はやりの病気

2015年4月15日 水曜日

第140回(2015年4月) 古くて新しいニキビの治療

 宮部みゆきさん原作で現在公開中の映画『ソロモンの偽証』では、ニキビが原因でいじめられる女子生徒がキーパーソンになっています。一般の人は素直にこの映画を観ることができると思いますが、我々医師は(私だけかもしれませんが)、ストーリーにのめり込む前に、「あぁ、あの女子生徒、ちゃんと医療機関を受診してニキビを治していれば、物語は全然違う展開になったのに・・・。母親もニキビが<青春のシンボル>などと馬鹿げたこと言ってないでなんで娘に受診させないんだ・・・」、と穿った見方をしてしまいます。これも一種の”職業病”でしょうか・・・。

 私がこの映画を観たとき、この女子生徒をみて初めに抱いた印象がこのようなものであり、原作者の宮部みゆきさんを批判したい気持ちに”一瞬”なりました。しかし、次の瞬間にそれが消えました。よく考えると、この映画の舞台は現在ではなく1990年代前半です。たしかに、1990年代前半にはニキビの有効な治療法が(少なくとも日本には)なかったのです。

 医師によって見方が異なるかとは思いますが、私自身は日本でのニキビ治療のブレイクスルーが起こったのは2008年の10月だと考えています。つまり、アダパレン(商品名で言えば「ディフェリンゲル」)が発売になったときです。それまでは、高額になりますがクリニックが独自に輸入して仕入れたアダパレンを自費で処方するか、炎症が強くなり赤ニキビが悪化したときに抗菌薬の外用薬もしくは内服薬を一時的に使うか、といった方法くらいしかありませんでした。

 医療機関によってはビタミン剤や漢方薬の処方をしているところもありましたが(現在でもあるかもしれませんが)、私自身はこれらでよくなった症例をほとんど診たことがありませんし、エビデンス・レベル(科学的実証度)も低いものです。ケミカルピーリングというものもありましたが、これは費用が高くつく上に、継続して受診しなければならず、またエビデンス・レベルも低く、決して実用的なものではありませんでした。

 残念ながらアダパレンで全員が完全に治癒するとまではいきませんが、かなり有効な治療法であることは間違いありません。アダパレンの製薬会社は一時中学や高校にポスターを掲示していました。ここまでくるとやり過ぎのような気がしますが、ニキビで悩む生徒を救いたい、という強い気持ちがこのような行動につながったのだと私は思います。私はどちらかと言うと、製薬会社の行動にはだいたい批判的な立場であり、またこの中学高校へのポスター掲示に対し多くの医師から非難が相次いだようですが、この件に関しては、私自身は製薬会社の純粋な想いではなかったかと好意的にみています。

 さて、そのアダパレンをもってしてもニキビが治らないケースは次の3つです。

①ニキビではなく「ニキビ痕(あと)」になってしまっている。
②そもそも診断が間違っていてニキビではない。
③アダパレンが効かない。もしくはアダパレンの副作用が強くて使えない。

 順にみていきましょう。①の「ニキビ痕」を治すのは大変困難です。言い換えるとニキビを治すのは実はそうむつかしくはありません。しかし、ニキビに対し不適切な治療をおこなったり、つぶしたり、触りすぎたりしていると、ニキビ自体は治っても、瘢痕(ニキビ痕)が残ります。これを治すには形成外科的に瘢痕を削ったり、特殊なレーザー治療を試みたりといったことも検討しますが、完全にきれいにするのは極めて困難です。

 ニキビ痕で重要なのは、まず「それ以上触らないこと」です。時間がたてば自然に改善していく可能性もあります。もうひとつは、これが一番大事なことですが、新たにニキビをつくらない、ということです。先に述べたように、ニキビ痕の治療は困難ですが、ニキビの治療は現在ではそうむつかしくはありません。

 ②の、診断が間違っていて実はニキビでなかった、ということはときどきあります。細かい疾患まで入れるとニキビと間違われている皮膚疾患はいくつかありますが、一番多いのは「酒さ(しゅさ)」です。ニキビの治療はむつかしくはありませんが酒さは場合によっては相当困難なこともあります。ニキビと酒さがややこしいのは、確かに一見似ている場合がありますし、ニキビと同じような治療をして(一時的には)よくなることもあるからです。しかし一般に、酒さはニキビよりも治療が困難で、かなり改善することもあるのですが、しばらくするとまた再発して、ということもあり、何らかの治療は長期で続けなければならないことが多いと言えます。

 ③はどうでしょうか。本日のメインの話はここからです。2015年4月1日、待望のBPO(過酸化ベンゾイル)がついに保険診療で処方できるようになりました。BPOは、海外では1960年代頃から使われ出しており、世界的にはニキビの標準的治療薬の代表です。赤ニキビにも白ニキビにも有効で、予防効果もあります。副作用はまったくないわけではありませんが、アダパレンに比べると少ないですし、安全性も高いとされています。海外では医薬品ではなくOTC(薬局で処方箋なしで買える薬)です。私は海外に行くと、時間があれば薬局を訪ねるのが趣味みたいなものなのですが、ほとんどどこの国の薬局にもBPOは置いてあります。

 では、なぜこのような優れた薬がこれまで日本になかったのでしょうか。実はBPOは、日本では消防法により第5類自己反応性物質・第1種自己反応性物質という「危険物」に指定されているのです。この法律のせいで薬局や通販で簡単に販売することはできない、というわけです。ただ、過去にBPOが日本でも簡単に入手できた時代が2回ありました。

 一度目は米国Guthy Renker社の「プロアクティブ」が日本に導入された2001年頃です。「アメリカ製のプロアクティブはよく効くのに日本製のものはまったく効かない・・・」、このような声は非常によく聞きますが、それもそのはずで、アメリカ製のプロアクティブの有効成分はBPOそのものなのです。日本ではプロアクティブを導入するときに、当初はそのまま輸入したためにBPOが含まれていた、というわけです。ところが、その後法律上販売できないことが判り、やむをえず成分を変更したそうです。

 二度目は2011年11月です。化粧品メーカーのグラファ社がBPO配合の「BPエマルジョン」という外用剤を発売しました。(上記の法律の問題をどのようにクリアしたのかは不明です) 「BPエマルジョン」は一般の薬局では買えず、医療機関でのみ購入することができる化粧品の扱いでした。しかし、医薬品としてのBPOが発売されることが決まったときに販売終了が決まり、結果としてわずか2年程度しか流通しなかったことになります。(おそらく厚生労働省としては、同じものが一方は保険薬で一方は化粧品、というのが都合が悪いのでしょう)

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では「BPエマルジョン」が販売されたときにすぐに取り扱いを開始して大勢の患者さんに使用してもらっていました。販売中止が決まったときは、その後も継続して使用してもらえるように大量に買っておいたのですが、ついに2014年秋に在庫がつきました。そして、約半年間のブランクを経た後、2015年4月から医薬品のBPOの処方を開始しました。(ちなみに谷口医院の患者さんは、この<空白の半年間>のBPOの入手について、海外渡航時に購入したり、海外旅行に行く知人に買ってきてもらったり、あるいはリスクを抱えて個人輸入したりされていたようです)

 さて、このBPOはおそらくこれからニキビ治療の中心的な薬になると思われます。米国のガイドラインでもヨーロッパのガイドラインでも、軽症から重症まで、また予防にも推奨されていますから、おそらく日本のガイドラインも次の改定時には「強く推奨する」という扱いで入れられるはずです。

 2015年4月から日本のニキビ治療の歴史が塗り替えられるといっても過言ではないでしょう。患者さんの満足度があがり、医療者は患者さんから感謝の言葉を聞くことになり、製薬会社も収益が上がるに違いありません・・・。

 しかし、何かおかしくないでしょうか・・・。

 海外では(それは先進国だけでなく多くの国で)、何十年も前から誰もが薬局で簡単に買えていた薬です。なぜ、日本ではわざわざ医療機関に出向いて、待ち時間を我慢して、塗り薬1本を求めなければならないのでしょうか。BPOの処方薬登場で日本のニキビ治療の歴史が変わると私は考えていますが、さらにもう一歩すすめて、BPOが海外と同じように誰もが薬局で簡単に買える時代が来ることを望みます。

 もしもBPOが海外と同じように昔から薬局で買えたなら、『ソロモンの偽証』は誕生しなかったかもしれません・・・。

参考:
トップページ「ニキビ・酒さ(しゅさ)を治そう」
はやりの病気
第75回(2009年11月)「ニキビの治療は変わったか」
第62回(2008年10月)「ニキビの治療が変わります!」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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