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2015年7月31日 金曜日
2015年7月31日 運動は心房細動のリスクを上げる?下げる?
運動が健康にいいのは明らかですが、度を過ぎると健康を害します。
ここ数年間のマラソンブームで市民ランナーが大幅に増加しました。もちろんこれは歓迎すべきことなのですが、なかには限度を超して「マラソン中毒」に陥っている人もいます。彼(女)らの多くは、走行距離のみならず体重や食事内容も厳格にコントロールしていて、シェイアップされた身体のラインは大変美しくいかにも健康的です。
しかし落とし穴はないのでしょうか・・・。
適正体重を維持し運動を続ければ、心筋梗塞や脳梗塞などの心血管系疾患のリスクを大幅に下げることができます。しかし、不整脈、とくに心房細動と言われる不整脈については注意が必要です。
実際、過度な運動負荷で心房細動が増えるという研究(注1)もありますし、日頃みている患者さんのなかで本格的な(元)ランナーで心房細動がある人がいます。心房細動とは心臓の一部が小刻みに震えることにより脈が不整となり血栓(血のかたまり)ができる不整脈です。この血栓が脳につまると脳梗塞を起こします。(長嶋茂雄さんがこの脳梗塞をおこされました)
運動は心房細動のリスクを下げる・・・。
これは医学誌『Circulation』2015年5月26日号(オンライン版)に掲載された研究(注2)です。
研究の対象者は64,561人(平均年齢は54.5歳、女性が46.6%、64%が白人)とかなり大規模です。追跡期間は中央値が5.4年で、その間に心房細動を新たに発症した例は4,616人だったそうです。
(激しいものではなく)適度な運動をすれば心房細動のリスクを下げることができるという研究は過去にもありましたが、この研究が興味深い理由は、運動負荷を上げれば上げるほど心房細動のリスクが下がるという結果がでているからです。
運動を表す単位はMETsですが、このMETsが1ポイント上昇すると、心房細動の発症リスクが7%低下するという結果がでています。METsが6未満のグループを基準とすると、METs6~9でリスクが20%減少、METs10~11で40%減少、METs11以上では56%もリスクが低下しています。
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METsに興味がある方は詳しい表(注3)を参照してほしいのですが、目安として、時速6km(速めのウォーキング)1時間で6メッツ、時速8km(ゆっくりのジョギング)1時間で8メッツ、時速10km(適度な速度のジョギング)1時間で10メッツ、時速12km(本格的なランニング)1時間で12メッツ、とすると覚えやすいと思います。
これまでは激しい運動は心房細動のリスクを上昇させるという意見が多く、心房細動以外にも、過酷な運動が敗血症(全身に細菌が蔓延する危険な状態)になるリスクが上がるとする研究もあります。
一方、この研究では運動がハードであればあるほど心房細動のリスクを下げるとしており、日頃ハードなトレーニングをつんでいる人にはほっとする研究に思えるでしょう。
しかし喜ぶのは少し早いかもしれません。この研究ではトレッドミル(フィットネスクラブなどにあるランニングマシーン)を用いて医療者の管理の元で運動がおこなわれています。医療者が厳格に運動量を管理しているために研究の信憑性は高くなります。しかし、(論文にははっきりとは書かれていないものの)運動時間はそう長くなくおそらく1時間程度でしょう。(METsは1時間の運動量です)
ということは、時速12kmを1時間、つまり1時間に12km程度を走る運動であれば心房細動のリスクを下げることができたとしても、この速度でフルマラソンを走りきったときのリスクについては分かりません。
運動のやり過ぎは危険性を孕んでいるとみなすべきだと私は考えています。
注1:この研究の論文のタイトルは「Atrial fibrillation is associated with different levels of physical activity levels at different ages in men」で下記のURLで概要を読むことができます。
http://heart.bmj.com/content/early/2014/03/25/heartjnl-2013-305304.abstract
注2:この論文のタイトルは「Cardiorespiratory Fitness and Risk of Incident Atrial Fibrillation: Results from the Henry Ford ExercIse Tesing (FIT) Project」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://circ.ahajournals.org/content/early/2015/04/22/CIRCULATIONAHA.114.014833.abstract
注3:例えば国立循環器病研究センターの下記のページが分かりやすくまとめられています。
http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/general/pamph90.html
参考:
医療ニュース(2014年6月2日)「オリーブオイルで心房細動が予防できる可能性」
メディカルエッセイ第142回(2014年11月)「速く歩いてゆっくり食べる(後編)」
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|2015年7月27日 月曜日
2015年7月27日 「食べる順番ダイエット」は効果あり
診察室でダイエットの指導をおこなうことがよくあります。患者さんのなかには「やせぐすりをください」と言う人がいますが、このようなものはよほどのことがない限り使うべきではありません。日本で認可されている唯一のやせ薬マジンドール(商品名は「サノレックス」)は、覚醒剤に似た成分で、服薬している間は食欲が抑制されるためにたしかにやせはしますが、多くのケースでリバウンドがおこりますし、なかにはこの薬がきっかけで覚醒剤に手を出す人もいます(注1)。
ここ数年間の流行は「糖質制限」で、たしかに成果を出している人もいます。しかし、当院の患者さんでいえば半年から1年もすればリバウンドしている人の方が多いような印象があります。また、リバウンドが強くでて、糖質制限を始める前よりも太ってしまったという人もいます。糖質制限ダイエットはゆるやかなものにすべきであり極端なものは勧められません。
最近はあまり聞かなくなりましたが、何かだけを食べるというダイエットも勧められません。例えば、キャベツだけ食べるとか、納豆だけ食べるとか、そういったものが流行ったことがありましたが、何年も続けている人はほとんどいないのではないでしょうか。
ダイエットは長期戦になりますし、成功した後も再び太ることを避けなければなりません。ですから、ダイエットの基本は、無理なく長期間続けることができなければならない、というものです。
最近「食べる順番ダイエット」の有効性が指摘されるようになってきました。そして、少しずつですが医学的にも実証されつつあります。医学誌『Diabetes Care』2015年7月号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によりますと、肥満を合併した糖尿病患者11名を対象とした研究でこのダイエットの有効性が実証されたようです。
研究で提供された食事は628Kcalで、内訳はタンパク質55g、炭水化物68g、脂質16gです。内容は下記の通りです。
炭水化物:ciabatta bread(チャバタブレッド)(注3)とオレンジジュース
タンパク質:skinless grilled chicken breast(鶏むね肉のグリル)
野菜(と脂肪):vegetables (lettuce and tomato salad with low-fat Italian vinaigrette and steamed broccoli with butter)(レタスとトマトのサラダ、低脂肪イタリアンドレッシング及び蒸しブロッコリー、バター添え)
炭水化物→タンパク質→野菜の順に食べたときと、その逆、つまり、野菜→タンパク質→炭水化物の順に食べたときの食後血糖値とインスリン分泌量が調べられています。
結果は、炭水化物を最後にしたときの方が有意に血糖値が低くなり、インスリン分泌量も少なかったようです。(インスリン分泌量が少ないということは、エネルギーを貯めにくい、つまり体重が増えにくいということです)
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この研究は被験者が11名と少なく説得力がないようにみえるかもしれませんが、「食べる順番ダイエット」は炭水化物の摂り過ぎを自然に防ぐことができます。糖質制限ダイエットのような危険性もなく、誰にでもすぐにでも始めることができる方法ですから、私も患者さんによく勧めています。
もうひとつ、私が勧めている方法は「水ダイエット」です。これは食事の前にコップ1~2杯の水を飲むという極めて単純な方法でそれなりに効果がでる人もいます(注4)。
繰り返しになりますが、ダイエットの基本は「無理なく長期間続けること」です。
(谷口恭)
注1:一部の医療機関では処方していますが、適用はBMI35以上に限られます。BMIは体重(kg)÷身長(m)の2乗ですから、例えば身長160cmの人であれば、BMI35以上ということは89.6kg以上となります。また、ごく一部の医療機関ではBMI35未満でも自費診療で処方しているという「噂」を聞いたことがありますが、これは危険です。
注2:この論文のタイトルは「Food Order Has a Significant Impact on Postprandial Glucose and Insulin Levels」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://care.diabetesjournals.org/content/38/7/e98.full?sid=f49e4590-a7ed-4f80-b049-1c6ec2ce3012
注3:「ciabatta bread」というものは有名なのでしょうか。私は初めて聞く単語だったのでネット上で調べてみました。日本語ではチャバタブレッドというそうです。写真でみる限り、パスタを注文したときに一緒にでてくるパンのような感じです。
注4:下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第94回(2010年11月)「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」
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|2015年7月21日 火曜日
第150回(2015年7月) スマホで健康管理
家でも血圧を測って記録したものを毎回持ってきて下さいね。
これは私が高血圧の患者さんに言っていることです。きちんと測定結果を手帳に記載して持ってきてくれる人は全体の2割くらいでしょうか。なかには、エクセルを駆使してきれいな表にして持ってきてくれる人もいて驚かされますが、「書くのがめんどうくさい」と言って記録をしない人の方が多いのが現実です。
きちんと記録しないとダメですよ、と私は一度も言ったことがありません。朝晩2回の記録というのは慣れればできないことはないでしょうが、やはりそれをできる人が優秀なのであって、できないから劣っているというわけではなく、むしろそれが普通でしょう。私自身も、毎朝毎晩自分の血圧を記録しなさい、と言われてもおこなえる自信がありません。
しかし、スマホを用いて血圧の管理がおこなえるシステムがあります。広告や特集記事などを私自身は見たことがないのですが、これは間違いなく普及すると私はみています。一種の「医療革命」と言ってさえいいと私は思っています。
早速私自身も血圧計を購入し、アプリをダウンロードして記録を開始してみました。こんなにも便利なのか・・・、と驚いています。自動血圧計ですから、自分でマンシェットを上腕に巻くことができます。マンシェットがとても工夫されていてすごく簡単に巻けることにも驚きました。そしてボタンを押せば血圧と脈拍数が測定され画面に表示されます。次にスマホのアプリを立ち上げて「データ転送」を押すだけです。これで日々のデータが記録されグラフにもなります。
これからは、医療機関を受診時にスマホを見せるだけでよくなり、面倒な血圧の記録は必要なくなります。このようなスマホ連動型の血圧計は少し値段が高いかもしれませんが従来のものとそれほど変わるわけではありません。
スマホを用いた健康管理は血圧だけではありません。今回はそれを述べたいのですが、少し脱線してみましょう。
スマホ(スマートフォン)が登場したのは2000年代の頭くらいでしょうか。私は携帯電話を90年代半ばから持ってはいましたが、元々電話があまり好きでないこともあってほとんど発信用としてしか使っていませんでした。携帯メールというものも私はほとんど利用したことがありませんでした。パソコンの方が文字をうちやすいですし、わざわざ携帯を使ってメールしなければならないような緊急性の高い用があるのであれば電話をすべきだからです。
スマホが登場したときも興味がまったく沸かず、自分には関係ないものだと思っていました。ただ、タブレットが出てからは出張時、旅行時には必ず持参するようになり、それまで必ず持参していたノートパソコンが不要になりました。学会出席時には、以前はノートをとり、ホテルに戻ってからノートパソコンに記載していたのですが、タブレット(iPAD)を持つようになってからはその場でiPADでメモを取ります。そしてその場でパソコンに転送します。これで随分と時間が節約できます。
それだけではありません。英語の講演を聞くときに単語が分からないことがあります。そんなときは直ちにタブレットにいれてある英語辞典や英英辞典のアプリを参照します。日本語の講演でも難解な専門用語について知識があやふやなことがあります。そんなとき、その場でインターネットを用いて調べることができます。
学会に参加しているときは、空き時間に新聞や雑誌を読んだり、自分が発表する資料や原稿を作成したりもしますが、これらもタブレット1台でできます。移動の飛行機や新幹線のなかではkindleを立ち上げて本を読むこともできます。「真の本好き」の人たちは、本は電子書籍でなくて従来の紙の本で読むべき、と言いますが、私はスペースを取らないという理由でkindleを支持しています。本好きの人には失礼ですが、私は既存の本の大半は電子化してしまって紙の本は最小限にすべき、と思っています(注1)。
長い間私はスマホを持たずに従来の携帯電話とタブレットの2つを持っていましたが、外出先でパソコンのメールを簡単に参照できるのは便利と考えiPhone 6を購入しました。そしてiPhone 6 Plusが出たときに「これだ!」と思って飛びつきました。iPhone 6では小さすぎて文字を打つのが困難でしたが、iPhone 6 Plusのサイズなら入力できます。
さて、少しずつ話を健康のことに戻していきます。スマホはポケットに入るサイズでありながら地図を表示することができます。従来の地図はいったん立ち止まり広げなければなりませんが、スマホなら(歩きながらは危ないですが)一瞬で地図を見ることができて、しかも現在自分がどこにいるかが瞬時にわかります。
これがなぜ健康と関係があるかというと、ウォーキングやジョギングのときに道に迷わなくなるからです。旅行先で、早朝の街を歩いて(走って)みたいと思う人は少なくないでしょう。こんなとき方向音痴の人は躊躇するでしょうし、ある程度自信のある人でも、斜めに走った道やカーブの多い道が続くとホテルまで戻るのが困難になることもあるでしょう。また、海外であれば標識が不充分であったり、英語表記でなく現地の言語でしか表示されていないこともあったりします。そういった場合でもスマホがあれば道に迷わなくなります。つまりどれだけ方向音痴の人であっても、初めての土地で、それが海外であったとしても、ウォーキングやジョギングが楽しめるのです(注2、注3)。
冒頭で血圧をスマホで管理すれば便利という話をしました。しかし健康に関する数値を血圧だけに限定するのはもったいない話です。自分が毎日どれくらいのエネルギーを消費しているのか、つまり消費エネルギーを知りたい、と考えている人は大勢いると思います。摂取カロリーは、ある程度の栄養学の知識があれば概算できるでしょうが、消費エネルギーを計算するのは簡単ではありません。
そこで便利なのが「活動量計」です。これをポケットに入れておくと日々の消費カロリーが分かります。よくできた器種になってくると「消費カロリー」や「歩数」以外にも「早歩きの歩数」や「階段上がり歩数」なども表示されます。もちろん活動量計はスマホにデータ転送します。
体重も管理できます。さすがに体重計を出張先に持っていくことはできませんが、自宅にいるときは毎日測定しそれをスマホにデータ転送すると瞬時にグラフがでてきます。記録ダイエット(レコーディングダイエット)というのは毎日食べたものを記録していく方法だそうですが、スマホで体重を管理するだけでもダイエットができるという人もいます。
血圧、体重、消費カロリーが1つのアプリで管理できるのは大変便利です。これからの時代、このデータを定期的に医師に送ることで診察を済ませることができるかもしれません。あるいは、まだ薬を飲んでいない段階であれば、コンピュータがデータからその人にあったアドバイスができる時代になるかもしれません。いえ、これはやろうと思えばすぐにでもできるでしょう。
おそらく次に登場するのは、睡眠中の酸素飽和度の測定器だと私はみています。睡眠中の酸素飽和度を知ることで、睡眠時無呼吸症候群の危険性を知ることができます。現在、睡眠時無呼吸症候群の検査は、1泊入院しておこなうのが一般的です。自宅でおこなえるものもあるのですが、まずは医療機関を受診しなければなりませんし、いろいろと手間がかかります。数年以内に、睡眠中の酸素飽和度を測定することができて、睡眠時無呼吸症候群のリスク判定までできる器械が登場すると私はみています。
心電図の管理もできるに違いないと考えていたところ、こちらはなんとすでに開発されていました。2015年6月にブリュッセルで開催された「IMEC Technology Forum 2015 Brussels」というフォーラムで、心電図が測定できるTシャツが披露されたそうです。データはもちろんスマホで管理できるようです。
この他では、詳細な脳波までは測定できませんが、睡眠の程度を測定することができる器械があります。また、いちいちスマホをかざすのが面倒でしょうが、食べるものをうつすことで摂取カロリーが計算されるような技術も登場してくるでしょう。まだ実用化されていませんが、針を刺さずに血糖値を計測する技術が現在開発中と聞きます。これに成功すればいずれスマホで血糖値の管理ができるようになるでしょう。
さらに、すでに登場しているスマホのウェラブル型が進化すると、ただ装着しているだけで、血圧、脈拍数、消費カロリー、酸素飽和度、血糖値、睡眠の深さなどがすべて管理できるようになるかもしれません。ここまでくれば誰もが「医療革命」という言葉に納得するでしょう。
繰り返しになりますが、血圧、体重、消費カロリーはすでに簡単にスマホで管理できる時代に入っています。興味のある人は試してみませんか。
注1:ただし例外はあります。教科書的なものは紙媒体を残すべきでしょうし、電子書籍では書き込みができないという問題があります。電子書籍の欠点を私が痛烈に感じるのは、『Lonely Planet』や『地球の歩き方』といった旅行ガイドです。これらをタブレットで参照するのは非常に困難です。電子書籍が有用なのは「最初から最後まで通して読むことのできる本」であり、何度もあちこちを参照するタイプの本には適しません。
注2:話がそれるので本文では述べませんでしたが、スマホを海外に持っていくと便利なことはたくさんあります。例えば、為替情報のアプリはとても有用で、現地の価格を入れると瞬時に日本円の価格が表示されます。搭乗前に現地の気温や天候を調べることができるのもありがたい機能です。国内線であればスマホをかざすだけでチェックインできますし、国際便でもいまやスマホの画面を見せるだけで手続きをしてくれます。現地ではスマホのアプリの懐中電灯が役に立つこともしばしばあります。また、当院の患者さんのなかには、海外で体調が悪くなったときに、当院にメールで知らせてくれる人がいます。メールで助言できることは限られているのですが、海外で困っているときに日本語の助言が届くと少しは安心できるからなのか、何度も丁寧なお礼の言葉をいただき恐縮することがしばしばあります。
注3:登山をする人にとって地図は必携品です。ビギナーからベテランの登山家まで『山と高原地図』を利用する人が多いと思いますが、これが現在はアプリになっています。私は初めてこれを使ったときに、あまりの便利さに感動し、スマホを持つ手が震えた程です。ただし、山の上では電波が入りにくく、また一気にバッテリーを消耗するという欠点もあります。
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|2015年7月21日 火曜日
第143回(2015年7月) 本当は少なくない睡眠時無呼吸症候群
当初考えられていたよりも実際はそれほど深刻ではなかった、という病気がある一方で、当初考えられていたよりも実は深刻だった、という病気があります。「睡眠時無呼吸症候群」は、そんな病気のひとつではないかと私は考えています。
睡眠時無呼吸症候群という病気は昔からあり、私が医学部の学生の頃にも教科書に載っていました。この病気は簡単にまとめると、「睡眠時に気道が閉塞し呼吸が不規則になり充分な睡眠がとれず、日中に眠気が起こる」というものです。そして、「扁桃が大きい人や肥満の人に起こりやすい」とされています。
しかし、現在の考え方では、この記載だけでは必ずしも正しくありません。「睡眠時に気道が閉塞し呼吸が不規則になり充分な睡眠がとれない」というところは、間違いありません。しかし「日中に眠気が起こる」というのは、たしかに多くの人はそうなのですが、眠気を感じない人がいるのも事実なのです。
眠気を感じなければ何が問題なの?、と思う人もいるでしょう。たしかに自覚症状がなく日常を問題なく過ごすことができれば取り立てて騒ぐ必要はありません。怖いのは、一切の眠気がないのにもかかわらず突然「意識をなくす」ことがあるからです。
もしも運転中に意識がなくなればどうなるでしょうか・・・。実は、自動車事故のいくらかは、本人に病識はまったくないものの睡眠時無呼吸症候群に罹患しており、ある瞬間に突然意識をなくしてしまったから生じたのではないかと言われています。
「病識がない」というのは、自身が睡眠時無呼吸症候群に罹患しているということをまったく知らず、そして意識をなくす直前まで眠気を感じていなかった、ということです。このようなケースでこの人が突然意識をなくし交通事故を起こした場合、罪を問われないケースがあります。実際、過去の判例で「睡眠時無呼吸症候群のために突発的に睡眠した疑いがあり業務上過失傷害罪が成立せず無罪」となっているケースもあります。
あなたがこれから深夜バスに乗って長距離を移動するとしましょう。運転手は経験豊富で病気ひとつ知らない健康優良児、体調も問題なし、健康診断は先月受けたばかり、としましょう。しかし、実際、運転手本人が気付いていないものの実は睡眠時無呼吸症候群を患っており、その夜に悲劇が・・・、ということもあり得るのです。そして、あなたは命は助かったものの重症の傷を負い一生車椅子の生活に・・・、さらに裁判では運転手が無罪・・・、ということもありうるのです。
先に睡眠時無呼吸症候群は「扁桃が大きい人や肥満の人に起こりやすい」と述べました。現在ではこの表現では不充分であることが分かっているのですが、これらが間違っているわけではありません。ならば、運転業務に就く者は健診時に扁桃の診察を受け、体重を測定し、睡眠時無呼吸症候群のリスクがあると判断されれば精密検査を受ければいいではないか、という意見がでてきます。
たしかにその考えは間違ってはいません。睡眠時無呼吸症候群に罹患している有名人でみてみると、力士では白鵬と大乃国が有名です。彼らは稽古中にも眠気を感じるようになりパフォーマンスが出なくなったそうです。体重が増え脂肪組織が増大したことで気道が細くなってしまったのでしょう。
タレントでは、高橋英樹さん、沢田研二さんが有名でしょう。二人とも中年期以降に体重が増え始めたことが原因ではないかと言われています。
しかし、です。実際にはまったく肥満がないのにもかかわらず睡眠時無呼吸症候群に罹患している人もいるのです。そして、彼(女)らが、日中の眠気を感じていたとすればまだ救われる可能性があります。自身もしくは周囲が異変に気付いて医療機関の受診につながる可能性があるからです。ただし、肥満のない人が日中の眠気を訴えて医療機関を受診したとしてもすぐに睡眠時無呼吸症候群の診断がつく可能性は高くありません。睡眠障害やあるいはうつ病と診断される可能性すらあります。
もしも彼(女)らに、日中の眠気の自覚がまったくなかったとしたらどうでしょう。この場合医療機関を受診する可能性はほとんどありません。そして彼(女)の仕事が運転手で、不幸にも事故を起こしたら・・・。
報道された大きな事件では2008年に愛知県で大型トレーラーが赤信号の交差点につっこんで通行人を死亡させたというものがあります。この事故では最高裁で実刑が確定しましたが、名古屋地方裁では睡眠時無呼吸症候群に罹患していたという理由で「無罪」でした。そして原告は決して肥満ではありませんでした。
もうひとつ、記憶に新しいところでは2012年に関越自動車道でツアーバスが防音壁に衝突し乗客45人が死傷したという痛ましい事故がありました。この裁判では実刑判決がでましたが、運転手は睡眠時無呼吸症候群の診断がつきました。そして肥満ではありませんでした。
やせていても睡眠時無呼吸症候群になっていることがある、そして日中の眠気などの自覚症状がない、となると、どうやって罹患者を見つければいいのでしょうか。電車やバス、タクシーの運転手には全例検査を義務づければいいではないか、という意見もあるでしょう。私もそのように考えています。自覚がなくて通常の健診で見つけられないなら精密検査をするしかありません。
精密検査は、PSG(ポリソムノグラフィ)というものをおこないます。これは1泊して、睡眠中に脳波や呼吸の状態を調べるものです。自宅で器械を装着しておこなう検査もありますが、精度はPSGに劣ります。公共の乗り物の運転手は全員にPSGを実施すべきではないかと私は考えています。
一般の人で、睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるかもしれない、という人は簡易検査でもいいかと思います。しかし簡易検査といっても実際はそれほど”簡易”ではありません。これについて述べる前に、どのような人が検査を検討すべきかを考えていきましょう。
まず扁桃の大きい人や肥満がある人は日中の眠気などの自覚がなくても検討すべきでしょう。また、扁桃が大きくなく肥満がない人でも日中の眠気がある人も検討すべきでしょう。いびきをかく人、特に飲酒後の睡眠でいびきをかく人も可能性があります。これは飲酒で筋肉が弛緩して気道が閉塞している可能性があるからで、こういうタイプの人は解剖学的に気道が狭い可能性があります。解剖学的にはいわゆる「ほそおもて」の人にリスクが高いと言われています。しかし「ほそおもて」というのは見た目の印象に過ぎませんからこれを基準にはできないかもしれません・・・。
それ以外では、疲労感や倦怠感がとれない人(これらと眠気の鑑別は困難です)、抑うつ感がとれない人(あるいはすでに「うつ病」の診断がついている人)、夜間に二度以上尿をする人(睡眠時無呼吸症候群の治療を開始すると尿の回数が減る人がいます)も検査をしてもいいかもしれません。
もうひとつ、検討したいのは血圧が高い人です。特に2種類以上の降圧薬を内服している人は、肥満がなくても疑ってもいいかもしれません。実際、睡眠時無呼吸症候群の治療を始めてから血圧が安定して、降圧剤を中止することができたという人も少なくないのです。
PSGは一泊入院が前提ですからなかなか現実的ではないかもしれません。自宅でできる簡易検査もありますが、これに対応している医療機関はさほど多くなく(注1)普及するまでにもう少し時間がかかりそうです。私自身は睡眠時無呼吸症候群はこれから最も注目されるべき疾患のひとつであり、専門クリニックがもっとつくられるべきだと考えています(注2)。
睡眠時無呼吸症候群の治療はCPAP(シーパップと読みます)と呼ばれる持続的に鼻に酸素を供給する装置のことです。ただしこれが保険適用で認められるのは重症例に限ります。重症でない場合は口腔内に装着する装置を用いることもあります。扁桃が大きい場合は手術で取り除くこともあります。
ただしこれらは大がかりな治療になりますから、予防できる場合は予防が先決です。誰でもすぐにできる方法が「横を向いて寝る」という方法です。もしもあなたと一緒に寝ている人のいびきがうるさいなら横を向けてあげましょう。それだけでいびきが止まってあなた自身もぐっすり眠れるようになるかもしれません。
もうひとつ、多くの人にとってこれが最も重要なのですが、それは「減量する」ということです。CPAPは極めて有効な治療法ではありますが、出張の多い人などは何かと大変です。飛行機に搭乗する場合は事前に航空会社への報告が必要ですし、国際線の場合は、夜間のフライトとなり電源がないということもあり得ますし、なかには持ち込めない場合もあるようです。
先に述べたように、肥満がなくても「ほそおもて」という顔の形だけで睡眠時無呼吸症候群になりやすい人がいるのは事実です。しかし、そうはいっても多くは中年期以降の肥満が原因になっています。思い当たる人は減量を開始しましょう。
注1:当院でも実施していません。当院では必要のある患者さんには睡眠時無呼吸症候群を診療している医療機関を紹介するようにしています。
注2:専門クリニックが不充分ななか、私が期待しているのは、スマホで管理できるパルスオキシメーターです。これは数年以内に市場に登場するのではないかと私はみています。パルスオキシメーターでの計測はPSGに比べると精度が劣りますが、それでも簡単に自宅でできることには意味があります。(スマホを用いての健康管理については下記コラムも参照ください)
参考:メディカルエッセイ第150回(2015年7月)「スマホで健康管理」
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|2015年7月19日 日曜日
2015年7月21日 危険な亜鉛サプリメント
私が医学部の学生だった1990年代後半というのはサプリメントの黎明期と呼んでいいのではないかと思っています。ビタミンがガンを予防し、心臓を強くし、おまけに若返りもできるといった情報が飛び交い、ビタミンの次は、ミネラルがいいとか、微量元素がどうのこうのとか、プロポリス、冬虫夏草、イチョウ・・・、とまるでサプリメントを上手く飲み合わせることによって病気とは縁のない生活が送れると言わんばかりの熱狂だったような印象があります。
当時は医療者の間でもサプリメントに期待する声が多くあり、けっこうな割合で医療者もサプリメントを摂取していたのではないかと思います。サプリメントは今も市場が大きいですし、今でも医療者の中にも購入している人はいるかもしれません。しかし、その後のいくつもの大規模調査で、当初考えられていたような効果は期待できないことがわかり、また有害性もしばしば指摘されるようになり、医療者の間ではあまり話題にも上がらなくなってきています(注1)。
私が患者さんから「今飲んでいるサプリメントを続けてもいいですか」と聞かれたときは、「気に入って飲んでいるなら続けてもいいと思います」と答えていますが、「〇〇を治すためにサプリメントは有効ですか」と聞かれれば、ほとんどのケースで推薦することはありません(注2)。
さて、前置きが長くなりましたが今回危険性を伝えたいのは「亜鉛」についてです。
亜鉛サプリで銅欠乏症となり、貧血、さらには神経症状も出現するかもしれない・・・。
医学誌『Journal of Clinical Pathology』にこのような論文が掲載されました(注3)。研究は英国グラスゴーの病院でおこなわれています。2000~2010年に病院で亜鉛が処方された70例の患者が対象です。
その結果、亜鉛が処方される前に血中亜鉛値が測定されていたのが61%で、このうち37%が低値だったそうです。しかし亜鉛低値を示した76%は、他の疾患の影響による亜鉛欠乏、つまり亜鉛を補給するのではなく元の疾患を治すことが先決である状態であることが判ったようです。
亜鉛を取り過ぎると銅の吸収が阻害されることが分かっています。しかし血中銅濃度が測定されていたのはわずか2例のみだったそうです。分析がおこなわれた70例のうち9例(13%)に、銅欠乏が原因の貧血、白血球減少、神経症状などが認められたそうです。
ちなみに銅欠乏による神経症状はある程度進行すると回復しないこともあります。
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亜鉛のサプリメントで謳われている効能として「精子が増える」や「髪が太くなる・増える」というものがありこれらは男性の購買欲を高めますし、「肌がきれいになる」「ニキビを防げる」などは女性の気を引きます。また、味覚低下が気になる人という人で積極的に亜鉛サプリメントを摂取している人もいます。
では、亜鉛サプリメントを摂取している人で、実際に亜鉛が欠乏している人はどれくらいいるのでしょうか。亜鉛が含まれる食品として有名なものに牡蠣(カキ)や蛤(ハマグリ)がありますが、こんなものを毎日食べることはできません。すると、サプリメントから摂らなくてはならないのかなぁ・・・、と思ってしまうのも無理はありません。
私は自分の血中亜鉛濃度がどれくらいなのかが気になって調べてみたことがあります。そのときの私の食生活は、ファストフード、牛丼、インスタントラーメンなどが中心で、とても健康的とは呼べないものでした。牡蠣や蛤のような高級食品はめったにお目にかかれないものでした。
しかし実際に亜鉛の濃度を測ってみると126ug/dLと基準値(66-118ug/dL)を越えていたのです。もしも「食生活が不健康だから亜鉛が不足しているに違いない」と思い込んで亜鉛サプリメントに手を出していたら大変なことになっていたかもしれません。
私の一例だけで判断することはできませんが、世の中の「自分は亜鉛不足に違いない・・・」と思っている人で実際に不足しているという人はそう多くはないのではないでしょうか。
だとすると危険です。今回紹介した論文が正しいならば、気付かないうちに銅が欠乏し貧血や取り返しのつかない神経症状が出現するかもしれません。
亜鉛のサプリメントを考えている人は購入前に主治医に相談すべきでしょう。
(谷口恭)
注1:サプリメントや健康食品の正確な情報を知るには下記のサイトが適しています。
注2:誤解が多いのでここで説明しておくと、ビタミンやミネラル、あるいは微量元素が健康維持に必要なのは紛れもない事実です。しかし、これらをサプリメントで摂っても有効であることは少なく、むしろ有害性がある場合もあるのです。つまり、ビタミンやミネラルはサプリメントからではなく食品から摂るべきということです。お金はサプリメントではなく、新鮮な野菜・果物などに使うべきなのです。
注3:この論文のタイトルは、「The risk of copper deficiency in patients prescribed zinc supplements」で、下記URLで概要を読むことができます。
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|2015年7月15日 水曜日
2015年7月15日 電子タバコ、未成年には禁止すべきでは?
電子タバコの危険性については、このサイトでも何度か指摘していますが、依然利用者は減らないようで、法的規制がないことから未成年にも広がっているようです。
この度、厚生労働省の研究班は、電子タバコから通常のタバコに含まれる濃度を上回る発がん性物質が検出されたことを発表しました(注1)。
研究班が国内で流通している9種の電子タバコを調べたところ、4種から発がん性物質であるホルムアルデヒドが検出されたそうです。さらにそのうち2種は紙巻きたばこの濃度を上回っていたようです。一方、ニコチンについては約100種のうち8種から検出されたものの微量だったそうです。
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ホルムアルデヒドをそんなに含むものがあるなら、少なくとも未成年には直ちに規制すべきだと思われますが、現在の法律ではニコチンを含まない製品であれば購入を規制することはできないようです。
日本経済新聞2015年6月14日朝刊によりますと、現在電子タバコは世界で400種類以上あり、2013年の市場は約30億ドル(3600億円)だったそうです。2030年までに現在の17倍に増えるとの予測もあるそうです。
明らかに危険と判っているものを規制せずに静観するのは問題だと思いますが、なぜこんなにも厚労省の対応はのんびりしているのでしょうか・・・。
(谷口恭)
注1:この報告は議事録のかたちで下記のURLで読むことができます。しかし、はっきり言うと非常に読みにくい議事録です。もう少し分かりやすくまとめることはできないものでしょうか・・・
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000088825.html
参考:医療ニュース
2013年10月5日「電子タバコは本当に有効なのか」
2009年7月31日「「電子タバコ」はやはり危険!」
2008年9月26日「「電子タバコ」に要注意!」
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|2015年7月10日 金曜日
2015年7月 お金に困らない生き方~4つの秘訣~(前編)
以前このサイトの「医療ニュース」で、最大のストレスは「お金がないこと」とする米国心理学会(American Psychological Association, APA)の研究結果を紹介したことがあります(注1)。
3千人以上の米国人を調査した結果、ストレス源の第1位が「金銭上の悩み」であったというのがその研究の最大のポイントです。私はその「医療ニュース」で、以前タイで知り合った日本人男性のことを述べました。
その日本人男性は私が知り合った当時は40代半ばで、リストラで職を失い、就職活動がうまくいかないことから不眠と抑うつ感が強くなり、知人のすすめで精神科を受診したそうです。いくつもの薬を試したけれど不眠が多少改善されるだけで抑うつ感や不安感は払拭できなかった、とその男性は話していました。
住み込みで働けるタイのあるエイズ施設にやってきて、抑うつ感はかなり解消されたけれど将来のことを考えると絶望的な不安感を感じる・・・、と話していました。この男性の言った次の言葉を私は忘れることができません。
「一生食べていける大金をもらえるか、安定した仕事に就けるなら、僕のうつ病はすぐに治ります。世の中のうつ病の大半は単にお金がないことが原因なんですよ・・・」
うつ病の原因は医学的にもよく分かっていないところもありますが、様々な要因があり、これは極端な考えです。しかし、私はこの男性のこのコメントに反論できませんでした。日頃みているうつ病を発症した患者さんのことを思い出してみると、職場のストレスがきっかけ(この男性と異なり昇進したことがきっかけでうつ病を発症する人も少なくありません)、離婚がきっかけ、病気(特に悪性腫瘍)がきっかけ、ペットの他界がきっかけ、というケースもありますし、まったく要因が分からないということも少なくありません。
しかし、どのような境遇のうつ状態であれ、どのようなことがきっかけであれ、もしも一生食べていけるだけの大金が与えられればうつ状態が改善する人は多いかもしれない、と私はこの男性の言葉を聞いて感じたのです。
現在の私はタイに渡航できるのはせいぜい年に一度で、それほどタイに詳しいわけではありません。しかし、いろんな方面から情報が入ってきて、日本ではあまりお目にかかれないような変わったタイ在住の日本人の話をしばしば聞きます。
今からお話するのは、60歳前後の落ちぶれた日本人男性の話です。私はこの男性の名前や出身地、日本で過去に何をしていたかなどの正確な情報を持っていません。この男性についての情報は多数あり、バンコクの食堂の屋根裏に住まわせてもらっていた、とか、イサーン地方(東北地方)で野宿をして暮らしていた、とか、そういう話がいくつかあり、つくり話なのかもしれませんし、あるいは同じような境遇の人が複数いるのかもしれません。
まったくの一文無しだとビザが更新できないという問題もありますから、この話は架空の「都市伝説」みたいなものかと考えたこともあるのですが、タイ在住の日本人が読む新聞や雑誌にも、「タイ人に食事を恵んでもらい生き延びる哀れな日本人」のような感じでこの男性のことが取り上げられたことがあるという情報もあり、結論を言えば、私はこの話は実話だと思っています。
それはこの話の結末が、さもありなん、と思えるものだからです。この男性の転帰はとてもドラマティックで、一文無しから一気に金持ちになります。この理由が分かるでしょうか。宝くじに当たったわけでもありませんし、金持ちの奥さんを見つけたわけでもありません。もったいぶらずにその理由をお伝えしましょう。
それは「年金が支給されだした」というものです。この男性はタイで放浪する前には日本でまともな暮らしをしており年金を払っていたのです。年金が支給されだしてからは金回りがよくなり、イサーン地方で家を建てた、という情報もあります。
いくら何でも年金だけで家が立つはずがない、と感じる人もいるでしょうが、私はまんざら嘘でもないのでは、と思っています。バンコクでは到底無理ですが、以前私の知人のタイ人がイサーン地方のある県で、1ライ(ライとはタイの土地の単位で1ライで40メートル四方です)を5万バーツ(約15万円)で買って家を建てると言っていました。
家屋を建てるのにお金がいるのでは?と尋ねると、1万バーツ(約3万円)で建てられると言っていました。村の若者がみんなで手伝ってくれるので、タイルや木材、セメントなどの材料費と彼らにふるまう料理と酒代だけで済むというのです。
タイでは日本人を含めて外国人は土地を買うことはできません。しかし土地を買って家を建てる方法がないわけではありません。どうするかというと、タイ人と結婚するのです。「少し前までホームレスだった60代の日本人男性と誰が結婚してくれるの?」と思う人もいるでしょうが、60代であろうが70代であろうが日本人の高齢の男性がタイ人の若い女性と結婚したという話はいくらでもあります。
そのなかの多くは、若い女性がお金目的であることに気付かず、いつのまにか全財産をタイ人の若い奥さんと親戚にむしり取られて一文無しとなり日本に帰国せざるをえない、という人たちです。しかし「真実の愛」を育み仲睦まじく過ごしているカップルがいるのも事実です。この男性が今も幸せに暮らしていることを祈りたいと思います。(土地を買ったというのも噂の域を超えませんし、タイ人の奥さんがいるというのは私の勝手な憶測に過ぎませんが・・・)
話を戻しましょう。実は私はこの「タイで突然金持ちになった日本人男性」の話を最近日本で起こったある事件を聞いて思い出しました。
2015年6月30日、東京都杉並区在住の71歳の男性が新幹線の中で焼身自殺を図りました。他人も死に至らしめたこの事件を許すわけにはいきませんが、私が一連の報道をみていて最も気になったのが、7月1日の日経新聞夕刊で報じられた「35年間払っているのに(年金を)24万円しかもらえない。税金や光熱費を引くとほとんど残らない」という容疑者が話していたという言葉です。年金は2ヶ月毎に支払われますから1月あたり12万円ということになります。
おそらくタイで突然金持ちになった日本人男性も月あたりの収入は同じくらいだったと思われます。同程度の年金による収入だったのにもかかわらず、ひとりは悲観して新幹線で焼身自殺、ひとりは若い奥さん(私の想像ですが)と一戸建てのマイホーム暮らし(これも勝手な想像ですが)ではあまりにも違いすぎます。
紙面が尽きてきたので、そろそろ今回のまとめに入ります。お金がないことが大きなストレスになることはほぼ間違いなく、抑うつ状態の人の何割かはもしも大金が手元にあれば苦しみから解放される可能性があります。
人生の価値はお金で決まらない、は真実ですが、お金がないと精神衛生上よくなくて抑うつ状態、さらには自殺につながることもある、というのも事実です。
ではお金に困らないように生きるにはどうすればいいのでしょうか。私はこのコラムで4つの秘訣を提案したいと思います。その1つは、タイで突然金持ちになった日本人のエピソードからわかるように「年金」です。
しかし、同じように年金をもらっていた杉並区の男性は自殺を選んでいます。この差はどこにあるのでしょうか。次回はそこから述べていきます。
注1:下記を参照ください。
医療ニュース2015年3月13日「最大のストレスは「お金がないこと」」
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