はやりの病気
第58回 カビの病気1(癜風・水虫) 2008/6/24
「先生、首に湿疹ができてますよ」
先日、クリニックのスタッフに言われた言葉です。
「やっぱり再発したか・・・」
これが最初に私がつぶやいた言葉です。私にはその”湿疹”が湿疹でないことがわかっていました。通常、湿疹であれば痒みを伴いますから、「他人に指摘されて発覚する湿疹」というのはあまりありません。
この皮膚の異常は、もう18年も私を悩ませている病気で、あるカビが原因となっています。そのカビの名前を癜風菌(もしくはマラセチア)、そしてその病気の名前を癜風(でんぷう)と言います。
私がこの病気に初めてかかったのは1990年の秋です。背中に薄赤色で境界がはっきりした皮疹が出現しました。痒みがないために気付いたときには背中一面に広がっていました。当時の私は、まだ関西学院大学の大学生で、医学部受験など微塵も考えていなかった頃です。当然医学的知識はまったくなく、私はその皮疹を”不吉な病”ではないかと考え、ついに「これはエイズではないのか・・・」と思うようになりました。(実際、知識が皆無の私が受診したのは医療機関ではなく保健所でした。目的は、「エイズ検査」です)
当時はHIVの検査は結果がでるまでに1週間かかっていたため、私は眠れない日々を過ごし様々な思いをめぐらせました。(これについては「『GINAと共に』第10回HIV検査でわかる生命の尊さ」に詳しく述べていますので興味のある方はご参照ください)
HIVが陰性であることが分かったことでようやく病院を受診する決心がつきました。診察室に入ると、担当医が「これはカビですよ」と言いながら、その場で顕微鏡を覗いて実際に癜風菌が繁殖していることを確認してくれました。「これくらいなら塗り薬だけで充分ですよ」と言われ、私は処方された薬を塗ると数日間でほぼきれいになりました。
エイズ疑惑も晴れ、塗り薬だけで簡単に治った私の癜風ですが、これですべて終了となったわけではありません。この病気がやっかいなのは「再発が多い」ことです。
もともと癜風菌は常在菌のひとつで、誰の皮膚にも少量は存在しています。それが”何らかの理由”で、一気に増殖することによって症状が出現します。
”何らかの理由”というのは様々ですが、最も多いのが「汗」です。一度発症すると、例えば夜中に暑くて汗をかきながら寝ているようなときには簡単に再発します。そのため、私は寝る前にシャワーをあびるようにしていますが、仕事が忙しかったりお酒を飲んでいたりして汗をかいたまま寝てしまえば再発することがあります。
次に多い理由は「ストレス」ではないかと思います。よく言われるように、ストレスにさらされると身体の抵抗力(免疫力)が低下します。すると、癜風菌の増殖が始まり数日間のうちに身体のあちこちにあの皮疹が出現します。
もうひとつ、注意すべき理由は「抗生物質の服用」です。抗生物質というのは細菌を死滅させるものであって真菌(カビ)をやっつけるものではありません。通常、皮膚には癜風菌を含めた真菌の常在菌と表皮ブドウ球菌などの常在細菌が混在しています。抗生物質を飲むのは、例えば扁桃炎で扁桃に繁殖している細菌や膀胱炎をもたらしている細菌を死滅させるためですが、このような「悪い細菌」だけでなく、「別に悪くない細菌」まで殺してしまいます。抗生物質を飲むと下痢をするのは、腸の中の「善玉菌」もやっつけられてしまうからです。
冒頭で述べたように、私がスタッフから「首に湿疹が・・・」と言われて、「やっぱり再発したか・・・」と感じたのも、抗生物質を使用していたからです。少し前に私は風邪をこじらせて細菌性の咽頭炎を発症させていました。そして、高熱に苦しめられたために内服だけでなく抗生物質の点滴もおこなっていました。
その結果、身体のあちこちに棲息している「別に悪くない細菌」も死滅させることになり、カビ(癜風菌)の”天下”にさせてしまったのです。
スタッフに首の皮疹を指摘された夜、背中をみてみると直径数ミリから数センチの円形もしくは楕円形の赤い皮疹が多数現れていました。癜風は痒みがないか、あってもごく軽度のため、気付いたときには背中一面に広がっていることが少なくないのです。
しかし、癜風は治すこと自体は簡単です。今回は抗生物質が原因でやや勢いが強かったのと背中は塗り薬を塗りにくいことから、抗真菌薬の内服薬を使いました。薬を飲みだして今日で4日目ですが、私の癜風はほとんどなくなっています。
日常よく遭遇する真菌(カビ)の病気のトップ3は、白癬(水虫)、癜風と、もうひとつはカンジダだと思われます。
水虫が夏に多いのは、やはり夏になると暖かくなって汗をかくからです。ほどよい温度と汗がもたらすじめっとした環境は水虫が大好きな環境なのです。しかし、汗だけが悪化因子ではありません。
例えば寝たきりで肺炎などを繰り返している高齢者は、水虫をもっていることが少なくありません。これは、肺炎などの細菌感染症で抗生物質を使っていることも原因のひとつです。だから、入院時には足がきれいだったとしても、抗生物質の点滴などを繰り返しているような患者さんに対しては、我々医療従事者は足の水虫のチェックをおこないますし、股の水虫(いわゆる「いんきんたむし」)が現れていないかにも注意を払います。
水虫というと足の水虫を思い出す人が多いでしょうが、実際には頭皮、手(ただしこれは珍しい)、股、背中やおなかなどにできることもあります。だいたいは、塗り薬だけでよくなるのですが、例外が2つあります。
ひとつは爪の水虫、もうひとつは踵(かかと)の水虫です。これらは痒くないために重症化して初めて医療機関を受診する人も少なくありません。爪の水虫は、爪が白くなり分厚くなってくることで、「見た目が悪いから」という理由で受診する人もいます。踵の水虫は、踵の皮膚が厚くなりカサカサになってくるのが特徴です。これは知識がないと水虫とは考えないかもしれません。
通常、これらの水虫には最初から塗り薬に加えて飲み薬を処方することが多いと言えます。塗り薬だけではとうてい治らないからです。
つづく・・・
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