はやりの病気
第103回 壮年型脱毛症(AGA)はどこまで改善するか 2012/3/20
壮年型脱毛症(男性型脱毛症、Androgenic Alopecia、以下AGAとします)は、寿命には関係ないものの多くの男性に小さくない影響を与えます。AGAの治療は、現在保険診療はできませんから、厚生労働省もAGAを「病気」とは見ていません。もちろん、AGAがある人のなかには、それをあまり気にしておらず、AGAを「病気」とみなされることを嫌がる人もいるでしょう。しかし、なかにはAGAから抑うつ状態になり、人と合うことを避け、ひどい場合は引きこもった状態になったりする人がいるのも事実です。こうなれば、広義的には「病気」とみるべきかもしれません。
AGAの治療は大昔から試みられており、世界各国でいろんな「秘薬」が開発されてきました。たしか私が中学生のときだったと思いますが、中国の奥地に効果抜群の発毛剤がありそれを買いに行くツアーがある、という記事をお好み焼き屋に置いてあった週刊誌で読んだ記憶があります。
しかし、実際に有効な発毛剤などというのは長い間存在せず、昔から医療機関で処方されていたカルプロニウム塩化物(商品名は「フロジン」)ですら効果はほとんど期待できません。製薬会社から反感を買うことを承知で言いますが、カルプロニウム塩化物でAGAが治ったという人を私はいまだに見たことがありません(注1)。
そんななか、1990年代に画期的なAGAの治療薬が2つも登場しました。1つはフィナステリド(商品名は「プロペシア」)、もうひとつはミノキシジル(商品名は「リアップ」)で、いずれもアメリカの製薬会社が開発したものです。
プロペシア(一般名のフィナステリドよりも名前が通っているためにここからは「プロペシア」で統一します)は米国メルク社で開発され、1997年にFDA(米国食品医薬品局)に「AGAの治療薬」として認可されました。それから8年後の2005年、日本でも厚労省に認可され一般の医療機関で処方できるようになりました。
プロペシアの作用機序についてはいろんなサイトでも紹介されていますが、ごく簡単に復習しておきたいと思います。まず、脱毛を促進する原因にDHT(ジヒドロテストステロン)という物質があります。DHTは男性ホルモンであるテストステロンが還元されたものです。(「還元」という言葉がむつかしければ、「テストステロンの形が少しだけ変わったものがDHT」と考えて差し支えありません) 脱毛を防ぐには、テストステロンからDHTへの還元を阻害してやればいいわけです。テストステロンがDHTに還元されるには、ある酵素が必要であり、この酵素(5αリダクターゼといいます)の働きを抑えてあげれば結果としてテストステロン→DHTという反応が少なくなるはずです。そしてこの酵素を抑制することのできる薬がプロペシアというわけです。
テストステロンは男性にとってなくてはならない性ホルモンですから、これを少なくするような薬であれば使えません。しかし、DHTはテストステロンそのものではありませんから、テストステロンが不足したときに起こるような副作用は出ないのではないかと考えることができます。考え方によっては、テストステロン→DHTという反応が阻害されるなら、テストステロンが増えることになる、とも言えます。一方で、DHTが増えなくなることで、結果的にテストステロンの産生が下がり(注2)、副作用が起こるのではないか、という考えもあります。
プロペシアは、アメリカで発売されてから15年、日本では7年がたち、副作用の情報が数多く集積されてきました。その結果は、どうやら発売当初に考えられていたよりも、テストステロンに影響を与える可能性がある、つまりテストステロン関連の副作用がありそうです。
テストステロンが減弱すると勃起力が弱くなったり、性欲そのものが弱くなったり、といったことが考えられますが、前者はそれほど訴える人が多くないものの、後者(性欲が少なくなる)は、太融寺町谷口医院では全体の1割くらいの人が訴えます。ただし、「夫婦生活ができなくなった」とか「セックスそのものが嫌いになった」とまで言う人はおらず、(半ば冗談かもしれませんが)「性欲がほどよく減ったおかげで、無駄な時間とお金を使わなくなり、セックスは妻とだけで満足できるようになり、夫婦の仲が以前よりよくなりました。これもプロペシアのおかげです」、などと答える人もいます。
プロペシアが原因で(あるいは他のことが原因かもしれませんが)ED(勃起不全)になったような場合、バイアグラなどED改善薬を必要時に内服するという方法があります。「そこまでするくらいならプロペシアの方をやめればいいじゃないか」という考え方もあり、こういったことは人それぞれですが、実際にED改善薬を適宜使っている人もいます。ED改善薬は(お金はかかりますが)使用法に注意すれば安全に使える薬ですし、プロペシアとの併用も問題ありません。
しかし、今年(2012年)になってから重要な副作用の報告がありました。それは精子の数や性質に異常をきたし結果として不妊症につながる、というものです(下記医療ニュースを参照)。ただし、副作用が報告された症例でも、プロペシアをやめると元に戻ったそうですから「必要なときがきたら内服を中止する」という考え方でいいのかもしれません。
もうひとつの有効なAGA治療薬はミノキシジルで、これは1999年に大正製薬から1%の外用薬(リアップ)が発売されていますが、米国では80年代から市場に登場していたそうです。日本でも米国でも医薬品ではなく薬局で誰でも買える薬品として認可を受けています。しかし、日本では発売直後に、因果関係は不明であるものの、リアップを使用して死亡した例が相次ぎました。ミノキシジルは元々は降圧剤として開発されていたために、血圧低下など循環器に影響を与えた可能性があります。
リアップは1%のものだけでなく2009年には5%のものが発売されました。日本皮膚科学会の「男性型脱毛症診療ガイドライン(2010年版)」には、「5%は1%のものに比べて有意に発毛効果が認められ副作用に差はない」と記載されています。値段が高いのは難点ですが、高い発毛効果を期待するなら5%にすべきでしょう。
ミノキシジルは海外では内服も使われており、外用よりも高い効果が期待できるのは事実です。日本でも、海外出張が多い人は出張時に現地のクリニックを受診し長期処方してもらっている人もいますし、個人輸入(注3)で入手している人もいます。
今のところ、日本の製薬会社で内服のミノキシジルの販売を予定しているところは(私の知る限り)ありません。因果関係がはっきりしないとはいえ1%の外用薬でも死亡例が複数例報告されていることから考えると、なかなか踏み切れないのかもしれません。
では、プロペシアとミノキシジル以外にはどのような薬剤があるのでしょうか。日本皮膚科学会のガイドライン(2010年版)には、いくつかの治療法と推奨度が記されています。推奨度はA、B、C、Dと分類され、Aは「強く勧められる」、Dは「まったく勧められない」、B、Cはその中間と理解して差し支えありません。このガイドラインでAランクがつけられているのはプロペシアとミノキシジル外用(リアップ)だけです。Bがついているのは1つだけあり、それは「自家植毛」です。後頭部の髪を前頭部や頭頂部の薄くなった部分に移植するという方法です。
Cがついているのは、t-フラバノン、アデノシン、サイトプリン・ペンタデカン、セファランチン、ケトコナゾール(注4)、塩化カルプロニウムです。先に紹介した塩化カルプロニウム(フロジン)でCが与えられているくらいですから、他のCランクがついているものも、試してみる価値があることは否定しませんが、効果がどれだけ期待できるのか疑問です。
最後に、女性のAGAについて述べておきましょう。まず日本皮膚科学会のガイドラインではAランクがついているのはミノキシジル外用のみで、男性用のものとは異なる「リアップリジェンヌ」というものです。ですから、女性の場合は、まずはこの商品を試すのがいいでしょう。女性にはプロペシアは使えません。
それ以外の方法としては、ガイドラインでは触れられていませんが、女性ホルモンの内服というものがあります。太融寺町谷口医院には避妊や月経困難症緩和目的、あるいはざ瘡(ニキビ)の治療目的で低用量ピル(OC)を内服している女性がおられますが、「薄毛を治したい」という目的で低用量ピルを内服している人もいます。そして、この方法はそれなりに有効です(注5)。
また、きちんとデータをとったわけではありませんが、当院に通院しているGID(性同一性障害)の人で、M→F(男性→女性)の人の場合、女性ホルモンを内服してから「髪がきれいになって量も増えた」という人が複数おられます。その逆に、F→M(女性→男性)の人で、男性ホルモン(テストステロン)の服用をしてその副作用で脱毛が起こったという人も複数います(注6)。
AGAには誰にでも必ず効く「秘薬」があるわけではありません。まずは、それぞれの治療法の長所と短所を理解するところから始めるべきでしょう。
注1 AGAは保険適用がない、と本文で述べていますが、これはプロペシアやミノキシジルに保険適用がないからです。フロジンの「適応」には、はっきりと「壮年性脱毛症」と書かれていますから、AGAを保険で治療しようと思えばフロジンのみの処方なら可能です。しかし、プロペシアも合わせて処方となれば、プロペシアは自費、フロジンは保険、となり、これは混合診療に相当してしまいますから、フロジンまで自費になってしまいます。
注2 これについて書かれた文献を見たことがないのですが、例えばDHTの量が増えたことが感知されてテストステロンの産生が増加する、いわばpositive feedbackのようなメカニズムがあるならば、この理屈が説明できます。
注3 個人輸入には「まがいもの」をつかまされるというリスクがあります。外用ならまだしも内服の場合、体に害のないまがいものならまだいいのですが、有害な成分が含まれていたり、ミノキシジルが表示よりも高濃度のものが含まれていたりすると大変危険です。また、ミノキシジルは外用でも(因果関係がはっきりしないとはいえ)死亡例が報告されているくらいですから、内服の場合はきちんとした製品であっても使用には充分な注意が必要です。
注4 ケトコナゾール外用液は海外では以前から積極的に育毛剤として使われているために、当院でも処方していたことがあったのですが、残念ながらこれのみで高い発毛効果が認められた症例はほとんどありませんでした。
注5 更年期障害に用いるエストロゲン製剤でも髪が増えることがしばしばありますから、私個人としてはガイドラインに低用量ピルや他の女性ホルモン剤を入れるべきではないかと思うのですが、なぜか検討されている気配すらありません。副作用のことを考えて、ということなのかもしれませんが、それを言うなら他の薬剤でも副作用のリスクがあるわけですから、日本皮膚科学会がもう少し積極的に検討してみてもいいのではないか、と私は感じています。
注6 本文に述べたようにテストステロンが直接脱毛を促進しているのではなく、還元されたDHTが影響を与えているものと推測されます。尚、テストステロンを服用しているのはGIDの人だけではなく、男性が例えば筋肉増強の目的で使用していることもありますが、このせいで脱毛が促進することがしばしばあります。(筋肉増強などの目的でホルモン剤を内服するのは脱毛以外の副作用の観点からも決してすすめられるものではありません)
参考:医療ニュース
2012年1月20日 「プロペシアで男性不妊症の可能性」
2012年1月30日 「アメリカ製の育毛剤で健康被害の可能性」
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