はやりの病気
2024年3月21日 木曜日
第247回(2024年3月) 認知症のリスク、抗うつ薬で増加、飲酒で低下?
認知症には信頼できる治療薬があるとは言えず、また決定的な予防法があるわけでもないことは本サイトで繰り返し述べています。治療薬について、日本のメディアではエーザイの「レカネマブ」を絶賛するような記事が目立ちますが、海外メディアは冷ややかなものが多いと言えます。ちなみに、海外メディアではレカネマブがいかに辛辣に酷評されているかについて私は「医療プレミア」で書いたことがあります。
2023年9月4日 「ここが問題! 認知症新薬「レカネマブ」」
2023年10月30日 「アルツハイマー病のリスク遺伝子検査は「気軽に受けてはいけない」」
認知症は内服薬もさほど効果は期待できません。期待できないどころか、余計に悪化する場合も少なくないことを知っておくべきです。実際、例えばドネペジル(アリセプト)を使いだしてから性格が荒っぽくなって家族が手に負えなくなったという事例は枚挙に暇がありません。効果に乏しく副作用のリスクが大きいわけですからそのような薬を保険診療で処方してもいいのか、という問題も生じています。仏国では2018年に、ドネペジル、ガランタミン(レミニール)、リバスチグミン(イクセロンパッチ/リバスタッチパッチ)、メマンチン(メマリー)の4種類が保険適用外とされました。これら4種はうまく使えば症状緩和に期待できるのは事実ですが、決して認知症を治すことができるわけではありません。
治療薬がないなら予防薬はどうでしょうか。昔から認知症の予防薬の開発は世界中で進められていますが、いまだに実現化にはほど遠い状態です。
では薬でない予防方法はどうでしょうか。これまた、世界中でいろんな研究が続けられていて、「地中海食がいい」「運動が予防になる」などととする研究結果もあるにはありますが、決定的なものではありません。少なくとも「〇〇をしていれば安心」というものはありません。
その逆に「〇〇はリスクになる」という研究は多数あり、肥満、喫煙、不健康な食事、運動不足、難聴、他人とのコミュニケーション不足、座りっぱなしなどがリスクとして確立されています。なかでも座りっぱなしは、「座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスクは上昇する」という研究があり、今すぐにでも対策をとらねばならない課題だといえます。
忘れてはならない認知症のリスクとなる要因は「薬」です。「はやりの病気」第151回「認知症のリスクになると言われる3種の薬」では、ベンゾジアゼピン、抗コリン薬、胃薬のPPI(プロトンポンプ阻害薬)を紹介しました。これらには「認知症のリスクを上げない」とする研究もありますが、最近発表されている数々の研究から判断して「リスクはある」と考えるべきだと私は思います。
他の「認知症のリスクを上げる薬」として、抗てんかん薬、抗パーキンソン薬、抗ヒスタミン薬、ステロイド、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)、循環器系治療薬(不整脈の薬や降圧薬)なども指摘されています。
さて、随分前置きが長くなりましたが、今回は最近「認知症のリスクになる薬」として報告された薬、そして「アルコールが認知症の予防になるかもしれない」という俄かには信じがたい研究を紹介したいと思います。
まずは最近報告された「認知症のリスクになる薬」の話をしましょう。その薬とは「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」です。SSRIとは2000年代以降、世界で最も使用されている抗うつ薬で「(重篤な)副作用はほとんどない」とされています。ベンゾジアゼピンのような依存性もなく、三環系抗うつ薬のような「眠気、ふらつき、倦怠感」もありません。当院でも2007年の開院以来、SSRIは最も多く処方している抗うつ薬です。2008年の「はやりの病気」で取り上げたこともあります(「SSRIは本当に効果がないのか」)。
世界で最も有名なSSRIはおそらく「プロザック」です。上述のコラムにも書いたように90年代には「ハッピードラッグ」と呼ばれ、全米での使用者は1千万人を超えました。日本ではなぜか今も発売されていませんが、他のSSRIは(当院も含めて)多くの医療機関で処方されています。フルボキサミン(デプロメール、ルボックス)、パロキセチン(パキシル)、セルトラリン(ジェイゾロフト)、エスシタロプラム(レクサプロ)の4種が日本では使用されています。
2008年のコラムでも書いたように、SSRIは万能ではありませんがよく効くことも多く、また副作用が少なく長期間使用しても依存性がないために使いやすい薬だと言えます。しかし最近、そのSSRIが認知症のリスクになるというショッキングな研究がスペインから発表されました。医学誌「Journal of Affective Disorders」2024年3月15日号に掲載されたその論文のタイトルは「抗うつ薬を使用した高齢者の認知症リスク:スペインにおける人口ベースのコホート分析(Risk of dementia among antidepressant elderly users: A population-based cohort analysis in Spain)」です。
研究にはスペインの医療データベースが用いられました。1種類の抗うつ薬を90日以上内服している60歳以上の62,928人を分析した結果、三環系抗うつ薬を内服している人に対し、SSRIを内服している人は認知症のリスクが1.792倍上昇していることが分かったのです(喫煙の有無、生活習慣上のリスク、既存疾患などの他のリスク因子は取り除かれて分析されています)。尚、この研究では他の抗うつ薬も「その他の抗うつ薬」として分析されており、三環系抗うつ薬のグループに比べ認知症のリスクが1.958倍高くなっていました。
では、うつ病には古典的な三環系抗うつ薬を使えばいいのかというと、上述したようにこの薬は「眠気、ふらつき、倦怠感」の副作用がそれなりの頻度で起こります。谷口医院では2000年代には(上述のコラムでも述べたように)SSRIをそれなりにたくさん処方していましたが、その後年々処方量を減らしています。患者さんからの要望も変化してきており、今では「他院で処方された抗うつ薬を減らしたい」という訴えが「抗うつ薬を処方してほしい」というリクエストをしのぐほどになっています。
最後に「飲酒が認知症のリスクを下げる」という衝撃的な研究を紹介しましょう。韓国の研究で、論文は医学誌「JAMA」2023年2月6日に発表された「韓国の全国コホートにおけるアルコール消費量と認知症リスクの変化(Changes in Alcohol Consumption and Risk of Dementia in a Nationwide Cohort in South Korea)」です。
研究の対象者は韓国在住の3,933,382人(平均年齢55.0歳、男性51.8%)で、飲酒量により4つのグループに分類されています。「まったく飲まない群」「少量(1日15グラム未満)飲酒する群」「中等量(1日15~29.9グラム)飲酒する群」「多量(1日30グラム以上)飲酒する群」の4つです。平均6.3年の追跡期間中に100,282人が認知症を発症しました。結果、「まったく飲まない群」に比べ、「少量飲酒する群」では21%、「中等量飲酒する群」では17%、認知症の発症リスクが低下していました。他方、「多量飲酒する群」ではリスクが8%上昇していました。
飲酒者には嬉しい研究と捉えられますが、さらに喜ばしい分析結果も出ています。多量飲酒する人が中等量に減らした場合、減らさなかった人に比べて認知症発症リスクが8%低下するという結果が出たのです。
ただし、少量、中等量、多量のアルコール量にはじゅうぶん注意が必要です。アルコールのグラム数は「摂取量(mL) × アルコール濃度(%)× 0.8」で算出します。例えば5%のビール500mLなら、500 x 5%(=0.05) x 0.8 = 20グラムとなります。この研究の「少量」がいかに少ない量かが分かるでしょう。
もうひとつ、注意が必要です。韓国人と日本人の「飲みっぷりの差」です。韓国の繁華街に行ったことのある人なら、韓国人がいかに大量に飲酒するかに驚いた経験があるのではないでしょうか。なにしろ、20歳前後の若い女性のグループがチャミスルの空瓶を大量に並べているシーンが日常的にあります。つまり、韓国人のアルコール分解能力は日本人を大きく凌ぐと考えるべきです。その韓国人が多くない飲酒量(1日30グラム未満)なら認知症のリスクが下がるというのがこの研究の結論です。同じことが日本人にあてはまるとは考えない方がいいかもしれません。
すべての日本人が直ちに完全禁酒する必要はないと思いますが、ほとんどの飲酒者は飲酒量を考え直すべきだとは言えるでしょう。前回のコラム「我々は飲酒を完全にやめるべきなのか」で述べたように、当院では最近ますますセリンクロの愛用者が増えています。
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