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2017年9月29日 金曜日
2017年9月30日 バストアップのサプリメントに対する「誤解」
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)がオープンした2007年頃、タイ製のバストアップ(豊胸)を目的としたサプリメントの被害者がよく受診されていました。インターネットを通して個人輸入をおこない内服して副作用が生じたのです。最も多い副作用は吐き気と不正出血です。
一時、このような被害が減ったなと感じていたのですが、数年前から再び増えてきています。その理由はタイ製のサプリメントと同じ成分のものが日本で製造され、広く流通するようになったからです。
そして、ついに国民生活センターが注意喚起を発表しました。
問題のサプリメントに含まれる成分は「プエラリア・ミリフィカ」と呼ばれる植物エキスです。なぜ、バストアップの効果が謳われるか。この成分には女性ホルモンに似た働きをするイソフラボンが豊富に含まれているからです。
イソフラボンと言えば、大豆に含まれていることがよく知られており、実際、大豆から抽出したイソフラボンは日本製のサプリメントでもあります。プエラリア・ミリフィカは大豆よりも大量にイソフラボンが含まれているために効果が期待できるというわけです。ですが、当然のことながら量が増えればそれだけ副作用のリスクが上昇します。
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さて、私の懸念はまだ続きます。谷口医院の患者さんでプエラリア・ミリフィカの被害を訴えた患者さんのなかで低用量ピルを飲んでいる人がいました。これは絶対にやってはいけないことです。
そもそもピル(超低用量から高用量まですべて)の成分は女性ホルモンです。ピルを飲んでいるときに女性ホルモンに似たイソフラボンを飲めば、不正出血をはじめホルモンバランスの乱れで生じうる様々な問題が起こり得ます。
ところで、プエラリア・ミリフィカの販売会社は、販売するときに「ピルを飲んでいる人は飲めません」という案内をしていないのでしょうか。あるいは、「サプリメントだから安心」というようなイメージを消費者に植え付けていないでしょうか。
尚、イソフラボンもピル服用者は原則として飲めません。サプリメントの被害は、世間で思われているよりもずっと深刻です。新たにサプリメントや健康食品を開始したいときはかかりつけ医に相談するか、信頼できるウェブサイト(注1)を参照することが必要です。
注1:最も推薦できるサイトは、国立健康・影響研究所が作成している「「健康食品」の安全性・有効性情報」です。プエラリア・ミリフィカについても詳しく記載されています。
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|2017年9月29日 金曜日
2017年9月29日 ビタミンBのサプリメントもがんのリスク
ついにビタミンBのサプリメントにも発がんリスクの報告がおこなわれました。
医学誌『Journal of Clinical Oncology』2017年8月22日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)に興味深い研究が掲載されています。
研究の対象者は米国在住の男女77,118人(50~76歳)です。どのようなサプリメントをどれだけ摂取しているかと発がんの関係が解析されました。
その結果、過去10年間で1日20mgを超えてビタミンB6のサプリメントを摂取していた男性は、摂取していない人に比べると肺がんの発症リスクが1.82倍に上昇していました。同様に、ビタミンB12については1日55ugを超えて摂取していると1.98倍にも上昇していたのです。
尚、このように発がんリスクが上昇したのは男性だけであり、女性には認められなかったようです。
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ビタミン剤の発がんリスクといえば、ビタミンEとベータカロテン(以前は「ベータカロチン」と呼ばれていました)が有名ですが、これらは脂溶性のビタミンですからサプリメントの過剰摂取で蓄積された結果ががんにつながるというのはなんとなく想像しやすいように感じられます。
一方、ビタミンBは水溶性で過剰に摂取しても吸収されず安全と長い間言われてきました。ですが、結果は発がんリスクが2倍にもなるというのです…。
今のところ、ビタミンのサプリメントでエビデンス(科学的確証)をもって「有用」とされているのは妊娠中または妊娠前の女性が摂取する葉酸だけです。ビタミンDはいくつかの疾患に有用とするものもありますが、逆に有害とするものも多く、現時点では積極的な摂取は推薦できません。
ビタミンのサプリメントが注目された時代はすでに過去のものになりきった感じがします。
注1:この論文のタイトルは「Long-Term, Supplemental, One-Carbon Metabolism-Related Vitamin B Use in Relation to Lung Cancer Risk in the Vitamins and Lifestyle (VITAL) Cohort 」。下記URLで概要を読むことができます。
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|2017年9月25日 月曜日
第169回(2017年9月) 治らない依存症~痴漢・盗撮・小児愛~
医師のとんでもないわいせつ事件が立て続けに起こりました。
1つめの事件を起こしたのは大阪の40代の男性医師です。この医師は、2016年10月から2017年6月にかけ、乳がん検診や健康診断で触診をおこなう際に、カバンに仕込んだスマホで女性の裸の盗撮をおこないました。さらに、泥酔状態で搬送された30代女性の服を脱がせて胸を触り盗撮したことも発覚しました。大阪府警岸和田署はこの医師を逮捕し2017年9月6日に送検し、報道によれば男性医師は容疑を認めているそうです。
もうひとつの事件は香川県の30代の男性医師です。2016年夏頃、小児科医として勤務していた同県の病院で、個室に入院中の小学生の女児の服を脱がせ、スマートフォンで体を撮影しました。さらに、2017年7月24日には、やはり個室に入院中の5歳の女児の体をなめたことが発覚し逮捕されました。報道によれば、この男性医師は「同じようなことを今までもしている」と供述しています。
これらは一般市民を裏切る許せない犯罪であり、もちろんこのような医師達に同情する医療者はおらず、医師の掲示板を見てみてもこの医師達を擁護する意見は(当然ですが)皆無です。
私自身もこういう医師は二度と医療の現場に戻ってはいけないと考えています。その理由は「おそらく同じことを繰り返すから」です。これは私の個人的見解ですが、盗撮や小児愛もこのレベルまでいけば「病気」と考えるべきです。そしてこの「病気」は治りません。
一般に、実際に人物を診ることなくマスコミなどの報道だけでその病名を推測する行為は慎むべきですが、このレベルの盗撮や小児愛は「依存症」と診断してまず間違いありません。
依存症の治療は極めて困難です。そもそも治療以前に、本人が病気であるという自覚がない場合が少なくありません。したがって自ら医療機関を受診することはほとんど期待できません。同じ依存症でも、ニコチン依存症、アルコール依存症、覚醒剤依存症といった薬物依存の場合は、本人も周囲も病気であるという自覚がある場合が多いですが(それでも「無自覚」の場合も多々あります)、ギャンブル依存、買い物依存、万引き依存、性依存などは、「これば病気だ」と自覚している人の方が少ないのです。
そして、性に関する依存症のなかでも、盗撮、痴漢、さらに小児愛といった依存症は「治ることはほとんどない」と私はみています。
これらの依存症を細かく見ていく前に、そもそも依存症は治さなければならないのか、という根本的な問題を考えてみましょう。例えば、ニコチン依存症の人のなかに、「愛煙家にも権利がある。タバコのせいで早死にしてもそれは自分の責任。誰にも迷惑かけないのなら何か文句ある?」と言う人がいます。私は個人的には、この意見が間違っているとは考えていません。非喫煙者の前で吸わないようにしていれば、「喫煙する権利」はあっていいと思います。タバコが原因で病気になったときに必要になる医療費は税金なんだから社会に迷惑、という意見もあるようですが、そこまで冷たい社会はひどすぎる、と私は思います。この意見が通るなら、暴飲暴食をして糖尿病になった人に対しても税金を使うな、という理屈がまかり通ることになります。
では、治さなくてもいい依存症とそうでない依存症の区別はどこにあるのでしょうか。それは「他人に危害を加えるかどうか」です。ギャンブル依存で借金を背負うと家族や友達に迷惑がかかりますが、これは貸さなければ済む話です。性依存は買春行為のみにとどめておくなら、(本人がHIVやB型肝炎などの感染症を持っていないなら)誰も傷つけることはないでしょう。
一方、痴漢や盗撮、小児愛(買春であったとしても小児愛は禁止しなければなりません)は明らかに被害者がいます。もちろん強姦もそうです。イザベル・ユペール主演でカンヌ国際映画祭を含めいくつもの賞にノミネートされたフランス映画『エル ELLE』は、レイプでしか性的興奮を得られない男性がキーパーソンとなっています。この映画についてのみ言えば、この男性は必ずしも「悪」ではないかもしれませんが、レイプをやめることができない人物を娑婆に置いておくわけにはいきません。
ところで、医療者のなかにはこういった「社会に存在してはいけない依存症をもつ者」がどれくらいいるのでしょうか。最近報道された事件を振り返ってみましょう。
2017年9月3日、山形署は10代女性のスカート内を盗撮した疑いで山形県立中央病院に勤務する20代の男性医師を逮捕しました。(9月4日の共同通信)
2017年5月25日、広島、静岡、鳥取、群馬各県警の共同捜査本部は、児童買春・ポルノ禁止法違反容疑で、大阪の30代の歯科医師、名古屋の看護師(男性)ら合計4人を逮捕しました。彼らは男児のわいせつ画像を交換していたそうです。(5月25日の時事通信)
2017年9月4日、京都府警は施術を装い10代の少女にわいせつ行為をおこなった40代の鍼灸院院長を逮捕しました。(9月5日の共同通信)
2016年7月24日、栃木県警は小学1年生の男児にショッピングモール内のトイレでわいせつ行為をおこなった佐野市の20代の介護福祉士を逮捕しました。(http://www.caretomo.com/carenews/18876)
2016年4月1日、兵庫県警は障害をもつ小学4年生の男児にわいせつ行為をおこなった神戸市の30代男性の介護福祉士を逮捕しました。(2016年4月1日の産経WEST)
医療者ばかりではありません。教育者にも小児愛者は少なくないようです。
2017年9月7日、仙台の20代男性保育士に対し仙台地裁は懲役15年の実刑判決を下しました。この保育士は2015年10月からおよそ1年間にわたり、勤務先の保育園の女児10人にわいせつ行為をおこない動画を撮影したのです。
ひとつひとつの報道を読んでいるときりがありません。文部科学省がウェブサイトで公開している「平成27年度公立学校教職員の人事行政状況調査について」によれば、同年度にわいせつ行為等により懲戒処分等を受けた者は224人で、過去最多を記録しているそうです。この調査は「公立学校教職員」ですから、私立は除かれていますし、先述した仙台の保育園もおそらく含まれていないでしょう。とすると、被害にあっている子供たちはまだまだ大勢いると考えるべきです。
困ったことがあれば何でも相談してください、と10年以上言い続けている太融寺町谷口医院には、様々な依存症の悩みを話す患者さんが大勢いますし、本人に自覚がないので何とかしてほしい、と言って相談される家族やパートナーの方も少なくありません。
ですが「依存症」の治療は本当に困難です。先述したようにニコチン依存なら薬がありますし、覚醒剤は極めて困難ですが、「覚醒剤を絶つことをその日の目標にする」ということを日々実践してもらえればなんとか断っているという人もいます。依存症の治療の基本は「初めから手を出さない」。そして、いったん依存症になると「対象から完全に離れる」ということです。そういう意味で薬物依存は治療方針が立てやすいのです。
ですが、買い物依存の人にクレジットカードを持たないように助言したところで、現金があれば買ってしまいます。痴漢がやめられない人には「電車に乗らない」が最適ですが、これも実際には困難でしょう。
医師であれば(医師でなくても)スマホは必携品ですし、ほとんどの科では小児も診察することになります。教師や保育士は毎日子供たちのケアをしています。ということは、医療者や教育者は、その仕事を辞めるしか方法はない、ということになります。残念ながら有効な治療法がなく、再発の可能性があり、その依存症が「犠牲者」を生み出すかもしれない場合は「退職」、さらに場合によっては「社会との交流を絶つ」以外に道はないと私は考えています。
ではそういう人たちはどうすればいいのか。数は多くありませんが、依存症患者を積極的に診ている医療機関を探すか、自助グループ(注1)に参加することを私は勧めています。
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注1:私は一度自助グループの公開セッションに参加したことがあります。詳しくは下記を参照ください。
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|2017年9月25日 月曜日
第176回(2017年9月) 臍帯血移植の罪と医師の掟
私はほとんどテレビを見ないこともあり、恥ずかしながら小林麻央という人について他界されるまで名前すらも知りませんでした。有名人が亡くなったとしても、それが医師の間で話題になることはそう多くありませんが、小林さんの場合は医師の掲示板に多くのコメントが寄せられていました。
その最大の理由は「効果が期待できるとは到底思えない民間療法を受けていた」というものです。医師の掲示板にはその民間療法を実施していたクリニック名と医師の名前(ここからは「S医師」とします)も記載されていました。そして、S医師の名前を忘れかけていた頃、再び新聞で目にすることになりました。
S医師は「臍帯血」を使った”再生医療”を「無届け」で行い、しかも極めて高額な料金を患者に請求していた、というのです。私が言いたいのは「無届け」という違法行為が許せない、ということではありません。それも歴然とした罪ですが、そんなことよりも、臍帯血を「再生医療」として用いて、高額な料金を取っていたことの方が遥かに問題です。
このS医師、本当にこんなことをして患者さんに有益だと思っていたのでしょうか。いくらひいき目にみても、こんな治療が「再生医療」になるはずがありません。
私は「広く認められていない治療をすべきでない」と言っているわけではありません。患者さんが望む治療であれば、エビデンス(科学的確証)のレベルが低いものであったとしても、安全性が担保されるのであれば、患者さんが強く希望したときには「では一度試してみますか」と答えることもあります。
ですが、こういった充分なエビデンスのない治療、それも実績のない治療については、医師の側から勧めるべきではありません。もしも、勧めるとするなら、その科学的根拠を示さなければなりません。また、根拠を示すのは患者さんに対してだけでなく、他の医師に対しても、です。歴史のない新しいことをおこなうのであれば、きちんとデータをとって報告する義務が医師にはあります。
ここで、このような臍帯血移植が「治療になるはずがない」ことを説明したいと思います。
そもそも「臍帯血移植」というのは、白血病など難治性の血液疾患に行われる治療で、対象は「小児」のみです。血液をつくる幹細胞(血液幹細胞)が「悪い血球」を作り出すのが病気のメカニズムですから、この役立たずの幹細胞を殺してしまって、他人の健康的な血液幹細胞に取り換えるという方法です。臍帯血移植であっても、治療方法は原則として通常の骨髄移植と同じです。臍帯血移植が小児のみを対象としているのは、臍帯血には幹細胞がわずかしか含まれておらす、成人では量が足らないことが最大の理由です。
臍帯血移植の治療方法は骨髄移植のときと同じですから、移植前には役立たずの血液幹細胞を殺さなければなりません。全身に放射線を照射し、抗がん剤を投与します。これを「前処置」と呼び、これで元の血液幹細胞が消滅し、血球がまったくつくられなくなります。このような状態ではわずかな病原体にも打ち勝つことができませんから、移植を受けるときは無菌室に入ります。
「前処置」が終わればドナーの臍帯血を「移植」することになります。移植といっても肝臓や腎臓の移植とは異なり、静脈に臍帯血を点滴するだけです。通常の骨髄移植の場合、入ってきたドナーの骨髄細胞が、治療を受ける側の組織を破壊しだすことがあり、これを「GVHD」と呼びます。これは移植に伴うとてもやっかいな副作用なのですが、臍帯血移植の場合は、このGVHDのリスクが大幅に低下します。
さて、逮捕されたS医師らはどのように「臍帯血移植」をおこなっていたのでしょうか。S医師のクリニックにはもちろん無菌室などありません。報道から推測すると、単に臍帯血を希望者の静脈に注射していただけのようです。報道にあるように、これでがんが治り若返ると言っていたということが本当だとすると「罪」以外の何ものでもありません。
少し医学的に解説しておくと、”患者”に静脈注射された臍帯血は、その人にとっては異物ですから、免疫系の細胞が立ち上がり、入ってきた臍帯血を”処分”して、それで終わりです。当たり前ですが、前処置をしていない状態で臍帯血を注射しても臍帯血に含まれる細胞が、骨髄に住み着くことなどあり得ません。
一連のマスコミの報道を見聞きして「だまされて臍帯血移植を受けた人たちはなぜ怒りを表明しないのか」と疑問に感じる人もいるでしょう。この理由は主に3つあります。
1つは、「一度信じたものは簡単に覆らない」ということです。高額の治療費を払ったんだから何らかの期待ができるに違いない、それは今は起こらなくても数年後に起こるかもしれない、という心理が働くのです。実際にプラセボ効果で体調がよくなることもあるでしょう。2つめはこういう治療を受けたからといって「危険性」はほとんどない、ということです。治療をして悪くなったとすれば(最たる例は手術を受けて死亡)「訴えてやる!」という気持ちになりますが、この治療で悪くなるわけではありません。3つめが「効果には個人差がある」などといった文章です。こういった文言が同意書に書いてあるはずで、文句を言っても「この同意書にこう書いてあるでしょ」と言われれば反論できなくなるのです。小林麻央さんのご遺族がS医師に苦情を申し立てているかどうかは分かりませんが、おそらくこの3つめの理由から、訴えても勝ち目はないでしょう。
さて、医学部受験は簡単ではありませんが、医学部を卒業するのはもっと大変です。医師国家試験はほとんどの医学生が合格しますが、6年間で学ぶこと、実習、試験などは本当に酷烈です。それらを乗り越えた医師が、今ここに述べたことを知らないはずがありません。つまり、マスコミが指摘しているように、S医師らははじめから効果がないことを知っていて金儲けのためにこのような悪事を働いたとしか考えられないのです。
ですが、なぜなのでしょう。どこで道を踏み外したのでしょうか。社会では「悪徳医師」のイメージがよく風刺されますが、実際に金儲けを考えている医師など(ほとんど)いません。むしろ、お金よりも価値がありやりがいのある仕事をしていることに医師は誇りを持っています。これは医師の「矜持」と言っていいと思います。
このような話を医師以外の人と話すとよく言われるのが「どの世界にもおかしな人がいる」という意見です。たしかに学校の先生にも政治家にもおかしな人はいるでしょう。それは分かります。ですが、医師には「ヒポクラテスの誓い」があり、日本医師会の倫理要綱には「医師は医業にあたって営利を目的としない」という文章があります。
これらは「法律」ではありませんから”法的には”強制力はありません。ですが、法律が最も重要なわけではありません。我々医師にとって「営利を目的としない」というものは法律よりも遥かに重要ないわば「掟」なのです。「掟」に背けばこの世界ではもはや生きていくべきではありません。
今後このような”罪”を犯す医師をどうやって未然に防げばいいのでしょうか。以前も述べたことがありますが、「医師の年収に上限を設ける」が最も現実的ではないでしょうか。そして、できれば下限もつくってもらえれば安心して医療がおこなえます。例えば、医師の年収は「国家公務員と同等とする」として、国家公務員の最低年収と最高年収の間にするのです。保険診療の財源の大半は、国民から徴収している税金と保険料であることを考えると、この私の案もまんざら的を外していないのではないでしょうか。
参考:メディカルエッセイ
第155回(2015年12月)「不正請求をなくす3つの方法」
第79回(2009年8月)「”掟”に背いた医師」
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|2017年9月7日 木曜日
2017年9月7日 地中海料理が健康にいいのは高学歴か高収入のみ!?
日本料理は健康にいいとされていますが、より多くの論文が発表され有効性が世界的に認められているのは日本料理よりも地中海料理です。特に動脈硬化を予防し、心筋梗塞や脳梗塞を防ぐことができると言われています。ですが、気になる研究が最近発表されました。
なんと、地中海料理で心疾患予防の恩恵を受けられるのは、高学歴者か高収入者のみというのです!!
医学誌『Epidemiology』2017年8月1日号(オンライン版)で研究が報告されています(注1)。研究の対象者は、35歳以上のイタリア人の男女合計18,991人です。調査期間の4.3年間の間に合計252人が心筋梗塞などの心血管疾患を発症しています。全体で評価すると「地中海料理スコア(Mediterranean diet score)」が2ポイント増加(ポイントが高いほど健康的な地中海料理をたくさん食べている)すると、心血管疾患発症リスクが15%減少していました。
興味深いことに、このような関連性は高学歴者に顕著であり、高学歴者の場合は地中海料理により57%も心疾患のリスクが減少するのに対し、高学歴でない人はわずか6%しか低下していません。収入でみてみると、高収入の人は61%も低下するのに対し、高収入でない人にはリスク低下は認められません。
なぜこのような差が出るのか。高学歴・高収入の人は、有機野菜、全粒パン、ポリフェノールを含む食品など、多くの種類の抗酸化物質が豊富に含まれる食品を摂取していることが判明し、研究者らはこれが原因であろうとみています。
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どうやら本当の理由は「抗酸化物質を豊富に含む多種類の食品」にありそうです。おそらく、上等のワインやオリーブオイル、新鮮な魚などは安くないのでしょう。高収入者はそういった食品を抵抗なく購入することができ、高学歴者はさほど収入が高くなかったとしても食事にお金をかけるべきだということを知っている、ということでしょうか。
注1:この論文のタイトルは「High adherence to the Mediterranean diet is associated with cardiovascular protection in higher but not in lower socioeconomic groups: prospective findings from the Moli-sani study」で、下記URLで概要を読むことができます。
参考:
はやりの病気第131回(2014年7月)「認知症について最近わかってきたこと」
医療ニュース:
2014年6月2日「オリーブオイルで心房細動が予防できる可能性」
2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」
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|2017年9月3日 日曜日
2017年9月4日 危険な陰毛処理
過去のコラムでも述べたように、総合診療を実践している太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)には「外陰部の悩み」を訴える女性の患者さんがしばしば訪れます。婦人科に行くと「皮膚科に行け」と言われ、皮膚科を受診すると「婦人科に行け」と言われたという気の毒な患者さんも少なくありません。
そのコラムでは「精液アレルギー」という稀な疾患について解説しましたが、今回紹介したいのは非常によくある皮膚のトラブルについてです。そしてその原因は「剃毛」もしくは「脱毛」にあります。
皮膚のトラブルの話に入る前に、私が数年前から感じている素朴な疑問について触れておきます。それは「陰毛処理をする女性が急増している」ということです。これはあまり医学的に意味がないことですからそれほど気に留めていたわけではないのですが、ある論文を読んで「そうか!」と腑に落ちました。
医学誌『JAMA Dermatology』2016年10月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、米国女性の8割以上が陰毛処理をおこなっています。調査対象は米国の3,372人の女性で、期間は2015年11月と12月、インターネットを用いた質問票での調査です。結果、全体の83.8%に相当する2,778人が陰毛処理をおこなっていました。
処理をする理由は、衛生的だから(59.0%)、日々のルーチンとして実施している(45.5%)、外性器の魅力向上のため(31.5%)、パートナーの好み(21.1%)となっています。また、理由は明らかにされていませんが、若い女性と高学歴女性に陰毛処理をする傾向が高いという結果がでています。
多くの”文化”は米国から入ってくると言われますから、日本女性の「処理率」の上昇も米国由来なのかな、と私は思っています。
今回の本題はここからです。同じ医学誌『JAMA Dermatology』2017年8月16日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によると、陰毛処理する女性の27.1%が処理により皮膚に障害を負った経験があります。研究対象は米国人の女性3,372人で、期間は2014年の1月、やはりインターネットでの調査です。
どのような障害かについて、最も多いのが「傷」で61.2%、その次が熱傷(23.0%)、発疹(12.2%)、感染症(9.3%)と続きます。また、処理をする人全体の1.4%に医学的な治療が必要とされていたことが判りました(この調査は男性にもおこなわれており、これらの数字は男女合わせてのものです)。
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後半の論文では男女ともにトラブルが多いとされていますが、谷口医院に「陰毛処理後のトラブル」で受診するのは女性が圧倒的に多いといえます。この理由は、米国に比べて日本では男性は陰毛処理をしないということかと思いますが、もしかすると男性は皮膚科を受診して治療を受けており、女性のように、「皮膚科に行けば婦人科に、婦人科に行けば皮膚科に」ということがないからかもしれません。
谷口医院の女性患者さんの陰毛処理で最も多いトラブルは「毛嚢炎」または「毛包炎」で、毛穴に起こった細菌感染、分かりやすく言えば「ニキビ」です。軽症であれば抗菌薬の外用剤だけで治りますが、最近は内服を使わざるをえないケースが増えてきています。
また、エステティックサロンでのレーザー脱毛による熱傷(やけど)や、脱毛クリームやワックスによる「かぶれ」も増えています。
注1:この論文のタイトルは「Pubic Hair Grooming Prevalence and Motivation Among Women in the United States」で、下記URLで概要を読むことがでいます。
http://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/fullarticle/2529574
注2:この論文のタイトルは「Prevalence of Pubic Hair Grooming-Related Injuries and Identification of High-Risk Individuals in the United States」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://jamanetwork.com/journals/jamadermatology/article-abstract/2648859
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|2017年9月3日 日曜日
2017年9月 「ジェネラリスト」の違和感
私の経歴が純粋な医師コースでないことが原因なのか、医学部生や医師が使う言葉に違和感を覚えることが度々あります。過去のコラムで取り上げた「ditto」もそのひとつで、私以外のほぼすべての医療者がこれを「do」と書いて「ドゥー」と発音します。長い単語を略すならわかるのですが、「ディトー」と「ドゥー」をそれぞれ声に出したときにいったいどれだけの差があるというのでしょう。いまだに理解不能です。
他にも、例えば医学用語には「pseudo-」で始まる単語が多く、これをほぼすべての医療者は「シュード」と発音します。素直に「スド」と言えばそれでいいではないか、とずっと思っているのですが、私に同意してくれる医療者はほとんどいません。しかし、興味深いことにこれを「シュード」と発音する医療者以外の人を私は一人も知りません。医療者はあえて「シュード」と読むことにプライドを持っているのでしょうか…。
今回取り上げたい「ジェネラリスト」という単語も私には違和感が拭えません。ジェネラリストの対極にあるのが「スペシャリスト」で、これは私にもよく分かります。何かの専門家のことを指しているわけです。医学の分野では、例えば「彼は心臓弁膜症の手術のスペシャリストだ」とか「彼女は新生児の遺伝性疾患のスペシャリストだ」という言い方をします。
一方、ジェネラリストというのは、おそらく最近使われるようになった言葉で、専門医の反対側に位置する総合診療医、プライマリ・ケア医、家庭医などを指します。(これら3つを厳密に区別すべきだという意見もありますが、ここでは同じものを指すこととし、以降「総合診療医」で統一します)
私がジェネラリストという言葉に違和感がある最大の理由は、この単語を日本人の医師以外から聞いたことがないからです。以前、ベルギーの医師とこの話になったときに、「それはGP(general practitioner)のことだ。普通はgeneralistとは言わない」と指摘されました。米国人の医師にこの話をすると、「意味は分かるが、やはりGP(general practitioner)と言うか、home doctorがより一般的だ」と言われました。つまり、外国人は医師でさえジェネラリストという言葉に違和感を覚えているのです。
この話が興味深いのはここからです。日本人の医師でない知人(会社員)に聞いてみると「ジェネラリストはよく使う」と言うのです。私自身も医学部入学前の90年代前半には4年間の会社員の経験があります。しかし、ジェネラリストなどという単語は聞いたことがありませんでした。ということは、医療者が最近よく使うようになったのと同じように、一般社会でも比較的新しい言葉なのかもしれません。
話はさらに興味深くなります。この男性の会社で使う「ジェネラリスト」は、昔で言う「一般職」とほぼ同義だというのです。私が会社員だった90年代前半には、短大卒でルーチンの事務職をおこなう女性が「一般職」、男性や四大卒で複雑な仕事を担う女性が「総合職」と呼ばれていました。これが男女差別だという意見がでたのでしょうか。現在はこういう呼び方はあまりしないと聞きます。
話はまだ続きます。知人男性によると「ジェネラリスト」は呼び方を替えても結局一般職と同じような職種であり、率直に言えば「簡単なルーチンワークをする人」を指すことが多いそうです。
なぜこの話が面白いかというと、医療界の意見と似ているからです。医師の間でも、例えば「心臓外科専門医」「脳外科専門医」といった人たちがなんとなくエライような雰囲気があり、なんでも診る総合診療医は一番「下」にみられることがあります。そういう専門医がよく使う言葉は「多芸は無芸」です。なにかひとつのことを極めるのが最も優れた医師であり、どのような疾患も診る医師は結局専門性がなく何もできないのと同じだ、という考えです。
もちろんこれは極めて極端な意見で、実際は「専門医」と「総合診療医」がいがみ合っているわけではありません。ですが、やはり医師の”花形”は「専門医」であると考える風潮は存在します。実際、医師の多くは、人数不足が明らかな総合診療医には関心がなく、分野によってはすでに飽和している専門医を目指すのです。(だから、「医師は余っている」と言う医師はたいてい専門医で、「足りていない」と考えているのは総合診療医なのです)
ところで、ジェネラリストという言葉は欧米ではどのように使われるのでしょうか。先に紹介した欧米の医師たちは「意味は分かるが使わない」と言っていました。英英辞典の『Oxford Living Dictionaries』(オンライン版)をみてみると「A person competent in several different fields or activities.」(いくつかの異なった領域や活動において有能な人)と書かれています。つまり、私の知人が言うようなルーチンワークのみをこなす「一般職」とはまったく正反対であり、competent(有能な人)を指しているのです。「多芸は無芸」ではなく「多芸は多芸」が英語本来の意味というわけです。
これですっきりとします。なぜジェネラリストという単語が欧米では使われないのか。その答えは「そんな人、めったにいないから」です。いくつもの領域で「competent(有能な人)」はそうそういませんし、いたとしても自分から「私はいくつかの分野で優れた能力を持っています」とは言わないでしょう。一方、スペシャリストが自己紹介をするときは「自分の専門は〇〇〇です」という言い方をするわけで、そう聞くと「この人は日ごろ〇〇〇に取り組んでいるんだな」と理解できます。同時に、「他のことにはそれほど熟知していなくて当然」と認識します。
医師の世界で言えば、「私は総合診療医です」と言えば、「この医師は日ごろ患者さんから最も近い立場にいて、患者さんの話に耳を傾け、難治性・重症性の疾患に遭遇した時は専門医を紹介しているんだな」と理解します。これが総合診療医の定義と考えて差支えありません。『Oxford Living Dictionaries』の定義を基準とすると、もしも「私はジェネラリストです」と言えば、「ん?、この人は難易度の高い心臓弁膜症の執刀もおこない、稀な遺伝性疾患のカウンセリングもできて、iPS細胞を用いたパーキンソン病の治療もおこなえて…、ということ??」となってしまいます。もちろんそんな医師は存在しませんから、自分から「ジェネラリストです」などと言えば、人格が疑われることになりかねません。
このように同じ「ジェネラリスト」という言葉で想起される人物像が使用者によりまったく異なります。まとめてみると、私の会社員の知人がいう「ジェネラリスト」は、比較的簡単なルーチンワークのみをおこなう職種のことで、昔でいう「一般職」に相当します。日本の医師がいう「ジェネラリスト」は「総合診療医」のことで、患者さんに最も近い位置にいる医師です。そして、欧米人(医師も含めて)がいう「generalist」は、複数のことがらに極めて高い能力を発揮する、まさに「スーパーマン(ウーマン)」のことなのです。
これだけ意味が異なればもはや会話が成り立たなくなる可能性があります。「一般職」をジェネラリストとするのは「和製英語」でしょうし、日本の医師がいうジェネラリストも欧米の医師は使いません。和製英語のすべてがいけないわけではありませんが、やはり呼び方を替えるべきではないでしょうか。私は日本の医師との会話でも「ジェネラリスト」という単語は用いずに「GP」「総合診療医」「プライマリ・ケア医」などと言います。
企業の「ジェネラリスト」に替わる適当な表現は思いつきません。興味深いのは、ビジネスの現場では、医師の世界とは異なり、「一般職」に対極するのが「総合職」であり「専門職」でないことです。私はビジネス界におらず口を出す立場にありませんが、就職活動をする学生はややこしくならないのでしょうか…。
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