はやりの病気

第163回(2017年3月) 誰もが簡単にすぐにできる「鼻うがい」

 現在私がウイークリーで連載をもっている毎日新聞電子版の「医療プレミア」で、一度自分自身が実施している「鼻うがい」を紹介したことがあります(注1)。

 私は新聞という、いわば準公共の媒体に掲載する医学・医療系のコラムには、あまり個人的なことを書くべきではないと考えています。基本的には医学的エビデンス(確証)の高いものを紹介するべきであり、奇を衒ったようなものや普遍性に乏しいものを書くことは、ときに有害でさえあると思っています。

 ですから、「鼻うがい」について、しかもそれが私自身の考えたオリジナル鼻うがい法といったものを「医療プレミア」に書いていいものかどうか悩みました。その結果、「注釈」で簡単に述べる、という方法にしたのです。

 しかし、です。意外なことに、詳しく教えてほしい、という問合せが今も多く寄せられます。「医療プレミア」は単なるその場限りの情報提供ツールではなく、公開後何年たっても読みごたえのあるコラムを集めているのですが(私はそう思っています)、それにしても公開して1年以上がたって、本文ではなく「注釈」に書いたことに興味を持ってもらえるとは想定していないことでした。

「鼻うがい」で検索をかけるといろんなサイトがヒットします。少し読んでみると、風邪予防や花粉症に有効とする肯定的なものがある一方で、「痛い」というコメントが多いのが目立ちます。また、方法については「生理食塩水」「ぬるま湯」というのがキーワードになっているようです。

 もしも私が鼻うがいに対してまったくの「白紙」だったとすると、鼻うがいには否定的な気持ちになったに違いありません。まず「痛い」のはイヤですし、生理食塩水を自分でつくるような面倒くさいことはできません。その上、温度調節をしなければならない、などと聞けば、一度や二度はできたとしても毎日続けることなど(ずぼらな私に)できるはずがありません。

 しかし、私はもう4年近く鼻うがいを続けています。しかも、何の痛みも自覚することなく、面倒くさいことは一切せずに、です。今となっては私が今から紹介する「鼻うがい」をどのようにして考案したのかが思い出せないのですが、おそらく最初は単なる”思いつき”で始めたのだと思います。

 鼻うがいが有効なのは明らかです。ですが、その前に通常のうがいが有効であることを確認しておきましょう。実は、うがいの有効性を実証した研究というのは(私の知る限り)あまりありません。おそらく世界的に有名な研究はないと思います。私が患者さんによく説明する研究は注1の「医療プレミア」のコラムでも紹介した医学誌『American Journal of Preventive Medicine』に掲載された京都大学の研究です。この研究ではそれまで有用とされていたヨード系うがい液には風邪を予防する効果がなく、水でなら有効であることが示されました。

 通常の水でのうがいが風邪の予防になることは感覚的にも納得できるのではないでしょうか。そして、病原体が棲みついて仲間を増やすのは咽頭や扁桃だけではありません。「鼻かぜ」という言葉があるように病原体が鼻粘膜に棲みついて炎症をきたすこともある、というか、頻度としてはおそらくこちらの方が多いわけです。鼻づまりで苦しいときに、「あ~、鼻の中の病原体を洗い流したい」と強く感じるのは私だけではないでしょう。それに、鼻水や鼻づまりが生じる前の段階で”わるさ”をする病原体を洗い流すことが有効なのは間違いありません。すでに京都大学の研究で消毒液は役に立たないことがわかっています。また、皮膚の傷に対しても、かつて使われていた消毒薬にはあまり効果がなく、通常の水道水で洗浄する方がずっと有効であることが分かっています。特に日本の水道水は飲料水としても合格するほどきれいなものです。

 ならば鼻の中に水をいれて病原体を洗い流すことは是非ともやるべきです。しかし、プールで息つぎを失敗して鼻に水が入ったときのあの苦しさを思い出すと、鼻に水を入れるなんて恐ろしくてできません。臆病な私には鼻から水を吸い込む勇気がありません。

 そこで私は「シリンジ」を用意することにしました。シリンジとは注射や採血のときに使う注射針に接続するプラスティックの筒のことです。面倒くさがりの私はコップどころか洗面器を用意するのもおっくうに感じます。そこで、シャワーをするときに片方の手を少し丸めて掌に湯をためて、そこからシリンジを片手に持ち掌のお湯を吸いあげるのです。10mLのシリンジであればこの作業を1回するだけでスタンバイOKです。

 次に少し上を向いた状態で、シャワーでお湯を口の中に入れ、通常のうがいをします。このときのポイントは声を出さず喉の上でお湯を静止させるような感じです。そして、そのまま少し上を向いたまま片方の鼻を押さえて、もう一方の鼻(鼻腔)にシリンジの先端をいれて、勢いよくシリンジからお湯を注入するのです。そして、そのお湯を口から出すのではなく、そのまま勢いよく鼻の外に噴出させます。このとき、喉の上にためていたお湯は口から同時に吐き出します。この間、もう一方の鼻は押さえたままです。この作業を片側で2~3回おこない、その後反対側でもおこないます。

 一般的な鼻うがいは鼻腔に入れた水を口から出すそうですが、その作業を通常のお湯でやればけっこうな痛みが伴うはずです。しかし、私のやり方であれば、痛みはほぼゼロです。やり始めた頃は軽い痛みを感じるかもしれませんが、ほとんど気にならないレベルですし、すぐに慣れます。

 私は毎日2~3回シャワーをします。(これはうがいをするためではなく汗を流すためです。私は身体を洗うときにタオルは使わず、石ケンもほとんど使いません。この方法で多くの湿疹が改善しますし、これも多くの人に伝えたいことなのですが、今回の鼻うがいとは関係のないことなので、これ以上の言及はやめておきます) そのシャワーのときにこの鼻うがいをおこなうのです。この方法はとても行儀が悪いというか、一度鼻に入れたものをそのあたりにまき散らしますから銭湯などではおこなえません。また、自宅のシャワールームでおこなうにしても、行儀が悪いことだけでなく、鼻水や病原体をまき散らすのは不衛生で家族に迷惑をかけますから実践した後は床などをシャワーできれいにしておかなければなりません。

 この鼻うがいを開始してから4年近くたちます。この間、風邪はほとんどひいておらず、ひいたとしてもすぐに治ります。抗菌薬や市販の風邪薬はもちろん、鎮痛剤も飲んでいません。私が風邪で飲むのは麻黄湯くらいです。また、この鼻うがいは、風邪をひいてしまったときにも鼻腔内の病原体を洗い流せるという利点もあります。

 それに鼻うがいは花粉症やダニアレルギーの対策にもなるはずです。いくらきれいな部屋でも多少のダニやハウスダストは存在しますし、花粉の季節に外出すればいくらかは花粉が鼻腔に入ってくるでしょう。

 この私の鼻うがいについて、シリンジはどうやって手に入れるんですか、と何度か聞かれたことがあります。薬局で買えるかどうか確かめたことはないのですが、例えばAmazonでなら簡単に買えます。「シリンジ」で検索すればたくさんでてきます。医療機関でシリンジを使うときは使い捨て(single-use)ですが、鼻うがいには数百回は使えます。(それ以上使うとゴムが劣化して吸水作業ができなくなります)

 この私が思いついた「鼻うがい」。実践されるのは自由ですが、蓄膿や副鼻腔炎を過去に起こしたことがある人は、副鼻腔にお湯が入ってしまうリスクもあります。念のため、かかりつけ医に先に相談することを勧めます。

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注1:実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-(2015年12月20日)「うがいの”常識”ウソ・ホント」

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