我々の国では常識だと言います。
そのホスピスにいた欧米人たちの終末期に対する考えは日本とは大きく異なっていました。あるとき若い日本人女性のボランティアが、末期の患者さんにスプーンを使って食事介助をし始めました。すると、米国人の医師は「そんなヘルプはすべきでない」と言ってやめさせたのです。たしかにその患者さんはあと何日も生きられないほど衰弱していて死を待っているのはあきらかでした。日本人女性は「食べれば少しでも元気になるかも」と考えて一生懸命食事介助をしていて、それは日本で見慣れた光景でしたから、私はその若い日本人女性を応援していたのですが、米国人医師は非情にも「終末期に食事を食べさせるのは虐待ともいえる」とまで言うのです。
日本では、最期には食事どころか水分補給も自己でせずに点滴に頼ります。一方、欧米では食事がひとりで摂れなくなればそれは死への自然な道のりだと考えます。どちらがいいかという問題はひとまず置いておくこととしますが、最期まで点滴を続け死にゆく人はたいてい身体中がむくんでいます。他方、私がタイで診てきた点滴をしなかった患者さんたちは全身がエイズに蝕まれていても人間らしく旅立っていくように見えました。
日本でも欧米でも死の直前に食事がとれなくなるのは事実です。ならば冒頭で取り上げた緩和ケア医がいうような「最後の晩餐」を患者さんに語らせることに何の意味があるというのでしょう。
たしかに、食事というのは幸せを感じる瞬間ではあります。愛するパートナーや気の置けない友人との食事は人生を豊かにします。これは間違いありません。また、ひとりで摂る食事であっても、美味しいものを食べる瞬間には幸せを覚えます。食べ物だけでなく、たった一杯の紅茶を飲んだだけでリラックスできて安らぎを感じることもあります。それに、美味しい食べ物のことを考えただけでワクワクすることもあります。よって、食が人に幸せを与えるのは事実です。
ですが、それは本当の意味での幸せでしょうか。あるいは人生において最も大切な幸せでしょうか。もしもあなたが今「最期の晩餐に何を食べたいですか」と問われたとして、食べたいものを想像してワクワクできるでしょうか。「死ぬ間際に〇〇が食べられれば幸せな一生で締めくくれる」と考えられる人は本当にいるのでしょうか。
私にはそんな人がいるとは思えません。「幸せとは?」という問いに対する「答え」を私は物心がついた頃から考え続けています。本サイトでも幸せについては度々取り上げています。たいていいつも「幸せについて私は今もよく分かっていません」というような結末になってしまっていますが、それでも最近は少しずつ見えてきたような気がします。その見えてきたひとつが「最期の晩餐で幸せになれるわけではない」です。
人間が本当の意味で幸せになれるのは「他者との関係」に他なりません。これは考え抜いて分かった答えではなく、谷口医院の患者さんたちが教えてくれたことです。例えば、ある50代男性の患者さんは「妻ははように出ていったし、残された娘には父親らしいことなんにもできひんかったけど、そんな娘から『お父さん、ありがとう』と言われたとき、自分はなんて幸せなんやろと思ったんです」と話していました。60代女性のある患者さんは「わたしの人生は辛いことばかりで死んでしまいたいと何度思ったか。けど今の店長がわたしを拾ってくれてコンビニで働きだして、それで初めて他人から感謝されて。店長はわたしの命の恩人です。残業代が出なくても働いているのは幸せだからなんです」とゆっくりと言葉を紡いでいました。
死の直前にすべきことは「最期の晩餐」ではないはずです。では旅立つ直前には何をすべきか。そして本当の意味で幸せとはどのようなものなのか。それは「自分の人生を豊かにしてくれた人たちに感謝の気持ちを述べること」ではないでしょうか。上述の50代の男性なら死ぬ直前に娘に枕元に来てもらうことが最高の幸せでしょう。50代の女性の場合は、死ぬ直前にその「店長」を枕元に呼ぶことはできないかもしれませんが、まだ元気なうちに感謝の気持ちを述べておいて、そして旅立つ直前には心の中で改めてお礼を言うことがこの女性の「最期の幸せ」ではないでしょうか。そして、心の中でお礼を言うのなら、どのような宗教観を持っていたとしても、あるいは無宗教だったとしても、合わせた両手を胸の上に置きたくならないでしょうか。点滴のチューブに邪魔されずに。
人生の最期に「最期の晩餐」を考えるという発想が私には理解できません。そして、点滴での水分補給についてもその必要性を考え直すべきではないでしょうか。
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2026年2月1日 日曜日
2026年1月31日 頭部の外傷が自殺のリスクとなる
「頭部への衝撃がその後の人生を滅ぼすことになる」が注目されるようになったのは、米国アメリカンフットボール界のスーパースター、マイク・ウェブスターの死亡がきっかけだと思います。繰り返し頭部への衝撃を受けた結果、奇妙な行動をとるようになり、妻から離婚をつきつけられ、最後にはホームレスとなって死亡するという、大変ショッキングな転機をたどりました。
「慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy)」(以下CTE)と呼ばれるこの疾患、世界的には関心が高く、オバマ前米国大統領が「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言したことでも有名です。私自身は、本サイトや他のメディアで繰り返しこの疾患の重要性を指摘し、アメリカンフットボールだけでなくサッカーを含むコンタクトスポーツのリスクに警鐘を鳴らしているつもりですが、なぜか日本では今もあまり話題になりません。しかし、この疾患を知らなかったばかりに……、という悲劇は防がねばなりません。
今回紹介するのはコンタクトスポーツに限ったことではなく「頭部への強い衝撃」が自殺のリスクになるとする研究です。結論は「頭部外傷を経験した人は、経験していない人に比べ自殺を企てるリスクが21%高くなる」です。医学誌「Neurology」2025年12月22日号に掲載された論文「頭部外傷後の自殺未遂リスク:英国におけるマッチングコホート研究(The Risk of Suicide Attempts After Head Injury A Matched UK Population–Based Cohort Study)」にまとめられています。
この研究の対象者は英国で頭部外傷の治療を受けた389,523人で、対象者には年齢、性別、居住地域を一致させた頭部外傷歴のない(別の疾患の)患者1,489,675人が選ばれています。その後、各自の自殺を企てたエピソードについての調査が実施されました。
結果、頭部外傷歴の「あるグループ」では5,107件の自殺のエピソードがあり(1,000人・年当たり2.4件)、他方「ないグループ」では9,815件(同1.6件)でした。これらから頭部外傷歴の「あるグループ」は「ないグループ」に比べ、自殺を企図するリスクが21%高いことが示されました。
ただし、実際に自殺を完遂させるリスクは上昇していないことも分かりました。つまり、頭部外傷の「あるグループ」では、致死的でない自殺を企てて未遂に終わるケースが多いということです。
自殺未遂の危険因子としては、頭部外傷後12ヶ月以内、社会的貧困度の高さ、および精神疾患の既往が挙げられています。
************
外傷を負ってから1年以内に自殺を企てるリスクが特に高いという結果ですが、その後長期間にわたりリスク上昇が持続することも示されています。頭部外傷を起こしたくて起こす人はいないわけですが、頭への強い衝撃は可能な限り避ける努力をすべきでしょう。
こういう調査結果を踏まえた上で、自身や大切な人の職業選択やスポーツ、趣味を含めたライフスタイルを検討すべきだと思います。
参考:
はやりの病気第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~
医療ニュース2021年4月27日 たった一度の頭部外傷で認知症リスクが上昇
医療ニュース2021年12月22日 サッカーは直ちにやめるべきかもしれない
医療ニュース2024年11月22日 アメリカンフットボール経験者の3分の1以上がCTEを自覚、そして自殺
毎日メディカル2025年3月31日 スポーツ界にとって「不都合な真実」? 日本では周知されない脳へのダメージ
日経メディカル2024年2月21日 コンタクトスポーツによる慢性外傷性脳症リスクの周知を!
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2026年1月25日 日曜日
2026年1月25日 SNSをまったくやらない10代は不幸
10代のSNS利用にはゴルディロックス・ゾーンがあるようです。
SNSの過剰使用が10代の若者に悪影響を及ぼすことは繰り返し指摘され、それを示した研究が複数あります。そういった見解に基づき、若者のSNSを禁止したり大きく制限したりする国や地域が増えています。現在では豪州が最も有名でしょうか。
しかし、SNSの利用が少なすぎると幸福度に悪影響を与える可能性があることが2026年1月1月12日号の医学誌「JAMA Pediatrics」で報告されました。論文のタイトルは「青少年の発達におけるSNSの利用と幸福感(Social Media Use and Well-Being Across Adolescent Development)」で、興味深いことに、最近10代のSNS利用を禁止した豪州での研究です。
研究の対象者は豪州の4年生から12年生の生徒100,991人(平均年齢13.5歳)で、放課後(平日午後3時から午後6時まで)のSNS利用時間が3年間にわたり調べられました。「全く利用しない」「中程度利用する(週0時間超~12.5時間未満)」「よく利用する(週12.5時間以上)」の3つのグループに分類され、幸福度との比較がおこなわれました。幸福度は「生活満足度」「感情抑制」など8つの指標が用いられ「高い」「低い」のどちらかに分類されました。
結果、「中程度利用する」のグループに比べ、「よく利用する」グループは「不幸度」が高いことが分かりました(7~9年生の女子では不幸度3.13倍、男子は2.25倍)。他方、「全く利用しない」グループも「不幸度」が高くなっていました(10~12年生の女子では1.79倍、男子では3.00倍)
************
私自身はSNSをやらないので子供たちの気持ちが分かるとは言えないのですが、もしも私が10代だったとしたらSNSのように世界中につながるツールがあればやはり興味が湧くと思います。言語の問題をクリアしなければなりませんが、現在では翻訳ツールが充実していますから、実質世界中からのメッセージを受け取ったり、発信したりできるわけです。こんなにも魅惑的なツールは他には思いつきません。
もちろん身近な友達とも簡単に連絡がとれるわけですから極めて役に立つツールです。マイナス面が指摘されている理由はおそらくいじめやハラスメントにつながるからでしょう。ならば小学校低学年のときに「SNSの正しい使い方」を教育すればどうでしょう。
もっとも、そんな安易な発想で解決するほど問題は簡単ではないのでしょう。ですが、この論文が示すようにちょっとくらいは利用する方が豊かな思春期を送れると私は思います。使いすぎれば学業に悪影響を及ぶすでしょうし、規制は必要かもしれませんが。その「規制」を強制ではなく、短期間なら没頭してもいいとして各自で自己規制の方法を考えるようにすればどうでしょう。SNSのゴルディロックス・ゾーンを個々で考えるのです。
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2026年1月18日 日曜日
第269回(2026年1月) GLP-1ダイエット、中止すれば元の木阿弥
GLP-1受容体作動薬(以下、単に「GLP-1」)によるダイエットがすっかり人口に膾炙しました。過去には当時の医師会副会長が、ダイエット目的の処方をする医師に対し、「医の倫理に反する」という言葉まで用いて非難したこともありましたが、ここまで広がるとすでにGLP-1は当然のダイエット法とみなされ、もはや誰も何も言いません。
では安全性は確保されているのかというと、まったくそういうわけではなくトラブルはじわじわと増えています。もっとも、これは意外でもなんでもなく、予想通りの展開です。2022年のコラム「GLP-1ダイエットが危険な理由」で指摘したように、儲かれば何でもいいと考えるクリニック(美容クリニックだけではなく一般の保険診療中心のクリニックでも!)では肥満どころか客観的にはすでにやせている若者にさえ処方という名の”販売”をしています。
別のコラム「『GLPダイエット』は早くも第3世代に突入?!」でも指摘したように、GLP-1は特に若者が使用すると、精神状態が悪化し抑うつ状態になることがあります。ひどい場合は自殺念慮や自傷行為につながることもあります。谷口医院の患者さんでも(GLP-1を処方されていたのは他院です)、GLP-1のせいで何もやる気が起こらなくなり、結局中止したという若者が数名います。
ただ、他方では「タバコがやめられた」「アルコール依存から抜け出せた」「お菓子のバカ食いがやめられた」「無駄な買い物をしなくなった」といった、依存症が治癒(改善)した、という声も少なくありません。ダイエットに成功しただけでなく、何をしても治らなかった依存症まで克服できるわけですから、そういった人たちにとってはGLP-1はまさに夢の薬と言っても過言ではないでしょう。
恋愛に積極的になれて新しいパートナーができた、という人もいます。ダイエットに成功して自信ができたのでしょう。しかし、ロマンス・セックスについては非常に興味深い現象があります。
きちんとした論文ではありませんが、インディアナ大学キンゼイ研究所が興味深い報告をしています。この報告によると、GLP-1ダイエットを実施して「性欲が増した」のは18%、「性欲が減った」は16%、と性欲の増進と低下が同程度報告されているのです。
少し詳しくみてみると、回答者の16%が「元パートナーから復縁を迫られた」と回答し、14%が「出会い系アプリでマッチング数が増えた」と答えています。ここまではいいのですが、ではなぜ16%もの人が「性欲が減った」と回答しているのでしょうか。谷口医院の患者さんのなかにも「傷つくと分かっているロマンスにはまらなくなった」、「その日限りのセックスへの欲求が減った」などという声があります。
これはおそらく、GLP-1により「報酬系」が活性化しなくなるからでしょう。通常、報酬系が作動すると、背徳感に駆られながらも、チョコレート、タバコ、アルコールなどのことを考えるとドーパミンなどの快楽物質が分泌されワクワクしてきます。そして、このようなワクワク感のなかでも最たるものが胸がキュンとするロマンスです。
GLP-1により報酬系が働かなくなり、こういった欲求が激減すると考えられるというわけです。あとさき考えずに「絶対にうまくいかないロマンス」に身も心も投げ出す経験は若い時分にはいいでしょうが、こんなことはそうそう繰り返していられません。GLP-1によってそんな”悪習”を断ち切ることができるかもしれないわけですから、性依存・セックス依存・ロマンス依存(これらは必ずしも正しい病名ではありませんが)を患っている人にとっては救世主となるかもしれません。そしてほっこりできる生涯のパートナーが見つかるかもしれません。
中高年にとっては、GLP-1の欠点の「筋肉量の減少」は非常に重要です。体重が減るのはいいのですが、脂肪と共に筋肉量が減ってしまうことが非常に多いのです。そして、筋肉量を増やすことはダイエット以上に困難です。いまややせることはさほど難しくなくなったわけですが、筋肉量を増やすには地道なワークアウト(筋トレ)をするしかありません。中年になればプロテインパウダーは危険ですし、アナボリックステロイドなどは論外です。コツコツとトレーニングを重ねるしかありません。
ここまでをまとめると、GLP-1ダイエットの長所・短所は次のようになります。
★長所
・ダイエットできる
・糖尿病の治療・予防ができる
・脂肪肝が改善する、(おそらく)心不全の予防効果がある、腎機能低下を防ぐことができる(とする研究がある)、など
・依存症が治る・改善する:アルコール、タバコ、ジャンクフード、買い物、ギャンブル、性依存(セックス依存、ロマンス依存)など
★短所
・費用がかかる
・(特に若者の場合)抑うつ状態となることがある
・筋肉量が減る
・消化器症状、膵炎、甲状腺腫瘍などの副作用のリスクがある(ただし重篤なものは少ない)
・中止すれば上記の長所が元の木阿弥になる……
ここからは「中止すれば上記の長所が元の木阿弥になる……」を詳しくみていきましょう。当然といえば当然ですが、GLP-1を中止すれば、食欲はもとに戻り、そのうち体重も戻ります。筋肉量が減ってしまっている場合は、代謝が落ち、GLP-1開始前よりも太りやすい体質になっています。それまで抑制されていたジャンクフードやアルコールへの渇望が再燃します。
また再開すればいいのでしょうが、ウゴービ(=オゼンピック)やゼップバウンド(=マンジャロ)が保険診療で肥満治療として処方される場合、処方の最大期間は1年4~5か月程度です。もう少し長く認められる場合もあるという噂もあるのですが、薬価が高い薬ですから、そう簡単には認められないはずです。一時的に認められたとしても生涯にわたり保険診療で処方を続けることはまずできません(他方、糖尿病でこれらが処方される場合は、かなりの長期間保険診療での処方が可能です)。
医学誌「The BMJ」2026年1月7日号に掲載された興味深い論文「体重管理薬中止後の体重増加:系統的レビューとメタアナリシス(Weight regain after cessation of medication for weight management: systematic review and meta-analysis)」を紹介しましょう。
結論は「GLP-1を中止した人は、従来の方法(食事療法や運動療法)でダイエットした人よりも早く体重が戻るどころか、元の体重よりも増える」です。オックスフォード大学の研究者らは、オゼンピック(=ウゴービ)かマンジャロ(=ゼップバウンド)を少なくとも1年間使用していた人を対象とした既存の研究を検証し、多くの人が恐れていた(しかし予想していた)この事実を明らかにしました。ダイエットを中止してから12ヶ月後、彼(女)らは元の体重のほとんどを取り戻し、18ヶ月後には元の体重を超えることが分かったのです。

上記論文に掲載されていたグラフを転載。青のラインはGLP-1内服を中止したときの体重増加。黄は従来のダイエット(食事療法や運動療法)を中止したときの体重増加。従来のダイエットに比べてGLP-1では中止後のリバウンドが早期から起こり、約1年半後にはダイエット前の体重を超える
ダイエット終了後の月間の体重増加量は、GLP-1使用者は従来のダイエット実施者よりも月間0.3kg早く、従来のダイエット実施者がダイエット終了後3.9年でダイエット前の体重に戻るのに対し、GLP-1使用者は1.7年で元に戻ることが分かりました。さらに興味深いことに、血圧、コレステロール、血糖値などもリバウンドすることが明らかとなりました。
ここまではっきりとこの”悪夢”を示されると、GLP-1ダイエットの最大の欠点は、抑うつ状態や筋肉量低下よりもむしろ「中止後体重が元に戻るどころかダイエット開始前よりも悪化すること」だと言えそうです。上述したように、GLP-1ダイエットには長所がいくつもあります。しかし、いずれやめねばならないことを考えると安易には手を出すべきでないとも言えそうです。これからGLP-1ダイエットを検討する人は「夢は必ず覚める」と考えておいた方がいいでしょう。
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2026年1月8日 木曜日
2026年1月 「ドイツ型安楽死」がこれから広がる可能性
戦後ドイツ・エンターテインメント界の象徴的存在とも言われている双子の歌手、アリス・ケスラーさんとエレン・ケスラーさんが89歳で他界しました。二人とも死因は「自殺」です。
私自身はケスラー姉妹について詳しいわけではないので、報道から紹介すると、一卵性双生児の2人は1950年代に東ドイツから脱出し、国際的なスターダムにのし上がりました。フランク・シナトラ、フレッド・アステア、サミー・デイビス・ジュニアといった当時の巨匠たちと共演したこともあるようです。ドイツのみならずフランス、米国などでも活躍し、特にイタリアでは大変な人気を誇り、美しく長い脚と魅力的なダンスパフォーマンスから「国民の脚=le gambe d’Italia=the legs of the nation」と呼ばれていたそうです。
仲睦まじい二人の自殺と聞けば、日本人なら「心中」(あるいは無理心中)という言葉を思い浮かべます。実際、報道をみる限り、この自殺は「心中」と呼んでいいと思います。ただし、我々が思い浮かべる心中と異なるのは、現場には医師と弁護士がいたことです。つまり、これは「安楽死」の一種です。
ここで混乱を避けるために言葉の整理をしておきましょう。過去のコラム「私が安楽死に反対するようになった理由(前編)」でも尊厳死と安楽死の違いについて触れましたが、ここではより細かく分類してみましょう。そのコラムでは安楽死の英語をmercy killingとしましたが、今回はより専門的な用語のeuthanasiaを用います。
・尊厳死(Death with Dignity):助かる見込みのない状態で「人工呼吸器をつけない」「点滴をしない」など。日本でも一定の条件を満たせばたいていの場合合法
・消極的安楽死(Passive Euthanasia):最も分かりやすい例が「人工呼吸器を外す」。日本でもいくつかの条件を満たせば合法
・医師による自殺ほう助(Physician-Assisted Suicide = PAS):他に「Physician-Assisted Dying = PAD」、「Medically Assisted Suicide」、「Self-administered euthanasia」などの表現もある。医師の処方した薬を飲む、致死薬の点滴のスイッチを入れるなど。スイスの安楽死はこの方法
・積極的安楽死(Active euthanasia):医師が毒薬を投与する方法。オランダとカナダが有名。他には、ベルギー、ルクセンブルク、コロンビア、スペイン、ニュージーランドでも認められている
話をドイツにうつしましょう。「ドイツで安楽死」という話はあまり耳にしません。少なくとも「スイスで安楽死」の方がはるかに有名です。というより、スイス以外でこの安楽死ができる国や地域はさほど多くありません。スイス、ドイツ以外では米国のいくつかの州と地域(ハワイ、カリフォルニア、コロラド、メイン、モンタナ、ニュージャージー、ニューメキシコ、オレゴン、バーモント、ワシントン、ワシントンDC)くらいです。
スイスが有名なのは1942年から実施されているという「歴史」に加え、外国人にも門戸を開いているからです。他方、ドイツと米国ではおそらく対象者は現地で生まれ育った人に限定されているはずです。もしも限定されていなければ大勢の移民が希望することになりかねないでしょう(ドイツも米国も共に移民の多い国です)。
しかしながら、今後このタイプの安楽死が世界的に広がっていくのではないかと私は予想しています。
2022年9月、仏国の映画監督リュック・ゴダール氏がスイスで安楽死を遂げました。安楽死の理由について、当初は「特に病気がないけれど人生に疲れたから」あるいは「人生でやり残したことがないから」などと報道されましたが、実際にはこれは誤りで「multiple invalidating illnesses(複数の障害を伴う病気)に罹患していた」と、本人の弁護士により発表されました。
一方、2025年11月に二人そろって自殺したケスラー姉妹は、英紙The Independentによると、「もはや生きることを望まなかった。共に人生を終えることを選んだ」(no longer wanted to live. had chosen to end their lives together)とコメントしています(ただし正確なドイツ語の表現は不明。この英訳はThe Independentによるもの)。
ゴダール監督の場合は当初は「人生に疲れたから」などと報じられていましたが、事実は「病に対する苦」でした。実際、スイスで安楽死(上記の「医師による自殺ほう助」)が認められるのは、「治る見込みのない病気があるときのみ」で「人生に疲れたから」では安楽死できないと言われています。ところが、ケスラー姉妹は正真正銘の「病気を原因としない安楽死」を遂行できたのです。
もしも日本で国民的スターの一卵性双生児がいたとして「二人で共に死ぬことにしました」といって自殺をすればどうなるでしょう。おそらく、どこかでひっそりと自殺をして後から遺書が見つかった、ということであればその二人を非難する声は上がらないでしょう。
では、医師の目の前で、医師が処方した毒薬を飲んでその2人が自殺(安楽死)をすればどうなるでしょう。おそらくその医師は強烈な批判に晒されるでしょう。
ケスラー姉妹が実行したこのタイプの安楽死はドイツではどのように捉えられているのでしょうか。私はドイツ語が読めないために情報源が限られてくるのですが、ドイツの英字新聞「DW」から抜粋してみます。
・ドイツのDGHS(German Society for Humane Dying=ドイツ人道的死の協会=Deutsche Gesellschaft für Humanes Sterben)によると、2024年にはドイツ全土で約1,200人がこのタイプの安楽死で死を遂げた
・ドイツ統計局(German Statistical Office)によると、2024年の自殺者数は10,372人で、過去10年間の平均より7.1%の増加。前年と同様、自殺は全死因の1%
・2015年に導入された刑法第271条では「自殺ほう助を行った者は最長3年の懲役刑に処せられる」と規定されていた。つまり医師による自殺ほう助は違法だった。しかし、2020年、ドイツ連邦憲法裁判所は、この刑法第271条を違憲とする歴史的判断を下し、この司法判決によりケスラー姉妹のような安楽死が認められるようになった
・しかしこの安楽死に慎重な意見もある。元保健大臣の中道左派の社会民主党のKarl Lauterbach氏は「自殺ほう助を受ける人が、意思決定能力を損なう精神疾患を患っていないという確証がない」という理由で現在のルールは倫理的に容認できないと考えている
・2023年、ドイツ連邦議会は自殺ほう助に関する規制について議論し、自殺防止強化のための決議を賛成多数で採択した。2025年、政府は自殺防止法案を提出し、現在も検討されている
つまり、現時点ではケスラー姉妹が実行したような自殺ほう助による安楽死は合法であるものの、根強い反対意見もあって今後の行方は分からない、という状況のようです。
しかし、現行ルールでは、医師が積極的に手を下す積極的安楽死を違法としながら、病気がなくても単に「人生に疲れた」というだけで医師が致死薬を処方することができ、少なくともそれに反対する大きな世論はないわけです。今後他の国や地域にもこの考えが広がる可能性はあるでしょう。
私自身は過去のコラム「私が安楽死に反対するようになった理由(後編)」で述べたように、「人間には自殺する自由がない」という考えに至りました。しかし現在のドイツでは「人間には生きる義務はなく自殺の自由も認められる」と考えられているというわけです。
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