はやりの病気

2013年6月15日 土曜日

第63回 日本脳炎を忘れないで! 2008/11/25

一度発症率が減少した後に再び増加し注目されるようになった感染症を「再興感染症」と呼びます。代表的なものが、結核、デング熱、狂犬病などですが、私は日本脳炎が再興感染症に加えられる日が近いのではないかと考えています。

 日本脳炎は、病気の名前が示すように日本に多い感染症でした。実際、1960年代までの日本では年間千人程度の患者数が報告されています。ところが、その後予防接種が普及し、また、水田耕作法や養豚方法が近代化された結果、患者数は激減し、最近の発症は年間10例未満となっています。

 しかし、これは日本国内の話です。日本脳炎はアジア全域に発症が認められます。特に中国南部からインドシナ、インドあたりで多く、毎年約5万人が発症し、約1万5千人が死亡しています。これは狂犬病に次ぐ致死的脳炎と言えます。

 この日本脳炎が再び日本で増加するかもしれない・・・、という話をしたいのですが、その前にこの高い致死率に注目してみてください。年間5万人の発症に対して、1万5千人が死亡、致死率はおよそ3分の1です。

 中国南部やインドシナでは医療技術が未熟じゃないの・・・、そのように考えたとすれば、それは間違いです。日本脳炎は日本で発症したとしても、致死率はおよそ3分の1です。日本脳炎には特効薬がないのです。

 さらに、残り3分の2が完全に回復するわけではありません。3分の1は神経障害など重篤な後遺症が残り、ほとんど寝たきりの生活となります。元気になって元の生活に戻れるのは3分の1のみなのです!

 日本脳炎は日本脳炎ウイルスに感染することで発症しますが、ここで、日本脳炎ウイルスはどのようにしてヒトに感染するのかおさらいしておきましょう。

 まず、日本脳炎ウイルスはヒトからヒトへの感染はありません。コガタアカイエカという蚊に刺されることで感染します。日本脳炎ウイルスは豚に感染していることがあるのですが、感染している豚の血液をコガタアカイエカが吸い出すことによって、コガタアカイエカの体内に日本脳炎ウイルスが移動します。そして、そのコガタアカイエカが人の血液を吸うときに、血液を吸いだす前に血を固まりにくくするために唾液を分泌します。その唾液のなかに日本脳炎ウイルスが含まれており、ヒトの血中に移動するというわけです。

 こう書くとかなりややこしいですが、要するに、コガタアカイエカが豚の体内に棲息している日本脳炎ウイルスをヒトの血液内に運んでいると考えれば分かりやすいかと思います。ですから、ヒトからヒトへの感染はありません。

 日本での日本脳炎発症例は、現在年間10例未満ですが、実は豚の日本脳炎ウイルスの抗体保有率はかなり高いことが分かっています。地域にもよりますがおおむね50%を超えるという調査が多いようです。(「抗体を保有している」というのは、その豚が日本脳炎ウイルスに罹患しているという意味です)

 豚の多くが日本脳炎ウイルスに罹患していることを考えると、日本脳炎発症者が年間10例未満というのは少なすぎるように思えます。これはなぜでしょうか。

 実は、ヒトがコガタアカイエカを通して日本脳炎ウイルスに感染しても、全員が発症するわけではありません。日本脳炎を発症するのは、感染者の100人から1,000人にひとりくらいの割合と言われています。つまり、ほとんどの人は日本脳炎ウイルスに感染しても自覚症状のないまま治癒しているのです。(これを「不顕性感染」と呼びます)

 ただし、その100人から1,000人のひとりに選ばれれば(別に選ばれているわけではありませんが)、大変な事態になることは先に述べた通りです。

 さて、私はその日本脳炎が今後日本で増えることを危惧しています。その理由をお話します。

 まず、ひとつめは、日本脳炎ウイルスに感染している豚が増えている可能性があることです。今年(2008年)の7月に三重県でおこなわれた調査では、検査した豚すべてから抗体が検出されています。8月には鹿児島県で日本脳炎ウイルスに感染した豚が基準値を超えたことにより、日本脳炎注意報が発令されました。

 ふたつめの理由は、日本脳炎ウイルスのワクチン接種をおこなうのが現在むつかしくなっているということです。日本脳炎が日本で急激に減少した最大の理由はワクチンの普及ですが、そのワクチン接種が現在非常に困難な状態にあるのです。

 これは、2004年に山梨県の14歳の女子が日本脳炎のワクチン接種が原因で、ADEM(急性散在性脳脊髄炎)と呼ばれる意識障害や手足が麻痺する病気になったことを受けて、2005年に厚生労働省が「現行のワクチンでの積極的推奨の差し控えの勧告」をおこなったことが原因です。「積極的推奨の差し控えの勧告」とはずいぶん分かりにくい表現ですが、要するに「日本脳炎ウイルスのワクチンはキケンかもしれないから積極的に打たないでね」と言うことです。

 現行のワクチンが使えないなら、安全なワクチンを開発すればいいわけですが、ことはそう簡単には進みません。厚生労働省のワクチン差し控え勧告を受けて、国内のメーカー2社が危険性の低い新しいワクチンを開発していましたが、「接種部位が腫れる」などの副作用が出現し、追加臨床試験が必要となり現在も審査の途中です。供給開始は早くても来年度(2009年度)以降になる見通しです。

 このようにワクチン接種をおこないにくい状況のなか、2008年10月には茨城県で2人の日本脳炎発症者が確認されました。先に述べたように日本脳炎を発症するのは、100人から1,000人にひとりですから、単純に計算して、茨城県では1月の間に200人から2,000人が日本脳炎ウイルスに感染したことになります。

 日本脳炎には地域的な偏りがあることが分かっています。関東地方よりも中国・四国・九州地方に圧倒的に多いという特徴があります。茨城県でひと月の間に2人の発症者が出たということは、今後西日本でさらに大勢の罹患者が現れる可能性があります。

 日本脳炎を危惧しなければならないのは本来ワクチンを接種すべき年齢にある小児だけではありません。実は、日本脳炎ウイルスのワクチンは生涯有効ではないのです。ですから、感染の可能性がある人は子供の頃にワクチンをうっていても抗体検査をおこない、抗体が消えていればワクチンの追加接種を検討すべきです。(実は、最近私も抗体検査をおこなったところ「陰性」でした。早速ワクチンを接種しましたがこのワクチンは厚生労働省が「差し控え勧告」をおこなっているものです)

 近所に豚がいない人は日本脳炎なんて気にしなくていいんじゃないの・・・。そう思う人がいるかもしれません。その地域から離れなければたしかにそうかもしれませんが、これだけ海外旅行がさかんになると海外(というより日本脳炎に関してはアジア)での感染を考えなければなりません。そして、このことが、私が日本脳炎増加を危惧する3つめの理由です。

 A型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルス、狂犬病などと比べると、「海外に行く前に日本脳炎のワクチンを」と言われることはあまり多くはありませんが、私はこれを不思議に思っています。

 アジア全域で年間5万人が発症しているということは、単純計算で年間500万人から5,000万人がウイルスに罹患していることになります。そして、もう一度言いますが日本脳炎を発症すると回復するのは3人に1人のみなのです。

 1日も早く安全性の確立した新しいワクチンが誕生することを願いたいものです・・・。
 
参考:
医療ニュース2008年8月29日「鹿児島で日本脳炎注意報」
医療ニュース2008年8月1日「日本脳炎の新ワクチンは2009年以降に」
医療ニュース2008年7月24日「豚が近くにいる人は日本脳炎に注意を!」
はやりの病気 第60回「虫刺されにご用心」

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2013年6月15日 土曜日

第62回 ニキビの治療が変わります! 2008/10/16

欧米では10年以上の歴史があり、世界50ヶ国以上で使われているニキビの特効薬ともいえるアダパレン(商品名ディフェリンゲル)がついに保険診療で処方できることになります。

 この薬は、高い効果が期待できる半面、ピリピリとした感覚(副作用)が出やすいことや(ただしほとんどは数日間のみ)、原則として妊婦には使えないことなどもあったためか、日本では長い間承認されていませんでした。

 もっとも、我々医師はアダパレンの高い有効性を知っていますから、保険診療が認められていないとはいえ、これまでも(医師としての)個人輸入などをおこない、希望する患者さんには保険外(自費診療)で処方していました。

 ただ、やはり自費診療になりますから、若い患者さんにすすめるのには抵抗があり、すてらめいとクリニックにニキビで通われている患者さんに対しても実際に説明をして処方したのはごくごくわずかです。(保険診療をしている以上、自費診療は検査でも薬でも推薦しにくいのです・・・)

 さて、アダパレン(ディフェリンゲル)がなぜそんなに高い効果があるのかについてお話する前に、まずはニキビがなぜできるのかを簡単に復習して、従来の治療をおさらいしておきましょう。

 簡単に言えば、ニキビの原因は2つです。ひとつは、アクネ菌を代表とする皮膚にいついている細菌が毛穴をすみかにして増殖することです。つまり、ニキビとは「細菌感染症」なのです。細菌感染症ですから当然抗生物質が効きます。現在、日本で、保険診療でおこなうニキビの治療は抗生物質が中心です。商品名で言えば、外用薬ならダラシンゲルやアクアチムクリーム、内服薬なら、ルリッドやミノマイシンです。

 ニキビのもうひとつの原因は「毛穴がつまる」ことです。細菌は毛穴の奥をすみかとしていますから、毛穴がつまれば細菌の”思うツボ”です。なぜなら、毛穴がつまって細菌が奥に閉じ込められれば、クレンジングをしても洗顔をしても容易には洗い流されないからです。

 では、なぜ毛穴がつまるかといえば、その原因は「アブラ」にあります。顔面がアブラっぽい人にニキビができやすいのは、アブラが毛穴をふさいでしまうからです。一般に、男性ホルモンが多い人の顔面はアブラっぽいことが多いのですが、男の子が中学生になって男性ホルモンがたくさん分泌されるようになるとニキビができやすくなるのはこのためです。

 女性の場合、生理(月経)前にニキビができやすい人がいるのも、ホルモンバランスに関係があります。排卵から月経までの期間を黄体期といいますが、この期間にはプロゲステロンというホルモンがたくさん分泌されます。そしてこのプロゲステロンがアブラの分泌を促し、分泌されたアブラが毛穴をつまらせて、その結果毛穴の奥で繁殖している細菌の”思うツボ”になるというわけです。

 ですから、女性で生理前になるとニキビが悪化して、生理が始まるとおさまるという人はピルを飲めば劇的に改善することがよくあります。ピルは中用量ではなく低用量ピルで充分です。ピルによって女性ホルモンのバランスが整えられ、その結果余分なアブラの分泌が抑制され、ニキビができにくくなるというわけです。

 すてらめいとクリニックの患者さんでピルを使用している人のおそらく半分くらいはニキビ改善目的だと思います。(ピルは、元々は避妊目的に開発されたものですが、すてらめいとクリニックの患者さんをみていると、避妊というよりはむしろ、ニキビ・肌荒れの改善や、生理痛の緩和、生理周期を整える、生理前のイライラなど(月経前緊張症候群)の治療目的などで使用している人の方がずっと多いようです)

 さて、アダパレン(ディフェリンゲル)の話にうつりましょう。

 ディフェリンゲルの作用メカニズムは専門的に説明すると複雑になりますが、簡単に言えば「毛穴を広げる」ことでニキビを治します。1日1回寝る前(必ずしも寝る前でなくてもいいですが)に気になるところに塗るだけでOKです。従来の治療である抗生物質の外用・内服、あるいはピルの内服などと併用することもできます。

 高い効果を期待できるアダパレンですが、注意点がいくつかあります。

 まず、妊婦と授乳婦には使用することができません。(そのため、すてらめいとクリニックでは、妊娠している可能性のある人でアダパレンを希望する人には妊娠検査を先におこなうこともあります)

 次に、副作用の頻度がまあまあ高いということです。シオノギ製薬(アダパレンの発売元)の資料によりますと、5%以上の頻度で、皮膚乾燥、皮膚不快感、皮膚剥奪などが生じています。このうち、皮膚乾燥については、他のニキビの治療法でもおこりますし、保湿をしてあげたり痒みがひどいときは痒み止めを飲んでもらったりして対処できます。それに一時的なものであることがほとんどです。

 問題は皮膚の不快感というか、極めて不快なピリピリ感や痛みがでたときです。こういった症状も通常は数日から2週間程度で軽減することが多いのですが、なかにはこういった副作用のせいでどうしても使用できないという人もいます。

 また、0.1~5%未満の頻度で肝機能障害や血中コレステロールの増加が起こる場合もあります。場合によっては使用後2~4週間程度経過したときに血液検査をおこなうことが必要になるかもしれません。

 それから、ピーリング治療を受けている人は併用すべきではないと思われます。どちらもピリピリ感や皮膚剥奪などが問題になることがあるからで、併用するとそういった副作用が増強される可能性があるからです。

 悪いことばかり並べて書くと、なんだかとても怖いような薬に思えてきますが(実際、アダパレンは「劇薬指定」となっています)、使用上の注意点を守れば、高い効果を期待することができます。

 日頃ニキビの患者さんを見ていて思うことは、「患者さんによってニキビに対する考え方がバラバラ」ということです。なかには、ひどいニキビに長年悩みながら医療機関を受診したことがなくて、様々な民間療法を試して余計に悪化させているような人もいます。(悪徳ニキビビジネス業者に大金を騙し取られたような人もいます!) また、医療機関は受診するものの改善しなければすぐに病院をかえて(いわゆる「ドクターショッピング」)、医療不信を募らせているような人もいます。(ニキビに限らず慢性疾患は長期間腰を据えて取り組むことが必要です!)

 ニキビに悩んでいる人、これまでのニキビ治療に失望している人も、アダパレンを一度検討されてはどうでしょうか。

注:アダパレン(ディフェリンゲル)は2008年10月21日より処方開始となりました。

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2013年6月15日 土曜日

第61回 舌の痛み~舌痛症~ 2008/9/22

それは私が入院していた頃の話・・・。

 交通事故で首から腕の激しい痛みや手のしびれに悩まされ入院生活を余儀なくされた私は、毎日夕方になると決まって舌にピリピリとした痛みを感じていました。

 この痛みは、最初は誤って噛んでしまったのかな・・・と思って鏡を見てみてもまったくそのような傷がありません。また「できもの」のようなものもありません。かといって”気のせい”というものでもなく、はっきりとしたピリピリとする痛みがあるのです。その痛みが気になって本を読むこともできません。

 しかし夕食時には、少なくとも夕食を食べているときにはあまり痛みを感じずに、食事に苦労することはありませんでした。そしてこの痛みは夜寝る前にも出現します。ただ、その痛みで寝られないかというとそういうわけでもありません。

 その痛みは毎日だいたい決まった時間に出現します。”激痛”というわけではありませんし「その痛みが気になって・・・」という以外は日常生活に影響することもありません。

 この症状はいったい何なんだ・・・。当時私は医師になったばかりの研修医でしたから、乏しい医学の知識をフル動員して考えましたが、この痛みに該当する病気の名前が見当たりません。

 やがて、この痛みは「舌痛症」であることを知りました。(私の記憶の限りでは、6年間の医学教育では舌痛症について学びませんでした)

 舌痛症とは、「外見上の異常がなく、また貧血や感染症といった原因があるわけでもない痛み」のことで、心身症のひとつとして位置づけられることもある原因不明の舌の痛みです。

 詳しい教科書を見てみると、「舌痛症は50~70歳代の女性に多く男性には少ない」と書かれていますが、30代の私に出現したというわけです。

 不思議なもので、入院中あれほど気になっていた舌の痛みは、退院後しばらくすると完全に治りました。そして6年以上たった今でも一度も再発していません。今考えると、入院中の不安から起こった心身症だったのかな・・・という気がします。

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 さて、すてらめいとクリニックを受診する患者さんのなかにも、けっこう舌の痛みを訴える人がいます。医師が患者さんから「舌が痛い」という症状を聞いたときに、最初に舌痛症を疑うというようなことは普通はしません。

 まずは、よく観察して傷や炎症、腫瘤がないかどうかを確認し、さらに口腔内の他の部位に炎症や異常所見がないかを確認します。もしも舌苔が多ければ、顕微鏡でカンジダの有無を確認します。さらに、唾液が充分にでているか、口腔や口唇に他の症状が出現していないか、などについても問診をおこないます。必要があれば血液検査をおこなうこともあります。

 舌の痛みを呈する病気には、舌痛症以外にも、腫瘍(癌)、ヘルペスやカンジダといった感染症、ドライマウスに伴うもの、亜鉛不足、貧血、膠原病などもあるからで、これらを見逃して安易に舌痛症という診断をつけるようなことはあってはならないからです。

 教科書には「50~70代の女性に多く・・・」と書かれていますが、すてらめいとクリニックを受診する患者さんだけでみてみると、舌痛症が女性の方が多いのは間違いないとしても、20代の女性や30代の男性にも珍しくはありません。そして、全員ではないものの、大多数の患者さんがなんらかの”不安”を抱えています。特に多いのが「癌になったのではないか」という不安、そしてもうひとつが「感染症に対する不安」です。

 よくよく問診してみると、知人や親戚が「舌癌になって・・・」というケースがありますし、なかには「エイズのひとつの症状として舌に痛みがでてきたのではないかと思って・・・」というものもあります。こういったケースでは、癌やエイズでないことを説明すると、それだけで数日後には軽快する場合もあります。

 やっかいなのは、特に具体的な不安をもたらす要因があるわけではないけれど漠然とした不安感や抑うつ感のある場合です。こういうケースでは、心配の種となっている原因が分からないために治療もむつかしいことが少なくありません。

 症例によっては、抗うつ薬や抗不安薬を使用するとよくなる場合もありますが、一時的に改善しても再発することもあります。また、漢方薬を使うケースもありますが、この場合、「どんな舌痛症もこの漢方薬で劇的に治る」というものはなく、その患者さんの他の症状や(東洋医学的な)体質を診察した上で、適切な漢方薬を選ぶことになります。

 長引くときは長引く舌痛症ですが、月に1~2度程度通院してもらっていくつかの薬を試しているうちに大多数の患者さんは治癒します。(薬が効いたのか、自然に治ったのか区別がつかないこともありますが・・・)

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 舌痛症という病気は、明らかな痛みはあるものの、確定させる検査もなければ、医師によって処方する薬が違うことも多々ありますし、患者さんサイドからみればときにたいへんやっかいな病気にうつることがあると思います。

 もしも舌に痛みを感じたときは、それでも医療機関を受診するようにすべきです。もしも原因がカンジダやヘルペスといった感染症であれば病原体をやっつけることによって症状は消えますし、亜鉛不足や貧血があるなら飲み薬やサプリメントで治ることもあります。

 また自分自身では気づいていないけれども、社会的あるいは精神的に不安要因があってそれが原因で舌痛症が生じている場合もあります。この場合、医師と話をするだけでも症状がとれることがあります。

 もともと何らかの不安があって、舌痛症が出現し、その舌の痛みがさらに不安を大きくして・・・、といった悪循環に陥らないためにも早めの受診が有効だというわけです。

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2013年6月15日 土曜日

第60回 虫刺されにご用心 2008/8/22

今年の夏にすてらめいとクリニックを受診した患者さんに多い疾患のひとつが「虫刺され」です。

 「たかが虫刺され」と思う人も多いでしょうが、虫刺されはときに重症化することもあります。

 まず、日本の夏にどこにでも登場する”蚊”の虫刺されについて少し詳しくお話いたします。

 「子供が蚊に刺されて全身が腫れあがった」と言って、小さな子供を連れて来られるお母さんがおられます。お母さん方にしてみれば、「なんで自分たち大人は蚊に刺されてもたいしたことがないのに子供はこんなに腫れるの」という気持ちになられるようです。

 これは、虫刺されに対するアレルギー反応の起こり方が大人と子供では異なるからです。虫に刺されると虫の唾液が皮膚に入ってくるのですが、この唾液に対するアレルギー反応が虫刺され症状の原因です。そして、虫刺されのアレルギー反応には、「即時型」と「遅延型」があります。通常、大人であれば「即時型」の反応を示すことが多いと言えます。これは虫(蚊)に刺された直後に皮膚が少し盛り上がる現象で、痒み自体はたいしたことがありません。(ムヒなどの)市販の痒み止めで充分対処できます。

 それに対して「遅延型」は、刺されてから1~2日程度たってから症状が現れます。この場合、強いかゆみが現れ、ときに大きく腫れあがり、この状態が数日間続きます。「遅延型」に対しては、市販のかゆみ止めがあまり効かずに、ステロイド外用薬が必要になります。子供の場合は、免疫系のシステムが充分に確立されていないために「遅延型」が起こりやすいと考えられます。

 ときどき、「子供にステロイドのようなきつい薬は使いたくない」というお母さんがおられますが、適切なタイミングで適切なステロイドを使わなかった場合、虫に刺された跡が長期間残ることがありますので、やみくもにステロイドを怖がるのではなく、医師の指導の下で上手にステロイドを使うことが必要です。

 「遅延型」の反応は大人に対して現れることもあります。この場合は、やはりステロイドの外用薬を適切に使用することが早くきれいに治すコツです。(ですから、「たかが虫刺され」と思わずに医療機関を受診することが必要です)

 さて、虫刺されで医療機関を受診する人は年々増えているように思われますが(おそらく私以外の医師も同じように感じていると思います)、これはなぜなのでしょうか。

 その理由のひとつが、地球温暖化ではないかと言われています。暖かくなったことにより虫にとって望ましい環境となり、その結果人を刺す被害が増えているというわけです。

 もうひとつは、海外からの輸入品に付着して日本に入ってきている虫が増えているということです。

 90年代後半にマスコミをにぎわせた「セアカゴケグモ」を覚えているでしょうか。セアカゴケグモが日本に上陸したのは、オーストラリアから荷物と共に大阪港に侵入したことが原因と言われています。国立感染症研究所の調査では、すでにセアカゴケグモは関西の広域に棲息していることが確認されています。

 また、中国からの貨物と一緒に「南京虫」が国内のいたるところに侵入しているという情報もあります。南京虫に刺されると、強烈なかゆみと腫れに悩まされることになります。

 虫刺されには命にかかわるものもあります。このウェブサイトの「医療ニュース」でもお伝えしましたように、今年は宮崎県でダニに刺された女性が「日本紅斑熱」で死亡しています。同じくダニが媒介する「ライム病」や「ツツガムシ病」もときに発熱やリンパ節の腫れなどの全身症状に悩まされることがあります。

 蚊が媒介し命にかかわる病気には日本脳炎があり、日本脳炎ウイルスが三重県でブタに新規感染したことは「医療ニュース」でお伝えしました。

 日本脳炎以外に、蚊が媒介して命にかかわる病気にマラリアとデング熱があります。どちらも日本で感染することは現時点ではないとされていますが、デング熱については今後注意が必要になるでしょう。

 デング熱はタイやマレーシアなど熱帯地方に生息している「ネッタイシマカ」や「ヒトスジシマカ」が媒介するのですが、デング熱は去年あたりから発症が増えており、現在台湾にまで北上してきています。

 また、タイでも今年は異例の流行を見せており、日本企業もたくさん入っているラヨン県では今年に入ってデング熱に罹患した人がすでに1,400人を超えており、そのうち2人が死亡しています。(デング熱の重症型のデング出血熱は致死的な感染症です) これを緊急事態と受け止めたラヨン県では5千万バーツ(約1億5千万円)をデング熱対策に割り当てるそうです。(報道は8月11日のBangkok Post)

 虫刺されがひどいときは、できるだけ早いうちに医療機関を受診することが必要です。特に発熱やリンパ節腫脹などが出現したときには自分で様子をみるのではなくすぐに受診するようにしましょう。

 強い症状が出たときには医療機関を受診するのが最善ですが、虫刺されには予防が大切です。まず、虫がいそうなところに行く場合は長袖・長ズボンを着用するようにしましょう。キャンプなどをするときには蚊取り線香は必需品です。電池式の携帯用蚊取り器(虫の嫌がる音がでる小さな器械)も有効です。

 それから、虫除けの塗り薬も持参するようにしましょう。スプレー型のものもありますが、私は個人的にはクリームタイプの方がより効果があると感じています。クリームタイプの方がまんべんなく塗れますし、顔にはスプレーを拭きつけることができないからです。(虫除けの塗り薬は薬局に売っていますが、海外では普通のコンビニにも置いていることが多いですから暖かい国に行ったときには必ず購入しましょう)

 まだまだ暑い日が続いており、山や海にキャンプに行ったり、海外旅行を楽しんだりする人も少なくないでしょう。旅行から帰ってから、全身が腫れあがってあわてて病院に、ということがないように・・・。

参考:
 2008年8月7日 宮崎の女性がダニに刺されて死亡
 2008年7月24日 豚が近くにいる人は日本脳炎に注意を!
 2008年5月19日 日本紅斑熱に注意
 2008年4月3日 ブラジルでデング熱と黄熱が大流行
 2008年2月19日 タイでデング熱が急増

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2013年6月15日 土曜日

第59回 カビの病気2(カンジダ) 2008/7/18

前回は、「カビの病気」として私自身が悩まされている癜風(でんぷう)と水虫をご紹介しました。

 今回は、カンジダについてお話いたします。カンジダも水虫と同様いろんなところにできますが(足、手、口角、体幹、男性のペニスなど)、日常診療でもっとも多く見るのが女性の外陰部、もしくは腟内のカンジダです。

 まず初めに、私が最も強調したいことをお話します。

 それは、「カンジダは性感染症とは限らない」ということです。世間では「カンジダは性感染症のひとつで、危険な性交渉をするからだ」と考えている人がいますが、これは誤りです。

 すてらめいとクリニックにはたくさんの女性のカンジダの患者さんが来られますが、その大半は性的接触が原因ではありません。(実際、処女のカンジダの患者さんもおられます)

 では、何が原因でカンジダが発症するかというと、前回でも述べたように「ストレス」と「抗生物質の服用」であることが圧倒的に多いのです。

 「ストレス」は計測しにくいものですが、患者さんのなかにはたいへん”わかりやすい”人がいます。例えば、「残業をする度におりものが増える」、「出張する度に外陰部が痒くなる」、あるいは「彼氏とけんかする度に・・・」という人もいます。これらは性交渉などが原因ではなく、明らかに「ストレス」が原因のカンジダです。要するに、ストレスを感じることによって身体の抵抗力(免疫力)が低下して、その結果カンジダが発症しているのです。

 前回、私は自分自身の癜風再発の原因として抗生物質があることを述べましたが、カンジダの場合も同様です。繰り返す人も少なくなく、「抗生物質を飲む度に・・・」という人も珍しくありません。なかには、「抗生物質を処方してもらうときは必ずカンジダの腟錠も同時に処方してもらう」という人もいます。

 先に、「カンジダは性感染症とは限らない」と述べましたが、例えば、クラミジアや淋病に感染して、抗生物質を服用したときに、「クラミジアや淋病は治ったけど、その後おりものが増えてその原因がカンジダだった」、ということは少なくありません。ですから、すてらめいとクリニックでは、クラミジアや淋病(これらはほとんど性感染症です)を治療する場合は、場合によっては予防的にカンジダの腟錠や塗り薬を処方することもあります。

 カンジダは性感染症とは限りませんが、なかには性感染であろうと思われるケースもあります。そして、これは男性に多いという特徴があります。男性のカンジダ性亀頭炎は、女性の外陰部や腟のカンジダに比べると頻度が少ないと言えます。これは、女性の外陰部や腟が湿っておりカビ(カンジダ)が繁殖しやすい環境なのに対して、男性のペニスは通常は乾いており、カビがあまり好まない環境だからです。

 しかしながら、女性との(コンドームなしの)腟交渉があれば、ペニスは多数のカンジダ菌にさらされることになります。これによって性感染するのです。ですから、私は、女性のカンジダを見たときは性感染を初めに考えませんが、その一方で、男性のカンジダを見つけた場合は、必ず性交渉の有無を尋ねるようにしています。

 ただし、男性のカンジダ性亀頭炎はある程度予防することができますし、それほど重症化はしません。予防には、「性交渉の後にすぐにペニスを洗う」ということを心がけていればかなりの確率でカンジダ性亀頭炎の発症を防げます。これは、たとえペニスが多量のカンジダ菌にさらされたとしても、実際にカンジダが皮膚に定着するのに数時間はかかるからです。

 そして、これはカンジダだけに限ったことではありません。日本人に水虫が多いのは、銭湯やサウナに置いてあるマットが原因だと言われています。銭湯やサウナに入った後は足を拭かざるを得ませんから、マットを使うことになります。この時点では水虫菌(白癬菌)が足に付着している可能性が高いと言えます。

 しかしながら、家に帰ってから足をもう一度洗えば(水洗いで充分ですが、抗真菌薬入りのボディソープなどを使えばより効果的でしょう)、水虫菌の感染が”成立”する可能性は下がるというわけです。

 話を戻すと、女性と(コンドームなしの)性交渉をした男性は、できるだけ早い時間にペニスを洗うのが予防としては効果的です。この場合、過去にカンジダ性亀頭炎を起こしたことのある人は、抗真菌薬入りのボディソープを用いるのがいいでしょう。

 過去にカンジダ性亀頭炎を起こしたことがなくても、(仮性)包茎の人は要注意です。包皮につつまれた部分はじめっとしたカビ(カンジダ)が大好きな環境になるからです。

 「(好きな)女性と性交渉を終えてすぐに身体を洗いにいくのはなんだか冷めた感じがする」、あるいは「そんなことをするのは女性に失礼では・・・」と感じる人もいるかもしれません。そのあたりについては、医学的に介入するべきではありませんから、各自で考えればいいと思います。

 さて、繰り返しになりますが、「女性のカンジダは性感染とは限らない」というのは男性にも是非とも知っていてもらいたいものです。というのは、特定の女性からカンジダをうつされた場合、男性はその女性を「浮気しているのではないか」と疑う可能性があるからです。

 例えば自分の彼女や奥さんからカンジダをうつされてしまった場合は、相手を疑うのではなく、「最近おりものが多くない?」とか「痒くない?」とかいった質問を優しくしてあげるようにしましょう。カンジダは放っておいて大事にいたるといったようなことは普通はありませんが、それでも重症化すれば、痒みやおりものの量でつらい思いをすることがありますし、場合によっては飲み薬まで必要になることもあります。

 カンジダの診断はいたって簡単です。男性のカンジダ性亀頭炎であっても、女性の外陰部(あるいは腟)カンジダ症であっても、顕微鏡の検査でその場で診断がつきます。(すてらめいとクリニックを受診された患者さんには、モニタでその人が持っていたカンジダ菌をお見せすることもよくあります)

 ただし、見ただけでは判らないことも多々ありますから必ず検査は必要です。実際、カンジダと湿疹やかぶれは見ただけでは鑑別のつかないことの方が多いのです。本当は湿疹なのにカンジダの治療をしていれば治るものも治りません。また、おりものの異常があってもそれが実際にはトリコモナスやクラミジアが原因であったということもよくあります。

 おりものの異常、外陰部の痒み、ペニスの発赤や痒み、などがあればなるべく早いうちに医療機関を受診するようにしましょう。

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2013年6月15日 土曜日

第58回 カビの病気1(癜風・水虫) 2008/6/24

「先生、首に湿疹ができてますよ」

 先日、クリニックのスタッフに言われた言葉です。

 「やっぱり再発したか・・・」

 これが最初に私がつぶやいた言葉です。私にはその”湿疹”が湿疹でないことがわかっていました。通常、湿疹であれば痒みを伴いますから、「他人に指摘されて発覚する湿疹」というのはあまりありません。

 この皮膚の異常は、もう18年も私を悩ませている病気で、あるカビが原因となっています。そのカビの名前を癜風菌(もしくはマラセチア)、そしてその病気の名前を癜風(でんぷう)と言います。

 私がこの病気に初めてかかったのは1990年の秋です。背中に薄赤色で境界がはっきりした皮疹が出現しました。痒みがないために気付いたときには背中一面に広がっていました。当時の私は、まだ関西学院大学の大学生で、医学部受験など微塵も考えていなかった頃です。当然医学的知識はまったくなく、私はその皮疹を”不吉な病”ではないかと考え、ついに「これはエイズではないのか・・・」と思うようになりました。(実際、知識が皆無の私が受診したのは医療機関ではなく保健所でした。目的は、「エイズ検査」です)

 当時はHIVの検査は結果がでるまでに1週間かかっていたため、私は眠れない日々を過ごし様々な思いをめぐらせました。(これについては「『GINAと共に』第10回HIV検査でわかる生命の尊さ」に詳しく述べていますので興味のある方はご参照ください)

 HIVが陰性であることが分かったことでようやく病院を受診する決心がつきました。診察室に入ると、担当医が「これはカビですよ」と言いながら、その場で顕微鏡を覗いて実際に癜風菌が繁殖していることを確認してくれました。「これくらいなら塗り薬だけで充分ですよ」と言われ、私は処方された薬を塗ると数日間でほぼきれいになりました。

 エイズ疑惑も晴れ、塗り薬だけで簡単に治った私の癜風ですが、これですべて終了となったわけではありません。この病気がやっかいなのは「再発が多い」ことです。

 もともと癜風菌は常在菌のひとつで、誰の皮膚にも少量は存在しています。それが”何らかの理由”で、一気に増殖することによって症状が出現します。

 ”何らかの理由”というのは様々ですが、最も多いのが「汗」です。一度発症すると、例えば夜中に暑くて汗をかきながら寝ているようなときには簡単に再発します。そのため、私は寝る前にシャワーをあびるようにしていますが、仕事が忙しかったりお酒を飲んでいたりして汗をかいたまま寝てしまえば再発することがあります。

 次に多い理由は「ストレス」ではないかと思います。よく言われるように、ストレスにさらされると身体の抵抗力(免疫力)が低下します。すると、癜風菌の増殖が始まり数日間のうちに身体のあちこちにあの皮疹が出現します。

 もうひとつ、注意すべき理由は「抗生物質の服用」です。抗生物質というのは細菌を死滅させるものであって真菌(カビ)をやっつけるものではありません。通常、皮膚には癜風菌を含めた真菌の常在菌と表皮ブドウ球菌などの常在細菌が混在しています。抗生物質を飲むのは、例えば扁桃炎で扁桃に繁殖している細菌や膀胱炎をもたらしている細菌を死滅させるためですが、このような「悪い細菌」だけでなく、「別に悪くない細菌」まで殺してしまいます。抗生物質を飲むと下痢をするのは、腸の中の「善玉菌」もやっつけられてしまうからです。

 冒頭で述べたように、私がスタッフから「首に湿疹が・・・」と言われて、「やっぱり再発したか・・・」と感じたのも、抗生物質を使用していたからです。少し前に私は風邪をこじらせて細菌性の咽頭炎を発症させていました。そして、高熱に苦しめられたために内服だけでなく抗生物質の点滴もおこなっていました。

 その結果、身体のあちこちに棲息している「別に悪くない細菌」も死滅させることになり、カビ(癜風菌)の”天下”にさせてしまったのです。
 
 スタッフに首の皮疹を指摘された夜、背中をみてみると直径数ミリから数センチの円形もしくは楕円形の赤い皮疹が多数現れていました。癜風は痒みがないか、あってもごく軽度のため、気付いたときには背中一面に広がっていることが少なくないのです。

 しかし、癜風は治すこと自体は簡単です。今回は抗生物質が原因でやや勢いが強かったのと背中は塗り薬を塗りにくいことから、抗真菌薬の内服薬を使いました。薬を飲みだして今日で4日目ですが、私の癜風はほとんどなくなっています。

 日常よく遭遇する真菌(カビ)の病気のトップ3は、白癬(水虫)、癜風と、もうひとつはカンジダだと思われます。

 水虫が夏に多いのは、やはり夏になると暖かくなって汗をかくからです。ほどよい温度と汗がもたらすじめっとした環境は水虫が大好きな環境なのです。しかし、汗だけが悪化因子ではありません。

 例えば寝たきりで肺炎などを繰り返している高齢者は、水虫をもっていることが少なくありません。これは、肺炎などの細菌感染症で抗生物質を使っていることも原因のひとつです。だから、入院時には足がきれいだったとしても、抗生物質の点滴などを繰り返しているような患者さんに対しては、我々医療従事者は足の水虫のチェックをおこないますし、股の水虫(いわゆる「いんきんたむし」)が現れていないかにも注意を払います。

 水虫というと足の水虫を思い出す人が多いでしょうが、実際には頭皮、手(ただしこれは珍しい)、股、背中やおなかなどにできることもあります。だいたいは、塗り薬だけでよくなるのですが、例外が2つあります。

 ひとつは爪の水虫、もうひとつは踵(かかと)の水虫です。これらは痒くないために重症化して初めて医療機関を受診する人も少なくありません。爪の水虫は、爪が白くなり分厚くなってくることで、「見た目が悪いから」という理由で受診する人もいます。踵の水虫は、踵の皮膚が厚くなりカサカサになってくるのが特徴です。これは知識がないと水虫とは考えないかもしれません。

 通常、これらの水虫には最初から塗り薬に加えて飲み薬を処方することが多いと言えます。塗り薬だけではとうてい治らないからです。

 つづく・・・

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2013年6月15日 土曜日

第57回(2008年5月) 疲労の原因と慢性疲労症候群

 疲れると筋肉で尿酸がつくられて、その尿酸が疲労を蔓延化させる・・・

 このような「乳酸悪玉説」を聞いたことがありますでしょうか。しかし、最近はこの「乳酸=疲労物質」という説はほぼ否定されつつあります。例えば、マウスなど実験動物に乳酸を投与しても疲労がみられなかったという実験があります。

 乳酸に代わって最近注目されているのは、「疲労神経回路説」です。疲労を感じると脳の前頭葉の一部の血量が減り、神経伝達物質のセロトニンの働きに異常がおこるというもので、血流の低下は実際にPET(陽電子放射断層撮影装置)などで確認することができます。

 疲労の神経回路には免疫系も関与していると考えられています。風邪をひいたときなどには疲れ(倦怠感)を感じますが、これは風邪の原因ウイルスがサイトカインという免疫に関係した物質を生成するためだと考えられています。

 ウイルス感染以外にも、例えば肝炎の治療で使うインターフェロンという薬は副作用で倦怠感が出現しますが、これもインターフェロンがサイトカインとして作用するからです。

 ここまでをまとめると、ウイルス感染やインターフェロン投与で体内にサイトカインが蓄積すると、脳内の疲労に関する部位に異常が起こり、血流が低下し神経伝達物質に異常が生じるということになります(もっともこの説も完全に認められたわけではなくまだまだ研究段階ではあります)。

 ところで、慢性疲労症候群という病気をご存知でしょうか。

 慢性疲労症候群とは、強度の疲労が長期間(一般に6ヶ月以上)に及び継続する病気で、身体だけでなく思考力や精神力も疲労困憊し、日常生活を著しく阻害することもあります。

 単なる疲労とは異なり、微熱、咽頭痛、リンパ節の腫れ、関節痛、睡眠障害などが生じることもあります。

 慢性疲労症候群は現在もっとも注目されている疾患のひとつで多くの研究がおこなわれています。上に述べた脳内の血流の異常も慢性疲労症候群の患者を対象とした研究で明らかになったものです。

 慢性疲労症候群の原因は、結論から言えば依然として”不明”なのですが、提唱されている説には、内分泌の異常、神経の異常、遺伝子の異常、幼少期の虐待、感染症、などがあります。

 慢性疲労症候群はときに集団発生することがあり、例えば1984年にはアメリカのネバダ州の小さな町で人口の1%にあたる約200人が一斉に発症したという記録があります。集団発生は他の国でも報告があり、未知のウイルスが原因ではないかと考えられ、一時は”第2のエイズ”とも言われたことがありました。

 その後、ウイルス感染が慢性疲労症候群の原因という説は下火になっていたのですが、最近改めて有力視されるようになってきています。

 例えば、ヘルペスウイルスの一種であるHHV6及びHHV7が原因ではないかとする説が注目されています。HHV6及びHHV7は、乳児の発熱・発疹でお馴染みの「突発性発疹」の原因ウイルスです。(ときどき突発性発疹に二度かかることがあるのは、HHV6とHHV7の双方に罹患するケースがあるからです) HHV6あるいはHHV7は一度感染すると体内から消えることはありません。突発性発疹が治ってもこれらのウイルスは体内に潜みます。そして成人してから再度増殖して慢性疲労症候群をもたらすのではないかと考えられているというわけです。

 また、先に述べたネバダ州の小さな町のケースではEBウイルスが原因ではないかとする説があります。この他にも、肺クラミジア、リケッチア、Q熱、サイトメガロウイルスなどが原因ではないかと言われることもあります。

 いずれのウイルス(や細菌)が原因であったとしても、疲労を生じる機序としては、まず感染によりサイトカインが生成され、これが異常蓄積し、脳内の疲労の回路に異常をきたすと考えられています。

 慢性疲労症候群は、これまで日本人の0.1から0.3%くらいにみられるのではないかと考えられてきましたが、最近「実際はもっと多く人口のおよそ1%に相当する」という研究が発表されました。人間ドックを受診した1000人以上を対象とする大規模調査で男性女性とも全体の1.2%が慢性疲労症候群と診断されたのです。

 人口の1%といえば決して珍しい病気ではありません。実際、慢性疲労症候群に罹患した(あるいはしたと考えられる)有名人は少なくありません。歴史上の人物でいえば、ナイチンゲール、ダーウィンが疑われています。ジャズピアニストのキース・ジャレット、『月の輝く夜に』でアカデミー主演女優賞を受賞したシェール(ダンスミュージックファンには「Believe」の方が有名かもしれません)も罹患したという噂があります。

 慢性疲労症候群はなかなか診断がつきにくく、いくつもの病院を受診(ドクターショッピング)することが多いという傾向があります。また、一方では患者さんの方に病識がなく、しんどいのは病気のせいではないと思い込み医療機関を受診しない人も少なくありません。

 もっとも、医療機関側からみても自信をもって慢性疲労症候群と診断できる医師は多くなく誤診されているケースも少なくないかもしれません。例えば、うつ病、更年期障害、自律神経失調症などと誤診されていることが予想されます。私は、疲労の程度が激しくて慢性疲労症候群が疑われる場合、他の疾患(膠原病、甲状腺機能低下症、うつ病、HIV感染など)を除外した上で専門機関に紹介するようにしています。(私の母校の大阪市立大学医学部には「疲労クリニカルセンター」があります)

 もちろん太融寺町谷口医院でも診察しています。治療法は、決定的なものはありませんが、一部のビタミン剤や漢方薬がよく効く場合がありますし、一部の抗うつ薬が有効な場合もあります。

 慢性疲労症候群がやっかいなのは、ときに社会復帰ができなくなるほどの重症化があることです。数十年もの間疲労に悩まされる人やなかには寝たきりの状態になる人もいます。

 気になる人は、「しんどいのは気のせい・・・」と思わずに、まずは近くの医療機関に相談されてみてはいかがでしょうか。

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2013年6月15日 土曜日

第56回 ついに登場! 飲む禁煙薬 2008/4/22

すてらめいとクリニックでは保険診療で禁煙外来をおこなっていますが、現在の薬の主流はニコチンの貼付薬です。ニコチンが含まれたこの貼付薬は、一定量のニコチンが体内に吸収されることによって、タバコを吸いたくなくなります。(無理に吸おうとすると吐き気などの不快な症状が現れます)

 そして、徐々に貼付薬のニコチン量を減らしていって、最終的には貼付薬なしでもタバコを欲しなくなる、というのが禁煙への道のりです。

 このニコチンが含有された貼付薬が禁煙成功率が高いのは「一定量のニコチンが体内に吸収される」からです。これがニコチンガムとの違いで、ニコチンガムは噛んでいる間だけニコチンが体内に吸収されます。実際、ニコチンガムでは失敗したけれどニコチンパッチ(貼付薬)で成功した、という人は珍しくありません。

 禁煙薬にはニコチン貼付薬以外にも飲み薬があります。海外では以前から使用されていましたが、来月から日本でもようやく処方できることになります。

 この「飲む禁煙薬」は「チャンピックス」という名前で、最大の特徴はニコチンを含んでいないということです。ニコチンガムやニコチンパッチが、少量のニコチンを体内に吸収させることでタバコが欲しくなくなるのに対し、チャンピックスは、ニコチンに類似した物質を吸収させることでタバコが欲しくなくなります。

 この理屈は少しむつかしいかもしれませんので分かりやすく説明します。

 まず、なぜ人がタバコを吸って(ニコチンを吸収して)快楽を感じることができるかというと、それは脳内の神経細胞にニコチンを結合させる「受容体」があるからです。これは、よく「鍵」と「鍵穴」の関係で説明されます。つまり、この場合、ニコチンが「鍵」で、ニコチンの受容体が「鍵穴」になります。ニコチンという「鍵」がニコチン受容体の「鍵穴」に結合することによって、神経細胞がドパミン(ドーパミン)という神経伝達物質を放出します。このドパミンの放出によって人は快楽を感じるのです。

 物質と受容体の関係(「鍵」と「鍵穴」の関係)はニコチンだけでなく、覚醒剤でも麻薬でも同様のメカニズムがあります。なぜ、人が麻薬(ヘロインやモルヒネ)を吸収して恍惚感が得られるかというと、それは、麻薬という「鍵」と結合できる「鍵穴」(麻薬の受容体)が脳内の神経細胞に存在するからなのです。

 話を戻しましょう。チャンピックスでなぜ禁煙できるかというと、それはチャンピックスがニコチンに似ているからです。ニコチンにかたちが似ているチャンピックスは、ニコチン受容体に結合することができるのです。

 ニコチンがニコチン受容体と結合すると、神経細胞はドパミンを放出します。そしてドパミンは別の神経細胞の受容体に結合することによって人は快楽を感じます。チャンピックスの場合、ニコチンのときほどたくさん放出されず、少量のドパミンのみが放出されます。これで、禁煙に伴う離脱症状やタバコに対する切望感が軽減されるというのがチャンピックスで禁煙ができるメカニズムです。

 「メサドン療法」という言葉をご存知でしょうか。これは、なぜか日本ではおこなわれていませんが、海外では麻薬を断ち切るときにおこなわれる治療法です。つまり、麻薬にかたちがよく似たメサドンという物質を内服し、麻薬の受容体にメサドンが結合し、麻薬に伴う離脱症状や麻薬に対する切望感が軽減されるというわけです。

 チャンピックスを用いた禁煙治療は、麻薬を断ち切る治療におけるメサドン療法と似たようなメカニズムというわけです。

 さて、チャンピックスを用いた禁煙は具体的にはどうするかというと、まず、禁煙の開始日を決めて、その1週間前から服薬を開始します。1日目から3日目までは少量(1日0.5mg)のチャンピックスを内服し、4日目から7日目は1日1mgを内服します。

 8日目に禁煙を開始します。そしてこの日からチャンピックスを1日2mgに増量します。12週までこの量を毎日服用します。12週が経過した時点で禁煙が続いていれば、さらに最長24週までチャンピックスを継続することが可能です。

 成功率が気になるところですが、チャンピックスの製造元のファィザー製薬のデータでは、12週の時点での禁煙成功率が65.4%となっています。一方、ニコチンパッチの成功率はどうかというと、ニコチンパッチ(商品名はニコチネルTTS)の製造元であるノバルティスファーマのデータでは52.3%となっています。(単純に数字を比較すると、65.4>52.3となりますが、統計の取り方が同じでなく完全な比較試験がおこなわれているわけではありませんから、一概にどちらが成功しやすいとは言えません)

 価格については、すてらめいとクリニックの「禁煙外来」にもあるように、ニコチンパッチでおこなった場合は、5回の受診で約12,000円(3割負担の場合)が必要となります。チャンピックスを使用した場合は、総額で18,000円から20,000円くらいになるものと思われます。

 ところで、すてらめいとクリニックの禁煙に成功した患者さんにはある”共通点”があります。それは、「強い動機を持っていること」です。私は、禁煙を始めたいという人には必ず動機を確認するようにしています。この動機が”はっきりとしたもの”で、”シンプルなもの”であればあるほど禁煙成功率が高いように思われます。

 最も顕著なものは「(タバコのせいで)自分が病気をした」というものです。心筋梗塞で救急搬送されたり、成人してから喘息発作があらわれたりといった経験のある人は強固な動機を持っています。

 自分が病気をしなくても、「身近な人が(タバコで)病気をした」というのも強い動機になります。また「子供から(孫から)タバコ臭いと言われた」というのもよくあります。「歌を歌う職業だから」、「社内の規定でタバコを吸ってはいけないことになっている」、「医療職だから」、「喫煙者は就職に不利だから」というのもあります。

 これに対し、確固とした動機はなくて「最近はラクにやめれる薬ができたって聞いたんで・・・」と言って受診される人の成功率はそれほど高くありません。

 つまるところ、ニコチンパッチにしても内服薬(チャンピックス)にしても、これらはあくまでも「禁煙補助薬」であって、禁煙するあなたを手伝ってくれるにすぎません。実際、ニコチンパッチを貼っている間は禁煙できたけれども、パッチを終了してしばらくするとまた吸ってしまった、という人は決して少なくありません。

 最も大切なことは「強い動機」だということをお忘れなく・・・

参考:
はやりの病気第32回 そろそろ本格的な禁煙を!① 2006/05/15
はやりの病気第33回 そろそろ本格的な禁煙を!② 2006/06/01
はやりの病気第34回 そろそろ本格的な禁煙を!③(最終回) 2006/06/19

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2013年6月15日 土曜日

第55回(2008年3月) SSRIは本当に効果がないのか

 SSRIと呼ばれる抗うつ薬があります。selective serotonin reuptake inhibitor(選択的セロトニン再取り込み抑制剤)の略で、世界でもっとも売れている抗うつ薬です。

 SSRIは従来の抗うつ薬に比べ大幅に副作用が少なく効果も期待できるとされ、90年代半ばには「最も売れている薬(the world’s fastest-selling drug)」の地位を確立しました(現在はバイアグラにその座を明け渡しています)。

 SSRIは複数の製薬会社が発売しており、世界で最も有名なSSRIはおそらくプロザック(Prozac)だと思われます。日本ではなぜかプロザックは発売されていませんが、他のSSRI(商品名で言えば、パキシル、ルボックス、デプロメールなど)は日本の医療機関でも処方されています。また、プロザックを個人輸入して服用している日本人も大勢いると言われています。

 SSRI、特にプロザックは、別名「happy drug」、「happiness pills」などと言われ、通勤前に気軽に服用するユーザーも多く、実際アメリカでは2回目以降は薬局で医師の処方箋なしに購入できます。

 このようにSSRIは最も身近な抗うつ薬として世界中で愛用されています。

 ところが、です。「SSRIは効果がない」とする発表が先月末にイギリスでおこなわれ、世界中で物議をかもしています(なぜか日本のマスコミはほとんど報じていませんが・・・)。

 2月26日のThe Independent(UKのタブロイド紙)によりますと、イギリスの研究者がSSRIに関するメタ分析をおこなったところ、SSRIは非常に重症なうつの症例を除いては効果がほとんどないとの結果がでました。今回の研究では、従来、非公開となっていた治験結果をも含めて検討されています(メタ分析とは、先行する多くの研究を評価・検討する研究方法です)。

 この発表を受けて製薬会社は反論をしています。プロザックと並んでよく処方されているSSRIにSeroxat(日本発売名は「パキシル」)というものがあり、これはグラクソスミスクライン社が製造販売しています。

 「SSRIは効果がない」とする今回の研究発表に対して、グラクススミスクライン社は、「今回の研究ではSSRIがもたらす利益が充分に評価されていない。実際の臨床の現場で認められているSSRIの有用性が研究に反映されていないのは奇妙である。今回のたったひとつの研究で患者に不必要な警戒心をもたせることがあってはならない」、とコメントしています。

 さて、ここからが私には大変驚きでした。

 今回の発表を受けて、イギリス政府は、「今後3年間で3,600人のセラピストを養成し、薬剤に頼らないうつ病の治療法を推進する」という方針を公表したのです。

 イギリス政府が直ちにこのような発表をおこなった背景には様々な要因があるでしょうが(例えば3,600人の新たな雇用が生まれる可能性があります)、イギリス政府が「SSRIには効果がない」とする発表を信憑性のあるものと受け止めて、改善策を提示しているのは事実です。

 谷口医院ではどうかというと、パキシル(Seroxat)を含めていくつかのSSRIを大勢の患者さんにすでに処方しています。SSRIとよく似た作用を示すとされているものでSNRI(Serotonin & Norepinephrine Reuptake Inhibitorsの略、日本語ではセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬、商品名はトレドミン)というものがあり、これも多くの患者さんに処方しています。

 処方した結果はどうかというと、劇的に効いたケースもあります。例えば30代のある男性は、仕事をなくし自宅に引きこもっていましたが、SSRIの処方で(それも少量の処方で)、自信を取り戻し、仕事をみつけ恋人までできるに至りました。
 
 しかし一方では、あまり効果のでなかったケースもあります。一部のSSRIは、うつ症状だけでなく、過食症や強迫性神経障害にも効果があるとの報告もありますが、こういった症状に対していつも効果が現れるとは限りません。

 それに、SSRIは従来の抗うつ薬に比べると副作用が少ないとされていますが、実際は吐き気や眠気の副作用を訴える患者さんもいます。さらに、SSRIには自殺を助長することがあるとの研究発表もあり、自殺企図のあるケースや未成年に対しては処方に慎重にならざるを得ません(当院ではこういうケースに対してはうつの専門医を紹介するようにしています)。

 今回のイギリスの発表を受けたからというわけではありませんが、当院では、SSRI以外の治療をすすめるケースもよくあります。SSRI以外にも副作用が少ない薬剤もありますし、患者さんのなかには自主的にサプリメントのセントジョンズワート(オトギリ草)を入手して服用している人もいます(参考までに、ドイツではセントジョーンズワートは抗うつ薬として承認されています)。

 薬物以外にも、例えば「運動」がうつの改善につながる場合もあります。また、近年有効性が認められている治療法に「認知療法」と呼ばれるものがあります。認知療法とは、患者さん自身が様々な事象に対する認知を修正することによって、苦しみの少ない方向に情動が変化し、より建設的な方向に行動出来るようになることです。

 実際の診療の現場では、時間をとって「認知を修正する手助け」をするのは難しいことも多いのですが、クリニック内のカウンセラーが話を聞いて、建設的な行動ができるようになる場合もあります。

 上に紹介したThe Independentの記事のなかには、うつに対する様々な治療法が紹介されており、「友達と話す」というのがあります。これは、軽症のうつの場合、友達など親密な人と話をすることにより、うつが軽減されるというものです。

 これは、実際の臨床の現場でもよく体験することです。「話を聞いてもらえる友達ができて気分がラクになりました」という話は患者さんからよく聞きますし、薬剤を投与してもなかなか効果のでなかった患者さんから「恋人ができて薬は一切不要になりました!」と聞いたこともあります。「うつの改善のために友達や恋人を見つけましょう!」と直接的に患者さんに言うことはあまりありませんが、友達や恋人の存在がうつを改善するというのはよくあることです。

 実際にうつで苦しんでいる患者さんをみていると、薬が効くケース、カウンセリングで効果がでるケース、新たな友達の存在でよくなったケース、運動療法を加えることでよくなったケース・・・、と様々です。

 こうして考えてみれば、happy drugなどと呼ばれ世界中に広く浸透したSSRIはこれまで強い効果を期待されすぎていたのかもしれません。

 私自身は「SSRIは効果がない」とは考えていませんが、数多いうつの治療の選択枝のひとつであるということを再確認したいと思います。

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2013年6月15日 土曜日

第54回 尖圭コンジローマ -新薬登場で短期治癒が可能に- 2008/2/14

尖圭コンジローマという感染症をご存知でしょうか。

 いわゆる性感染症のひとつで、ときに治療に時間のかかるものです。この感染症は性交渉を通してヒトパピローマウイルス(以下HPV)というウイルスが感染することによって、性器にイボができます。通常このイボには痛みも痒みもありません。

 (”コンジローム”と書かれているものもあるようですが、英語ではcondylomaですし、コンジローマが正しいです。名前が似ている病気に「扁平コンジローマ」がありますが、これは梅毒に感染することによっておこる性器のイボで、尖圭コンジローマとは別の病気です)

 男性ならペニスや尿道に、女性なら外陰部や腟の中にイボができます。また、肛門周囲にできることもあります。尖圭コンジローマが不思議なのは、肛門周囲にできるのは肛門性交をする人に限らないということです。肛門周囲の尖圭コンジローマは男性同性愛者に多いのですが、異性愛者、それも肛門性交の経験のない男女にもみられます。

 尖圭コンジローマがやっかいなのは、治るまでに時間がかかることがあるからです。治療法はいくつもありますが、これは裏返せば、決定的な治療法がないという言い方もできるわけで、症例によっては治療期間が数ヶ月から1年以上になることもあります。それに、いったん治っても再発することが多く、治癒後もしばらくは注意深く観察しなければなりません。

 尖圭コンジローマに対する画期的な塗り薬が最近になって保険適用が認められるようになり、この感染症の治療法が変わりつつあります。この塗り薬は名前をイミキモド(Imiquimod、商品名はベセルナクリーム)といい、海外では数年前から使用されていた塗り薬です。日本でも最近になってようやく認可がおりて保険診療ができるようになったというわけです。

 すてらめいとクリニックでも最近この薬の処方を開始しました。これまで10人以上の患者さんに処方し、そのほとんどの人が「よく効く」と答えています。

 尖圭コンジローマに対する従来の治療方法としては、まず液体窒素があげられます。これは、マイナス196℃の液体窒素(窒素が液体から気体になるのがー196℃です)を、患部に塗布してウイルスの含まれている細胞を死滅させるという治療法です。

 液体窒素の利点としては、まず保険適用があるために比較的安価で治療ができること、痛みはあるがそれほど強くなく施術時に麻酔が必要ないこと、(レーザー治療や電気焼灼治療に比べて)傷跡が残らないこと、などが挙げられます。

 欠点は、完全に治癒するまでに何度か通院しなければならないことと、腟壁には使用できないことです。(手前側ならなんとか可能ですが、腟の奥の場合は窒素の白い気体が視界を邪魔して施術できないのです) それに、何度おこなっても効果がほとんどでないこともあります。

 他の治療法についても簡単に述べておきます。

 レーザー治療は保険適用がなく値段が高くつきますが、一度で治すことも可能です。ただし、再発しにくいというわけではありません。また、それなりの傷跡が残るのも欠点です。痛みは大きいですから麻酔をしなければなりません。

 電気焼灼治療は保険診療でおこなうことができ、一度で治すことも可能ですが、やはり麻酔が必要なこと、傷跡が残ることが欠点といえるかもしれません。またこの場合も再発しにくいというわけではありません。しかし、男性の尿道の奥や、女性の腟壁の奥の場合はこの治療法が唯一の選択肢となります。

 ヨクイニンという漢方薬があります。これは元々尋常性疣贅(「じんじょうせいゆうぜい」、いわゆる普通の”イボ”)によく効く薬ですが、尖圭コンジローマに対しても、ときによく効く場合があります。これは、尋常性疣贅の原因ウイルスもHPVだからだと考えられています。(HPVのなかには100種類以上のサブタイプがあって、尖圭コンジローマと尋常性疣贅ではそのサブタイプが異なります。これ以上の説明は専門的になるのでここではやめておきます)

 ヨクイニンはきちんとした薬ですが、実はハトムギエキスからできています。昔から、「イボにはハトムギを飲むといい」と言われていますが、これは現代医学にも応用されている民間療法なのです。

 この他には、抗がん剤の塗り薬を塗るという方法があります。もともとこういった外用の抗がん剤は一部の皮膚悪性腫瘍に使われてきました。尖圭コンジローマは悪性腫瘍ではなく良性腫瘍ですが、ときによく効くことがあります。

 しかし、抗がん剤には欠点もあります。保険適用がないこともそうですが、最大の欠点は副作用が出やすいということです。皮膚の細胞を破壊する力が大きいために、ときに正常な細胞もダメージを受けることになり、結果として、皮膚がただれたり痛みが出ることもあります。

 さて、新しく登場したイミキモドにうつりましょう。

 イミキモドはこれまでは保険適用がなかったために大変高価な塗り薬でしたが、保険診療が可能となったことで安く使用できるようになりました。(ただしそれでも高価で、保険を使っても3割負担で2週間分2千円以上もします)

 実際に使用してもらった患者さんをみていると、液体窒素の効果がいまひとつだったケースでも劇的に効いている場合が少なくありません。患者さんの満足度も大変高く強い効果を実感されます。液体窒素と併用すると効果はさらに大きくなります。

 ただ、欠点もあります。

 まず、抗がん剤と同じように、尿道や腟壁には使用できません。(粘膜に対しては効能がきつすぎて正常な細胞も破壊することがあるからです) それに、ペニスや肛門周囲、外陰部といったところにも塗りすぎるとやはり正常な細胞を破壊してしまうことがあります。そのため、寝る前に塗って朝起きてから洗い流すという作業をしなければなりません。これを怠ると、皮膚がただれてきたり痛みがでる可能性があります。

 性感染症というのは、堂々と人に言えるものでない場合が多く、できるだけ早く治してしまいたいものです。

 イミキモドの登場で大勢の患者さんが早くも恩恵を受けています。もしも、お悩みの方がおられれば医療機関を受診してみてください。

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