はやりの病気
第11回 キズの治療 ② 2005/07/06
「消毒をしない」「ガーゼを使わない」などの、キズの新しい治療法が普及しだしたのは、ここ2~3年のことです。私がこういう治療法を取り入れたのも1年ほど前からです。
それまでは、消毒→軟膏→ガーゼという治療を頑なに守っていただけに、最初はこういう治療をすることにすごく抵抗がありました。
「本当にこれでいいのだろうか」「消毒せずにもしも化膿したらどうしよう・・・」こういう思いが最初の頃にあったのは事実です。
ところが、数例の症例に対してこの新しい治療を施すと、こういう心配はまったく不要で、すごくきれいに治ることを実感するようになりました。
軽度の擦り傷であれば、1日でほぼ完治するのです。
従来ですと、擦り傷には充分な消毒をして(このとき患者さんはものすごく痛がります)、ガーゼをつけます。
そして、「絶対に濡らしてはいけません、お風呂も禁止です。」と言います。その翌日キズをみせてもらいます。
このときガーゼを剥がすわけですが、患者さんはものすごく痛がります。子供なら必ず泣きます。再び同じ作業(消毒→ガーゼ)をおこなって、しばらくは毎日病院に通ってもらうのです。
それが、傷口を消毒せずガーゼも当てず、傷口を水道水で洗浄した後、特殊な材質でできた被覆剤をあてるだけで、そして、毎日消毒するのではなく、そのまま数日間放っておくだけで、きれいに治っているのです。実際には、念のため翌日に来てもらって、痛みの様子と傷口の様子を観察させていただくことも多いのですが、私の経験では何か問題があったことは一度もなく、そのままにしておきます。
「どちみちかすり傷なんて放っておいても治るんだから、従来の消毒とガーゼの治療でも、水道水の洗浄と特殊な材質の被覆剤の治療でも、そんなに変わらないんじゃないの?」、そう思う人もおられるでしょう。
では、従来何をやっても治らなかったキズについてはどうでしょう。
例えば、長年糖尿病を患っている患者さんが、足に潰瘍(”ただれ”のひどい状態)ができると、これはなかなか治りません。糖尿病は「血管の病気」ですから、キズを治すのに必要な物質が、血管障害のためになかなかキズ口に届かないことや、糖尿病ではばい菌に対する抵抗力が落ちているために、キズがきれいになりにくいことが原因です。
私が診察したある患者さんは、いくつもの病院でいろんな治療をおこなってきましたが、足にできたキズが一年近くも治らないという状態でした。私は、その患者さんに、キズの新しい治療法の話をして、水道水で洗浄した後、特殊な材質の被覆剤を貼って、一週間後に再診するように言いました。それまで、どこの病院に行っても、「毎日消毒に来るように」と指示されていたその患者さんは、少々驚いたような表情をされました。私がおこなった治療は、消毒をしない上に、一週間ほったらかしにしていてください、というものですから、患者さんが驚くのも無理はなかったのでしょう。
一週間後、患者さんはやって来ました。キズがよくなっているかどうか、少々緊張しながら、そしてその緊張をできるだけ隠して、私は被覆剤を剥がしました。尚、ガーゼと異なり、被覆剤を剥がすときにはほとんど痛みがありません。
私は驚きました。一年間どんな消毒や軟膏処置をしても治らなかったそのキズが、わずか一週間で、そして一切の消毒液や軟膏を使用せずに、完治していたのです。一週間前にはたしかに潰瘍の状態だったそのキズが、新しいピンク色のきれいな表皮に置き換わっていたのです。これには患者さんも驚いていたようです。信じられない、という言葉を何度も繰り返していました。
もうひとつ、例をあげましょう。今度も糖尿病の患者さんです。靴擦れから足に潰瘍をつくり、近くのクリニックで消毒処置を受けていたけれどもいっこうに改善しないということで、そのクリニックから私の勤務する病院に紹介された患者さんです。
その患者さんの潰瘍は、あきらかに化膿しており、ガーゼを剥がすとひどい悪臭が漂いました。化膿しているというのは、そのキズに細菌が繁殖しているということで、この細菌をやっつけないことにはキズは治りません。「細菌がいるなら、それを殺せばいいわけだから消毒処置をおこなう」、従来の治療法ではそのように考えます。
しかしながら、最近では、「化膿したキズは消毒では細菌が死滅しない」ということが言われています。私は患者さんに説明して同意を得た上で、キズを消毒せずに、水道水の洗浄だけをおこない、抗生物質を処方しました。そして、被覆剤を貼付して1週間後に再診するように言いました。
1週間後、おそるおそる被覆剤を剥がすと、キズの大きさ自体はほとんど変わっていませんでしたが、深かったキズがやや浅くなり、赤みを帯びていました。そして悪臭はなくなっていました。ただ、ジュクジュクした状態は、目で見た感じは一週間前よりもひどくなっていたため、患者さんからすると、なんだ、全然よくなっていないじゃないか、というような状態でした。
しかし、私はこの状態を改善していると判断しました。患者さんに、この治療法をもう少し続けてみるよう話をし、一週間前と同じ処置、すなわち、水道水での洗浄と被覆剤の貼付をおこないました。そして一週間後の再診を言いました。
そして翌週、大きな改善はないものの、またキズが浅くなっていました。再び同様の処置をおこない、そしてまた翌週・・・。
初めてキズをみた日からちょうど四週間後、ついにキズはふさがり、まだまだ薄っぺらいもののきれいなピンク色の新しい皮膚ができていました。これで治療は終了です。私は、初診のときから、糖尿病の治療のために、食事指導や運動指導などの生活指導をしており、糖尿病の経過観察の目的で当分の間、この患者さんには通っていただくことになりましたが、キズの治療はこれで完全に終了です。
やっかいなキズのひとつに、出血の続いているキズがあります。縫いやすい部位であれば止血目的で縫合することもあるのですが、縫合処置をするには麻酔が必要ですし、子供の場合であれば縫合している間じっとしているのがむつかしいこともよくあります。そのため数人で押さえつけなければならないこともあります。また、顔面をうって鼻血が続いているようなときもやっかいです。この場合はお年寄りで血を固まりにくくする薬を飲んでいるような場合に顕著です。
そういうときに、大変有用な被覆剤があります。これは被覆剤というよりも不織布のような形状をしており、出血している部分にちぎってあてます。すると、この材質の強力な吸水力により、ひどかった出血が止まるのです。
これを使うことによって、子供のキズも痛みなしで治療をこなうことができます。従来の治療だと、消毒と麻酔でかなりの痛みが伴いましたし、連日おこなう消毒処置で消毒の痛みとガーゼを剥がす痛みがあったわけです。
また、老人の鼻血などでも、従来では血管を収縮させる薬剤をしみ込ませたガーゼを鼻のなかに入れて、しばらく圧迫目的で押さえてなければなりませんでしたが、この被覆剤、というか、ちぎった不織布をつめるだけで簡単に止血できてしまうのです。
ここまで書くと、どんなキズでもこの新しい治療法をおこなうと、医師でなくても簡単に治せそうな感じがしますが、次に、必ず医師の(ある意味では高度な)処置が必要なキズの処置をご紹介しましょう。
それは、土やアスファルトがキズの中に入ってしまっているような場合です。この場合は、洗浄と被覆剤の処置のみであれば、キズあとが目立ってしまいます。例えば土のなかに鉄分が混じっていれば赤いキズあとが、アスファルトなら青いキズあとが生涯残ることになります。そして、このようなキズあとを「外傷性刺青」と呼びます。
「外傷性刺青」をつくらないようにするためには、初期治療がすべてです。例えば、若い女性が顔面をアスファルトでこすったようなキズであれば、最初に診察する医師の腕次第で、その女性の人生が大きく変わってしまうと言っても過言ではありません。
こういうケースでは、キズ口の中の異物を取り除く治療が重要です。異物を完全に取り除いてしまえば「外傷性刺青」をつくることがなくなるからです。そのため、麻酔をしてブラシでキズをこすります。患者さんの痛がる表情を見ると、手加減したくなりますが、決して手加減せずに、麻酔を追加し充分にブラッシングをおこないます。この場合は、じっとしていられない子供であっても、おさえつけてブラッシングをおこないます。どれだけ嫌がられようが、憎まれようが、最初にしっかりと異物の除去をしておかないと、その子の人生を不幸なものにしてしまう可能性があるからです。
また、土の中にはやっかいなばい菌がいることが多く、破傷風のワクチンや抗生物質を投与して、キズ口から入ったばい菌が増殖するのを防ぐ治療も必要です。
「病気やケガ・・・」という言い方がよくされますが、実は医学教育のカリキュラムでは「ケガ」のことはほとんど勉強しません。各自が医師になってから自分で症例を通して経験していくというのが現実だと思います。
私の場合は、形成外科で半年間研修をおこなったこともあり、キズというのは好きな疾患のひとつです。その理由のひとつが、キズがきれいに治っていくところを目の当たりにするのがとても気持ちがいいからです。患者さんも嬉しいでしょうが、これは医師も同じ気持ちなのです。
どれだけ医学が発展しようが、キズ自体がなくなることはないでしょう。私はプライマリ・ケア医として、これからもどんどんキズを治していきたいと考えています。
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