はやりの病気
2021年10月21日 木曜日
第218回(2021年10月) ポストコロナワクチン症候群
どのようなワクチンも接種後のトラブルをゼロにはできません。現在、「積極的勧奨の差し控え」を取りやめるべきか否かが議論になっているHPVワクチンも、極端な推進者が言うような「絶対安全」なものではありません。
2020年7月に厚労省の会議に提出されたHPVワクチンに関する資料(資料9と資料10)によれば、医師や企業から「副作用疑い」(接種との因果関係を否定できない事例)と報告されているのは3,222人(約0.036%)で、このうち1,865人(約0.021%)が「重篤」です。
各自が接種するかどうかは、この0.021%を「リスク」と考え、これを「ベネフィット」と天秤にかけて検討することになります。もしも、この0.021%というリスクが1桁上がって0.21%ならどうでしょう。「それでもベネフィットがリスクを上回るから受ける」という人もいるかもしれません。では、2.1%ならばどうでしょう。50人に1人以上が重篤になるワクチンを希望する人はまずいないでしょう。21%なら誰も受けないに違いありません。これではまるでロシアンルーレットです。
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)のワクチンを考えましょう。コロナワクチンの場合、軽症なものも含めれば副作用出現率はほぼ100%と言えます。尚、ワクチンの副作用は「副反応」と呼ばれることがありますが、ここではすべて「副作用」で統一します。
もちろん、軽度の副作用であればリスクと呼ぶに値しません。たとえ翌日から高熱にうなされ3日間寝たきりを強いられたとしても、4日目からは元気に登校・出勤できるのなら、ほとんどの人にとっては感染しにくくなるベネフィットの方がずっと大きいでしょう。
では、3日ではなく30日間寝たきりとなればどうでしょう。寝たきりとまではいかなくても、1か月間仕事や学校にも行けない状態、行けたとしても倦怠感がとれず集中力・記憶力が明らかに低下していてミスが連発、このままでは仕事をクビになるかもしれない。そして改善する見込みが立たない状態、だったとすれば……。
実は、こういう患者さんが増えています。最初に相談されたのは7月上旬。ある会社の経営者の人でした。ワクチンの1回目をうった翌日から倦怠感に苛まれるようになり、まともに仕事ができなくなり、現在は数日に一度メールで部下に指示を出すだけだそうです(尚、混乱や誤解を防ぐためにワクチン名や症状の詳細は伏せておきます)。その後、同じように「長引く副作用」を訴える患者さんが相次いでいます。
これはおかしいと考えた私は、医療者向けのポータルサイト「日経メディカル」の私の連載コラムに「「ポストコロナワクチン症候群」は存在するか」というタイトルの記事を載せました。公開されたのが9月22日です。このサイトは医療者が対象ですから、私の目的は医療者に問いかけるものでした。予想通り、何名かの医療者から「自分も似たような事例を経験している」という連絡をもらいました。
意外だったのが「コラムを読みました。私も同じことで苦しんでいます」という患者さんからの問合せが次々と寄せられたことです。日経メディカルは医療者でなければ会員登録できませんから、おそらく知り合いの医療者から転送してもらった、などで読まれているのでしょう。
しかし、です。(病名を何と呼ぶかは別にして)ポストコロナワクチン症候群が存在するとした研究は世界のどこを探しても見当たりません。今のところ、多くの医療者からみれば「谷口がわけのわからんことを言っている」という程度のものでしかありません。
似たような経験を1年半ほど前、2020年の春にもしました。コロナに感染した後、倦怠感や頭痛、味覚障害などが長期間続くという患者さんが相次ぎ、私はこれを「ポストコロナ症候群」と名付けました。初めの頃は誰も相手にしてくれませんでしたが、このときは私には”勝算”がありました。日本にはなくとも海外(特に欧州)からは感染後に症状が長期間残る事例が報告され始めていたからです。尚、このときも日経メディカルの連載コラムで記事を書き「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルで2020年5月9日に公開しました。
ワクチンで副作用が起こればPMDA(医薬品医療機器総合機構)の専用ページから報告することになっています。その原因が本当にワクチンかどうかは別にして、例えば翌日に激しい頭痛が生じて救急搬送されて死亡したような例はどのような医師が担当してもきちんと報告するでしょう。しかし、救急搬送されたものの医師が「単なる頭痛でワクチンと関連がない」とみなした場合は報告されません。患者さんが「ワクチンのせいです」と主張したとしても、必ずしも医師がそう判断するわけではないのです。
では、「ワクチン接種後1週間たってもだるさが続く」と言ってクリニックを受診した場合はどうなるでしょう。おそらくこのケースも報告する医師はあまりいないでしょう(私も悩みます)。では、2週間経過していればどうでしょうか。患者さんが「ワクチンが原因だ」と考えていて、私自身もそれが否定できないと判断した場合は報告を検討します。しかし、このケースでは報告しない医師もいるに違いありません。尚、コロナワクチンの副作用の届出は被害者の実名も報告せねばなりません。
つまるところ、コロナワクチンはどの程度の人にどの程度の副作用が出現して、それがどれくらいの期間続くのかといったことは誰にも分らないのが実情なのです。最近受診した患者さんは、「ワクチン接種後に頭痛を繰り返すようになった」という訴えが主症状ですが、左の脇のリンパ節が腫れているとも言います(ワクチンは左の上腕に接種)。超音波検査をおこなうと、患者さんの主張どおりリンパ節が腫れていました。ワクチン接種後のリンパ節腫脹の訴えは当院ではそう多いわけではありませんが、読売新聞の報告では4割にも上るそうです。
1回目接種で出現した副作用が長引いた場合、2回目に躊躇するのは当然でしょう。先に述べた日経メディカルの連載コラムでは、「うちたくなかったけれど担当医から強く勧められて2回目を接種して、結局今も寝たきりのまま」の事例も紹介しました。
一番の問題は「苦しんでいることが医療者に理解されず、医療機関を受診してもほぼ門前払いされている人が少なくない」ことです。当院にメールで相談して来られる人たちに「医師が患者さんを見放すことはありません。その医療機関で診られないのならきちんと診てくれるところを紹介してくれます。まさか、自分で探せ、とは言われないでしょう」と返答したところ、「その、まさかです」という返事が複数返ってきました。
目下のところ、ポストコロナワクチン症候群というものが存在することにコンセンサスはありません。ですが、当院に相談される患者さんを診ていると、(病名の是非はともかく)ワクチンの後遺症で苦しみ、そして日常生活に影響が出ることはあり得ると私は確信しています。ポストコロナワクチン症候群の存在を認めたからといって、直ちに特効薬が期待できるわけではないのですが、ポストコロナ症候群(感染後の後遺症)の場合も、治療を続けていれば多くの場合改善します(薬が効いたのか自然に治ったのか区別がつかないケースも多いのですが……)。
ポストコロナワクチン症候群の場合も一人で悩んでいてはいけません。当院をかかりつけ医にしている人のみならず、まだかかりつけ医を持っていないという人で悩んでいる人がいればご相談ください。
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