はやりの病気
2018年6月23日 土曜日
第178回(2018年6月) 「咳止めが効かない」ならどうすればいいのか
「長引く咳」は太融寺町谷口医院を受診する患者さんの訴えで最も多いもののひとつであり、ドクターショッピングを繰り返している人も少なくありません。「何種類もの咳止めを使ったけれども効かなくて・・・」と訴える人は大勢います。
一方、インターネットのヘビーユーザーの中には、どこで情報を仕入れたのか「咳止めは飲んでも意味がないんですよね・・・」と診察室で話す人もいます。たしかに、この情報は1年くらい前からメディアで何度か流れたようで、「咳止めは効かない」は少しずつ人口に膾炙しているような感じがします。
そこで今回は「咳止め」は本当に効かないのか、民間療法としてもてはやされているハチミツやチキンスープは有効なのか、咳止めが効かないなら何をすればいいのか、といったことについてまとめてみたいと思います。
およそ1年前から「咳止めは危険」と言われだした発端は(私の見解では)2017年4月20日のFDA(米国食品医薬品局)の発表です。咳止めとしてよく使われるコデインリン酸塩及びジヒドロコデインリン酸塩(長いので以下「コデイン」とします)を含む医療用医薬品の12歳未満の小児への使用を禁忌(要するに禁止)とすることを発表しました。
(おそらく)これを受けて、日本の厚労省は米国と同様12歳未満へのコデインの処方をおこなわないよう通知をおこないました。
しかし、大人でも夜間の咳はつらいものですが、咳で眠れない子供をみると、薬を使って咳を鎮めてあげたいと誰もが思うはずです。ではどうすればいいか。医学誌『CHEST』2017年11月号(オンライン版)に興味深い論文が掲載されました。
この論文では、市販の咳止めや民間療法としてのチキンスープなども含めて、咳を止める効果についてこれまで発表された論文を総合的に解析しています。その結果、「咳に効果がある」というエビデンス(科学的確証)のある治療法はひとつもない、ということが分かりました。
風邪の民間療法というのはどこの国にもあり、米国ではチキンスープが主流のようですが、日本ではハチミツがよく使われます。この論文ではハチミツの効果も検討されています。ハチミツは、ある程度効果があるとする研究がいくつかあるようですが、強いエビデンスがある、とまでは言えないようです。
また、この論文では、風邪によく使う痛み止め(NSAIDs)や鼻水をおさえる抗ヒスタミン薬も咳の治療として効果はない、という結論がでています。(これらは薬理学的にみても咳に効くとは思えません)
さらに興味深いのはコデインについてです。論文の著者らはFDAの勧告の12歳ではなく、副作用のリスクから18歳未満にコデインを使うべきではないと結論づけています・
なんだか「夢のない」研究、というか、これまで世界中でおこなわれていた咳の治療は何だったのでしょう。我々はハチミツに劣る咳止めを求めて薬局や病院を巡っているということなのでしょうか。
ではハチミツはどの程度効果があるのでしょうか。違う研究をみてみましょう。過去にも紹介したことのある「コクラン・ライブラリー」というエビデンスを集めたサイトがあります。そのなかに「小児の急性咳嗽に対するハチミツ(Honey for acute cough in children)」というタイトルの論文があります。
これによれば、エビデンスのレベルは高くないもののハチミツはある程度有効のようです。しかし、その効果も3日までで、それ以降は効果がありません。他の薬とも比較されていて日本でもよく使われるデキストロメトルファン(商品名は「メジコン」など)と同じ程度効果があるとされています。(ということはデキストロメトルファンも少しは有効ということになります)
ここまでを(少し強引ですが)まとめてみたいと思います。
・咳に有効な治療:何もないとする研究もある。ハチミツは少し効果あり、デキストロメトルファンも多少効果があるとするデータもある。
・咳に効果がないもの:NSAIDs(ロキソニンやイブ、ボルタレンなど)などの鎮痛剤、ほとんどの抗ヒスタミン薬
・危険で使いにくいもの:コデイン(FDAは12歳未満、上記論文では18歳未満は使わないよう注意勧告)、デキストロメトルファン(下記参照)
さて、では実際にはどうすればいいのでしょう。また、コデインは18歳以上なら使ってもいいのでしょうか。それを知るには「咳止めがなぜ効くか」を考えるのが適切です。デキストロメトルファン、コデインを含む”普通の”咳止めのほとんどは「中枢性鎮咳薬」といって、脳の咳中枢を抑えるものです。咳は出そうと思って出るものではなく、脳の「咳担当の部分」があなたの意思に関係なく「咳をせよ」と身体に”命令”するわけです。つまり、中枢性鎮咳薬はこの咳中枢を一時的に麻痺させるのです。では、なぜ中枢性鎮咳薬は危険なのか。大きな理由は2つあります。ひとつは「眠気」です。程度の差はありますが、中枢性鎮咳薬は多かれ少なかれ眠気がきます。部分的にとはいえ、脳を麻痺させるわけですから当然といえば当然です。
もうひとつの問題は「依存性」です。コデインはモルヒネに似た麻薬です。またエフェドリンというやはり中枢性鎮咳薬は覚醒剤の一種です。コデインやエフェドリンを含む咳止めや風邪薬や薬局で簡単に買えますから容易に依存症をつくりだします。特にこれら2種の双方が入っているものはダウン系(コデイン)とアップ系(エフェドリン)が同時に体内に入りますから、大量摂取すれば、いわば「スピードボール」と同じように危険なものですし、簡単に依存症になってしまいます。(デキストロメトルファンには依存性がないと言われています)
では、困った咳にはどのように対処すればいいのでしょう。当たり前ですが、その「原因」を突き止めることが重要です。百日咳やマイコプラズマ、クラミジア(クラミドフィラ)肺炎のように細菌感染が原因になっている場合は抗菌薬が有効ですし、アレルギー関与の咳であればアレルギーを抑える方法を検討すべきです。長引く咳の原因が逆流性食道炎ということは珍しくなく、この場合胃薬を使います。
その逆に、原因を究明しないまま、漠然とコデインやデキストロメトルファンを飲むなどということは18歳以上であっても眠気やそれ以外の副作用のリスクを背負うだけです。しかし、こういった咳止めはまったくの「悪」ではなく、期間限定(長くても1週間以内)であれば、咳中枢を一時的に麻痺させてでも夜間の咳をとりぐっすり眠れるようにするのが効果的な場合もあります。また、一部の漢方薬はいくつかのタイプの咳に有効なことがあります。
以上をまとめると、咳にとって重要なのは、①まず咳の原因をはっきりさせる、②それぞれの咳止めの特徴を理解し副作用に注意する、③自分の判断で漠然と咳止めを飲み続けない、ということになります。
参考:はやりの病気
第110回(2012年10月)「長引く咳(前編)」
第111回(2012年11月)「長引く咳(中編)」
第112回(2012年12月)「長引く咳(後編)」
第82回(2010年6月)「熱のない長引く咳は百日咳かも・・・」
第19回(2005年10月)「咳」
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