はやりの病気
第196回(2019年12月) “遅延型食物アレルギー”と「遅発型食物アレルギー」
科学的根拠がない数万円もする検査で被害に会う人が後を絶たない……。
これが”遅延型食物アレルギー”の実態であることを2014年12月に紹介しました(医療ニュース「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」)。読者の方からこの記事に対して質問を受けることが多く、またこの記事を読んで太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診した患者さんも少なくありません。さらに、メディアからの問い合わせも多数ありました。
この記事を書いた今から2014年頃は一種の社会問題になりつつあり、日本小児アレルギー学会や日本アレルギー学会もこのような検査には科学的な根拠がなく受けるべきでないことを発表しました。日本アレルギー学会というのは1952年に設立された長い歴史を持つ日本で最大のアレルギー関連の学会です。その学会が正式に「注意喚起」を発表したわけですから(発表は2015年2月)、これで世間の誤解は収束し、今後はこのようないい加減な検査はなくなっていくだろうと私は見ていました。
ところが、まるでこの注意喚起が無視されているかのように、その後も被害に会う人が続出しています。相変わらず谷口医院に初診で来られて「数万円もの検査を受けた結果、卵をやめるように言われたが…」という相談があります。驚くべきことに、当初私はこのような検査をおこなうのは医療機関ではないだろうと思っていたのですが、保険診療をおこなっている普通の診療所/クリニックで検査を受けたという人もいました。
メディアからの問い合わせも変わってきました。2014年の時点では「正しい検査なのか?」という問い合わせが多かったのに対し、最近では「”遅延型食物アレルギー”というものがあることを前提に」質問されることが増えてきているのです。
『週刊新潮』は2019年10月24日号で、ラグビー・ワールドカップで活躍した堀江翔太さんを取り上げ、妻・友加里さんの手記を紹介しています。少し長くなりますが同紙の記事を引用してみます。
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<30歳を過ぎて体の変化を感じて遅延アレルギー(食物過敏)の検査をしました。卵、小麦、牛乳、パンは食べられない。だから玄米、みそ汁、メインはお魚か鶏肉。お酒はテキーラだけ。(中略)。体に合う食事でパフォーマンスにつなげる努力をしています>(9月21日付「スポーツ報知」)
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最後に「スポーツ報知」からの引用であることを断っています。「自分たちが主張しているわけではない」ということを言いたいのだとは思いますが、まったく否定もされておらず、日本を代表する週刊誌がこの”病気”を認めているような書き方です。
さらに調べてみると、”遅延型食物アレルギー”という”神話”は世界中で流布されているようです。米国の医療界もこれを問題と考えており、米国アレルギー・喘息・免疫学学会(American Academy of Allergy, Asthma, and Immunology)はChoosing Wiselyのトップに「(”遅延型食物アレルギー”を調べるときに計測する)血中IgG抗体の検査は無駄である」を挙げています。Choosing Wiselyはこのサイトで何度も取り上げているように「無駄な医療、すべきでない医療」のことです(参照:「Choosing Wisely Top 10」)。
では、医学会や(ほとんどの)医師が「意味がないからすべきでない」と考えている検査が廃れるどころか”信者”を増やしているのはなぜでしょうか。しかも谷口医院の経験から言えば、”信者”は情報社会から取り残されているような人ではなく、むしろその逆に高学歴・高収入の人が多いのです。私は”信者”が増える3つの理由を考えています。
ひとつは「遅発型食物アレルギー」との混乱です。食物アレルギーの大半は食べた直後に症状が出ますが、一部には例外がありこの例外を「遅発型食物アレルギー」と呼びます。この実際に存在するアレルギーと神話の”遅延型食物アレルギー”がごちゃ混ぜになっているように思えるのです。遅発型食物アレルギーについては過去にも述べたことがありますが、ここでもう一度紹介しておきたいと思います。
・肉アレルギー:食べてから数時間後に発症することが多い。大腸がんなどの治療に用いるセツキシマブを使用したことがある人、マダニに刺されたことのある人に起こりやすい。
・納豆アレルギー:食べてから半日ぐらいたってから発症することが多い。ネバネバした成分がクラゲと共通しているためクラゲに刺されたことがある人に起こりやすい。患者の多くはサーファーと言われているが海に縁のない人にも生じている。
・アニサキスアレルギー:食直後に生じることもあるが数時間後に発症することもある(参考:はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。
・食物依存性運動誘発性アナフィラキシー:摂取後数時間後に発症することが多い。原因として多い食物は小麦、魚介類、野菜・果物。また、このアナフィラキシーの特殊型として「茶のしずく石鹸」で有名になったグルパール19Sによる小麦依存性運動誘発性アナフィラキシーがある(参照:はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」)。
実際に存在する遅発型食物アレルギーで有名なものはこれくらいです。これらと”遅延型食物アレルギー”が混乱されているのではないか、というのが私の考えです。そして、”遅延型食物アレルギー”の神話がなくならない理由として私が考えている2つめが以前も取り上げた「好酸球性胃腸炎」です(参照:はやりの病気第170回(2017年10月)「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」)。
好酸球性胃腸炎(及び好酸球性食道炎)は厚労省の指定する「難病」に選定されているくらいですから「稀」とされていますが、実際には軽症例も入れればもっと多いのではないかと私は考えています。なぜなら軽度の胃炎症状などで上部消化管内視鏡(胃カメラ)を実施して”たまたま”好酸球性胃腸炎が見つかることもあるからです。そして、軽度の好酸球性胃腸炎がみつかり、小麦や米を中止すると胃腸の調子がよくなることがあります。
この人が胃腸の調子が悪かったけれども内視鏡検査を受けておらず、”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦、米、大豆、卵、牛乳などが陽性となりこれらの摂取を避けたとすればどうなるでしょう。当然体調はものすごく良くなります(詳しくは「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」参照)。この人は、自分は”遅延型食物アレルギー”だと考えるでしょう。実際は好酸球性胃腸炎なのに、です。
”遅延型食物アレルギー”がはびこっている原因として私が考える3つめの理由は以前にも紹介した「コムギ/グルテン過敏症」です(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)。この「コムギ/グルテン過敏症」は私が勝手に命名したもので「認めない」という医療者も多いとは思いますが、このコラムで述べたように「コムギ/グルテンをやめると調子がいい」という人が少なくないのは事実です。こういう人が”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦が陽性となったとすれば”遅延型食物アレルギー”と考えるでしょう。
最後に改めて”遅延型食物アレルギー”の正体を確認しておきましょう。これは食物の血中IgGが上昇していればアレルギーだとするまったく誤った考えです。日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。つまり、その日の食事内容によって誰もが上昇する可能性があるわけです。
こんなものを高額で患者に受けさせている医療機関が実在するのが現実だというわけです。
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