はやりの病気

2013年6月15日 土曜日

第70回 新型インフルエンザの行方 2009/6/22

2009年6月12日0時(UTC)、WHO(世界保健機関)は、新型インフルエンザに対し、世界的大流行(パンデミック)を宣言し、警戒水準をフェーズ6に引き上げました。

 フェーズ6というのは、感染症のレベルを表す指標の最高級のもので、「世界の2つ以上の地域で人から人への持続的感染が起きている」ことが条件となります。今回の新型インフルエンザでは、北米に加えて豪州でも人から人への持続的感染が確認されたために、フェーズ6への引き上げが決まりました。

 しかしながら、実際の感染状況と重症度はどの程度のものなのかが依然よく判らない面があります。

 感染者数をみてみましょう。公式発表では、2009年6月15日時点で、世界の合計が35,928人でそのうち死者は163人です。先月の時点では、1位米国、2位メキシコ、3位カナダ、4位日本、5位スペイン、でしたが、6月15日の時点では4位がオーストラリア、5位がチリとなり、日本は7位に後退しています。

 ただし、世界のすべての国が実数を”正直に”申告していると言い切れるのでしょうか。

 例えば、中国は6月15日時点で318人となっていますが、これは事実を反映していると考えていいのか疑問です。実際、麻生首相は、先月、韓国の韓昇洙首相と会談した際、新型インフルエンザに関して「中国の感染者数がこんなに少ないわけがない。もっと多いのではないか」と発言したと報道されています。(一国の首相が他国の政府の発表を信頼できないと発言することには問題があるように思えますが・・・)

 参考までに、中国衛生部(日本でいうところの厚生労働省)は、2008年末の時点で中国のHIV感染者は27万人と発表していますが、実際の感染者は70万人以上に上るとのコメントを中国のある専門家がコメントしています。

 タイをみてみると、6月15日、新型インフルエンザの感染者急増を受けて、感染者数や症状をメディアに口外しないようタイ政府が全国の関係機関に通達したとの報道がなされています。これは6月15日のBangkok Postが報道していますが、Bangkok PostやThe Nationといったタイの英字新聞は、毎日のように新たに感染が発覚した人数を発表しており、また、この「メディアに口外しないように」との報道が出た後に、あわててアピシット首相はそれを撤回するようなコメントをしたとの報道もあります。(尚、タイの新型インフルエンザ罹患者は6月18日時点で589人となっており、日本の感染者数とほぼ同等になっています)

 中国やタイは、(貧困地域もありますが)全体としてみれば途上国ではなく、中進国、あるいは都心部の経済指標だけをみていると先進国とみなすこともできます。ですから、新型インフルエンザ罹患者数を事実と大きく異なる数字を公表することはできないでしょう。

 では、途上国ではどうなのでしょう。例えば、ミャンマーやラオスといった国で新型インフルエンザがどれくらい流行しているのかは、ほとんど誰にも分からないのではないでしょうか。あるいは、インドネシアやパキスタン、バングラディシュといった巨大な人口を抱える国の実態がどうなのかについてもよく分かりません。

 ということは、正式に公表されている人数よりも実際にははるかに大勢の人が新型インフルエンザに罹患している可能性があります。

 そもそも、疑いのある患者さんが新型インフルエンザの検査を受けることができるのは、限られた先進国と地域だけだと思われます。日本では、インフルエンザに罹患しているかどうかは保険を使えば診察代を入れても2000円程度で調べることができ、そのインフルエンザが新型かどうかを調べるのは行政が無料でやってくれます。

 一方、例えばタイでは、これらの検査で4,000バーツから8,000バーツ(約12,000円から24,000円)かかると言われており、保険制度が整っているとはいえない国で月収ほどの料金を払って検査する人がどれほどいるかは疑問です。(タイには「無料医療」(昔は30バーツ医療)があるじゃないかと思われるかもしれませんが、実際には無料で受けられずに全額自費負担せざるを得ないケースが多々あるのです)

 重症度は実際のところはどうなのでしょう。WHOのデータをみてみると、6月15日時点で、世界中の感染者は35,928人、死者は163人、致死率は0.45%ということになります。5月7日時点のメキシコのデータでは、感染者が1,024人、死者は44人で、死亡率は3.7%でしたから、世界的にみて大幅に致死率が減少しているということになります。(あるいは、メキシコのみで致死率が高いという言い方ができるかもしれません)

 ここ1ヶ月の報道や専門家が発しているコメントをみていると、新型インフルエンザの毒性はそれほど高くなく、従来の季節性インフルエンザとさほど変わらないとする見方が大半のようです。

 しかしながら、一部には重症化を懸念する声もあります。

 例えば、CDC(米国疾病対策センター)の発表では、6月12日時点で合計45人が死亡しています。また、全米で1000人以上が入院しており、今後入院者数や死亡者数はさらに増加する可能性が高いとされています。

 ニューヨーク市の発表によりますと、6月2日時点で入院患者が341人、死亡7人だったのが、6月12日までのわずか10日間で、入院者数567人、死亡15人と急増しています。

 また、中国で見つかった新型インフルエンザに、人の体内で増殖しやすくなる遺伝子変異が起きていることが、東京大学の研究者らによる調査で明らかとなりました。感染すると重症化しやすいタイプに変異しつつある可能性があるとされています。(報道は6月20日の日経新聞)

 ところで、今後日本で新型インフルエンザは大規模な流行をみせるのでしょうか。

 5月中旬の新型インフルエンザに対する警戒心は異様なほどでした。大阪では一時、マスクなしで歩いている人を見かけないほどでしたし、大阪に出張を禁止する会社も続出したようです。なかには、危篤の親戚を見舞いに関東のある病院に駆けつけた人が、大阪から来た、という理由だけで病院に入れてもらえなかったケースもあったそうです。

 私は、ゴールデンウィークに所用でタイのある地方都市に出張に出たのですが、バンコクのスワンナプーム空港で大変驚いたことがあります。国際都市バンコクの空港で、日本人だけがマスクをしているのです。

 ここまでくると滑稽なくらいに予防をしすぎている感じがしますが、その一方で、この国ほど感染症に無頓着な国もないことはこのサイトで何度も指摘しています。麻疹や結核が流行する先進国など、日本以外には存在しないのです。

 結核はともかく、麻疹がいまだに流行するのはワクチンを打たない人(打たせない親)が多すぎるからです。

 現在、新型インフルエンザのワクチンが準備されつつあります。もしも今後新型インフルエンザで日本でも死亡者が出現するようになり、危険性が指摘されだしたとき、人々はワクチンを積極的に接種するのか、あるいは徹底したマスク着用と大阪に行かない(大阪人を入れない)対策だけで乗り切ろうとするのか・・・。

 私個人としてはそのあたりに注目しています。

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2013年6月15日 土曜日

第69回 疑問だらけの新型インフルエンザ 2009/5/22

2008年12月某日、シドニー。国際犯罪組織がバックについているX社の極秘研究室で、世界中から集められた研究者らのプロジェクトチームが新たなウイルスの製造に成功した。新たなウイルスといってもまったくの新種ではない。従来のインフルエンザウイルスを研究室で遺伝子の一部を変異させてできたものだ。この新型ウイルスの増殖には豚が利用された。当初は鳥を使って研究がおこなわれていたが、鳥よりも豚の方が毒性が弱いものができることが分かったからだ。毒性の強いウイルスなら、早期に発見され蔓延する前に水際で止められてしまう可能性が高い。しかし、それほど毒性の強くないウイルスなら、世間が気づいたときにはすでに大規模な広がりをみせていて誰にも止められない段階にまで達していることが予想される。世界中がパニックになるだろう。特効薬であるタミフルとリレンザはすぐに品切れとなるはずだ。そのときにX社がすでに開発に成功しているタミフルとリレンザのコピー品を高値で大量に販売することが計画されているのである。X社の研究室で製造された新型ウイルスは、X社の幹部数人が世界中に持ち出した。ひとりはメキシコに、ひとりはアメリカに、そしてひとりは日本に向かった・・・。

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 安物のSF小説のようなこの文章は私がつくったフィクションですが、新型インフルエンザが連日新聞の一面で報道されるようになり世界中でパニックに近い状態になっているのは現実です。

 私のフィクションに述べたような「ウイルスが人為的に製造された」という噂も世界各国で流れているようですし、公的な立場にいる人までもがそのような発言をして物議をかもしています。

 例えば、インドネシアのスパリ保健相は「新型のウイルスは遺伝子操作された可能性もある」などと表明していますし、オーストラリアの研究者は、「新型ウイルスは人為的なミスで発生した可能性がある」との説を主張し、これを受けたWHO(世界保健機関)は各国の保健当局に調査を依頼する事態にまで発展しました。

 今のところ、「新型ウイルスが人為的につくられた」という説については、WHOは否定しているようですが、これほどの世界規模でのパニックとなるとこのような噂がでてくるのも無理はないでしょう。

 さて、5月20日の時点で日本の新型インフルエンザ感染者は210人で、これは世界第4位になります。1位アメリカ(5,469人)、2位メキシコ(3,648人)、3位カナダ(496人)までは、メキシコが流行の発端になったことと地理を考えれば容易に納得できますが、4位の日本、さらに5位スペイン(107人)、6位イギリス(102人)は、どのように大流行したのか、現時点では説明がついていません。日本の例で言えば、メキシコで発生した新型インフルエンザウイルスが人から人に伝播し、海を越えて神戸で蔓延したとするには、海外渡航歴のない生徒の間で流行している説明がつかないのです。(これから解明される可能性はありますが)

 また、スペインやイギリスでもそれは同様で、メキシコでの発生を受けて各国が空港や港で対策を立てていましたから、なぜ海外渡航のない人の間で新型インフルエンザが流行しているのかが現時点では皆目分からないのです。

 新型インフルエンザがどのように発生し、どのような経路で広がりを見せたかについては現時点では詳細不明と言わざるを得ませんが、この新型ウイルスにはまだまだ不明な点があります。

 毒性は実際のところはどれほどのものなのか、という点もよく分かりません。

 当初メキシコで流行をみせたとき、死亡者が多数出ているという報道がされましたが、これを受けたマスコミの中には、メキシコの医療レベルが高くないことを引き合いに出し、医療費の高さから貧しい人(メキシコの人は大半が低所得者です)が医療機関を受診するのが遅くなり、受診が遅れたから死亡にまで至ったのではないか、との意見を述べる人もいました。

 また、日本の関係者のなかにも、「従来の季節性インフルエンザでも高齢者や何か病気をもともと持っている人が罹患すると死亡することは珍しくない」ということを述べた上で、新型インフルエンザの毒性が本当に強いのかを疑問視する人もいました。たしかに、日本でも毎年(従来の)インフルエンザが原因で1万人前後が死亡しているのは事実です。

 しかしながら、4月末にメキシコが発表した情報では、感染者の大半が比較的若い年齢層で、小児や高齢者の感染確認例はほとんどありません。また、日本の感染者をみてみてもほとんどが若い世代です。

 メキシコの発表をもう少し詳しくみてみると、5月7日時点で感染者が1,024人、死者は44人で、死亡率は3.7%にもなります。(日本の従来のインフルエンザウイルスによる死亡率は0.05%程度です) 

 死亡者の年齢層をみてみると、42人のうち、16人が20~29歳、9人が30~39歳で、20代と30代で半数以上を占めています。いくら従来のインフルエンザでも死亡は珍しくないとはいえ、それらは大半が高齢者であったり、他の病気を抱えていて免疫力が低下していたりするような人の場合です。

 死亡率が3.7%、死亡者の大半が若い世代であることを考えると、従来の季節性インフルエンザとはまったく異なることになります。メキシコの医療情勢が日本とは異なるとは言え、それほど病院に行く機会のないと思われる若い世代の間では日本とメキシコでそれほど事情が違うとは思えません。

 今のところ、日本では死亡者が出ていませんし、ほぼ全員が重症化することなく回復しているようですが、まだまだ予断は許せないのではないでしょうか。

 新型インフルエンザの症状が、従来のインフルエンザのものと異なっていることも注目に値すべきかと思われます。

 5月13日のNew York Timesによりますと、新型インフルエンザ罹患者のおよそ3分の1が発熱をきたしていません。また、患者の12%が激しい下痢をおこしているようです。従来、我々医師がインフルエンザを疑うのは、高熱と激しい倦怠感があるときです。熱がなく、主症状が下痢であれば、よほど気をつけていないとインフルエンザを見逃してしまいます。

 新型インフルエンザについては現在のところ、どのように発生して広がったかが解明されておらず、今のところ国内では重症者はでていないとは言えメキシコの実情を考えると予断が許されない状況が続いており、また症状については従来のインフルエンザとは異なる場合も多々あるわけです。

 当分の間、新型インフルエンザについて充分な注意が必要となるでしょう。

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2013年6月15日 土曜日

第68回 結核、大丈夫ですか? 2009/4/20

2009年4月6日、女性お笑いコンビ「ハリセンボン」の箕輪はるかさん(29歳)が肺結核のため入院したことが、箕輪さんが所属する吉本興業の関連会社により発表されました。

 この発表を受け、舛添要一厚生労働大臣は、翌日(4月7日)の記者会見で、「結核は日本ではほとんどはやらない状況になっていた。ちょっとショックだ」と述べたそうです。(報道は4月7日の共同通信)

 結核は日本ではほとんどはやらない・・・、というのは、我々医療従事者の感覚からは随分かけ離れています。結核は流行らないどころか、今でも年間およそ2万5千人が新たに感染しています。また、結核での死亡者は今でも年間およそ2千人です。

 日本は、先進国のなかでは結核罹患率が群を抜いて高く、罹患率(人口10万人あたりの年間患者発生率)は今でも20近くあります(2007年は19.8)。例えば、カナダは4.4、米国では4.5ですから、日本の高さは相当なものです。

 結核罹患者を年代別にみてみると、高齢者が多いのは間違いなく、70歳以上が47.9%を占めていますが(2007年)、若い人の間でも減少していません。特に近年は、都市貧困層、HIV感染者、外国人などが結核を蔓延させていると言われることもあります。また若い女性が無理なダイエットや過労が原因で感染、という症例もときどきあります。

 医療従事者の間でも感染することがあります。

 最近では大阪府高槻市の病院で、産科病棟に勤務する20代の女性助産師が結核に感染していたことが判り、この病院はこれを4月3日に発表し、この助産師と接触した可能性のある14都府県の新生児・乳児合計352人を対象に検査を行う予定としています。さらに、この病院では、産科病棟に勤める別の20代の女性助産師が結核に感染していたことが4月14日に発表されました。

 また、大阪市西区の病院でも、30代の男性看護師が肺結核を発症していたことが、4月14日に明らかとなりました。この看護師は、人工透析を受けている腎臓疾患の患者さんを担当しており、院内感染がなかったかどうかこれから調査がおこなわれるそうです。

 このように、結核は「日本ではほとんどはやらない状況・・・」などでは決してなく、今でも注意しなければならない重要な感染症です。ただし、「同じ部屋にいた」程度では感染することはまずあり得ません。また、「その人と話をした」、という状況であったとしても、「自分の顔の前で咳やくしゃみをされた」、といったことがなければ感染の可能性はほとんどないと言っていいと思います。(実際、箕輪さんの相方は感染していなかったと報じられています)

 箕輪はるかさんの結核感染を受けて、東京都が4月6日から電話相談口を設置したところ、1週間で合計1,383件もの相談が寄せられたそうです。このうち約半数が、「ハリセンボンが出演したライブ会場にいた」という内容だったそうですが、この程度では感染することはまずありません。

 しかし、至近距離で咳やくしゃみをされた、などといったことがあれば要注意です。結核は重症化すると激しい咳や血痰、体重減少などが認められますが、初期は軽度の咳や倦怠感だけのことも多く、単なる風邪と考えられているケースが少なくありません。ですから、咳が長引いているという人と至近距離で接した場合は注意が必要です。長引く咳の原因にもいろいろあり、咳が長引くだけで結核が最も疑わしい、とまでは考えませんが、可能性はあります。そして、長引く咳から患者さん自身が結核を疑ったとしても、医療機関で必ずしも正しい(結核という)診断がつくとは限りません。

 実際、上に述べた大阪府高槻市の病院で結核が判明した20代の助産師は、1月から咳や発熱があったものの、同病院での2月下旬の診察では「風邪」と診断され、結核の診断がついたのは3月23日だったそうです。大阪市西区の病院でも男性看護師は年明けから咳の症状がありましたが、結核の診断がついたのは4月になってからです。

 ここで、私がタイのエイズホスピスでボランティアをしていた時の話を紹介したいと思います。

 そのホスピスの重症病棟では、もちろん全員がエイズの状態で、様々な合併症(エイズに伴う感染症)を発症しています。病棟のほとんどの人が咳をしている状態で、誰が結核を発症していてもおかしくありません。このホスピスでは血液検査もレントゲンもありませんから、症状だけで結核かどうかを診断しなければなりません。

 症状だけで結核を診断・・・、と考えると大変困難に思いますが、エイズを発症しているような状態では結核も一気に進行しますから、比較的簡単に診断がつきます。咳、下痢、体重減少、発熱、寝汗などがあれば結核を疑います。ここで、いきなり抗結核薬を投与するのではなく、まずは一般的な抗生物質を数日間投与します。これでまったく改善しなければ結核と考え、結核の治療を開始します。数日後に症状が改善すれば、「やっぱり結核だったな」と考えられるというわけです。

 さて、エイズを発症している患者さんというのは食事もとれず意識も朦朧となっていることがよくあります。そんな患者さんと話をしようと思えば、顔と顔が触れ合うくらいの至近距離をとらなければなりません。このときに、咳やくしゃみをされれば結核感染が容易におこり得ます。実際、このホスピスで1年以上働いているボランティアはほぼ例外なく結核に感染しています。

 私はこの施設には1ヶ月ほどしかいませんでしたが、帰国後すぐにレントゲンをとりました。後に血液検査もおこない結核に感染していないことが確定したわけですが、レントゲンを撮影するまでは、感染していてもおかしくないなと思っていました。

 この話を医療者にすると、「なんでマスクをしないの?」と必ず聞かれます。結核には結核用の(結核も防ぐことのできる)マスクがあり、通常医療者は結核(疑いも含めて)の患者さんと接するときにはそのマスクを着用しなければならないことになっています。

 実は、私もそのマスクをタイに持っていっていたのですが、世界中から集まってきている医師や看護師は誰一人としてそのマスクを使っていなかったのです。そんななか、自分だけが結核用のマスクをつけるということがどうしてもできなかったのです。(しかし、これは今考えても”誤り”で、やはり結核の患者さんと接するときには専用マスクをすべきです)

 さて、話はそれましたが、他の感染症と同様、結核に対しても正しい知識を持たなければなりません。不必要に怖がってもいけませんし(そんなことをすれば感染者に対する差別や偏見が生まれかねません)、またその逆に「日本ではほとんどはやらない・・・」などと安心しすぎてもいけません。

 長引く咳があるときは、それが自分であっても友達であっても、一度は結核の可能性を考えた方がいいでしょう。

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2013年6月15日 土曜日

第67回(2009年3月) エキノコックスとサナダ虫

 私がエキノコックスに感染していないかどうか調べてほしいんです・・・(注)

 これは最近ある患者さんから言われた言葉です。太融寺町谷口医院にはたしかにいろんな悩みを持った人が来院されますが、エキノコックスについて心配されている人は初めてでした。

 エキノコックス(エキノコッカスとも呼ばれます)は、サナダ虫などの条虫の仲間で、キツネやイヌなどの糞便内に混じっている虫卵を経口摂取することで感染します。キツネやイヌの糞便を口にすることなど普通はないわけですが、例えば、キツネが川で排便をして、川の水にエキノコックスの卵が混じって、その水を下流で人が飲めば感染することがあります。

 実際、エキノコックスは日本ではキツネの生息する北海道での報告がほとんどです。以前は北海道東部での感染が大半でしたが、近年北海道全域に広がってきており、北海道民にとっては脅威の感染症になりつつあります。そして、最近になって本州での報告もでてきています。こういった背景を受けて、現在では感染症全数把握疾患に指定され、診断した医師は必ず届出をしなければなりません。

 エキノコックスは、人に感染してから症状が出現するまでに5年から15年程度かかるのが特徴です。ですから、例えば10年前に北海道に旅行して自然のなかで生活をしたことがある・・・、といったケースでは感染の可能性があるかもしれません。実際、冒頭で紹介した患者さんは、数年前の北海道旅行が気になって・・・、というのが心配になった理由でした。

 エキノコックスはたしかに恐い病気で、発症すると外科的手術以外に治療法がありません。口から感染したエキノコックスの卵は成虫となり人の肝臓に住み着きます。そして次第に仲間を増やしていき肝臓のなかに腫瘤(できもの)をつくります。そして治療法は、おなかを開けて、この”できもの”を取り除く以外にはないのです。

 症状としては”できもの”がかなり大きくなってから腹痛や黄疸がでます。かなり大きくなるまではまったくの無症状です。したがって、たまたまCTを撮影して発見された、というような幸運なケースを除けば早期発見されることはまずありません。(私は実際に症例をみたことがあるわけではなくこれらはすべて学生時代の教科書の知識であることをお断りしておきます)

 さて、上にも述べたようにエキノコックスはサナダ虫の仲間なのですが、「サナダ虫」と聞いて何のことかわかるでしょうか。サナダ虫はヒトに寄生する寄生虫なのですが、実は私もヒトのサナダ虫は教科書以外では見たことがありません。私が小学生の頃、担任の先生が、「最近は清潔になってサナダ虫がおなかのなかにいるような人はほとんどいなくなりました」と言っていたのをなんとなく覚えています。ですからおそらく昭和30年代から40年代の半ばくらいまでは、あまり珍しくなかったのではないかと思われます。

 ただ、私が子供の頃は犬のサナダ虫はよく見ました。野良犬の糞のなかに白いひも状のものが混ざっていて大きなものなら見ればすぐに分かります。サナダ虫は寄生虫のなかでも特に大きい(というか長い)のが特徴で、ヒトのサナダ虫では長いものになれば10メートルを超えるそうです。

 ところで、サナダ虫がヒトの体内にいても駆除する必要がないのではないか、という考えがあります。サナダ虫に関して日本で最も有名なのは、現在人間総合科学大学の教授をされている藤田紘一郎先生であることは間違いないでしょう。なにしろ藤田先生は、長い間サナダ虫をご自身の体内で飼われていたくらいですから。しかも、そのサナダ虫にサトミやヒロミなどといった名前をつけられていたのです。

 藤田先生は、サナダ虫は駆除すべき害虫ではなく人間と共存すべき生物である、という考えをお持ちです。実際、異論はあるものの、サナダ虫は積極的に駆除しなくてもよいという考えは広く流布しています。それどころか、ダイエットに取り組む人たちのなかにはサナダ虫を体内で飼うことによって減量しようとする人もいるくらいです。

 藤田先生は、ダイエット目的でサナダ虫を飼われていたわけではありません。サナダ虫に限らず他の細菌やウイルスなどの微生物のなかには元々人と共存すべきものがあることを示したいという思いがあったから体内飼育を始められたそうです。

 サナダ虫はダイエットだけではなく、アトピー性皮膚炎や花粉症などアレルギー疾患をもった人の症状緩和にも有効だと言われることもあります。現在でも東南アジアなどの途上国に行けばサナダ虫を含めて様々な寄生虫と人が共存しています。そして、こういった地域では、アレルギー疾患というものがほとんど存在しないのです。日本でこれだけアトピー性皮膚炎や花粉症が急激に増えているのは、環境が清潔になりすぎて微生物と共存しなくなったからではないかと言われる所以です。

 私は、藤田先生に習ってサナダ虫を飼おう!と言っているわけではありません。しかしながら、サナダ虫の体内飼育は極端だとしても、「病原体と人との共存」というのは大変大切なことではないかと考えています。

 例えば、私自身はめったに抗菌薬を飲みませんし、患者さんに対しても必要最小限でしか抗菌薬の処方はおこないません。抗菌薬とは細菌をやっつけることのできる特効薬です。したがって「細菌性」の感染症にしか効きません。患者さんのなかには「風邪をひいたから抗生物質をください」という人がいますが、風邪の大半はウイルス性であり抗菌薬が有効な症例はわずかです。

 ですから、私が抗菌薬を必要最小限にしているのは、本当に必要な「細菌性」の感染症に限定すべきだと考えているからですが、もうひとつ大きな理由があります。それは抗菌薬の副作用を避けたいからです。よく薬の副作用というと、発疹やじんましん、肝機能障害、吐き気・めまいなどが取り上げられ、こういった症状が出現しなければ「副作用はない」と考えられます。

 しかし、抗菌薬を飲むということは、ターゲットにしている細菌だけでなく、日頃人間と共存している細菌をも殺すことになります。特に腸内に100種類以上、100兆個以上も存在している腸内細菌をも死滅させてしまいます。これら腸内細菌はいわゆる「善玉菌」と呼ばれることもあり、抗菌薬を飲むと下痢をするのはこれら善玉菌も死んでしまうからです。腸内のいくらかの善玉菌を殺してしまうのは、抗菌薬を飲む以上は避けられない副作用なのです。

 人間も含めて生物界では、他種との共存を通してバランスのとれた世界が成り立っていると言えます。おそらくキツネの体内ではキツネにとっていいことをしているエキノコッカスが、人間の体内に侵入すると大変な症状をもたらすというのは実に興味深いと言えます。

 人間にとって共存することが有益である可能性のあるサナダ虫はどんどん減っているそうです。実際、藤田先生は最近サナダ虫の体内飼育をやめられたそうですが、その理由はサナダ虫(正式には日本海裂頭条虫といいます)が手に入らなくなったからとのことです。

 もしも世界中でサナダ虫が減少するようなことがあれば、アレルギー疾患は世界的に増加するかもしれません・・・。

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注(2019年1月5日付記):かつてはエキノコックスの検査は北海道に検体(血液)を送って調べなければなりませんでしたが、現在は太融寺町谷口医院でも可能になっています。費用は該当ページを参照ください。

参考:毎日新聞「医療プレミア」
「北海道旅行から10年 この発熱はエキノコックス?」(2018年7月1日)

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2013年6月15日 土曜日

第66回 メンソールの幻想と私の禁煙 2009/2/21

2009年2月16日、神奈川県の松沢知事は、全国初の禁煙条例案を県議会に提案しました。現在の議席で過半数を占める自民・公明両県議団の中に慎重意見が多いこともあり、成立するかどうかは”微妙”なところですが、「ついに禁煙ムーブメントもここまで来たか・・・」と感じます。

 県会議員に慎重意見が多いのは、もしかすると県会議員のなかにも喫煙者がいるからかもしれません。というのも、日本人の喫煙率は、全体では減少傾向にあるとはいえ(JTの調査によれば13年連続で過去最低更新)、男性だけでみれば今でも約4割は喫煙者だからです。とはいえ、今後も喫煙率は減少していくでしょうから、禁煙条例が各地で成立していくのは時間の問題ではないか、と私はみています。

 太融寺町谷口医院にも、禁煙治療希望の患者さんはコンスタントに来られます。他の病気とは異なり、禁煙(病名で言えば「ニコチン依存症」)は、病気(ニコチン依存症は”病気”です)が治ればクリニックには来なくなります。したがって、どれくらいの患者さんが禁煙に成功したのかを正確に把握するのは困難なのですが、私の印象で言えばほとんどの人が成功しているようです。実際、「禁煙外来を始めたけど挫折してしまって・・・」という患者さんはほとんどいません。(来なくなっただけ、という人もいるでしょうが・・・)

 太融寺町谷口医院は、もちろん禁煙治療だけをしているのではなく、様々な病気の人が来られます。この季節は風邪と花粉症が多いのですが、以前禁煙外来を2~3回程度続けていた人が、こういった症状で来られることがあります。そのときに、「禁煙はどうなりましたか」と聞くと、ほとんどの人は「成功しました!」と答えてくれます。

 禁煙外来をしていると「成功した理由」を聞くのが楽しみになります。多くの人は、「薬がよく効いて、そのうち薬をやめてもタバコをほしくなくなりました」と答えますが、なかには、「先生も何度も禁煙に失敗した経験があると聞いたことが励みになって成功しました」と言われることもあります。ユニークなところでは、「あのとき先生にムカついたことが勝因です!」と言われたこともあります。

 私は禁煙を開始する人に対して必ず「動機」を聞きます。禁煙に成功しやすいのは「自分(や家族)が病気をしたから」、「子供(や孫)にタバコやめてって言われたから」、とかいったものが多く、禁煙の目的がはっきりしていればいるほど成功しやすい、ということが言えます。ところがこの患者さんの禁煙の動機は、「タバコはもう流行らないと思うから」というものでした。

 私はこの言葉を聞いたときに、「そんな理由ではうまくいかないと思いますよ」と言って、「禁煙開始はもう少しはっきりした理由ができてからでいいんじゃないですか」とまで言いました。ところが、この患者さんは、どうしても禁煙を開始したい、と言ったために禁煙補助薬の処方をおこないました。

 およそ半年後に別の理由でクリニックを受診したこの患者さんは診察室に入るなり私に先のセリフを言ったのです。この人は、私が「うまくいかないと思う」と言ったことに対して相当”ムカついた”ようで、私を見返すことを目標にして禁煙に成功したというのです。

 私としては、ムカつかせたことを反省すると同時に、禁煙に成功した患者さんがひとり増えたことに嬉しさも感じましたが、やはりこのケースは例外と考えるべきだと思っています。禁煙には「確固とした動機」が必要なのです。

 ですから、禁煙治療希望で受診された患者さんに対しては、初診時に「本当にやめる気があるのか。禁煙補助薬は確かによく効くが確固とした動機と強い意志がなければそのうちに失敗する。禁煙を成功させるためにカウンセリングも含めて医師としてできる限りのことをするが禁煙の主役はあなた以外にはない」、ということを言います。その結果、「今はちょっと無理かな・・・という気がします」という人には、「強い意志ができたらまた来てください」と言います。

 以前、ある医師に「谷口医院の禁煙成功率は9割以上だと思う」という話をすると、「なんでそんなに高いの?」と聞かれたことがありますが、この理由は、「初めから本当にやる気のある人だけを選別しているから」であって、私の医師としての臨床能力が高いわけではありません。

 ところで、次の言葉を聞いてあなたはどのようなものが思い浮かぶでしょうか。

 突き抜ける青空、エメラルドグリーンの透き通る海、どこまでも続く白い砂浜・・・。

 これは私のタバコに対するイメージです。「なんでタバコなの?!」と感じる人もいるでしょうが、このような”さわやかな夏”のイメージは私の頭のなかではタバコに一致するのです。

 その理由はCMです。今は規制がありますからタバコのCMというものはほとんど見かけませんが、1980年代にはゴールデンタイムでさえタバコのCMが流れていましたし、ファッション誌を含めて様々な雑誌には見開きでカラーのきれいな写真を使った宣伝がなされていました。

 私が特に”単純”なだけかもしれませんが、CMによって私の頭の中では「タバコ=さわやかな夏」という図式ができあがってしまいました。そのため、私はタバコ1本で、リゾート地でくつろいでいるところを想像することができます。そして、タバコ以外にこれほど簡単にリラックスできるものはないのです。

 ところで、これほどタバコ1本でリラックスできるのは本当にニコチンの作用だけなのか・・、という疑問が以前から私にあったのですが、最近その答えとなるかもしれない研究が発表されました。

 その研究では、「メンソールのタバコは、メンソールを含まないタバコよりもはるかに禁煙が難しい」と結論されています。

 『The International Journal of Clinical Practice』という医学誌のオンライン版に掲載された論文でこの研究が報告されています。米国のあるタバコ中毒クリニックを受診した約1,700人を対象に調査したところ、メンソールを吸う喫煙者は、メンソール以外のタバコの喫煙者に比べ、禁煙成功率は半分にしかならなかったようです。また、研究から、「メンソールのタバコを吸う喫煙者は、1日あたりの本数が少ない場合でも禁煙しにくい」ことが明らかとなっています。

 私は1988年から、あるメンソールのタバコをほとんど”浮気”することなく愛していました。そしてそのメンソールのタバコのCMが”さわやかな夏”をイメージするものだったのです。私は何度も禁煙を試みましたが失敗を重ねることになり、ようやく成功したのは太融寺町谷口医院(当時はすてらめいとクリニック)を開院してからという遅さです。

 禁煙に失敗し続けていた私が不思議に感じていたのは、「タバコの本数は多くないし、それほど強くないタバコしか吸っていない。意志は確かに強い方ではないけどもなぜ他人は禁煙に成功して自分は失敗ばかりなんだろう・・・」ということです。最近、この論文を読んでようやく謎が解けたような気がします。

 つまり、私がタバコから離れられなかったのは、ニコチンだけでなくメンソールにも依存していて、メンソールの清涼感が”さわやかな夏”のイメージと重なっていたこともあり、「1本でリゾート地でくつろげるほどのリラックス感」という幻想ができあがっていたのです。

 私にとっての禁煙の最終的な動機は「禁煙外来を始めることになってしまったから」というものです。「なってしまった」というのは、私はクリニックを開院したときにはまだ完全に禁煙できていなかったために、禁煙外来はおこなうつもりはありませんでした。ところが、ある先輩医師から禁煙外来に必要なCOモニターを開業祝いとしていただくことになりました。高価な器械をいただいた以上、禁煙外来を始めざる得なくなってしまったというわけです。これはかなり強い”動機”になりました。このような状況はかなり特殊であり、”動機”を与えてもらったという意味で私は相当幸運であったといえます。

 このように私はかなり特殊な動機で成功できていますが、もう一度禁煙をやり直すとすれば、まずメンソールのタバコからメンソールが含まれていないタバコに変更してみようかなと思います。

 メンソールの身体的な依存性もありますが、それよりも、私の場合、メンソールの清涼感と完全にリンクしてしまっているあの夏のイメージを取り除くことが目的です。

 禁煙成功者にはそれぞれのドラマがあります。あなたがもし喫煙者ならそろそろ新しいドラマをつくってみてはいかがですか。

参考:
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1742-1241.2008.01969.x/abstract
禁煙外来

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2013年6月15日 土曜日

第65回 突然やってきた脂質異常症 2009/1/21

それは何の前触れもなくやってきました。

 太融寺町谷口医院では、院内の定期健康診断というものがあります。これは、通常の企業と同じように従業員の健康診断を年に一度おこなう健診で、心電図、胸部X線、尿検査、そして血液検査があります。

 私はこれまでの人生で、ひどい下痢や高熱のときなど以外では血液検査でほとんど異常が出たこともなく、健診での血液検査の異常などというのは、年齢的には出現してもおかしくないということは理屈では分かっていても、まさか自分にはないだろうと思っていたのです。

 ところが、です。返ってきた検査結果を見て私は愕然となりました。

 なんと、総コレステロール値が280mg/dL!

 すぐにでも薬を開始しなければならないような異常高値です。これには本当にショックを受けました。太融寺町谷口医院にもコレステロールが高い患者さんは毎日のように受診されています。私はそのような患者さんに対して、薬を処方するだけでなく生活指導もおこなわなければならない立場です。それなのに、私自身が高コレステロール血症をもっており、それも決して軽症ではない数値なのです。

 コレステロールは数値にもよりますが、総コレステロールが280mg/dLというのは、もう「食事療法や運動療法で・・・」とか言っているレベルを超えています。そういった生活習慣の改善をしなければならないのはもちろんですが、それらと同時に薬を始めなければなりません。

 早速私は薬を飲み始めることにしました。コレステロールの薬は、非常によく効くものがいくつもありますが、私はまずは標準的な薬を1錠だけ始めることにしました。ちょうど2週間後に採血をすると、私のコレステロール値は正常範囲におさまっていました。

 それにしても、なぜ前年までの血液検査では異常がなかったのに、今冬になって突然コレステロールの値が急上昇したのでしょうか。

 その最大の原因はおそらく不規則な食事でしょう。中性脂肪が運動をしたり体重を減らしたりすることによって大きく改善することが期待できるのに対し、コレステロール(悪玉コレステロール)は食事の内容により大きな影響を受けます。

 実は私はちょうど今から1年くらい前、2008年1月頃から1日に1食しか食べないようになりました。これは別に変な健康法を始めたからではなく、食べる時間を捻出できなかったからです。

 午前の診療が終わり、それから事務仕事をしているとすぐに午後の診察が始まります。昼食をとっている余裕はありません。午後の最後の患者さんの診察が終わって、それからカルテ記載や写真の整理、検査値の見直しなどをしていると通常は日付が変わります。それから、読まなければならない学会誌などを手にもってご飯を食べにいきます。朝ごはんを食べる時間があるなら、その時間を睡眠か勉強に使いたいですから、その頃には朝食も抜いていました。ということは1日1食、深夜の食事で1日に必要な栄養をすべて取らなければなりません。最も効率よくカロリーを摂取するのは高脂肪食が最適です。というわけで、私の食事はいつのまにか1日1回、深夜の高脂肪食になっていました。

 そんな夜中に高脂肪食なんてどこで食べるの?と感じる人もいるかもしれませんが、太融寺町谷口医院は東梅田のど真ん中、深夜まで開いている食堂はいくらでもあります。私は、今日は牛丼、昨日はカツカレー、その前は焼き飯と酢豚、・・・といった感じで、メニューを決めるときはできるだけ高脂肪食のものを選んでいたというわけです。

 寝る前にそんなものを食べて太らないの?と思われる人がいるかもしれませんが、私の計算ではカロリー過剰摂取にはならないのです。私が夜中に食べていた油っこい食事はおなかいっぱい食べても1,200~1,600キロカロリー程度です。私の年齢・体重から考えて最適なカロリー量は2,000~2,200キロカロリーだと思われます。ですから、夜中に満腹まで食べて、それ以外に缶ビールを飲むとかお菓子を食べるとかして、ちょうどいいくらいなのです。実際、私の体重は1年間でほとんど変わりませんでした。

 ここで脂質異常症の整理をしておきましょう。

 まず、「脂質異常症」という言葉ですが、以前は「高脂血症」と呼ばれていましたし、現在も脂質異常症というよりは、高脂血症という言い方の方が一般的かもしれません。(「脂質異常症」という表現は2007年2月に日本動脈硬化学会が発表したガイドラインで初めて登場しました)

 脂質異常症には主に3つに分けられます。高LDL血症、低HDL血症、高中性脂肪血症です。高LDL血症というのは、LDL(悪玉コレステロール)が異常高値を示す病態で、私もこれに相当します。

 先に、私の総コレステロールの値は280mg/dLだった、と述べましたが、最近は総コレステロール値を計測することは少なくなってきており、太融寺町谷口医院でも通常は患者さんの総コレステロール値は測定せずに、LDL、HDL(善玉コレステロール)、中性脂肪(TG)の3つを測ります。では、なぜ私は自分自身に対しては総コレステロール値を計測したかというと、これは健康診断での測定だからです。健康診断の詳細を規定している労働安全衛生法による指針が、LDLでなく総コレステロール値になっているからです。

 高LDL血症、低HDL血症、高中性脂肪血症の3つを比較した場合、臨床的に最も多いのが私と同じ高LDL血症です。高LDL血症は、肥満やメタボリックシンドロームと合併することも多いですが、そうでない場合も少なくありません。例えば、20代(なかには10代の人もいます)の痩せている人でも驚くほど高いLDLを示す場合があります。これは、食べ物が悪いのではなく、遺伝的に高いLDL値となっていることが考えられます。

 脂質異常症には自覚症状がありません。自覚症状が出るとすれば、動脈硬化が進行し、脳の血管がつまって半身麻痺になったり、心臓の結果がつまって突然倒れたりするような場合です。ですから、早期発見、早期治療が大切というわけです。

 もちろん予防が最も大切なのは言うまでもありません。コレステロールや油の多い食べ物はできるだけ避けなければなりません。

 しかし、一度できあがった食生活を改善するのは簡単ではありません。私は薬の力でLDLの値は下がっていますが、一年間の暴食のせいで、私の味覚はすっかり高脂肪食に慣れてしまったようです。

 今から、あぶらっこいものなしの食事にできるだろうか・・・。今の私の悩みのひとつです・・・。

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2013年6月15日 土曜日

第64回 ”臭いが気になる”病気 2008/12/19

自分の臭いが気になるんです・・・

 そう言ってクリニックを受診する患者さんがときどきいます。臭いの原因は様々ですから、こういった患者さんを診察するときには、その臭いの原因を明らかにして治療をおこないます。

 一番多いのが「脇の臭いが気になる」というものです。こういった患者さんを診るときには、まずは脇を露出してもらい臭いを確認し、必要であれば脇を綿棒でぬぐって細菌感染の程度を調べることもあります。なぜ臭いが発生するかというと、過剰に分泌されたアポクリン汗が、脇に常在している細菌によって代謝・分解された産物が臭いの元となるからです。治療が必要なほどの臭いがあれば(これを「腋臭症(えきしゅうしょう)」と言います)、治療が手術になりますから、適切な医療機関を紹介することになります。

 次に多いのが「口臭が気になる」という訴えです。口臭だけならまず歯科医院を受診するでしょうから、当院でこのような症状を訴える人は、別の病気で受診をし、”ついでに”日ごろ気になっている口臭について相談されることが多いようです。この場合は、まず歯肉を観察します。歯肉が赤く腫れていればピンセットなどでその部分を刺激してみます。痛みを訴えたり、出血があったりすれば歯周病(昔の言い方では「歯槽膿漏(しそうのうろう)」)を疑い、歯科医を受診してもらいます。

 歯周病ではなく口臭が気になる人で、胃の不快感や胸やけ、あるいはゲップが多いという症状があれば胃薬を処方することもあります。

 「外陰部や帯下(おりもの)が臭う」という訴えもよくあります。帯下が臭う病気で一番多いのはトリコモナス腟炎です。トリコモナスは原虫とよばれる小さな病原体で、顕微鏡で観察することができます。したがって、診断はごく簡単です。帯下を少し綿棒などで採取してそのまま顕微鏡で観察すればすぐに診断がつきます。治療も簡単で、トリコモナス用の腟錠(腟に入れる錠剤)を数日から10日間程度使用すればまず間違いなく治ります。よほどの重症(診察室に入ってきた時点で臭うような場合)や腟錠を自分で入れることができない人の場合は、飲み薬を飲んでもらうこともあります。

 トリコモナス以外にも帯下の臭いが悪化する病気があります。有名なクラミジアや淋病は重症化すると臭いがでてくることがありますし、これら以外の細菌(診察室では「雑菌」という言葉を使って説明することがあります)でも、異常増殖するとイヤな臭いとなる場合があります。

 「足が臭う」という場合は水虫であることが多いと言えます。誰でも足に汗をかいて放っておいたり、靴下を履いたまま寝たりすればある程度は臭いがしますが、水虫にかかっていると治療をする必要があります。水虫(白癬菌)も顕微鏡で簡単に診断がつきますから、診断をつけて塗り薬を処方します。重症の場合は飲み薬を併用することもあります。

 これら上に挙げた臭いの多くは、抗菌薬や外科的な処置をおこなえば完全に治るわけですが、それほど頻度は多くないものの悪性腫瘍(ガン)による臭いがある場合もあります。例えば、食道癌や口腔内の癌で口腔から悪臭がする場合がありますし、子宮頚癌も進展すれば悪臭が伴います。

 さて、私が日常の診療でやっかいだと感じている病気に「自己臭恐怖」というものがあります。これは客観的には何の異常もないのだけれど、患者さん自身が「自分は臭うに違いない」と決め込んでいるような状態です。

 こういった患者さんを診たときには、まず身体のどの部分が臭うのかを聞いて、その部分の検査をおこないます。上に述べたような部分の検査をおこない、異常がないことを伝えたとしても納得されないような場合に「自己臭恐怖」という病名について話をすることになります。

 重症の人は、自分の臭いが気になって日常生活もままならなくなることもあります。自分の臭い(もちろん他人は何も感じないのですが)が気になって外出できなくなるような人もいます。こうなれば、「自己臭恐怖」の専門的な治療が必要になります。当院でも重症の患者さんには精神科を紹介することにしています。(ただし実際には精神科受診を嫌がる人もいます)

 ところで、何年か前から「加齢臭」という言葉をよく聞くようになりました。ノネナールという物質が原因なのですが、これは、皮脂腺の中のパルミトオレイン酸という脂肪酸と過酸化脂質が結びつくことによって作られる物質です。(参考までに、医学の教科書には「加齢臭」という言葉はでてきません。「加齢臭」という言葉は2000年に資生堂が命名したそうです)

 この加齢臭を防ぐためのサプリメントやボディシャンプーなどはよく売れているそうで、私自身も患者さんから「どんなものを使えばいいですか」と聞かれることがあります。「加齢臭」自体は、少なくとも保険医療の対象にはなりませんし、寿命を縮めるものでもありませんから、我々としては「病気」とは考えていません。

 ただ、治療しなければならないものではなかったとしても臭いというのは気になるものです。私自身も、医師としてではなく個人として自分の臭いが気になることがないわけではありません。

 最近、ライオン株式会社のビューティケア研究所が、30代の男性の臭いの元を明らかにし発表しました。この臭いの元は、「ペラルゴン酸」という物質で、ノネナールが原因の加齢臭とは異なるそうです。ライオン社がおこなった調査によりますと、「男の曲がり角」は34.7歳にやってきて、「体臭が強くなる」ことを意識する30代男性が少なくないそうです。

 さらにライオン社は、メマツヨイグサ抽出液でこのペラルゴン酸を抑制することを明らかにし、この抽出液を製品化することに成功し、近々発売する予定だそうです。

 この情報を入手した私は、「これが発売されたら早速試してみよう」と思ったのですが、その直後に気づきました。

 私は2か月前に40歳になっていたということを・・・

 私が気にしなければならないのは30代のニオイの元であるペラルゴン酸ではなく、加齢臭だったのです!

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2013年6月15日 土曜日

第63回 日本脳炎を忘れないで! 2008/11/25

一度発症率が減少した後に再び増加し注目されるようになった感染症を「再興感染症」と呼びます。代表的なものが、結核、デング熱、狂犬病などですが、私は日本脳炎が再興感染症に加えられる日が近いのではないかと考えています。

 日本脳炎は、病気の名前が示すように日本に多い感染症でした。実際、1960年代までの日本では年間千人程度の患者数が報告されています。ところが、その後予防接種が普及し、また、水田耕作法や養豚方法が近代化された結果、患者数は激減し、最近の発症は年間10例未満となっています。

 しかし、これは日本国内の話です。日本脳炎はアジア全域に発症が認められます。特に中国南部からインドシナ、インドあたりで多く、毎年約5万人が発症し、約1万5千人が死亡しています。これは狂犬病に次ぐ致死的脳炎と言えます。

 この日本脳炎が再び日本で増加するかもしれない・・・、という話をしたいのですが、その前にこの高い致死率に注目してみてください。年間5万人の発症に対して、1万5千人が死亡、致死率はおよそ3分の1です。

 中国南部やインドシナでは医療技術が未熟じゃないの・・・、そのように考えたとすれば、それは間違いです。日本脳炎は日本で発症したとしても、致死率はおよそ3分の1です。日本脳炎には特効薬がないのです。

 さらに、残り3分の2が完全に回復するわけではありません。3分の1は神経障害など重篤な後遺症が残り、ほとんど寝たきりの生活となります。元気になって元の生活に戻れるのは3分の1のみなのです!

 日本脳炎は日本脳炎ウイルスに感染することで発症しますが、ここで、日本脳炎ウイルスはどのようにしてヒトに感染するのかおさらいしておきましょう。

 まず、日本脳炎ウイルスはヒトからヒトへの感染はありません。コガタアカイエカという蚊に刺されることで感染します。日本脳炎ウイルスは豚に感染していることがあるのですが、感染している豚の血液をコガタアカイエカが吸い出すことによって、コガタアカイエカの体内に日本脳炎ウイルスが移動します。そして、そのコガタアカイエカが人の血液を吸うときに、血液を吸いだす前に血を固まりにくくするために唾液を分泌します。その唾液のなかに日本脳炎ウイルスが含まれており、ヒトの血中に移動するというわけです。

 こう書くとかなりややこしいですが、要するに、コガタアカイエカが豚の体内に棲息している日本脳炎ウイルスをヒトの血液内に運んでいると考えれば分かりやすいかと思います。ですから、ヒトからヒトへの感染はありません。

 日本での日本脳炎発症例は、現在年間10例未満ですが、実は豚の日本脳炎ウイルスの抗体保有率はかなり高いことが分かっています。地域にもよりますがおおむね50%を超えるという調査が多いようです。(「抗体を保有している」というのは、その豚が日本脳炎ウイルスに罹患しているという意味です)

 豚の多くが日本脳炎ウイルスに罹患していることを考えると、日本脳炎発症者が年間10例未満というのは少なすぎるように思えます。これはなぜでしょうか。

 実は、ヒトがコガタアカイエカを通して日本脳炎ウイルスに感染しても、全員が発症するわけではありません。日本脳炎を発症するのは、感染者の100人から1,000人にひとりくらいの割合と言われています。つまり、ほとんどの人は日本脳炎ウイルスに感染しても自覚症状のないまま治癒しているのです。(これを「不顕性感染」と呼びます)

 ただし、その100人から1,000人のひとりに選ばれれば(別に選ばれているわけではありませんが)、大変な事態になることは先に述べた通りです。

 さて、私はその日本脳炎が今後日本で増えることを危惧しています。その理由をお話します。

 まず、ひとつめは、日本脳炎ウイルスに感染している豚が増えている可能性があることです。今年(2008年)の7月に三重県でおこなわれた調査では、検査した豚すべてから抗体が検出されています。8月には鹿児島県で日本脳炎ウイルスに感染した豚が基準値を超えたことにより、日本脳炎注意報が発令されました。

 ふたつめの理由は、日本脳炎ウイルスのワクチン接種をおこなうのが現在むつかしくなっているということです。日本脳炎が日本で急激に減少した最大の理由はワクチンの普及ですが、そのワクチン接種が現在非常に困難な状態にあるのです。

 これは、2004年に山梨県の14歳の女子が日本脳炎のワクチン接種が原因で、ADEM(急性散在性脳脊髄炎)と呼ばれる意識障害や手足が麻痺する病気になったことを受けて、2005年に厚生労働省が「現行のワクチンでの積極的推奨の差し控えの勧告」をおこなったことが原因です。「積極的推奨の差し控えの勧告」とはずいぶん分かりにくい表現ですが、要するに「日本脳炎ウイルスのワクチンはキケンかもしれないから積極的に打たないでね」と言うことです。

 現行のワクチンが使えないなら、安全なワクチンを開発すればいいわけですが、ことはそう簡単には進みません。厚生労働省のワクチン差し控え勧告を受けて、国内のメーカー2社が危険性の低い新しいワクチンを開発していましたが、「接種部位が腫れる」などの副作用が出現し、追加臨床試験が必要となり現在も審査の途中です。供給開始は早くても来年度(2009年度)以降になる見通しです。

 このようにワクチン接種をおこないにくい状況のなか、2008年10月には茨城県で2人の日本脳炎発症者が確認されました。先に述べたように日本脳炎を発症するのは、100人から1,000人にひとりですから、単純に計算して、茨城県では1月の間に200人から2,000人が日本脳炎ウイルスに感染したことになります。

 日本脳炎には地域的な偏りがあることが分かっています。関東地方よりも中国・四国・九州地方に圧倒的に多いという特徴があります。茨城県でひと月の間に2人の発症者が出たということは、今後西日本でさらに大勢の罹患者が現れる可能性があります。

 日本脳炎を危惧しなければならないのは本来ワクチンを接種すべき年齢にある小児だけではありません。実は、日本脳炎ウイルスのワクチンは生涯有効ではないのです。ですから、感染の可能性がある人は子供の頃にワクチンをうっていても抗体検査をおこない、抗体が消えていればワクチンの追加接種を検討すべきです。(実は、最近私も抗体検査をおこなったところ「陰性」でした。早速ワクチンを接種しましたがこのワクチンは厚生労働省が「差し控え勧告」をおこなっているものです)

 近所に豚がいない人は日本脳炎なんて気にしなくていいんじゃないの・・・。そう思う人がいるかもしれません。その地域から離れなければたしかにそうかもしれませんが、これだけ海外旅行がさかんになると海外(というより日本脳炎に関してはアジア)での感染を考えなければなりません。そして、このことが、私が日本脳炎増加を危惧する3つめの理由です。

 A型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルス、狂犬病などと比べると、「海外に行く前に日本脳炎のワクチンを」と言われることはあまり多くはありませんが、私はこれを不思議に思っています。

 アジア全域で年間5万人が発症しているということは、単純計算で年間500万人から5,000万人がウイルスに罹患していることになります。そして、もう一度言いますが日本脳炎を発症すると回復するのは3人に1人のみなのです。

 1日も早く安全性の確立した新しいワクチンが誕生することを願いたいものです・・・。
 
参考:
医療ニュース2008年8月29日「鹿児島で日本脳炎注意報」
医療ニュース2008年8月1日「日本脳炎の新ワクチンは2009年以降に」
医療ニュース2008年7月24日「豚が近くにいる人は日本脳炎に注意を!」
はやりの病気 第60回「虫刺されにご用心」

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2013年6月15日 土曜日

第62回 ニキビの治療が変わります! 2008/10/16

欧米では10年以上の歴史があり、世界50ヶ国以上で使われているニキビの特効薬ともいえるアダパレン(商品名ディフェリンゲル)がついに保険診療で処方できることになります。

 この薬は、高い効果が期待できる半面、ピリピリとした感覚(副作用)が出やすいことや(ただしほとんどは数日間のみ)、原則として妊婦には使えないことなどもあったためか、日本では長い間承認されていませんでした。

 もっとも、我々医師はアダパレンの高い有効性を知っていますから、保険診療が認められていないとはいえ、これまでも(医師としての)個人輸入などをおこない、希望する患者さんには保険外(自費診療)で処方していました。

 ただ、やはり自費診療になりますから、若い患者さんにすすめるのには抵抗があり、すてらめいとクリニックにニキビで通われている患者さんに対しても実際に説明をして処方したのはごくごくわずかです。(保険診療をしている以上、自費診療は検査でも薬でも推薦しにくいのです・・・)

 さて、アダパレン(ディフェリンゲル)がなぜそんなに高い効果があるのかについてお話する前に、まずはニキビがなぜできるのかを簡単に復習して、従来の治療をおさらいしておきましょう。

 簡単に言えば、ニキビの原因は2つです。ひとつは、アクネ菌を代表とする皮膚にいついている細菌が毛穴をすみかにして増殖することです。つまり、ニキビとは「細菌感染症」なのです。細菌感染症ですから当然抗生物質が効きます。現在、日本で、保険診療でおこなうニキビの治療は抗生物質が中心です。商品名で言えば、外用薬ならダラシンゲルやアクアチムクリーム、内服薬なら、ルリッドやミノマイシンです。

 ニキビのもうひとつの原因は「毛穴がつまる」ことです。細菌は毛穴の奥をすみかとしていますから、毛穴がつまれば細菌の”思うツボ”です。なぜなら、毛穴がつまって細菌が奥に閉じ込められれば、クレンジングをしても洗顔をしても容易には洗い流されないからです。

 では、なぜ毛穴がつまるかといえば、その原因は「アブラ」にあります。顔面がアブラっぽい人にニキビができやすいのは、アブラが毛穴をふさいでしまうからです。一般に、男性ホルモンが多い人の顔面はアブラっぽいことが多いのですが、男の子が中学生になって男性ホルモンがたくさん分泌されるようになるとニキビができやすくなるのはこのためです。

 女性の場合、生理(月経)前にニキビができやすい人がいるのも、ホルモンバランスに関係があります。排卵から月経までの期間を黄体期といいますが、この期間にはプロゲステロンというホルモンがたくさん分泌されます。そしてこのプロゲステロンがアブラの分泌を促し、分泌されたアブラが毛穴をつまらせて、その結果毛穴の奥で繁殖している細菌の”思うツボ”になるというわけです。

 ですから、女性で生理前になるとニキビが悪化して、生理が始まるとおさまるという人はピルを飲めば劇的に改善することがよくあります。ピルは中用量ではなく低用量ピルで充分です。ピルによって女性ホルモンのバランスが整えられ、その結果余分なアブラの分泌が抑制され、ニキビができにくくなるというわけです。

 すてらめいとクリニックの患者さんでピルを使用している人のおそらく半分くらいはニキビ改善目的だと思います。(ピルは、元々は避妊目的に開発されたものですが、すてらめいとクリニックの患者さんをみていると、避妊というよりはむしろ、ニキビ・肌荒れの改善や、生理痛の緩和、生理周期を整える、生理前のイライラなど(月経前緊張症候群)の治療目的などで使用している人の方がずっと多いようです)

 さて、アダパレン(ディフェリンゲル)の話にうつりましょう。

 ディフェリンゲルの作用メカニズムは専門的に説明すると複雑になりますが、簡単に言えば「毛穴を広げる」ことでニキビを治します。1日1回寝る前(必ずしも寝る前でなくてもいいですが)に気になるところに塗るだけでOKです。従来の治療である抗生物質の外用・内服、あるいはピルの内服などと併用することもできます。

 高い効果を期待できるアダパレンですが、注意点がいくつかあります。

 まず、妊婦と授乳婦には使用することができません。(そのため、すてらめいとクリニックでは、妊娠している可能性のある人でアダパレンを希望する人には妊娠検査を先におこなうこともあります)

 次に、副作用の頻度がまあまあ高いということです。シオノギ製薬(アダパレンの発売元)の資料によりますと、5%以上の頻度で、皮膚乾燥、皮膚不快感、皮膚剥奪などが生じています。このうち、皮膚乾燥については、他のニキビの治療法でもおこりますし、保湿をしてあげたり痒みがひどいときは痒み止めを飲んでもらったりして対処できます。それに一時的なものであることがほとんどです。

 問題は皮膚の不快感というか、極めて不快なピリピリ感や痛みがでたときです。こういった症状も通常は数日から2週間程度で軽減することが多いのですが、なかにはこういった副作用のせいでどうしても使用できないという人もいます。

 また、0.1~5%未満の頻度で肝機能障害や血中コレステロールの増加が起こる場合もあります。場合によっては使用後2~4週間程度経過したときに血液検査をおこなうことが必要になるかもしれません。

 それから、ピーリング治療を受けている人は併用すべきではないと思われます。どちらもピリピリ感や皮膚剥奪などが問題になることがあるからで、併用するとそういった副作用が増強される可能性があるからです。

 悪いことばかり並べて書くと、なんだかとても怖いような薬に思えてきますが(実際、アダパレンは「劇薬指定」となっています)、使用上の注意点を守れば、高い効果を期待することができます。

 日頃ニキビの患者さんを見ていて思うことは、「患者さんによってニキビに対する考え方がバラバラ」ということです。なかには、ひどいニキビに長年悩みながら医療機関を受診したことがなくて、様々な民間療法を試して余計に悪化させているような人もいます。(悪徳ニキビビジネス業者に大金を騙し取られたような人もいます!) また、医療機関は受診するものの改善しなければすぐに病院をかえて(いわゆる「ドクターショッピング」)、医療不信を募らせているような人もいます。(ニキビに限らず慢性疾患は長期間腰を据えて取り組むことが必要です!)

 ニキビに悩んでいる人、これまでのニキビ治療に失望している人も、アダパレンを一度検討されてはどうでしょうか。

注:アダパレン(ディフェリンゲル)は2008年10月21日より処方開始となりました。

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2013年6月15日 土曜日

第61回 舌の痛み~舌痛症~ 2008/9/22

それは私が入院していた頃の話・・・。

 交通事故で首から腕の激しい痛みや手のしびれに悩まされ入院生活を余儀なくされた私は、毎日夕方になると決まって舌にピリピリとした痛みを感じていました。

 この痛みは、最初は誤って噛んでしまったのかな・・・と思って鏡を見てみてもまったくそのような傷がありません。また「できもの」のようなものもありません。かといって”気のせい”というものでもなく、はっきりとしたピリピリとする痛みがあるのです。その痛みが気になって本を読むこともできません。

 しかし夕食時には、少なくとも夕食を食べているときにはあまり痛みを感じずに、食事に苦労することはありませんでした。そしてこの痛みは夜寝る前にも出現します。ただ、その痛みで寝られないかというとそういうわけでもありません。

 その痛みは毎日だいたい決まった時間に出現します。”激痛”というわけではありませんし「その痛みが気になって・・・」という以外は日常生活に影響することもありません。

 この症状はいったい何なんだ・・・。当時私は医師になったばかりの研修医でしたから、乏しい医学の知識をフル動員して考えましたが、この痛みに該当する病気の名前が見当たりません。

 やがて、この痛みは「舌痛症」であることを知りました。(私の記憶の限りでは、6年間の医学教育では舌痛症について学びませんでした)

 舌痛症とは、「外見上の異常がなく、また貧血や感染症といった原因があるわけでもない痛み」のことで、心身症のひとつとして位置づけられることもある原因不明の舌の痛みです。

 詳しい教科書を見てみると、「舌痛症は50~70歳代の女性に多く男性には少ない」と書かれていますが、30代の私に出現したというわけです。

 不思議なもので、入院中あれほど気になっていた舌の痛みは、退院後しばらくすると完全に治りました。そして6年以上たった今でも一度も再発していません。今考えると、入院中の不安から起こった心身症だったのかな・・・という気がします。

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 さて、すてらめいとクリニックを受診する患者さんのなかにも、けっこう舌の痛みを訴える人がいます。医師が患者さんから「舌が痛い」という症状を聞いたときに、最初に舌痛症を疑うというようなことは普通はしません。

 まずは、よく観察して傷や炎症、腫瘤がないかどうかを確認し、さらに口腔内の他の部位に炎症や異常所見がないかを確認します。もしも舌苔が多ければ、顕微鏡でカンジダの有無を確認します。さらに、唾液が充分にでているか、口腔や口唇に他の症状が出現していないか、などについても問診をおこないます。必要があれば血液検査をおこなうこともあります。

 舌の痛みを呈する病気には、舌痛症以外にも、腫瘍(癌)、ヘルペスやカンジダといった感染症、ドライマウスに伴うもの、亜鉛不足、貧血、膠原病などもあるからで、これらを見逃して安易に舌痛症という診断をつけるようなことはあってはならないからです。

 教科書には「50~70代の女性に多く・・・」と書かれていますが、すてらめいとクリニックを受診する患者さんだけでみてみると、舌痛症が女性の方が多いのは間違いないとしても、20代の女性や30代の男性にも珍しくはありません。そして、全員ではないものの、大多数の患者さんがなんらかの”不安”を抱えています。特に多いのが「癌になったのではないか」という不安、そしてもうひとつが「感染症に対する不安」です。

 よくよく問診してみると、知人や親戚が「舌癌になって・・・」というケースがありますし、なかには「エイズのひとつの症状として舌に痛みがでてきたのではないかと思って・・・」というものもあります。こういったケースでは、癌やエイズでないことを説明すると、それだけで数日後には軽快する場合もあります。

 やっかいなのは、特に具体的な不安をもたらす要因があるわけではないけれど漠然とした不安感や抑うつ感のある場合です。こういうケースでは、心配の種となっている原因が分からないために治療もむつかしいことが少なくありません。

 症例によっては、抗うつ薬や抗不安薬を使用するとよくなる場合もありますが、一時的に改善しても再発することもあります。また、漢方薬を使うケースもありますが、この場合、「どんな舌痛症もこの漢方薬で劇的に治る」というものはなく、その患者さんの他の症状や(東洋医学的な)体質を診察した上で、適切な漢方薬を選ぶことになります。

 長引くときは長引く舌痛症ですが、月に1~2度程度通院してもらっていくつかの薬を試しているうちに大多数の患者さんは治癒します。(薬が効いたのか、自然に治ったのか区別がつかないこともありますが・・・)

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 舌痛症という病気は、明らかな痛みはあるものの、確定させる検査もなければ、医師によって処方する薬が違うことも多々ありますし、患者さんサイドからみればときにたいへんやっかいな病気にうつることがあると思います。

 もしも舌に痛みを感じたときは、それでも医療機関を受診するようにすべきです。もしも原因がカンジダやヘルペスといった感染症であれば病原体をやっつけることによって症状は消えますし、亜鉛不足や貧血があるなら飲み薬やサプリメントで治ることもあります。

 また自分自身では気づいていないけれども、社会的あるいは精神的に不安要因があってそれが原因で舌痛症が生じている場合もあります。この場合、医師と話をするだけでも症状がとれることがあります。

 もともと何らかの不安があって、舌痛症が出現し、その舌の痛みがさらに不安を大きくして・・・、といった悪循環に陥らないためにも早めの受診が有効だというわけです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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