はやりの病気
第3回 「おなかが痛い!」 2005/03/01
「おなかが痛い」と言って、夜間に病院や診療所を受診する人は少なくありません。これは「はやりの病気」というよりも、昔から、そして一年中ある症状です。その原因も、ウイルス感染によるものだったり、虫垂炎(いわゆる”盲腸”のこと)だったり、あるいは(おなかが痛いと言っているのに)実は心筋梗塞だったり、と様々です。子供なら便秘のことも多々ありますし、若い女性なら、卵巣出血や子宮外妊娠ということも珍しくありません。
この「おなかが痛い」という症状でも、「どこにいっていいか分からない」という患者さんがよくいます。いくつか、私が経験したケースや、患者さんに聞いた話をご紹介しましょう。
患者さんAは、今まで経験したことのないような腹痛を最近何度か経験するようになりました。お腹が痛いんだから、消化器内科に行けばいいんだろうと思って、ある病院の救急外来を受診しました。ところが、その病院ではその日は、夜間の当直医は消化器内科医ではなく、循環器内科医でした。まあ同じ内科の先生だから大丈夫だろうと思って診察を受けたのですが、その医師の診察した結果は、診察時には症状がなくなっていたこともあり、「自分は循環器内科医だから、専門的な診察ができない。おなかのことなら消化器内科の専門の診察を受けるべき。今日は胃薬を出しておくから明日の午前中に消化器内科を受診するように。」とのことでした。
患者さんAは、それもそうか、と思って処方された薬を持って帰宅しました。ところが、夜間に再びおなかが痛くなってきました。今度は息もできなくなって、救急車で先ほどとは別の救急病院に搬送されました。そこでの診断が、なんと「心筋梗塞」、つまり循環器の病気だったのです。患者さんAからすると、なんで最初に行った病院の医師が循環器内科医だったのに、きちんと診てくれなかったんだろう・・・、となります。
通常、心筋梗塞や狭心症という心臓の血管がつまっておこる病気は、「胸が痛い」という訴えになることの方が多いのですが、この患者さんAのようにときには「おなかが痛い」という訴えになることもあります。
患者さんBは4歳の子供です。夜間におなかが痛くなり泣き出しました。お母さんは、何とかしなければと思って、近所の病院につれていきました。ところが、そこの病院では子供はみれないと言われたのです。ときどき熱をだしたときにその病院で診てもらっていたのですが、それは昼間です。夜間は内科の当直医しかおらずに、小児科は診れないと言われました。しかたなく、お母さんは電話帳で夜中でも子供をみてくれる病院を探しましたが、なかなか見つかりません。仕方なく、救急車を呼んで大きな病院に搬送されました。さんざん待たされたあげく、小児科医の診断は、単なる便秘でした。実際、浣腸をするとぴたっと泣き止んで症状はなくなりました。その病院は、地域にひとつしかない高度先進医療をしている病院で、医師からも看護師からも「単なる便秘で救急車ねぇ・・・」と少しイヤミを言われてしまいました。
ではこのケースではどうすればよかったのでしょうか。最初に受診した病院の内科当直医はこの患者さんBを診察すべきだったのでしょうか。これはむつかしい問題です。結果として患者さんBは単なる便秘でしたが、子供の腹痛には、一刻も早い専門処置が必要になる病気もあります。例えば粘血便の出る腸重積がそうですが、もしもこの内科医が今までに一度も腸重積をみたことがなければ、診断を下すのはかなりむつかしいでしょう。つまり、「自信のない分野の病気は診ない」という、この内科医のとった行動は一概に責められるものではありません。
では、たかが便秘で救急車を呼んだ患者さんBのお母さんがおおげさすぎたのでしょうか。決してそんなことはありません。医学的知識のないお母さんが、この腹痛は単なる便秘だなどと診断できるわけではありませんから。逆に、もしこのケースが腸重積だったとしたら、放っておいたら大変なことになったかもしれません。けれども、医療側の立場からすると、単なる便秘で救急車を呼ばれたら、本当に一刻も早い処置をしなければ救命できないような症例を待たすことになるかもしれない、という危惧もあるわけです。
このケースで問題なのは、夜間に診察をする小児科医が少ないということでしょう。もうひとつ、しいて言うならば、小児科領域のプライマリ・ケアをみることのできる医者が少ないということだと思います。プライマリ・ケア医が近くにいれば、もちろん子供も診ますから、今回のように救急車を呼ぶ事態にはならなかったかもしれません。
患者さんCは32歳の女性です。お腹が痛いからある病院を受診して、複数の医者に診察を受けたけども診断がつかず、血圧が下がって意識が遠のいた時点で、初めて婦人科疾患を疑われ、婦人科のある病院に搬送されました。結果は卵巣出血で、その病院で緊急手術を受けてなんとか一命をとりとめました。このケースは、最初に診た医者はそれほど責められることはないかもしれません。けれども、術中に輸血をおこなわなければならなかったこともあり、患者さんは、なぜ初めから卵巣出血を疑ってくれなかったんだろう、と不満が消えなかったそうです。
患者さんDは病院嫌いの53歳の男性です。以前から腹痛を自覚していましたが、市販の胃薬を飲むとよくなっていたので検査などは受けずに放っていました。ところがある日、これまでに体験したことのないような腹痛に襲われて、救急車を呼ぶことになりました。診断は「消化管穿孔」。胃潰瘍が重症化し、放置しておいたために症状が進行し、ついに胃に穴があいてしまったのです。緊急手術がおこなわれ、一命は取り留めましたが、腹腔内の感染症もあり(穴からばい菌が胃の外に飛び出し、おなかのなかで増殖したため)、2週間以上の入院を余儀なくされました。
「もっと早く受診してくれてれば手術せずにすんだのに・・・・」医者や看護師から何度も同じことを言われ、Dさんは病院に対する見方を少し変えました。
例を挙げればきりがありませんが、このように「おなかが痛い」といっても、急ぐものから、少々なら放っておいてもいいものがあったり、また、消化器だけではなく、循環器や婦人科領域のものがあったりと、実にバラエティにとんだ症状です。
もしも、これを読んでくれている人が「おなかが痛い」という症状が出現すれば・・・・、やっぱりすぐに医者を受診すべきだと思います。場合によっては救急車を呼んでもいいと思います。ただ突然出現した場合は仕方ありませんが、以前から同じような症状があったりとか、例えば下痢や便秘などの別の症状が前からあるのなら、できるだけ早いうちにかかりつけ医に診察してもらっておいた方がいいでしょう。単なる便秘、単なる下痢、単なる腹痛、そう思っていると、実は大きな病気が潜んでいた!、なんてこともないわけではないですから。
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