ブログ

2026年8月23日 日曜日

2026年8月23日 GLP-1で仕事とパートナーを手に入れる

 最近は医学論文のみならず一般の新聞雑誌でもリベルサス、オゼンピック、マンジャロといったGLP-1受容体作動薬及びGLP-1/GIP受容体作動薬(以下、単に「GLP-1」とします)の話題にあふれていて、関連記事を目にしない日はほぼありません。今回もGLP-1の話題です。「GLP-1で仕事がみつかり、新しいパートナーができる」という話をします。

 米国のNBER(National Bureau of Economic Research=全米経済研究所)が2026年6月に公表したワーキングペーパー(研究途中の論文を公開したもの)を紹介します。タイトルは「GLP-1による減量及び女性が直面する肥満の不利益(GLP-1–INDUCED WEIGHT LOSS AND THE FEMALE OBESITY PENALTY)」です。

 結論から言えば、「米国において肥満の女性は就職でも結婚市場でも不利を強いられていて、GLP-1を使って減量すればどちらも手に入りやすくなる」とするものです。NBERのこのレポートを解説した英紙The Economistはこれらを分かりやすいグラフにまとめています。

 

 これらグラフをみればGLP-1による利点はあきらかです。研究は15,000人を対象とした「Understanding America Study」と呼ばれる長期調査のデータが用いられています。減量目的でGLP-1を開始した女性と、使用を希望しつつもまだ開始していない類似の属性を持つ女性とが比較されています。
 
 それまで無職だった女性のうち、上のグラフが示すように、GLP-1を服用したグループでは就業率が27ポイント上昇しています。交際・結婚市場でも同様の結果がみられます。下のグラフが示すように、GLP-1を使用した独身女性が結婚したりパートナーと同居したりする確率は、使用しなかった女性と比べて29ポイントも高くなっています。

 興味深いことに、すでに職に就いていた女性がGLP-1を開始しても、その後昇進したり収入が増えたりすることはなかったようです。尚、男性についてはこの研究では調べられていません。

************

 女性がGLP-1を使ってやせれば、なぜ仕事もパートナーも見つかりやすくなるのでしょうか。糖尿病が治って健康になったから、やせて自信がついたから、なども考えられると思いますが、NBERは「obesity penalty(肥満ペナルティ)」という言葉を使ってこの理由を説明しています。

 つまり、太っていること自体が就職市場においても恋愛市場においてもペナルティになっているということです。

 それが正しいかどうかは別にして、The Economistも指摘しているように、米国ではすでにGLP-1の使用経験者が女性22%、男性14%に達しています。

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年8月20日 木曜日

第276回(2026年8月) アトピー性皮膚炎と慢性じんましんのこれからの治療

 前回の「低用量ピル(OC/LEP)の歴史と今後の行方」では、低用量ピル(OC/LEP)が、谷口医院の過去20年間の歴史で大きく変わってきたという話をしました。そのコラムの冒頭で、治療方法がまったく変わっていない疾患もあれば、大きく変わったものもあると述べ、低用量ピルは「大きく変わった」ことに触れました。今回取り上げるのはアトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)と慢性じんましん(以下「じんましん」)で、アトピーは「大きく」、じんましんは「それなりに」変わったと言えます。まずはアトピーからみていきましょう。

 谷口医院がオープンした2007年、アトピーの治療はある意味とても単純でシンプルでした。「ステロイドを外用して改善すればタクロリムス(プロトピック)でいい状態を維持しましょう」、基本的にはこれだけでした。といっても、ほとんどの患者さんは「タクロリムスはピリピリして使えませんでした」と言います。そして、その原因のほとんどは「炎症があるのに塗っている」ことにありました。炎症が生じればタクロリムスの出番はなく、ステロイドを使うしかありません。ステロイドで炎症が取れればタクロリムスにバトンタッチするわけです。このように「いい状態を維持するために薬を塗ること」を「プロアクティブ療法」と呼びます(尚、ステロイドでプロアクティブ療法を実施する方法もあるのですがここでは深入りしないでおきます)。

 1999年から2020年までの長い間、プロアクティブ療法といえばタクロリムスしかありませんでした。つまり「いかにタクロリムスを上手に使うか」がほとんど唯一の鍵だったのです。皮膚の免疫抑制という副作用のリスクは伴いますが、ステロイドを長期で塗ったときに生じる、血管拡張、酒さ様皮膚炎、皮膚の菲薄化や萎縮などのどうしようもない副作用は起こりません。2018年にデュピクセント(デュピルマブ)という画期的な注射薬が発売されたのですが、極めて高価なことに加え(登場したときは年間約60万円もかかりました)、強力な免疫抑制作用が生じることから決して敷居の低い薬ではありません。谷口医院でも、後述するような理由でこの高価な薬を使用することはありますが、たとえこの薬を使ったとしてもタクロリムスによるプロアクティブ療法が最重要であることには変わりありませんでした。

 転機が訪れたのは2020年でした。コレクチム(デルゴシチニブ)と呼ばれるまったく新しい外用薬が登場したのです。コレクチムの薬価はタクロリムスの3倍もしますが、免疫抑制作用がタクロリムスよりも軽度で(ただし、谷口医院の経験でいえば、製薬会社が言うほどには軽度ではなく、副作用がないわけではありません)、少々炎症が生じていてもタクロリムスのようにピリピリせずその炎症を抑えることもできるので、使い勝手の良さが格段に上昇したのです。まさに「歴史を変える薬」となり、当時のコラム「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」でも取り上げました。

 次の転機はその2年後の2022年、モイゼルト(ジファミラスト)の登場でした。上述したように、コレクチムは確かに優れた薬ですが、長期で使用していると免疫抑制の副作用が起こり得ます(繰り返しますが、谷口医院の経験でいえば製薬会社の見解よりも高頻度で出現します。それでも全体でみればわずかであり、タクロリムスよりもずっと少ないのですが)。モイゼルトは免疫抑制作用がほぼなくて、副作用がほとんどありません。ただし、抗炎症作用はほとんどなく(製薬会社は「ある」と言いますが、少なくともコレクチムに比べるとわずかしかありません)、完全なプロアクティブ療法に用いるのなら非常に有効なのですが、少しでも炎症が生じれば効果は期待できません。このときにも当時のコラム「アトピーの歴史は「モイゼルト」で塗り替えられるか」でモイゼルトを紹介しました。

 さらにその2年後の2024年、ブイタマーが発売され、これでプロアクティブ療法に使用できる外用薬が4種(タクロリムス、コレクチム、モイゼルト、ブイタマー)そろいます。ブイタマーは非常にすぐれた薬ですが、薬価が高いのが欠点でタクロリムスの8倍もします。しかし、それでもブイタマー中心のプロアクティブ療法を実施している人は少なくありません。このときにはコラム「 「ブイタマークリーム」は夢の若返りクリームかもしれない」で紹介しました。

 慢性疾患の場合、治療は「薬を上手に使う」以外に、「原因を取り除く」が重要になります。アトピーの場合、最重要事項は「掻かない」で、次に「汗対策」、そして「アレルゲンを取り除く」が重要となります。アレルゲンとしてはダニ(刺すダニ=tickではなく、死骸や糞がアレルゲンになるダニ=mite)が最多で、花粉、動物(ネコやイヌ)、ガやゴキブリ(これらの死骸がアレルゲンとなる)などに反応している人も少なくありません。こういう場合、環境の見直し(じゅうたんなどを処分してフローリングにする、空気清浄機を導入するなど)が必須となります。

 食べ物が”アレルゲン”になる場合もあり、このケースは難渋することになります。特定の食べ物を食べてアトピーが悪化するのは(少なくとも狭義には)食物アレルギーとは呼びません。しかし、難治性のアトピーの患者さんからよく話を聞くと、食べ物によって炎症が悪化することがあると言います。そして血液検査(特異的IgE)を調べると、その食物で陽性となっています。(狭義の)食物アレルギーの場合、摂取直後にじんましんや喘息症状が出現し、これは危険です。こういう場合は原因食物を完全に避けなければならないのですが、単にアトピーが悪化するだけでは絶対に避けなければならないわけではなく、また、たいていの場合、複数の食物に反応しますから(コムギ、タマゴ、ミルク、ブタニク、多くの野菜や果物など)、すべてを避けるのは不可能です。

 こういう場合、まずはアレルギーの内服薬を試します。2~3種類の薬を合わせれば改善することもあるのですが、そううまくいくとは限りません。そして、こういうケースで劇的に効果を発揮するのが、先に「高すぎて使えない」と述べたデュピクセントです。先述したようにデュピクセントは高価な上、強力な免疫抑制作用があるためにハードルが高いのは事実です。ですが、その欠点を差し引いても、食物に、それも多くの食物に反応するようなケースではデュピクセントが劇的に症状を改善することがあるのです(注1)。

 次にじんましんの治療について述べていきましょう。じんましんの場合、外用薬は一切効かず内服薬で治していきます。ポイントは「症状をゼロまでもっていく。その後徐々に薬を減らしていく」です。ある程度改善したからといってそれで我慢していればいつまでたっても治りません。症状をゼロにするのが最重要事項なのです。そのため内服薬の種類をどんどん増やしていきます。5種類ほどを併用しても症状がゼロにならない場合、少々高くつきますがゾレア(オマリズマブ)という注射薬を使います。この薬は免疫抑制作用がほとんどなく副作用がほぼありません(厳密にいえば寄生虫感染に脆弱になりますが)。

 ゾレアは費用が高い(3割負担で月に13,000円ほどかかります)ことを除けば使いやすくて非常に優れた薬です。じんましん以外にも喘息や鼻炎にも有効で保険適応もあります。ただし、喘息や鼻炎は他にも優れた薬がありますからよほどの重症でなければゾレアの出番はありません。しかし、ゾレアにはこれら以外に非常にすぐれた威力を発揮する疾患があります。それは「食物アレルギー」です。先に、食物がアトピーを悪化させる場合があると書きましたが、これは狭義には食物アレルギーとは呼びません。真の(狭義の)食物アレルギーは該当食物の摂取直後に、激しいじんましんや喘息症状が出現します。こうなれば該当食物を口にすることはできず、偶発的に摂取してしまい発症した時にはネフィー(以前はエピペンが使われていましたが現在は谷口医院ではネフィーのみです)を使ってもらわねばなりません。

 しかしゾレアを使えば、具体的には月に一度注射していれば、食物アレルギーが非常に起こりにくくなるのです。たとえ該当食物を摂取したとしても、です。もちろん過信は禁物ですが、ゾレアが食物アレルギーの予防になるのは間違いありません。もしも食物アレルギーに対してゾレアが保険適応となればほとんどの食物アレルギーをもつ人たちは恐怖から解放されるのですが、残念ながら現時点では保険適応はありません。しかし、例外があります。それがじんましんを有している人です(重症の喘息か鼻炎を有している場合にも可能です)。じんましんが軽症でなければゾレアを保険で処方することができます。それだけでも症状が大きく改善し満足度は高いわけですが、もしもその人に食物アレルギーがあった場合、これまで食べられなかったものが食べられるようになるかもしれないのです。

 尚、似たようなケースに「円形脱毛症に悩むアトピー」があります。円形脱毛症はひと昔前まではいい治療があるとは言えなかったのですが、現在はオルミエント(バリシチニブ)という画期的な内服薬があります。こちらも強力な免疫抑制作用があるので気軽に使うような薬ではないのですが、円形脱毛症を抱えながら生きる苦しみに比べれば副作用のリスクを抱えることなど問題ではない、と考える人も少なくありません。ところが、円形脱毛症にオルミエントを保険診療で処方するには「重症」(少なくとも頭部全体の50%以上に広がる円形脱毛)でなければなりません。ここまではひどくないけれどオルミエントと使いたいという場合、もしもそれなりの程度のアトピー(か喘息)があればオルミエントの処方が可能になります(注2)。

 上述したデュピクセントも現在はじんましんにも保険適応があります。値段はゾレアの方が安く、繰り返し述べているようにデュピクセントにはそれなりの免疫抑制作用が伴いますから、じんましんにデュピクセントを用いるケースはあまりありませんが、もしもゾレアで効果が乏しければデュピクセントを使ってもいいでしょう。それに、実はデュピクセントも食物アレルギーを予防できるとする報告もでてきています。それから、じんましんに対して、まったく新しい機序の内服薬ラプシド(一般名はレミブルチニブ)が近日発売されます。かなり注目されている薬で、おそらくじんましんの治療の歴史を変えることになるでしょう。費用はかなり高いことが予想されますが……。

 以上、谷口医院の経験からアトピーとじんましんの過去20年間の治療の変遷を述べてきました。20年前からずっと通い続けられている何人かの患者さんを思い浮かべながらこのコラムを書きました。

    ************

注1:現在はデュピクセント以外にも、本文後半で紹介した内服薬のオルミエント(バリシチニブ)、リンヴォック(ウパダシチニブ)、サイバインコ(アブロシチニブ)、さらに、ミチーガ注射薬(ネモリズマブ)、アドトラーザ注射薬(トラロキヌマブ)、イブグリース注射薬(レブリキズマブ)という有効性の高いアトピーの特効薬があります。ただし、繰り返しますが、これらには強力な免疫抑制作用があることに注意が必要です

注2:現在重度の円形脱毛症にはオルミエント以外にもリットフーロ(リトレシチニブ)という内服薬があり12歳以上から使用できます。この薬も有効性が極めて高いと言えます。ただし強力な免疫抑制作用はあります

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年8月2日 日曜日

2026年8月 「来てほしくなかった」なら「挨拶」はすべきでないのか

 2025年7月のコラム「『人は必ず死ぬ』以外の真実はあるか」で述べたように、「人は必ず死ぬ」のは間違いなく、私自身もそのうちに死にます。死が「良いこと」なのか「悪いこと」なのか私には今も分かりませんが、いずれにしてもそのうち死ぬのは確実です。では生きることは「良いこと」か「悪いこと」か。これも私には皆目見当がつかないのですが、とりあえずは「良いこと」と言っておかなければ社会からつまはじきにされそうです。

 「死をもって償う」という言葉があり、また日本を含む一部の国ではいまだに死刑制度があります。私には死刑制度の良し悪しが分かりませんが、「死ぬのはイヤなこと」という社会の成員の共通の認識があるからこそ「極刑=死刑」なのでしょう。もしも、死ぬことを心待ちにしている人がいたとして、その人に死刑を宣告すれば、その人は至上の幸福を感じることになります。これは皮肉で言っています。というのは、実際に「早く死にたい」と感じている人を私はたくさん知っているからです。

 谷口医院をオープンしてはや20年がたとうとしています。この間、私は多くの患者さんから「もう終わらせたい」とか「生まれてこなければよかった」という声を聞いています。反出生主義という言葉が公の場で語られることはあまりないと思いますが、この考えに関心を持つ人は確実に増えているような気がします。

 2017年に翻訳が出版された哲学者デイヴィッド・ベネターの『生まれてこないほうが良かった: 存在してしまうことの害悪』がどれだけ読まれているのか分かりませんが(私自身は海外メディアでベネターのインタビュー記事を読んでこの本に興味を持ちました)、この本に書かれていることを明確に否定することは困難だと思います。哲学者の森岡正博氏が著書『生まれてこないほうが良かったのか? ――生命の哲学へ!』のなかで、ベネターの考えに反論していますが、私にはその反論の理屈が分かりにくく、私個人としてはベネターの主張が間違っているとは思えません。おそらく私自身もいくらかは反出生主義の考えを持っているからかもしれません。

 ベネターは自殺を否定しています。哲学書というのは非常に読みにくく、ときに曲解してしまうことも多いのですが、ベネターが自殺を否定しているのは間違いありません。実際、ベネター自身が自殺をしていないことからもそれは明らかでしょう。しかし、人は必ず死にます。このことを最も適格に捉えているのはパスカルではないかと、私は昔から考えています。名著『パンセ』(中巻、岩波文庫)のなかに次のような文章があります。

    ************
多数の人々が鎖に繋がれている。全員が死刑宣告を受けており、毎日何人かが他の者たちの眼前で喉首を切られる。残された者は自らの境遇を彼らの仲間の境遇のうちに眺め、苦悩のうちに、そして希望もなくお互いを見つめあい、自分の順番を待っている
    ************

 17世紀の半ばにすでに、パスカルは「真実」を知っていたのです。「全員が死刑宣告を受けており、自分の順番を待っている」のです。自分の順番が多少遅くなろうが早くなろうが、死刑宣告を受けていることには変わりないわけです。生涯にわたり清く正しく美しく生きても死刑宣告、福祉施設に刃物を持って侵入し入所者19人を刺殺しても死刑宣告、同じ「死刑宣告」にどれほどの違いがあるのでしょう。

 しかし私は過去のコラム「私が安楽死に反対するようになった理由(後編)」で述べたように、人間には「自殺の自由」はないと考えていますし、他人の命を奪うようなことは許されてはいけないと思っています。なぜなら、それがこの世に生を受けてしまった者が背負う最低限のルールだと考えるからです。

 他の、私が最低限のルールだと自覚していることのひとつに「他者に感謝する」というものがあります。青年期くらいまでは己の欲望のみに従って生きてもいいかもしれませんが、そんな生活を通してでさえ、他者に感謝する機会に遭遇することになります。そういう機会を通して人は身勝手な考えを改めます。きっとこの社会ではそれを「成長」と呼ぶのでしょう。成長は自分の能力で遂げるものではなく、他者と触れ合い、他者によくしてもらって成長できるのだと私は考えています。

 そういうわけで私自身はこれまで多くの人に(特に、数人の濃厚な関係をもった人たちに)多大なる感謝をしています。しかし、「他者に感謝する」は最低限のルールだと言いながら、その感謝の気持ちをこれまでじゅうぶんに伝えきれていません。そもそも、あらたまって感謝の言葉を伝えるなんてこと、照れくさくてそう簡単にはできませんし、よほど気の利いた言葉を使わなければ言われた方もなんと返していいか分からないでしょう。

 では、その感謝の気持ちはいつどのように伝えればいいのか。数年前から私が温めていた構想は「自分が死期を悟ったとき、たとえば進行がんが見つかった、認知機能が低下してきたことを自覚したときなどに、これまでお世話になった人たちに会いに行って、そこで感謝を伝える」というものでした。

 ところが最近、この構想が朽ち果てました。私が「週刊新潮」を長年購読している最大の理由は五木寛之氏のコラムを読みたいからです。2026年7月29日号で、氏は、がんで余命数か月になり挨拶に来た元編集者に対して「来てほしくなかった」と断じます。「来てほしくなかった」というこの文字が視界に入ったとき、最初私は誤植ミスではないかと疑いました。ところが、五木氏は本心から、この編集者に「来てほしくなかった」と言っているのです。私自身もこの編集者と同じことをしようと考えていたわけですから、自分自身が否定されたような気持ちになりました。

 五木寛之氏の文章に魅力があるのは、私の勝手な推測ですが、「死」をタブー視せず、「生きる意味」をとことん追求しているからです。10代の頃から「人は何のために生きているのか」を考え続けている私にとって、氏の小説やエッセイはとても魅力的なのです。おそらく、終戦時、死を覚悟しながら、そしてたくさんの身近な死を目の当たりにしながら、北朝鮮から帰国した経験をお持ちであることと関係があるのでしょう。

 その五木氏が昔共に仕事をした知人に「来てほしくなかった」と言っているわけです。「死ぬなら勝手に死ねば?」と言われているようにも聞こえます。氏は続けます。

    ************
人はみな、いずれ別れる。そして世を去る。当り前のことだが、目の前につきつけられるとつらい。心が萎えるところがある。(中略)悲しみを共有することなど、はたしてできるものなのだろうか
    ************

 五木氏ほど、幼少時から死を間近にみてきた人物であっても「死を目の前につきつけられると心が萎える」というのなら、死を悟った人間は他人を避けて黙って消えていくのがいいのでしょう。しかし、その一方で、私自身が五木氏の立場だとすれば、その余命いくばくかの編集者との関係にもよりますが、人生で本当にお世話になった人であればその挨拶を嬉しく思います。共に思い出話をして、「来てくれてありがとうございました」と心の底から感謝すると思うのです。そして、私の空想にすぎませんが、それはどこかさわやかな感じすらします。

 ということは、よほど仲がよくなければ死期が迫っても会いに行かない方がよくて、お別れの挨拶をするならば本当にお世話になった人だけにすればいい、ということになるのでしょうか。ならば友達は少なくてよい。2026年8月時点の私の死に対する考えはこんな感じです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年7月26日 日曜日

2026年7月26日 GLP-1は脱毛のリスク

 今月の「マンスリーレポート」「GLP-1は『規制』ではなく、もっと『普及』させるべきだ」で述べたように、私はマンジャロやオゼンピック、リベルサスなどのGLP-1をもっと普及させるべきだと考えています。あまりにもベネフィットが多いからです。他方、欠点としては以下のようなものがあります。

#1 自費の場合、費用を捻出し続けなければならない
#2 脂肪と同時に筋肉量が低下する → ウエイトトレーニング(筋トレ)は必須!
#3 特に若い女性の場合、精神状態が悪化することがある(否定する意見もありますが、私の印象でいえばこの副作用は無視できません)
#4 その他、膵炎や低血糖発作などの稀な副作用

 #4は注意点さえ知っていればほとんど無視できるレベルですし、#3は中止すればすぐに戻ります。#2は頑張ってもらうしかありません。

 今回紹介するのは新たな「欠点」で、「脱毛」です。医学誌「The BMJ」に2026年7月22日に掲載された「2型糖尿病成人におけるGLP-1受容体作動薬と脱毛リスクの関連:標的試験エミュレーション(Risk of hair loss associated with glucagon-like peptide-1 receptor agonists in adults with type 2 diabetes: target trial emulation)」を紹介します。「標的試験エミュレーション(target trial emulation)」とは聞きなれない言葉ですが、要するに「研究の方法」と考えてもらえればOKです。

 この研究の対象者は、2019年1月から2024年9月の間に新たにGLP-1、SGLT-2阻害薬、DPP-4阻害薬のいずれかを開始した2型糖尿病をもつ18歳以上の成人で、脱毛が発症するかどうかが調べられました。

 GLP-1を開始した12,004人とSGLT-2阻害薬を開始した15,221人が比較され、また、GLP-1を開始した11,964人とDPP-4阻害薬を開始した11,238人が比較されました。

 結果、GLP-1使用者は、SGLT-2阻害薬使用者に比べ、脱毛を発症するリスクが37%高く、DPP-4阻害薬使用者に比べると68%高くなっていました。

 実際にどれくらいの使用者が脱毛を起こしているかについては、日本ではデータが見当たらないのですが、英国では、MHRA(Medicines and Healthcare products Regulatory Agency=医薬品・医療製品規制庁)にデータがあるようです。2025年の初め以降、チルゼパチド(マンジャロ)による脱毛の報告が940件、セマグルチド(オゼンピック)による報告が312件寄せられています。

 脱毛は使用を開始してから約1年後に最も多く見られました。この関連性は男女双方で見られましたが、女性においてより顕著でした。

 脱毛の種類は「非瘢痕性脱毛症」の一種で、毛包は維持されており、再び髪が生えてくる可能性があることが示唆されています。
    ************
 
 では、なぜGLP-1で脱毛が起こるのでしょうか。おそらく「必要な栄養素が食事から得られなくなるから」でしょう。特に女性の場合、GLP-1を使用していなくても発毛に不可欠な鉄と亜鉛が不足していることが少なくありません。

 気になる人は一度鉄と亜鉛の値を調べてみるのがいいでしょう。
 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年7月23日 木曜日

2026年7月23日 生まれるなら長男か長女が有利な理由は感染症

 旧約聖書『創世記』に登場する「カインとアベルの物語」は、弟アベルに嫉妬した兄のカインがアベルを殺害する話です。この話が実際の現象を象徴しているのだとすれば、弟に生まれた方が得するように思えますが、実際には兄や姉に生まれる方が二番目以降に生まれるよりも有利なようです。

 学術誌「American Economic Association」に2026年7月に掲載された論文「家族内の病原体:家庭内での疾病伝播がもたらす短期的・長期的な影響(Germs in the Family: The Short- and Long-Term Consequences of Intrahousehold Disease Spread)」によると、その原因はなんと「感染症」です。今回はこの画期的な論文を紹介しますが、その前に長男長女が2番目以降に生まれるよりもどれだけ有利かを過去の研究からみておきましょう。

 まずは「教育期間が長い」が挙げられます。下のグラフをみればあきらかなように、何人兄弟であっても長男か長女が最も教育期間が長いことが2005年の学術誌「The Quarterly Journal of Economics」ですでに示されています。

 この論文で示されたのは、単に教育期間の長さだけであはりません。2番目以降に生まれると、長男長女に比べて、生涯所得(earnings)、雇用(employment)、10代での妊娠(teenage pregnancy)といった面で、より不利な状況にあることが明らかになったのです。

 では、先述した「その原因が感染症」とする論文をみていきましょう。この研究の対象者は1980年以降に生まれたデンマークの子供約120万人で、政府の記録に基づき成人期に至るまでが調べられました。その結果、まず分かったのは、「2番目以降に生まれると、生後1年以内に急性呼吸器疾患で入院する確率が、長男長女に比べて2~3倍高い」ということです。この差は生後1歳半くらいまで続きます。下の2つのグラフを参照ください。

 2番目以降に生まれて、特に呼吸器疾患に罹患しやすいのは11月から1月、つまり冬に生まれた子供です。下の右側のグラフが示すように、11月~1月に誕生した2番目以降の子供は呼吸器疾患で入院するリスクが激増します。興味深いことに、左側のグラフが示すように、長男長女であれば冬に生まれても特にリスクは上昇しません。

 通常、呼吸器疾患で入院しても死亡したり後遺症を残したりするリスクはそう高くありません。ならば乳幼児期を乗り越えれば、二番目以降に生まれても長男長女の利点との差はなくなるのかといえば、そういうわけでもありません。なんと成人してからの「収入」が不利なことが明らかになったのです。下の図が示すように、長男長女との収入差がはっきりとしています。

 そして、さらに興味深いことに、2番目以降に生まれた子供どうしを比較すると、冬に生まれると収入が大きく下がることが分かったのです。先ほど、呼吸器疾患で入院しても特に後遺症は残さないと述べましたが、このようなデータを見せつけられると、脳になんらかの障害が残るのかもしれません。

 もしも幼少期の感染が脳に影響するのだとすれば、2番目以降に冬に生まれれば精神疾患を発症するリスクも上昇するのでしょうか。論文によるとその答えは「イエス」です。感染症に罹患する頻度が高かった弟や妹は、頻度が低かった場合と比べて、精神科の受診回数が統計的に有意に増加していたのです。

 では2番目以降に冬に生まれると絶望しなければならないのでしょうか。なんとか挽回できる方法はないのでしょうか。興味深いことに、この論文ではその「答え」になるかもしれない現象も取り上げられています。それは「母乳」です。母乳を6か月以上与えられた場合、疾患に罹患するリスクが大きく低下するというのです。下のグラフが示すように、授乳期間が長ければ長いほど罹患リスクが低下しています。

************

 今回紹介した論文をまとめると、「長男長女に比べ、2番目以降に生まれると幼少期に感染症に罹患しやすく、その傾向は冬に生まれるほど高い。教育期間が短く、成人後の収入が低く、精神疾患に罹患しやすい。母乳で育てることでそのリスクが軽減する可能性がある」となります。

 母乳に含まれる免疫関連の成分が感染症を予防するとした報告は多数あります。弟、妹を育てるときには特に母乳を考えるべきかもしれません。
 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年7月12日 日曜日

第275回(2026年7月) 低用量ピル(OC/LEP)の歴史と今後の行方

 谷口医院がオープンしたのは2007年の1月ですから、もうすぐまるまる20年が経過することになります。この20年間を振り返ってみると、治療方法がまったく変わっていない疾患もあれば(例えば、接触皮膚炎、梅毒、めまい、外傷などの治療)、大きく変わったもの(糖尿病、片頭痛、HIV、潰瘍性大腸炎など)もあります。今回取り上げるのは「ピル」です。この領域も20年前から使用する薬の種類が大きく変わりました。そこで今回は過去20年間のピルの歴史を振り返り、これからの賢明なピルの選択について、当院の経験を紹介しながら述べていきたいと思います。

 先に言葉の整理をしておきましょう。日本では経口避妊薬をピル(またはOC=oral contraceptive pill)と呼び、海外ではcontraceptive pills(またはbirth control pill)と呼ばれます。日本にはLEP(=低用量エストロゲン・プロゲスチン製剤)という言葉もあって、この表現は海外では使われません。基本的にはOCもLEPも同じもので、日本では保険適用のない自費処方の低用量ピルをOC、保険適用のある低用量または超低用量ピルをLEPと呼びます。従来のOC/LEPは「エストロゲン+プロゲスチン」でできていますが、プロゲスチン単剤の製品もあります。

 では20年の歴史を振り返りましょう。

2007年1月(谷口医院開院当時):月経困難症や子宮内膜症があって保険適用でピルを処方しようと思えば、いわゆる中用量ピルの「プラノバール」を処方することしかできなかった。低用量ピルは当時から存在していたが、すべて「自費」でしか処方できなかった。当時、谷口医院で処方していたのは、「アンジュ」、「トリキュラー」、「トライディオール」、「シンフェーズ」、「オーソ777」、「オーソM」、「マーベロン」。このうち、オーソMとマーベロンは一相性、他は三相性

2008年:子宮内膜症に対して保険診療で処方できる「ルナベル」が登場。ルナベルは上述のオーソMとまったく同じもので名前が違うだけ。子宮内膜症があることを超音波検査やMRIで示せば保険診療で処方することができた。エストロゲンを含まないプロゲスチン単剤の「ディナゲスト1mg」も同時期に登場。こちらも子宮内膜症に対してのみ保険での処方が可能

2010年:ルナベルが子宮内膜症がなくても、つまり単なる月経困難症であっても保険診療で処方できるようになった。月経困難症に対し超低用量ピルの「ヤーズ」が発売された

2013年:従来のルナベルが「ルナベルLD」に名前が変更され、別の製品として超低用量ピルの「ルナベルULD」が発売された(ルナベルULDは避妊効果がふじゅうぶん)

2017年:ヤーズフレックス登場。中身はヤーズと同じだが最長4か月連続飲みすることが認められた。これにより(うまくいけば)月経周期を4か月に一度にできるようになった。同時期にディナゲスト1mgの後発品「ジエノゲスト1mg」が発売された

2018年:ルナベルLD、ルナベルULDの後発品がそれぞれ「フリウェルLD」「フリウェルULD」という名前で登場した。3割負担で1枚500円程度となり一気にOC/LEP開始へのハードルが下がった。また、77日間連続飲みできる「ジェミーナ」が登場し、連続飲みのLEPの選択肢がヤーズフレックス、ジェミーナの2種になった

2020年:月経困難症に対して処方できる「ディナゲスト0.5mg」が登場

2022年:ディナゲスト0.5mgの後発品「ジエノゲスト0.5mg」が登場
 
2023年:日本で初めてのいわゆる「ミニピル」(=プロゲスチン単剤)として「スリンダ」が登場。血栓リスクがほぼないため、肥満、喫煙など血栓のリスクがある女性にも使えるとされている。自費のみ

2024年:「アリッサ」登場。月経困難症に対して保険診療で処方可能。血栓のリスクの少ないエストロゲン製剤が使用されている

2026年8月17日:ヤーズフレックスの後発品「ドロエチフレックス」発売開始予定

2026年8月?:超低用量ピル「マルシロン」が月経困難症の治療薬として登場予定。80日間連続服用が可能(下記の「マーシロン」と同じもので、海外では避妊目的で処方されている)

 と、日本製のOC/LEPはだいたいこのような感じです。これらに加え、次の未承認ピルもそれなりに普及しました。

・ダイアン:抗アンドロゲン作用が強いのが特徴
・セラゼッタ:ディナゲスト(=ジエノゲスト)、スリンダと同じカテゴリーで、エストロゲンを含まないいわゆる「ミニピル」
・マーシロン:海外では早くから普及してたい超低用量ピル(上述の「マルシロン」と同じもの)
・ヤスミン:ヤーズの低用量ピル版。一部の女性はヤーズフレックスと同じように連続飲みしている

 ここからは、今後のOC/LEPの行方を考察したいと思います。まず「エストロゲンを含む合剤か、プロゲスチン単剤か」を考えてみましょう。

 プロゲスチン単剤のメリットはなんといっても「血栓のリスクがない」ことです。喫煙、肥満、血圧などが血栓のリスクとして有名ですが、頻度は低いもののこういったリスク要因がなくても血栓を起こすことはあります。また、プロゲスチン単剤なら乳がんのリスクが上昇することもありません。さらに、エストロゲンとの合剤は不正出血を起こしやすいのに対し、プロゲスチン単剤なら出血のリスクもほとんどありません(出血すれば数日休薬すれば止まります)。

 血栓、乳がん、不正出血のリスクが激減するのなら「全員がプロゲスチン単剤を選べばいいではないか」という単純な疑問が生じます。しかし、(特に谷口医院では)プロゲスチン単剤はあまり人気がありません。なぜでしょうか。

 エストロゲンを入れないことのデメリットがあるからです。ただし、エストロゲンはOC/LEPで取り入れなくても、内因性の(つまり自然に分泌される)エストロゲンがあるのだからエストロゲンを抜いてもデメリットはないとする考えが一般的ではあります。たしかに理論的にはそうなのかもしれませんが、やはりエストロゲンを含むOC/LEPを摂取した方が、例えば、皮膚や髪がきれいになり、胸がふくよかになるなど女性らしさが維持できて、メンタルが安定します。全員に言えるわけではありませんが、エストロゲンの特徴を一言でいえば「女性らしくなる」のです。

 谷口医院の事例でいえば、プロゲスチン単剤のデメリットで最も目立つのが「メンタルの悪化」です。まるで更年期障害の女性にみられるような抑うつ状態が起こることがあるのです。更年期障害のメカニズムもエストロゲンの分泌低下ですから、プロゲスチン単剤投与で抑うつ状態が生じるのは理に適っているように思えます。また、プロゲスチン単剤を長期で使用する場合には骨塩量の低下が生じるリスクがあります。こちらも更年期障害と似たようなメカニズムで起こると考えられます。

 エストロゲンが入った従来のOC/LEPを使用する場合、血栓と乳がんのリスクは常に考慮しなければなりませんし、子宮筋腫や腺筋症があれば、不正出血が緩和されることも多いのですが、逆に出血量が増えることもあります。しかし、エストロゲンの補給によって女性らしさが得られることに魅力を感じる女性も少なくありません。では、エストロゲンが入ったOC/LEPではどれを選べばいいのか。血栓のリスクを考えるなら最新のアリッサが最もよさそうに思えますが、後発品がないために費用は高くなります。

 値段を重視するならフリウェルが最適で1枚500円以下(3割負担)です。しかし、まもなくヤーズフレックスの後発品(=ドロエチフレックス)が発売されます。そうなれば1月1000円未満の費用で、4か月に一度の月経周期にすることも可能になります。また、近日ドロエチフレックスと同様、超低用量ピルで連続飲みできる「マルシロン」が登場します。しばらくの間、およその目安としては次にようになるのではないかと推測されます。いずれも月経困難症(生理痛や生理不順、PMSなど)がある場合で、かっこのなかは3割負担でのひと月あたりのおよその費用です。

#1 エストロゲン不要 → ジエノゲスト0.5mg(約700円)
#2 費用重視 → フリウェルLDまたはULD(約500円)
#3 連続飲み希望 → ドロエチフレックス(約830円)もしくは近日発売のマルシロン(価格未定)
#4 エストロゲン必要だが血栓のリスクを最小限にしたい → アリッサ(約1,500円)

初校:2026年7月20日
改訂:2026年7月26日

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年7月2日 木曜日

2026年7月 GLP-1は「規制」ではなく、もっと「普及」させるべきだ

 オゼンピックやリベルサスなどのGLP-1受容体作動薬、及びマンジャロなどのGIP/GLP-1受容体作動薬(以下、これらを単に「GLP-1」とします)を美容クリニックやオンラインクリニック、あるいは一部の保険診療のクリニックが自費診療で処方しまくっている現状を快く思っていない医師や役人が少なくないのが私には不思議でなりません。

 2026年6月16日、厚労省医薬局医薬安全対策課は「GLP-1受容体作動薬及びGIP/GLP-1受容体作動薬の適正使用について」というタイトルの注意喚起を発表しました。GLP-1を2型糖尿病など保険適用の処方以外の美容や痩身目的に一部の医療機関が”販売”していることが許せないというわけです。また、大勢の医師も営利目的の安易な販売に辟易とし、2022年には日本医師会の当時の副会長が定例記者会見で「医の倫理に反する」という言葉まで使って痛烈に批判しました。

 GLP-1の有効性と安全性についてはこのサイトでも繰り返し紹介しています。普及し始めて間もない頃は注意を怠ってはならず、特に谷口医院で何例も経験した「若い女性の抑うつ状態」についてはかなり慎重に経過をみています。2023年7月、EMA(European Medicines Agency=欧州医薬品庁)の安全委員会は、GLP-1が原因の自殺念慮と自傷行為について検討を始めました。アイスランドでは2023年の7月時点でGLP-1が原因の可能性がある自殺念慮や自傷行為が約150件集まっていました。結局、2024年4月にEMAは「GLP-1と自殺や自傷行為に関連はない」とする見解を発表して、現在は安全に使用できるということになっています。

 私の肌感覚はちょっと違います。やはり若い女性がGLP-1を使うと抑うつ状態になることが多いような印象があります。ただし、中止すれば元に戻りますし、中年以降の場合はむしろ抑うつ状態が改善するように思えます。この理由はおそらくGLP-1の「ムダなことへの欲求がなくなる効果」だと思います。よく言われるように、GLP-1を使用すると単に食欲が減退するだけでなく、アルコールやタバコ、あるいはギャンブルや買い物、さらに危険なロマンスなどへの欲求も低下していきます。それはいいことのように思えますが、若い頃はこういう一見ムダにみえることが楽しいわけで、そういった経験も広い意味では「勉強」になるのです(私はそう信じています)。
 
 他の副作用もみていきましょう。たしかにGLP-1による急性膵炎や低血糖発作の報告はあります。しかし頻度は稀であり、これらは症状(膵炎なら腹痛、低血糖発作なら動悸や手の震えなど)もでますから、そういう情報をあらかじめ知ってもらっていれば大事に至るリスクは最小限におさえられます。他に起こり得る副作用として、嘔気や下痢がありますが、これらはたいてい軽症で済みます。よって、副作用を理由に「GLP-1を安易に販売してはいけない」と必死になって訴える役人や医師を、最近の私はちょっと冷めた目でみています。

 米国ではすでに国民の8人に1人がGLP-1を使用していると言われています。それだけ広く普及している薬品を「副作用が……」という理由をつけて「適応外処方はけしからん!」と言ってみたところで意味がありません。では、なぜ大勢の役人や医師はGLP-1の適応外処方に反対するのでしょうか。もしかすると「ラクして稼いでいる医師が羨ましい」のでしょうか。インターネットやSNSに広告をうって、割引クーポンを発行し、初回格安キャンペーン!などと謳って“集客”しているような医師を羨ましがる必要はどこにもないのですが……。

 ここからはGLP-1の「利点」をまとめてみたいと思いますが、書ききれないくらいたくさんあります。糖尿病の改善、ダイエットは当然として、谷口医院の患者さんで目立つのが先述した「嗜好への欲求の低下」です。ジャンクフードやお菓子が減った、飲酒量が減った、禁煙できた、ムダな買い物が減った、未来のないロマンスへの渇望が減った、などです。つまり、GLP-1のおかげで、清く正しく美しく生きることができるようになるのです(繰り返しますが若い頃はこんな生き方が面白くないからGLP-1は時期尚早なのです)。

 脂肪肝、慢性腎臓病、睡眠時無呼吸症候群、アレルギー疾患、がん、認知症などにもGLP-1の効果が認められるようになってきています。これほど有効性が広く高く、そして安全性が高い薬もそうはありません。

 まだあります。Financial Timesによると、米国ではGLP-1が普及し国民がスリムな体型を手に入れたことにより、アパレル業界が息を吹き返したようです。小売店、ショッピングモール、百貨店などで売り上げが大きく増加しています。GLP-1のおかげで国民は自信が持てるようになり、ファッション業界が盛り上がりをみせているというわけです。GLP-1普及前と普及後では社会の雰囲気も変わってきているのではないでしょうか。

 ということは、「GLP-1の普及度」が国民の豊かさの指標にならないでしょうか。やせることが幸せとは言いませんが、やせたい人が理想の体型を手に入れて自信が出てくるのであればそれは望ましい姿だと言えるでしょう。国民の幸せ度の指標として、ブータンは GDP(国内総生産)ではなく、GNH(Gross National Happiness=国内総幸福?)という概念を持ち出していますが、これからはGDPでもなくGNHでもなく「GLP-1の普及率」が国民の幸せに直結する指標となる、と言えば言い過ぎでしょうか。

 私はこれまでの人生で、そばにいる人たちから何度も「あんたは人が向く方を向かない」と言われてきました。自分ではよく分からないのですが、たしかにGLP-1についても「自費診療を始めて売りまくる」でもなく「GLP-1を売りまくる医師を非難する」でもなく、「GLP-1を売りまくる医師にもっとやれ!と応援する」という大勢の医師とは異なる立場をとっています。GLP-1を始めたことによって、自信がでてきて人生を楽しんでいる患者さんたちをみているとその姿を応援したくなるのです。

 GLP-1には大きな欠点が2つあります。副作用ではありません。1つは過去のコラム「 GLP-1ダイエット、中止すれば元の木阿弥」で述べたように「中止すれば元の木阿弥になる」ことで、GLP-1中止により体重が元に戻るどころから開始前よりも太ってしまいます。だからそれなりの費用を工面し続けなければなりません。これが1つめの大きな欠点です。
 
 もう1つの大きな欠点は「筋肉量が低下すること」です。これについては毎日メディカル(無料です)の「運動は『スーパードラッグ』! ウオーキングにプラスしたい大切なこと」という記事に詳しく書いたのでそちらを読んでほしいのですが、「GLP-1で減少する体重の約1/3は筋肉」です。ということは、積極的にウェイトトレーニング(筋トレ)をやらない限り、(特に女性は)将来の骨折や骨粗鬆症のリスクが大幅に上昇してしまいます。

 ならば我々医療者がGLP-1使用者(それは谷口医院で糖尿病の治療目的でGLP-1を処方している患者さんも、美容クリニックなどで自費で買っている患者さんも)にすべきことは「筋トレの助言」に他なりません。実際、最近は診察室で頻繁に「効果的な筋トレ」についての話をしています。この話をある医師にすると「利益は美容クリニックやオンラインクリニックにもっていかれて、谷口医院にはメリットがないですよね」と言われたのですが、そういう問題ではありません。

 きれいごとに聞こえるかもしれませんが、我々の目的は「検査や薬は最小限にして受診回数を減らすこと(≒choosing wisely)」で、20年間その方針で進んできました。今さら利益を求めようとは思いませんし、その患者さんも別のことで受診されているわけですから別に赤字になるわけではありません。そんな小賢しい計算をするよりも目の前の患者さんに必要な助言をするのが我々の任務です。

 GLP-1自費処方クリニックにお願いしたいのは「他の医師や役人から不適切処方だと非難されてもがんばって! けど、できるだけ安くしてあげてね!」ということです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年6月25日 木曜日

2026年6月25日 肌に優しい紫外線吸収剤

 この医療ニュースは、メルマガ「谷口恭の『その質問にホンネで答えます』」に掲載したところ、読者からの反応が予想以上に大きかったテーマです。
    ************
 
 紫外線対策についての質問はコンスタントに寄せられます。「飲む日焼け止め」はやめておくべきであることは、すでに2014年の医療ニュース「日焼け止めサプリに要注意!」で述べました。

 また、日焼け止め(=サンスクリーン、ここではより一般的な表現である「日焼け止め」で通します)には、その有害性から海外では使用が禁止されているものが少なくない話は2023年の医療ニュース「日焼け止めを使ってはいけない7つの地域」で取り上げました。今回は、そのときに述べた注意点で重要な点を繰り返し、新たに「肌に優しい紫外線吸収剤」を紹介します。

 日焼け止めの成分には紫外線散乱剤と紫外線吸収剤の2種に分けられることは過去に述べた通りで、紫外線吸収剤をさらに2つに分類すると次のようになります(細かく分類するのは困難であり、下記はわかりやすくまとめたものです。尚、かっこのなかは「化粧品表示名」です)。

●紫外線散乱剤 = 酸化亜鉛と酸化チタン

●紫外線吸収剤で海外でも使用できるもの(マウイ島、パラオ、メキシコのエコツーリズム保護区を除く)
・Bemotrizinol(ビスエチルヘキシルオキシフェノールメトキシフェニルトリアジン=BEMT)

注:BemotrizinolはドイツのBASF社が「Tinosorb S」という商品名で化粧品会社に供給しています。他にもBemotrizinolを化粧品会社に販売している会社はありあますが、Bemotrizinol単剤を消費者が購入することはできません

●紫外線吸収剤で海外で禁止されているもの(国によって異なる)
・PABA(パラアミノ安息香酸)(パラアミノ安息香酸)
・Octinoxate(メトキシケイヒ酸エチルヘキシル)
・Oxybenzone(オキシベンゾン-9)
・Octocrylene(オクトクリレン)
・Homosalate(ホモサレート)
・Ensulizole / Phenylbenzimidazole Sulfonic Acid(フェニルベンズイミダゾールスルホン酸)
・Avobenzone / Butyl Methoxydibenzoylmethane(t-ブチルメトキシジベンゾイルメタン)
・Octyl Triazone / Ethylhexyl Triazone(エチルヘキシルトリアゾン)
・MBBT / Tinosorb M(メチレンビスベンゾトリアゾリルテトラメチルブチルフェノール)
・4-Methylbenzylidene Camphor / 4-MBC(メチルベンジリデンカンファー)
・3-Benzylidene Camphor(3-ベンジリデンカンファー)
・Octisalate(サリチル酸エチルヘキシル)
・Hexyl 2-(4-diethylamino-2-hydroxybenzoyl)benzoate(ジエチルアミノヒドロキシベンゾイル安息香酸ヘキシル)

○紫外線吸収剤ではないがパラオで禁止されている成分(防腐剤)

・メチルパラベン / ブチルパラベン / エチルパラベン / イソブチルパラベン(パラベン類全般)
・フェノキシエタノール(日本でも非常によく使われる防腐剤)
・トリクロサン

(注意:ブチルパラベンはタイでも禁止)
    ************

 このように、世界どこに行っても使用できる紫外線吸収剤はなく、後述するように米国が安全性を認めたBemotrizinolでさえも使用が禁止されている地域があります。

 ではどうすればいいか。一番いいのは紫外線散乱剤(酸化亜鉛and/or酸化チタン)だけでできている日焼け止めを使うことです。商品名でいえば、ノブの「UV EX」、ミノンの「UVマイルドミルク」が有名です。しかし、紫外線散乱剤だけでできている日焼け止めは塗りにくくて、べたついて皮膚が白くなります。特に肌の黒い人が塗ると、まるでふざけて歌舞伎のメイクをしたような感じになることもあります。

 一方、紫外線吸収剤でできている日焼け止めは塗りやすくて、肌にすっと馴染んで色もよく、国内だけで使用するならば問題は(あまり)ありません。問題があるとすれば海で使うときで、成分によっては珊瑚に有害なことがあります。海外で制限されているのはそれが理由です。

 紫外線吸収剤はBemotrizinolだけでできている日焼け止めがあれば理想といえそうですが、残念ながら私が探した範囲でいえばそういう製品は見つかりませんでした。

 ここで、なぜBemotrizinolが安全なのかをみていきましょう。2026年6月9日、米国FDAはBemotrizinolを「GRASE」として承認しました。「GRASE」とは「Generally Recognized As Safe and Effective」の略語で、「安全性と有効性が認められた物質」のことを指します。

 Bemotrizinolは紫外線吸収剤でありながら、安全性が高く、その理由は分子量が大きいことにあります。分子量が大きいために皮下に吸収されにくいのです。さらに光があたっても分解されにくく、UVA・UVBの双方を長時間強力にブロックすることができます。

 理論上、海外で日焼け止めを使うなら「Bemotrizinol+海外で禁止されていない紫外線吸収剤」を選べばいい、ということになりますが、世界中のどこに行っても承認されている製品はみあたりません。つまり、結局は国ごとに対策しなければなりません。2023年の「医療ニュース」で紹介した7つの国と地域で禁止されている成分をみてみましょう。

ハワイ:州全体ではOxybenzone、Octinoxateが禁止。ただし販売や配布をせずに個人使用のみなら許されるという情報もあり。OctocryleneとHomosalateも推奨されない。マウイ島ではすべての紫外線吸収剤が禁止(Bemotrizinolも禁止)

タイ:Oxybenzone、Octinoxate、4-methylbenzylidene camphor、butylparaben(防腐剤)が禁止

パラオ:すべての紫外線吸収剤が禁止(おそらくBemotrizinolも禁止)

ボネール島:Oxybenzone、Octinoxateが禁止

ヴァージン諸島:Oxybenzone、Octinoxate、Octocryleneが禁止

キーウェスト(フロリダ):Oxybenzone、Octinoxateが禁止

○メキシコのエコツーリズム保護区:すべての紫外線吸収剤が禁止(おそらくBemotrizinolも禁止)

 日本では使用できると言われても、結局のところ、できるだけ紫外線散乱剤のみの日焼け止めを使うのがいいでしょう。例えば、ビーチにいくときだけでも紫外線散乱剤のみのものを使用するようにするのが賢明だと言えます。

 他方、ビーチに近づかず珊瑚にダメージを与える可能性がないのなら、安全性からBemotrizinolが主成分の日焼け止めを使うのがいいでしょう。以下のような製品があります。

・資生堂「アネッサ・パーフェクトUV」
・カネボウ「アリィー・クロノビューティ」
・コーセー「サンカット パーフェクトUV」
・花王「ニベア・UV ディーププロテクト」 「ビオレ・アクアリッチ」
・ロート「スキンアクア・スーパーモイスチャー」

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年6月9日 火曜日

第274回(2026年6月) 片頭痛治療の新たな幕開け~ゲパント薬の登場~(後編)

 2000年代になって登場したトリプタン製剤は片頭痛の治療の歴史を変えました。NSAIDs(前回述べたように、イブプロフェン、ロキソプロフェン、ジクロフェナクなどが代表)が無効な激しい頭痛にも非常によく効くトリプタン製剤で救われた患者さんは日本にも何万人あるいは何十万人といるはずです。

 しかしトリプタン製剤が有効であったとしても、頭痛の頻度が多ければ、例えば毎日のように起こるタイプの頭痛であれば恩恵にあずかれるのは限定的となります。そういう場合に役立つのが「予防薬」です。

 予防薬が正式に登場したのはイミグラン注射剤が発売されるよりも前の1999年でした。その予防薬の商品名は「ミグシス」、一般名を「ロメリジン」と呼びます(尚、かつては「テラナス」という名前のものもありましたが現在は「ミグシス」のみが販売されています)。ミグシスは1回1錠、1日2回を毎日続けて飲みます。毎日飲むことによって片頭痛を起こりにくくするのです。

 ミグシスの利点は、まず(私の経験でいえば)副作用がほとんど起こりません。そして安い(3割負担で1錠4円未満です)。では欠点はなにか。私の経験でいえば、決して万人に効くわけではなく、せいぜい3割程度です。また「効いた」という人も、痛みが完全に取れるわけではなく、少しましになったという程度です。しかし、それでも頭痛発生時にはまったく動けなくなるという人がミグシスのおかげで痛いながらも生活を続けられるようになるのであればこれはありがたい薬です。

 ミグシス以外には「デパケン(バルプロ酸)」(2010年登場)と「インデラル(プロプラノロール)」(2012年登場)もよく用います。デパケンはもともとてんかんの薬、インデラルは高血圧や頻脈の薬ですが、両者とも片頭痛の予防効果も期待できます。これらとミグシスの3種を同時に飲んでもらうことはありませんが、当院ではデパケン+ミグシス、デパケン+インデラルなど3種のうち2種を組み合わせることもあります。これら3種の優劣を比較した研究はみたことがありませんが、谷口医院の印象でいえばデパケンが最もよく効いて、次いでインデラル、ミグシスと続きます。

 これら以外に有名な片頭痛の予防薬は(後述するCGRP関連薬を除けば)、トリプタノール(一般名はアミトリプチリン)という抗うつ薬、トピナ(一般名はトピラマート)という抗てんかん薬も有名ですが、当院では処方していません。そもそもこれらはガイドラインでは紹介されていますが、トリプタノールは抗コリン薬であり長期使用には問題がありますし、トピナには保険適用がありません。

 ここまでをまとめると、「片頭痛の重症例には2000年代に登場したトリプタン製剤が奏功し、高頻度発症例にはミグシスに加え、2010年代に使えるようになったデパケン、インデラルのおかげである程度は対処できるようになった」となります。残る問題は「では、これらの予防薬が効かない場合はどうすればいいか」です。

 ブレイクスルーが起こったのは、まだ新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2021年でした。「エムガルティ(一般名:ガルカネズマブ)」「アジョビ(一般名:フレマネズマブ)」「アイモビーグ(一般名:エレヌマブ)」という3種の画期的な注射薬が立て続けに発売されたのです。これらの総称はCGRP関連薬と呼ばれるいわゆる「抗体医薬」で、2021年のコラム「抗体医薬の登場で片頭痛の歴史が変るか?」ですでに紹介しました。そのときにも触れたように、これらの薬剤の最大の欠点は費用です。3割負担で月に13,000円ほどかかるのです。注射の頻度は月に一度、または3か月に一度です。

 最近はオゼンピック、あるいはマンジャロといったやせ薬(GLP-1受容体作動薬)の普及で自己注射が随分と一般化しましたが、それでも注射薬に対して抵抗がある人は今も少なくありません。そんななか、ついに登場したのが「CGRP関連薬の飲み薬」で、別名「ゲパント薬」です。分子生物学的な説明はおもしろくないと思いますが、少しだけ紹介しておきましょう。

 上述の2021年のコラムでも述べたように、頭痛が起こる仕組みとして次のようなメカニズムが考えられています。

・三叉神経がCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)と呼ばれる物質を放出する
   ↓
・CGRPが脳内の血管の壁の細胞に取り込まれる
   ↓
・血管が拡張する
   ↓
・血管内の蛋白質が血管外に漏れ出て、これが脳内の神経に「炎症」を起こす
   ↓
・頭痛が起こる

 抗体薬のうち、エムガルティとアジョビはCGRPを直接捉え血管に近づかないようにします。アイモビーグは血管の表面に存在する「CGRP受容体」にくっついて、CGRPが血管内に入り込めないようにします。

 飲み薬のゲパント薬はアイモビーグに少し似ています。CGRP受容体にCGRPがくっつかないようにするからです。アイモビーグがCGRP受容体の”全体”を覆うのに対し、ゲパント薬はCGRP受容体の一部に入り込んで、CGRPが侵入できないようにするのです。

 内服薬は注射薬よりも格段に使用のハードルが下がります。残るは「費用」です。現在日本で処方できるゲパント薬は2種類あります。

#1 ナルティーク(一般名:リメゲパント):2日に1錠飲むタイプの予防薬。頭痛発症時にトリプタン製剤のように内服することも可能。薬価は1錠2,923.2円(3割負担で1錠877円、予防で使えば1月あたり877円x15日=13,154円)

#2 アクイプタ(一般名:アトゲパント):1日1回内服するタイプの予防薬。薬価1,461.6円(3割負担で1錠438円、月13,154円)

 医薬品の価格設定には「談合」はないと思いますが、薬価を決める厚労省が似たような薬は似たような価格に設定します。これら2種のゲパント薬もピタリと金額が一致します。こうなると、「2日に1錠」と「毎日1錠」のどちらが飲みやすいか、という対決になるのかもしれません。

 おそらく日本の片頭痛の治療の歴史において2026年は重要な年として記録されるでしょう。こうやって振り返ると、2000年代に画期的な治療薬のトリプタン薬が登場し、2010年代にいくつかの薬が予防薬として処方できるようになったけれど万人に効くわけではなかった、2021年に注射薬のCGRP関連薬が登場したが普及はさほど進まなかった、そして2026年ついに内服ゲパント薬が登場し従来の予防薬で効かなかった重度の片頭痛にも期待できるようになった、となります。次の転換点は内服ゲパント薬の後発品が登場する2030年代後半でしょうか。ですが、それを待つまでに内服ゲパント薬は普及していくのではないかと私はみています。片頭痛の苦痛には耐えがたいものがあります。

 最後に月並みでおもしろくないけれど最重要事項を。過去20年にわたり片頭痛を診てきた私の経験上、最も大切なのは「規則正しい生活」です。若い人にこのようなことを助言するのはちょっと心苦しいのですが、「休日も含めて毎日同じ時間に起きて、昼寝をしない(しても10分以内)。睡眠時間は短すぎても長すぎてもNG」が大切です。

参考:片頭痛に伴うことが多い「閃輝暗点(Scintillating scotoma ≒ Teichopsia ≒ visual aura)」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2026年6月7日 日曜日

2026年6月7日 カルシウム、ビタミンDのサプリメントでは骨折が防げない

 「骨を丈夫にするために」あるいは「骨粗鬆症を防ぐために」という目的でカルシウムのサプリメントやビタミンDのサプリメント、あるいはその双方を摂取している人がいますが、これらはほとんど意味がありません。

 このことが広く知れ渡るようになったのは2017年、USPSTF(U.S. Preventive Services Task Force=米国予防医療作業部会)の報告です。本ウェブサイトでも医療ニュース「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」で紹介しました。

 しかし、日本では相変わらず骨折や骨粗鬆症の予防目的でカルシウムやビタミンDのサプリメントを摂っている人が少なくありません。また、医療機関でも処方されていることがあります。日本人には健康に対する意識が高い人が少なくありませんが、不思議なことに、骨に関しては関心を払う人があまり多いように思えません。これを危惧して2023年に書いたコラムが「なぜ『骨』への関心は低いのか」です。

 このように、カルシウムやビタミンDのサプリメントは骨折を防げず骨粗鬆症を予防しないことが分かっているのになぜ人は続けて摂取し続けるのでしょうか。今回紹介する論文もまた、カルシウムやビタミンDのサプリメントが骨折予防目的で大量消費されることに疑問を抱いた学者によって書かれたものです。論文は医学誌「BMJ」2026年5月20日号に掲載された「骨折および転倒予防のためのカルシウム、ビタミンD、またはこれらの併用サプリメントの効果:系統的レビューとメタアナリシス(Calcium, vitamin D, or combined supplementation to prevent fractures and falls: systematic review and meta-analysis)」です。

 この論文の構成はメタアナリシスです。つまり過去に公表された研究を総合的に解析したものです。解析した合計の対象者は153,902人で、過去の69件の調査研究が含まれています。全体の年齢中央値は71.2歳です。結果、これらのサプリメントは(カルシウム、ビタミンD単独も、併用も)骨折の予防にまったくまたはほとんど効果がありませんでした(little to no benefits )。

************

 ではサプリメントにまったく意味がないかというとそういうわけではありません。ビタミンDについてはそもそもサプリメントなしで正常範囲を示している人がほとんどいません(当院での調査では99%以上の人が不足しています)。ですから(カルシウムはともかく)ビタミンDのサプリメントはほとんどの人が摂取すべきです。

 しかし、骨折や骨粗鬆症がそれで防げるわけではありません。ではこれらの予防には何をすればいいのか。それは「運動」です。歩いたり走ったりするいわゆる有酸素運動ではなく、ワークアウト(いわゆる「筋トレ」)が必要です。しかし、口でいうほど簡単ではなく、日本人はどうもワークアウトが苦手なようです。谷口医院の患者さんでいえば外国人(特に西洋人)はなんらかのかたちでワークアウトに取り組んでいる人が多いような印象があります。

 ここは外国人を見倣うべきだと思います。

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ

Translate »