はやりの病気

2026年9月10日 木曜日

第277回(2026年9月) 睡眠時無呼吸、認知症のリスクも予想以上に深刻

 「はやりの病気」の5月号と6月号は片頭痛、7月号は低用量ピル(OC/LEP)、8月号はアトピー性皮膚炎とじんましんの治療について、過去20年間で大きく変わったことを取り上げました。これらはいずれも治療法は大きく変わったものの、疾患の概念や特徴自体には変化がありません。他方、疾患そのものの基本事項や概念が大きく変わった疾患もあります。今回取り上げる睡眠時無呼吸症候群(SAS=Sleep Apnea Syndrome)(以下、「睡眠時無呼吸」)もそのひとつです。

 谷口医院を開院した2007年当時から睡眠時無呼吸の存在は知られていましたし、重症例にはCPAP(=Continuous Positive Airway Pressure=持続的陽圧呼吸療法)と呼ばれる、睡眠中に器械で空気を送り込む治療が使用されていました。気道が閉塞して空気が吸えないのだから圧力をかけて空気を肺に押し込めばいい、という極めて単純な発想から生まれた器械です。決して軽いものでも小さいものでもなく持ち運ぶのは困難です。そのため出張が多い患者さんには不評で、特に海外渡航が多い人に説明すると嫌がられることも多々ありました。

 ところが、いったん使用を開始すると、ぐっすり眠れるようになるだけではなく、日中の疲労感が大きく減少し、おまけに体重は減り、血圧が下がり、といいことばかりになり「こんなに優れたものならもっと早めに使っていればよかった」とコメントする人が少なくありません。

 しかしながら、そうは言っても、診断にたどりつくのは一苦労で、当時は専門的に治療している医療機関で一泊入院してもらって検査を受けなければなりませんでしたし、器械の導入にはやはりそれなりの抵抗を感じる人が多かったのは事実です。

 ここで、先に進む前に基本事項を補足しておきましょう。通常「睡眠時無呼吸」というと「閉塞性無呼吸」(OSA=Obstructive Sleep Apnea)のことを指します。これは単純に(例えば扁桃肥大や肥満、あるいは持って生まれた解剖学的な特徴のせいで)気道が閉塞し、睡眠時に空気が吸えなくなる状態です。他方、「中枢性無呼吸」(CSA=Central Sleep Apnea)という概念があります。例えば心不全や脳機能障害などの基礎疾患があって、その結果呼吸がうまくできない状態を指します。この場合もCPAPを使うことがありますが、空気ではなく酸素や薬剤を使うこともあります。もちろん基礎疾患の治療もしっかりおこなわねばなりません。頻度としては圧倒的に閉塞性無呼吸が多く、ここでの話も閉塞性無呼吸を前提として進めています。

 もう1つ、念のため補足しておくべきことがあります。CPAPで送り込むのは普通の空気です。ときどき酸素吸入と間違えている人がいますが、それはまた別の治療です。CPAPは単純に空気を送り込むだけの装置です。流入の圧も通常は一定です。APAP(=Auto CPAP)といって患者の状態に合わせて空気圧が変わるタイプのものもあり、少しずつ普及してきていますが、最初に試すべきは従来のCPAPです。

 谷口医院では、以前は睡眠時無呼吸を疑った患者さん、あるいは自己申告があった患者さんに対しては入院して検査を受けられる病院を紹介していたのですが、2023年の移転時に谷口医院で検査を実施し、CPAPも谷口医院で開始するようにしました。

 「谷口医院で検査」といっても、谷口医院に入院してもらうわけではありません。手続きをすると、CPAPのメーカーから患者さん宅に睡眠時無呼吸を調べる器械が送られてきます。使用方法は極めて簡単で、説明を読みながら患者さんが自分自身で検査をします。するとデータはメーカーから谷口医院に送られてきます。患者さんとしては、メーカーから器械が届くのを待つ → 器械を装着して一晩寝る → 器械をメーカーに返却する → 谷口医院を再診して結果を聞く、という流れになります。

 検査を受けると睡眠時無呼吸の状態が点数で評価されます。その指標をAHI(=Apnea–Hypopnea Index=無呼吸低呼吸指数)と呼びます。通常、クリニックでは簡易検査をおこないますので、AHIの前にp(=portable)がつき、pAHIと呼びます。谷口医院で実施しているのは簡易検査で、ここからは(AHIでなく)pAHIで話を進めます。

 pAHIは数値が高いほど睡眠時無呼吸の重症性が高いことを示します。そして一定の数値を超えればCPAPの適応となります(保険適応になるという意味です)。この基準が最近変わりました。今年(2026年)の5月まではpAHIが40を超えなければCPAPが使えなかったのですが、これが30まで緩和されました。簡易検査をしてpAHIが30を超えればそれなりに重症の睡眠時無呼吸とみなされCPAPが使えるようになったのです。

 ではCPAPが、例えば10程度なら問題がないのかというと、そういうわけではありません。29.9が正常でないのは分かるでしょうが、pAHIが10であっても、就寝時に空気がうまく吸えていない時間があるはずです。一応の基準としてはpAHIが5未満なら正常です。

 では、pAHIの値が5から29.9のときはどうすればいいのでしょうか。結論からいえば、最もお勧めしたいのはマウスガード(マウスピース、ナイトガードとも呼びます)の利用です。歯科医院を受診してもらってオーダーメイドのマウスガードをつくってもらうのです。通常は保険診療の対象となります。歯科医院は自身で探してもいいですし、医療機関から紹介することもできます。

 谷口医院の経験でいえば、このマウスガードがすこぶる評判がいいのです。睡眠時無呼吸の状態が改善することがもちろん最大の理由ですが、意外なことに(よく考えると意外でもなんでもないのですが)一緒に寝ているパートナーからの評判がすごくいいのです。横に寝ているパートナーがいびきをかけば、それが仰臥位(仰向け)なら身体を横にすればいびきは止まることが多いのですが、なかには体位に関係なくいびきをかくという人もいます。ですから、最近当院ではマウスガードに抵抗がある患者さんに「一緒に寝ているパートナーのためにもつくってみませんか」と案内することもあります。

 医師が歯科領域の話をするのは越権行為かもしれませんが、私は個人的に大勢の患者さんにマウスガードを推薦しています。睡眠時無呼吸以外にも、歯ぎしりが気になる時、顎関節症がある場合などは特に強く勧めています。なにしろ使用するだけで熟睡できて、翌日の疲労感がなくなって、おまけにパートナーからも感謝されるのですから。

 それに、睡眠時無呼吸の改善によるベネフィットは「翌日の疲労感解消」だけではありません。前半にも述べたように、肥満が解消され、血圧が下がり、血液検査のデータも軒並み改善します。さらに、最近は認知症のリスクが軽減することも分かってきました。2026年6月29日に医学誌「Alzheimer’s & Dementia」に掲載された論文「認知機能が正常な中年成人における、自己申告による閉塞性睡眠時無呼吸と認知機能および認知症リスクとの関連(Associations of self-reported obstructive sleep apnea with cognition and dementia risk in cognitively unimpaired middle-aged adults)」を紹介しましょう。

 この研究の対象者は「Healthy Brain Project」と呼ばれる豪州のデータベースに登録されている2,795人です。睡眠時無呼吸の有無と、認知症の最大の遺伝リスクであるApoEε4の有無との関係が分析されています。結果は驚くべきものです。

 

 睡眠時無呼吸があるグループは、ないグループに比べ、記憶力が低下し、認知症リスクを評価するCAIDEスコアが高くなっていました。ただし、以前から「睡眠時無呼吸は認知症のリスクになるであろう」という指摘がありましたからここまでは予想できた結果です。驚くべきなのはApoEε4との関係です。睡眠時無呼吸があればε4の有無にかかわらず、CAIDEスコアが高かったのに対し、ε4を持っていて睡眠時無呼吸がないグループではスコアが上がっていなかったのです。

 このことだけを取り上げればApoEε4は認知症のリスクでないのでは?と思いたくなりますが、ε4がアルツハイマー型認知症のリスク要因なのはこれまで何度も実証されてきています。この研究が興味深いのは、ε4の有無よりも睡眠時無呼吸の有無の方が認知症のリスクになるという結果が出たことです。ということはε4をもつ人はそれを替えることはできないわけですが、睡眠時無呼吸を治療することにより、認知症のリスクを大きく軽減させることが期待できるわけです。

 少しでも気になる人はかかりつけ医に相談して睡眠時無呼吸の検査を考えてみてはどうでしょうか。

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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