はやりの病気
2018年9月21日 金曜日
第181回(2018年9月) 混乱する肺炎球菌ワクチン
肺炎球菌ワクチンについていろんな噂や情報が飛び交っています。「2種類のワクチンはどちらがいいの?」「なんで64歳はうてないんだ?」「強い方のワクチンは子供と高齢者はうてるのに成人は未認可とはどういうことだ!」「追加接種をすべきかについて医師によって言うことが違う!」…、などなど。今回はこれらをすっきりとまとめてみましょう。
まずは、肺炎球菌とはどのような細菌なのかについて簡単にまとめておきましょう。この細菌は、例えばコレラ、赤痢、腸チフスといった高い病原性を持ち健常者をも死に至らしめるようなタイプの細菌ではなく、小児も含めて多くの人が鼻腔や咽頭に持っているものです。人に利益をもたらすわけではなく、これから述べるように時に”殺人細菌”と化すわけですが普段はある意味でヒトと「共生」していると言えるかもしれません。
肺炎球菌には多数の種類があり現在90以上のサブタイプがあることが分かっています。イメージとしては、このサイトで何度も紹介しているHPVと似ています。細かいことを言えばHPVと肺炎球菌はまったく異なるもので同列で考えるべきではないのですが、「多くのタイプがありその番号によって病原性が違う」のは同じだと思っていいでしょう。肺炎球菌は顕微鏡で観察することができます。「ここにうつっているのが肺炎球菌で間違いない!」と断定することは困難なのですが、グラム陽性(グラム染色で濃い青に染まる)の球菌(丸い菌、ただし私の印象では楕円形に近い)が2つペアになってみえます。これを「グラム陽性双球菌」と呼びます。
肺炎球菌が牙を向くのは免疫が弱っているときです。どんなときかというと、ひとつは、まだ免疫システムが確立していない時期、つまり小児期です。もうひとつは加齢で免疫が低下する時期、すなわち高齢期です。また、成人であったとしても何らかの理由で免疫力が低下した場合も要注意です。具体的には心臓や肺、肝臓、腎臓などに重症の病気がある人、重症の糖尿病の人、HIV陽性の人などです。交通事故などで脾臓を摘出している人も要注意です。脾臓はあまり目立たない臓器ですが、免疫系に重要な臓器で、脾臓のない人が肺炎球菌に感染すると数日間で命を失うこともあります。また、稀ではありますが生まれつき脾臓がない人もいます。
日本で肺炎球菌のワクチンが導入されたのは高齢者よりも小児が先でした。2010年に7価肺炎球菌結合型ワクチン(「PCV7」、商品名は「プレベナー7」です)が任意接種として導入されました。肺炎球菌は小児を死に至らしめることもある重要な細菌感染症ですが、小児の細菌感染症にはもうひとつ重要なものがあります。それは「インフルエンザ桿菌(Hib)」(インフルエンザウイルスとはまったく別の病原体。参照:はやりの病気第76回(2009年12月)「インフルエンザ菌とそのワクチン」)です。小児の細菌性髄膜炎の代表的な起炎菌の2つが肺炎球菌とインフルエンザ桿菌です。名前から考えて多そうな「髄膜炎菌」(参照:はやりの病気第145回(2015年9月)「髄膜炎菌による髄膜炎」)は非常に重症化しやすい細菌ですが頻度はこれら2つほど多くありません。また髄膜炎は細菌性よりもウイルス性の方が多く、ムンプス(おたふく風邪)によるものが有名です。
インフルエンザ桿菌のワクチンが任意接種として導入されたのが2008年で、定期接種となったのが2013年4月です。そしてこのときに肺炎球菌ワクチン(PCV7)も同時に定期接種となりました(ちなみに、この時もうひとつ定期接種になったワクチンがHPVワクチンで、こちらはその2カ月後に「積極的に勧奨しない」とされ接種率が激減しました)。
先述したように肺炎球菌には90種類以上のサブタイプがあります。そのすべてが病原性を持っているわけではありませんが、できるだけ多くのサブタイプをカバーできるワクチンが望まれます。7つでは心許ない、というわけです。そこで、2013年11月より13価(この「価」というのがサブタイプの数に相当すると考えてOKです)のワクチン(「PCV13」、商品名は「プレベナー13」)が登場し、PCV7と入れ替わりました。こうなるとPCV7を済ませた子供(の保護者)は、「PCV13を打ち直してよ」と思いたくなりますが、これは認められていません(自費でなら可能です)。また、後述するPPSV23を追加接種することも任意でなら可能です。
先述したように、肺炎球菌は高齢者にとっても脅威の感染症です。ですから高齢者への定期接種も長年望まれていました。そして、2014年、ついに23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(「PPSV23」、商品名は「ニューモバックスNP」)が65歳以上を対象とした定期接種となりました。ただし、定期接種の対象者は65歳以上全員ではなく、その年度に65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳(及び100歳以上)になる人(及び先述した免疫が低下している人で60~64歳の人、ただし脾摘者は2歳以上なら保険診療で接種可能)に限定されています。ややこしいのは、小児は13価、高齢者は23価と同じ病原体に対するワクチンなのに異なるものが定期接種になったことです。
これら2種のワクチンの違いを解説していきましょう。PCV13(及びPCV7)は「結合型ワクチン」で、PPSV23は「ポリサッカライドワクチン」です。ワクチンについて勉強したことがある人なら「生ワクチン」「不活化ワクチン」という言葉を聞いたことがあると思います。概して言うと「生ワクチン」が強力で「不活化ワクチン」は弱いワクチンと考えてOKです。だから一般に「不活化ワクチン」は3回、4回と回数を増やして打つことが多いのです。「結合型ワクチン」「ポリサッカライドワクチン」はいずれも不活化ワクチンです。これらの違いの説明は専門的になるので省略しますが、結論は「結合型ワクチン」の方が”強力”です。つまり、小児が対象のPCV13の方が、高齢者対象のPPSV23よりも強力なのです。では、なぜ高齢者にはPCV13でなくPPSV23が選ばれたかというと、カバーできる肺炎球菌の種類が多いから、という単純な理由だと思われます。
高齢者用のPPSV23はカバーできる肺炎球菌の種類が多いが、効果はPCV13より弱い。では「弱い」なら追加のワクチン接種は必要ないのか、という疑問がでてきます。それに、例えば現在66歳の人は70歳まで待たねばならず、その間に感染したらどうするのだ、という問題もあります。後者については、行政の立場からすると「予算を考えるとこれが限界。うちたいなら自費でうちなさい」ということなのかもしれません。
追加のワクチンについて考えてみましょう。費用のことはさておき、効果を追求するなら、まず初めからPPSV23単独でなく、PCV13も併用した方がいいんじゃないの?という意見がでてきます。たしかに理論的にはその通りで、日本感染症学会と日本呼吸器学会のメンバーから構成される合同委員会はガイドラインを出しています。
そのガイドラインによると、65歳、70歳、…、などの定期接種該当者は、まずPPSV23を公費で(無料で)接種し、その後1年以上たってからPCV13を任意で接種するか、5年以上経過してからPPSV23をやはり任意で接種するかを推奨しています。66~69歳、71~74歳、…、などの定期接種に該当しない人は、任意でPPSV23を打つ(その後は定期接種者と同じ方法)という方法でもいいし、PPSV23ではなくPCV13を先にうち、6カ月以上たってからPPSV23を任意で打つか4年以内にやってくる定期接種のときに無料で打つかのいずれかを推奨しています。すでにPPSV23を接種している人は、1年以上あけてからPCV13を任意でうつかPPSV23をやはり任意で接種するかが望ましいとしています。これらは2018年までの方法とし、2019年以降は追加接種も定期接種にすべきかを検討します、ということになっています。
2018年9月10日、第11回厚生科学審議会予防接種基本方針部会という会議が開かれました。結論としては「高齢者に対しPPSV23の再接種を推奨しない。またPCV13を(65歳以上の)定期接種にしない」となりました。つまり、行政としては、これまで通り、65歳、70歳、…、になると定期接種でPPSV23をうってください。追加接種はうちたい人だけどうぞ、と言っているわけです。
今回の話は非常にややこしいので最後にまとめておきます。これだけややこしいワクチンを理解するのは相当困難だと思います。かかりつけ医に相談するのが最適でしょう。
・肺炎球菌には90種以上のサブタイプがある。
・肺炎球菌ワクチンにはPCV13とPPSV23の2種類がある(注2)。
・PCV13の方が強力。だが13種しかカバーできない。
・PPSV23はパワーは弱いがカバーできるサブタイプの数が多い(23>13)。
・小児の定期接種はPCV13のみ。2カ月から1歳3カ月までの間に4回接種。
・高齢者の定期接種はPPSV23のみ。対象は65歳、70歳、…、100歳以上。
・高齢者の追加接種には様々な方法がある(本文参照)。
・高齢者以外でも60~64歳の免疫が低下している人は定期接種(無料)可能。
・脾臓摘出者は保険診療で接種可能(3割負担で約1,460円。診察代別途要)。
・60歳未満でも免疫が低下している人(本文参照)はワクチンを検討すべき。
・小児へのPPSV23の追加接種は任意でなら可能。
・PCV13が「認可」されているのは2カ月から6歳未満と65歳以上のみ(注1)。
・PPSVは2歳以上なら何歳でも任意接種可能。
注1:2020年5月29日より、小児・高齢者に限らずリスクのある全年齢が対象となりました
注2:2022年9月26日、15価の結合型ワクチン「バクニュバンス」が承認されました
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