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2026年5月28日 木曜日
2026年5月28日 長時間の家庭内介護で認知機能が低下
衝撃的な論文が発表されました。「長時間の家庭内介護で認知機能が低下する」というのです。論文は、今月(2026年5月)に医学誌「Age and Ageing」に公開された「高齢期における介護者になることと認知機能の変化との関連性:英国高齢者縦断研究の結果(Association between becoming a carer in later life and changes in the trajectory of cognitive function: results from the English longitudinal study of ageing)」です。研究を実施したのはUCL(University College London)です。
調査の対象者は介護を担っている2,765人(平均年齢60歳、56%が女性)で、介護をしていない同人数が比較されました。
結論は次の通りです。
#1 介護をおこなっていない人に比べて、「週5~9時間程度の介護」、「同居しない家族の介護」、「親か義理の親の介護」をしている人は認知機能低下がゆるやか
#2 介護をおこなっていない人に比べて、「週50時間以上の介護」、「同居する家族の介護」、「パートナー/配偶者の介護」をしている人は認知機能低下が速い
#3 介護による認知機能の低下は「記憶力(memory)」よりも「実行機能(executive function)」で顕著
#4 3年以上介護をおこなっている人は記憶力の低下速度が遅い
#5 介護の負担が限度を超えると、孤独感や睡眠障害が生じ、認知機能への悪影響がさらに悪化する
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この研究では「認知機能」を「実行機能」と「記憶力」に分けています。介護で低下しやすいのは「実行機能」の方でした。「実行機能」とは、複雑な意思決定、問題解決、コミュニケーションなどです。介護に要求されるのはまさにそういった能力です。
通常、能力の原則は「use it or lose it」、つまり「使わなければ失う」で、実行機能についても実践すれば能力を失わないはずです。ということは、介護時間が適度であればこの原則は当てはまるけれども、50時間を超える介護ではこの原則に反する、ということになります。「適度な介護は認知力のなかの特に実行機能の維持に有効だけれど、限度を超えると逆効果」というわけです。
英国の介護者を支援する慈善団体「Carers UK」の2025年の調査によると、介護者の42%が介護によって身体的健康が損なわれていると考えています。そして、74%がストレスや不安を感じ、40%がうつ状態にあると回答しています。
英国では家族を介護する人が急増しているようです。ロンドンの慈善団体IPPR(Institute for Public Policy Research)によると、英国では週に35時間以上介護をおこなう成人の割合は、2003/04年の110万人から、2023/24年の190万人へと70%以上増加しています。
介護問題は日本でも深刻です。厚生労働省によると、2000年度から2021年度にかけて要介護認定者は約2.7倍に増加しています。家族介護者も増えていて、総務省の2024年の報告によると、日本全国で約653万人、国民のおよそ20人に1人に相当します。
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2026年5月24日 日曜日
2026年5月24日 ω3サプリメントの過剰摂取で認知症のリスクが上昇
中性脂肪を低下させ、心血管疾患のリスクを減少させると広く信じられているω3サプリメントは日本を含め世界中で人気があります。ω3は通常、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)のいずれか、または双方を指します。サプリメントのみならず、日本ではエパデール(一般名:イコサペント酸エチル)、ロトリガ(オメガ‑3脂肪酸エチル)という名称で医薬品としても存在します。エパデールはEPA単剤、ロトリガはEPA+DHAの合剤です。
サプリメントとしても広く流通していることから、ω3といえば「安全で副作用はない」と広く信じられています。ですが、最近驚くべき調査結果が公表されました。なんとω3の長期摂取で認知症のリスクが上昇するというのです。
その調査結果は、医学誌「The Journal of Prevention of Alzheimer’s Disease」2026年6月号に掲載された論文「高齢者におけるω3サプリメント摂取と認知機能低下との関連性(The association between omega-3 supplementation and cognitive decline in older adults)」です。
研究の対象者は、ANDI(Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative=アルツハイマー病神経画像イニシアチブ)と呼ばれるデータベースに登録された55歳以上の819人で、ほとんどは米国とカナダの白人です。ADNIは、アルツハイマー病の予防と治療の改善を目的とした多施設共同臨床試験であり、患者データは世界中の研究者と自由に共有されています(つまり客観性が担保されたデータベースです)。
819名のうち、273名はω3サプリメントを長期にわたり摂取していて、残りの546名はサプリメントを摂取していない対照群です。平均追跡期間は5年間です。
総合的な認知機能評価には、ミニメンタルステート検査(MMSE)、アルツハイマー病評価尺度認知機能サブスケール13(ADAS-Cog13)、臨床認知症評価尺度合計スコア(CDR-SB)といった標準化された3つのツールが使われました。さらに、脳の構造と代謝を調べるための脳画像検査による評価も加えられました。
結果、3つの認知機能評価尺度の統計結果はすべて同じ結果を示しており、ω3サプリメントを長期にわたり摂取した人は、認知機能の低下速度が有意に速いことが示されました。解析にはApoE遺伝子などの遺伝的要因は取り除かれています(リスク遺伝子の保有率は両群でほぼ同等でした)。
興味深いことに、認知症を発症した参加者に、アルツハイマー病の指標であるアミロイドプラークやタウタンパク質の増加は認められませんでした。認められたのは「グルコース代謝の低下」でした。
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「グルコース代謝の低下」とは、脳細胞(特にニューロンとシナプス)がグルコースを取り込んで消費する能力が落ちている状態を指します。脳細胞のエネルギー源の大半はグルコースですから、グルコース代謝が低下すれば当然認知能力は低下することになります。
この論文では、「ω3サプリメントの長期摂取が認知機能を低下させる」ことが示されていますが、「どれくらいの量を摂取すれば低下するか」については書かれていません。そこで他の論文をあたってみました。
2025年の「Scientific Reports」に掲載された「ω3の補給が認知機能に及ぼす影響に関する系統的レビューおよび用量反応メタ分析(A systematic review and dose response meta analysis of Omega 3 supplementation on cognitive function)」をみてみると、ω3サプリメントは「低用量であれば認知機能に有益かもしれないが、1日あたり1,500mgを超えるとその効果が逆転する可能性がある」と示されています。
この結果には驚かされます。なぜなら冒頭で紹介した医薬品のω3の添付文書上の摂取量は、次のように優に1,500mgを超えているからです。
・エパデール(イコサペント酸エチル):1日あたり1,800~2,700mg
・ロトリガ(オメガ‑3脂肪酸エチル):1日あたり2,000~4,000mg
今回紹介した2つの論文が正しいとすれば、日々のω3サプリメント摂取及びエパデールやロトリガといった医薬品の服用は認知症のリスクということになります。
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2026年5月21日 木曜日
第273回(2026年5月) 片頭痛治療の新たな幕開け~ゲパント薬の登場~(前編)
片頭痛の治療の新しい時代が始まった、と言えるかもしれません。歴史に残るような画期的な薬が発売されたからです。その新しい薬の総称は「ゲパント薬」と言います。今回はまず「片頭痛の治療の歴史」を振り返り、それぞれの薬の特徴と欠点を確認していきたいと思います。
私が医学部の学生だった1990年代後半、頭痛に対してはイブプロフェン(ブルファン)、ロキソプロフェン(ロキソニン)、ジクロフェナク(ボルタレン)といったいわゆるNSAIDs(=Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs=非ステロイド性抗炎症薬)を使うか、決して万人に有効とはいえない一部の漢方薬を用いるか、あるいは依存性と副作用が多いエルゴタミンに手を出すか、といったくらしか打てる手だてがありませんでした。
問題は「薬がなかった」だけではありません。市販の薬(OTC薬)による依存症が大きな問題を起こしていました。そしてこの問題は今もほとんど解決していません。鎮痛剤は基本的にはどのようなものであれ依存性があります。イブプロフェンでもロキソプロフェンでも、月の半分も飲めばかなりの確率で鎮痛薬依存症になり、さらにこの依存が「薬物乱用頭痛(=Medication Overuse Headache=MOH)という新たな頭痛を引き起こします。
しかし本当の問題はその先にあります。NSAIDsは薬局でも買えて、そして薬局で売られているNSAIDsには「危険な成分」が混合されていることが多いからです。「危険な成分」は次の2つです。
#1 ブロムバレニル尿素:名著『完全自殺マニュアル』で”推奨”されている自殺方法第一位の薬物。詩人の金子みすゞ、芥川龍之介、太宰治らがこの薬物を用いて自殺を試みたことはあまりにも有名。現在発売されているものでもっとも有名なのは「ナロンエース」
参考:医療プレミア「市販の睡眠薬・鎮痛薬の成分 依存症や死亡の事例も」
#2 アリルイソプロピルアセチル尿素:#1と共に厚労省の「習慣性医薬品リスト」に載せられている医薬品で、この成分が含まれる薬品が医師の処方箋なしで買える国は(おそらく)日本だけ。韓国では2025年4月にこの成分を含む鎮痛剤の同国への持ち込みを禁止し(対象者はほぼ全員が日本人)、航空会社Air Premiaは「麻薬性成分を含む鎮痛剤の持ち込み禁止」を発表。「イブクイック」「バファリンプレミアム」「ロキソニンSプレミアム」「ノーシンピュア」などといった商品名を名指しにして持ち込み禁止を訴えている
自殺に使うこともできて、強烈な依存性のある薬物を薬局で堂々と売ることに問題がないはずがなく、私は谷口医院を開院してからもう20年にわたりこの問題を指摘し続けているのですが、いまだに「危険性について薬局で説明を受けた」という患者さんを一人も知りません。
「片頭痛の治療の歴史」の話を進めましょう。NSAIDsくらいしかなかった時代に大きな幕開けとなったのは2000年、イミグランという注射薬の登場でした。この薬は私が医学部の学生の頃に登場した画期的な薬で、社会に広く浸透することが期待されていました。実際、まるで魔法のように効きます。
以前私がある病院の深夜の救急外来で勤務していた頃、ある男性の患者さんが激しい頭痛で救急搬送されてきました。問診と簡単な診察をして私がまず疑った疾患はくも膜下出血。そこで救急室からCT撮影を手配しました。ストレッチャーに男性を乗せるとき、もしかすると……、と思って本人の同意を得てイミグランを注射しました。すると、わずか数分後、ストレッチャーに載せた男性がCT室に到着する頃には、頭痛がピタっとやんでいたのです。
こんなにもよく効いてしかも速効性のあるこの注射は、しかしさほど普及しませんでした。この私の救急外来のエピソードはたしか2003年で、当時は医療機関でしか注射ができませんでした。自己注射ができるようになったのは2008年だったと思うのですが、それ以降もさほど普及したとは言えません。その理由のひとつは自己注射に抵抗がある患者さんが少なくないこと、もうひとつの理由は注射剤でなく点鼻薬や内服薬が登場したことです。
イミグランを含む片頭痛の特効薬を「トリプタン製剤」と呼びます。注射剤と点鼻薬があるのはイミグランだけで、他は内服のみとなります。日本で発売となった歴史を振り返ってみましょう。尚、内服については現在すべて後発品があります(下記のかっこ)。
2000年 イミグラン注射剤
2001年 イミグラン内服(スマトリプタン)
ゾーミッグ(ゾルミトリプタン)
2002年 レルパックス(エレトリプタン)
2003年 イミグラン点鼻薬
マクサルト(リザトリプタン)
2008年 アマージ(ナラトリプタン)
トリプタン製剤は非常によく効きます。私の経験では先に紹介した救急外来でのエピソードが最も印象深いものですが、他にも、割れるような頭痛がスーッとひいていったという話をこれまで何百回と聞いています。トリプタン製剤は間違いなく歴史を変えた薬です。
しかし、それほどよく効くトリプタン製剤にも欠点があります。以前は値段が高いことが最大の欠点でしたが、後発品の登場でその問題はほぼ解決しました。先発品はどれも1錠1,000円前後(つまり3割負担で300円ほど)しますが、後発品を使えば1錠100円からせいぜい300円程度(3割負担なら40円から100円程度)ですから、この値段を負担できないという人はほとんどいません。
では今も残るトリプタン製剤の欠点とは何か。それは「効いたとしても頻度が多いなら足らなくなる」という問題です。ですから、正確には「トリプタン製剤の欠点」というよりも「片頭痛の特徴がもたらす苦しみ」といった方がいいでしょう。つまり、トリプタン製剤が効くのはありがたいのですが、頻繁に起こるために薬が足らなくなるのです。ならばたくさん、例えば1日1錠の処方をすればいいではないか、という疑問がでてきますが、これはできません。
理由は2つあって、1つは保険診療上、処方が認められるのはせいぜい月に10錠程度というルールがあること、そしてもう1つは、トリプタン製剤であっても上述した薬物乱用頭痛が生じることです。NIH(=National Institutes of Health=米国国立衛生研究所)によると、トリプタン製剤はNSAIDsよりも薬物乱用頭痛を起こしやすいのです。尚、ここでいうNSAIDsはイブプロフェンやロキソプロフェン単独のものであり、ナロンエースやイブクイックなどのように、ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬ではありません。米国ではブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素が使われていないためにデータがないのです。また冒頭で少し紹介したエルゴタミンも薬物乱用頭痛を容易に起こすことが知られています。よって、薬物乱用頭痛を起こしやすい順番としては、おそらく、「麻薬(オピオイド)>ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬>エルゴタミン>トリプタン製剤>NSAIDsまたはアセトアミノフェン」となると思います(これらの順位のはっきりとしたエビデンスはありませんが、私の経験からの類推ではこのようになります)。
片頭痛が難儀な2つの理由を繰り返します。1つはNSAIDsでは効かない重症タイプがあること、もう1つはトリプタン製剤は効くけれど(あるいはNSAIDsでも効くけれど)頻度が多すぎて薬が足らなくなること、です。
では高頻度の片頭痛にはどのように対処すればいいのか。「予防薬」があれば解決します。
後編に続きます。
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2026年5月4日 月曜日
2026年5月 退職が老化を促進する
谷口医院は開院してもうすぐ20年になります。2007年のオープンした頃から通い続けている患者さんはもう20年も年を重ねたことになり、2000年代に40代後半だった患者さんは引退に差し掛かっています。すでに退職した人も大勢います。勤務先が近いからという理由で通っていた人のいくらかはそのまま通院を続けられるのですが、なかには受診できなくなる人もいます。それも望ましくない理由で。
例えば認知症。例えばうつ病。あるいは骨折して動けなくなったという人もいれば、歩行や階段の上り下りがしんどくなった、という人もいます。退職後に自宅近くの診療所に通院しだすことに問題はないのですが、その理由が「認知症やうつ病で……」というのは寂しい気がします。
一方、70代どころか80代になってもそれまでと変わらぬ元気さを維持している人もいます。その違いはどこから来ているのでしょうか。20年間総合診療医として谷口医院の患者さんを診てきた私の視点からみれば、最大の要因は「退職」です。
退職すれば健康を害するのは「全体でいえば」ほとんど間違いありません。「自分は大丈夫」と考えている人や、あるいは「退職してからの方が好きなことができて元気になった」という人もそれなりにいますが、退職後1年から1年半たった時点で同じことが言えるかどうかについては慎重に判断すべきです。医師が患者さんの人生プランにまで口出しするのは余計なお世話ですが、私の過去20年の経験に鑑みると「引退していいのですか?」と言いたくなることがあるのです。
開院した当初からこのようなことに気付いていたわけではありません。私自身も60歳くらいになれば引退を考えてボランティアに生きようか、などと以前は考えていました。しかし、引退して急激に元気をなくしていく患者さんらを診ているうちに、「退職は老化を促進する」ことを確信するようになったのです。
それを示した研究もあります。医学誌「Journal of Epidemiology and Community Health」に2016年に掲載された論文「退職年齢と死亡率の関連性:米国高齢者を対象とした人口ベースの縦断研究(Association of retirement age with mortality: a population-based longitudinal study among older adults in the USA )」を紹介しましょう。この研究の対象者は1992年から2010年の追跡期間中に退職した2,956人で、興味深いことに対象者は1,934人の「健康な退職者」と、1,022人の「健康状態の悪い退職者」に分けて分析されています。
結果、「健康な退職者」では、退職年齢が1歳高いほど、全死因死亡リスクが11%低下していました。もちろん、健康に関連する生活習慣などの因子は考慮して分析されています。他方、「健康状態の悪い退職者」では、退職年齢が遅いほど全死因死亡リスクが低値を示していました。
他国の研究もみてみましょう。医学誌「Journal of Public Economics」に2020年に報告された論文「命を失う誘惑? 長期の失業給付金、労働市場からの離脱、そして死亡率(Fatal attraction? Extended unemployment benefits, labor force exits, and mortality)」では、オーストリアの死亡率と退職に関する行政データが解析されています。結果、男性の場合、1年早く退職すると、早死のリスクが5.5%増加、死亡時の年齢が2.2ヶ月低下していたこが分かりました。他方、女性については有意な影響は確認できませんでした。
しかし、このような研究を引き合いに出され「退職すれば早死にするぞ!」と脅されたとしても、「仕事を続けたいのはやまやまだけど、会社の規定では65歳の定年で追い出されてしまう」という人は少なくありません。再雇用制度を採用する企業は年々増えていますが、再雇用されたとしても給料はこれまでの半分から3分の1、仕事内容もこれまでの実績と経験を考えるととても受け入れられるものではない、との声も少なくありません。
他方、企業側からみれば、「高齢により高度な仕事をする能力が低下しているのだから、勤務条件が悪くなるのは当然」という考えになるのかもしれません。
では、定年とされている年齢を過ぎると仕事のパフォーマンスは本当に低下するのでしょうか。ホワイトカラーのほとんどの職種なら、過酷な残業や休日出勤を強いられない限り、身体能力の低下のせいで生産性が低下するとは考えにくいでしょう。
では認知機能はどうでしょうか。高度な業務においては認知機能の低下があればパフォーマンスの低下は避けられません。企業としてはそんな高齢社員に重要なミッションをまかせるわけにはいきません。もしもあなたが2000年前後に40代だったとして、その当時、25歳先輩の、つまり定年間際の先輩たちのパフォーマンスがどの程度だったか思い出してみてください。例えば「人間的には依然魅力のある人だったけれど、定年間際には重要な任務はお願いできなかった」という記憶が蘇るかもしれません。そこから「ならば自分も65歳でそれまでと同じようなパフォーマンスは発揮できない」という発想になるかもしれません。
しかし、その考えは捨てるべきです。IMF(International Monetary Fund=国際通貨基金)が2025年4月に発行した「THE RISE OF THE SILVER ECONOMY: GLOBAL IMPLICATIONS OF POPULATION AGING」を是非読んでみてください。第2章に、現在の高齢者は過去の高齢者とはまったく異なることが言及されています。具体的な内容を紹介しましょう。
・近年の高齢者は同年齢の以前の高齢者と比べて、身体能力も認知能力も向上している
・認知能力に注目すると「70代は新たな50代」といえる
・先進国および新興市場国41カ国を対象としたデータによると、2022年に70歳の人は、平均して2000年に53歳だった人と同等の認知能力を有していた
・過去10年間で、高齢者は認知能力の向上により、勤務を継続する可能性が20%上がり、平均週労働時間は約6時間増加し、労働所得は30%増加した
もちろん「70代は新たな50代」がすべての人にあてはまるわけではなく個人差はあるでしょう。しかしながら、これまでの常識に縛られた考えに捉われているとチャンスを逃してしまうことになりかねません。また、「70代は新たな50代なのに、わたしの会社では高齢者をないがしろにしている」と感じている人もいるでしょう。
そういう人は起業を考えればどうでしょう。英紙The Telegraphは最近「引退は人生で犯しうる最大の過ちだ(Retiring is the biggest mistake you can ever make)」という挑発的なタイトルで、50代以降の起業が増加している英国の実情を報告しました。
2026年2月22日の日経新聞によると、韓国では専門知識を生かして1人で事業を起こす人が増えていて、直近の統計では100万人を超え(正確な起業数は2022年時点で100万7769社)、5年前の2.5倍に相当します。なかでも最多層は50代で35%にもなるそうです。
この日経の記事からは男女比が分からないのですが、韓国の歴史や文化を考えると起業した人の大半が男性かもしれません。また、上述のオーストリアの研究では、女性は男性と異なり退職後の死亡率が上がらないとされています。谷口医院の患者さんを振り返っても、退職後の女性は男性に比べて元気に過ごしているような印象があります。しかし、同世代の働き続けている女性、あるいは起業している女性たちはもっと元気です。実は世界規模でみれば、すでに起業は女性の得意分野になっています。
50代以降の女性を主な対象とした米国のデジタル雑誌「PROVOKED」に「50代以上の女性たちが静かに起業革命を牽引し成功の定義を塗り替えている(Women over 50 are leading a quiet entrepreneurial revolution and redefining what success looks like)」という記事が2026年3月に掲載されました。記事によると、50代以上の女性が世界で最も急速に成長している起業家のグループであり、最もダイナミックな分野で企業を立ち上げ、若い世代の起業家たちを凌駕する成果を上げています。実際、現在の新規起業家の約26%を50代以上の女性が占めているそうです。
退職後に予定していることを患者さんに尋ねると、世界一周、クルーズ船、ゴルフ三昧、楽器、登山などと実にいろんな答えが返ってきます。それらを否定して「働きましょうよ」などというつもりはありませんが、当院の経験でいえば、そういった趣味や旅行などは1年から1年半で飽きてしまう人が少なくありません。ならば退職後は「1年から1年半のサバティカル休暇を取ってその後仕事を楽しむ」というアイデアはどうでしょうか。まだ50代の人は男女とも起業を考えてみればどうでしょう。
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2026年4月23日 木曜日
2026年4月23日 アルツハイマー病にレカネマブもドナネマブも無効
以前から「本当に効くのか?」「費用対効果が悪すぎる」と評判のよくないアルツハイマー病の”特効薬”「レカネマブ(レケンビ)」「ドナネマブ(ケサンラ)」の有効性が「コクラン(Cochrane)」により正式に否定されました。
コクランとは信頼できるエビデンスを提供する国際的な非営利組織で、世界で最も中立であり信頼性の高い組織です。コクランが発表するデータなら無条件で信頼できると言ってもいいでしょう。
そのコクランがレカネマブもドナネマブも効果がないと断言したわけですから、この発表は世界中の認知症の治療に極めて大きな影響を与えることになります。まずはコクランの発表内容をみてみましょう。タイトルは「抗アミロイド薬は臨床的に意義のある効果を示さない(Anti-amyloid Alzheimer’s drugs show no clinically meaningful effect)」です。
コクランが検証したのは、アルツハイマー病または軽度認知症患者に対する(レカネマブやドナネマブなどの)合計7種類の抗アミロイド薬の効果が調べられた合計17の臨床試験のデータです。試験の対象者は合計20,342人です。結果、抗アミロイド薬が認知機能低下や認知症の重症度に及ぼす絶対的な効果は皆無、もしくはごくわずかであり、臨床的には意味がないことが明らかにされました。
研究を主導したイタリア・ボローニャのIRCCS神経科学研究所の神経内科医兼疫学者Francesco Nonino氏は「残念ながら、これらの薬剤は患者にとって何ら意味のある効果をもたらさないことが示されました」と述べています。
レカネマブを例にとってみてみると、発売当初は、認知機能低下が27%抑制されるとされていました。しかし、記憶力、推論力、日常生活機能を測定する18点満点の尺度で検討したNEJMの研究によると、プラセボ投与群は18ヶ月間で1.66ポイント低下したのに対し、レカネマブ投与群では1.21ポイントの低下にとどまりました。確かに差はありますが、ごくわずかなものです。
さらに、効果がないばかりでなく、有害性も明らかになりました。発売当初から指摘されていたように、抗アミロイド薬は脳の腫脹や出血のリスクを高めるリスクが高いことも明らかにされました。
レカネマブ及びドナネマブは臨床試験で良好な結果が得られたとされたため、英国、米国、日本の規制当局によって承認されました。しかし英国では、費用に見合うだけの「効果が小さすぎる」として、NICE(=National Institute for Health and Care Excellence=英国国立医療技術評価機構)はNHS(=National Health Service=英国国民保健サービス)での使用を却下し、結局英国では使用できない状態が続いています。英国でいったんこれらの承認をしたMHRA(=Medicines and Healthcare products Regulatory Agency=医薬品・医療製品規制庁)は、コクランの発表を受けて再審査をおこなうようです。
費用についてはThe Telegraphの報道をみてみましょう。これらの薬剤を使用するには、定期的な静脈内投与に加え、腰椎穿刺や脳の画像検査が必要となり、患者一人当たり年間4万ポンド以上がかかります。
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このコクランの発表には反対意見もあります。検討されたのは合計7種類の抗アミロイド薬で、レカネマブとドナネマブ以外に、アデュカヌマブ、バピネウズマブ、クレネズマブ、ソラネズマブなど、既に販売中止となった薬剤も含まれていたからです。しかし、研究の方法としては何ら間違っているわけではなく、これらの薬と同時に検討されたという理由だけではコクランの分析が間違っているとは言えません。
ひとつ言えることはアルツハイマー病の原因をアミロイドだけで説明することはできないということです。「アルツハイマー病の原因がアミロイドβ」を”証明”した有名な論文が捏造されたものであることはすでに白日の下に晒されています。
参考:毎日メディカル「STAP細胞よりひどい…社会を揺るがす二つの捏造論文」
粘着性のあるアミロイドタンパクが脳内に蓄積してプラークを形成し、これがアルツハイマー病に関連しているのは事実でしょう。ですが、それが「原因」ではないことはもはや明白であり、アミロイドを取り除いたからといってアルツハイマー病が治るわけではありません。抗アミロイド薬は、副作用のリスクを抱え、大金を投じておこなうような治療でないことはもはや自明です。
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2026年4月19日 日曜日
2026年4月19日 ApoEがε4でも肉を食べれば認知症リスクが帳消しに!
常識を揺るがすような驚くべき論文が発表されました。
アルツハイマー病の最大のリスクがApoEの遺伝子型で、ε4を所有していればリスクが大幅に上昇することは本サイトで繰り返し述べてきました。ε4・ε4の人は(ε4をホモで所有していれば)、ε3・ε3の人に比べ、アルツハイマー病になるリスクが11.6倍にもなるとされています。
日本を含む東アジアではもっとハイリスクだとする研究もあります。2023年に医学誌JAMA Neurologyに掲載された論文「ApoE遺伝子型とアルツハイマー病リスク:年齢、性別、および民族(APOE Genotype and Alzheimer Disease Risk Across Age, Sex, and Population Ancestry)」には各民族におけるε4とアルツハイマー病のリスクが掲載されています。結果は、我々日本人にとっては絶望したくなるようなものです……。
ε4とアルツハイマー病の相関関係は民族によって異なり、東アジアではその関係が最も強くなります。下記のグラフが示すように、ε4を1つ持っていれば(ヘテロで持っていれば)リスクは4.54倍(白人3.46倍、黒人2.18倍、ヒスパニック系1.90倍)です。ε4を2つ保有している場合(ホモの場合)、東アジア人のリスクはなんと30倍近くにもなります(白人13倍、黒人6倍、ヒスパニック系4倍)。

認知症の他のリスクを考えてみると、例えばLDLコレステロールであれば薬(スタチン)を使えば下げられますし、社会的孤立であれば(人によっては大変でしょうが)自身の努力で挽回できる見込みはあります。
一方、遺伝子は生まれたときにすでに決まっていて変更することは絶対にできません。アルツハイマー病のリスクは”運命”として受け入れるしかない、ということになります。
ところが、です。最近、信じられないような(当事者からみれば)歓喜したくなるような研究が報告されました。医学誌「JAMA Network」2026年3月19日号に掲載された論文「ApoE遺伝子別の肉摂取量と認知機能(Meat Consumption and Cognitive Health by APOE Genotype)」です。
なんと、ApoEをε4で持っていても「肉を食べればそのハンディを完全に克服できる」というのです。研究の対象者は調査開始時に認知症がない60歳以上の2,157人(平均年齢71.2歳、女性62.0%)。うち1,680人が継続して調査を続けることができ、569人(26.4%)がApoEを「ε3・ε4」または「ε4・ε4」で持っていました。15年間の追跡期間中、296人が認知症を発症し、690人が認知症を発症せずに死亡しました。肉の摂取量は食物摂取頻度調査票に基づき、認知機能は次の4つが調べられました。
・エピソード記憶(再生と再認):episodic memory (free recall and recognition)
・意味記憶(語彙):semantic memory (vocabulary)
・言語流暢性(動物名と職業名):verbal fluency (animals and professions)
・知覚速度(数字消去課題とパターン比較):perceptual speed (digit cancellation and pattern comparison)
解析の結果、ApoEを「ε3・ε4」または「ε4・ε4」で保有する人たちは、総肉摂取量が最も少ない下位5分の1のグループに比べ、最も多い上位5分の1のグループでは、認知機能の低下が抑制され、認知症発症リスクが大幅に低下していました。下記のグラフが示すように、認知機能低下のリスクがApoEをε4で持たない(ε2かε3で持つ人)となんとまったく同じレベルにまで下がったのです!

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ApoEをε4で持つ人にとっては思わず踊りだしたくなるような嬉しい報告です。では、アルツハイマー病のリスクを帳消しにするにはどれだけの肉を食べればいいのでしょうか。論文には「肉の摂取量を目標値の2倍以上にすること」と書かれています。では、「2倍」とは実際にはどれくらいの量が相当するのでしょうか。
英国の健康サイトDiabetes UKによると、World Cancer Research Fund(=WCRF=世界がん研究基金)などのがん関連団体は、赤身肉の摂取量を週3食分(調理済み重量で約350~500グラム)以下に制限し、加工肉はほとんど、あるいは全く食べないことを推奨しています。NHS(英国国民保健サービス)のサイトにも「1日70グラム」と書かれています。ApoE遺伝子をε4で持つ人がアルツハイマー病のリスクを帳消しにするためには、これの2倍ですから「1日およそ140グラム」の加工されていない肉を摂取すべし、ということになります。
もうひとつ興味深いのは、上記のグラフからも読み取れますし、論文の本文でも述べられているように、「(加工されていない)赤身肉の摂取量が多いほど、ApoE遺伝子のタイプに関係なく、認知症のリスクが低い」ということです。発がん性のリスクを考えれば肉の摂取はほどほどに、ということになる一方で、認知症のリスクを下げたいのなら積極的に肉を摂取すべし、となるわけです。
気を付けなければならないのは「加工肉を食べない」ということです。論文には「総肉摂取量に対する加工肉の比率が高ければ、遺伝子型にかかわらず認知症リスクが上昇する」と指摘されています。
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2026年4月16日 木曜日
第272回(2026年4月) 「ホルモン補充療法(HRT)は安全」が世界の見解に
ガイドラインやその他治療指針などで推奨されている治療で、なおかつ院長の私が研修を受けている疾患であれば、谷口医院では原則として「実施する」が基本方針なのですが、ほとんど唯一の例外が「ホルモン補充療法」(=Hormone Replacement Treatment、以下「HRT」)でした。「でした」と過去形なのは、2010年代から少しずつ開始し、2020年代に入る頃にはかなり積極的に実施しているからです。ただ、当院が開院した2007年からおよそ3年間は、患者さんが強く希望してもお断りするか、他院を紹介していました。
その理由は、2007年のコラム「ホルモン補充療法の危険性」に書いたとおりです。2007年4月に2つの衝撃的な論文が発表されました。1つは「New England Journal of Medicine」の「米国では乳癌の発生率が近年急激に減少しているのはHRTがおこなわれなくなったから」という論文、もう1つは「Lancet」に掲載された「HRTを実施した女性は、していない女性に比べ卵巣がんで死亡するリスクが2割高い」とする論文です。
論文だけではありません。そのコラムで述べたように、これまで大変お世話になった、私が師と仰ぐ米国の女性医師が、HRTが原因で自らが乳がんに罹患し、それ以降すべての患者に「HRTはやってはいけない」と助言していたからです。この話を聞いたのは私が医師になってまだ3年目の頃で、「この先生が絶対反対する治療なんだから自分もやるべきではない」と誓ったのです。
さらに、当時の世界的潮流も「HRTは避けるべき」というものでした。その流れに大きな影響を与えたのが、2002年に JAMA に掲載された論文です。HRTの安全性を検証する目的で開始された「Women’s Health Initiative (WHI)」試験は、本来約9年の追跡を予定していましたが、平均5.2年で中止されました。心血管疾患および乳がんのリスク上昇が明らかとなり、これ以上継続できないと判断されたためです。
しかし、前医から当院に転院してくる患者さんの中には、すでにHRTを開始しているケースが少なくなく、その評価が非常に高いのです。「メンタルが安定する」「肌がきれいになる」「髪が増えた」など実感しやすい効果があり、さらにLDLコレステロールの低下や骨密度の上昇も期待できます。まるで“魔法の薬”のように感じる人もいます。乳がんのリスクについても「日本人ではそれほど上がらない」という報告があり、リスクを理解し定期的に検診を受けるのであれば、過度に恐れる必要はないのかもしれないと考えるようになっていきました。
最初に処方したのは、「前医と同じ薬を処方してほしい」と希望した患者さんでした。その後、更年期障害に悩む女性に対し「選択肢の1つ」として話をするようになり、そしてあるとき、ついに「更年期障害の治療で最も推薦する治療法」としてHRTを紹介し始めました。
同時に「前医でHRTを受けているが安全か」という相談も増えました。意外なことに「安全ではない」ケースが時折見られました。最も驚いたのは、(子宮を摘出していないのに)卵胞ホルモンのみが処方され、黄体ホルモンが併用されていないケースです。これは子宮内膜増殖のリスクを高め、危険な状態になり得ます。子宮がある場合は原則として黄体ホルモンの併用が必要であり、定期的な経腟超音波検査も欠かせません。こうした「適切でない更年期治療」が目立つようになり(男性に対する更年期障害の治療も)、警鐘を鳴らす目的で書いたのが2023年のコラム「間違いだらけの男女の更年期障害のホルモン治療」です。
今回は「(女性の)HRTの安全性が世界的にほぼ確立された」という話をしたいと思います。
第二次トランプ政権の発足後、ケネディ保健長官は、新型コロナワクチンへの慎重姿勢、定期ワクチン接種の見直し、食事療法に関する方針転換、妊娠中のアセトアミノフェン使用への注意喚起など、さまざまな政策を打ち出し、医療関係者の間で議論を呼んでいます。一方で、あまり大きく報じられていませんが、政権はHRTの積極的な導入を支持しており、この方針は多くの女性から支持されています。マーティ・マカリ医師が長官を務めるFDAは、ホルモン剤の添付文書の見直し方針を示し、2026年2月12日にはHRTの安全性を強調するページを公表しました。
具体的には、心血管疾患、乳がん、認知症に関するリスク記述が、FDAが定める最重要警告「boxed warning」から削除されました(安全性評価が改善したことを意味します)。さらに、無作為化比較試験(エビデンスレベルの高い試験)で、更年期開始後10年以内(かつ60歳未満)にHRTを開始した女性は全死亡率と骨折リスクが低下していたことが示されています。
HRTの安全性を強調しているのはFDAだけではありません。医療ガイドラインを集約した世界最大級の臨床ガイドラインデータベース「GuidelineCentral」もHRTの有効性と安全性を高く評価しています。ページ冒頭には「HRTは更年期障害に対する最も効果的な治療法であり、骨量減少や骨折の予防にも効果がある」と明記されています。
英国では米国とはまた違った「動き」が見られます。興味深いことに、英国で更年期医療の分野でもっとも有名な医師は婦人科専門医ではなく、女性GP(総合診療医)の Louise Newson医師です。Newson医師が注目される理由は、一言で言えば「やり過ぎ」と批判されることが多いためです。危険なほど高用量のHRTを処方したとして、BBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」で取り上げられ、これを受けてか、「British Menopause Society」(BMS=英国更年期学会)から認定資格を剥奪されました。
しかし、Newson医師のクリニックで治療を受けた女性からの評価はすこぶる高く、英国の医療規制当局「Care Quality Commission」は、2026年2月、同クリニックを「outstanding(卓越した)」と最高評価で報告し、「女性のニーズに合ったケアを提供している」と結論付けました。尚、Newson医師は、批判されている「高用量のHRT」に対し、「本当に必要な場合にしか処方していない」とコメントしています。
現在、世界的にHRT導入のムーブメントが強まっています。米国では半年ほど前から品薄が社会問題となり、米国の大手電子カルテ企業Epic Systemsの研究部門Epic Researchによると、ホルモン補充療法の処方件数は2021年から2025年の間に86%も増加しています。その影響を受けているのか、日本でも供給量が減少しています。当院でも、人気の貼付薬「メノエイドコンビパッチ」が入荷しなくなり、その影響で内服薬「ウェールナラ」も入手困難となり、最近まで新規処方を見合わせなければならない状態が続いていました。
今後も需要は増え続けると私は予測しています。最後に、HRTは本当に安全と言えるかどうかをみておきましょう。前半で述べたように、2002年には臨床試験の「Women’s Health Initiative」で「HRTの危険性は明白」とされていました。四半世紀を経て、それが誤解だったと言えるのでしょうか。実際には、HRTのリスクを指摘する研究もそれなりにあり、一方ではリスクは高くないとする研究も少なくありません。結論としては「個別に検討する」というつまらないものになるのですが、ひとつ言えるのは「60歳未満で閉経後10年以内であれば、HRTを検討する価値はじゅうぶんにある」ということです。
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2026年4月9日 木曜日
2026年4月 人類はもうすぐ確実に滅ぶのだから ~その2~
マンスリーレポート2022年11月号「人類はもうすぐ確実に滅ぶのだから」で、私は、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change=気候変動に関する政府間パネル)の勧告や、歴史学者ピーター・フランコパンの予測などを引き合いに出し、地球がいずれ滅びるのは間違いないことを指摘し、だからこそ、「戦争をしたり、マスクの是非で言い合いをしたり、SNSでつまらない罵り合いをしたり、といったことに時間を費やしている暇はない」と述べました。
当時は新型コロナウイルス(以下「コロナ」)に伴う「マスク論争」が盛んで、賛成派、反対派が互いに相手を罵り合っていました。あれから3年以上が経ち、コロナは事実上「収束」し、マスクで人間どうしが醜い争いをするようなことはほぼなくなりました。では、人類は互いに手を取り合って仲良くしているのかというと、残念ながらその正反対に向かっています。
2022年2月24日にロシアが一方的にウクライナに侵攻して始まった戦争は今も終結の見通しが立ちません。ロシアが侵攻した2022年の時点で考えれば、いきなり戦争をしかけたロシアが悪いわけですが、視点を変えれば一方的にロシアに非があるとは言えません。2013年のユーロマイダン革命は「革命」とされていますが、親ロシアのヤヌコーヴィチ大統領を失脚させたクーデターに他ならず、それを指揮していたのは米国だったという話もあり、ロシア・ウクライナ戦争はどちらが悪いか、という問いに対する答えは簡単には出せません。
ロシア・ウクライナ戦争勃発から4年が経過した2026年2月28日、今度は米国がイランに空爆を仕掛け戦争が始まりました。イランとしては米国と協力関係にある中東諸国を部分的にでも攻撃せざるを得ず、戦火が他国に広がりました。
特に、ドバイは甚大な被害を受け、裕福な外国人の移住で成り立っていた「砂漠の楽園」は事実上消滅しました。日本のメディアはドバイ当局に忖度しているのか控えめな報道しかしていませんが、たとえば英紙「Daile Mail」は「ドバイは終わった(Dubai is finished)」というタイトルで、外国人からドバイが見捨てられた現実を報じました。
ドバイ国際空港が被害を受け、ラグジュアリーホテルとして有名なフェアモントホテルも炎上しました。ドバイ当局は「空に響く大きな爆発音はUAEの防空システムが作動している証拠であり、我々の安全が守られている証拠だ」と苦し紛れの広報を出しましたが、高級ホテルが燃えているのを目の当たりにした外国人がこんな言葉を信じられるはずがありません。紛争勃発から数週間で数万人の住民と観光客が次々とドバイを離れ、「二度と戻らない」と宣言しています。スタンダードチャータード銀行やシティバンクなどの欧米系銀行の従業員は、イラン政府から次の爆撃目標とされるという脅迫を受け、すでにオフィスから退避しています。もはやドバイがつい最近までの栄光を取り戻すことはないでしょう。
尚、イランのペゼシュキアン大統領は、イランが湾岸諸国をミサイル攻撃の標的としたことに対して謝罪しています。
最も被害の大きい地域はもちろんイラン国内で、特に南部ミーナーブ(Minab)の女子小学校が爆破され175人が犠牲になった事件は胸が張り裂けるような痛ましい出来事でした。トランプ米大統領は、「イランの兵器は命中精度が低いからイランの仕業だ」と述べましたが、そんなはずがありません。実際、The New York Timesは「標的の誤りにより、この学校は米国のトマホークミサイルの攻撃を受けた」と報じています。
これから米国とイランが仲直りして首脳同士が心から歩み寄ることなどあり得ませんし、ドバイが栄光を取り戻すこともないでしょう。仮に米国がこの戦争に勝利したとしてもイラン国民を掌握することは不可能です。軍隊を地上に投入すれば、イラクやアフガニスタンで繰り広げた泥沼の二の舞になるでしょう。つまりイランと米国(及びイスラエル)にはハッピーエンドの解決はないのです。
では日本は何をしているのか。中東在住の邦人保護には取り組んだものの、ドバイを含め中東諸国を守るような行動はなにひとつしていませんし、大勢の小学生が犠牲になった事件に対しても何もしていません(少なくとも報道されていません)。ちなみに、中国政府はイランの人道支援組織「Red Crescent Society」に20万ドルを寄付しました。
本稿執筆時点の4月9日現在、今後のホルムズ海峡の行方は分かりませんが、当分の間、原油入手困難な状況が続くでしょう。輸入に頼っているアジア諸国は国を挙げて節約の方向に舵を切っています。韓国では曜日ごとに公用車の使用を制限、スリランカでは1週間の給油量に上限を設けました。インドネシアでは公務員は毎週金曜日は在宅勤務とされ、フィリピンでは一部政府機関が週4日勤務となりました。翻って我が国がとった政策は、なんと「石油元売り会社への補助金」です。
今は国民が一丸となって節約に努め、そして国を超えて助け合わねばならないときです。日本は石油の輸入依存度が高いのは事実ですが、備蓄量がそれなりにあります。高市内閣はそれを自慢するかのように「我が国では年内は石油が不足することはない」などとアピールしているようですが、本来すべきは備蓄量が少なく困窮している国に対しその備蓄を供与することではないでしょうか。例えば、フィリピンやベトナムは備蓄量が極めてわずかしかないと言われています。こんなときに支援しなくてどうするのでしょう。
今、日本政府がすべきなのは石油の補助金をばらまくことではなく、国民に節約を呼びかけることです。すでに報道されているように、石油からつくられる商品が枯渇する可能性があり、特に影響を受けやすいのは医療業界です。医療用グローブや、注射器、点滴バッグなどは石油が枯渇すれば供給が止まります。たとえば透析を受けている人にとって、これらの供給不足は命を失うことを意味します。
2020年にコロナが登場したとき、反対意見はありましたが、政府は外出を控えるよう呼びかけ、飲食店の営業を禁じました。あのときできたことをもう一度やればいいわけです。夏の冷房費を削るわけにはいきません。しかし、外食や遊行など節約できることはたくさんあります。なぜ政府はそれを言わずに、その逆に石油に補助金をばらまくのか。お金を使うべきは、飲食店など自粛を要請すべき業界に対してです。では、なぜ総理大臣はそれをしないのか。今の人気を維持したいからでしょう。
ところで、米国はなぜイランに侵攻したのでしょう。たしかにイランの核兵器疑惑には不透明な部分がありましたが、IAEA(国際原子力機関)との対話は続けていました。2025年に一時中断されたのは、イランのせいではなくイスラエルと米国が戦争(いわゆる「12日間戦争」)を仕掛けたからです。今回の侵攻に対して、トランプ大統領は「イランの核兵器の脅威を防ぐために必要な戦争だ」と言っているそうですが、IAEAのグロッシ事務局長は、「イランが核兵器を製造している証拠はない」と正式に述べています。
では、なぜ米国はこのタイミングで戦争を仕掛けたのか。イスラエルがトランプ大統領を焚きつけた、というのが一般の見方だと思います。特に、ユダヤ教徒である、大統領の娘婿Jared Kushner氏が大統領にけしかけた、とする説が有力視されています。
それもあると思いますが、私はもうひとつトランプ大統領を戦争に向かわせた理由があると思っています。そして、実はこちらの方が強いインセンティブになったのではないかと疑っています。それは「自身のエプスタイン疑惑から世間の目を逸らそうとする目的」です。「エプスタイン関連文書にトランプ氏が未成年者を性的虐待したという主張が含まれている」と英紙The Guardianなどが報道したのが2月26日、米国がイランに爆撃を開始したのはその2日後です。これが単なる偶然だとは思えません。実際、戦争が開始されてから、トランプ氏のエプスタイン疑惑の報道は氏の思惑通りほぼなくなりました……。
大国の大統領が自らの恥ずかしい過去から世間の目を背けるために戦争を起こし、まあまあ大きな国の総理大臣が近隣の国々の窮状には見向きもせずに自らの人気維持のために補助金をばらまく……。これが人間の真実の姿なのだとすれば、そのうち全滅するのも時間の問題では?
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2026年3月26日 木曜日
2026年3月26日 枕をやめて眼圧を下げて緑内障を予防
50歳を超えると一気にリスクが上がる緑内障は日本では失明の原因第1位です。40代から発症することがあり、50代で人口の3~5%、60代で5~10%、70歳以上では10~20%が発症します。治療を受けずに放置すれば次第に視野が欠損し、ついには失明にいたります。
リスクは近視、糖尿病、喫煙、ステロイド使用(特にアトピー性皮膚炎)などで、予防にはこれらへの対策や治療が有効です。しかし最近、もっと簡単に予防する方法があることが報告されました。「枕を使わない」です。
医学誌「British Journal of Ophthalmology」2026年1月27日号に掲載された論文「緑内障患者における高い枕使用時の睡眠姿勢と眼圧との関連(Association of high-pillow sleeping posture with intraocular pressure in patients with glaucoma)」を紹介します。
研究の対象は緑内障の患者144人です。枕を2つ重ねて頭部を20~35°挙上した姿勢と枕を使わない姿勢(仰臥位)でそれぞれの眼圧を測定しました。また、健常ボランティア20人を対象に、超音波検査を用いて体位変化に伴う頸静脈内腔の変化が評価されました。
結果、仰臥位と比較すると、高い枕を使用した姿勢では眼圧が有意に上昇していました。また、健常ボランティアを対象とした超音波検査では、枕を高くした姿勢では、内頸静脈および外頸静脈の内腔が有意に狭窄し(これはよくないことです)、内頸静脈の最大血流速度が上昇することが示されました(これもよくないことです)。

上記論文に掲載されたグラフ:眼圧は日中活動しているときは低く、夜間就寝時に上昇する。黄色が高い枕を使ったときで、枕なし(青色)よりも眼圧が上昇していることがわかる
これらから言えることをまとめてみましょう。まず、枕を重ねると首の位置が変わり、その結果、頸静脈が圧迫されます。そして、この圧迫により、眼球内の液体である房水の自然な排出が妨げられます。
また、枕を高くすることにより、眼灌流圧(ocular perfusion pressure=OPP)が有意に低下することも分かりました。眼灌流圧とは、眼球内の微細血管に血液を送り出すための圧力のことを差します。直接眼圧に関係するわけではありませんが、眼灌流圧の低下は緑内障のリスクとなることが知られています。
************
枕は高い方がぐっすり眠れるという人もいますが、高すぎる枕は頸椎に負担がかかりますから、枕なしでは眠れないと言う人も高くし過ぎない方がいいでしょう。
それから、よくある質問に「オーダーメイドの枕はどうですか」というものがあります。これについてはどの程度の効果があるのかよく分かりませんが、この論文が示した「高い枕は頚静脈を圧迫し、緑内障のリスクが上昇する」という点については、どのような枕を使用する際にも知っておくべきでしょう。
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2026年3月19日 木曜日
第271回(2026年3月) 入浴と室温の工夫で不眠を克服
不眠については本サイトで度々取り上げ、過去にも述べたように、当院では「睡眠薬の処方」よりもむしろ「睡眠薬をやめること」を目的に受診する人が増えています。彼(女)らのなかにはいわゆるドクターショッピングを繰り返している人も多く、東京を含めた遠方からオンライン診療で「睡眠薬を断ち切りたい」と訴えるケースも少なくありません。
このような治療を20年間続けてきて確実に言えるのは、「眠れない」よりも「睡眠薬依存症から抜けられない」の方がはるかに苦しいということです。本人には依存症だという自覚がない場合も不幸な事故が起こり得ます。2023年のコラム「睡眠薬の恐怖」で紹介した「意識のないまま5歳のわが子を殺めた40代の女性」がその典型です。この女性が飲んでいたマイスリー(ゾルビデム)は、当院の経験でいえば、記憶が消えることが非常に多いのですが、非常に興味深いことに「前のクリニックでは一番軽い睡眠薬と言われた」と信じられないことを言う患者さんがいます。1人だけならその患者さんの勘違いかもしれませんが、複数の人が同じ証言をするということは、実際にそのように伝えて気軽に処方している医師がいるのでしょう。
東京在住のある患者さんの情報によると、彼女の住む地域ではクリニックが複数あって睡眠薬の入手にはまったく困らないそうです。なかにはきちんとした問診もなく、希望する睡眠薬は何でもすぐに出してもらえるとのこと。彼女はそのせいでベンゾジアゼピン依存症になってしまったのですが、不思議なことに、そういうクリニックは睡眠薬をすぐに処方するものの、睡眠薬依存症の治療は一切おこなっておらず、ひどい医師になると「一生飲み続けても問題ない」と断言するとか。
谷口医院もいつのまにか開院してもうすぐ20年が経過します。総合診療を実践していますから患者さんの訴えは実に様々です。そして、最も治療に難渋する疾患のひとつが「睡眠薬依存症」です。
睡眠薬依存症に陥らないために最も重要なこと、それは「依存性のある睡眠薬には初めから手を出さない」につきます。では、いくら不眠に苦しんでいても絶対に飲んではいけないのかというとそこまでは言えないのですが、薬の特徴とリスクを理解した上で上手に付き合っていく必要があります。このあたりは最近「毎日メディカル」に「不眠でも睡眠薬には手を出さないで! 依存と副作用避けるために」というタイトルのコラムを書きましたからそちらを参照してもらえればと思います。
さて、今回お伝えするのは、「ちょっとした入浴と室温の工夫で不眠を克服する方法」です。そんなことで眠れるなら誰も苦労しない、と思う人もいるでしょうが、これらの方法、意外に効果は高く、きちんとしたエビデンスもあります。
まずは入浴から。以前、不眠で悩むある患者さんから「少しでも寝たいから早くベッドに入るようにしている。風呂もさっとシャワーで済ませる」という話を聞いたことがあります。それで寝つきがいいのかと聞くと、まったくそんなことはなくて眠れないのが辛いと言います。睡眠の基本は「眠くなるまでベッドに入らない」です。「早くベッドに入る」はむしろすべきでないのです。
重要なのは「湯舟につかること」です。特に冬場に言えることですが、夏も入浴する方がよく眠れます。このときに重要なのは「時間」と「温度」です。
非常に興味深い日本の論文を紹介しましょう。医学誌「Journal of Physiological Anthropology」2023年5月号に掲載された「入浴による体温変化が睡眠に及ぼす影響(Effects of bathing-induced changes in body temperature on sleep)」です。
研究の対象者は「シャワー群」「短時間入浴群」「長時間入浴群」の3つに分けられています。「短時間入浴群」は5.2分、「長時間入浴群」は16.1分、湯舟につかりました。3つの群のそれぞれのシャワーや湯舟の温度は40度に設定されました。シャワーまたは湯舟につかった後に、各自が寝床につきました。
驚くほどきれいな結果が出ています。下記の図をみればあきらかでしょう。「長時間入浴群」は「寝つき(falling asleep)」も「睡眠の質(sleep quality)」も有意差をもって他の2つのグループとは大きくかけ離れて優れていることが一目で分かります。

この論文から言えることは「入浴は長めに。5分ではなく15分くらい」です。ここまでくると、では30分なら?、60分なら?と考えたくなりますが、それはデータがないので、まず15分での寝心地を確認した上で、少しずつ伸ばしていくのがいいでしょう。当院の患者さんのなかには「30分くらい入浴するとぐっすり眠れる」という人もいます。なかには「風呂のなかで寝てしまう」という人もいて驚かされます。
次に知りたくなるのは「温度」です。この研究では実験の条件が40度で統一されていましたが、では、例えば38度と42度では睡眠に差が出るのでしょうか。
これを調べた研究が2つ見つかりました。いずれも同じ学者によるもので、ひとつは、1996年に医学誌「Journal of Geriatric Psychiatry and Neurology」に掲載された「高齢女性不眠症患者の睡眠に対する受動的な体温調節の効果(Effects of passive body heating on the sleep of older female insomniacs )」。もう1つは、1999年に医学誌「Sleep」に掲載された「高齢女性不眠症患者における受動的な体温調節前後の深部体温と睡眠(Core body temperature and sleep of older female insomniacs before and after passive body heating )」です。
いずれの研究も対象は不眠症に悩む高齢女性で、就寝1.5時間前に熱いお風呂(40~40.5℃)に入ると、ぬるめのお風呂(37.5~38.5℃)のときよりも、睡眠の継続性が有意に改善し、徐波(slow wave sleep)が増加していました。徐波(デルタ波とも言います)とは深い睡眠中に現れる脳波のことで、いわゆる「ノンレム睡眠(NREM)」の中でも最も深いレベルの睡眠時に出現します。徐波がじゅうぶんな時間出現すると、深い睡眠が得られ、身体の疲労回復が効率よくおこなわれ、成長ホルモンの分泌が活性化し、記憶の定着に役立ちます。
最近はAppleWatch、Fitbit、Ouraringなどのwearable deviceを用いればどの時間にどのくらい徐波が出現したかが分かります。どこまで正確か、という問題がありますが、私自身がAppleWatchとOuraringを同時に装着して実験してみたところ、睡眠スコア自体には差が出ましたが(Apple Watchの方が高くでました)、徐波についての記録はほとんど一致していましたからそれなりには参考になると思います。
では入浴後はどうすればいいのでしょう。やはり眠くなるまで待つべきでしょうか。これは私見ですが、適切な入浴をしたのなら眠くなるまで待つ必要はなく、そのままベッドに入ってもいいと思います。ただし、寝室の環境には条件があります。当然ですが、静かで暗くなくてはなりません。「幹線道路沿いのマンションから、奥まったところに引っ越してよく眠れるようになった」という当院の患者さんが複数います。当然といえば当然ですが静かな環境の方がよく眠れます。また明々とした光のもとでは寝にくいのは当然でしょう。真っ暗がいいかどうかは意見が分かれるでしょうが、燦燦とした光のもとでは眠りにくいことに異議を唱える人はいないでしょう。
大切なのは「室温」です。結論からいえば室温はちょっと寒いくらいが理想です。なぜなら、生理学的にみて、深夜に向けて中核体温は自然に約0.5~1.0度下がり、その下がり始めに、末梢(手足)の血管が拡張し「熱放散」が起こり、これが眠気を促すからです。寝室の温度が涼しければこの「熱放散」がスムーズになります。
何度くらいがいいかについては意見が分かれるのですが、The Sunday Timesは「良質な睡眠には涼しい部屋が重要で、体温が約1℃下がると眠気が誘発される。16~18℃が望ましい。ただし、ベッドは暖かくする必要があり、冬は15togの羽毛布団を使うのが賢明」と述べています。
米国オハイオ州クリーブランドに本部を置くクリーブランドクリニック(Cleveland Clinic)という医療機関があります。この施設、「クリニック」と付きますが、実際は世界中から患者が集まる心臓医療でも有名な非営利の医療施設です。クリーブランドクリニックのウェブサイトに「睡眠時の適度な室温」があって、「目安として室温は15~19度が望ましく、涼しく、暗く、静かな環境が必要。21度以上の室温は不適切」とされています。
夏に眠れないという人がいれば是非室温を見直してみてください。おそらく21度を超えているのではないでしょうか。「熱い湯舟にじゅうぶんな時間つかった後、涼しい部屋でぐっすり睡眠」、早速今日からでも実践してみてください。
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