はやりの病気
2026年8月20日 木曜日
第276回(2026年8月) アトピー性皮膚炎と慢性じんましんのこれからの治療
前回の「低用量ピル(OC/LEP)の歴史と今後の行方」では、低用量ピル(OC/LEP)が、谷口医院の過去20年間の歴史で大きく変わってきたという話をしました。そのコラムの冒頭で、治療方法がまったく変わっていない疾患もあれば、大きく変わったものもあると述べ、低用量ピルは「大きく変わった」ことに触れました。今回取り上げるのはアトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)と慢性じんましん(以下「じんましん」)で、アトピーは「大きく」、じんましんは「それなりに」変わったと言えます。まずはアトピーからみていきましょう。
谷口医院がオープンした2007年、アトピーの治療はある意味とても単純でシンプルでした。「ステロイドを外用して改善すればタクロリムス(プロトピック)でいい状態を維持しましょう」、基本的にはこれだけでした。といっても、ほとんどの患者さんは「タクロリムスはピリピリして使えませんでした」と言います。そして、その原因のほとんどは「炎症があるのに塗っている」ことにありました。炎症が生じればタクロリムスの出番はなく、ステロイドを使うしかありません。ステロイドで炎症が取れればタクロリムスにバトンタッチするわけです。このように「いい状態を維持するために薬を塗ること」を「プロアクティブ療法」と呼びます(尚、ステロイドでプロアクティブ療法を実施する方法もあるのですがここでは深入りしないでおきます)。
1999年から2020年までの長い間、プロアクティブ療法といえばタクロリムスしかありませんでした。つまり「いかにタクロリムスを上手に使うか」が重要だったのです。免疫抑制というそれなりに大きな副作用のリスクは伴いますが、ステロイドを長期で塗ったときに生じる、血管拡張、酒さ様皮膚炎、皮膚の菲薄化や萎縮などのどうしようもない副作用は起こりません。2018年にデュピクセント(デュピルマブ)という画期的な注射薬が発売されたのですが、極めて高価なことに加え(登場したときは年間約60万円もかかりました)、強力な免疫抑制作用が生じることから決して敷居の低い薬ではありません。谷口医院でも、後述するような理由でこの高価な薬を使用することはありますが、たとえこの薬を使ったとしてもタクロリムスによるプロアクティブ療法が最重要であることには変わりありませんでした。
転機が訪れたのは2020年でした。コレクチム(デルゴシチニブ)と呼ばれるまったく新しい外用薬が登場したのです。コレクチムの薬価はタクロリムスの3倍もしますが、免疫抑制作用がタクロリムスよりも軽度で(ただし、谷口医院の経験でいえば、製薬会社が言うほどには軽度ではなく、副作用がないわけではありません)、少々炎症が生じていてもタクロリムスのようにピリピリせずその炎症を抑えることもできるので、使い勝手の良さが格段に上昇したのです。まさに「歴史を変える薬」となり、当時のコラム「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」でも取り上げました。
次の転機はその2年後の2022年、モイゼルト(ジファミラスト)の登場でした。上述したように、コレクチムは確かに優れた薬ですが、長期で使用していると免疫抑制の副作用が起こり得ます(繰り返しますが、谷口医院の経験でいえば製薬会社の見解よりも高頻度で出現します。それでも全体でみればわずかであり、タクロリムスよりもずっと少ないのですが)。モイゼルトは免疫抑制作用がほぼなくて、副作用がほとんどありません。ただし、抗炎症作用はほとんどなく(製薬会社は「ある」と言いますが、少なくともコレクチムに比べるとわずかしかありません)、完全なプロアクティブ療法に用いるのなら非常に有効なのですが、少しでも炎症が生じれば効果は期待できません。このときにも当時のコラム「アトピーの歴史は「モイゼルト」で塗り替えられるか」でモイゼルトを紹介しました。
さらにその2年後の2024年、ブイタマーが発売され、これでプロアクティブ療法に使用できる外用薬が4種(タクロリムス、コレクチム、モイゼルト、ブイタマー)そろいます。ブイタマーは非常にすぐれた薬ですが、薬価が高いのが欠点でタクロリムスの8倍もします。しかし、それでもブイタマー中心のプロアクティブ療法を実施している人は少なくありません。このときにはコラム「 「ブイタマークリーム」は夢の若返りクリームかもしれない」で紹介しました。
慢性疾患の場合、治療は「薬を上手に使う」以外に、「原因を取り除く」が重要になります。アトピーの場合、最重要事項は「掻かない」で、次に「汗対策」、そして「アレルゲンを取り除く」が重要となります。アレルゲンとしてはダニ(刺すダニ=tickではなく、死骸や糞がアレルゲンになるダニ=mite)が最多で、花粉、動物(ネコやイヌ)、ガやゴキブリ(これらの死骸がアレルゲンとなる)などに反応している人も少なくありません。こういう場合、環境の見直し(じゅうたんなどを処分してフローリングにする、空気清浄機を導入するなど)が必須となります。
食べ物が”アレルゲン”になる場合もあり、このケースは難渋することになります。特定の食べ物を食べてアトピーが悪化するのは(少なくとも狭義には)食物アレルギーとは呼びません。しかし、難治性のアトピーの患者さんからよく話を聞くと、食べ物によって炎症が悪化することがあると言います。そして血液検査(特異的IgE)を調べると、その食物で陽性となっています。(狭義の)食物アレルギーの場合、摂取直後にじんましんや喘息症状が出現し、これは危険です。こういう場合は原因食物を完全に避けなければならないのですが、単にアトピーが悪化するだけでは絶対に避けなければならないわけではなく、また、たいていの場合、複数の食物に反応しますから(コムギ、タマゴ、ミルク、ブタニク、多くの野菜や果物など)、すべてを避けるのは不可能です。
こういう場合、まずはアレルギーの内服薬を試します。うまくいけば2~3種類の薬で改善することもあるのですが、そううまくいくとは限りません。そして、こういうケースで劇的に効果を発揮するのが、先に「高すぎて使えない」と述べたデュピクセントです。先述したようにデュピクセントは高価な上、強力な免疫抑制作用があるためにハードルが高いのは事実です。ですが、その欠点を差し引いても、食物に、それも多くの食物に反応するようなケースではデュピクセントが劇的に症状を改善することがあるのです。
次にじんましんの治療について述べていきましょう。じんましんの場合、外用薬は一切効かず内服薬で治していきます。ポイントは「症状をゼロまでもっていく。その後徐々に薬を減らしていく」です。ある程度改善したからといってそれで我慢していればいつまでたっても治りません。症状をゼロにするのが最重要事項なのです。そのため内服薬の種類をどんどん増やしていきます。5種類ほどを併用しても症状がゼロにならない場合、少々高くつきますがゾレア(オマリズマブ)という免疫の薬を使います。この薬は免疫抑制作用がほとんどなく副作用がほぼありません(厳密にいえば寄生虫感染に脆弱になりますが)。
ゾレアは費用が高いことを除けば使いやすくて非常に優れた薬です。蕁麻疹以外にも喘息や鼻炎にも有効で保険適応もあります。ただし、喘息や鼻炎は他にも優れた薬がありますからよほどの重症でなければゾレアの出番はありません。しかし、ゾレアにはこれら以外に非常にすぐれた威力を発揮する疾患があります。それは「食物アレルギー」です。先にアトピーを悪化させる場合があると書きましたが、これは狭義には食物アレルギーとは呼びません。真の(狭義の)食物アレルギーは該当食物の摂取直後に、激しいじんましんや喘息症状が出現します。こうなれば該当食物を口にすることはできず、偶発的に摂取してしまい発症した時にはネフィー(以前はエピペンが使われていましたが現在は谷口医院ではネフィーのみです)を使ってもらわねばなりません。
しかしゾレアを使えば、具体的には月に一度注射していれば、食物アレルギーが非常に起こりにくくなるのです。たとえ該当食物を摂取したとしても、です。もちろん過信は禁物ですが、ゾレアが食物アレルギーの予防になるのは間違いありません。もしも食物アレルギーに対してゾレアが保険適応となればほとんどの食物アレルギーをもつ人たちは恐怖から解放されるのですが、残念ながら現時点では保険適応はありません。しかし、例外があります。それがじんましんを有している人です。じんましんが軽症でなければゾレアを保険で処方することができます。それだけでも症状が大きく改善し満足度は高いわけですが、もしもその人に食物アレルギーがあった場合、これまで食べられなかったものが食べられるようになるかもしれないのです。
尚、上述したデュピクセントも現在はじんましんにも保険適応があります。値段はゾレアの方が安く、繰り返し述べているようにデュピクセントにはそれなりの免疫抑制作用が伴いますから、じんましんにデュピクセントを用いるケースはあまりありませんが、もしもゾレアで効果が乏しければデュピクセントを使ってもいいでしょう。それに、実はデュピクセントも食物アレルギーを予防できるとする報告もでてきています。それから、じんましんに対して、まったく新しい機序の内服薬ラプシド(一般名はレミブルチニブ)が近日発売されます。かなり注目されている薬で、おそらくじんましんの治療の歴史を変えることになるでしょう。費用はかなり高いことが予想されますが……。
以上、谷口医院の経験からアトピーとじんましんの過去20年間の治療の変遷を述べてきました。20年前からずっと通い続けられている何人かの患者さんを思い浮かべながらこのコラムを書きました。
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