はやりの病気
第8回 B型肝炎 2005/05/22
最近、ヨーロッパでB型肝炎に対する関心が強くなってきているそうです。これまでヨーロッパでは、日本などに比べてB型肝炎ウイルスの感染者が少なかったのですが、移民が増えたことによって、ヨーロッパでも急激に罹患者が増えているそうなのです。
B型肝炎ウイルスの分布をみてみると、アジアに多いのが特徴です。例えば、中国では1億2000万人以上、インドでは3000万人以上もの人が、ウイルスを保有しています。日本でも感染者は少なくなく、推定で約200万人とされています。トルコのアンカラ大学のユルデイディン教授によると、世界全域では、B型肝炎ウイルスの保有者がなんと20億人にものぼるそうです。20億人と言うと、世界の人口のおよそ3人に1人ということになります。
では、B型肝炎とはどのような病気なのでしょか。簡単にご説明いたします。
まず、B型肝炎はB型肝炎ウイルスを保有している人に発症します。B型肝炎とよく比較されるC型肝炎は、ウイルスが感染してもすぐに症状が現れることはさほど多くなく、ほとんどは慢性化のかたちをとります。
これに対し、B型肝炎ウイルスは、感染すると大部分は「急性肝炎」の症状が出現します。熱が出て、身体がだるくなり、放っておくと身体が黄色くなってきます。治療には入院が必要で特効薬はありません。がんばって点滴治療を続けて状態が改善するのを待つことになります。1ヶ月以上にわたる入院生活を経て、完治することもありますが、なかには「劇症肝炎」に移行することもあります。劇症肝炎に移行すると、症状は激しくなり、意識がなくなることも少なくありません。そして、命を落とすことも決して珍しくはないのです。そうなのです。B型肝炎ウイルスとは実は「致死的な」ウイルスなのです。
B型肝炎が「慢性」の経過をとることもあります。これは主に母子感染によるものですが、なかには成人してから感染して慢性化することもあります。
B型肝炎が慢性化すると、なかには「肝癌」に移行する人もいます。また、「肝硬変」に移行する人もいます。肝硬変から肝癌に移行する場合もあります。つまり、B型肝炎ウイルスとは、「がんウイルス」のひとつなのです。
「致死的な」病気をもたらすB型肝炎ウイルスは、健康な人にも感染します。では、どのようなかたちで感染するかというと、圧倒的に多いのが、実は「性感染」なのです。
性感染症というと、一般的にはエイズが最も恐れられているようですが、HIV感染は早期に分かれば適切な治療でエイズへの移行を防ぐことができ、現在では死に至る病ではありません。それに比べ、成人がB型肝炎ウイルスに感染し、劇症肝炎を発症すると、かなりの確率で命を落とすことになります。
私は仕事がら、性感染症を懸念しているという若い世代の人と接する機会が多いのですが、HIVについてはかなり詳しい知識を持っているのに、このB型肝炎についてはあまり知らない人が多いのに驚くことがよくあります。極端な例を挙げれば、「相手がHIV陰性ならコンドームなしで性行為をおこなってもかまわない」と考えている人もいるのです。けれども、性感染でB型肝炎ウイルスに罹患し、劇症肝炎となって命を落とす、という図式はまったく珍しくありません。
少し話しがそれますが、最近アメリカで発表されたデータ(Sexually Transmitted Infections誌2005年2月1日号)によりますと、アメリカでは全国民の1.3%が性感染が原因で死亡しているそうです。アメリカは、日本に比べると、B型肝炎が少なく、死因のほとんどはエイズと子宮頚癌です。子宮頚癌については、あらためてお話したいと思いますが、この癌も性交渉でウイルスに感染することが原因です。「相手がHIV陰性ならコンドームなしで性行為をおこなってもかまわない」というのは、完全に間違っています。B型肝炎ウイルスも子宮頚癌をもたらすウイルスも、性交渉で感染し、「死に至る病」となるのです。そして、B型肝炎ウイルスや子宮頚癌をもたらすウイルスは、HIVに比べると、生命力がはるかに強く、比較的簡単に性行為で感染するのです。
話を戻しましょう。要するに、性交渉の相手がB型肝炎ウイルスを保有している可能性があるなら、コンドームなしの性行為は自殺行為になるわけです。
ところで、B型肝炎ウイルスに罹患し急性肝炎を発症し治癒した人から、ウイルスをうつされる可能性はあるのでしょうか。答えは、否です。通常、急性肝炎を発症し治癒した人は「抗体」を持っていますから、体内にウイルスはすでに存在せず、その人の血液や精液、腟分泌液に触れても感染することはありません。
では、どのような人がウイルスを持っているのでしょうか。それは、主に母子感染でウイルスを保有している人です。このような人達は本人も気づいていないことがあるために、知らないうちに性交渉などで他人に感染させ、最悪の場合は、その相手が劇症肝炎をおこし、死んでしまうということもあります。
そして、冒頭でお話した、トルコのユルデイディン教授によると、世界で20億人以上がB型肝炎ウイルスを保有しているというのです。コンドームなしの性行為がどれだけ危険かお分かりいただけるでしょうか。
自分がB型肝炎ウイルスを保有していることを知らなくて、性行為で相手に感染させ、その相手が劇症肝炎で命を落としたというケースは、現在の日本でもありますが、その頻度はこれから少なくなってくることが予想されます。
これは、なぜかというと、最近では妊婦検診でB型肝炎ウイルスを保有しているかどうかを調べるからです。もしもその妊婦がウイルスを保有していると、赤ちゃんに母子感染させる可能性がありますから、乳児のうちに、免疫グロブリンとワクチンを接種するのです。これによって、母子感染はほとんど防ぐことができます。ですから、日本だけに限定して言うなら、B型肝炎ウイルスは、そのうちに絶滅することも予想されるのです。
しかしながら、実際にはそうはうまくいきません。なぜなら、世界に目を向けてみると、例えばアジア諸国ではこのような妊婦検診がまだまだ普及していないからです。実際、東南アジアで現地の女性と性交渉をおこない、B型肝炎を発症したというケースに、臨床上ときどきお目にかかります。
B型肝炎ウイルスが感染するのは、性交渉だけではありません。血液中にもウイルスは含まれていますから、例えば医療従事者の針刺し事故でも感染します。実際、B型肝炎ウイルスを保有している患者さんの血液が付着した針を、採血時や手術時に自分の皮膚に刺してしまい、B型肝炎を発症した医療従事者は少なくありません。なかには劇症肝炎となり命を落としたという医師や看護師もいます。
日本にも、このウイルスの保有者はおよそ200万人もいると言われています。そして、B型肝炎ウイルスは極めて生命力が強く、普通のアルコールでは死滅しません。(これに対し、C型肝炎ウイルスやHIVはそれほど生命力は強くなく、普通のアルコール消毒で死滅すると言われています。)
では、我々医療従事者はどのように対策をたてているのかと言うと、もちろん医療行為の際に充分な注意をしているというのもありますが、それ以外にもある対策がとられています。
それは、「ワクチン」です。B型肝炎ウイルスには有効なワクチンがありますから、ほぼすべての医療従事者、それに医学生や看護学生はワクチンを接種しています。
ただ、B型肝炎ウイルスのワクチンは、例えば「はしか」のワクチンのように一度接種すれば有効な抗体がつくられて以後一度もかからない、というものではありません。最低三度はワクチンを打たなければなりませんし、なかには有効な抗体ができない人もいます。それに一度抗体ができると、一生安全かというとそうではなく、数年で抗体がなくなる人もいます。
しかしながら、このワクチンの登場は非常にすばらしいもので、これによって命を落とさずに済んだ医療従事者はかなりの数に昇るでしょうし、ワクチンが登場したおかげで、現在の日本では母子感染もほぼなくなると言われているのです。
すべての人がワクチンを接種する必要はないと思いますが、自分は知らないけれども実はウイルスを保有していた、というケースもありますから、興味のある人は、自分がこのウイルスを持っていないかどうかを確認しておいた方がいいかもしれません。ちなみに、日本ではこのウイルスを持っている人は、なぜか九州と大阪に多いという特徴があります。
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