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2024年11月17日 日曜日
2024年11月17日 「座りっぱなし」をやめて立ってもメリットはわずか
このサイトでは「座りっぱなし」のリスクを繰り返し紹介してきました。座りっぱなしは様々な疾患のリスクとなり、「第二の喫煙」と呼ばれることもあり、しかも「運動しても帳消しにならない」とする研究もあり、非常にやっかいな現代人の習慣だと言えます。
では座りっぱなしをやめて「立てば」いいのか、例えば(バーカウンターのような)スタンディングディスクで仕事をすればいいのか、と考えたくなりますが、残念ながらそうでもないようです。「座りっぱなしをやめて立ってもメリットはほぼない」というショッキングな研究が医学誌「International Journal of Epidemiology」2024年10月16日号に掲載された論文「デバイス測定による静止行動と心血管疾患および起立性循環器疾患の発生率(Device-measured stationary behaviour and cardiovascular and orthostatic circulatory disease incidence)」に報告されたので紹介します。
研究の対象者は「UKバイオバンク」に登録された83,013人の成人(平均年齢61.3歳、女性55.6%)、追跡期間は6.9年です。
この間、「心血管疾患」(冠動脈性心疾患、心不全、脳卒中)が6,829件、「起立性循環器疾患」(起立性低血圧、静脈瘤、慢性静脈不全、静脈性潰瘍)が2,042件発生しました。
「起立性循環器疾患」のリスクは、(座っていても立っていても)じっとしている時間が1日12時間を超えると1時間あたり22%増加しました。座りっぱなしの時間が1日10時間を超えると1時間増えるごとに26%増加しました。1日2時間以上立っていると1日30分増えるごとに11%増加しました。
「心血管疾患」のリスクは、じっとしている時間が1日12時間を超えると1時間あたり13%増加しました。座りっぱなしは、1時間あたり15%増加していました。立っている時間についてはリスク増加を認めませんでした。
ということは、立っていればとりあえず「心血管疾患」は防げそうです。ですが、「起立性循環器疾患」については立っていても(動かなければ)リスクは上がることが示されています。
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立っていると、座っているときに比べて疲れますから、なんとなくやせそうな気がしないでしょうか。ですが、2019年に報告された論文によると、その効果はほとんどなく、1時間立っていた人は座ったままでいた人よりもわずか9カロリー多く消費しただけだったそうです。
健康を維持するには運動が不可欠だと言えそうです。
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|2024年11月17日 日曜日
第255回(2024年11月) ビタミンDはサプリメントで摂取するしかない
以前から「問題のビタミン」として本サイトで繰り返しているビタミンDについては相変わらず多数の質問が寄せられています。その後、いくつもの研究が発表され、複雑さが増しているのですが、結論をいえば「ほとんどの日本人はビタミンD不足で、サプリメントで摂取するしかない」となります。そして「不足すれば大変なことになる」も言えそうです。今回はそれについて述べますが、まずはこれまで本サイトで紹介してきたことをまとめてみましょう。
・ビタミンDの摂取基準が以前から大幅に引き上げられている。そのため、2001年の基準(男性2.9μg/日、女性3.0μg/日)ならクリアできても、新しい基準(男女とも8.5μg/日)で考えると大半の日本人が摂取できていない
・ビタミンDが不足すると、骨量低下、免疫能低下、アレルギー疾患のリスク向上など様々な弊害がある。がんのリスクを高めるとする意見もある
・ビタミンDをサプリメントで摂取しても健康上の利点がないとする研究がある
・しかし、食事から必要なビタミンDを補給するのはかなり難しい
・ビタミンDの血中濃度は30~50ng/mLが望ましい。20~30ng/mL未満は「不足」、20ng/mL未満は「欠乏症」とされている
ビタミンDのサプリメントにうさん臭さが伴う理由のひとつは驚くほど高額で売られていることがあるからです。ある患者さんからの情報によると、コロナ後遺症で有名なそのクリニックでは「ビタミンD不足が原因だ」と言われ、月額8千円もの高価なサプリメントを(半ば強制的に)買わされたそうです。ビタミンDに月8千円とは……。ファンケル、小林製薬、大塚製薬などが扱うビタミンDのサプリメントはせいぜい月に300~400円程度です。
大勢の日本人がビタミンDが不足しているのは事実です。医学誌「Osteoporosis International」に2013年に日本人を対象とした血中ビタミンD濃度を調査した研究が公開されました。日本人の男性の70~85%、女性では約90%がビタミンDの血中濃度が基準を下回っています。
この研究はけっこう衝撃的で、谷口医院ではこの論文が発表されてから、職員健診の際に(職員全員が希望することもあり)全員のビタミンD濃度を実施しています。結果は、私自身も含めて(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が毎回基準値に足りていません。約半数が20ng/mL以下、一番高いスタッフでも30ng/mLを超えていません。谷口医院では私自身も含め(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が「欠乏症」または「不足」なのです。
不思議なのは、これだけ大勢の日本人がビタミンDを適正に摂取できていないのにもかかわらず、厚労省なり地域の行政がサプリメントの摂取を勧めないことです。食事または日光からの摂取が困難なことを認め、治療薬として保険診療でビタミンDを処方できるようにすべきではないでしょうか。しかし行政は消極的です。
厚労省のサイトには「ビタミンDは不足しがちな栄養素ですが、特にカプセル・錠剤形態のサプリメント類からの摂取については、過剰摂取に留意する必要があります」と記載されています。しかし、「留意する必要」と言われても何をすればいいのかまるで分かりません。例えば、厚労省がお墨付きを与えるサプリメントを紹介するとか、あるいは医薬品として処方できるようにすべきでしょう。
では、なぜ行政はそのような対策に出ないのでしょうか。おそらくビタミンDについてはよく分かっていないところが多いからだと思います。過去に医療プレミアにビタミンDについてのコラムを書いたとき、複数の伝手を頼っていろんな役人に話を聞いてみたのですが、どうも厚労省としても、不明な点が多いために明確な基準をうちだせないようです。
それは同省のサイトに掲載されている言葉からも読み取れます。ビタミンDの血中濃度の適正基準について、「一般に、30nmol/L(12ng/mL)を下回る血中濃度は骨や健康を保つには低すぎ、125nmol/L(50ng/mL)を超える血中濃度は恐らく高すぎます」という表現があります。
「恐らく高すぎる」という言葉に自信のなさが表れています。これを執筆した役人も「もしかすると50ng/mLでも問題ないかもしれない。けれども、あまり高い数値を書いてしまうと健康被害が起こったときに責任問題になるかもしれない……」と考えたのではないでしょうか。
しかし、高すぎるビタミンD血中濃度が危険なのは事実です。サプリメントマニアのなかには「自分はビタミンD濃度が高いから風邪をひかず、花粉症も治った。自分の場合は50ng/mLを超えるくらいが調子がいい」と言う人がいますがこれは危険です。最悪の場合、腎臓の機能が低下して元に戻らなくなるかもしれません。
ではどうすればいいか。「定期的に測って血中濃度が適正化どうか確認する」が最善なのですが、この検査は保険適応にならず自費で受けるしかなく、費用はそれなりにします(谷口医院の場合1,800円)。しかし、食品(と日光)からでは不十分、サプリメントは摂取過多に注意、しかしそのサプリメントで充分な量が摂れているのかは不明、となんとももどかしいのがビタミンDなのです。
しかし、ビタミンDは非常に重要な栄養素ですから、やはり自身が摂取できているかどうかは調べた方がいいでしょう。原則として谷口医院では自費検査を勧めていませんが、年に一度程度のビタミンDの検査は例外的に推奨しています。
ではビタミンDを摂取して適正な血中濃度を保てばどんないいことがあるのでしょうか。この話がまた複雑です。まず、従来ビタミンDが有用と言われていた疾患についてはことごとく否定されています。例えばビタミンDをいくら摂取しても骨折や骨粗しょう症の予防にはなりません。
参考:
はやりの病気第244回(2023年12月)「なぜ「骨」への関心は低いのか」
医療ニュース2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」
また、虚血性心疾患、脳血管障害、がんなどの予防にもほとんど寄与しません。
参考:医療ニュース2014年2月28日「ビタミンDのサプリメントに有益性なし」
では、ビタミンDが不足していればどのような不都合があるのでしょうか。あるいはどのような症状があればビタミンD不足を疑えばいいのでしょうか。英紙「The Telegraph」から「ビタミンD不足で起こり得る7つの症状」を紹介しましょう。尚、この記事ではビタミンD不足を20ng/mL以下としています。
#1 疲労
疲労が慢性化している場合にビタミンD不足を疑います。興味深いことに、英国でもビタミンDの血中濃度を保険診療で測定することができるのは、慢性かつ広範囲の疼痛や骨疾患などの深刻な事態がある場合のみで、日本と同様のもどかしさがあるようです。
#2 風邪をひきやすい
すでにビタミンDが急性上気道炎(風邪)の予防になることを示した研究はいくつもあります。
また、エビデンスはありませんが、「ビタミンDでコロナ後遺症は治る」は”結果としては”正しいと思います。実際、谷口医院の患者さんにもそのような人はいます。しかし、一部の反ワクチン派が主張する「コロナ後遺症になればビタミンDは不足する」は正しいわけではありません。なぜなら、上述したように国民の8~9割が初めからビタミンD不足だからです。
#3 骨が痛い
ビタミンD不足が原因で骨粗しょう症や骨軟化症などを起こしている可能性があります。興味深いことに、上述したように「ビタミンDのサプリで骨粗しょう症は防げない」という研究がある一方で、若くして骨粗鬆症を発症する人はビタミンDが欠乏していることが多いのです。
#4 筋肉が痛い
慢性疼痛患者の71%にビタミンD不足(<20ng/mL) が認められたとする研究があります。谷口医院の患者さんのなかにも線維筋痛症や慢性疲労症候群が疑われていて、ビタミンDのサプリメントで治ったケースがあります。
#5 傷の治りが遅い
傷が治るには炎症を抑えなければなりません。ビタミンDは炎症を抑えてくれます。957 人の60歳以上のアイルランド人(日照時間が短いためビタミンDが不足しやすい)を対象とした調査では、ビタミンD血中濃度が10ng/mL以下であれば、炎症マーカーのCRP(C反応性蛋白)、IL-6(インターロイキン6)が上昇しやすいことがわかりました。
足に潰瘍を起こしている糖尿病患者にビタミンDを投与すると大きく改善した、という報告もあります。
#6 脱毛
48人の円形脱毛症の患者にビタミンDのクリームを外用すると、69.2%に効果があったとする報告があります。
びまん性脱毛(全体的に抜け毛が増えるタイプの脱毛)のある人はビタミンDが不足しており、その傾向は特に女性で顕著であることを示した報告があります。
#7 体重増加(糖尿病)
The Telegraphの記事ではビタミンD不足で体重増加が生じることを示したエビデンスが示されていませんが、糖尿病を予防するという研究は複数あります。
これだけの研究を提示されるとビタミンDが重要であると認めざるを得ません。しかし、摂取し過ぎは不足以上に問題です。しかし検査に保険適用はない……。なんとももどかしいのがビタミンDです。
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|2024年11月11日 月曜日
2024年11月 自分が幸せかどうか気にすれば不幸になる
1年ぶりにマンスリーレポートで「幸せ」を取り上げましょう。改めてこのサイトを振り返ってみると、私は「幸せ」をテーマにいくつものコラムを書いています。自分自身でも「幸せとは何か」がよく分かっていないから取り上げる機会が多くなるのでしょうが、それはたぶん私だけではなく世界の多くの人たちも同じではないでしょうか。何しろ「幸せ」は哲学の根源的なテーマなのですから。
これまで私が「幸せ」について書いたコラムを振り返ってみると、私自身はがむしゃらに働いたり金銭を稼いだりすることを求めていないことが分かります。一番分かりやすいのはおそらく2017年のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」だと思います。この中で取り上げた「タイの農夫と日本のビジネスマン」の逸話、私はタイで知り合ったある日本人に教えてもらったのですが、初めて聞いたときからとても気に入り、今でもときどき思い出しています。そして、金儲け主義の人たちを冷めた目でみています。
ところが、経済界ではこのような考えは人気がなく、2023年のコラム「『幸せはお金で買える』という衝撃の結末」で紹介したように、「幸せはお金で買える」という説がまかりとおっています。上述の2017年のコラムで紹介したように、元々はノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは「年収が75,000ドル(当時のレートで約900万円)を超えると、それ以上収入が増えても『感情的な幸福』は変わらない」と主張していました。
そこに異論を唱えたのが経済学者のマシュー・キリングスワースで、2021年のコラム「幸せに必要なのはお金、それとも愛?」でも紹介したように、「年収75,000ドルを超えたとしても幸せは収入に連れて上昇する」という、まるでカーネマンを挑発するかのようなタイトルの論文を発表し物議を醸しました。
そして、2023年のコラムで述べたように、カーネマンとキリングワースの2人は共同で「幸せ」を検討し直した結果、キリングワースの主張が正しかったという結論が導かれ、「お金はあればあるほど幸せ」というのが世界の経済界と定説となってしまったのです。しかも、一定の収入で幸せを感じ、それ以上収入が増えても幸せ度が上がらない人は「精神疾患を患っている変わり者」だとされたのです。
「『幸せ度』は年齢でかわってくる」という研究は2023年のコラム「幸せになりたければ自尊心を捨てればよい」で紹介しました。このコラムでは、世界では「最も不幸せな年齢は48.3歳でそれ以降は幸せに向かっていく」のだけれど、「日本人は例外で、年をとればとるほど不幸になる」ことを内閣府が発表していることを紹介しました。
ここまでをまとめると、「幸せがどのようなものかには個人差があるが、まともな人であれば収入が増えれば増えるほど幸せ度は増す。年齢でみれば、日本以外の世界では若い頃から中年にかけて低下して48.3歳で底を打ち、その後は右肩上がりに幸せ度が増していく。しかし、日本人だけは例外で、48.3歳以降もどんどん不幸になっていく」、となります。
今回は幸せについての新たな研究を紹介しましょう。結論は「自身が幸せかどうかを気にし過ぎない方がいい」となります。論文は米国心理学会(American Psychological Association)が今年発行した医学誌に掲載された「幸福の追求を紐解く: 幸福について考えるだけで、幸福を目指さなければ、否定的な感情に支配され、幸せは訪れない(Unpacking the pursuit of happiness: Being concerned about happiness but not aspiring to happiness is linked with negative meta-emotions and worse well-being.)」です。
ややこしくて分かりにくいタイトルですが、本文を読めば言わんとしていることが伝わってきます。著者によると「幸せを目指すこと(aspiring)自体には問題がない」ようです。ところが、「幸せを気にすると(being concern)、人は自分の幸福度を判断(judge)するようになり、無意識的に、本来ならポジティブな出来事をネガティブに捉えるようになり、その結果、幸せが妨げられる」と言います。
これではまだ分かりにくいので、次にこの論文を解説したカリフォルニア大学(University of California)のサイトに掲載された分かりやすいコラム「幸せについて心配するのはやめましょう(Stop worrying about being happy)」から核心となる部分を引用してみましょう。
・幸せについて心配しすぎると、実際には幸せを感じにくくなり、さらにメンタルが落ちる可能性がある
・「幸せになりたいという願望」と、「自分の幸せのレベルを気にする」という側面は分けて考える必要がある。「幸せになりたいという願望」は持っていていい。しかし、「自分の幸せのレベルを気にする」は、人生の満足度の低下や抑うつ症状の悪化など、幸福度の低下と大きく関連している
・幸せになるためのコツは、ポジティブな経験をしたときに「それ以上の幸福を感じることはないかもしれない」と受け入れること。また、ポジティブな経験をした時に「完璧ではない側面」に執着すれば、結果としてはそのポジティブな経験を台無しにしてしまう
・そもそも、幸せを感じる瞬間はあったとしてもごくわずかであり、その瞬間に自覚した幸せの感情を受け入れることで、その経験に余計な否定的感情を加えずに前進することができる
・精神的に健康な状態を維持するために、「否定的感情を自覚することは誰にでもある自然な反応である」ことを受け入れて、「自分が幸せになれると思うからという理由だけで何かをする」ことを慎んで、「社会的つながりを伴う活動に参加する」のがよい
これでかなり分かりやすくなったと思います。よく考えるとこの論文が言わんとしていることは我々が過去に繰り返しどこかで聞いていたような内容に似ていないでしょうか。例えば、老子の「足るを知る」という言葉はまさにこれらを表していると言えるでしょう。
2010年から2015年にウルグアイの大統領を務めたホセ・ムヒカ氏は在任中も大統領公邸ではなく、郊外の小さなトタン屋根の家で、妻と3本足の犬と暮らしていました。2012年のBBCの取材に対し、ムヒカ氏は次のように答えています。
「貧しい人とは、贅沢な生活を維持するために働き、常にもっともっとと欲しがる人たちです(Poor people are those who only work to try to keep an expensive lifestyle, and always want more and more)」
The New York Timesによると、現在89歳のムヒカ氏は自己免疫疾患に加え食道がんを患っています。同紙の取材に対し、氏は次のようにコメントしています。
「欲求の法則から逃れ、人生の時間を自分の望むことに費やすとき、人は自由になれます。欲しいものが増えれば増えるほど、その欲求を満たすために人生を費やすことになります(You’re free when you escape the law of necessity — when you spend the time of your life on what you desire. If your needs multiply, you spend your life covering those needs)」
老子やムヒカ元大統領の言葉をゆっくりと噛み締めると、爽快な幸福感に身を包まれるような感覚になるのは私だけでしょうか。「スマホを捨てよ」とまでは言いませんが(ちなみにムヒカ氏は4年前に携帯電話を捨てたそうです)、自慢話と誹謗中傷だらけのSNSに時間を割くのをやめて、ふと手を伸ばせば得ることができる小さな幸せをひとつひとつ味わう……。そんな生活が理想ではないでしょうか。いくら優れた経済学者の主張であろうが、「幸せはお金で買える」に私は同意しません。
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|2024年10月24日 木曜日
2024年10月24日 ピロリ菌は酒さだけでなくざ瘡(ニキビ)の原因かも
ヘリコバクター・ピロリ(以下「ピロリ菌」)は酒さの原因になっていることがあります(参考:医療ニュース2017年6月2日「ピロリ菌除菌で酒さが大きく改善」)。すべての酒さに対していえることではないのですが、ときに治療に難渋していた酒さがピロリ菌を除菌することにより劇的に改善することがあります。興味深いことに、これまで谷口医院で酒さの原因がピロリ菌であった人のほぼ全員が胃の症状はまったくありませんでした。
酒さが治りにくい場合、谷口医院ではピロリ菌の検査を実施しているのですが(患者さんが同意すれば、ですが)、これまでざ瘡(ニキビ)についてはピロリ菌との関連を疑ったことがなく検査を勧めたこともありませんでした。しかし、難治性のざ瘡では検査をする価値があるかもしれません。興味深い研究が発表されたからです。
研究は医学誌「Archives of Dermatological Research」2024年9月14日号に掲載された論文「ヘリコバクター・ピロリ菌と尋常性ざ瘡:関係はあるか?(Helicobacter pylori and acne vulgaris: is there a relationship?)」で発表されました。
研究の対象者はエジプトの「Ain Shams大学病院」https://www.asu.edu.eg/healthcareの皮膚科外来を2021年11月~2022年10月に受診したざ瘡の患者45人と年齢・性をマッチングさせた健康ボランティア45人です。ざ瘡の有無とピロリ菌の検査結果は次のようになりました。
ピロリ菌抗原 ピロリ菌抗体
ざ瘡患者 26人(57.8%) 9人(20%)
健常人 27人(60%) 14人(31.1%)
この研究はまだ続きます。ざ瘡の重症例でピロリ菌抗原陽性率がどのように変化するかが調べられました。結果は驚くべきものです。
ピロリ菌抗原陽性率
軽症 4人/16人(25%)
中等症 10人/16人(62.5%)
重症 12人/13人(92.3%)
ざ瘡の程度が重症であればあるほど、ピロリ菌陽性率が高いのは興味深いといえます。
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過去に同様の研究がないかを調べてみたところ見つかりました。2014年に医学誌「Journal of Medical Sciences」に掲載された論文「重度の尋常性ざ瘡はヘリコバクター・ピロリ感染と関連している:初の文献報告(Severe Acne Vulgaris is Associated with Helicobacter pylori Infection: First Report in the Literature)」です。
研究は2012年から2013年にイランのタブリーズで実施されました。対象者は75人のざ瘡の患者(軽症25人、中等症25人、重症25人)と25人の健常人です。ピロリ菌感染は次の通りです。
健常者 56%
軽症者 60%
中等症者 72%
重症者 88%
統計学的な有意差は「重症者」と「健常者」でついています(p=0.01)。
2つの研究のいずれもが「重症であればあるほどピロリ菌に感染している可能性が高い」という結果を示しています。これらの研究では除菌をすればざ瘡が改善するのかどうかが分かりませんが、既存の治療でよくならない場合は試してみる価値はあるでしょう。
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|2024年10月17日 木曜日
第254回(2024年10月) 認知症予防のまとめ
前回のはやりの病気「『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」に対して、質問や感想が大勢届いています。LDLコレステロール(以下、単に「コレステロール」)は多くの人たちに馴染みがあるキーワードのようで、「コレステロールが高いことが認知症の最大のリスクだなんてショックだ」という意見がある一方で、「コレステロールを下げるだけで認知症のリスクが減るならばありがたい」というポジティブな意見まで様々です。そこで今回は認知症のリスクについて再度まとめることを試み、前回に引き続きリスク軽減には何をすべきかについて興味深い研究を紹介したいと思います。
まずリスクについて。前回のコラムでは「認知症のリスクのうち45%は生まれてから努力したり対策をとったりすることで軽減できる」と述べました。これは逆側からみると「55%はどうしようもない」ということでもあります。なんだ、努力でリスク軽減が図れるのは45%しかないのか……、と感じた人もいるようですが、ここは前向きに考えましょう。この「努力でなんとかなる」割合、2020年版では40%、2017年の論文ではわずか35%とされていたのです。つまり、ほんの7年ほど前までは「認知症になるかどうか3分の2は生まれたときから決まっている」と考えられていたところが、現在は「リスクの約半数は取り除ける」とされたわけですからこの違いはとても大きいと考えるべきです。
しかしながら55%の”壁”は小さくありません。では55%を占める「変えられないリスク因子」とは何を指すのでしょうか。年齢(高齢であるほどリスクは上昇)、性別(生物学的性が女性であればリスクが高い)などもありますが、やはり最大の原因は「遺伝」、とりわけ本サイトでも何度も紹介しているApoE遺伝子が重要になります。ApoEにはε(イプシロンと読みます)2、ε3、ε4の3つがあり2つ一組で存在します。つまり、すべての人は、ε2・ε2、ε2・ε3、ε2・ε4、ε3・ε3、ε3・ε4、ε4・ε4の6つのうちのどれかを持っていて、この組み合わせは生涯変わりません。3種のεのうち、ε4がアルツハイマーのリスクとなります。
ApoE遺伝子のε2,3,4は分子生物学的にどのような違いがあるのでしょうか。分子レベルでみれば遺伝子のアミノ酸の配置がわずかに違うだけです。科学誌「Science」2024年9月12日号の「遺伝子の重荷(The burden of a gene)」に掲載されたイラストを紹介しましょう。
アミノ酸が並んでいる部位(コドン)の112番目がε2かε3ならシステイン(Cys)で、ε4はこの部分がアルギニン(Arg)に置き換わっています。もうひとつは158番目で、ε2ならシステインで、ε3と4はアルギニンです。たったこれだけの違いでその人の”運命”が大きく変わるのです。2007年に発表された認知症のリスクに関する論文によれば、ε3・ε3の人がアルツハイマーになるリスクを1とすると、ε3・ε4なら3.2倍、ε4・ε4のリスクはなんと11.6倍にもなります。上述の「Science」にも衝撃的なグラフが掲載されていますのでここに紹介しましょう。ε4を2つ持っていれば(ホモで所有していれば)75歳で8割が、80歳で9割以上が、85歳で95%以上がアルツハイマー病を発症するのです。ε3ε4の場合でも75歳で4割が、80歳で8割が発症します。
遺伝子は変えられないわけですから、識者がメディアの取材に答えるときなどには必ず「遺伝的にリスクが高いからといって必ずしも発症するわけではない。ε4を2つ持っていても90歳を超えてしっかりしている高齢者もいる」といったコメントが採用されます。ですが、Scienceのこのグラフをみれば分かるようにε4が2つの人は90歳になればほとんど100%アルツハイマー病を発症しているわけですから、「しっかりしている高齢者」などは少なくとも数字の上では奇跡的な存在です。
しかし、そうはいっても諦めるべきではありません。発症すれば仕方がありませんが、少しでも発症を遅らせる努力は必要でしょう。そのために役立つのが前回紹介したLANCETの論文であり、合計14個のリスク回避に務めるべきです。特に中年期以降の認知症のリスクのトップ3「コレステロール」「難聴」「社会的孤立」は最重要だと認識すべきです。若年期の「低教育」も5%を占めるハイリスクですから、もしもあなたが若年期に相当するなら今からでも勉強を始めるのがいいかもしれません。
ではこれら14項目以外に気を付けるべきことはないのでしょうか。ここでは比較的新しい論文から認知症のリスク軽減に役立ちそうな情報を紹介しましょう。
まずは手っ取り早い方法としてビタミンDの摂取を考えてみましょう。血中ビタミンD(25(OH)D)濃度が75nmol/L(=30ng/mL)未満の欠乏症になれば、欠乏症でない人に比べ認知症のリスクが2倍高いという研究があります。
「ナッツを食べて認知症を防ごう!」とする研究もあります。対象は50,386人(平均年齢56.5歳、女性49.2%)の英国在住者で、平均7.1年の追跡調査の結果、ナッツをまったく食べない人と比べると、毎日ナッツを食べる人は、認知症発症リスクが12%低下したという結果が出ています。
次は「歯」です。歯の数が19本以下になると認知症のリスクが上昇するという研究があります。20本以上の歯がある人と比較して、歯の数が10~19本の人は認知症のリスクが14%増加します。1~9本なら15%、0本の場合は13%の増加です。この結果が興味深いのは、「20本以上か19本以下か」という点が重要で、19本以下になってしまえば、0本でも19本でもリスクがほとんど変わっていないことです。つまり「認知症を防げたければ最低でも20本の歯を守れ」となるわけです。
ビタミンDはサプリメントで、ナッツはアレルギーがなければ日々のおやつにすることで対策がとれそうです(ビタミンDの血中濃度の計測は自費診療になりますが)。また、歯についても早い段階で歯科医院を受診し、できるだけ「抜かない治療」を心がけることが大切です。この点は少し注意した方がいいかもしれません。どのようなときに抜歯するか、については歯科医院によって考え方が大きく異なるからです。谷口医院では、患者さんから相談されたときには「できるだけ抜かない治療」を実施してくれる歯科医院を推薦しています。
ここからは認知症のリスクであることは分かっていても回避するのがときに困難な要素を紹介しましょう。研究はともに女性に限定されたもので、認知症のリスクはPTSDとストレスです。「PTSDが中年女性の認知機能を低下させるリスク因子である」ことを示した50~71歳の12,270人の女性を対象とした研究があります。参加者のなかでPTSDの症状があった女性は67%にのぼり、フラッシュバック、悪夢を見る、重度の不安に悩まされる、悲惨な出来事を繰り返し思い出す、気分が変調する、などの症状が多くあった女性は、まったく症状がなかった女性に比べて、認知機能の変化を示すスコアの変化率が著しく悪いことが分かりました。
1968年に38歳~60歳だった1,415人の女性を35年間追跡調査して認知症のリスクを調べた研究では、中年期にストレスを繰り返し経験していた女性は、そうでない女性に比べて、認知症のリスクが65%高かったことが分かりました。特に強いストレスを経験していた女性は、認知症のリスクが2倍以上に上昇していました。
PTSDもストレスも本人の努力ではどうにもならないケースが多いでしょうが、これらが認知症の大きなリスクになることは知っておくべきでしょう。
「認知症を患わないようにする」だけが今後の人生の目標になってしまうのは行き過ぎですが、自身のリスクを把握した上で総合的な対策を立てることが大切です。ただし、ApoE遺伝子の検査については受ける前にじゅうぶんに検討を重ねてください。谷口医院ではこれから配偶者ができる可能性がある、あるいはこれから出産を考えている男女に対しては見合わせるように助言しています。他方、50代以降の男女で受ける人は年々増えています。
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|2024年10月11日 金曜日
2024年10月11日 幼少期に「貧しい地域に住む」か「引っ越し」がうつ病のリスク
なんともショッキングな研究が発表されました。幼少時に「貧しい地域に住む」あるいはただ単に「引っ越し」をするかの経験があれば成人してからうつ病を発症しやすくなるというのです。
医学誌「JAMA Psychiatry」2024年7月17日号に掲載された「時間の経過とともに変化する近隣の所得不足、幼少期の転居、および成人期のうつ病リスク(Changing Neighborhood Income Deprivation Over Time, Moving in Childhood, and Adult Risk of Depression)」です。
研究の対象者は、1982年1月1日から2003年12月31日までの期間にデンマークで生まれ、生後15年間を同国内で過ごした合計1,096,916人(男性563,864人=51.4%)です。統計分析は2022年6月から2024年1月まで実施されました。分析に使われたのは、「出生から15歳までの各年の居住地における近隣所得欠乏指数(neighborhood income deprivation index )」と、「幼少期全体の平均所得欠乏指数(mean income deprivation index)」で、居住地を移動したかどうかについては、「滞在者」の定義を「幼少期全体を通じて同じゾーンに住んでいた個人」、「移動者」は「そうでない個人」とされています。
結果、追跡調査中に35,098人(女性23,728人=67.6%) がうつ病と診断されました。幼少期に貧困地域に住んでいた人は、うつ病のリスクが10%上昇しました。所得不足が増加するごとに、うつ病のリスクも上昇していることが分かりました。また、近隣の貧困状態とは無関係に、幼少期の引越しは成人期のうつ病発生率を増加させることが分かりました。2回以上の引っ越しでそのリスクは61%も上昇していました。
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この研究が正しいとして、それが日本にもあてはまるのならば、親がいわゆる「転勤族」で(あるいはその他の理由で)15歳までに引っ越しを繰り返していた場合、うつ病になりやすいということになってしまいます。
「子育て」に議論を呼びそうな研究です。しかし、すでに成人している人は今さら過去を変えられません。ただ、もしかすると「自分は転勤族の親の元で育ったからうつ病のリスクがあるんだ」と把握することは役に立つかもしれません。どのような疾患でも「自身のリスクを知る」は重要だからです。
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|2024年10月3日 木曜日
2024年10月 コロナワクチンは感染後の認知機能低下を予防できるか
最近は新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)以外の質問や相談が増えているのですが、今月よりコロナワクチンの第8回目の接種が開始されたこともあり、過去1~2週間は再びコロナの質問が増えていて、ほとんどがワクチンに関するものです。谷口医院は過去7回のコロナワクチン接種を見送っていましたが、ついにこの秋から院内で接種を開始することにしました。といっても、適応はかなり絞り込み、こちらから勧めることはほとんどありませんし、また希望されてもすぐに接種できるかどうかは分かりません。このワクチンには充分な問診が必要だと考えているからです。
初めに「谷口医院ではこれまでやっていなかったのになんで今になってコロナワクチンを始めたのですか?」という質問に答えておきましょう。谷口医院が過去7回のワクチン接種に不参加だったのは、「mRNAワクチンは副作用が未知。アナフィラキシーショックなどが生じたときの対応が困難」と私自身が考えていたからです。薬についても同じことがいえて、谷口医院では発売された直後から処方を開始した薬は過去にもほとんどありません。登場してから「当初は想定していなかった副作用が……」という事態が日本の薬剤の歴史にはいくらでもあるのです。
ただし、コロナワクチンが重要であることは認識していましたから私自身が集団会場に出掛けて接種していました。そして、実際アナフィラキシーを疑う事例に遭遇したこともあります。会場には止まった心臓を動かす薬やAED(自動体外式除細動器)が準備され、救急車がすぐ近くに待機していました。このような環境でなければ自院でのワクチン接種に手を出すべきではないと考えていたのです。
そして現在。諸事情から移転を余儀なくされた谷口医院のすぐ近くには偶然にも新しい大きな病院が誕生しました。院内スタッフも緊急事態に対応できるような体制になってきました。今ならたとえ大きな副作用が起こったとしても対処できます。これが谷口医院が今秋からコロナワクチンを開始するようになった理由のひとつです。
もうひとつの理由は「ワクチンの誤解を解きたい」という気持ちが私のなかで次第に高まってきたことです。繰り返し述べているように、私自身のコロナワクチンに対する見解は「うってもリスク、うたなくてもリスク」です。副作用がこれだけ多いワクチンですから、ワクチンをうつことにリスクがあるのは自明でしょう。
しかし、コロナワクチンが登場した2021年の時点では、まだコロナは強毒性のウイルスであり、感染すれば日頃健康な人でも死に至る可能性があり、薬がじゅうぶんに揃っておらず、しかも病床逼迫とやらで、感染しても治療を受けることができないおそれすらありました。そんななかで颯爽と救世主のように登場したワクチンはいわば「唯一の武器」だったわけです。しかも国民の8割がうてば”集団免疫”とやらができて未接種者も救われるのだとか……(これを主張していた専門家には是非現時点の見解を述べてもらいたいものです)。
一方、2024年の現時点では、ウイルスは弱毒化し、内服薬も出そろい(必ずしも効果が高くないという声もありますが、谷口医院での実績をみているとパキロビッドはもちろん、ゾコーバでもかなり効いている印象があります)、病床逼迫で入院できないということもありません。つまり、ワクチンは「唯一の武器」から「数多い対策のひとつ」に成り下がったのです。ならば重篤な副作用が生じるリスクを抱えてまで受ける必要性は大きく低下します。
しかし、それはコロナを「死に至る病」とみたときの話です。「死ぬか生きるか」という視点で考えればすでにコロナだけに注目する必要はあまりありません。この議論になると必ず出てくる「重症化リスクのある人は……」という話も、「それを言うなら他の呼吸器感染症、インフルエンザやRSウイルスでも重症化するのでは?」となります。
では後遺症はどうでしょうか。いっときに比べればコロナ後遺症で悩んでいるという声は随分と減りましたが、今もなくはありませんし、最近は「諦めている」人が増えています。どこに行っても治らない、どんな治療を受けても治らない、と考えている人が多いのです。実際には根気よく治療を続けていれば回復していくことが多いのですが、「治療を続ける」モチベーションが維持できず、さらに認知機能が衰えてくることがあり、こうなるとまともな思考ができなくなってしまいます。ここで論文を紹介しましょう。
2022年4月に公開されたバングラデシュでコロナに感染した401人を対象とした研究によると、感染者の19.2%に記憶障害が認められました。興味深いのは、理由は不明ながら都心部よりも農村部の住民で記憶障害が顕著であったこと、もうひとつは年齢・性別・コロナの重症度と記憶障害の有無に関連がなかったことです。つまり、若年者でもコロナ感染時の症状が軽症であっても記憶障害が起こるときは起こるのです。
2024年7月のTIMESの記事にも「30代や40代でも、軽度の認知症のような神経認知障害を発症する」とする意見が掲載されています。
コロナ罹患後の記憶障害は高齢者で顕著だ、とする研究もあります。イタリヤのトリエステの医療機関の外来に通う平均年齢82歳の111人(男性32%)が対象者です。調査期間中31人がコロナに感染し、44人に認知機能低下がみられました。コロナ感染者では認知機能が低下した人が約3.5倍多いという結果がでました。
これまでにコロナ感染と認知症の関連が調べられた研究を総合的に解析しなおした研究(メタアナリシス)もあります。過去に発表された質の高い11件の研究が解析されています。コロナ感染者が939,824人、対照者が6,765,117人です。コロナに感染すると認知症を新たに発症するリスクが58%増加することがわかりました。
イギリスでは80万人の成人を対象にオンラインによる認知機能評価が実施され結果が発表されました。やはりコロナに感染するとその後認知障害を発症するリスクが上昇しています。この研究では、感染時に重症であったときに認知症のリスクが上昇しやすいという結果がでています。
規模は小さいものの、若年者を対象とした非常に興味深い研究が最近発表されました。対象者は若くて健康な過去にコロナに感染していないボランティア34人で、この研究ではなんと人工的にコロナに感染させています。34人中、感染したのが18人(感染しなかったのが16人)で、1人は無症状、残り(17人)は軽症でした。34人は急性期及び、30、90、180、270、360日後に追跡され認知機能検査を受けました(調査期間は2021年3月から2022年7月)。結果、感染したボランティアは、急性期および追跡期間中のいずれの時点でも非感染ボランティアに比べ認知機能のスコアが低かったのです。ということは、コロナに感染すれば急性期には軽症であったとしても、少なくとも1年間は認知機能や記憶力が衰えることを意味します(下記のグラフは一目瞭然です)。
もちろん、コロナに感染しても認知機能低下どころかまったく何の後遺症も残さない人の方が圧倒的に多いわけですが、上記の若年者の研究も自覚症状があるわけではないことに注意が必要です。認知機能検査が実施されたことで機能が低下していることが判ったのです。これを考えると、やはりコロナは侮ってはいけないと考えるべきでしょう。
ではワクチンは認知機能低下を予防するのでしょうか。残念ながらそれを検証した報告は見当たりません。ですが、「ワクチンが後遺症を減らす」とした研究は数多くあり、オミクロン株登場以降は感染リスクや重症化リスクはデルタ株までに比べれば効果が低下していると言われていますが、オミクロン株以降も後遺症のリスクを下げるとした研究もあります。下記のグラフをみればそれはあきらかでしょう。
さて、今秋以降コロナワクチンをうつべきか否か。たしかに登場して間もないレプリコンワクチンは未知数だらけで安全性が担保されているとは言い難いですが、ファイザー製(またはモデルナ製)であれば従来のmRNAワクチンと同様のリスクとみなしていいでしょう。それでも従来のワクチン(mRNAワクチンが登場するまでのワクチン)と比べれば副作用のリスクは桁違いに高いわけですが。また、mRNAワクチンのリスクが背負えないのであれば武田薬品製のワクチンを接種するという方法もあります。こちらは不活化ワクチンですからmRNAワクチンのリスクはありません(ただし、mRNAワクチンに比べて効果はやや劣るとする声もあります)。
いずれにしても当分の間、ワクチンをうつべきか否かで悩むことになるでしょう。そういう意味でコロナは「まだ終わっていない」のかもしれません。
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|2024年9月19日 木曜日
2024年9月19日 忍耐力が強い人は長生きする
困難にぶつかったときそれに耐えて乗り越えることができる人は長生きする、という研究が発表されました。医学誌「BMJ Mental Health」2024年9月3日号に掲載された論文「健康と退職に関する研究における心理的回復力と全死亡率の関連性(Association between psychological resilience and all-cause mortality in the Health and Retirement Study)」です。
研究の対象者は米国で実施された「The Health and Retirement Study」という調査に2006年から2008年に協力した50歳以上の10,569人(平均年齢66.95歳、58.84%が女性)で、死亡のデータは2021年5月までの記録が使われています。調査期間中に合計3,489人が死亡しています。
対象者には、忍耐力(perseverance)、落ち着き(calmness)、目的の自覚(a sense of purpose、自立心(self-reliance and the recognition that certain experiences must be faced alone)などの性格を測定する尺度を用いて「忍耐力のスコア」がつけられました。スコアが最も低い(忍耐力がもっとも低い)グループはQ1、最も高いグループはQ4とされ、対象者は4つのグループに分類されました。
グループごとに死亡率を解析すると、Q1に比べて、Q2は追跡期間の12.3年間で死亡率区が20.2%減少、Q3、Q4はそれぞれ26.8%、38.1%減少していました。10年生存率でみると、Q1~Q4のそれぞれは、61.0%、71.9%、77.7%、83.9%と「忍耐力が強いほど生存率が高い」という結果になりました。Q4はQ1に比べて死亡リスクが53%低いことを示しています。この関連性は、性別、人種、BMIなどの特性を調整した後でも統計的に有意でした。
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私が研修医の頃にはまったく気づきませんでしたが、医師として長い間大勢の患者さんを診ていると、たしかに忍耐力が強い人は健康な印象があります。高校の同級生で例えていえば、真面目でコツコツと何にでも取り組み決して楽をしようとしないタイプです。
めったに休まず、遅刻は絶対にせず、宿題をきちんと提出し、苦悩に遭遇しても嫌な顔ひとつせずに決してその苦役から逃げ出さないようなタイプです。こういうタイプの人は高齢になってからも太らず、規則正しい生活を続けています。
と考えると、1限目の授業には顔を出さず、学校をさぼって親が呼び出され、宿題をした記憶がほとんどない私のような人間は早死にすることになりそうです。
しかし私の場合、大人になってからいつの間にか忍耐力が出てきたような気がします(そのつもりになっているだけかもしれませんが)。(自分で言うのもなんですが)困難に遭遇しても(まあ、たいした困難ではありませんが)それを困難と感じないようになってきました。こんな私は長生きできるのでしょうか。できたとしてもできなかったとしてもこの年齢になればこれからも忍耐力を維持するしかありません。
では私に忍耐力がついてきた(つもりな)のはなぜか。たぶん、高校卒業以降の経験です。様々な人との出会いがあり、私の精神は鍛えられてきたのだと思います。そして様々な苦悩(といってもたいしたものではないのですが)を通して「人生は耐え忍ばねばならない」という”真実”を知りました。
もしもこんな私が長生きできたとすれば、「忍耐力は成人してからも身につく」を誰かに研究で示してほしいな、と妄想しています。
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|2024年9月16日 月曜日
2024年9月8日 糖質摂取で認知症のリスクが増加
今月号の「はやりの病気」で、「コレステロールが認知症の(予防できる)最大のリスク因子だ」という画期的な報告を紹介しました。その報告には他にも認知症のリスクが紹介されていて、これらはしっかりとしたエビデンスがある因子と考えて差支えありません。
今回紹介する認知症のリスクについても「前向き研究」(対象を2つのグループに分け数年後にどれだけ違いがあったかを検証する方法)で検討されていますから、それなりにエビデンスレベルは高いと言えます。医学誌「BMC Medicine」2024年7月18日号に掲載された論文「砂糖摂取と認知症リスクの関連性:210,832人の参加者を対象とした前向きコホート研究(Associations of sugar intake, high-sugar dietary pattern, and the risk of dementia: a prospective cohort study of 210,832 participants)」を紹介します。
研究の対象者は英国のデータベース「UK Biobank cohort」に参加した210,832人で、平均年齢は56.08±7.99歳、116,153人(55.09%)が女性です。食事中の糖質の相対摂取量(%g/kJ/日)がどれだけ認知症のリスクにつながるかが調べられました。結果、糖質の摂取量が多ければ認知症全体では31.7%のリスク上昇、アルツハイマー病では24%リスクが上昇することが分かりました。
興味深いことに、ApoEε4で調べると、ヘテロでもつ(ApoEε4を1つもつ)場合に、糖の摂取が最もリスクになることが分かりました。なぜ、ホモでもつ(ApoEε4を2つもつ)ときにリスクが低下しているのかは不明ですが、サンプル数が少なくて正確な結果がでない可能性が指摘されています。
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砂糖を含む製品にもいろいろあり、生のフルーツが本当に認知症のリスクになるのかについては結論を出さない方がいいでしょう。確実にリスクとなる砂糖を含む製品は「砂糖入り飲料」です。
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|2024年9月8日 日曜日
第253回(2024年9月) 「コレステロールは下げなくていい」なんて誰が言った?
これほどインパクトがある論文もそうありません。そう思っているのは私だけなのか、世間ではあまり盛り上がっていないようですが、2024年7月31日に医学誌「THE LANCET」に公開された論文を読んで私自身は椅子から転げ落ちるくらいにビックリしました。論文のタイトルは「認知症の予防、介入、ケア:ランセット常設委員会2024年報告書(Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission)」で、要するに「認知症の後天的なリスクを分析した報告書」です。
この論文、結論から言えば「LDLコレステロール(=悪玉コレステロール、以下単に「コレステロール」)が認知症の(予防できるもので)最大のリスクになる」となります。「予防できるもので」と前置きがついてちょっと歯切れが悪くなるのは、「予防できない認知症のリスク」もあるからです。すべてを合わせた最大のリスク因子は「年齢」でこれはどうしようもありません。また「性別(生物学的性)」も変えようがありません。認知症は(生物学的な)女性の方がリスクが高いことが分かっていて、たとえ性自認(sexual identity)を男性に変更したところでリスクが減るわけではありません。
また、遺伝子、特にApoE遺伝子をどのようなタイプで持つかにより認知症のリスクは大きく異なり、過去のコラムで紹介したように、ApoE遺伝子がε3・ε3の人がアルツハイマー病になるリスクを1とすると、ε4・ε4の場合のリスクはなんと11.6倍にもなります。しかし、生まれてしまってからは自分の遺伝子を変えることはできません。
では、認知症における自身の努力で下げられるリスクと自分自身ではどうしようもないリスクの割合はどれくらいなのでしょうか。上記論文によれば、自身の努力で下げられるリスクは45%です。これを多いと考えるか少ないと思うか、ですが、日々患者さんを診ている私の意見としては「こんなにも多いのか(=よかった!)」です。なぜなら、やはり認知症の患者さんは親や親せきに認知症が多いことを思い知らされることがよくあるからです。「認知症は遺伝的に決まっている」などという話には夢も希望もありませんから、誰も語りませんし、こういうことを発言すれば強烈なバッシングをくらいますし、メディアは「〇〇をして認知症を予防しましょう」という話を好みますから「認知症は遺伝で決まる」などと言う表現は医療者の間でさえも「言ってはいけないこと」と考えられているようです。
しかし私は何事も「隠す」ことには反対ですから、若いうちから「もしも両親のどちらかが比較的早い段階で認知症になったのならばあなた自身も覚悟した方がいい。もしも両親が共に認知症ならそのリスクはさらに高くなると考えてください」と伝えています。ApoE遺伝子の測定は安易にすべきではありませんが(その理由は過去のコラムで述べた通りです)、それでも自分がどの程度のリスクがあるのかは血縁者をみれば推測できます。
ところが上記の論文によると45%は努力でリスクを下げられると言います。これはとても夢のある話です。4年前の2020年、この論文の前のバージョンが公開されました。このときは自身の努力で下げられるリスクは40%とされていました。しかし今年は45%、もちろん今年の値の方が正確です。過去4年間で様々な研究が検討され検証され、その結果が5%のアップになったのです。
では、自身の努力で下げられる認知症の最大のリスクとは何か。それがコレステロールなのです。2020年のバージョンにはコレステロールは入っていませんでした。当時はまだコレステロールが認知症の大きなリスクであることを確証するエビデンスが不充分だったのです。2020年の時点で最大のリスクとされたのは「難聴」でした。
2020年当時、この発表が最も歓迎されたのは耳鼻科の世界でした。難聴はそれまでは高齢になれば仕方がないという風潮があり、耳鼻科専門医でさえもあまり真剣に取り合っていないとすら言えました。実際、谷口医院に「耳鼻科ではたいしたことがないと言われたんですけど……」と言って難聴を気にしている患者さんが受診することもありました(今でもあります)。そういう場合、難聴に詳しい耳鼻科専門医を紹介することになりますが、毎回耳鼻科医間の”温度差”に驚かされます。
2024年バージョンでも難聴のリスクが軽減されたわけではありません。難聴はコレステロールと並んで第1位なのです。これらが7%のリスクとなるとされています。残りのリスクは下の図(上記論文に掲載されているもの)の通りなのですが、文字にもしておきます。
〇若年期:低教育 5%
〇中年期:難聴 7%
高LDLコレステロール 7%
うつ病 3%
脳の外傷 3%
運動不足 2%
糖尿病 2%
喫煙 2%
高血圧 2%
肥満 1%
過剰飲酒 1%
〇老年期 社会的孤立 5%
大気汚染 3%
視覚症状 2%
これまでコレステロールはどちらかというと「医者は薬を飲んで下げろというけれど、実際には下げなくてもいい」というのが世間の認識でした。実際、「前の医者からは飲めと言われたけど、本当に飲まないといけないんですか」という訴えで受診する患者さんは少なくありません。
たしかに、わずかに高いだけの患者さんがコレステロールを下げる薬を飲まなければいけないかどうかは簡単には決められません。よく「いくらになれば飲めばいいですか?」と聞かれますが、この問いにも答えられません。なぜなら、その答えは「その人による」だからです。コレステロールは動脈硬化の最大のリスクではありますが、他にも年齢、既往歴、喫煙歴、運動の程度、血圧、血糖値、中性脂肪の値、家族歴などを総合的に勘案して検討しなければならないのです。
コレステロールが認知症のリスクになるという話は、これまでは私自身も診察室であまり触れていませんでした。LANCETの今回の論文が発表される以前から、コレステロールが認知症のリスクになるとする研究や論文は多数あったのですが、やはりエビデンスレベルが高いとは言えず、日本の認知症のガイドラインには「高齢期における LDLコレステロールレベルと認知症発症に関しては一定の傾向を認めない」と書かれているくらいですから、わずかに基準値が高いという人に対して「認知症予防のために薬を飲みましょう」とはなかなか言い辛かったのです。
ですが、私自身は8月から(つまり上記論文を読んだ直後から)コレステロールの値が高いほぼすべての患者さんにこの論文の話をして、結果そのほとんどの人が内服を開始しています(たいていはマイルドスタチンと呼ばれる伝統的な安くて安全な薬を始めます)。なぜか医師の間ではこのような話を聞かないのですが、まず間違いなく、今後コレステロールの治療のハードルが下がります。なぜって、誰も認知症にはなりたくないからです。
今も世間には「コレステロールは本当は下げなくていい」という噂やデマがはびこっているようですが、もしもそんな人がいれば「認知症は怖くないの?」と聞いてみてください。もしも医療者から「下げなくてもいい」などと言われることがあれば「先生は7月のLANCET読んだのですか?」と聞いてみてください。
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