はやりの病気
2020年8月24日 月曜日
第204回(2020年8月) ポストコロナ症候群とプレコロナ症候群
新型コロナが「インフルエンザより少し重い程度」と言われていたのが遥か昔のようです。若くして、しかも基礎疾患(持病)がないのにもかかわらず、心筋炎を発症したり、脳梗塞を起こしたり、あるいは米国の40代の舞台俳優のように足を切断しなければならなくなったり、とインフルエンザとは比較にならないほど重症化するのが新型コロナの実態です。しかし、一方では今も「新型コロナはただの風邪」と考え、自粛やマスク着用に反対する人たちも(医療者のなかにも)いることが興味深いと言えます。
ただの風邪やインフルエンザと新型コロナが決定的に異なる理由のひとつが「後遺症」です。新型コロナに感染した後、ウイルスは体内から消えているのにもかかわらず、倦怠感、咳、胸痛、動悸、頭痛などが数か月にわたり続くことがあります。私はこれを「ポストコロナ症候群」と勝手に命名しています。ただし、これらの症状が本当に新型コロナウイルスに罹患したことが原因なのかどうか、証拠があるわけではありません。また、日本では新型コロナの検査のハードルが高く保健所はなかなか検査を認めてくれませんから、「あのときの症状はおそらく新型コロナだろう」という推測の域を超えず、現在ポストコロナ症候群と思わしき症状がある人が本当に感染していたのかどうか分からないこともあります。
ただ、私ひとりがこういった現象があるんだと主張しているわけではなく、世界中で同じような事例が報告されています。例えば、4月から5月にかけてイタリアで行われた研究によれば、新型コロナから回復した患者143人の87.4%が、約2カ月が経過した時点で何らかの症状を呈していました。まったく無症状は18人(12.6%)のみで、32%は1つか2つの症状、55%は3つ以上の症状が認められています。内訳は、倦怠感53.1%、呼吸苦43.4%、関節痛27.3%、胸痛21.7%です。こういった症例は世界中で報告されており、米国のメディア「Voice of America」は「Post-COVID Syndrome」と呼んでいます。
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも現在数名のポストコロナ症候群と思われる患者さんが通院されています。ただ、有効な治療法があるわけではありません。d-dimerという血栓の指標となる数値がしばらく高い人がいますが、この状態で抗血栓療法をおこなうことにはコンセンサスがありません。それに、d-dimerが正常化してからも症状がなくなるわけでもありません。微熱が持続する人もいますが、解熱剤を内服するのが賢明な治療とは言えません。
今のところ、すべての医療者が「ポストコロナ症候群」の存在を認めているわけではありませんし、機序は不明です。どれくらい持続するのか、悪化してやがて社会生活ができなくなるような可能性はあるのか、といったことも分かっていません。今後の世界からの報告を待つことになります。
さて、今回紹介したいのは「新型コロナに一度も感染していないんだけれど新型コロナのせいで健康を損ねている状態」で、これをポストコロナ症候群に対して「プレコロナ症候群」と呼んでみたいと思います(私は新しい言葉をつくるのが好きなわけではなく便宜上名前をつけているだけです)。
感染していないのになぜ健康を損ねるのか。そしてどのような症状を呈するのか。私は3つに分類しています。
1つは「新型コロナに感染したと思い込んで社会生活ができなくなる状態」です。単なる下痢や客観的にはごく軽度の倦怠感、軽度の喉の痛みなどが出現すると「新型コロナに感染したに違いない」と思い込み、いわば強迫神経症のような状態となり社会活動に支障をきたすのです。
「なぜ、そういった症状がコロナでないと言えるのか」という疑問があると思います。たしかにごく軽度の症状があり、それが新型コロナによるものだったということはしばしばあります。ですが、すべての軽症例が新型コロナに起因しているわけではありません。彼(女)らのなかには他院で高額なPCR検査を受け結果が陰性だったのにもかかわらず「感度は高くないんでしょ」などと言い、自分は感染したに違いないと言う人もいます。ひどい場合は高額な検査を繰り返し受けようとする人もいます。検査がすべてでないという考えは正しいのですが、検査がすべてでないからこそ医師が総合的に判断するのです。いったん「コロナに違いない」と思い込むと、彼(女)らは自分の考えを修正することができなくなります。
なかにはまったくの無症状の場合もあります。彼(女)らは、外出先で他人と接したときに「あのとき感染したかもしれない」と思い込み、いったんその思考に陥ると何も手に付かなくなってしまいます。このタイプは責任感の強い真面目なタイプが多く、「無症状の私が他人にうつしてしまったらどうしよう……」という自責の念に駆られます。
プレコロナ症候群の2つ目は「コロナを恐れて外出を控えたことにより心身が不調となる状態」です。最も分かりやすいのが「コロナ肥満」でしょう。谷口医院の患者さんのなかにも、体重が増え、血圧が上がり、中性脂肪と肝機能が悪化して……、という人が何人かいます。体重や血液検査値という分かりやすいものばかりではありません。生活リズムが崩れ昼夜が逆転し、睡眠障害、さらに不安感、抑うつ感が強くなり、社会復帰が困難になるケースもあります。高齢者の場合は認知症のリスクが上昇します。それだけではありません。ストレスから家庭内の人間関係が悪化することもあり、すでに欧州(特にフランス)ではドメスティック・バイオレンスの報告が相次いでいます。
プレコロナ症候群の3つ目は「皮膚のトラブル」で、原因はふたつあります。ひとつは「マスク」、もうひとつは「過剰な手洗い」です。
せっかくアトピー性皮膚炎やニキビが上手くコントロールできていたのに、マスクのせいで悪化したという人はものすごく大勢います。また、それまで顔面の皮膚のトラブルなど経験したことがなかったのに、マスクを常時着用するようになってから湿疹やニキビができたという人も少なくありません。
しかし、これには対処法があります。ひとつはまずしっかりと治すことです。谷口医院をマスクのトラブルで受診した患者さん(特に初診)のなかには、薬局の薬で余計に悪化させてから来た人もいます。まず短期間でしっかりと治療をおこない完全に治してしまうことが大切です。もうひとつの大切なことは「予防」です。いったん治っても、同じようにマスクを使用しているとかなりの確率で再発するからです。
ではどうやって再発を防げばいいのか。有効なのは「マスクの使い分け」です。サージカルマスク(不織布のマスク)は、暑いなかで着用していると皮膚が丈夫な人でも痒くなってきます。汗で痒くなって掻いて余計に悪化させている人もいます。また、むれた環境は皮膚の細菌増殖を促し、これがニキビの原因となることもあります。ですから、サージカルマスクの着用時間をできるだけ少なくして、布マスクを使用すればいいのです。
布マスクで感染予防の効果があるのか、という疑問があると思いますが、例えばCDCはウェブサイトでサージカルマスクが入手できないときは布マスクで代用することを推薦し、手製の布マスクの作り方をイラスト入りで紹介しています。私自身も、外出時は布マスクを使用しています。汗をかいて不快になったときのための予備の布マスク、複数枚のサージカルマスク、それにN-95と呼ばれる医療者用のマスクも携帯しそのときの環境に応じて使い分けています。これらを携帯用のアルコールジェルと共にひとつのポーチに入れて持ち歩いています。私はこのポーチを「コロナセット」と勝手に命名しています(やっぱり私は新しい言葉を作るのが好きなのかもしれません)。
「過剰な手洗い」で手荒れを起こしている人も少なくありません。コロナウイルスが手から感染することはありませんが、手荒れのせいで皮膚の防御力が弱くなり、他の病原体が皮膚に感染する可能性がでてきます。それに、いくら手洗いをしっかりしても次に何かを触ればそれで”終わり”です。「何か」とは、他人も触れるファイルやパソコン、硬貨、カードなどです。一方、いくら手が汚くても大量にコロナウイルスが付着していたとしても、その手で顔(特に鼻の下)を触らなければ感染することはありえないわけです。ですから手洗いよりも「顔を触らない」に注意すべきなのです。当然のことですが「顔を触らない」を一生懸命に実践しても皮膚にトラブルは生じません。
ただの風邪やインフルエンザには「ポスト」も「プレ」も(ほとんど)ありません。新型コロナは、感染する前も、感染しているときも、治癒してからもやっかいな感染症なのです。
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