はやりの病気
2026年4月16日 木曜日
第272回(2026年4月) 「ホルモン補充療法(HRT)は安全」が世界の見解に
ガイドラインやその他治療指針などで推奨されている治療で、なおかつ院長の私が研修を受けている疾患であれば、谷口医院では原則として「実施する」が基本方針なのですが、ほとんど唯一の例外が「ホルモン補充療法」(=Hormone Replacement Treatment、以下「HRT」)でした。「でした」と過去形なのは、2010年代から少しずつ開始し、2020年代に入る頃にはかなり積極的に実施しているからです。ただ、当院が開院した2007年からおよそ3年間は、患者さんが強く希望してもお断りするか、他院を紹介していました。
その理由は、2007年のコラム「ホルモン補充療法の危険性」に書いたとおりです。2007年4月に2つの衝撃的な論文が発表されました。1つは「New England Journal of Medicine」の「米国では乳癌の発生率が近年急激に減少しているのはHRTがおこなわれなくなったから」という論文、もう1つは「Lancet」に掲載された「HRTを実施した女性は、していない女性に比べ卵巣がんで死亡するリスクが2割高い」とする論文です。
論文だけではありません。そのコラムで述べたように、これまで大変お世話になった、私が師と仰ぐ米国の女性医師が、HRTが原因で自らが乳がんに罹患し、それ以降すべての患者に「HRTはやってはいけない」と助言していたからです。この話を聞いたのは私が医師になってまだ3年目の頃で、「この先生が絶対反対する治療なんだから自分もやるべきではない」と誓ったのです。
さらに、当時の世界的潮流も「HRTは避けるべき」というものでした。その流れに大きな影響を与えたのが、2002年に JAMA に掲載された論文です。HRTの安全性を検証する目的で開始された「Women’s Health Initiative (WHI)」試験は、本来約9年の追跡を予定していましたが、平均5.2年で中止されました。心血管疾患および乳がんのリスク上昇が明らかとなり、これ以上継続できないと判断されたためです。
しかし、前医から当院に転院してくる患者さんの中には、すでにHRTを開始しているケースが少なくなく、その評価が非常に高いのです。「メンタルが安定する」「肌がきれいになる」「髪が増えた」など実感しやすい効果があり、さらにLDLコレステロールの低下や骨密度の上昇も期待できます。まるで“魔法の薬”のように感じる人もいます。乳がんのリスクについても「日本人ではそれほど上がらない」という報告があり、リスクを理解し定期的に検診を受けるのであれば、過度に恐れる必要はないのかもしれないと考えるようになっていきました。
最初に処方したのは、「前医と同じ薬を処方してほしい」と希望した患者さんでした。その後、更年期障害に悩む女性に対し「選択肢の1つ」として話をするようになり、そしてあるとき、ついに「更年期障害の治療で最も推薦する治療法」としてHRTを紹介し始めました。
同時に「前医でHRTを受けているが安全か」という相談も増えました。意外なことに「安全ではない」ケースが時折見られました。最も驚いたのは、(子宮を摘出していないのに)卵胞ホルモンのみが処方され、黄体ホルモンが併用されていないケースです。これは子宮内膜増殖のリスクを高め、危険な状態になり得ます。子宮がある場合は原則として黄体ホルモンの併用が必要であり、定期的な経腟超音波検査も欠かせません。こうした「適切でない更年期治療」が目立つようになり(男性に対する更年期障害の治療も)、警鐘を鳴らす目的で書いたのが2023年のコラム「間違いだらけの男女の更年期障害のホルモン治療」です。
今回は「(女性の)HRTの安全性が世界的にほぼ確立された」という話をしたいと思います。
第二次トランプ政権の発足後、ケネディ保健長官は、新型コロナワクチンへの慎重姿勢、定期ワクチン接種の見直し、食事療法に関する方針転換、妊娠中のアセトアミノフェン使用への注意喚起など、さまざまな政策を打ち出し、医療関係者の間で議論を呼んでいます。一方で、あまり大きく報じられていませんが、政権はHRTの積極的な導入を支持しており、この方針は多くの女性から支持されています。マーティ・マカリ医師が長官を務めるFDAは、ホルモン剤の添付文書の見直し方針を示し、2026年2月12日にはHRTの安全性を強調するページを公表しました。
具体的には、心血管疾患、乳がん、認知症に関するリスク記述が、FDAが定める最重要警告「boxed warning」から削除されました(安全性評価が改善したことを意味します)。さらに、無作為化比較試験(エビデンスレベルの高い試験)で、更年期開始後10年以内(かつ60歳未満)にHRTを開始した女性は全死亡率と骨折リスクが低下していたことが示されています。
HRTの安全性を強調しているのはFDAだけではありません。医療ガイドラインを集約した世界最大級の臨床ガイドラインデータベース「GuidelineCentral」もHRTの有効性と安全性を高く評価しています。ページ冒頭には「HRTは更年期障害に対する最も効果的な治療法であり、骨量減少や骨折の予防にも効果がある」と明記されています。
英国では米国とはまた違った「動き」が見られます。興味深いことに、英国で更年期医療の分野でもっとも有名な医師は婦人科専門医ではなく、女性GP(総合診療医)の Louise Newson 医師です。Newson医師が注目される理由は、一言で言えば「やり過ぎ」と批判されることが多いためです。危険なほど高用量のHRTを処方したとして、BBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」で取り上げられ、これを受けてか、「British Menopause Society」(BMS=英国更年期学会)から認定資格を剥奪されました。
しかし、Newson医師のクリニックで治療を受けた女性からの評価はすこぶる高く、英国の医療規制当局「Care Quality Commission」は、2026年2月、同クリニックを「outstanding(卓越した)」と最高評価で報告し、「女性のニーズに合ったケアを提供している」と結論付けました。尚、Newson医師は、批判されている「高用量のHRT」に対し、「本当に必要な場合にしか処方していない」とコメントしています。
現在、世界的にHRT導入のムーブメントが強まっています。米国では半年ほど前から品薄が社会問題となり、日本でも供給量が減少しています。当院でも、人気の貼付薬「メノエイドコンビパッチ」が入荷しなくなり、その影響で内服薬「ウェールナラ」も入手困難となり、最近まで新規処方を見合わせなければならない状態が続いていました。
今後も需要は増え続けると私は予測しています。最後に、HRTは本当に安全と言えるかどうかをみておきましょう。前半で述べたように、2002年には臨床試験の「Women’s Health Initiative」で「HRTの危険性は明白」とされていました。四半世紀を経て、それが誤解だったと言えるのでしょうか。実際には、HRTのリスクを指摘する研究もそれなりにあり、一方ではリスクは高くないとする研究も少なくありません。結論としては「個別に検討する」というつまらないものになるのですが、ひとつ言えるのは「60歳未満で閉経後10年以内であれば、HRTを検討する価値はじゅうぶんにある」ということです。
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