はやりの病気

2026年5月21日 木曜日

第273回(2026年5月) 片頭痛治療の新たな幕開け~ゲパント薬の登場~(前編) 

 片頭痛の治療の新しい時代が始まった、と言えるかもしれません。歴史に残るような画期的な薬が発売されたからです。その新しい薬の総称は「ゲパント薬」と言います。今回はまず「片頭痛の治療の歴史」を振り返り、それぞれの薬の特徴と欠点を確認していきたいと思います。

 私が医学部の学生だった1990年代後半、頭痛に対してはイブプロフェン(ブルファン)、ロキソプロフェン(ロキソニン)、ジクロフェナク(ボルタレン)といったいわゆるNSAIDs(=Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs=非ステロイド性抗炎症薬)を使うか、決して万人に有効とはいえない一部の漢方薬を用いるか、あるいは依存性と副作用が多いエルゴタミンに手を出すか、といったくらしか打てる手だてがありませんでした。

 問題は「薬がなかった」だけではありません。市販の薬(OTC薬)による依存症が大きな問題を起こしていました。そしてこの問題は今もほとんど解決していません。鎮痛剤は基本的にはどのようなものであれ依存性があります。イブプロフェンでもロキソプロフェンでも、月の半分も飲めばかなりの確率で鎮痛薬依存症になり、さらにこの依存が「薬物乱用頭痛(=Medication Overuse Headache=MOH)という新たな頭痛を引き起こします。

 しかし本当の問題はその先にあります。NSAIDsは薬局でも買えて、そして薬局で売られているNSAIDsには「危険な成分」が混合されていることが多いからです。「危険な成分」は次の2つです。

#1 ブロムバレニル尿素:名著『完全自殺マニュアル』で”推奨”されている自殺方法第一位の薬物。詩人の金子みすゞ、芥川龍之介、太宰治らがこの薬物を用いて自殺を試みたことはあまりにも有名。現在発売されているものでもっとも有名なのは「ナロンエース」

参考:医療プレミア「市販の睡眠薬・鎮痛薬の成分 依存症や死亡の事例も」

#2 アリルイソプロピルアセチル尿素:#1と共に厚労省の「習慣性医薬品リスト」に載せられている医薬品で、この成分が含まれる薬品が医師の処方箋なしで買える国は(おそらく)日本だけ。韓国では2025年4月にこの成分を含む鎮痛剤の同国への持ち込みを禁止し(対象者はほぼ全員が日本人)、航空会社Air Premiaは「麻薬性成分を含む鎮痛剤の持ち込み禁止」を発表。「イブクイック」「バファリンプレミアム」「ロキソニンSプレミアム」「ノーシンピュア」などといった商品名を名指しにして持ち込み禁止を訴えている

 自殺に使うこともできて、強烈な依存性のある薬物を薬局で堂々と売ることに問題がないはずがなく、私は谷口医院を開院してからもう20年にわたりこの問題を指摘し続けているのですが、いまだに「危険性について薬局で説明を受けた」という患者さんを一人も知りません。

 「片頭痛の治療の歴史」の話を進めましょう。NSAIDsくらいしかなかった時代に大きな幕開けとなったのは2000年、イミグランという注射薬の登場でした。この薬は私が医学部の学生の頃に登場した画期的な薬で、社会に広く浸透することが期待されていました。実際、まるで魔法のように効きます。

 以前私がある病院の深夜の救急外来で勤務していた頃、ある男性の患者さんが激しい頭痛で救急搬送されてきました。問診と簡単な診察をして私がまず疑った疾患はくも膜下出血。そこで救急室からCT撮影を手配しました。ストレッチャーに男性を乗せるとき、もしかすると……、と思って本人の同意を得てイミグランを注射しました。すると、わずか数分後、ストレッチャーに載せた男性がCT室に到着する頃には、頭痛がピタっとやんでいたのです。

 こんなにもよく効いてしかも速効性のあるこの注射は、しかしさほど普及しませんでした。この私の救急外来のエピソードはたしか2003年で、当時は医療機関でしか注射ができませんでした。自己注射ができるようになったのは2008年だったと思うのですが、それ以降もさほど普及したとは言えません。その理由のひとつは自己注射に抵抗がある患者さんが少なくないこと、もうひとつの理由は注射剤でなく点鼻薬や内服薬が登場したことです。

 イミグランを含む片頭痛の特効薬を「トリプタン製剤」と呼びます。注射剤と点鼻薬があるのはイミグランだけで、他は内服のみとなります。日本で発売となった歴史を振り返ってみましょう。尚、内服については現在すべて後発品があります(下記のかっこ)。

2000年 イミグラン注射剤

2001年 イミグラン内服(スマトリプタン)
    ゾーミッグ(ゾルミトリプタン)

2002年 レルパックス(エレトリプタン)

2003年 イミグラン点鼻薬
    マクサルト(リザトリプタン)

2008年 アマージ(ナラトリプタン)

 トリプタン製剤は非常によく効きます。私の経験では先に紹介した救急外来でのエピソードが最も印象深いものですが、他にも、割れるような頭痛がスーッとひいていったという話をこれまで何百回と聞いています。トリプタン製剤は間違いなく歴史を変えた薬です。

 しかし、それほどよく効くトリプタン製剤にも欠点があります。以前は値段が高いことが最大の欠点でしたが、後発品の登場でその問題はほぼ解決しました。先発品はどれも1錠1,000円前後(つまり3割負担で300円ほど)しますが、後発品を使えば1錠100円からせいぜい300円程度(3割負担なら40円から100円程度)ですから、この値段を負担できないという人はほとんどいません。

 では今も残るトリプタン製剤の欠点とは何か。それは「効いたとしても頻度が多いなら足らなくなる」という問題です。ですから、正確には「トリプタン製剤の欠点」というよりも「片頭痛の特徴がもたらす苦しみ」といった方がいいでしょう。つまり、トリプタン製剤が効くのはありがたいのですが、頻繁に起こるために薬が足らなくなるのです。ならばたくさん、例えば1日1錠の処方をすればいいではないか、という疑問がでてきますが、これはできません。

 理由は2つあって、1つは保険診療上、処方が認められるのはせいぜい月に10錠程度というルールがあること、そしてもう1つは、トリプタン製剤であっても上述した薬物乱用頭痛が生じることです。NIH(=National Institutes of Health=米国国立衛生研究所)によると、トリプタン製剤はNSAIDsよりも薬物乱用頭痛を起こしやすいのです。尚、ここでいうNSAIDsはイブプロフェンやロキソプロフェン単独のものであり、ナロンエースやイブクイックなどのように、ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬ではありません。米国ではブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素が使われていないためにデータがないのです。また冒頭で少し紹介したエルゴタミンも薬物乱用頭痛を容易に起こすことが知られています。よって、薬物乱用頭痛を起こしやすい順番としては、おそらく、「麻薬(オピオイド)>ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬>エルゴタミン>トリプタン製剤>NSAIDsまたはアセトアミノフェン」となると思います(これらの順位のはっきりとしたエビデンスはありませんが、私の経験からの類推ではこのようになります)。

 片頭痛が難儀な2つの理由を繰り返します。1つはNSAIDsでは効かない重症タイプがあること、もう1つはトリプタン製剤は効くけれど(あるいはNSAIDsでも効くけれど)頻度が多すぎて薬が足らなくなること、です。

 では高頻度の片頭痛にはどのように対処すればいいのか。「予防薬」があれば解決します。

 後編に続きます。

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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