はやりの病気
第4回 「頭が痛い!」 2005/03/15
頭痛を訴えて外来に来られる患者さんはかなり多いと言えます。頭痛というのは多くの人が悩まれている疾患で、おそらく一生のうちで一度も頭痛を経験したことのない人というのはそういないでしょう。私が週に一度勤務している大阪市立大学医学部附属病院総合診療科に来られる患者さんの最も多い訴えがこの「頭痛」であります。
ところで、なぜ「頭痛」を訴える人の多くが、他の診療科を受診せずに、総合診療科を受診するかと言えば、他のどこに行っていいか分からないというのがその理由のひとつです。消化器の専門医や呼吸器の専門医、あるいは心臓の専門医というのは数多くいますが、頭痛の専門医というのはそう多くはいないのが現状です。
医学的な観点から説明しておくと、頭痛というのは一応「神経内科」が適しているものと思われます。なぜなら頭痛というのは神経細胞のかたまりの脳、あるいは脳の付近で生じるからです。しかしながら、外傷後の頭痛(スノーボードで転倒した数日後というのが最近は多い)や、外傷がなくても、高血圧を持っていたりお酒をたくさん飲む人などではクモ膜下出血などの緊急を要するものである可能性もあります。そしてこの場合に適切な科は「神経内科」ではなく、「脳外科」ということになります。
さて、あなたなら頭痛が出現したときにどこの科に行きますか? 神経内科や脳外科の看板を出している病院はそれほど多くはありませんし、大学病院など大きな病院の「神経内科」では一般に頭痛をそれほど多く診ません。また脳の血管損傷であれば、「脳外科」が正解!ということになりますが、そんなこと一般の患者さんに簡単に診断できるものではありません。
では、頭痛を感じたときに、どのように対処すればいいのでしょうか。
まず、今までに体験したことのないような激しい頭痛、意識障害や尿失禁、あるいは嘔吐などを伴うような頭痛であれば、救急車を呼ぶのが無難です。救急救命士の方なら、ある程度は、症状から緊急度や適切な搬送先が分かりますから、ここはプロに任せるのが懸命な選択です。
次に、救急車を呼ぶまでもないときですが、これは幅広く疾患を診る内科医や、総合診療科医(プライマリ・ケア医、家庭医)に相談するのがいいでしょう。なぜなら、頭痛の原因はかなり多岐にわたり、複雑なものも多く、幅広いアプローチで診断できなければならないからです。また頭痛というのは、再発したり慢性化することが多いため、長期でみてくれる医師、つまりかかりつけ医にみてもらうのがいいといえます。
ここでは、私がこれまでに実際に診療した患者さんで、興味深かった症例をご紹介したいと思います。
1例目は、ある病院で私が夜間当直をしていたときに診た、「頭が割れるように痛い」といって会話もできないほど痛みに苦しんでいた32歳の男性の患者さん(Aさん)です。奥さんに連れられてやってきたAさんは、意識こそなんとか保っているものの、「頭を鈍器か何かで殴られたように痛い!」と訴えます。奥さんによると、毎日かなりのお酒を飲むということと、親戚がクモ膜下出血で倒れたことがあるとのことです。こう言われると、医学部の学生でさえも真っ先に考える疾患があります。「クモ膜下出血」です。私も当然、クモ膜下出血を強く疑い、頭部のCTをオーダーしました。クモ膜下出血は頭部CTで簡単に診断できることが多いのです。
患者さんをストレッチャーに載せているときに、しかし、患者さんの診察をすると、クモ膜下出血特有の身体所見がみられずに、さらに痛いのは左半分だけと言います。もしかして、と思って、救急室を出る前に、イミグランという片頭痛の薬を注射しました。すると、CT室に到着する前にあれほど痛かった頭痛がぴたっと止んだのです。
そうです。この患者さんの正しい診断名は「片頭痛」だったのです。片頭痛は最近たくさんのいい薬が出ており、随分多くの患者さんが救われています。
次に2例目の症例をご紹介しましょう。これは私の診療所に訪れた患者さんBです。Bさんは31歳の女性で職業は看護師です。Bさんは、出産後片頭痛に悩まされており、私の診療所に一般的な鎮痛剤を処方してほしいと訪ねてきました。看護師ですから当然鎮痛剤の知識があります。ところがこの患者さんは、片頭痛の特効薬は試したことがなく、普通の生理痛などに使う鎮痛剤しか服用していないというのです。もちろんそれだけで治る場合もあって、それなら問題はないのですが、Bさんの場合はその鎮痛剤を飲みすぎた結果、副作用で胃を痛めているというのです。
私が、片頭痛の薬の話をすると、非常に驚かれて、「私の病院(300床程度の総合病院)ではそんな薬置いてない。現に片頭痛で悩んでいる同僚は多いが誰もそんな薬を持っていない」と言い張ります。私は、「そんなことはない。最近発売になった薬が多いからあなたがまだ知らないだけです」と言って、最近発売された片頭痛の薬を処方しました。この薬は、痛くなったときや、痛みの前兆を感じたときに、口にいれるとすーっと溶けてすぐに効果の現れるもので、服用するときに水もいらず、非常に便利な薬です。
3週間後、Bさんは再び受診しました。「先生あの薬よく効くわー。あと1つしかないからまた処方して!」と言いました。「よく効くのが分かったんやったら自分の病院でもらいーや。置いてあるやろ」と私が言うと、「ううん、薬剤庫に行って薬剤師の人に聞いたけど注射しか置いてないって言われた」というのです。内科を標榜している総合病院ですからちょっと信じられない話ですが、おそらくこの病院では頭痛を積極的に診る医師がいないのではないかと推測されます。
片頭痛に生涯に一度は罹患する人は、日本人の約8%と言われています。症状が強い人だと仕事が続けられなくなったり、子育てができなくなったりします。もしもあなたが片頭痛をお持ちで、今飲んでいる薬に疑問を持っているなら、頭痛を積極的に診る医師を受診することをすすめます。
3例目は28歳の女性(Cさん)です。Cさんは1ヶ月前から片頭痛を感じるようになり、今まで飲んだことのなかった市販のバファリンが手放せなくなったとのことです。バファリンを飲むと頭痛はおさまるけど、毎日のように出現する。薬を手放さなければ妊娠もできないし何とかしてほしいと言います。Cさんは最初しきりに頭のCTを撮影してほしいと言いましたが、こういう症例でCTを撮ったところであまり意味がありません。それを説明して納得してもらうと、「じゃあ先生、原因は何?」と強く質問してきます。片頭痛は普通は毎日出現することはありませんから、このケースは典型的な片頭痛ではありません。私は頭の先からつま先まで診察をし、過去にした病気、家族が患っている病気、喫煙・飲酒の度合い、飲んでいる薬などを丁寧に聞きました。
しかしながら、結局Cさんの頭痛に関連していると思われるようなエピソードは何もありません。とりあえず一般的な鎮痛薬を処方して、1週間後にもう一度来てもらうように言いました。Cさんは不服そうです。できるだけ薬は飲みたくないというのです。最近はこういう患者さんが少なくありません。私は、処方した薬がそれほど強いものではないということと、除々に減らしていってやめる方向で考えていることを告げて、なんとか納得してもらいました。
Cさんが立ち上がって、診察室のドアを開けようとしているときに、「いつも病院で処方される薬は飲まないの?」とちょっと雑談っぽく聞いてみました。すると、Cさんは言いました。「はい、飲みません。私は健康ですから、サプリメントとビタミン剤以外はできるだけ飲まないようにしているのです」
ここで私はピンときました。慌ててもう一度Cさんを椅子に座らせて、飲んでいるビタミン剤とサプリメントを聞き出しました。「やっぱり・・・」私の推測は当たっていました。ちょうど頭痛の出現しだした1ヶ月前から、新しく、イチョウの葉でできたサプリメントを飲み始めたというのです。このイチョウの葉でできたサプリメントは脳の血管拡張作用があるため、副作用で頭痛が出現することがあるのです。
医師(特にプライマリ・ケア医)というのは、サプリメントにも敏感でなければなりませんから、日頃からこういう情報を収集するようにしています。一方、サプリメントを販売している人達は、こういうことを知っているのか知らないのか、「薬と違うから副作用がなくて安心!」と言って知識のない人達に販売しています。
以前、別のところで、コエンザイムQ10による肝障害を報告しましたが、サプリメントはなにかと厄介なものなのです。正しく使えば健康増進に寄与するのでしょうが(私もいくつか飲んでいます)、正確な知識がなければ安易に手を出すべきものではありません。また、患者さんによっては、服用していることを医者に内緒にしようと考える人も少なくありません。これは非常に危険なことです。サプリメントを安全に正しく使うには、必ずかかりつけ医に相談すべきだと私は考えています。
話を戻しましょう。結局私は、Cさんには何も処方せず、イチョウの葉のサプリメントを中止して1週間様子をみるように指示しました。1週間後に受診したときは、「先生の言うとおりでした。あのサプリメントをやめると、きっぱり頭痛は無くなりました」と言ってました。
さて、そろそろまとめましょう。頭痛の原因は様々であり、ちょっと例を挙げると、片頭痛、筋緊張性頭痛、群発頭痛、クモ膜下出血、小脳出血、脳炎、髄膜炎、インフルエンザによる頭痛、帯状疱疹、薬やサプリメントによる頭痛・・・、と多岐にわたります。そしてこれらの診断を確定するために必要な検査や治療法ももちろん多岐にわたります。
頭痛を生涯経験しない人はほとんどいません。あなたには予期せぬ頭痛が襲ってきたとき、相談できるかかりつけ医はいますか?
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