はやりの病気
2020年6月18日 木曜日
第202回(2020年6月) アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」
アトピー性皮膚の治療の歴史が(ほぼ)確実に変わりそうです。
一般に、新しい薬が登場するときには慎重すぎるくらいの姿勢でいるべきです。発売してから当初は予想されていなかった副作用が報告されることがしばしばあるからです。しかし、2020年6月下旬に発売されることが決まっている「コレクチム」(一般名はデルゴシチニブ)は、(私個人の印象ですが)まず間違いなくアトピー性皮膚炎(以下単に「アトピー」とします)の治療の歴史を変えることになります。
今回はこのコレクチムの特徴を紹介したいと思いますが、その前にアトピーの歴史を、私見を交えて振り返ってみたいと思います。
1999年まで:プレ・タクロリムス時代
1999年:タクロリムス登場
2008年:シクロスポリン登場
2010年頃:タクロリムスが見直される
2018年:デュピルマブ登場
2020年:コレクチム登場
順番に解説していきましょう。90年代まではアトピー性皮膚炎に有効で安全な治療薬があるとは言えませんでした。ステロイドでいったん炎症を抑えることはできますが、中止すると元の木阿弥になります。だからと言って使用を続ければまず間違いなく副作用に苦しむことになります。なかには取り返しのつかないような副作用もあり、これが医療不信につながりました。現在の「知識」があれば、いい状態を維持するための「プロアクティブ療法」を実践すれば、ステロイドの副作用を最小限に抑えることができますが、90年代当時はまだこの言葉すらありませんでした。
医療不信が生み出したともいえる「民間療法」は様々な社会問題を引き起こしました。医療機関受診を頑なに拒否した(親が拒否させた)患者さんのなかには、不幸なことにアトピーの悪化から命を落とした人もいます。また、悪徳業者に高額な料金を要求されたり、高価なものを買わされたりといった事件が相次ぎ、これらは「アトピービジネス」と呼ばれました。
当初の名称は「FK506」、後にタクロリムス(先発の商品名は「プロトピック」)と呼ばれることになった外用薬は発売前からかなり注目されており、当時まだ医学生だった私のところにもたくさんの問い合わせがありました。「これでステロイドなしで治せる!」という声が多数あったのです。ところが、前評判が高すぎたことと、医師側が使用方法をきちんと説明しなかった(というより、発売された当時は医師もよく分かっていなかった)ことから「副作用が多すぎて使えない」という声が相次ぎました。この薬は炎症が残っている部位に塗れば余計に悪化することもあり、またけっこうな確率でニキビを代表とする感染症を引き起こします。
そして90年代後半から2000年代の終わり頃まではニキビのまともな治療薬がありませんでした。結局のところ、タクロリムスは正しい使用方法が伝わっていなかったことと、正しく使用してもニキビが高確率で発症しそのニキビを予防するためのいい薬がなかったことから、当初の期待ほどには普及しませんでした。この頃はまだ相も変わらず民間療法が跋扈し、被害者が続出していたのです。
2008年にシクロスポリンという内服の免疫抑制薬が登場しました。これはたしかに炎症を抑える効果は強いのですが、副作用が多すぎて非常に使いにくい薬でした。おまけに高確率で腎機能障害が起こるため定期的な採血をしなければなりません。そもそも長期では使えないという前提で発売されたものです。私の印象としては、内服ステロイドとそう変わりません。内服ステロイドも飲めばほぼ確実にそのときは改善しますが、副作用のリスクから飲み続けるわけにはいきません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)ではシクロスポリンは一度も処方していません。
2018年4月、デュピルマブ(商品名は「デュピクセント」)が発売されました。この薬(注射薬)は劇的に効きます。発売して2年以上が経過しますが、いまだに大きな副作用の報告もほとんどありません。効果も安全性も高いわけですから薬としては非常に優秀です。欠点は「費用」です。3割負担でも年間60万円程度かかります。現在、薬価は少し下がりましたが、それでも今でも注射1本19,900円(3割負担の場合)します。これを2週間に一度注射していかねばなりません。その他の費用と合わせると現在でも年間50万円以上はかかりますから「お金持ちにしかできない治療」となってしまっています(尚、谷口医院では現在デュピルマブを処方しておらず希望者には病院を紹介しています)。
そんななか2020年6月末に登場することになったのが冒頭で紹介したコレクチムです。この塗り薬の特徴を一言で言えば「タクロリムスの副作用を大きく軽減した薬」です。ここでタクロリムスの大きな2つの欠点を振り返ってみましょう。
ひとつは塗ったときの刺激感です。炎症がある部位に塗ると、痛み、熱感、痒みなどが出現します。これを我慢するという人もいますが、毎日の治療で我慢を強いられるのは避けたいものです。よって、こういった副作用が出現すれば直ちに洗い流して、再度ステロイドを塗るのが一番いい方法です。つまり、タクロリムスはステロイドで炎症を完全に取ってからでなければ使うべきでないのです。
もうひとつの欠点は先述したニキビです。タクロリムスは免疫抑制剤ですから皮膚表面の「免疫能」を低下させます。その結果、細菌が繁殖することになりこれがニキビをもたらすのです。他の感染症にも注意しなければなりません。特にヘルペスには注意が必要で、ヘルペスの治療のタイミングが遅れるとカポジ水痘様発疹症と呼ばれる重症型に移行し、こうなると入院しなければならないこともあります。
新薬コレクチムも刺激感がゼロではなく、またニキビの副作用もないわけではありません。ですが、いずれの副作用もタクロリムスに比べると起こる可能性が格段に少ないと言われています。ということは、タクロリムスがステロイドで完全に炎症をとってからでしか塗れないのに対して、コレクチムはまだ痒みがある状態でも塗っていいということになります。また、ニキビのリスクが低いのであればこれはありがたいことです。
アトピーがない人からはなかなかわかりにくいと思いますが、タクロリムス外用もニキビ予防薬の外用もとても面倒くさいものです。なぜなら、タクロリムスが塗れる状態というのはステロイドで炎症をとった後だからです。つまりかゆくないときにベトベトするタクロリムスを全身に塗らねばならないのです。タクロリムスには「軟膏」しかありません。タクロリムスの「ローションタイプ」をつくってください、と私は個人的に複数の製薬会社に10年以上言い続けているのですが今のところ技術的に難しいようです。そのベトベトするタクロリムスをまったく痒くないところに塗るのも大変ですが、さらにニキビの予防薬も塗らなければならない、というのもかなり面倒です。
コレクチムがタクロリムスより使いやすいのは間違いなさそうです。ならば全面的にタクロリムスがコレクチムに取って代わるのかと言えば、現時点ではその可能性はそう高くありません。費用の問題があるからです。コレクチムはタクロリムスの3倍近くします。正確には1本(5グラム)の値段が、タクロリムスは3割負担で76.05円(谷口医院で処方している後発品の場合)なのに対し、コレクチムは209.55円です。谷口医院の患者さんで言えば少々重症のアトピー性皮膚炎の患者さん(目安として非特異的IgEが10,000~60,000IU/mLくらい)が使用するタクロリムスの量は月あたり30~60本程度です。これをすべてコレクチムに替えるとなると経済的にしんどくなります。
とはいえ、デュピルマブに比べればコレクチムの費用ならほとんどの人が検討できる範囲内だと思います。谷口医院のポリシーは「新薬は原則として発売1年間は処方せずに様子をみる」というものですが、コレクチムは例外的に発売と同時に必要と思われる患者さんに紹介していく予定です。
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参考:はやりの病気
第99回(2011年11月)「アトピー性皮膚炎を再考する」
第177回(2018年5月)「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」
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